相変わらず日が照りつけているアビドス。だが、そんな気候にもすっかり慣れてしまった。これも、この地域で長い間ユメ達と共に過ごしたからなのだろう。
そんな変わらない日常の中、私は生徒会室にいるホシノにある提案をした。
「………はぁ?一緒に遊びに行こう?どこにですか?」
少し不思議そうに私に問いかけてきたホシノ。余程気になっているのか、席に座りながら先程整備し終わったショットガンを片手に固まっている。
「水族館だ」
「……………マジですか?」
「ああ、マジだ。実は最近、柴関ラーメンの大将から水族館に入館出来るチケットを貰ってな」
まさに偶然だったが、貰えたことは僥倖と言える。元々私がホシノとたまにする賞金稼ぎでコツコツ貯めた貯金を崩して買おうと思っていたのだが───
『お?水族館か?それなら確か………あったあった、普段贔屓にしてもらってる礼って奴だ。俺が持ってても意味ねえからな。3人で行ってこい』
あれは、1人で柴関ラーメンに訪れた時の事だ。私が水族館に行く為にチケットを買うという旨を大将に伝えた所、厨房の奥深くに行ったと思えば、三人分の水族館のチケットを持って大将が戻って来た。
『ほらよ!ちょうど3人分あるし、これで遊んでこい!』
『………良いのか?』
『良いも何も、たまたまくじ引いたら当たったもんだからなぁ。確か、ホシノちゃんは海の生き物好きだったろ?きっと楽しめると思うぜ?』
『だが………』
『いいから貰っとけって!厚意は甘んじて受けとけって言うだろ?納得できねえってんなら、お前らがこの店にこれからも来てくれる事が対価って事にしとくか?』
『……そこまで言われてしまえば、断れはしないな。分かった、ありがたく頂く』
『おう!あ、それといつもの柴関ラーメン一丁出来上がりだ!冷めないうちに食ってくれよ!』
という事が最近あったのでな、無事チケットは手に入れられたのだ。
人から貰ったもので恩を返すというのは些かおかしい気はするが、ホシノが楽しめるのならそれが一番だろう。
「……いやですが、最近は失敗続きですし、そんな事をしている場合では無いのでは……でも……」
一度片手に持っていた銃を机に置き、考え込むホシノ。……まあ、ホシノが気に病むのも分かるが……
「ホシノ、時に休息は何よりも重視される。失敗続きだと思っているのなら尚の事だ。一度、好きなものでも見て癒されればいい」
「そうだよホシノちゃん!私ホシノちゃんのお魚豆知識聞きたいなー」
ここで黙りこくっていたユメがいきなり話し始めた。説得するならここだと悟ったのだろう。勢いよく立ち上がり、ホシノを見つめる。
「……うぐぐ……分かりました!分かりましたからそんな目で見ないでください!良いですよこうなったら楽しんでやりますから!文句言わないでくださいね!?」
「ああ、その意気だ」
私がそうホシノに返事していると、立ち上がったユメが私の方に寄ってきて、小声で話しかけてきた。
「ナイスだよゼハートくん!最近のホシノちゃん、何だかちょっと怖いお顔する事あったからさ。ここで一回少しだけでもゆっくりしてもらいたかったんだよね!」
「………そうなのか?」
知らなかったな。………言い訳のようになるが、アビドスに来る頻度は少しづつ増やしている。だが、それでも毎日というわけにはいかないのだ。シスター1人に孤児院の全てを任せていれば、彼女が倒れた時に対処が出来ない。だからこそ、普段から負担が掛からないように手伝っておかねばならないのだ。
故にこそ、このように私が知らない事が出てくる事も仕方のない事ではあるのだろう。……だが、知れるように心掛けねばな。
「何コソコソ喋ってるんですか!?早く行きますよ!私はもう吹っ切れましたからね!」
「……らしいな。なら、軽く支度をしてから行くとしよう」
「うん、そうだね!私も楽しくなってきちゃった!ゼハートくんも楽しもうね!」
「………ああ。努力はしよう」
◯
場面は少し変わり、電車の中で私達は座りながら会話をしていた。
「何気にこの電車で目的地に向かってる時のワクワクって侮れないよねー!早く着かないかなー、とか。今日はどんな楽しい事があるのかなーとか!」
「……少し分かるかもしれません。今日見れる海の生き物はどんなものがいるのか、想像するだけで楽しいですしね」
「………そう言われてみれば、そうかもしれないな。それにしても、海、か………」
……海といえば、アセム達と共に海へ行った事があったな。あれももうかなり前の話になるのか………あの頃は、とても楽しかった。戦士である自分を、忘れてしまうくらいには。
「ん?もしかしてゼハートくんって海行ったことあるの?」
「……鋭いな、ああ。私は昔、友達と一緒に海へ行った事がある。海の生き物をそこまで見たわけでは無いが……どれも記憶に残るくらい、楽しかった」
今でも、あの青い春は私の心の中で眠っている。目を閉じれば、そのどれもが鮮明な記憶として蘇る。モビルスーツクラブで過ごした日々は、私にとってはどれもが宝物のようだと、そう思ってしまう程に、楽しかったのだ。
「なら!いつかみんなで海、行ってみよっか!!それで、楽しい思い出いーっぱいつくっちゃおうよ!後輩ちゃんが来てくれたら、その子達も一緒に!」
「……後輩、ですか。いまいちイメージが出来ませんね」
「えー?ホシノちゃんなら絶対いい先輩になれるよ!!だって、ホシノちゃんだから!」
「ああ。きっとそうなるだろうな。誰にも数年後の未来など見えはしないが、だとしても、きっとホシノは良い先輩になれる。私が保証しよう」
ユメの話から、そして私がこれまで過ごして中で分かった、何かと来た抱え込みやすいという欠点はあるようだが……だとしても、それを超える事ができたのなら、皆から頼られる先輩になれるだろう。
「ほ、褒めすぎですよ……!!あ、ほらもう駅着きましたよ!早く降りましょう!」
「え!?ちょっと待ってホシノちゃん早いよー!」
そうして足を進め、私達は無事水族館に来た。規模は大きいと言えるかは比較対象をそこまで知らない為分からないが、一日見る分には十分だと言える程の生き物がここにはいるそうだ。
「うわー……!!見てください先輩、ゼハート!オウサマペンギンですよ!可愛いですねー」
「うん!可愛いねー」
「………察するに、あの大きい方が親なのだろうか?」
私の目線の先にある、あの茶色がかったペンギン。体格的にもかなり大きい為、親なのでは無いだろうか………?いやだが、それにしては立ち振る舞いが少し……
私が少し考察をしていると、ホシノは目を輝かせて私に近寄り話しかけて来た。
「普通ならそう思っちゃいますよね!ですが何と、あのもふもふで大きい子は子供なんです!」
「え!?嘘ー……」
私と同じ事を考えていたのか、ユメはガラスの奥にあるペンギンを見て思わず目を見開き、そう呟いた。心なしかアホ毛も跳ねているような気さえした。
「嘘じゃ無いんですよこれが!そもそもこの子は寒い地域に生息しているのですが、その環境に耐える為に分厚いもふもふの綿羽を、そしてエサ不足に対応する為に体に栄養を詰め込んだ結果、あそこまで大きくなったんですよ!」
「……言われてみれば、確かに納得出来る論理だ。なら、大人になるとあの綿羽とやらは抜け落ちるという事か?」
「はい、そういう事ですね。因みにですが、何故『オウサマ』ペンギンなのかと言えば、発見された当時は一番大きいペンギンだったからだそうです。現在はコウテイペンギンに次ぐ二位の大きさなんですよ」
「…………博識だな。流石と言った所か」
期待以上の知識を惜しげもなく披露してくれたホシノに感嘆していると、館内で手に入れたであろうパンフレットを片手に持ち、表示されているマップを指差しながらユメが話しかけて来た。
「あ!見て見てホシノちゃん!もうちょっとでイルカショーが始まるって!」
「それを早く言ってくださいユメ先輩!こうしてはいられません!行きますよ二人とも!」
周りの客に迷惑にならない程度の速度で、それでいて確実に普段の二倍以上の速度で歩くホシノ。心なしかその足取りは軽く、鼻歌まで聞こえて来そうだ。
「まるで別人のようだな。……いや、あれが本来のホシノというわけか」
普段の真面目で、優しいホシノも本当の姿なのだろうが、こうして好きな物に目を輝かせる側面も、きっと本当の姿と言えるのだろうな。
「うん。ホシノちゃんは、普段は真面目なんだけどね、こうして好きな物を見るとこんな風にテンションが上がりまくるんだ。可愛いよね!」
「……ああ。年頃の子供らしく、可愛らしいな」
……好きな物、か。これまでにそんな物は出来た事はあったのだろうか。あそこまで熱中出来る、何かは。
『そんなモン、作る資格ねえだろ?お前には』
「…………ああ。分かっている」
幻聴に耳を貸していると、少し遠くで『何やってるんですか二人共!早く来てください!時間は有限なんですから!』と言っているホシノがいた為、私は足を早めた。
「……ゼハートくん………」
「うわぁ………!!すごいねホシノちゃん!イルカさん飛んでるよ!しかもあんな狭い輪っか潜っちゃってすごいよ!」
「はい!イルカが物凄く頭が良いからこそ出来る芸当です!」
「……………」
凄いな。思わず見惚れてしまう程に凄かった。
パフォーマンスは勿論の事、トレーナーとの連携も凄まじかった。まさに一心同体、という言葉が相応しかった。かなり席が前だというのも、臨場感を感じられる理由になっているのだろう。
辺りを見渡すと、満員、とまではいかないが、そこそこ人がいる事が窺える。とすると、このイルカショーは人気なのかもしれないな。
そんな事を考えていると、私達の近くにイルカが泳いで来たかと思えば、飛び上がった。
私はすぐさま水飛沫から庇える様に立ちあがろうとするが、横を見ると───二人は何処かそれを期待しているかの様な表情だった為、一先ず辞めにした。
そして、多からずとも少なくはない量の水飛沫が、私達を襲った。
「きゃー!!!」
「凄いです!間近で見ると更に可愛いですね!ってユメ先輩濡れたまま抱き付かないでくださいよ!もー!」
「……これは、懸命な判断だった様だな」
あのまま庇っていれば白い目で見られていた可能性は十分にあった。それに、そうしてしまえば、ここまで楽しんでいる表情はきっと見れなかった筈だ。
そんな風に見ていると、二人は少し落ち着いたのか、抱きついた状態から再び前を向き直した。
「いやーそれにしても、やっぱり凄いね!水族館なんて来る事滅多に無いからかなー」
「そうですね。毎日来たくなるレベルですが、流石にそこまで裕福でも無いですからね」
「だねー……そういえば、イルカに関する豆知識とかってあるの?」
「……よくぞ聞いてくれました!実はイルカは右脳と左脳の片方ずつで寝ることが出来るんです。だから────」
そこからは、本当に多種多様な海の生き物を見た。ヒトデやカメ等の小さいものから、ジンベイザメやエイ等の大きいものまで。
その大半に関する知識をホシノが持っていたのは流石に驚いたな。ユメが何か質問をすれば、ほとんどそれに対する回答が返って来ていた。それも、専門的な用語を出来る限り使わず、私達に分かる様に解説してくれたのだ。お陰で分かりやすかった。
昼食はこの場で買うのは高いという事で、道すがらで用意した昼食を各自で食べたが、やはりこういう場なのだからだろうか、不思議と普段とは違う風に感じた。
時間はあっという間に過ぎていき、現在は────
「………難しいですね。何を買うべきなのでしょうか……」
「うーん……どれも高いからねー……でも、せっかくここまで来たし、何か買いたいけど……」
お察しの通り、お土産が買える場所に来ている。だが、値段が思ったよりも高いのか、何を買うべきかで二人は少し悩んでいる様だ。
私はもう既に買ってある。孤児院にいる皆の分、そして、
「ホシノ、ユメ。これを見てくれ」
「ん?何ですか?………うわぁ……!」
「可愛い……!!」
「キーホルダーだ。確か、ホシノは鯨が好きだっただろう?よければ貰って欲しい」
「え!?良いんですか?でも……」
「気にしなくとも良い。これは、そうだな……日頃のお礼という事で、受け取ってくれ」
「……一度言い出したら聞きませんからねゼハートは。分かりました。……うへぇ……可愛いです…」
「ユメにも、この鯨のキーホルダーを渡そう。こういうのは『お揃い』だと嬉しくなる時があるらしいからな」
「え!?良いの?ありがとう!ホシノちゃん!これでお揃いだね!」
「はい!お揃いですね!」
「………あ!そうだ。折角ならー」
そう言いながら鯨のキーホルダーを手に取り、レジに並んだユメ。意外と早く購入を済ませ、こちらに帰ってきた。
そして────
「はい!ゼハートくんも!」
「…………私に、くれるのか?」
「うん!これで三人ともお揃い、でしょ?」
ユメが私に見せたのは、ホシノ達に渡した鯨のキーホルダー。
「………だが、私はアビドスの生徒でも何でも無い。受け取る資格は……」
「良いから良いから、そんなの関係ないよ!だって、ここまで一緒に頑張ってきたじゃん!もう一生の
「……そうですね。友達、です」
「──────」
………友、達。そうか、友達、か………
「……ありがとう。こんな私を、友達だと言ってくれて」
◯
時間は過ぎ、もう夕方となった。現在は帰りの電車に揺られている所だ。
「………ホシノちゃん、寝ちゃったね」
「ああ。きっと疲れていたのだろう。これを機に、少しでも休んでくれるならありがたいが……」
「ふふっ。でも、こうやって寝ててもゼハートくんに貰ったキーホルダーは離してないんだよね。可愛いなーこのこのー」
起きない程度に、ホシノの頬を指で突くユメ。
「……それほど大事にしてくれるというのは、嬉しいものだな」
「そうだね。………ねえ、ゼハートくん。一つだけさ、言っておきたいんだけど、良い?」
優しい顔つきから、どこか真剣身を帯びた表情になり、少し距離を詰めてきたユメ。
何かあったのだろうか。
「……ああ。別に構わないが……どうかしたのか?」
私がそう言うと、ユメは少し深呼吸をし、改めて私の顔を見た。その瞳に宿る感情は、どの様なものなのだろうか。……私には分からない。
だが、この後の発言で分かった事は───私のこの心は、前から見られていたという事だ。
「…………ゼハートくんってさ、時々苦しい顔するんだよ?知ってた?」
「……そうか。隠せていたと、思っていたのだがな」
一度気付かれてしまったのなら、隠すのは無駄だろう。確かにユメは一見すれば聡明には見えないが……ホシノの件然り、人の感情に敏感だ。人に寄り添うことが出来る。一種の才能だろう。
「でもね。なにも何でそんな顔するのかって事を聞きたいわけじゃないの。ただね。辛いなら辛いって言って良いんだよって事を言いたかったの」
「………私に、そんな事を言う資格は………ない」
私は、多くの人々をこの手で殺めて来た。連邦軍も、地球人も……同胞であった、ヴェイガンの民でさえも。この事実は、何があろうと変わりはしない。ならば、許されるはずもない。
たとえ辛かろうと、生きなければならないのだ。それが、生き延びた私の使命だ。
「うーん……資格、かぁ……」
腕を組み、考え込むユメ。やがて結論が出たのか、私に話しかけて来た。
「………私は、ゼハートくんに何があったかは知らないからさ、『分かるよ、その気持ち』なんて安っぽい共感はしたくない。だって、そんな簡単に人の気持ちって分かんないし、私なんて………自分が何したいか、ブレちゃう時もあるから」
少し自分を自嘲しながら、ユメは私に話しかけてくる。
「でもね。その気持ちを分かりたいの。分かんないで終わるんじゃ無くて、分かろうとしたい。だって、友達が辛いままだったら……嫌だから。ちょっとでも、その辛さを知りたいから」
「…………………」
「それにね。資格って言うけど、ここにはその資格を問う人なんてだーれもいないよ。だから……聞かせて欲しいな」
…………そう、だな。少しだけなら、良いのかも、しれない。
普段なら言えなかったのだろうが……友達だと、言われたからだろうか。少し心が楽になっていた私は、嘘を混ぜながら、私の罪を吐露した。
「…………私は。かつて、私を慕ってくれた者達を………この手で、どうしようもない程傷付けてしまった事がある。皆の、願いの為に。だが、それは果たせず、その痛みは………無駄になってしまった」
無駄にはしないと、そう誓ったのにも関わらずこの有様だ。救いようがないだろう。
罪で汚れ切った手を、何もかもを取り零した手を、力の限り握りしめる。
「そして、私だけ………のうのうと、何の代償もなく生き残ってしまった。故に、誓ったのだ。例え辛くとも生きてみせると、そして、彼らの苦痛に応える生き方をしてみせる、と」
それが、彼らに対する償いになると。そう信じて。
「…………そっか。ゼハートくんは、その人達が大事だったんだね」
「……そうだな。私は、彼らが大事だった。彼らの名前も、この胸に、そして記録として紙に全て刻んである」
決して忘れないように。例えこの記憶が風化しようとも、思い出せるように。
「きっとゼハートくんが傷付けちゃった人達も、ゼハートくんの事を尊敬してたり、ゼハートくんが大事だったりしたんだろうなー……」
「…………そう、だな」
少なくとも、死の間際まではそうだったのだろう。だが……人が最期に何を思うかなど、一度死んだ私でさえ分かりはしない。
……恨まれているのだろう。彼ら自らの命を投げ合ってでも果たしたかった悲願を果たせず、私は呆気なく死んだのだから。
だから。私は、苦しみながら生きなければ────
「でもね、ゼハートくん」
私が死んだ者達の事を考えていると、優しい声色で、ユメは言葉を区切り、私に───致命的な一言を告げた。
「償いながら、一人で苦しんで生きる事を………その人達は本当に、望んでたのかな……?」
………そうだと、思っていた筈だ。だというのに、何故なのだろうか……私はその場で、その問いに答えられはしなかった。
やっぱりこういう場面のユメ先輩強くね?ってなりながら書いてました。なんかこう、諭す姿がものすごく想像できるというか……
さて、この過去編も恐らく佳境に入ります。気長にお待ちください。
それと、高評価、コメント、お気に入り登録などありがとうございます!正直何されても舞い上がるような気持ちになるので、ぜひぜひやって下さい!
それでは、また次回お会いしましょう!
アビドス過去編の後に何書いて欲しい?
-
ミレニアム編一章(時系列的には過去編)
-
ミレニアム編二章