"………はぁ………"
ため息を吐きながら、作業の手を進める。カタカタと無機質な音を鳴らしながら、ただただ機械のようにタイピングし、仕事を済ませる。
アリスが暴走してから次の日。私は今日の分の仕事を急いで終わらせようとしている。理由は至って単純で、一刻も早くみんな……ゲーム開発部のみんなの様子を見にいくためだ。
喉が渇いたので、エナドリを飲み、活気を補給する。……うん。やっぱり仕事のお供はこれだよね!
『……先生。大丈夫ですか?』
"……え?"
『お顔に、皺が寄っちゃってますよ?」
アロナが心配そうに私にそう問いかけてくる。………私、そんなに酷い顔してたのか。
"……いや、大丈夫だよ。私なんかより、もっと苦しんでる子達がいるんだ。いやまあ、私も心配なのはそうだし、割と……いや、結構後悔は残ってるけどね"
もっと周りを見渡せばモモイは怪我しなかったのではないか、私はもっとうまく立ち回れたのではないか。そんな風に考えてしまう。
……でも、それよりも、ゲーム開発部のみんなが心配だ。だって、彼女達にとって大切な人が怪我をしてしまったんだ。どれほど心配が募っているかは私にそう簡単に想像する事はできない。
だが、私に出来る事がないのだとしても、会いに行かないと駄目だ。
そんな不安と責務を原材料に、私は仕事を片付けた。
そのまま急いで外出する準備を進め外へ出た私は、ガタンガタン、とモノレールに揺られながら、昨日起こった出来事を改めて整理する事にした。
まずは、アリスの暴走。………これに関しては、正直明確に分かっていることは少ない。分かっている事は、あの変なロボットとアリスが接触してからアリスの様子がおかしくなった、という事。
とはいえ、だ。昨日の様子をよくよく思い返してみれば、外見にも僅かに変化があった。アリスの瞳が普段の青色から、赤色に変わっていたんだ。
………それに、口調もまるで違っていた。あの豹変ぶりは、それこそ乗っ取られたんじゃないかと思ってしまう。何に乗っ取られたかは、全く分かんないんだけどさ。
そしてこの時にもう一つ、些細でありながらも、奇怪な出来事が起こっていた。
モモイのゲーム機にあったはずのデータが、まるで最初から何もなかったかのように消え去っていた事だ。
これが何を意味しているのか、一夜明けようと未だに混乱している私の頭では、考察する事は難しかった。
◯
そんなわけ私はミドリ、そしてユズと一緒にモモイがいる医務室へと向かっていた。
"………その、みんなは大丈夫?昨日の事"
と、二人に質問するとミドリが私に返事をした。
「……昨日は物凄く焦ったし、心配だったんですけど、今は少し落ち着いてます。このまま行けば数日で目覚めるそうですし」
「……はい。私も大丈夫、です。昨日はパニックになっちゃいましたけど………」
"……そっか。それは良かった"
みんな大丈夫かなー?って結構不安になってたんだけど、ちょっとは安心できたかな。顔も昨日と比べたら強張ってないし、安心できてそうだ。
安堵を覚えながら、私達はモモイがいる部屋のドアを開け、部屋に入った。部屋にはベットがいくつもあり、そのうちの一つに、モモイは眠っている。頭に包帯を巻いていて、少し痛々しいという点以外は、普段通りのモモイの姿だ。
「……ほんと、今にも起きそうなくらいなのにね」
「………うん」
二人は安らかに眠っているモモイを見ながら、そう呟いた。
………うーん?何か忘れてる気がするんだけど………あ!
モモイへのお見舞い品として持ってきたものがあった事を思い出した私は、鞄の中からある物を取り出した。
"とりあえず……はい。これ、起きたらモモイに渡してあげてくれないかな"
私が取り出したものを見て、ミドリ、ユズの二人は思わず驚いたようだ。
「え!?……これって、少し前に発売されたゲームじゃないですか?お姉ちゃん金欠だから買えなくて悔しいーって言ってたんです!……いいんですか?」
"勿論。……まあ、実は私もこのゲーム時間が空いた時にやっててさ。面白いから布教しようと思ってたんだ。丁度いいタイミング………ってのは、流石に不謹慎だけどね"
「……ありがとうございます!これでお姉ちゃんもきっと早く、元気に起きます」
"うん。そうなってくれたら嬉しいな。……早く、元気な顔見せてね"
そう言い残し、私はもう一人の生徒の元へと足を進めた。
"……ここ、かぁ……"
目的地はゲーム開発部の部室。見慣れた普段の明るい雰囲気は途絶え、ドアの前に立つだけでどこかどんよりとした気持ちになる。昼間に光が途絶える事など無いはずの部室が暗いのも、きっとその要因の一つなのだろう。
ここに、アリスはいるそうだ。
「……ごめんなさい先生。私達じゃ、どうしようもなかったんです」
「……い、いくら話しかけても、全然……」
色んな感情が心の中を渦巻いているのだろう。二人は下を向いてしまっていた。
けど、こんな時に頑張るのが私の仕事だ。
"二人とも、後は任せて"
そう言い放ち、私はドアをノックする。
"…………アリス、聞こえてるかい?'
返事は、帰ってこない。
"……入るよ"
断りを一度入れ、私はゲーム開発部の部屋に入った。
部屋のカーテンは完全に閉ざされ、照明は消されている。ただ、そんな中唯一機能を果たしているテレビが唯一の光源となっていた。
そんな部屋の中で、アリスは蹲っていた。
「………せ、先生?」
アリスはビクッと肩を震わせ、ひどく弱りきった、普段の様子とはまるで異なる声色で、私に話しかけてくれた。
"………アリス、ご飯も食べてないんだってね。ミドリ達が話してくれたんだけど……"
顔を上げるだけで、アリスはその問いかけに答えてはくれない。
"……みんなね、アリスの事を心配してるんだ。勿論、私だってそうさ。だから、みんなと一緒にどっか行かない?どこだっていいんだ。外に出て、色んなものを見て、食べてさ。そしたら────"
「………それは、出来ません」
"………それは、どうして?"
私がアリスにそう話しかけると、アリスは私を────涙を流しながら、見て、訴えかけてきた。
「……なんで、こうなったのか、アリスには分かりません」
「………でもあの時、アリスの中に……アリスの知らないセーブデータが、あるような気がしたんです」
"………"
「……アリスの体が、反応しました。動きました」
アリスは体を腕で抱きしめる。恐怖から、身を守るように。
「あの時、アリスが何をしたか分かりませんが……それは、確かです」
「それでアリスは……アリスのせいで……モモイが、怪我をしました」
アリスは、混乱の渦に飲まれていた。記憶は途切れ、自分が何をしていたかまるで分からなかったからだ。情緒を育み始めた一人の少女にとって、それは恐怖でしか無かった。
だが、そんな中でも分かる────モモイが怪我をしたのは私のせいなのだと、エンジニア部の二人を怪我させたのは
勇者を志す一人の少女にとって、その真実は、絶望するには十分だった。
何度泣いたのだろうか、涙の後は残り、目は腫れている。………どれほど後悔したのか……私には、分からない。
「アリスの、アリスのせいでモモイは血を流して、今もまだ目を覚ましません………」
………でも。
"……それは違うよ。アリスのせいなんかじゃ────"
「違います……、アリスの、せいなんです」
否定しようとした。あれはアリスのせいじゃない。誰も予測できなかった。出来るはずが無かった。責任があるとするなら…………それは、きっと私だ。もっと私が、思慮深くなるべきだった。
アリスとロボットの関係性について、分からないなりに考え、警告を促すべきだった。でも……出来なかった。
「全部、アリスのせいなんです……!!……アリスのせいで……みんな、傷ついてしまいました……!」
「………どうすれば、いいんですか……?アリスは、どうすれば……!!」
そう言い切って、アリスは再び蹲ってしまった。
………きっと、アリス以外のみんなは、アリスが悪いなんて思ってなんかない。でも……アリスの中で、そうなのかと言われれば、そうではないのだろう。
自責の念が、ずっとアリスを襲ってるんだと思う。………でも、私は先生だ。その闇を言葉で切り裂くのが私の仕事なんだ。
覚悟を決めた私は、アリスに話しかけようとした。その時だった。
「そう、貴女が怪我をさせた。──それは、決して逃れられない真実よ」
「………それにしても。やはり、危惧していた通りになってしまったわね」
「せ、先生!」
「か、会長が………!」
ドアが開く音と共に、部室に聞き覚えの無い声と、二人の声が聞こえた。
その声に反応した私は、思わず振り返った。
振り返った先では凛とした佇まいで、堂々と、知らない彼女は立っていた。
"…………君は?"
「………こうして会うのは初めてね、先生。私は調月リオ。────このミレニアムの、生徒会長よ」
"…………そっか。初めまして、だね"
「ええ。先生との記録的な出会いがこのような形になってしまったのは残念だけれど………それ以上に、優先すべきことがあるわ」
"…………優先すべき、事?"
「そうよ。私は貴女達、そして先生に…………『真実』を、伝えにきたの」
………真実?それに、さっきの『危惧していた』って、一体どういう……
頭の中で情報が混雑する中、リオは、先生達に─────一つの問いかけをした。
「……貴方たちは数日前の事件で、一つの考えに到達したのではなくて?彼女が齎した、混沌と破壊。それらを受けて」
「いえ、きっと一度はこう思った筈」
「今まで友人だと思っていたものは、そうでは無いのかもしれない………と」
"……………!!"
「……何より、アリスと一番初めに接触した貴方たちはもう知っているのでしょう?──彼女が、普通の生徒では無いことを」
淡々と、それが事実であると、冷たく感じる瞳で私たちを見つめながら、リオは語り始めた。………そこから話された話は、どれも私たちの理解の遙か上をいった。
曰く──アリスは未知から侵略してくる
それを聞いた私達は、三者三様の反応を見せ………アリスは、呆然とした様子で、その話を聞いていた。
それを見たミドリは、激昂した。
「………ふざけないでください!!貴女の脳内設定を、勝手にアリスちゃんに付与しないでください!!なんで、そんな事を………!!」
「み、ミドリちゃん………!!」
「……ごめんなさい、私の配慮が足りてなかったわね」
けど、そんな叫びを聞いてもリオの心には響かなかったのか、平然とした様子で話を進め始めた。
「なら、もっと理解しやすいように、貴方たちの好きなゲーム風に例えましょう」
そして、リオはアリスにとって────致命的な、一言を告げた。
「アリス、貴女は───────この世界を滅ぼすために生まれた、魔王なのよ」
◯
「…………いい加減にしてください!!なんでそんなこと言うんですか!?一体何を企んでるんですか!?」
ミドリが再び激昂した。それもそうだろう、友達を悪し様に言われているのだ。怒らないはずがない。だが、リオは涼しげな顔で受け流した。
「別に企んでなどないわ。貴女達も見たでしょう?
"………その、
恐らく、話の流れ的にそうな筈。アリスと接触してから何かが起こったのはあのロボットしかない。アリスが様子がおかしくなったのも、きっとそうだ。そう思った私は、リオに再確認をした。
「その通りよ。そして、アリスはその指揮官にあたるわ」
………指揮官、か。
と、私が考え込んでいると─────リオが頭を下げ、徐に謝罪をしてきた。
「とはいえ……本来、あんな事になる予定ではなかったのだけれど……完全にこちらのミスよ」
「C&CとAMASを通じて、全部追跡したと思っていたのに……まさか、監視網を掻い潜った個体がいたなんて」
「それは完全に私の不手際によるもの。謝罪をここに」
「え!?会長が………謝罪!?」
先ほどの流れで謝罪されるとは思わなかったのか、思わずミドリは驚いてしまっていた。……でも、頭を上げ、アリスを見るリオの目にはなんの変化もなかった。
「でも──そのお陰で、私の仮説は証明された」
謳うように、リオは言葉を続ける。
「貴方たちが接触したソレは、廃墟から溢れ出した災禍」
「ミレニアムに……ひいては、キヴォトス全土に終焉をもたらす悪夢」
「そして、アリスの存在が『廃墟』からヤツらを呼び寄せているという事が証明された」
「だからアリス。貴女は────ここにいてはいけないの」
アリスはここにいてはいけないのだと、事細かに理由を説明して、そう私達に告げた。
"…………流石に、言い過ぎなんじゃないかな?"
「言い過ぎ?そんな事はないわ。納得が出来ないなら、私の話を聞いて頂戴」
そう言いながら、リオは私を見た。
「貴方達が遭遇したあのロボット。アレは奴等の一部の兵力にすぎないの。それも、不完全な。もし何十、何百倍、或いは何千倍の戦力が集結すれば……どうなるかなんて、簡単に想像できるでしょう?」
"…………それは"
確かにそうだ。幾らこちらに戦力があろうと、『数』で圧される危険性は確実に存在してる。それこそ、キヴォトス滅亡に繋がる危険性も、確かにある。………でも。
「……なら、アリスは………どうすればいいんですか?どう、すれば………」
完全に意気消沈してしまったのか、リオに問いかけるアリス。それに対して、リオは簡単な問題だと言わんばかりに─────私が考えられる中でも最悪の答えを出した。
「そう難しいものではないわ。アリス─────貴女のヘイローを、破壊すればいい」
「「…………!!」」
"ヘイローを……破壊する……それは、本気で言ってるんだね?"
私はキヴォトス人ではない。だから、ここの常識にものすごく詳しいわけじゃない。けれど、一度アロナに聞いたことがある。ヘイローは意識がある時は基本的に存在していて、意識がない時はなくなるものなのだと。
それは過去にシャーレの業務で疲れてしまって眠った事のある生徒を見て分かった。…………そして、そのヘイローを破壊する、という事は────殺人、それとなんら変わらないのだという事も、推測がついた。
アリウスのみんなが持っていた『ヘイローを破壊する爆弾』も恐らくこれができるものなのだと思う。その爆弾一つで、人を殺すことが出来る最悪の代物。
「私は冗談でこんな事を言うつもりはないわ」
………そうだろうね。きっと君は、真摯にこの問題に立ち向かおうとしてる。冗談なんて、言うはずがない。
"………確かに、アリスのやった事は悪い事なのかもしれない。でも、だからと言ってそれより酷い事をすると決まったわけじゃない。……幾らなんでも、そんな仕打ちは………"
「取り返しのつかない事になってからでは遅いの。貴方のそれは、理想論にすぎない」
"…………そうだね。でも、私は、その理想を求めてここまで来た。今更その考えを撤回する事はないよ"
互いの思想は完全に相反するものだった。あらゆる障害を乗り越え、全てを救おうとする先生と、全てとは言うまでも、多くを救おうとするリオ。幾ら話し合おうと、その考えは変わる事はない。
故に、実力行使しかないのだろう。
「─────ネル」
このミレニアムにおいて、最強の刺客が呼ばれた。
が。その瞬間、発生するはずのない風がここへ訪れ────見覚えのある生徒が姿を現した。
「…………会長。ネルはここには来ない」
風を吹き荒れさせながら、瞬く間にここへ登場したのは──────赤、それ即ち。
"…………ゼハート!!来てくれたんだね!!"
ゼハート・ガレット。このキヴォトスでも実力順に数えれば、上から数えたほうが確実に早いと知っている者ならいうであろう人物が、この場へと現れた。
それを見て、思わず私は笑顔になってしまった。ただの予想だけど、ゼハートはネルと戦闘をして消耗させ、ここへ来れないようにしてくれたのだろう。そして、事態を収束させるためにここへ来てくれたんだ。
良かった。ゼハートがいるなら大丈夫だと………そう思った矢先に、一つの疑問が湧いた。
……どうやら、ミドリもそれに気がついた様で、ゼハートに恐る恐る質問した。
「………ゼハート先輩、なんで─────会長の横に立ってるんですか?」
と、私も感じた違和感を質問した。そう、威嚇するわけでもなく、ただ横に立っているだけなのだ。たしかに、ゼハートは基本的に人を傷つけることをよしとしない。だからこそ基本的に戦い方を肉弾戦にしているのだと言っていたからだ。
でも、幾らなんでも構えすらしないのはおかしい。それに、普段なら返事をしてくれるはずだ。様子が明らかにおかしい。……これじゃまるで─────
けど、現実は残酷で。私が考えたくない予想を頭に浮かべる前に、ゼハートの口から、最悪の事実が伝えられた。
「どうやら、お前達は勘違いしているようだが────
余りにも絶望的な、事実を。
はい、ということでゼハート登場です。いやー、もう一話くらい後に先生達の前に出しても良かったんですけど……私が我慢できなかったので、出させて貰いました。
………書いてて思ったんですけど、やっぱりゼハートって味方かと思わせておいて敵になる『裏切り者ポジ』めちゃくちゃ似合いますよね。アセムの時もそうやったからなんでしょうか………?
まあそれはさておき、次回をお楽しみに待っていただければ幸いです。
それでは、また次回お会いしましょう!
アビドス過去編の後に何書いて欲しい?
-
ミレニアム編一章(時系列的には過去編)
-
ミレニアム編二章