……なんとか完成したか。
エデン条約から連なる一連の出来事から数日後。俺は急遽ビットの完成を急ぐ為に、エンジニア部の部室に篭っていた。
因みに部室にいるのは俺一人だ。何でも、俺がいない間にウタハ達がまた何かやらかしたらしくてな……現在説教されているのだそうだ。
まあ、それはさておきだ。漸く完成させることが出来た。
俺がレギルスの開発に僅かにさえ関わっていなければ、仕組みが難解過ぎてここまで出来なかったのだろうが……助かったな。
この世界にはウタハ達といい、ヴェイガンとは違えど、高い技術力を持ち合わせている者達がいたのも幸いだった。
お陰で、この僅かな時間で完成させることが出来た。
まあ、モビルスーツとは勝手が違い過ぎるのもあり、レギルス本体の完成が困難だったのは間違いないが……そのノウハウがあったからこそ、ビットも完成したのだ。
後は、試運転をするだけだな。果たして、今の俺の処理能力でどこまでこれを使いこなせるか……
そう思い、疲労した体を持ち上げようとした時───
「…………ん?着信、モモトークか?」
俺が使っているスマホから着信音が鳴り響いた。
作業する時は集中する為に電源を切ろうかと悩んだが、連絡して来た人を待たせるのも悪いという事で、電源は切らずに置いていたのだが……
誰からの連絡かを考えながら、俺は自分のスマホを確認した。
『やあぜハート。此方で話すのは初めてかな?』
……これは。
『セイアで合っているのか?連絡先を渡したつもりは無かったのだが……』
いや、俺が忘れていたのか?最近はビットを完成させるのに執心していたのもあって記憶が飛んでいる可能性も否定出来ない。
そう思いながら画面を見ていると、返信が来た。
『先生に頼んで連絡先を交換してもらったんだ。事後報告になってしまってすまない。だが、君に伝えなければならない事があってね』
成程な……俺に伝えなければならない事?
疑問を抱きながら、俺は返信を待つ。
『君、白洲アズサと話がしたいと言ってはいなかったか?』
『そうだな……俺は確かにそう夢の中でも言った』
アリウスの歴史について尋ねた時に流れで聞くことが出来たからな。アリアスに在籍していた彼女だからこそ分かる事もあると考え、そのようにセイアに言った記憶がある。
『だが、君は彼女と連絡する手段を持ち合わせていないだろう?だから、此方で手配しておいたんだ。集合場所はここだ』
その言葉と同時に、集合する場所に印が付いた地図の画像が送られて来た。
……俺も先生に頼んで、アズサの連絡先を教えて貰おうかと考えていたが……手間が省けたな。
『勿論、私も君に会いたいところだったが……生憎、今は夢と現実の境界線が曖昧でね。まともに動くことすら難しいのが現状だ』
…そんな状態で、わざわざ俺の為に───
『ああ、勘違いしないでくれたまえ。これは
『お礼……?』
助けになるような事をした記憶は無いが……ああ。
『アリウスとの戦いの事を言っているのか?』
『それはそうなんだが……私は、もう一つ感謝しているんだ』
『もう一つ?』
そうなると本当に心当たりが無いな……
頭の中にある記憶を振り返っていると、答えが返って来た。
『君に、楽園の存在証明について尋ねた事があっただろう?』
『そうだな』
『楽園は皆の為にあるのでは無く、誰かのささやかな日常にこそある……私は、この言葉のお陰で、私の大切な物を見失わずに済んだ』
『明日開廷するミカの聴聞会にも出ようと思えたのも、先生と君の言葉があったからこそだ。本当に感謝している』
……そうか。
『俺の言葉がお前の背中を押したのなら何よりだ。その感謝、有り難く受け取らせてもらう』
……ミカ。聖園ミカの事か。セイアが話してくれたのを覚えている。
ゲヘナの事を心底憎んでおり、エデン条約の締結を阻止する為にアリウスと結託して桐藤ナギサを襲撃した少女。
最終的には先生や、トリニティの『裏切り者』を炙り出す為に組織された『補修授業部』『シスターフッド』によってその企みは阻止され、現在は幽閉されていると。
だが、セイア曰く『私やナギサを傷付けてしまったのもあって、止まれなくなったのだろう』との事だ。
……正直、その気持ちは共感してしまうものがあった。
俺も『プロジェクト・エデン』が間違っていると気付いていながらも、止まることが出来なかった。
もし、ここで辞めて仕舞えば……計画を果たす為に死んでいった者達の犠牲が報われないと、そう感じたのだ。
だから、新たな犠牲を生むと知っていようとも、止まらなかった。止まれなかったのだ。
きっと彼女もそうだったのだろう。間違っている事に何処かで気付いていた。だが、セイア達を傷付けてしまったのなら、止まる資格はないと、そう思ったのだろうな……
過去を振り返りながら、俺はそう感じた。
『……済まない。少し体調が優れなくてね。ここいらで一度終わりにしておくとしよう。ミカと話もしたいからね』
考え込んでいると、セイアが俺にそう返信して来た。
『そうか。体調が優れていないようだし、早めに休むべきだろう。ゆっくり休んでくれ』
『ありがとう。……体調が回復したら、口頭で伝えたい事があるんだが、良いかい?』
『了解した。だから、今はゆっくり休め。友達と話し合う為には、まず体力が必要だろう?スマホを閉じて、ゆっくり休むんだ』
『……なら、お言葉に甘えさせて貰おう。今度は現実で会える事を期待しているよ』
『ああ。またな』
そう返信し、俺はスマホの電源を落とした。
さて、集合時間も確認した事だ。準備をして向かうとしよう。
軽食を食べ、水分補給をしてから俺は外へ出たのだった。
◯
集合場所はここか。それにしても、中々雰囲気のある場所だな……
俺が来たのはトリニティ郊外にある喫茶店。話し合いをするだけならもう少し気楽な場所がある気もするが……いや、機密事項になっているかもしれん情報を伝えてくれるのだ。人通りの少ないここを選んだのは、正解と言えるのかもしれん。考えが甘かったな。
俺はそう考えながら、扉を開いた。
内装は何処か家庭的だが、どの家具も丁寧に扱われているのが分かる。穏やかな曲調のBGMと共に珈琲の良い香りが漂っていて、入るだけで少し気分が高揚しているのが分かる。隠れた名店とは、この様な店のことを言うのだろう。
人はマスターらしき人が一人、そして───
「来たか、ゼハート」
俺に話しかけて来た少女───つまり、白洲アズサの二人しか居なかった。
「ああ。こうして顔を見せるのは初めてだが……ゼハート・ガレットだ。というか、よく俺の事が分かったな。外見を知らない以上、疑われるのが流れとしては正常だと考えていたのだが……」
「それについては、百合園セイアから大まかな外見を尋ねておいたからな。お陰でこうしてスムーズに話し合いができる」
……成程。至れり尽くせりだな。
セイアの段取りの良さに、思わずそう思ってしまった。
そこから少し時間が経ち、俺は注文したコーヒーを一口飲み、アズサと話を始めた。
「早速だが聞かせてくれ。アリウスとは、どの様な場所なのだ?かつてそこに居たお前の率直な感想が聞きたい。言いたくないと言われれば、それまでだが……」
「ううん、大丈夫。寧ろ、私もその姿勢は見習いたい。知らない事を知ろうとして抗おうとする姿は、私も共感できるから。……それじゃあ、昔話なんだけど───」
そこから聞かされた話は……余りに酷い物だった。俺がセイアに聞かされた以上の物がこの世界にあるとは考えてもいなかったが、俺の想定が甘かったのだろうな。
当事者から聞いているというのもあるのだろう。だが、コレは幾ら何でも……
勿論、俺がいた世界でならあり得てもおかしくはないだろう。事実、火星圏はそうだった。マーズレイ然り、病や貧困に喘ぐ者がどれほどいた事か………
だが、アリウスと火星圏とでは大いに違う点がある。それが───
「マダム……か。ソイツがアリウスを支配している存在なのか?」
「うん。元々の生徒会長は別の人だったらしいんだけど……私が学校に在籍していた頃には、マダムがアリウスの生徒会長だった」
苦々しい顔をして、アズサはそう言った。
「軍隊としての教育を施され、銃などの訓練に関わる物は補給される代わりに、日常生活に関わる物はほぼ断絶されていた」
「そうなった原因は全てゲヘナやトリニティにあると私達に何度も言って来た。『全ては虚しい』とさえ私達に教育して来たんだ。時に……暴力さえ伴って」
やはりコレだ。火星圏の貧困は人為的な物ではなく、仕方のない物だった。イゼルカント様も、俺も、変えようのない物だった。
だが、アリウス自治区ではそれが意図的に行われていた。
……一種の洗脳の様な物なのだろう。幼い頃から貧困に喘がせ、厳しい訓練を行う事で一介の兵士として教育をし、『全ては虚しい』と、こうなった原因は全てトリニティとゲヘナにあるのだと訴える事で、憎悪を植え付けた。
そして、従わぬ者には罰を与え、その抵抗しようとする心を徹底的に打ち砕いた。
「……俺とは、相容れないやり方だな」
俺は部下に対して誠意を持って指揮を取ってきた。最期は……見苦しい物であったことは違いないが、それでもだ。
決して、部下に対して高圧的に接したり、洗脳などはしてこなかった。
だが、そのマダムとやらはどうやらそうらしい。
幼い子供を兵士として育て上げ、あそこまでの練度を待つ軍隊として完成させた事自体は、素直に称賛出来る物ではあるのだが……ハッキリ言って、外道と評価するにふさわしいだろう。
先生が嫌う人種だろうな。俺も当然嫌いだが。好きになる理由が無い。
だが、何処か既視感を覚えてしまうのは気のせいなのだろうか。
…………似た様な人間を、見た様な気もするが──
「………ゼハート、大丈夫?」
心配そうに俺の顔を窺ってきたアズサ。
……目の前にわざわざ事情を話してくれている子がいるというのに、この態度は駄目だな。
自分を戒めながら、俺は一つの疑問を呈した。
「ああ。すまない。……それにしても、マダムの目的は一体何なんだ?」
そこまでする目的が今の所不明なのだ。何故そこまでして……
俺はそう問いを投げかけたが───
「………ごめん。そこまでは分かってないんだ。多分、サオリ達なら何か知ってるのかもしれないけど……」
残念そうにそう言うアズサ。
「いや、ここまで話してくれて助かった。……俺も、似た様な境遇で育った事があった。………辛かった筈だ」
「……!?そう、なの?」
驚きを隠せない様にそうアズサが俺に言って来た。
「ああ。詳しい事は複雑な要因があって言えないが、俺も、貧しい環境の中育って来た。……いや、お前達の様に拷問などされていない以上、まだマシと言えるのかもしれんな。だが、多少はその苦しみも共感出来る」
尤も、共感して欲しくてこのような場を設けた訳では無い事は分かっているが、ここまでの環境に置かれながらも尚抗おうとしたその姿勢は、誰からも賞賛されるべき物だ。
「だからこそ分かる。アズサ、お前は間違い無く凄い奴だ。現状に疑問を抱き、抗おうとしたその姿勢……誰にでも出来ることでは無い」
幼い中教わって来た教育に、現状に疑問を呈し、反旗を翻す事など容易に出来る筈がない。
何度も罰されてでも、それを続けていたのだ。凄まじい精神力だと感服さえしてしまう。
……俺も、アセムに問いかけられるまで、イゼルカント様の本当の目的に気付く事が出来なかった。
それが正しいと、そう思い込んでいたからだ。
だからこそ、お前は眩しく見える。
「その在り方に、俺は心から敬意を表する。白洲アズサ、お前がここまで抗ってきた事には確かに意味があった。本当に、ありがとう」
「…………うん。ありがとう」
少し照れながらも、可愛らしい笑顔で、彼女は微笑んだ。
◯
「ここまで時間をとってくれて、本当に助かった。ありがとう。アズサ」
あれから少し話を続けた所、そろそろ解散する時間という事で、俺はそう切り出した。
「ううん、私がしたくてした事だから。……けど、私が抗って来た事がゼハートの助けになったなら、何よりだ」
「ああ。次会う時は、気楽な話でもしてみたいものだな。それこそ、何処かで遊んだりしながら。……唐突な話にはなるが、もし遊びに行くなら、オススメの場所はあったりするのか?」
俺はトリニティに詳しい訳ではないのだ。故に、何処がその様なスポットに当たるのか俺には分からない。
………そもそも、俺と彼女達でいう『遊ぶ』という概念が合致しているか若干怪しいが。
「ごめん。正直私もそこまで詳しくはないんだ。地形の把握は大事ではあるのだけれど……」
申し訳なさそうに言ってくるアズサ。
……そのような顔をさせたかった訳ではないのだがな。
「そうか。なら……お前の友達と一緒に遊びに行けば、分かるようになるんじゃないか?友達と遊ぶというのは思いの外楽しいのだ。そこから気が向いたら……俺とまた話でもしてくれたら良い」
きっと、まだまだ知らない事があるだろう。それをお前の友達と共に学び、楽しむ事で得られるものもある。
……まあ、ヒフミの事だ。きっと一緒に遊ぼうとか言って、どこかへアズサを連れて行くのだろう。心配は杞憂か。
俺はそう結論づけると、アズサが別れの挨拶を俺に言った。
「……うん、分かった。それじゃあ、また会おう。ゼハート」
「ああ。またな」
そう言い残し、飲んだココアの代金を置いて、彼女は帰って行った。
「………俺も帰るとするか」
会話の最中で登録したアズサの連絡先を確認し、俺はここでやる事がないと把握した。
さて、代金を支払って帰るとするか。
そう思い、代金を支払って外に出たが………
「雨、か」
豪雨とまでは言わないが、確かに音を立てながら雨が降っていた。
エデン条約の際の晴天が嘘のようだな。
だが、天気予報通りだ。一応傘を持って来ておいて正解だった。……アズサは無事帰れているのか?確か、傘を持っていなかった様な気もするが……
いや、もう姿が見えない以上どうしようもないが……体調を崩さないかどうかが心配だな。
少しの心配をしながら傘を差し、雨音が奏でる音色を聴きながら帰路へついていた俺だが、ある事を思い出した。
「………セイアは確か、体調が優れないと言っていたな」
先生の事だ。見舞いにでも行っている筈。一度、彼女の容態について尋ねてみるのも良いのかもしれんな。
あわよくば、先生の同伴者として許可を貰い、また後日、俺自身が見舞いに行きたい。
そう思い、電話をかけた。
…………そして、かなりの時間が経ち、先生の声が聞こえ始めた。
『………もしもし、ゼハート。どうかしたの?』
……ん?雨音が聞こえるな。外にいるのか?
俺は一つ、先生に尋ねてみた。
「ああ。一度尋ねてみたい事があったのだが……先生、今はトリニティにいるのか?雨音が聞こえるが」
『……………うん。そうだよ』
「丁度いい。俺もトリニティにいるのだ。良ければ合流して話でもしないか?」
『………うーん。えっと、そのー………』
………怪しいな。
「先生。隠し事があるなら今のうちに吐いておいたほうが楽だぞ」
『………いや?そんな事ないけど』
「嘘をつけ。そもそも先生が電話をすぐ取らない事自体あまりあり得ないというのに、明らかに何かを誤魔化そうとしているだろう。白状しろ」
俺がそう問い詰めると、先生はヤケになったかのように俺に話して来た。
『……………あーもう分かったよ!!ゼハートを危険には巻き込みたくなかったけど、独断で行動されるのもそれはそれで怖いし………分かった。けど、今から行く場所は
……危険、か。
「アリウス絡みなのか?」
『………お察しの通りだよ。詳しいことは合流してから話そう。モモトークに座標送っておくから、それを見て合流して欲しい』
その言葉と同時に着信音が鳴り響いた。
「了解した。それでは、また後でな」
「うん。またね』
その言葉と共に、電話が切れた。
……さて、なら人通りのないところで、尚且つ広い場所に行くとしよう。
条件に合致した場所に着いた俺は装置を用いて信号を送り、
そこから少し経ち、上空を見上げると、コンテナの様な物がプロペラの音と共に降下しているのが分かる。
これは、レギルスとほぼ同時に完成させた『外部でレギルスを装着や脱着する為の装置』だ。中には高度なAIを搭載した専用の機械があり、これが俺にレギルスを装着させてくれる。当然、レギルスもそこに眠っている。
……何故この前先生にこれを伝えなかったのかと言えば、単純に疲れすぎていたからだ。万が一その様な事を話せばますます詰められるに違いない。
まあ、生徒のことを第一に考えている先生の事だ。限度は弁えるとは思うが……
俺がそう考え込んでいるとコンテナに模したモノが開き、レギルスがその姿を現す。
俺はその中に入り込み、AIに指示を出した。
トリニティに似つかわしくない機械音を立て、レギルスが装着されていく。
「………問題はなさそうだな」
そして、一通りの動作を繰り返し、以前損傷した箇所に問題がない事を再度確認して外に出た。
傘は出来る限り付着していた水滴を落とし、コンテナの中に入れた。防水ではあるが、念の為な。
「さて、では向かうとするか」
ドローンが問題なくコンテナを回収して空へ飛んだことを確認した俺は、雨に打たれながら先生が待つ場所まで向かうのだった。
……アカン、真面目な話を書きすぎてどうかしそう……!!
最初は真面目な文章書くのがそこまで苦痛じゃなかったのに……!!
文を書いてたら唐突に『ゼハートが真面目に馬鹿をやらかして生徒の誰かとわちゃわちゃしてる姿』を思いついたせいで……おのれ、殺してやるぞ陸八魔アル。
まあそれはさておき、いよいよカタコンベに入る段階まで来ました。
エデン条約編が終わったら日常回やろっかな。うん。そこからミレニアム編とかゼハートの過去やる感じで行こうと思います。
それでは、また次回お会いしましょう!