神の霧が去る時に ~幕末化学兵器異聞~   作:公家麻呂

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2-1 狼狽する藩主と、血塗られた雛鳥たち

桃園神宮の本殿の床に、生々しい血の跡が引きずられていた。

 

「桃華様……! 桃華様、お救いくだされ! 我が藩の、我が国の宝たる子供たちが……薩長の悪魔どもの火筒(大砲)に焼かれ、手足をもぎ取られおった……!」

 

二本松藩主・丹羽長次は、大名のプライドも衣服の汚れもかなぐり捨て、床に額を叩きつけて男泣きに泣いていた。

 

「ただの後方支援、安全な場所で物資を運ばせるだけのはずだったのだ……! それを我が不徳のせいで、あのような地獄の業火に……!」

 

本殿の畳の上には、十歳から十四歳ほどの、まだ幼い二本松藩の少年少女たち数十名が横たえられていた。爆風で顔半分を焼かれた少女。砲弾の破片で片足を失い、弱々しく母親の名を呼びながら血を吐く少年。生々しい死の影が、幼い肉体を急速に蝕んでいた。

 

「……まぁ、なんて酷いことを」

 

帳の奥から姿を現した姉・桃ノ宮桃華は、その凄惨な光景に息を呑み、美しい瞳に涙を湛えて子供たちの元へ駆け寄った。その背後では、まだ普通の巫女服を着た妹・桃ノ宮杏が、小さな拳をぶるぶると震わせながら、可哀想な子供たちの姿を見つめていた。

 

「鷹山、急ぎなさい! この子たちを、死なせてはなりません!」

 

桃華の声に応じ、老軍師・上杉鷹山が静かに本殿の戸を閉め、神聖なる治癒の空間を作り出す。

 

その時だった。

 

「――会津め……!」

 

絞り出すような声が、丹羽長次の喉から漏れた。

 

「桃華様、お聞きくだされ。我が二本松は、会津藩と共に薩長に抗うべく、誠心誠意、兵を揃え、物資を運び、血を流す覚悟で参じたのです……! それを、あの会津の殿は……」

 

長次の拳が、畳を叩く。

 

「子供たちが砲火に晒される前に退けと、我らは何度も進言したのです。何度も……! それを『二本松の弱腰が士気を乱す』と、大義の名のもとに一蹴なさった……! 大義……大義とは何ですか、桃華様。この子供たちの血の一滴が、あの方々の言う大義とやらに見合うとでも……!?」

 

長次の声が、嗚咽に溶けて崩れた。

 

「我らの善意を、踏み躙りおった……! 同じ東北の民として、同じ徳川の臣として、信じておったのに……!」

 

――あの日のことが、長次の脳裏に焼き付いて離れない。

 

会津藩の重臣と向かい合い、共に薩長打倒を誓い合ったあの夜。「二本松と会津は一心同体、共に戦い共に生き残ろう」と、固く杯を交わしたあの夜。自分はあの言葉を、欠片も疑わなかった。疑う理由が、どこにもなかった。だからこそ今日の光景が、これほどまでに赦せない。

 

裏切りよりも、善意を足蹴にされたことの方が、ずっと深く、ずっと痛かった。

 

「……まず、この子たちを救いましょう。話はそれからです」

 

鷹山が静かに目を伏せた。杏は唇を噛んだ。桃華だけが、静かに長次の背に手を添えた。

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