かんしゃあ!
二週間後
静かな病室。規則正しく響く心電図の電子音。
ピッ……ピッ……ピッ……
白い天井をぼんやりと見上げながら、天宮彗斗はゆっくりと瞼を開いた。
「……ん……」
喉が乾いている。頭も少し重い。だが、それだけだった。
「……ここ、どこだ……?」
辺りを見回す。白い壁。白いカーテン。
窓から差し込む朝日。どうやら病院らしい。
そして、ふと違和感に気づく。
「……あれ?」
身体を起こしてみる。
痛くない。あれほど全身を焼いていた激痛がない。
龍気の暴走で身体の内側を焼かれ、アツィルトの光で左半身を吹き飛ばされたはずなのに。
恐る恐る、自分の身体を見る。制服ではなく病衣。
そして、左腕。
「……え。」
なくなったはずの腕があった。
肩から先、二の腕、そして肘まで。
肘から先はまだない。だが、確かに腕が再生していた。
「……マジかよ。」
そっと動かしてみる。するとぎこちないが、動いた。
夢じゃない。
その時だった。
ガチャ
病室の扉が静かに開いた。
「あっ」
入ってきた少女が足を止めた。
緑がかった薄い水色の髪が揺れる。大きな瞳が見開かれた。
「……彗斗、くん?」
震える声。
彗斗はゆっくり笑った。
「よう、ユメ先輩」
その一言だった。
「……っ!」
持っていた水差しを危うく落としかけながら、ユメは駆け出した。
「彗斗くん!」
「うおっ!?」
勢いよくベッドに飛びつく。
「ちょ、先輩!?」
「よかった……!」
ぎゅっと抱きしめられる。肩が震えていた。
「本当によかった……!」
「先輩……?」
「目を覚まさないんじゃないかって……!」
声が震えている。彗斗は少し困ったように笑った。
「心配かけたみたいだな」
「みたいじゃないよ!」
ユメは顔を上げた。目には涙が浮かんでいた。
「二週間だよ!」
「え?」
「彗斗くん、二週間も寝てたんだから!」
「……二週間?」
「そう!」
「マジ?」
思わず苦笑いする。
「そりゃ、悪かったな」
「本当に悪いと思ってる?」
「思ってる思ってる」
「絶対思ってない!」
そんなやり取りをしていると、
ガラッ!
病室の扉が勢いよく開いた。
「ユメ先輩! 今、声が――」
ホシノが飛び込んできた。
そして、ベッドの上の彗斗を見た。
「……」
止まる。彗斗も見つめ返す。
「……」
「……」
しばらく沈黙。
やがてホシノが小さく呟いた。
「……起きてる」
「おう」
「…良かった」
「見れば分かるだろ。」
「……」
ぷるぷる震え始める。
するといきなりホシノが全力で駆け寄ってきた。
「ーーーッ!!」
ゴン
思い切り頭を叩かれた。
「いったぁ!?」
「何してるんですか!!」
「いや、寝てた?」
「そういうことじゃないです!!」
また一発。
「いたっ!」
「本当に……!」
ホシノの声が震えた。
「本当に……死んじゃったかと思ったんですから……」
その言葉で、彗斗は少し黙った。
あの砂漠での出来事。ビナーによるアツィルトの光。左半身が焼け、左腕を失った感覚。
全部思い出す。
「……すまん」
ぽつりと呟く。
ホシノはぷいっと顔を背けた。
「謝っても遅いです」
「そうだな」
「すごく心配したんです」
「うん」
「ユメ先輩なんて毎日来てたんですよ!」
「ホ、ホシノちゃん!?」
「朝から晩まで!」
「ちょっと!」
「『今日は起きるかなー』って!」
「言わないでぇ!」
ユメの顔が真っ赤になる。
彗斗は思わず吹き出した。
「ははっ」
二人が同時にこちらを見る。
「……笑った」
「笑いましたね」
「何だよ」
「笑える立場じゃないよ!」
「そうですよ!」
二人同時に指摘される。
彗斗は肩をすくめる。
「はいはい、すみません」
「反省してください」
「します」
「本当に?」
「たぶんきっとmaybe」
「不確定じゃないですか!」
病室に笑い声が響く。
ふと、ユメが彗斗の左腕に目を向けた。
「……ねぇ」
「ん?」
「その腕…」
彗斗も見る。
包帯の巻かれ、肘まで再生した、自分の左腕。
「……戻ってきたな」
「うん」
ユメは優しく笑った。
「本当によかった」
ホシノも、小さく頷いた。
「なくなったままじゃなくて……よかったです」
彗斗は二人を見た。
二週間。ずっと待っていてくれた人たち。少し照れくさそうに頭を掻いて、
「……ただいま」
そう言った。
ユメは涙を浮かべて笑い、
「おかえり、彗斗くん」
ホシノも少しだけ笑って、
「遅すぎですよ、馬鹿」
部屋が沈黙する。
そして沈黙を破ったのは彗斗だった。
「そういや、この腕いつの間にここまで再生していたんだ?」
彗斗は自分の疑問を口にする。
実際、意識を失う直前の自分は左半身が焼け爛れ、左腕は炭化していた。
しかし今の彗斗は、そのような目立つ傷も痕もない。
「確か、病院で処置を受けて2日後に包帯の交換がありましたが、その時には左半身は痕が残っているだけでしたね…」
「そうそう!あの時、お医者さんもびっくりしてたんだから!」
どうやら火傷の方は、かなり早いタイミングで完治していたようだ。
にしても早くない?やっぱ古龍となると自然治癒パワーもすごいのか…
と自分の再生力に驚愕しつつも、腕の方も聞く。
「腕の方はどうだったの?」
「たけのこでしたね…」
「うん…たけのこだったね…」
「…どゆこと?」
予想外の返答に思わず宇宙猫になりかける。
「実はね〜ホシノちゃんと一緒に看病してた時にね、包帯が切れたんだよね」
「いえ、どちらかというとあれは引きちぎれたの方が合っていると思いますよ…」
たけのこ、包帯がちぎれる、この言葉を連想させ、一つの予想が浮かび上がる。
「…まさか」
「包帯を突き破って腕が生えてくるとは思いませんでしたよ…」
事実とは思えない事実に表面は落ち着いているが、彗斗は内心、慌てふためいていた。
(なななな、なっ、何ですってーーーーーーー!!!???)
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一週間後。
青空の下、病院の自動ドアが静かに開く。
「……ようやく退院か」
天宮彗斗は空を見上げた。
二週間眠り、一週間の経過観察。
合計三週間。
あの砂漠でビナーと戦ってから、随分と時間が経ってしまった。
だとしてもあの負傷から治るまではバカみたいに早いけどな!
左腕を見る。包帯は取れていた。
肘まで再生した腕はまだ細く、指は動くがぎこちない。
それでも日に日に肉が付き、龍気を流すたびに僅かに熱を帯びる。
おそろしく早い傷の再生に医者も看護師も首を傾げていたが、彗斗自身にも理由は分からない。
「彗斗くーん!」
聞き慣れた声が聞こえ振り向く。
「ユメ先輩」
「退院おめでとう!」
笑顔だった。
その隣。
「遅かったですね」
ホシノがユメの後を追って歩いてくる。
「あの傷だぞ、むしろ早い方だろ」
「あなたが無茶したせいですよね?」
「ぐっ……」
ユメ先輩が笑う。
ホシノもつられて微笑む。
そんな何気ない会話が、妙に嬉しかった。
「さ、アビドス高校へ帰ろう!」
ユメが歩き出し、それを追うようにホシノと彗斗が歩き出す。
一時間と数十分後。
アビドス高校の校舎が見えた。
変わらない風景だ。古びた建物。砂に埋もれかけたグラウンド。
(ようやく戻って来れたな…)
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その日の仕事は、意外といつも通りだった。
書類整理、砂漠の巡回、買い出し、雑用。
しかし左腕が不自由なのでユメ先輩とホシノが手伝ってくれる。
「彗斗くん、それ持つよ。」
「いや、大丈夫」
「無理しない!」
「…はい」
「その書類こっちでやりますよ」
「ありがとう」
平和だった。ビナーとの死闘が嘘みたいだった。
そして夕方。仕事が終わる。
校舎の屋上に行く。屋上に行くと夕日が砂漠を赤く染めている景色が見える。
「ふぅ……」
一人、風に吹かれる。
その時だった。
ポケットのスマホが目に入る。
何気なく開き、連絡先を見ると、
ユメ先輩、ホシノ、
そして、黒服。
「……」
指が止まる。
なぜ、登録されている。
いや、会ったことはある。何なら契約もした。
しかし、連絡先が追加されていたのは恐怖を感じた。
「……」
少し考える。やめるべきかどうか。
だが、ビナーとの戦い。龍気の暴走。腕の再生。胸の奥の熱。
分からないことが多すぎた。
「……聞いた方がいいな」
そう呟いて。
通話ボタンを押した。
プルルル
一回、二回。
『おや』
一瞬だった。
『これは珍しい』
あの声。
『あなたから連絡をいただけるとは』
「黒服、話がある」
数秒の沈黙、そして、
『いいでしょう、では一時間後前回と同じ場所で。』
通話が切れる。
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夕暮れ。
屋上で見た時より日が沈んでいる。
アビドスから少し離れた廃墟。
「来ましたか」
黒いスーツ、黒い顔、ひび割れた右目。相変わらず怪しい雰囲気が出ている。
「久しぶりだな」
「そうですね」
黒服は軽く礼をした。
「よく、生きて戻れましたね」
「まあお前のことだからな、そりゃ知ってるか…」
「クックック、よく私のことは理解してくれているようで嬉しいですよ」
「……ッチ!」
「流石にその反応はあんまりではありませんか?」
「まあともかくあの戦闘は非常に興味深いものでした」
彗斗の目が細くなる。
「見てたのか」
「えぇ、ばっちりと」
「趣味悪いな、いやホシノを狙うロリコンの時点で今更か」
「趣味が悪いのは否定はしませんがロリコンは否定させてください」
黒服は少し焦ったような気がした。
「それでご用件は?」
彗斗は左腕を見る。
「これ」
黒服も見る。
「なくなった腕が戻ってる、火傷も消えた。俺の体詳しく検査できるか?」
黒服は少し笑った。
「クックック、いいでしょう!」
「露骨に興奮すんなよ気持ち悪りぃ……」
「私への当たりが強すぎませんか?」
「では検査するにあたって設備が必要なので、私の施設に移動しましょう」
そうして黒服について行き、一つの廃墟になったビルに着く。
「ここか?」
「えぇ、そうですよ」
黒服は答えながらビルの扉を開け中に入る。その後階段を降り、地下へ行き、それに彗斗も付いていく。
「ここが私の研究施設です。あちらの椅子にお掛けになってください」
黒服に言われた通り、椅子に腰掛け目を瞑る。
ふとした瞬間にビナーとの戦いを思い出す。
今思えば、ビナーと俺はかなり絶望的な戦力差だったと思う。
出会い頭にぶち込んだ、彗星もどきが直撃してとき、装甲が凹みよろける程度のダメージにしかならなかった。あれはかなりいいところに当たったと思っていたんだけどね…
ミサイルもやばかったな…龍気が暴走していた時は巻いていたが、通常時は被弾していた。あの時もマッハ6ぐらいは出ていたのに…
まあ一番インパクトがあったのはアツィルトの光だね。正直言ってヤバかった。まさか盾が溶けるとは思いもしなかった。どこかのミラボ◯アスの劫火がチラつく…
「設備の準備が終わりましたよ」
回想に耽っているうちに黒服が準備を終わらせたようだ。
「……でなにすんの?」
「簡単ですよ、血とあなたが龍気と呼ぶものを少しもらうだけです」
そう言って黒服は針を腕に刺す。
「キヴォトス人並みに皮膚が硬いですね…」
「神秘を持たずにそれほどの身体性能…ますます興味をそそられる…クックック」
黒服はかなり興奮しているように見える。
数十秒後針が抜かれる。
抜かれた血は、中学の時の採血の記憶の血と同じ色をしていた。
数分後。
黒服は新たな機械を持ってくる。
「…なにこれ」
「龍気を回収するためのものです。こちらの穴に龍気を流してください」
黒服の言われた通り、穴に翼を突っ込み龍気を入れる。
「もう十分です、ありがとうございます。では検査があるので数十分待ってください」
黒服の口角は若干上がっていて、どこかウキウキしたような雰囲気を纏っている。
数十分後、黒服は紙を持って戻ってきた。
「検査の結果が出ました」
黒服を見る。
「どうだった」
「面白い結果が出ましたよ、まずあなたが扱っている龍気は神秘を遮断する効果がありました。その代わり物理的な衝撃に弱くなっています。あなたがビナーと戦っている時にした、龍気を圧縮する技を再現しようとしたのですが、不安定ですぐに散ってしましたね。」
「はぇ〜龍気にそんな力があったんだ」
「そして血液からは、あなたの細胞は龍気に干渉することで、活動が活発になることがわかりました。火傷の治りが早かったり、腕が生えたのはこれが原因でしょう」
「よくわからんが龍気がすごいことはわかった」
「おや、これでも簡単に説明したのですが」
「…喧嘩売ってる?」
「…私のことを知っているなら戦闘ができないことも知っているのでは?」
「はぁ…まぁいいや、検査の結果も聞けたし家に帰らせてもらうよ」
「おや、もう行くのですか?」
「なんか知らんがクッソ疲れた…」
「おそらくその疲労は腕の再生によるものでしょう、おかえりになる際はあちらの出口を使ってください」
黒服が指した出口から外へ出る。
空は完全に夜空になっており、星がよく見える。
静寂。彗斗は一人、砂漠を見つめ帰路に着く。
左腕を見る。まだ指のない腕。あの戦いで体の一部を失う怪我を負ったが、それ以上に失わなかったものの存在が大きかった。ユメ先輩を救えた、この事実が俺はどうしようもなく嬉しかった。
過去編〜完〜
次は本編が始まります。
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