#12 赤い翼と新たな風
連邦生徒会長失踪の報せが流れてから、二日。
キヴォトス全体がどこか落ち着きを失っていた。
アビドス高校、生徒会室。
アヤネが手元の書類を見ながら、小さくため息をつく。
「……食料、生活用品、弾薬の補充。それと修理用の部品ですね」
「結構あるねぇ~」
ホシノが気の抜けた声を出した。ノノミも困ったように笑う。
「気が付いたら、色々なくなっていますね~☆」
セリカが腕を組む。
「当たり前よ!六人分なんだから!」
シロコが静かに言った。
「ん、彗斗は銃を使わないから五人分」
彗斗は立ち上がる。
「買い出しか」
「はい」
アヤネは頷いた。
「今日は依頼もありますし、彗斗先輩、お願いできますか?」
「了解〜」
「リストです」
紙を受け取る。
そこには食料、工具、薬品、消耗品。
かなり量のある買い物だった。
「気を付けてくださいね~☆」
ノノミが手を振る。
「ん」
シロコも頷いた。
「こりゃ、重労働になりそうだな…」
そう言って、彗斗はアビドスを出発した。
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D.U.自治区。
アビドスとは比べ物にならないほどの賑わっている。
道路を車が走る。空には飛行船。行き交う生徒たち。
しかし、どこか空気が違った。
「……」
大型モニターにニュースが流れている。
《連邦生徒会長、依然として消息不明》
《現在も捜索活動が続いています》
街を歩く人たちも、その話題を口にしていた。
「あれ本当なのかな〜?」
「どうせクロノスの捏造でしょ」
「けど、最近治安悪くなってきてるよ」
彗斗は思わず足を止める。彗斗は足を止めた。
大型モニターに映るのは、連邦生徒会長失踪のニュース。
(……ついに、ここまで来たか。)
知っている。この報せが、全ての始まりだった。
やがて先生がシャーレへ着任する。
アビドスではカイザーPMCとの戦い。ミレニアムでは眠っていた王女が目を覚まし。
トリニティとゲヘナでは大事件が起こる。
そして、その先には——。
(色彩…か…)
世界そのものを滅ぼす最悪の災厄。
(……まだだ)
まだ全ては始まっていない。
今なら、変えられる未来もある。だからこそ今はまだ平和だ。
そう思いながら歩いていた。その時。
ドォォォォン!!
爆発がなり、悲鳴が聞こえ、音の鳴った方向には黒煙が上がっている。
彗斗は一瞬だけ目を細めた。
(買い出しか。それとも——)
考えるまでもない。
「……後でアヤネには怒られるな」
小さく呟き、人通りのない路地へ滑り込む。
周囲を確認。誰もいない。
「よし」
次の瞬間。
ゴォォォォッ!!
背中から巨大な翼が展開され、赤い龍気が噴き出す。
赤黒い光を纏った龍の翼。腰の後ろでは、鋭い尾がゆっくりと揺れた。
地面を蹴る。石畳が砕ける。
龍気を噴射した翼が轟音を響かせ、
彗斗の身体は赤い流星となって空へ撃ち上がった。
「なるべく早く終わらせないとだな…」
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爆発現場へ辿り着く。
瓦礫。煙。倒れた街灯。
そして、そこには、一人の少女が立っていた。
狐の仮面、長い黒髪、狐耳、大きなな尻尾。
彗斗は知っていた。
「……狐坂ワカモ。」
少女はゆっくり振り向く。
「おや?」
楽しそうに笑った。
「私を知っているのですか」
「七囚人を知らないのはさすがに世間に疎すぎるだろ」
「うふふ、確かにそうですね」
ワカモは笑う。
周囲には倒れたヴァルキューレの生徒とおそらく装甲車だったもの。
ワカモは彗斗を見る。
「面白いですね」
「…何が?」
「私を七囚人と知りながら逃げない人は初めてですよ」
ワカモはくすくす笑い、銃を構える。
「それでは」
彗斗も応戦態勢に入る。
「少し遊びましょうか」
パン!!
銃弾が頬を掠める。
ドン!
彗斗は屋根を蹴り、一気に間合いへ飛び込む。
刀と銃剣がぶつかった。甲高い金属音が聞こえ、同時に彗斗が踏み込む。
「その赤い光は…!」
ワカモが驚く。どうやら龍気を見て驚いているようだ。
盾、刀、蹴りをワカモは軽やかに回避する。
そして回避したところに龍気弾で追撃する。
ワカモは既の所で回避し、狐尾が揺れる。
しかし避けきれなかったのか肩の和服が一部焦げている。
「うふふ…!楽しくなってきました!」
パン!パン!
銃弾が飛んでくる。彗斗はそれを盾で弾き、そのまま距離を詰める。
「っ!」
ワカモが上の屋根へ跳ぶ。彗斗も翼から龍気を出し、ワカモを追う。
「その赤い光……」
翼から出る龍気を見たワカモが目を細める。
「噂は本当だったのですね。」
「?」
「空から現れ、賞金首を狩る…ゲヘナの赤い彗星」
「何だその二つ名!」
聞いたことのない二つ名が出てくる。人違いだと思いたいが、俺の戦い方を真似できる奴がいるはずもないし多分俺のことだ。
(おっと今のは危ない…流石に集中しないと…)
考え事をして戦闘に集中していなかった。気持ちを切り替え、ワカモとの戦闘に集中する。
屋根の上で銃撃と近接格闘の高速戦闘が行われる。
ワカモが撃ち、彗斗が避けながら距離を詰める。
彗斗が斬りかかり、ワカモが銃剣で受け流す。
「うふふ…楽しいですね!」
ワカモは心から楽しそうだった。
パンッパンッパンッ!!
連射。彗斗は盾で受け、火花が散る。
すると盾で見えないところからワカモが接近し、蹴りを放つ。
「っ!」
彗斗が翼で受け止める。ワカモが翼で受け止めたのが予想外だったのか隙ができる。
隙をついて刀で反撃する。ワカモがそれを銃剣で弾く。
弾いた衝撃で二人が後ろへ下がる。
するとワカモは笑いながら質問する。
「あなた、名前を聞いても?」
「彗斗、天宮彗斗だ」
「彗斗ですか…それがゲヘナの赤い彗星の本名…」
ワカモはその名を口にした。
「覚えました」
「そうか、ならこっちからも質問だ」
「いいでしょう」
「赤い彗星ってなんだ」
「おや、知らないのです?ゲヘナで賞金首を狙って突如空から落ちてくる…
あなたのことでしょう?」
「…そんな有名なのか、俺」
その時。
風向きが変わった。彗斗が眉を動かす。
「……」
ワカモも笑みを消した。
「潮時ですね…」
遠くでサイレンが鳴っている。
複数のエンジン音も聞こえる。装甲車のようだ。
「ヴァルキューレか」
「ええ」
二人とも武器を下ろした。
「今日はここまでです。本当は、もっと遊びたかったのですが、また今度ですね」
ワカモは楽しそうに笑った。
「では」
ふわりと、屋根から飛び降りる。
狐尾が風に揺れた。
「また会いましょう、彗斗さん」
数秒後。
ヴァルキューレの装甲車が到着する。
「爆発現場を確認!」
「狐坂ワカモを捜索!」
彗斗は小さく息を吐いた。
「……さすがに見つかったらマズイな」
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「……肩、少し痛むな。」
さっきの蹴りを思い出しながら、彗斗は歩く。
だが、
「……まずい」
ポケットの買い物リストを見て顔色が変わった。
完全に忘れていた。アヤネの顔が頭に浮かぶ。
(流石に怒られるな)
そう呟いて、彗斗は何事もなかったように商店街へ向かうのだった。
狐坂ワカモとの思わぬ遭遇を終えた彗斗は、小さくため息をついた。
「……危うく本来の目的を忘れるところだった。」
ポケットから買い物リストを取り出す。
『食料』『調味料』『工具』『医薬品』『弾薬』『修理部品』
アヤネの几帳面な字で細かく書き込まれていた。
先ほどまで災厄の狐と戦っていたとは思えないほど自然な足取りで、彗斗は商店街へ向かった。
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D.U.の商店街。
連邦生徒会長失踪の影響はここにも出ていた。
「最近、事件が多いね」
「仕方ないよ」
「早く見つかるといいけど。」
そんな会話を聞き流しながら、彗斗は買い物を続ける。
やがて、大きな買い物袋が二つ。
さらに工具箱。
「……結構な量だな。」
そう呟きながら最後の店へ向かう。
そこは、飲み物や軽食も扱う小さな売店だった。
「いらっしゃいませー!」
店員の声が響く。
彗斗は飲み物を手に取った。
すると。
「……あれ?」
聞き覚えのある声。
振り返るとそこには、
長い緑がかった薄い水色の髪。優しそうな瞳。
「彗斗くん?」
「ユメ先輩、久しぶりですね」
アビドス生徒会、元会長
今は卒業し、連邦生徒会で働いている少女。
ユメ先輩は驚いた顔をしていた。
「本当に彗斗くんだ!」
「休憩ですか?」
「うん!」
ユメは笑顔で頷いた。
「ちょうどお昼休みなんだ」
彗斗は買い物袋を見る。
「買い出しです」
「あはは」
ユメは苦笑した。
「すごく多いね」
「人数が増えましたから」
「聞いたよ」
ユメは嬉しそうだった。
「アヤネちゃんとセリカちゃんが入学したんだよね?」
「はい」
「皆、元気?」
「元気です」
ユメはほっとした表情を浮かべる。
「良かった」
そして近くのベンチへ移動した。
ユメはジュース、彗斗は緑茶。
しばらく静かな時間が流れる。
「アビドスはどう?」
ユメが尋ね、彗斗は少し考えた。
「相変わらずです」
「借金はどう?」
「2億減りましたよ」
「もうそんなに!?」
「みんなで頑張りましたよ」
「最近襲撃しに来るらしいカタカタヘルメット団は?」
「元気でしたよ…」
ユメは思わず笑った。
「あはは!」
「変わってないね」
「変わってませんね」
「ホシノちゃんは?」
「ユメ先輩に似てきてます」
「ノノミちゃんは?」
「俺をアイドルにさせようとしてきます」
「シロコちゃんは?」
「最近は賞金首を襲ってもらっています」
「……うん」
ユメは苦笑した。
「シロコちゃんがちょっと成長した感じがするよ…」
「あとアヤネは生徒会を仕切っています、もはやホシノより生徒会長してますよ…
セリカはアビドスのみんなから隠れて柴関ラーメンでバイトをしています」
「想像できるね」
二人は笑った。
ユメは空を見上げる。
「安心した」
「何がです?」
「私が卒業しても、アビドスはちゃんと前に進んでる」
彗斗は静かに答えた。
「皆、頑張っていますよ」
「うん」
少しだけ沈黙。
やがて、ユメが小さく口を開いた。
「実はね…私、異動することになったんだ!」
彗斗は少し驚いた。
「異動?」
「うん!」
ユメは頷く。
「今の部署を離れて、新しい部署へ行くの」
「急ですね」
「しかも連邦生徒会長が直々に言ってきたんだ!」
ユメ先輩は誇らしそうに胸を張る。
彗斗は静かに聞いていた。
ユメは続ける。
「四日後、キヴォトスの外から来る先生がいるんだって」
彗斗は何も言わない。
「その先生の部下になる予定なんだ」
春風が吹いた。買い物袋が小さく揺れる。
「正直ね」
ユメは苦笑した。
「どんな人か分からなくて、不安なんだ、ほらホシノちゃんも言ってたから…」
「……」
「でも」
ユメは笑った。
「困っている生徒を助けるために来る人なら、きっと悪い人じゃないよね」
彗斗は空を見上げた。
青空。雲一つない快晴
(先生)
ようやく。この世界にも来る。
アビドスを救い。ホシノを救い。そして数え切れない生徒たちを救う存在。
「そうですね」
彗斗は静かに言った。
「きっと、いい先生ですよ」
ユメは目を丸くした。
「会ったことあるの?」
「……連邦生徒会長が選んだ人ですよ、まともじゃなきゃ困りますよ…」
「確かにそうだね!」
二人で笑った。
ユメは立ち上がる。
「そろそろ休憩時間が終わっちゃう!」
「仕事ですか」
「うん!」
「頑張ってください」
「ありがとう!」
数歩歩いて、ユメは振り返った。
「彗斗くん」
「何です?」
「アビドスのみんなに伝えて、離れていても、私はずっとアビドスの味方だから」
「……はい」
「それと」
ユメは少し照れくさそうに笑った。
「ホシノちゃんにまた遊びに行くよって言っておいて」
「わかりましたよ…」
「ふふっ」
ユメは手を振った。
「またね!」
「また」
その背中を見送る。
やがて人混みの中へ消えていった。
彗斗はしばらく立ち尽くしていた。
四日後、先生が来る。
ユメは、その先生を支える立場になる。本編とは少し違う未来。
それでも、確実に運命の歯車は動き始めていた。
「……そろそろ帰るか」
大量の買い物袋を持ち直す。
夕暮れのD.U.を後にし、アビドスへの帰路についた。
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夕方。
アビドス高校。生徒会室の扉が開く。
「ただいま」
「お帰りなさい!」
アヤネが立ち上がった。
「ずいぶん遅かったですね!」
「色々あったんだよ…」
「またトラブルですか?」
「少し」
「少しって顔じゃないですよ!」
セリカが呆れる。
ノノミは買い物袋を見る。
「わぁ~☆これで物資が揃いましたね!」
「ん」
シロコも頷く。
「ちゃんとある。」
アヤネは買い物リストと照らし合わせる。
「食料よし、工具よし、薬品よし……全部あります!」
「それで」
アヤネが眼鏡を押し上げた。
「何があったんですか?」
彗斗は少し考えた。
「七囚人に絡まれた」
「……」
部屋が静まる。
「え?」
「災厄の狐の狐坂ワカモってやつ」
「…………」
アヤネは深く息を吸った。
「買い物に行って、なんで七囚人と戦うんですかー!!」
生徒会室に絶叫が響く。セリカは頭を抱えた。
「やっぱり、この人トラブルを引き寄せてるんじゃない?」
ホシノは苦笑する。
「うへ~、さすが彗斗くんだねぇ」
ノノミもくすりと笑う。
「無事で良かったです~☆」
シロコは静かに言った。
「ん、次は私も行く」
「やめてください!」
アヤネのツッコミに、皆が笑った。彗斗は窓の外を見る。
この流れなら、アヤネの「七囚人と戦うんですかー!!」の騒ぎが一段落した後に、自然に差し込めます。
生徒会室に笑い声が響く。
しばらくして、彗斗は思い出したように口を開いた。
「そういえば」
「まだ何かあるんですか!?」
アヤネが身構える。
「いや、今度は普通の話だ」
「今度はって何よ、今度はって……」
セリカが呆れたようにため息をついた。
彗斗は皆を見回す。
「今日、D.U.でユメ先輩に会ったんだ」
「えっ!」
ノノミが目を輝かせた。
「ユメ先輩にですか~☆」
「ん」
シロコも顔を上げる。
「元気だった?」
「ああ」
彗斗は頷いた。
「連邦生徒会で仕事してた。昼休みだったらしい」
ホシノも目を丸くする。
「うへ~、ユメ先輩かぁ」
少しだけ懐かしそうな声だった。
「それで?」
「皆のことを聞いてたよ」
「私たちの?」
アヤネが首を傾げる。
「アヤネとセリカが入学したことも知ってた」
「え、そうなんですか?」
「連邦生徒会にいても、アビドスのことは気になるみたいだ」
セリカは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「……まあ、ユメ先輩だし」
「ノノミのことも聞かれた」
「私ですか~?」
「相変わらずだなって言ってた」
「えへへ~☆」
「シロコのことも」
「ん」
「少し成長した気がするって」
シロコは少し考えてから、
「……そう?」
と小さく首を傾げた。
その様子に皆が笑う。
そして。
彗斗はホシノへ視線を向けた。
「あと、伝言」
ホシノがきょとんとする。
「私?」
「ああ」
彗斗は小さく頷いた。
「『ホシノちゃんに、また遊びに行くよって伝えて』だそうだ」
その言葉を聞いた瞬間。
ホシノは少しだけ目を見開いた。
「……そっか」
いつもの気の抜けた笑顔ではなく。
どこか安心したような、嬉しそうな笑みだった。
「ユメ先輩、元気そうだった?」
「ああ」
「笑ってたよ」
「そっかぁ」
ホシノは窓の外を見る。
夕日に染まる砂漠。
「うへへ」
小さく笑った。
「じゃあ、おじさんも楽しみにしてよっかな」
「ん」
シロコが頷く。
「私も会いたい」
「私もです~☆」
ノノミも手を挙げる。
「卒業しても、こうして会えるのって素敵ですね」
アヤネも微笑んだ。
「今度来たら、お礼を言わないといけませんね」
セリカは腕を組んで、
「べ、別に寂しかったわけじゃないけど……来るなら歓迎くらいはしてあげるわよ」
と、少し照れながら言う。
「絶対、喜びますよ」
彗斗がそう言うと、ホシノは優しく笑った。
「うん」
その一言には、昔、生徒会長として皆を支えてくれた先輩への感謝と。
また会える日への小さな期待が込められていた。
「その時は、おじさんがお茶でも淹れてあげようかな~」
「ホシノ先輩、お茶を淹れられるんですか?」
「……あれ?」
「できないんですか?」
「うへ~……たぶん?」
「たぶんって何ですか!」
アヤネのツッコミが響き、再び生徒会室は笑い声に包まれた。
赤く染まる砂漠。春の風が桜を散らす。
そして、心の中で、小さく呟く。
(あと四日…)
平穏は、きっと長くは続かない。
先生が来れば、アビドスも、キヴォトスも、大きく動き始める。
だからこそ、今、生徒会室に響く仲間たちの笑い声を。
この何気ない日常を彗斗は静かに胸へ刻むのだった。
次は本編のプロローグが始まります。
次こそは先生が出ます。