第2章「対抗」
怪獣の出現から三日。
世界はすでに、元の姿を失っていた。
都市は封鎖され、人の流れは止まり、灯りの消えた建物だけが静かに並んでいる。それでも状況は改善しない。むしろ悪化していた。怪獣の出現は止まらず、防衛線は何度も突破されている。
戦車、砲撃、ミサイル——あらゆる戦力が投入されたが、結果は同じだった。ダメージは与えられる。だが止まらない。押し切られ、崩され、最終的には撤退を強いられる。
人類はまだ、“戦えていなかった”。
司令部の会議は、重苦しい空気に包まれていた。
誰もが現実を理解している。このままでは、いずれすべてが破綻する。時間の問題だった。
その沈黙を破ったのは、一つの提案だった。
「……同じ土俵に立つしかない」
怪獣は巨大だ。
ならば、こちらも巨大になるしかない。
非現実的な発想だった。コストも時間も、現状では到底許されるものではない。それでも否定は出なかった。すでに現実のほうが、その“非現実”を上回っていたからだ。
「……やるしかない」
その一言で、計画は動き出した。
その頃、前線では別の戦いが続いている。
都市外縁に築かれた防衛ラインに、一体の怪獣が接近していた。
アンギラス
地面を抉りながら一直線に突っ込んでくるその姿に対し、迎撃部隊は一斉に砲撃を開始する。直撃はしている。だが、動きは止まらない。むしろ勢いはそのままに、防衛線へと突入する。
次の瞬間、陣形が崩れた。
戦車が吹き飛び、砲撃位置が破壊され、防衛線そのものが機能を失う。残された選択肢は一つだけだった。
撤退。
この状況を変えるための試みが、すでに進んでいた。
EDFは既存兵器の再設計に着手し、対怪獣戦を前提とした強化を進めていた。火力を分散させるのではなく、一点に集中させる。装甲を強化し、耐えながら戦う構造へと変える。
そして、その成果が投入される。
バルガ
巨大な機体が前に出る。
アンギラスの突進に対し、正面から受け止めるように踏み込む。
衝突の瞬間、空気が震えた。
だが次の瞬間、これまでとは明確に違う結果が現れる。
止まった。
完全ではない。それでも確実に、怪獣の進行が抑えられている。押し込まれながらも踏みとどまり、進路を固定する。
そのわずかな“停止”が、戦場を変えた。
すぐに後方部隊が反応する。
砲撃が一点に集中する。関節、頭部、装甲の薄い部分——すべての攻撃が同じ場所へ叩き込まれる。
怪獣の動きが、わずかに鈍る。
その流れは、次の戦場で決定的な意味を持つことになる。
山岳地帯。
新たに確認された個体が、地形を滑るように移動していた。
バラゴン
小型ながら機動力が高く、接近を許せば対応は難しい。だが今回は違う。
バルガが前に立つ。
進路を塞ぎ、完全ではないにせよ動きを制限する。
その一瞬を逃さず、全火力が集中する。
砲撃は止まらない。
同じ箇所へ、何度も、正確に。
やがてバラゴンの動きが崩れた。
体勢を維持できず、大きく揺れる。
さらに追撃が加わる。
そして、巨体が崩れ落ちた。
静寂が訪れる。
誰もすぐには動かない。誤認の可能性、再起動の可能性——すべてを排除する必要があった。
だが時間が経っても、動きは戻らない。
「……撃破確認」
その言葉が、静かに戦場へ広がる。
人類は初めて、怪獣を倒した。
その事実は、世界の見え方を変えた。
状況が劇的に改善したわけではない。被害も出現も続いている。それでも、絶望ではなくなる。
“終わらせられるかもしれない”
そう考えられるようになったこと自体が、大きな変化だった。
司令部では、すでに次の段階へ移行している。
巨大兵器の開発。戦術の再構築。戦力の再配置。すべてが“勝つため”に動き始めていた。
だがその裏で、別の変化が進んでいる。
深海の奥。
観測の届かない領域で、小さな反応が増えていた。
まだ脅威とは認識されていない。
だが確実に、何かが育っている。
人類が希望を手にしたその時、
次の脅威もまた、静かに形を取り始めていた。
■第2章「対抗」 終