ようこそ男の少ない教室へ   作:呼吸好き

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偶然にも

 

 バスのドアがプシューと気の抜けた音を立てて開き、俺は停留所のアスファルトに足を踏み下ろした。

 高度育成高等学校の正門へと続く、桜並木が美しい広大なプロムナード。本来であれば、新入生たちが希望に胸を膨らませながら歩く、清々しい青春の1ページになるはずの場所だ。

 

 しかし、俺にとっては全く別の意味で息苦しい空間だった。

 

「……なぁ、ちょっと見て。あの子、新入生の男子じゃない?」

「うそっ、めっちゃイケメンなんだけど……! やばい、超カッコいい……!」

「声かけちゃおうかな。でも隣にいる子、なんか怖くない?」

 

 四方八方から突き刺さる、無数の熱視線とひそひそ声。

 上級生と思われる女子生徒たちや、同じ真新しい制服を着た同級生の女子たちが、まるで珍獣――いや、降臨した神にでも遭遇したかのような目を向けてくるのだ。

 この世界は男女比が「1対9」。男性というだけで国家レベルの天然記念物であり、圧倒的な優位性を持つ社会構造になっている。しかも、堀北から聞いた話によると、男子のほとんどは国が運営する男子校に通うらしく、男子と関わる機会はほとんど無いらしい。男子校に通わずに高度育成高等学校に入学を決めた時点で俺の平凡な生活は崩壊したのかもしれない。

 

「……少し、歩きにくいな」

 

 俺は極力表情を崩さず、しかし内心ではどうやってこの視線の網の目をかいくぐろうかと頭を悩ませていた。平凡で目立たない学生生活。それが俺の至上命題なのだ。初日からこんなに目立っていては、今後の計画に重大な支障をきたす。

 もはや崩壊しているような気もしたが、考えないことにした。

 

「気にする必要はないわ。彼女たちはただの烏合の衆よ」

 

 隣を歩く堀北鈴音が、冷ややかな声で言い放った。

 彼女は俺の隣をキープしつつ、周囲から向けられる女子たちの熱視線を、鋭い眼力で片っ端から射殺している。女子に対してはツンツンしているというか、もはや狂犬に近い警戒心だ。

 だが、その鋭い視線が俺に向けられる時だけは、なぜか急にオドオドとした、どこか庇護欲をそそるようなものに変わるから不思議である。

 

「烏合の衆って……一応、先輩もいるみたいだぞ」

「関係ないわ。それより清隆くん、誰かにぶつかられたりして怪我はない? 荷物、やっぱり私が持とうかしら?」

「いや、だから俺は自分の鞄くらい自分で持てる。俺をなんだと思ってるんだ」

「だって……男子は国の宝よ。特にあなたなんて。もしあなたに何かあったら、私……」

 

 堀北は頬をほんのりと赤く染め、上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる。

 バスの中で俺が「ぶつかって謝った」というフラットな対応をしただけで、彼女の中の俺の好感度はなぜかストップ高を記録し続けているらしい。

 

 俺はため息を飲み込み、視線を前に向けた。

 

「とりあえず、クラス分けの掲示板を見に行こう」

「ええ、そうね。私が先導するわ」

 

 堀北がスッと俺の前に立ち、まるで要人警護のSPのように歩き始めた。

 掲示板の前には、自分のクラスを確認しようとする新入生の女子たちで人だかりができていた。しかし、堀北と俺が近づいていくと、モーセが海を割ったかのように、サーッと人波が左右に分かれて一本の道ができたのだ。

 

「……どうぞ、清隆くん。こちらへ」

「ああ……うん」

 

 やりすぎだ。そう思いながらも、俺は遠慮なくその道を通らせてもらうことにした。

 掲示板を見上げる。1年Aクラスから順番に名前を探していく。

 

「あったわ! 私、1年Dクラスよ!」

「そうか。俺は……」

 

 視線をDクラスの欄にスライドさせる。

 『綾小路 清隆』

 そこには、しっかりと俺の名前が印字されていた。

 

「俺もDクラスみたいだな」

「えっ……! ほ、ほんと!? やった……あ、いえ、その、奇遇ね」

 

 堀北は思わずガッツポーズをしそうになった手を慌てて引っ込め、コホンと咳払いをして冷静を装った。しかし、口元は完全に緩みきっている。

 俺としてもこれは朗報だ。

 知り合いである堀北と同じクラスになれたのは純粋に心強い。

 

「同じクラスだな、堀北。これからよろしく頼む」

「っ……! え、ええ! こちらこそ、よろしくお願いするわ、清隆くん!」

 

 彼女はビシッと直立不動になり、顔を真っ赤にして深くお辞儀をした。周りの女子たちが「えっ、あの子もうあんなイケメンと仲良くなってるの!?」「抜け駆けずるい……!」とハンカチを噛むような顔でこちらを睨んでいるが、考えないことにする。

 俺は平凡な高校生。

 その筈なんだ。

 

 そのまま二人で校舎に入り、1年Dクラスの教室へと向かう。

 真新しい木目調のドア。その上に掲げられた『1-D』のプレート。

 これから3年間、俺の平穏な日常の拠点となる場所だ。

 

 俺は小さく息を吐き、ガラリとドアを開けた。

 

「――っ」

 

 瞬間。

 教室中を満たしていた女子たちの賑やかな話し声が、ピタリと止んだ。

 時が止まったかのような、完全な静寂。

 教室内にはすでに30人近い生徒が着席していたが、その全員が、ドアを開けた俺の方を向いて硬直していた。

 

(……なんだ、この空間は)

 

 まるで、草食動物の群れの中にライオンが放り込まれたような、あるいは飢えた肉食獣の檻に最高級の霜降り肉が投げ込まれたような、異様なプレッシャー。

 数十個の瞳が一斉に俺を捉え、瞬きすら忘れて釘付けになっているのがわかる。

 居心地が悪いなんてもんじゃない。今すぐドアを閉めて帰宅したいくらいだ。

 

「……ちょっと、あなたたち。清隆くんが困っているじゃない。無遠慮に見つめるのはやめなさい」

 

 俺の後ろから教室に入ってきた堀北が、ピシャリと冷たい声を放った。

 その声でハッと我に返った女子たちが、慌てて視線を逸らしたり、隣の席の女子とヒソヒソと興奮気味に耳打ちを始めたりする。

 

「や、やばい、うちのクラスに男子がいる……!」

「しかもめちゃくちゃカッコいい……! 奇跡だよ……!」

 

 そんなヒソヒソ声が、俺の耳にもはっきりと届いてくる。

 俺は極力目立たないように、軽く俯き加減で自分の席を探し始めた。

 出席番号順なのか、席にはあらかじめ名前の書かれたプレートが置かれている。俺は教室の最後列、窓際という、いかにも目立たなそうな特等席に自分の名前を見つけた。

 

 そこに向かって歩を進めている最中、ふと、教室の真ん中あたりに異質な存在がいることに気がついた。

 

「ふふん! まったく、どこの誰かは知らないが、レディ達の私を見る視線逸らすとはね。まあいい、私の美しさは太陽と同じ。直視しすぎれば目が潰れてしまうからね!」

 

 ……男だ。

 俺以外にも、このクラスには男子生徒がいたらしい。

 しかし、その風貌は俺が想像する「平凡な男子高校生」とはかけ離れていた。

 

 見事なまでに鍛え上げられたガタイの良い肉体。シャツのボタンは無駄に開けられ、胸元の筋肉が覗いている。金髪に近い明るい髪をかき上げながら、机の上に足をドカッと乗せ、手鏡を見つめてウインクをしている。

 自己主張の塊のような存在感だ。

 

(高円寺……六助?)

 

 机に置かれたネームプレートを横目で確認する。

 なるほど。彼がこのクラスのもう一人の男子か。

 このクラスには俺を含めて二人の男子がいると聞いていたが、彼がそのようだ。

 一般的な男は自己研鑽をすることが少ないので筋肉が少なく細身のようだが、高円寺はそんな一般的な生徒とは真逆のような体つきをしていた。

 この男女比1対9の世界において、あそこまで堂々と振る舞えるのは、この社会の「正しい男子の姿」なのかもしれない。

 初めて見た男子として親近感もある。

 だが、関わると面倒なことになりそうな気がした。

 

 

 足早に自分の席へと向かった。

 一番後ろの窓際の席。

 そこにカバンを置き、ようやく一息つく。

 しかし、俺の平穏はすぐに隣の席からの声によって破られた。

 

「……隣、失礼するわね」

 

 聞き慣れた、しかしどこか弾んだ声。

 振り向くと、そこにはカバンを抱きしめるようにして立つ堀北の姿があった。

 彼女の机に置かれたネームプレートには、しっかりと『堀北 鈴音』の文字が刻まれている。

 

「お前……隣の席だったのか」

「ええ。私も今気づいたのだけれど……どうやら、そういうことみたいね」

 

 堀北はクスッと上品に笑いながら、椅子を引いて腰を下ろした。

 バスでの偶然の出会いから始まり、同じクラスになり、あまつさえ席まで隣同士。

 意図的に仕組まれたのではないかと疑いたくなるような確率だ。

 

「こんな偶然、あるんだな」

 

 俺が素直な感想を口にすると、堀北は窓から差し込む朝の光を浴びながら、心底嬉しそうに目を細めた。

 

「そうね……。でも、私はこの偶然に感謝しているわ。清隆くん」

 

 彼女の横顔は、さっきまでのSPさながらの威圧感で周囲の女子を警戒していた彼女とはまるで別人のようだった。

 男子に対しては奥手で、どう接していいか分からずにパニックを起こしていた少女が、今、俺に対してだけ見せている安心しきったような柔らかい表情。

 

 俺はホワイトルームで感情を切り捨て、非効率なものを排除して生きてきた。

 知識としては、美しいもの、可愛らしいものという概念は理解している。堀北も知識と照り合わせると美少女という分類に入るだろう。

 だが、今、隣でふわりと微笑む彼女を見て、不思議な気分になった。

 

(……なんだこれは)

 

 今まで感じたことのない不可思議な気分。

 胸の奥に灯った小さな火種が、一気に全身へ広がっていくような、奇妙な焦燥感。

 胸のもやもやが広がっていくような気さえする。

 はじめてだ。

 

「……どうしたの、清隆くん? 私の顔に何かついているかしら?」

「いや、なんでもない。これからの高校生活、退屈はしなさそうだと思っただけだ」

 

 意識を逸らすように窓の外に視線を移しながら、小さく息を吐いた。

 

 平凡な学生生活を送るつもりが、初日から波乱の予感しかない。

 この実力至上主義の学校で、俺は無事に平穏を手に入れることができるのだろうか。

 とりあえず今は、隣に座るこの可憐な少女と共に、最初のホームルームを待つことにした。

 




Dクラスの生徒は高円寺以外TSしています。
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