ようこそ男の少ない教室へ   作:呼吸好き

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コンビニで

 

 ホームルームが終わり、茶柱先生が教室を出ていくと同時に、俺の席の周りには瞬く間に女子生徒の壁が出来上がっていた。

 

「ねえねえ、綾小路くん! この後、みんなでケヤキモールのカラオケに行かない?」

 

 中心になって声をかけてきたのは、ギャルっぽい華やかな雰囲気をまとった女子――軽井沢恵だった。彼女の後ろには、クラスをまとめていた平田洋介や、篠原さつき、佐藤麻耶といった女子たちが、期待に満ちた目で俺を見つめている。それ以外の女子も俺と軽井沢のやりとりを固唾を飲んで見守っていた。

 クラスに二人しかいない男子の片方は、さっきから鏡に映る自分に向かって投げキッスを連発している高円寺だ。消去法的に俺に白羽の矢が立つのは当然の流れかもしれない。

 

「カラオケか。誘ってくれて嬉しいんだが……」

 

 俺は申し訳なさそうな表情を作りつつ、首を横に振った。

 

「今日はまず、一人で学生寮の身の回りのものを買いに行きたくてな」

 

 嘘ではない。

 俺の部屋にはまだ生活品が最低限の家具以外何もないはずだ。

 大人数で遊びにいくのを避けたかったのもある。一人で目立たないようにひっそりと過ごしたかった。

 

「ええっ……! そんなの、後からでもいいじゃん!」

「そうだよ綾小路くん! 日用品くらい、私が代わりに買ってきてあげてもいいよ!?」

「そうそう! 歯ブラシって持ってきた? 私のポイント使って、一番高い歯ブラシセット買ってあげるよ?」

 

 女子たちの間から、悲鳴に近い残念そうな声が上がる。

 貢がれても困る。

 同級性に貢がれるような高校生が普通なわけがない。

 

「いや、悪い。自分の目で見て選びたいんだ。せっかく誘ってくれたのにすまない」

「う、ううん……綾小路くんがそう言うなら、仕方ないよね」

「なんか、無理に引き留めようとしちゃってごめんね……?」

 

 軽井沢や佐藤が、シュンと肩を落として落ち込んでしまった。平田も「また今度、都合が良い時に一緒に行こうね」と、ひどく名残惜しそうに微笑んでいる。

 ただカラオケを断っただけなのに、ここまで本気で落ち込まれると、流石の俺でも妙な罪悪感が胸に湧き上がってくる。

 

(……次は誘いに乗るか)

 

 俺はカバンを持って席を立ち、教室を後にした。

 

 一人で校舎内にあるという巨大商業施設『ケヤキモール』に向かおうと思っていたのだが、なぜか俺の数歩後ろを、一定の距離を保ったままついてくる気配があった。

 振り返ると、そこにはツンとした表情のまま、ツインテール気味の黒髪を揺らす堀北鈴音の姿があった。

 

「……どうした堀北」

「私も日用品を買いに行こうと思っていたのよ。道が同じなのは当然でしょう?」

 

 プイッと横を向く堀北。女子に対してはトゲトゲしているのに、俺の前だと途端に不器用な猫のようになる。

 俺と一緒に行きたいのだろう。

 顔は逸らしてはいるものの、視線は俺を捉えていた。

 平田達の誘いを断っておいてなんだが、堀北と一緒に見回るか。

 

「そうか。じゃあ、一緒に行くか?」

「っ……! え、ええ。あなたがどうしてもと言うなら、同行するわよ」

 

 嬉しさを隠しきれていない声で、堀北が俺の隣に並んだ。

 言葉では仕方なくといった様子だが、表情と声で違うのがバレバレだった。

 

 モールに行く前に24時間営業のコンビニに寄ることにした。

 自動ドアをくぐり、店内に足を踏み入れた瞬間、俺の胸は静かに躍っていた。

 

(これが……本で読んだ『コンビニエンスストア』というやつか……!)

 

 整然と並ぶ棚、色鮮やかなお菓子のパッケージ、お弁当、飲み物、雑誌。ホワイトルームの無機質な白い壁と栄養豊富な完全食しか知らなかった俺にとって、この空間はちょっとしたテーマパークだった。一歩一歩噛み締めるように店内を歩き回る。

 

 

 そんな俺の様子を、隣を歩く堀北がじっと見つめていた。

 

「……?」

 

 気になって顔を向けると、彼女はまるでお気に入りの小動物が慣れないオモチャで遊んでいるのを眺めるような、ひどく微笑ましい、慈愛に満ちた目線を俺に送っていた。

 

「何を見てるんだ?」

「……清隆くんって、分かりづらいけれど……子供みたいに純粋な目をするのね、と思っただけよ」

「…コンビニ来たのが初めてでな。ちょっとワクワクしてたかもしれない」

 

 コンビニには本当に色々なものがあった。知識にしかなかったものが現実にあったので面白いと思っていた。堀北に言われるまでは気が付かなかったが、もしかしたら表情に出ていたのかもしれない。

 

 ふと見ると、堀北が胸を押さえて悶えていた。

 可愛いキーホルダーでも見つけたのだろうか。

 

 その中で、俺はある奇妙なコーナーに目を留めた。

 

「……0ポイント?」

 

 棚の一角に置かれた生活必需品――地味な歯ブラシや、最低限のレターセットなどの値札に、すべて『0ポイント』と表記されていたのだ。

 ポイントを使い果たして一文無しになった生徒に対する、「救済措置」としてこれが用意されているのかもしれない。毎月10万円貰えるとしたらそんな措置はいらないし、本当に来月貰えるポイントは減少するのかもな。こういったものから読み取るのも実力のうちなのだろうかと思考を巡らせていると、レジの方から荒々しい声が聞こえてきた。

 

「チッ、なんでだよ! なんで使えねぇんだよ!」

 

 見ると、そこにはホームルームの途中で教室を出ていった、赤髪のヤンキー女子――須藤がいた。彼女はレジの女性店員に詰め寄り、スマートフォンの画面を乱暴に突きつけている。

 

「ですから、お客様学生証が無ければお支払い出来ないと…」

「だから、その学生証を寮の部屋に忘れてきたって言ってんだろ! 腹減って死にそうなんだよ! なんとかしろよ!」

 

 完全にただのイチャモンである。店員は困り果て、周囲の女子客たちも遠巻きに「うわぁ、ヤンキーだよ……」「関わらないようにしよ……」と引いている。

 

 俺は少し考えてから、須藤の方へと歩き出した。

 

「おい、須藤」

「あぁん!? 誰だお前……って、あ……」

 

 乱暴に振り向いた須藤だったが、俺の顔を見るなり、その鋭い三白眼が泳いだ。

 制服を気崩し、いかにも「喧嘩上等」といった風貌の彼女だったが、至近距離で俺に声をかけられたことで、一気にキャパシティをオーバーしたらしい。小麦色の頬が、見る見るうちに薄赤く染まっていく。

 

「あ、お前……さっきの、クラスの……綾小路、だっけ……。な、なんだよ、文句あんのか?」

 

 声のトーンが露骨に下がっている。女子に対しては凶暴なくせに、『奥手』と『照れ』が発動していた。

 

「文句じゃない。学生証を忘れて困ってるんだろ。カップラーメン一つくらいなら、俺が代わりに払おうか?」

「は、ハァ!? ななな、何言ってんだよお前!」

 

 須藤はガタッと肩を揺らし、大袈裟にのけ反った。

 その顔はさらに赤くなり、困ったような、恥ずかしいような、でもどこか嬉しそうな、実に入り混じった複雑な表情を見せている。

 

「男に金を払わせるなんて、そんな不届きなこと、アタシができるわけねぇだろ! 男子はな、女子に貢がれる側なんだよ! 法律で決まってんだよ!」

「いや、法律には書いてないと思うが……」

 

 そんな法律嫌だ。

 俺が困惑していると、後ろからコツコツと足音が近づいてきた。

 

「そこまでにしなさい、清隆くん」

 

 堀北が俺の前にスッと立ち、須藤を冷たく見下ろした。

 

「清隆くんの貴重なプライベートポイントを、そんな規則も守れない粗暴な人のために使わせるわけにはいかないわ。店員さん、彼女の分の会計は私から引いて頂戴」

 

 堀北はツンとした態度のまま、自分の学生証をレジにかざして決済を済ませた。

 

「え、あ……」

 

 須藤は呆然とレジの画面を見つめ、それから堀北の顔を見た。

 

「……おい、お前。堀北、だったか。……ありがとな」

 

 頭を掻きながら、ボソッと不器用に感謝を述べる須藤。その耳の裏まで真っ赤だ。意外と素直なところもあるらしい。

 店員からカップラーメンを受け取った須藤は、店内の給湯ポットから手慣れた手つきでお湯を注ぐと、そのままコンビニの外へと出ていった。

 

 俺と堀北も、自分の買い物を済ませて外に出る。

 すると、コンビニのすぐ前の路上で、須藤が地面に直に座り込み、カップラーメンが完成するのを待っていた。

 

 それを見た堀北が、眉をひそめて冷ややかに言い放つ。

 

「……公共の通路上で、地べたに座って食事かしら。呆れたわ。少しは自分の『品位』というものを疑ったらどうなの?」

 

 そのトゲのある言葉に、須藤の額にピキッと青筋が浮かんだ。

 

「あぁん!? 誰がどこで何食おうがアタシの勝手だろ! お前みたいな、いかにも『アタシ真面目ですから』みたいなツラしたお高くとまってる真面目ちゃんは、昔から一番嫌いなんだよ!」

「事実を指摘されて逆上するなんて、見苦しいわね」

「なんだとコラ、やんのか!?」

 

 一触即発の空気。

 俺は間に入り、とりあえず宥めることにした。

 

「まあ落ち着け、二人とも。堀北は言い過ぎだ。須藤も、ラーメンが伸びちゃうぞ。そろそろお湯を入れてから三分経ったんじゃないか?」

「清隆君が言うならそうなのかもしれないわね。須藤さん、ごめんなさい」

「あ……お、おう。分かればいいんだ。ラーメンも伸びそうだしな。」

 

 堀北が素直に謝った。

 謝ると思わなかったので意外だった。

 プライドが高い孤高なイメージがあったが、俺の言うことは聞いてくれるのかもしれない。

 

 須藤は毒気を抜かれたようにフイッと顔を逸らした。

 

 二人の喧嘩も収まったところで、遠くから新たな火種が生まれた。

 

「あらあら、何かしらこの騒ぎは。お昼時から随分と品のない怒鳴り声が聞こえると思ったら……今年の新入生の『Dクラス』ね」

 

 やってきたのは、派手なメイクを施し、制服のスカートを短くした、いかにも上級生といった風貌の女子生徒たちだった。彼女たちは須藤を、小馬鹿にしたような、あからさまに見下す目で眺めている。

 

「やっぱり噂通りね。Dクラスは入学初日から地べたでラーメンかしら? 落ちこぼれの集まりは、やることも底辺ね。ふふっ」

 

 クスクスと意地悪く笑う上級生たち。

 落ちこぼれとは何だろうか。

 不思議だ。

 どういうことだろうかと考えていると、その侮辱的な言葉に、須藤の堪忍袋の緒が完全に切れた。

 

「――んだと、テメェらァ!!」

 

 ドゴォン!! と激しい音が響いた。

 激昂した須藤が、怒りのあまり、まだ出来上がったばかりの熱々のカップラーメンを、勢いよくアスファルトの道路に投げつけたのだ。

 飛び散る赤いスープと、飛び散る麺。

 

「きゃあああっ!? 何するのよ、この野蛮人!」

 

 上級生たちは悲鳴を上げて飛び退いた。

 そして、その騒ぎの中で、上級生のリーダー格の女子が、ようやく須藤の背後にいた俺の存在に気がついた。

 

「え……? うそ……男子、生徒……?」

 

 彼女の目が、一瞬で驚愕と、それから信じられないほどの歓喜に染まる。

 さっきまでの傲慢な態度は霧散し、彼女はまるで極上の宝物を見つけたかのように、急に背筋を伸ばして、お淑やかな笑みを浮かべて俺に近づいてきた。

 

「あ、あの……ごめんなさい、あなたのような、素敵な男子生徒の方がいるって気づかなくて……っ。私、2年のCクラスの者です。もしよければ、一緒に遊びに行きませんか? お詫びにお食事でも――」

 

 男子に対して、完全に下に出る上級生。媚びを売るその目はこの世界の歪みを象徴していた。

 その甘ったるい声を、鋭い氷の刃が切り裂いた。

 

「――そこまでにしなさい。不愉快だわ」

 

 俺の前に一歩踏み出した堀北が、上級生たちをゾッとするような冷徹な表情で射抜いた。上級生に対しても物怖じしない態度。その瞳に宿る怒りは、須藤のそれよりも静かで、そして何倍も恐ろしいものだった。

 

「初対面の相手を侮辱し、あまつさえ私の清隆君に、そのような下卑た下心を向けて近づこうとするなんて。品位を疑うのはあなたたちの方だわ。用がないなら、その汚い口を閉じて、早く消えてくれないかしら?」

 

 圧倒的な拒絶と、守護者としての威圧感。

 守ってくれるのはいいが、私の清隆君ってなんだ。

 俺は堀北のものになったつもりはない。

 堀北の放った絶対零度のプレッシャーに、上級生女子たちは「ひっ……!」と短い悲鳴を上げ、顔を青くした。

 

「な、なによあの子…… い、行くわよ!」

 

 捨て台詞を残し、上級生たちは逃げるようにその場から去っていった。

 

 静寂が戻った路上で、須藤がぽつりと言った。

 

「……チッ、何なんだよあいつら。胸クソ悪いぜ……」

 

 須藤は頭をガシガシと掻くと、地面に散らばったカップラーメンを見つめた。スープがアスファルトに染み込んでいく。

 

「……おい。綾小路、それから、堀北」

 

 須藤はどこかバツが悪そうに、しかしハッキリと俺たちの目を見た。

 

「せっかく、わざわざ買って貰ったのに……アタシのせいで無駄にしちまって、すまねぇな」

 

 虫の居所が悪そうに、ぶっきらぼうにそう言い残すと、須藤は背を向けて足早に立ち去っていった。

 投げ捨てるのは褒められた行為ではないが、自分の非を認めて素直に謝るあたり、彼女の根は悪いやつではないのかもしれない。

 

「……ハァ、嵐のような人だったわね」

 

 堀北が深いため息をつき、額を押さえた。

 

「さて……」

 

 俺は地面に散らばった麺と、プラスチックの容器を見つめた。

 

「堀北、これ、片付けるか」

「…… なんでそんなことをするの? 汚したのは彼女でしょう。それに、清隆くんのその綺麗な手を、こんなゴミで汚させるわけにはいかないわ。放っておけば、誰かが片付けるわよ」

 

 堀北は嫌そうに顔をしかめ、俺の手を引いてその場を離れようとする。

 だが、このまま放置するのも寝覚めが悪い。

 それに来月支給されるポイントに影響があるかもしれないと思った。

 

「二人でやればすぐ終わる。コンビニでゴミ袋を一枚もらってくるから、頼む堀北」

「な、何言ってるのよ。嫌に決まっているでしょう」

「頼む。俺一人じゃ、ちょっと心細いんだ」

 

 少しだけ困ったような表情を作り、俺は堀北の目をじっと見つめて、もう一度頼み込んだ。

 

「っ……!」

 

 その瞬間、堀北の白い頬が、フワッと綺麗な桜色に染まった。

 彼女は慌てて視線をあちこちに彷徨わせ、カバンをぎゅっと抱きしめると、蚊の鳴くような声で呟いた。

 

「も、もう……本当に、あなたって人は……。男子のくせに、そんな風に私に頼み事をするなんて、反則だわ……」

 

 コホン、と大きく咳払いをして、彼女は凛とした表情(ただし顔は赤い)を作り直した。

 

「……仕方ないわね。清隆くんがそこまで言うなら、手伝ってあげなくもないわ。ただし、汚い部分は私がやるから、あなたは見てるだけでいいのよ?」

「いや、一緒にやろう」

 

 コンビニでゴミ袋を調達し、俺と堀北は並んでしゃがみ込み、道路を片付け始めた。

 隣で、一生懸命に麺を拾い集める堀北。時折、俺と手が触れそうになるたびに「ひゃっ」と小さく声を上げて顔を赤くしている。

 

(……退屈だけはしなさそうだな)

 

 ホワイトルームで得られなかった何かを得られそうだと思った。

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