リファは寝不足のまま図書館に来ていた。
図書館とは言っても学校の図書室くらいの大きさだが、それでも数は膨大。いくら休暇となっていても全部を網羅するのは不可能だ。
今回与えられた時間は1週間。その間に必要な情報、気になるものを絞る必要がある。
寝不足だったとしても時間を無駄にする暇は無かった。
それになんと言っても異世界である。前世の憧れであり夢。異世界にはワクワクする物事が多くおとぎ話に自然現象、様々な伝説……
幼稚かもしれないが、異世界と言うだけで全て真実に思える。それらを読んでるうちに寝不足のことは忘れてしまっていた。
意志を持ち人を選ぶ勇者の聖剣、33年に1度の夜明けまで降る流星群、1万年生きた精霊王、まさしくファンタジーと言える言い伝えがあり、そしてファンタジーなのでノンフィクションだ。
何より剣と魔法がある。
超常的な力が存在する。
男なら誰だって妄想するだろう(今は女だけど)、傘やほうきを剣に見立てて構えてみたり、あるいは杖に見立てて魔法を使う妄想をしたり。あるいは最強になった自分を想像する。
目の前に夢がある。その事実はどうしようもなく心を躍らせて───その結果死にかけの寝不足エルフが誕生した。
1週間で読める本の冊数は本当に少なく...なるべく多くの本を読もうと限界まで本を読んで気絶、また起きたら限界まで本を読んで.....と1週間そんな生活を繰り返していたのだ。当たり前だった。
本を読むだけでレベルアップできるくらいに知識が無かったリファに辞めるという選択肢はなかった。
元々のリファは健康的でそんなこと絶対しないのだが前世の影響が大きすぎたのだろう。
死にかけでゾンビのような状態の無表情の女が、ひたすら本を読む様は見る人が見れば悲鳴をあげられても仕方がないほどに異常な様相をしていた。
そんな調子で本を読んでいたので、最終日には目元にハッキリとしたクマが出来ており、家に帰っていないことを不審に思ったニーチェがそれを捕捉、強制的に家まで連行し寝かしつけていた。
ちなみにリファを見つけた時のニーチェの瞳には、あんなにキラキラしていたはずの光が無くかなり怖かったため、内心かなりビビっていたリファは何も言わずにすんなり家に帰っていた。
◆
目が覚めると見知った天井だった。
それもそうだ。22年間使っている家なのだから。
最近は寝不足なんてものじゃなかったからあまり記憶が定かではないが...ニーチェの世話になったことはかろうじて覚えていた。
身体をベッドから起こしてみると私のすぐ側でニーチェが眠っていた。私を家に返したあともすぐ傍で見守る...もとい見張っていたんだろう。
外は真っ暗で時間は分からないが窓の外に光源が見当たらないから既に深夜であることがわかる。
誰も起きていない時間帯に起きれたのは好都合だ。
ゆっくりとニーチェを起こさないようにベッドから出ていき、床に座った状態でベッドに寝そべっているニーチェを、慎重にベッドの上に上げて布団をかける。
起きなかったことを確認し一息ついてから椅子に座り、今日再開する訓練のための前準備を始める。
覚えたての魔法だ。
図書館で得た知識も使わなければ机上の空論。
何よりずっと使いたくてウズウズしていた。すぐ目の前まで夢が迫っているのだ、とんでもなく気分が良いのは言うまでもない。もっとも派手なものはニーチェを起こさないためにも使う訳にはいかない。
それにまだまだ初心者の私にはそもそも使えない。
エルフは長寿なのだから、最終的に極めることを目標に、まずは土台作りだ。
最初に行ったのは身体強化と武器強化の2つ。身体内部を流れる魔力と大気に漂う魔素の2つを使って丈夫にする方法だ。
身体強化は魔法使いにはあまり関係の無さそうなものだが、実際は魔法使いのチュートリアルと言えるくらい密接に関係している。
身体強化は魔力を核にしそこを起点に周囲の魔素を操って全身を強化する技だ。
魔法はそこで全身を強化せずに、魔力と魔素両方の情報を様々なものに書き換えて発動させる。
要するに身体強化が使えなければ魔法は使えないという訳だ。
そして何より剣を使う上で最も重要なことでもある。
近接戦闘で魔物を倒すなら必要……というか生半可な身体強化じゃそもそも前にすら立っても一発でサヨナラ。身体強化の技術を成熟させて初めて魔物に傷を付け、ダメージを与えられるようになるのだ。
技術を十分に高めて初めて、戦いの土俵に立てる。
その理由はシンプル。全ての魔物は共通して、デカい、そして硬いからだ。
魔物は動物や鉱物、果ては自然発生の精霊まで存在する奴らなのだが、だいたいは動物で、大型犬より大きい動物が魔物化しサイズが何倍にも膨れ上がる。
図書館には魔物版解体新書のようなものが置いてあり、そこの情報でオオカミの魔物は一般サイズのクマよりも大きいのが普通とある。最大で全長が7mのやつもいたらしい。
軽トラ2台分の大きさのオオカミはもはやギャグである。
しかも狼の魔物は、魔物としては1番小さなサイズだ。冗談みたいだ。
硬さも折り紙付きで皮は鉄、筋肉も鉄、骨はそれ以上に硬く、身体強化まで使ってくる。
それを鉄の剣で相手取る必要があるから身体強化と武器強化が必須スキルなわけだ。強化された鉄を切れるようにならなければ文字通り手も足も出ない。
ミスリルやオリハルコンのようなファンタジー素材は一応あるらしいが、エルフの集落には無いので考えるだけ無駄。大人しく鉄製の武器を使うしかない。
そんな動くトラックみたいな魔物だが、まあ悪い所ばかりではない。
魔物は魔力に魔素が固まって出来る物質、魔石を体内に持つのだが、この作りは魔法と同じだ。
身体強化も魔法も魔力を核にしそこに魔素を集め固める。魔法の場合さらに情報を書き換え発動する。
前半部分が同じなのだ。
つまり魔石を使うと最後の、情報の書き換えまでスキップできる。大幅に時短して魔法が使えるんだから魔法使いの必需品だ。
まぁ、身体強化には使えないんだけども。
身体強化を使うためには魔力を核とした──形式上魔核と呼ぶ──魔核をいくつも作らないといけない。
何故ならば魔核周辺でしか魔素を操れないためだ。
身体の真ん中に1個魔核を作っただけでは頭からつま先まで魔素を届かせる、なんてことは出来ない。
そして魔石≒魔核と考えると、魔石を使う場合魔核と同じ数用意する必要がある……そんなのは無駄だ。仮に5個使うなら普通に魔法を撃った方が強い。
ちなみに魔物が魔石1つで身体強化出来る理由は魔石が心臓のような臓器になっていて全身に魔力を送っているからだ。
魔石自体は脳にあるのに全身に行き渡るのだから不思議だ。
昔は人間に魔石を生み出せないか、あるいは埋め込めないかと試した組織が出てきたが、結果はズタボロだったらしい。
だから素の実力で身体強化を扱えるようになる必要があるし、剣を使う上で必須なのだから魔法を先に使う訳にもいかない。
まずは身体強化と武器強化をしっかりとできるようになろう、そしてやれたら魔法も使おう。という訳だ。
さて結論から言おう。私は魔法に手を出すのを諦めた。
身体強化があまりにも難しく手一杯で、武器強化ですら手に余り、魔法まで使うなんて「不可能では?」と思ってしまったからだ。
魔核を多く作りそれら全てを操るというのは両手両足で別のゲームをするくらい難しく...慣れるまでに相当時間がかかりそうだと感じた。
幸い今までの魔法の訓練は魔力操作だったため1つ1つの操作自体はすんなりとできた。エルフももれなくチュートリアルに則っているわけだからそこは助かった。
というか身体強化しながら武器にも使って、そこから魔法にもリソースなんて割けるわけがない。リファも前世もそんな超人ではないのだ。
まず欲張らずに身体強化を頑張る。
それに魔力を上手く操作出来ればいずれは魔法も使えるようになるし、そうでなくとも色々応用が効くようになるので、いくつか思いついた構想のためにも、魔力を完璧に操作できるようになっておきたかった。
例えば飛ぶ斬撃を出すことが出来たり……?あるいは空中に足場を……?
夢は広ければ広いほどいい。いずれは剣も魔法も使いこなしたいものだ。
ただコッソリと、欲に負けて指先に小さな光を魔法で生み出すことに成功したが、ひとまずはそこで満足することにした。
そうやって身体強化の練習を始めて何時間かした頃モゾモゾと布団からニーチェが起き上がってきた。
その時点で魔法の練習を一旦止めてニーチェの方を向くと
「ふぁ〜〜」
あくびをしながら伸びをしているニーチェと目が合った。
「おはようニーチェ。昨日はありがとうね」
「へ?なんでリーちゃんが私の部屋にいるの?夢?」
どうやら起きたばかりだからまだ寝惚けているらしい。
そういえば寝起きに効果のある茶葉があったなと思い、キッチンに向かう。手際良く湯を沸かし紅茶を作っていく。
10分程度で2人分の紅茶が出来たのでコップに注いでニーチェの元へ持っていく。ニーチェはどうやら朝に弱いようで起きあがった状態でも船を漕いでいて、まだまだ眠いようだ。
「そういえばニーチェは紅茶大丈夫だったかしら?」
「う〜ん大丈夫ぅ...」
「じゃあ隣に置いておくわね」
「あーぃ...」
ニーチェはほとんど目を開けていない状態でぼんやりとした返事をしていた。コップを手渡しにすると落としそうで危なかったのでサイドテーブルにコップを置く。
少しするとゆっくりと紅茶を飲み出した。「あったかぃ」とぼやきながら飲んでいる姿は、その小さな体も相まってかなり可愛らしかった。
そろそろ眠気も覚める頃合いだろうと思って朝食を作りにかかる。
その間も「ぅ〜...」とか小さく呟きながらちびちびと紅茶を飲んでいる様子を見て、私が(これが萌え……)なんて考えている間に紅茶のカフェインが効いてきたのかニーチェの目に意思が戻りだした。
しかしまだ状況を把握出来ていないようで、私→部屋→自分のいるベッドを順番に見渡し、数回瞬きしてようやく動き出した。
「お、はよ...う?リーちゃん?」
「ええ、おはようニーチェ」
しかしまだ分かっていないようで頭からはハテナが浮かんでいた。
「ここは私の家。横で寝ていたからベッドに上げただけよ。」
そう言うとようやく状況を理解したのか、慌ただしくベッドから降り始めた。
「えっ、あ、ごめんね!ベッド借りちゃって」
「元は私のせいだから気にしないで。ご飯作ったから一緒に食べましょう」
ニーチェはおずおずと対面の椅子に座り黙々とご飯を食べ始めた。静かな空気で食事するのは正直気まずい。特にニーチェは元気、活発のイメージがあり……昨日の件も含めて何かしら言われると思っていたので余計に気まずい。
それに目が合わない。じっと見てみても一瞬こっちを見たと思えばすぐに目線を逸らしてしまう。
これはもしかしなくても怒らせた……?
実際ニーチェが怒る理由なら有り余ってるだろう。体調不良で訓練を休み回復したと思えば図書館で死にかけていた訳だし...介護して貰ったし...
より悪化する前に謝る。というか起きた時点で謝るべきだった。ニーチェに嫌われたくないしね。
「あの、ニーチェ…」
「どうしたの?」
これから謝ると思うとどうしても少し体に力が入ってしまう。そんな私の姿勢を見てニーチェも身構えだしていた。
10年も一緒にいるというのに未だにこの距離感。ニーチェにすらコミュ障を発揮するのが私だ.....
「昨日は迷惑かけてごめんなさい」
私の謝罪はニーチェにとって予想外だったらしく、目をまんまるにして驚いたあと、肩の力を抜いてどこか拍子抜けした表情をしていた。
「ふー、なんだ〜そんなことかぁ。びっくりしたよ急に真剣な雰囲気になるから。なんか大事な話なのかと思って思わず身構えちゃったじゃん!」
ニーチェは「安心した〜」と言いながら優しい表情になっていた。
既にさっきまで食の間を漂っていた少し居ずらい雰囲気は無くなっており、また嫌われていないことに私は安堵していた。
「リーちゃんにしてることは私が好きでやってるだけなんだから、謝る必要ないよ。むしろ邪魔だったら言ってね?嫌なことはしたくないから」
「ありがとう」
その五文字を伝えるだけで私には精一杯だった。
男の記憶があるとは言ってもエルフとして生きてきた22年間、その22年間はニーチェ以外に全く人との関わりを持っていなかったことが災いしたのか、頭の中にはもっと大きな感情があったはずなのにそれを言語化できずにいた。
結果捻り出したのはシンプルなありがとうだ。言わないよりはマシだがもっと言いたい何かがあるはず、しかしそれが分からない。
ニコニコと可愛らしい表情をしているニーチェを真っ直ぐ捉える。前世を思い出してから世界の見え方が変わったのか、それとも前の私はちゃんと見れていなかったのか知らないが、この空間は壊したくない大切なモノに見えていた。
その後はニーチェと他愛もない会話(ニーチェが話を振り私は相槌を打つだけ)をして過ごした。図書館で何をしていたのかも聞かれたが色々理由を付けて強くなりたい─と言うと納得してくれた。
窓から陽光が差し込み出したあたりで訓練の服装に着替えるためにニーチェは家に帰っていった。そういえば私も着替えないと、と考えたあたりで最悪なことに気がついてしまった。
私、1週間風呂キャンしていたなぁ。
ニーチェに臭いと思われてないことを神に祈りながら風呂に入った。人生で1番長い風呂だったと思う。匂いと羞恥心を洗い流すためにはそうするしか無かった。
◆
sideニーチェ
私は家でシャワーを浴びながら頬をはにかませていた。目を瞑り、 流れる水の音が外の音を遮断して私の意識をより集中させる。頭の中には今朝起きてからの出来事が何度も繰り返されていた。
私は朝に弱く起きてからすぐのことはあまり覚えていないけど、寝ぼけたことを言った気がする。
そんな私に朝リーちゃんが入れてくれた紅茶は美味しかったし、優しさを感じれた。
それは図書館から家まで運んだ私に対して後ろめたさを感じていたからかもしれない、でも純粋な優しさ、好意もあると思いたい。
そこから同じ机で食事をとることになったけれど、めちゃくちゃ緊張してしまった。
こう、目を合わせるとドキッとして後頭部から心臓の少し上あたりにかけて少しの息苦しさと熱がこもり出すような感覚がして、まともに目を合わせることが出来なかった。
今まではどうやって会話していたのかすらも忘れて、頭の中はリーちゃんでいっぱいになっていて──ふとその沈黙を突き破るように珍しくリーちゃんの方から口を開いていた。
「あの、ニーチェ…」
口では平静を装って「どうしたの?」と聞き返せたのはいいものの、いつもと違った様子のリーちゃんに私やらかしたかもなんて思って体が固まってしまう。
もし気まずいから離れようなんて言われたら、絶対に泣く自信があった。
「昨日は迷惑かけてごめんなさい」
色々良くない方向に想像していた私は、そのごめんなさいの後ろにやってくる言葉が怖くて、なるべく怖がっているのを悟らせないよう、少し大袈裟に力を抜き、そして紛れも無い本心でリーちゃんに言葉を返した。
「リーちゃんにしてることは私が好きでやってるだけなんだから、謝る必要ないよ。むしろ邪魔だったら言ってね?嫌なことはしたくないから」
私はリーちゃんと関わることが好きだ。今回みたいに世話をするのも好きだ。リーちゃんは私に迷惑をかけたと思ってるけど、むしろ私はもっと頼って欲しいと思っている。
でもそれは直接は言えない。リーちゃんはずっと孤独だったから、近づく時は慎重に行動しないといけない。いつかもっと仲良くなって、自然と頼ってくれる日まで。
私の本心の言葉に帰ってきたのは、「ありがとう」だった。その言葉には確かな思いやり、優しさが詰まっていて、たった一言にどうしようもなく胸が満たされていく。
本心の一部を伝えただけなのに、それに対しての返答なのに、私の全てに対して言われたような気がして表情が笑ってしまう。
相変わらず無表情のリーちゃんだけど、笑っている私を見てどこか和らいだ気がした。その優しい瞳はさっきまであったはずの緊張を溶かしてくれた。
シャワーから上がり髪を乾かしたあと訓練着に着替える。
結局1週間経っても私の頬は赤く色づいたままだ。
たった1週間。でもそれは今までとは違うもので、これから始まるいつも通りのはずの日々に間違いない変化を与えることを私は確信していた。
説明入れたい。百合展開も入れたい。
どっちも入れたら長くなりましたね…………それは当然なんですが