早朝、外に出るまでまだまだ時間がある中私は随分と早く起きていた。
「睡眠はバッチリ、武器の手入れもした。日課は全て終わった……」
本当に早く起きすぎてしまっていた。
族長に魔物と戦う日を伝えられてからはや二ヶ月。
今日は待ちに待った初陣。初めて魔物と戦う日だ。
前世を思い出してからたったの一年、たった一年ではあるが……一年間求め続けていたものでもある。
どうしても万全を期すために一週間前から丁寧にコンディションを整え、能力を発揮し切るために万が一すらも無いよう念には念を入れて準備した。
結果万が一なんてものはなくスーパー早起きでスーパー健康。コンディションは完璧とも言える。
だから不満とかでは無いけど、手持ち無沙汰だ。
集合は昼時、今は早朝、残りは時間にして五時間。
……さすがに長い。
エルフに染まりきれていれば五時間も短く感じられるのかもしれないが、生憎一般人が混ざり込んでから大して時間が経っていないのでそうもいかない。
けれどもやることも無くなってしまったので、仕方なく適当に魔力で遊びながら集合場所に向かうことにした。
▽
地平の近くに浮かぶ太陽に目を焼かれながらゆったりと足を運ぶ。
周りにぼんやりと光る球体のようなもの、魔核を生み出して動かす。
最初は身体強化の練習中に興味本位で外に出してみたものだけれど、これが意外と楽しい。
急発進に急停止、旋回、車のおもちゃで遊んでいるようなもので、これで遊んでいる時は子供に戻った気分だ。エルフ的にはまだまだ子供で合っているけど。
辺りには誰もおらず一面の建物や木々が逆光で影に包まれている様は、世間から切り離された自分だけの世界のようでどうもテンションが上がってしまう。
そんなところに光を操っている?私が居るんだ。
想像するとなんか魔法使いって感じがしてとても良い。ロマンを感じる。
少しだけノリに乗った私は、それを反映させるように魔核にいっそう魔素を纏わせて自分の周りでより激しくグルグルと回す。
激しく動かすと制御から外れた魔素が散って、散る際にキラキラ光りながら舞っていく。私はこれがすごく好きだ。なんかザ・ファンタジーって感じ。
魔核を七、八、九個とどんどん増やして行く。増やせば増やすほど光の密度が上がってよりキラキラしだす。
しょぼいドローンショーみたいな感じだ。
しょぼいって思うと少しテンション下がるな……
数を増やす度に表現の幅が広がっていくから面白い。誰に向けての何の表現なのか、とは思うが。
そうやって適当に歩いていると遠くの窓辺に居た人物と目が合ってしまった。キラキラ光っている状態を完全に見られた。やってしまったなと後悔してももう遅い。
窓辺の人物はもうそこにはいない。
と、思ったらバッと勢いよく窓を開いて、こっちにすごい速度で吹っ飛んできた。
「おはよう!リーちゃん!」
目の前でピタッと止まってから元気のいい挨拶が聞こえる。
随分な登場の仕方をしてきたのは唯一の友達であるニーチェだ。
何気に強くなったニーチェの実力を見るのは今日が初めてで楽しみのひとつになっている。
もっともカーテンも揺らさずにここまで飛んできて完璧に止まれるほど上手く風魔法を扱える時点で、既に並ならぬ実力をつけていることはわかる。
魔法か……私が剣を取るために一旦捨てたものだけど、目の前でこう見せつけられると使ってみたくなる。魔法を選んでおけば……なんて考えも浮かぶ。
「おはようニーチェ。随分早いわね」
「昨日めっちゃ早く寝たらその分早く起きちゃってね〜。二度寝する気分じゃなかったからそのまま起きてたらリーちゃんを見つけたんだ!っていうかリーちゃんこそ早いけど?」
「念には念を入れて早く起きたのよ。今日だけは万全の状態で挑みたかったから」
「リーちゃんらしいね!でさ、ずっと気になってたんだけど……リーちゃんそれなに?」
案の定周りの魔核について触れられた。
どうせ見られていたから隠しても今更だし……と出しっぱなしにしていたんだけど、別に恥ずかしいことじゃないのに少し恥ずかしくて慌てて隠してしまう。
だが説明のためには必要なのでもう一度出した。二度手間である。
それからはあくまで訓練のためにやっていたという体で内容を話した。
正直身体の内側で魔力をグルグルするのと外でグルグルすることの効果の差なんて感じたこと無いけど、それっぽく話しておく。
朝から外で一人はしゃぎまわる奴だと思われたら羞恥心で死んでしまうので、上手いこと納得してくれることを願う他ない。
もう一度言うが外ではしゃいで遊んでいたとバレたら羞恥心で死ぬ。
二十三歳だぞ、今日で。
そんなに大した事でもないから五分弱程度で説明すると、ニーチェは面白そうに目を輝かせていた。
まだまだ子供なのは私だけじゃないと安心したのもつかの間、ニーチェが全力で腕を振り上げたとおもえば、周りに二十個もの魔核を生み出した。
「行けるかな?よっと!」
そんな軽くて可愛らしい(主観)掛け声とは裏腹に、やろうとしていることはなかなかとんでもない。
ニーチェが力を込めると同時に二十個の魔核が一斉に動き始める。速度はゆっくり、だが全てしっかり動いている。
私が元々生み出していた十五個を初手で軽く超えてきた幼なじみにはもはや恐怖すら感じる。魔法を選ばなくて良かったほんと。
勝てるわけ無いね。
私とニーチェを中心にゆったりと渦をまく魔核たちを見ていると『台風の目にいるとこんな感じか』なんて現実逃避しかできない。
ちなみに私が知る限り魔核が、二十個必要な魔法は存在しない。あるとすればそれは上級魔法で図書館には置いていない本に載っているものだろう。
とんだ天才をこの集落は生み出してしまったらしい。
ほんの少しするとさすがにニーチェも疲れたのかふぅ……と一息ついて動きを止めていた。かと思えばおもむろに私の目の前へ躍り出て、あざとくこちらに顔を近づけた。不意の急接近には思わずドキッとしてしまう。
そしてイタズラ好きの子供のようにニヤッと笑みを浮かべた。
「リーちゃんが面白いもの見せてくれたんだし、今度は私が面白いもの見せてあげる!」
瞬間、辺りが光に包まれた。二十個あった魔核は半分まで数を減らしたが、散っていく魔素の量は元の倍以上だ。
それがニーチェの手のひらの上へと一点に収束していく。全ての魔核、魔素が集まった頃には太陽と勘違いしてしまうほどのまばゆい光をニーチェは手のひらに収めていた。
その光を、おにぎりを握る要領でギュッと包み込んだと思えば、フワフワと浮かぶ新たな光へと変身していた。
その光は意思があるようで無いような、魔法と言うよりも自然現象に近い存在な感じがする。
まるで図書館で存在だけ載っていた─────
「精霊…………。」
精霊。魔物と同じ分類であり魔物とは違う存在。生命であるとも、無いとも言える存在。自然界のどこにでも居るが、それを認識できない特別な存在。
そんなものがニーチェの手によって生み出された。その衝撃は死んで以来初めてのものだ。
「正解!!と、言ってもこれは本物の精霊じゃないんだけどね〜。疑似精霊って言って、魔力のパスを繋げている間だけ呼べる精霊っぽい子だよ。」
「疑似……精霊?」
見たことも聞いたこともない言葉に思わず聞き返してしまう。
「そう!疑似精霊!普通は元々いる精霊の力を借りるんだけど、魔力が多いと自分だけの精霊を呼べる?生み出せる?んだって」
精霊を呼べる。これは魔法の専門じゃない私でも異常だと断言出来る。
そもそも精霊は
それを小規模とはいえ生み出せる魔力量と操作技術は並大抵ではない。
圧倒的な技を目の前で見せつけられた私はどうしようもなくワクワクしていた。
何ができるのか、そしてどれだけ強いのか。
「魔物相手でのサポートは任せてよ。私だってこの一年、本気でやってきたから」
「もちろん」
初陣の楽しみがまた一つ増えた。まだまだ昼までは長い時間が空いている。精霊魔法を目に捉えるのはまだか、魔物との戦いにこの身を投じるのはまだかと心が前のめりになっている。
どうしようもない楽しみはやがて熱意へと形を変えて本番のその時まで闘争の火を滾らせていた。
◆
「さぁ、準備は大丈夫?これから狩りに出掛けるよ。一応一部隊に加えて僕も着いていくけど、これは試験だからね。余程危なくない限りは手を出さないからそのつもりで」
集落の門の前で私たち含む計七人が揃っている。
私もニーチェも既に準備運動を終え体は温まっており準備万端だ。
「よし。行こうか」
その合図と共に試験が開始した。
私もニーチェも集落の外に出るのは初めてだ。試験である無いに関わらず自然と気が引き締まっていく。
徐々に脳みそがここは安全ではない、命を懸けるような場所だと理解していく。
チラッとニーチェを見てみるとやっぱり緊張した面持ちをしていた。部隊の人も族長もそうだ。何度も外に来ているはずの人達ですら緊張している。
いや、緊張と言うよりは真剣、気を張っていると言うべきか。
森の中で素早く木の上を移動していると、無言だった族長が一度足を止め口を開いた。
「二人とも、ここまで移動してきた道中にあった魔物の痕跡を教えて」
いつもの気の抜けた口調ではなく真剣で少し圧のある口調だ。こんな族長を見るのは初めてでなにか変な感じがする。
少し余計なことを考えていたら先にニーチェが答えていた。
「ここまでで見つけたのはオオカミ、クマの魔物の痕跡で、中でもクマは倒れていた木の痕跡から相当大きなサイズかな?風が湿りすぎてて遠くまでは分からないや」
「リファは?」
「オオカミの魔物が複数、そう遠くない場所にいるはずね。クマはたぶんナワバリの外だからいないと思うわ」
「ちゃんと理由まで聞いてもいい?」
「倒木が少し離れた東の方に多かったのと、獣道がクマにしては狭く、オオカミにしては広い。それに一昨日の大雨で湿っている木が折れずに踏みつけられているからこの痕跡は大雨以降に出来たと考えられるわ」
「うんうん。よく見てるね。じゃあここから先の話は─────これが終わった後にしようか」
族長がそう言うと少し離れた場所から激しい足音がする。
遠くから高速で迫る黒い影が三つ。
縫うように螺旋状に動くその影はどんどん大きくなっていきすぐにその正体が目視できるところまで来た。
人の大きさを優に超えたオオカミの魔物が三匹。私たちが初めて戦うことになる魔物だ。
その中でも最も大きなオオカミ──リーダーと扱う──は私たちの木の近くまで来ると一層加速し、巨大な牙を見せつけるかのように大きく口を開いたかと思えば、頭を横に傾けて
私たちを乗せていても揺らがないほどに頑強で巨大な木の幹も七割以上が削り取られ前方に倒れ込んでいく。
だが既に木の上に私たちの姿は無い。
「ふッ!!」
空中に飛び出しリーダーの頭上を飛び越えやや後方、完全な死角から居合を放つ。
初撃としてはこれ以上無いと思えるほどに綺麗な動きだ。
しかし、キィィィイイイン!と金属同士を強く打ち合わせたような甲高い音が鳴り響き、首筋へ放った斬撃は僅かに肉を傷つけるに留まった。
そしてその音を開戦の合図とするかのように空気が慌ただしく動き出す。
空中であったとはいえ自らの渾身の一撃では致命傷にならない、想像以上の硬さに思わず顔を顰めてしまう。
が、動きを止めている暇は無い。
上手く体を捻り着地までの数瞬に後ろ足へ無数に切りつける。案の定毛を少し刈り取っただけに留まる。
リーダーの背後に着地した頃には二匹のオオカミが遅れてやってきており三匹に囲まれる形になった。
着地の反動でできた隙を突くように二匹のオオカミが同時に噛みついて─────「ニーチェ!!!」
─────直後、横からの弓による一撃で二匹はまとめて吹っ飛ばされた。
予期せぬ攻撃にリーダーがよそ見をするが、その隙を私が逃すはずもない。
すぐさま大地を蹴り上げリーダーの頭上へといくつも切りつけながら駆け上っていく。目指すは初撃の傷。毛皮という一つ目の装甲を剥いだ場所にもう一撃を加えることだ。
ちょうど頭上に乗り上がった頃にようやくリーダーも反応し始めた。
「遅いわよッッッ!」
二撃目。今度はリーダーの上とはいえ地に足をつけた一撃だった。
しかしまたもや致命傷とまでは行かない。先程よりも強力な一撃でも強靭な筋肉を越え骨を断ち切ることは叶わなかった。
オオカミのうなじ側の筋肉、それは狩りの為に顎と並んで最も鍛えられている部位であり他の部位に比べ頑丈である。
知識として知ってはいても実戦で扱えるかは別物、私は実戦を舐めていたのだろう。今の自分ならそれを越え斬れると驕っていた。
しかしそれは叶わなかった。
リーダーの無理やりな跳躍に体が宙へ浮かび上がり、完全に無防備になる。
空中に投げ出された身体は身動きを取ることができず、刀を構えようにも回転がかかっているせいでリーダーを捉えられない。
すぐさま着地したリーダーは私へ噛み付こうと既に牙を剥いていた。
─────死が頭によぎる。
だがその牙が私に届くことはなかった。
「リーちゃん!!!」
再度ニーチェからの援護射撃がリーダーに向けて放たれる。
暴風をも超えた鋭い風が突き破りリーダーの横顔へ直撃し吹き飛ばす。
だがそれも体を大きく仰け反らせるのみで傷は付かない程度に留まり、すぐさま怒り狂ったようにこちらへ向いた。
しかし先程までのように突進はして来ず、警戒の眼差しを向けてきている。二度の斬撃による傷が警戒せざるを得ないほどの脅威となり、おかげで一息つく余裕が生まれた。
ニーチェの方を確認すると、少し距離のある場所でニーチェがこちらを気にしながら二匹のオオカミの注意を引きつけ、大立ち回りしているのが見える。
弓では火力が足りず大きなダメージはオオカミに加えられていない。
ニーチェの魔法を使う精神だって無限ではない。特にさっきのカバーに使っていた魔法の威力は並ではなく、相当消耗してしまったはずだ。
どれほど余裕があるか分からないが、私がリーダーを倒さない限りジリ貧だろう。
ふぅ……と息を吐き、自分の失敗を考える。
私は油断していた。もう魔物を狩れるほど強くなったと慢心していた。覚悟が足りていなかった。
上手くやろう。確実に勝とうばかりで、実感が伴っていなかった。
その結果。
自分のミスで死にかけ、二度もニーチェに命を助けられ、命を賭けた対価は後ろの筋肉をある程度断ち切っただけ。
情けない。腹立たしい。憧れていたファンタジーをこの程度だと侮っていた自分に、現実を甘く考えていた自分に。
この程度だったのだろうか。私はこれで異世界を生きるつもりだったのだろうか。
違う。訓練の私の方がもっと正しく現実を見ていた。本気で、全力で、そして強かった。
実戦で気を抜いてどうする!実戦でこそ強くあるべきだろう!
痛いのは怖い、死ぬのは怖い。
だが痛みなんて散々訓練で受けた。死に至っては一度死んでいる。
それでも怖いのならば狂え。痛みで前進しろ。恐怖で前進しろ。強くあれ!
徐々に視界をクリアにしてリーダーを正面に捉える。
集中。
目の前のリーダーを倒すことだけを考え、それ以外を捨てる。
ふと気づけば背景の境界線が薄れ、滲むように溶けだしていく。音は既に消えこの世界には私と
鼓動が早くなる。全身が熱くなり高揚感で満ちていく。
それに呼応するようにリーダーも身体強化によってギアを上げる。
限界までギアを上げたからか、リーダーの体からは魔素が漏れ出し光を放っていた。
一触即発。いつ動き出してもおかしくない状況、どちらが先に動くのか。
ほんな僅かな隙すらも命取りになる極限の状況に、私は気づけばほんのりと笑みを浮かべていた。
呼吸の音すら聞こえなくなった瞬間、自然と私の身体は動き出していた。
ほんの一瞬、瞬きする間に私はリーダーの面前へと躍り出し首元へ一閃。
それは前脚によって防がれてしまう。さらにもう片方の前脚による攻撃に反応が遅れ頬に傷を負ってしまった。
が、その間に懐へと潜り込み、攻撃の防御の動きを途切れさせず、まるで舞うように切りつける。さらに速く、リーダーすらも置き去りにする速度で。
相手の攻撃をも防御の手札へと強制的に変貌させ、その手札が足りなくなるほどに何度も足を切りつける。
嫌がって下がるようなことをされれば首を狙う。
防がれれば懐へ入り込む。それの繰り返し。
繰り返すほどに私が与える斬撃の数は増え、リーダーの体には赤く裂傷が付けられていった。
─────先手を奪い取った時点で既にリーダーは詰んでいた。
後手後手に回ってしまった時点で、攻撃できる隙間が無い、つまり勝ちの目がなくなっていたのだ。
既に鉄よりも硬い毛はどこもボロボロで防具としての形をなせず、内側の筋肉すらも傷だらけに追い込まれている。
だからか、リーダーは前脚による防御を諦め、相打ち覚悟の噛みつきをしてきた────
「バカね」
思いっきり跳躍する。元居た位置を狙った噛みつきは宙を舞い、致命的な隙を晒すこととなる。
本来高い位置にあり簡単には狙えなかった、二度も切りつけたうなじを見せつけるかのような低い体勢になっているリーダーを見下し、全力の一撃を振り抜いた。
深く傷ついたうなじに向け寸分違わず振るわれた一撃は、先程までのような甲高い音を発さない。
むしろ異常なほどに静かだった。
毛も、筋肉も、骨すらも障害物にせず、藁のカカシのように断ち切り、斬られたリーダーすらも気づかぬままに首が落ちる。
音の止んだ空間に、カチッと鯉口を閉めた音が響き渡る。
「あと二匹」
戦闘は未だ終わっていない。しかし勝敗は決した。
◆
sideニーチェ
「はっ……はぁっ…………」
苦しい。
弓では致命傷を与えられないことに気付かれたのか二匹のオオカミは無理やりな攻撃を仕掛けてくる。
それの対処に相当体力を持っていかれてしまう。
倒せるような魔法を使う暇も無い。
リーちゃんが居れば…………とは思うけど向こうもかなり手一杯だったからどれだけ時間がかかるのか分からない。
リーちゃんが死ぬとは思いたくない。それに何となくリーちゃんならリーダーを倒せる予感がしていた。
さっきは危なかったけどそっから雰囲気が変わってたしね。前に見たなんか凄いモードだよ多分。
万が一の時は族長が助けてくれるはず。なら私がやるべきことはこの二匹の足止めなんだろう。
足止め程度ならいくらでも出来る気がする。
でもそれじゃダメだ。
オオカミの魔物すら倒す手段を持たない戦士なんかじゃリーちゃんの隣に立てない。守るなんて言う権利も持てない。
二匹のオオカミなんか倒せなきゃ足を引っ張ってしまう。
「高速で移動しながら魔法作るの苦手なんだけどなぁ……」
全力で追ってくる二匹のオオカミの絶え間ない噛みつきをひたすら牽制しながら避け続ける。
間違っても注意がリーちゃんに向かないようにしながら。
その上で新たに魔法の構築をするなんて難易度の高いことをしなきゃいけない。
でもやるしかない。出来なきゃ倒せない。
無理やり笑顔を浮かべ覚悟を決めてオオカミと向き合う。
時間稼ぎに強めの攻撃を放ち、ほんの僅かに生まれた空白の時間。その間に魔核を十個生み出す。
思い出すのは朝の光景だ。魔核を外に生み出して操っていた景色。失敗しないよう慎重に、着実に手のひらの上へと魔核を集めていく。
最初は急に現れた魔核を反射的に警戒して少し固まったオオカミ達も今更になって攻撃を再開してきた。
ほんの少しの時間とはいえ魔法を使うのには大きな隙間だ。
「これを知らなかった朝の私なら、まだチャンスはあったかもね!」
────本来の精霊の生み出し方は身体の内側から魔核を外へと放つ。
その理由は単純で、最初から外に生み出す方法は難しく、そして利点といえる利点は一つだけしかないためだ。
周囲に魔素しか無いため、魔核同士の間隔を広く取れて魔核を生み出す効率が圧倒的に高い、それだけ。
別に魔素を操れる量が増える訳でもない上、効率が高くても離れた魔素を操る技術が必要だから、普通速度は早くならない。
今日初めてやったのならむしろ遅くなる。
精霊魔法とは、離れた精霊と魔力のパスを繋げて使う魔法。外で魔核を作ったことはなくても魔力や魔素を操ることはずっと行なってきていた。
同じではない。数も、勝手も違う。でも似ている。
それだけでニーチェには十分だった。
オオカミの攻撃がようやく届きそうになる時、下からの暴風に二匹は突き上げられた。
ニーチェの近くには今朝と同じくぼんやり光る精霊がふよふよと浮かんでいる。
「さて、ここからは私のターンだね!」
私は突き上げた二匹のオオカミを前に戦いの流れを考えていく。
精霊の力を借りた私の魔法は火力が段違いに上がる。ならそれがバレていない初撃を、全力で!
生み出すのは巨大な矢。今までしたことのない量の魔素を書き換えていく。
大きく、鋭く、硬く。
この場の全ての風を支配下に置くような矢を。
幸いと言うべきか、自身の攻撃力のなさを嘆くべきか。
オオカミは魔法でダメージを受けていないからか全く警戒をしていない。考え無しの攻撃一辺倒のままだ。
魔法の準備は終わった。あとは完璧なタイミングで放つだけ。
二匹のオオカミは同時には噛み付いてこない。必ずタイミングをずらして後隙なく攻撃してくる。
非常に厄介だがそれは見方を変えれば攻撃の度に二匹の体が
こちらが攻撃に回るのなら同時に攻撃できてむしろ都合がいい。
しかし避けやすい横にズレるやり方では重ならない。だからリスクを取って後ろに避けることで重ならせる必要があった。
「ふぅ……集中しろ……!」
あえて減速して噛みつきを誘い出すことで、攻撃のタイミングを私起点で決める。少し間違えればガブリ、そのままさよならの超リスキーなやり方。
だけど二匹とも倒すのなら逆に一番有り得る選択だ。
減速した私にオオカミが突進し噛み付こうとしてくる。突進の急加速に合わせて私も全力で後ろに下がる。
私のすぐそこまで口を開いたオオカミが迫ってくる。
一口で私の体を飲み込んでしまえそうなほどの大きさ、ハッキリ言って恐ろしい。
急激に心拍が上がり無意識に息を飲む。
七メートル近くあった距離もほんの一瞬で半分以上が詰められ、全力で下がっているのにみるみるうちに縮まっていく。
突進の加速に全く追いつけていない。
気づけば私のことなど一口で飲み込んでしまえそうな程に大きな口が、私の視界いっぱいに広がっていた。
喰われる。
勢いよくオオカミの口が閉じられた。
─────私の目の前で。
「ははっ、完璧!!!」
突進の加速が終わりオオカミは着地したと同時に速度が無くなり私との距離が少し遠ざかる。
その影には計画通りもう一匹も重なっている。
その上、手前のヤツはまだ体勢が整っておらず、後ろの奴は手前のオオカミに遮られてコチラが見えていない。
まさに絶好のタイミングだ。
バッと勢いよく弓を構え慣性に殺されないよう地面から離れ、少しだけ空中に飛び滞空時間を作る。
冷静に、力強く、丁寧にその巨大な矢を弓に番え、引く。
「貫け!!!」
打ち出された矢は込められた風の力を滾らせ圧倒的に加速する。
速度は音を越え衝撃波を生み出し私の体を揺らしていた。
ブレた体を回転させて安定させながら次の攻撃を用意する。
その一撃は一匹目を目から貫き頭蓋すらも通り過ぎて、二匹目の胸元へと深く刺さり込む。
頭蓋を貫かれたオオカミはたちまち倒れて動かなくなり、もう一匹も先程まで大した攻撃をしていなかった私が急にしてきた強力な攻撃に面を食らって固まっていた。
その間に頭に向け先程のものには劣るが、準備していた強力な矢を叩き込む。
そこからはひたすらに攻撃し続けた。立ち上がらなくり、反応しなくなるまでひたすらに矢を放ち続けた。
やがて見る影もないほど肉が裂けズタボロになったオオカミはついに倒れ伏した。
念の為十分に力を込めた矢を頭に放ち、その矢がオオカミの頭をほぼ全て吹き飛ばしたことでようやく勝ったと安心できた。
チラッとリーちゃんの方を確認してみると、向こうもちょうど終わったようでリーダーの頭を切り落としていた。
カチッと静かに刀を鞘にしまう様は堂に入っていてすごく似合う。さながら絵画のようだ。
戦いの決着を認識した途端足から力が抜けて地面にへたりこんだ。
ただでさえ命懸けの戦いで無理をしたんだ。私の体は自分が思うよりもボロボロで限界だったらしい。
二、三回深呼吸をして息を整えながら休んでいるとふと空気が変わったように感じた。
嫌な予感がして振り向くと倒したはずのオオカミが、半分になった頭で私を噛み砕こうとしていた。
気づいた頃にはもう遅く、咄嗟に弓を構えようにも、魔法を使おうにも疲れきった体では何も出来ない。
詰み。
諦めて噛み付かれるのを待つことしか出来ない。
思わず目を瞑っていると不意に私の体が持ち上がり、直後甲高い金属音が二度鳴り響いた。
目を開くと至近距離にリーちゃんのお顔がある。真剣で、若干怒っている気がするお顔はめちゃくちゃイケメンだ。
私はどうやらリーちゃんに抱きかかえられたらしく、魔物の方は既に斬られていた。
「大丈夫?ニーチェ?」
透き通った声が脳内に響く。
大丈夫だけど、大丈夫じゃない。
「これでさっきの恩は返せたかしら」
─────やっぱ足りない?と続けて問いかけてくる。
何も言葉が思いつかない。浮かんでは泡のように弾けて口元に来ることには空気と化してしまう。
心臓はバクバク言ってるし、現在進行形でどんどん速くなっている。
命の危機だったから?─────それは違う。
もう認めないといけない。
私はリーちゃんのことが好きだ。
多分折り返しです。多分