オーバーロード シャルティアになった一般人、洗脳ルートだけは全力で回避する   作:グロはNG

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目覚めたらシャルティア

目覚めたらシャルティア

 

目を開けた瞬間、最初に思ったのは、天井が高すぎるということだった。

 

いや、違う。天井が高いのではない。俺の視線が低い。いつもならあり得ない位置から、やけに豪奢な天蓋と、赤黒い装飾の施された壁が見えていた。鼻をくすぐる空気は冷たく、けれど肌寒さはない。身体そのものが、温度というものから少し遠い場所に置かれているようだった。

 

起き上がろうとして、指先が視界に入る。白い。細い。爪が、妙に整っている。

 

「……は?」

 

自分の声が出た。だが、その声は俺のものではなかった。高く、澄んでいて、どこか甘ったるい。寝起きの男の声とは欠片も似ていない。喉に手を当てると、そこにある感触まで細く、滑らかだった。

 

嫌な予感が、脳の奥からじわじわと這い上がってくる。

 

俺はゆっくりと周囲を見回した。見覚えがある。いや、あるはずがない。現実で見たことなど一度もない。それなのに、記憶の中にははっきり残っている。重厚な調度品。血を思わせる赤。古城めいた空気。人間の生活感が欠片もない、異形のための部屋。

 

そして、壁際に置かれた大きな鏡。

 

見たくない。

 

そう思った時点で、答えはほとんど出ていた。だが、見なければならなかった。俺は震えているはずの足で床に立つ。けれど身体は驚くほど安定していた。視界はぶれない。歩き方もわかる。まるでこの身体が、俺より先に動き方を知っているみたいだった。

 

鏡の前に立つ。

 

そこに映っていたのは、銀の髪を流した小柄な少女だった。赤い瞳。白磁のような肌。人形じみた整いすぎた顔立ち。ゴシック調の衣装に身を包んだ、幼さと妖しさが同居した吸血鬼。

 

第一から第三階層守護者。

 

鮮血の戦乙女。

 

シャルティア・ブラッドフォールン。

 

「……よりによって、シャルティアかよ」

 

口から漏れた声は、絶望というより呆然に近かった。

 

膝から崩れ落ちそうになる。けれど、崩れ落ちない。吸血鬼の身体は、俺の精神状態など関係なく美しく立っていた。今すぐ頭を抱えて叫びたいのに、姿だけはやたらと優雅だ。なんだこれ。最悪だ。いや、最悪どころではない。

 

ここはナザリック地下大墳墓だ。

 

そして俺は、シャルティアになっている。

 

冗談にしては質が悪すぎる。夢であってくれと願ったが、喉の奥にある渇きが、これは夢ではないと告げていた。人間だった頃にはなかった感覚。腹が減るとも喉が乾くとも違う、もっと生々しくて嫌な欲求。血という単語を思い浮かべた瞬間、背筋がぞわりとした。

 

「いや、無理。血とか無理。吸血鬼ボディなのに血が怖いって何だよ……」

 

呟いてから、俺は慌てて口を押さえた。

 

駄目だ。

 

こんな喋り方を誰かに聞かれたら終わる。

 

ここはナザリックだ。忠誠と狂気と圧倒的な力が、当たり前のように息をしている場所だ。中身が一般人です。気づいたらシャルティアになっていました。そんなことを打ち明けて、無事で済む未来が見えない。

 

アルベドに疑われる。デミウルゴスに解析される。モモンガ様に、至高の御方の創造物へ入り込んだ異物だと判断される。

 

そうなれば、俺の命など一瞬で消える。

 

命があるのかどうかも怪しいが、消されるのは間違いない。

 

俺は鏡の中のシャルティアを見つめた。顔は完璧だ。外見だけなら、誰が見てもシャルティアだ。問題は中身である。俺は一般人だ。戦闘経験もない。支配者に忠誠を捧げた経験もない。吸血鬼として人間を見下したこともない。そもそも、目の前で人が死ぬだけで普通に無理だ。

 

なのに、この身体はわかってしまう。

 

意識を向けるだけで、魔法の手触りがある。頭の中に知識が浮かぶというより、指を動かせば文字が書けるのと同じように、呪文の扱い方が身体に染みついている。武器を握れば戦える。飛びかかれば相手を裂ける。自分がどれほど速く、どれほど強く、どれほど壊せるのかが、感覚として理解できてしまう。

 

それが、怖かった。

 

強くなった安心感などない。人を簡単に殺せる身体に入ってしまった恐怖の方が、ずっと大きかった。

 

落ち着け。まずは状況確認だ。

 

俺は口を閉じ、頭の中だけで必死に考えた。

 

ユグドラシルのサービス終了。ナザリックの新世界転移。NPCたちの自我の獲得。モモンガ様の支配者演技。そして、その先にあるシャルティア洗脳事件。

 

洗脳。

 

その二文字を思い浮かべた瞬間、喉の奥が凍った。

 

自分は、いずれ世界級アイテムによって精神を支配される。しかも、その結果として主であるモモンガ様と殺し合う。負ける。殺される。復活はする。だが、そんな問題ではない。あの一件はナザリックにとっても、シャルティア本人にとっても巨大な傷になる。

 

俺はその未来を知っている。

 

そして今、その未来の当事者になっている。

 

「詰んでるだろ、これ……」

 

また声が出た。駄目だ。声に出す癖をやめろ。シャルティアはそんなことを言わない。少なくとも、こんな現代人丸出しの愚痴は言わない。

 

シャルティアの口調。

 

シャルティアの態度。

 

シャルティアの笑い方。

 

俺は必死に記憶を掘り返した。特徴的な語尾。モモンガ様への過剰な敬愛。アルベドとの張り合い。高慢さ。妖艶さ。残虐さ。どれもこれも、今の俺からは遠すぎる。

 

というか、無理だ。

 

どうやってやるんだ、あれ。

 

「で、でありんす……」

 

鏡の前で小さく言ってみる。

 

違う。

 

いや、声は合っている。身体がシャルティアだから、声だけなら似ている。だが中身が完全に俺だ。羞恥で死にそうになる。吸血鬼になって最初に死因が恥ずかしさになるのは嫌すぎる。

 

「モモンガ様の御心のままに……でありんす」

 

言い直して、俺は頭を抱えたくなった。

 

今の合ってるか? いや、合っている気もする。でも、語尾をつければいいってものでもない。もっとこう、独特の崩れた感じがある。けれど崩しすぎると、ただの変な人になる。

 

元から変な口調ではあるのだが、それを中身一般人が真似すると事故になる。

 

その時、扉の向こうに気配が生まれた。

 

俺は反射的に背筋を伸ばす。身体が勝手に反応した。感覚が鋭すぎる。人の気配どころではない。足音の重さ、衣擦れ、呼吸の有無まで拾えそうだった。

 

「シャルティア様」

 

扉の向こうから声がした。

 

心臓が跳ねた気がした。実際に鼓動があるのかはわからない。アンデッドって心臓動いているのか。いや、今はどうでもいい。

 

「モモンガ様より、お呼び出しでございます」

 

終わった。

 

いや、始まったばかりなのに終わった。

 

俺は鏡の中のシャルティアを見る。赤い瞳がこちらを見返している。怯えているようには見えない。むしろ余裕があるようにすら見える。外面だけは完璧なのが逆に腹立たしい。

 

行くしかない。

 

逃げたら怪しまれる。黙っていても怪しまれる。変に喋っても怪しまれる。つまり、詰みだ。だが、詰んでいるからといって何もしなければ即死するだけである。

 

俺は一度だけ深く息を吸った。必要があるのかはわからない。それでも、人間だった頃の癖で息を整える。

 

そして、シャルティアらしく微笑んだ。

 

「承知しんした。すぐにまいりんす」

 

言った。

 

言えた。

 

たぶん、言えた。

 

通路に出ると、ナザリックの空気が全身にまとわりついた。豪奢で、荘厳で、冷たい。壁も床も天井も、すべてが人間のために作られたものではない。美しい。だが、その美しさは、近づいてきた者を歓迎するものではなく、侵入者を圧し潰すためのものだった。

 

ここで働く者たちは、誰も彼もが自然に頭を垂れる。

 

シャルティアに向けて。

 

俺に向けて。

 

やめてくれ、と思った。

 

そんな敬意を向けられる資格はない。俺は中身だけ見れば、昨日まで普通に画面の向こう側を眺めていた一般人だ。階層守護者でも吸血鬼でもない。だが、この場所でそれを言うことはできない。言った瞬間、俺は異物になる。

 

だから俺は、彼らの前を通り過ぎながら、余裕があるように顎を引いた。

 

偉そうに。高慢に。シャルティアらしく。

 

内心では、ずっと胃が痛かった。吸血鬼に胃痛があるのかは知らないが、精神的には完全に胃が痛い。

 

やがて、広大な空間に辿り着いた。

 

そこには、すでに何人もの守護者たちがいた。

 

アルベド。

 

デミウルゴス。

 

アウラ。

 

マーレ。

 

コキュートス。

 

それぞれが、人間ではあり得ない存在感を放っている。画面越しに見ていた時は、格好いいとか怖いとか、そういう感想で済んだ。だが実物は違う。そこにいるだけで空気の密度が変わる。全員が美しく、全員が危険で、全員がモモンガ様へ絶対の忠誠を向けている。

 

その忠誠が、一番怖かった。

 

悪意より怖い。敵意より怖い。何かを疑う余地のない、純度の高すぎる忠誠。俺がもし本物のシャルティアではないと知られたら、この場にいる全員が一切の迷いなく俺を処理するだろう。

 

だが、顔に出せない。

 

俺はシャルティアだ。

 

シャルティア・ブラッドフォールンとして、ここに立たなければならない。

 

「少し遅いのではなくて、シャルティア?」

 

アルベドの声が、優雅に刺さった。

 

いきなり来た。

 

俺は内心で悲鳴を上げながら、表面だけは笑った。シャルティアとアルベドは張り合う。ここで弱く出すぎると違和感が出る。けれど、強く出しすぎても俺の精神が持たない。

 

「身支度に少々かかりんした。モモンガ様の御前に出るのでありんすから、半端な姿など晒せんせん」

 

言えた。

 

たぶん言えた。

 

アルベドは一瞬だけ目を細めたが、それ以上は何も言わなかった。助かった。いや、助かっていない。まだ本番はこれからだ。

 

玉座に、御方がいた。

 

モモンガ様。

 

後にアインズ・ウール・ゴウンを名乗る、ナザリックの絶対支配者。

 

その姿を見た瞬間、俺は本能的に膝をつきそうになった。身体が、そうするべきだと知っている。主を前にした守護者としての所作が、骨に刻まれているようだった。

 

けれど、心の中では別の感情もあった。

 

この人も、今ものすごく焦っているはずだ。

 

目の前にいるのは、威厳に満ちた不死者の王だ。声も態度も、まさしく支配者そのものだった。けれど俺は、知っている。彼の中身が、元は普通の社会人であることを。突然動き出したNPCたちを前に、威厳ある主として振る舞わなければならなくなったことを。

 

俺と同じだ。

 

いや、同じなどと言えば恐れ多い。力も立場も背負っているものも違いすぎる。けれど、たぶん根っこの部分は似ている。

 

バレたら終わり。

 

だから演じるしかない。

 

その事実に気づいた瞬間、胸の奥に妙な感情が湧いた。恐怖だけではない。同情とも違う。近いのは、勝手な親近感だった。

 

俺は膝をつき、頭を垂れる。

 

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御身の御前に」

 

声は自然に出た。

 

よかった。

 

少なくとも、さっきみたいな現代人丸出しではなかった。

 

「うむ」

 

短い返事だけで、場の空気が引き締まる。守護者たちの視線が一斉に玉座へ向かう。俺も顔を上げすぎないようにしながら、必死に状況を探った。

 

外の世界の確認。

 

情報収集。

 

ナザリックの安全確保。

 

モモンガ様が話す内容は、俺の記憶の流れと大きくズレていない。今のところは大丈夫だ。問題はここからだ。外に出る。カルネ村へ向かう。最初の事件が始まる。

 

そして、もっと先にはシャルティアの単独行動がある。

 

それだけは絶対に避けなければならない。

 

考えた瞬間、口が動きかけた。

 

洗脳されます。単独行動は危険です。法国に気をつけてください。世界級アイテムがあります。

 

そんな言葉を言えるわけがない。

 

未来を知っていると白状するようなものだ。怪しすぎる。デミウルゴスがいる前でそんな発言をしたら、どこまで深掘りされるかわからない。いや、絶対に深掘りされる。終わる。

 

俺は言葉を飲み込み、別の形に変えた。

 

「モモンガ様。一つ、申し上げてもよろしゅうござりんすかえ」

 

言った瞬間、周囲の視線がこちらへ向いた。

 

怖い。

 

ものすごく怖い。

 

しかし、ここで引くわけにはいかない。俺はシャルティアだ。階層守護者だ。発言すること自体は不自然ではないはずだ。たぶん。そうであってくれ。

 

モモンガ様が頷く。

 

「申してみよ」

 

「この地は何もかもが知れんせん。ナザリックに比肩するものがあるとは思いんせんが、未知を侮るのもまた、面白うないかと。特に、外へ出る者を単独にするのは、少々不気味でありんす」

 

言った。

 

言ってしまった。

 

俺は頭を下げたまま、内心で汗を滝のように流していた。いや、吸血鬼に汗が出るのかは知らない。だが感覚としては完全に冷や汗だった。

 

本音は単純だ。

 

洗脳されたくない。単独行動したくない。外が怖い。

 

けれど、口に出した言葉はそれっぽくなったはずだ。たぶん。頼むから、それっぽく聞こえてくれ。

 

沈黙が落ちた。

 

長い。

 

長すぎる。

 

終わったかもしれない。怪しまれたかもしれない。今すぐデミウルゴスが「なぜそう考えたのかね」と問い詰めてくるかもしれない。

 

だが、最初に声を発したのはデミウルゴスだった。

 

「なるほど。未知の世界において、我々の常識がそのまま通じるとは限らない。そう考えたわけだね、シャルティア」

 

デミウルゴスが、穏やかに目を細める。

 

「力で押すのではなく、まず未知を警戒する。君にしては、随分と慎重な考えではないかな」

 

違う。

 

そこまで考えていない。

 

でも助かる。

 

疑問の形をしているのに、なぜかこちらの発言をそれらしいものへ整えてくれている。デミウルゴスの深読みが、今はありがたすぎて泣きそうだった。

 

アルベドも静かに頷く。

 

「モモンガ様の御身を案じるのは当然です。けれど……あなたにしては、随分と控えめな物言いね」

 

最後の一言が刺さる。

 

やめてくれ。そこを突かないでくれ。

 

俺は顔を上げ、できるだけ不敵に笑った。

 

「万が一にもモモンガ様のお身に障るものがあれば、わらわは耐えられんせん。慎重にもなりんす」

 

これでどうだ。

 

言ってから、少し熱量を上げすぎたかもしれないと思った。だが、シャルティアならこのくらいは言う。たぶん。いや、言ってくれ。頼む。

 

アルベドはそれ以上追及しなかった。むしろ、ほんの少しだけ不愉快そうに眉を動かした。

 

恋敵判定。

 

成功なのか失敗なのかわからないが、少なくとも中身一般人疑惑からは逸れた気がする。

 

モモンガ様は玉座の上で、わずかにこちらを見た。

 

その視線に、俺は息を止める。

 

骸骨の顔に表情はない。けれど、不思議と何かを考えているように見えた。疑われているのか。評価されているのか。わからない。そのわからなさが怖い。

 

「……シャルティアの意見にも一理ある」

 

モモンガ様が言った。

 

「外部の情報が少ない以上、慎重に動くべきだろう」

 

場の空気が変わる。俺の発言が、御方の判断に取り込まれた。守護者たちは当然のように受け入れる。俺は頭を下げながら、内心で膝から崩れ落ちていた。

 

助かった。

 

いや、助かったのか?

 

これ、もしかして変に評価されたのではないか?

 

「シャルティア」

 

「は、はい」

 

まずい。

 

返事が少し素になった。

 

俺は慌てて声を整える。

 

「はい、モモンガ様」

 

「お前の忠言、覚えておこう」

 

たったそれだけの言葉だった。

 

だが、その瞬間、周囲から向けられる視線の質が変わった気がした。アルベドの警戒。デミウルゴスの興味。アウラの探るような視線。マーレのおどおどした気配。コキュートスの静かな評価。

 

そして何より、モモンガ様の中に、ほんのわずかな親近感のようなものが生まれた気がした。

 

勘違いかもしれない。

 

だが、俺にはそう見えた。

 

支配者を演じる者が、別の仮面を被った者を見つけたような、そんな一瞬だった。

 

会合が終わったあと、俺は自室へ戻った。

 

扉を閉めた瞬間、張りつけていた笑みが剥がれ落ちる。身体は疲れていない。吸血鬼の肉体は、あの程度で消耗しない。だが精神は限界だった。床に座り込みたい。毛布を被って寝たい。何も考えたくない。

 

もちろん、そんなことをしている場合ではない。

 

俺は鏡の前に戻った。

 

そこには、変わらずシャルティアが映っている。美しい。強い。危険で、誇り高く、ナザリックの階層守護者にふさわしい吸血鬼。

 

その中身が俺だなんて、悪い冗談にもほどがある。

 

「中身がバレたら終わり。洗脳されても終わり。知っている流れに任せても終わり。下手に変えても終わり……」

 

小さく呟いて、俺は自分の言葉にげんなりした。

 

どう転んでも終わりではないか。

 

だが、それでも何もしないという選択肢はなかった。何もしなければ、知っている未来へ進む。シャルティアは洗脳される。モモンガ様と殺し合う。ナザリックの警戒は強まり、世界はどんどん恐怖の方向へ傾いていく。

 

俺にできることなど、たぶん少ない。

 

ナザリックの方針を正面から否定する気はない。そんなことをすれば即座に異常を疑われる。そもそも、この世界でナザリックに逆らって生き残れるとも思えない。

 

だから、やるなら影からだ。

 

ほんの少しだけ。

 

恐怖だけではなく、恩義も使う。

 

殺すだけではなく、情報源として残す。

 

敵にする前に、利用価値を探す。

 

そういう建前なら、たぶん通る。少なくとも、さっきは通った。

 

「……生き残るしか、ないでありんす」

 

鏡の中のシャルティアが、真剣な顔でそう言った。

 

数秒後、俺は額に手を当てた。

 

「いや、今の言い方で合ってるのか?」

 

自分でもわからない。

 

わからないが、やるしかない。

 

その時だった。

 

扉の向こうに、再び気配が生まれた。

 

嫌な予感がした。こういう時の予感は当たる。できれば外れてほしい。今すぐ外れてほしい。

 

「シャルティア様」

 

先ほどとは別の声が告げる。

 

「モモンガ様がお呼びでございます。外部の確認にあたり、同行者についてお話があるとのことです」

 

俺は固まった。

 

外部。

 

確認。

 

同行者。

 

嫌な単語が三つ並んだ。

 

頭の中に、村の光景が浮かぶ。襲われる人々。騎士たち。カルネ村。エンリ。ンフィーレア。ここから物語が動き出す。知っている。知っているからこそ、怖い。

 

そして俺は、今シャルティアだ。

 

吸血鬼だ。

 

日光は不快なはずだ。戦闘もあるかもしれない。血を見るかもしれない。現地人と接触するかもしれない。なにより、外に出れば未知の危険がある。

 

待ってほしい。

 

早い。

 

まだ心の準備ができていない。

 

というか、一生できる気がしない。

 

「……すぐにまいりんす」

 

返事をした声は、驚くほど落ち着いていた。

 

俺は鏡の前で、もう一度シャルティアの笑みを作る。高慢に。優雅に。主の命を喜んで受ける忠実な守護者として。

 

そして扉へ向かう。

 

最強の吸血鬼の身体で、俺はこの日、初めて理解した。

 

ナザリックで一番怖いのは敵ではない。

 

味方に囲まれていることだった。

 

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