オーバーロード シャルティアになった一般人、洗脳ルートだけは全力で回避する   作:グロはNG

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外出任務、逃げられない

外出任務、逃げられない

 

外へ出ることが決まった。

 

その事実を、俺は鏡の前で何度も噛みしめていた。噛みしめたところで味が変わるわけではない。むしろ噛めば噛むほど苦くなる。外部確認。同行者。モモンガ様の護衛。言葉だけ並べれば光栄な役目なのだろうが、俺の中では処刑宣告にかなり近い響きだった。

 

鏡の中には、今日も完璧なシャルティア・ブラッドフォールンがいる。銀髪は滑らかに流れ、赤い瞳は妖しく輝き、小柄な身体は人形のように整っていた。第一から第三階層守護者。真なる吸血鬼。階層守護者の中でも一対一では最強格。外面だけ見れば、外の世界に何を恐れる必要があるのかと笑われるだろう。

 

問題は、中身が俺だということだ。

 

「モモンガ様の御命とあらば、外の地など恐るるに足りんせん」

 

鏡に向かって言ってみる。声は甘く、表情もそれらしく高慢に決まっていた。言葉だけなら、そこそこシャルティアに聞こえるかもしれない。

 

内心は真逆だった。

 

恐るるに足りる。めちゃくちゃ足りる。むしろ足りすぎて溢れている。日光は嫌だ。戦闘は嫌だ。血を見るのも嫌だ。現地人と会うのも怖い。何より、俺が知っている流れを不用意に変えてしまうことが怖かった。

 

カルネ村。

 

最初の接触。最初の救済。モモンガ様が新世界の人間と関わる始まり。そこに本来いなかったシャルティアが同行する。それだけで、どこがどう変わるのかわからない。俺の言葉ひとつ、動きひとつで、誰かの印象も未来も変わってしまうかもしれない。

 

「……無理じゃないかえ、これ」

 

ぼそりと漏らしてから、俺はすぐに口を押さえた。

 

今のは駄目だ。シャルティアの口調としてはともかく、言っている内容が弱すぎる。いや、弱いのは俺の中身なので仕方がないが、仕方がないで済む場所ではない。ナザリックで弱さを出すことは、異物だと名乗るのに近い。

 

俺は一度目を閉じ、深く息を吸った。必要があるのかは知らない。けれど、人間だった頃から染みついた動作は、こういう時だけ妙に頼りになる。

 

まずは準備だ。

 

外に出るなら、見た目をどうにかしなければならない。銀髪と赤い瞳。ゴシック調の衣装。幼い少女のような外見に、吸血鬼としての異質な気配。そのまま村人の前に出たら、どう見ても怪しい。俺が村人なら、モモンガ様より先にこっちを見て悲鳴を上げる自信がある。

 

外部では、目立たない従者。

 

その方向でいくべきだ。主役はモモンガ様でいい。俺は護衛兼補佐として、できれば一歩下がっていたい。いや、本音を言えば十歩くらい下がっていたい。できればナザリックの自室まで下がりたい。

 

扉の外に控えていた者へ、変装に使える物品の確認を命じる。声は落ち着いていた。命令の出し方も、身体が覚えているのか、不自然にはならなかったと思う。数分後には、幻術効果を持つ小物や、外見をごく一部だけ変える装飾品がいくつか用意された。

 

便利すぎる。

 

さすがナザリック、と言うべきなのだろう。髪の色や瞳の色を変える程度なら、そこまで大げさな魔法でなくても可能らしい。俺は鏡の前で、いくつか候補を試した。

 

銀髪が、淡い栗色へ変わる。

 

赤い瞳が、青灰色へ沈む。

 

それだけで、鏡の中の少女は少しだけ人間に近づいた。もちろん、整いすぎた顔立ちや、肌の白さまでは隠しきれない。けれど、銀髪赤目の吸血鬼感はかなり薄まる。少なくとも、遠目には小柄な魔法使いか、貴族の従者くらいには見えるかもしれない。

 

「……これなら、まだ」

 

仮面は駄目だ。

 

最初から候補に入れる気はなかった。顔を隠せば安全という発想はわかる。だが、仮面の少女がフードを被って骸骨の魔法詠唱者と一緒に現れたら、どう考えても怪しい。俺なら逃げる。全力で逃げる。しかも、今後のことを考えると、仮面で印象づけられるのは避けたい。

 

フード付きの外套。

 

これが一番自然だ。日除けにもなる。顔を完全に隠さず、影を作る程度に留めれば、不審さも少しは減るはずだ。問題は、俺の中身が村人相手に自然に振る舞えるかどうかだが、そこはもう気合いでどうにかするしかない。

 

いや、気合いでどうにかなるのか。

 

不安しかない。

 

変装の確認を終えた頃、モモンガ様から呼び出しがあった。出発前の最終確認らしい。俺は外套を手に取り、まだ身につけずに向かった。装備の最終判断は、主の前で行う方が自然だろうと思ったからだ。

 

部屋に入ると、モモンガ様はすでに待っていた。

 

その姿を見るたびに、俺は背筋が伸びる。圧倒的な魔力。支配者としての威厳。けれど、その奥にある慎重さを、俺は少しずつ感じ取るようになっていた。勝手な思い込みかもしれない。それでも、彼がただ傲慢に外へ出ようとしているわけではないことだけはわかる。

 

「準備は進んでいるか」

 

「滞りなく。髪と瞳の色を変える程度なら、問題なく行えんす。顔を覆いすぎるよりは、日除けを兼ねた外套を用いる方が自然かと」

 

「そうか」

 

モモンガ様は俺の姿を見た。いや、正確には俺が手にしている外套と、変装用の装飾品を見たのだろう。表情は読めない。けれど、少なくとも否定されてはいない。

 

「現地の者に、不要な警戒を与えぬためだったな」

 

「はい。モモンガ様の御姿は、畏怖を与えるには十分にござりんす。ゆえに、わらわまで余計に目立つ必要はありんせん」

 

言ってから、少し焦った。

 

今の言い方はどうだ。モモンガ様の姿が怖いと言っているように聞こえないか。いや、畏怖と言った。畏怖だ。支配者への畏怖。たぶん大丈夫。大丈夫であってくれ。

 

モモンガ様は短く頷いた。

 

「その判断でよい」

 

助かった。

 

俺は内心で胸を撫で下ろす。実際の胸は小柄な少女のものなので、意識すると非常に困る。だから考えないことにした。

 

「もう一つ確認したい。日中の行動だ」

 

来た。

 

俺は思わず喉の奥に力を入れた。吸血鬼としての日光耐性。これは避けて通れない。シャルティアの身体なら、日光下でもある程度動ける。だが、快適なはずがない。

 

「外の光を想定した確認をしておけ。無理があるなら、別の手段を考える」

 

その言葉は、支配者の命令としては淡々としていた。けれど、俺には気遣いのようにも聞こえた。

 

普通に優しい。

 

そう思ってしまった瞬間、少し困った。ナザリックの支配者としてのモモンガ様と、中身を知っているがゆえに見えてしまう人間らしさ。その二つが、俺の中でうまく重ならない。

 

用意された光源は、実際の太陽そのものではない。だが、日光に近い性質を再現するものらしかった。ナザリックの備品なのか、魔法なのか、俺には細かい理屈まではわからない。ただ、その光を浴びた瞬間、全身にざらりとした嫌悪感が走った。

 

痛い、というほどではない。

 

焼けるわけでもない。

 

だが、不快だった。

 

皮膚の上を細かな砂で擦られているような感覚。身体の奥にある何かが、これは好ましくないと告げてくる。動ける。間違いなく動ける。だが、こんな状態で外を歩くのかと思うと、心の底から嫌だった。

 

「……この程度、問題にもなりんせん」

 

俺は笑って言った。

 

声は強がっていた。表情もたぶん崩れていない。けれど、内心では完全に眉をひそめている。

 

これで外を歩くのか。

 

いや、歩ける。歩けるけど嫌すぎる。本物のシャルティアなら平然としていたのだろうか。あるいは不快に思いながらも、それを楽しむ方向に変換できたのだろうか。俺には無理だ。日光に対して前向きになれる要素が一つもない。

 

モモンガ様がわずかに沈黙した。

 

「本当に問題ないのか」

 

心臓が止まりそうになった。

 

見抜かれたのかと思った。中身の弱さを、ではないにしても、俺が無理をしていることを見抜かれたのかもしれない。だが、ここで「実はかなり嫌です」と言えるはずもない。

 

「日光は、いささか不快ではござりんす。されど、モモンガ様の御命に支障をきたすほどではありんせん」

 

「そうか。ならば、外套を使え」

 

モモンガ様がそう言うと、控えていた者が一着の外套を差し出した。黒を基調とした、軽く、けれど質の良い布地。フードは深すぎず、顔を隠すというより影を落とす形に近い。日光対策としても、変装としても使いやすそうだった。

 

俺はそれを受け取った。

 

「モモンガ様より賜るものならば、たとえ布一枚であろうと至宝にござりんす」

 

言ってから、内心で頭を抱えた。

 

重い。

 

言い方が重い。

 

でもシャルティアなら言いそうだ。いや、言う。たぶん言う。モモンガ様から貰ったものなら布一枚でも宝物扱いするだろう。問題は、それを俺が言っているという事実に、俺自身が耐えられないことだ。

 

モモンガ様は少しだけ間を置いた。

 

困らせたかもしれない。

 

「……大切に扱うといい」

 

「もちろんでありんす」

 

俺は外套を羽織った。

 

軽い。身体への負担はほとんどない。だが、心理的にはやたらと重く感じた。これを羽織るということは、外へ出るということだ。ナザリックという怖すぎる安全地帯から、もっと予測できない外へ向かうということだ。

 

外部同行の編成は、ほとんど決まっていた。

 

モモンガ様が直接出る。俺は護衛兼補佐として同行する。必要に応じて、ナザリック側の戦力は控えに回る。つまり、現地人の前に立つのは、基本的にモモンガ様と俺になる。

 

本来の流れから、もう大きくズレている。

 

その事実に、俺は今さらながら震えた。

 

知っている出来事の中に、自分が混ざる。それだけならまだしも、俺はシャルティアの姿でそこに立つ。エンリたちは、モモンガ様だけではなく、フードを被った小柄な従者も覚えるかもしれない。村人への第一印象も、アインズ様――いや、モモンガ様の印象も、俺の振る舞いで変わるかもしれない。

 

怖い。

 

ただ生き残りたいだけなのに、改変の責任が重すぎる。

 

俺は頭の中で、カルネ村で起こることを整理する。村が襲われる。姉妹が逃げる。モモンガ様が救う。ゴブリン将軍の角笛が渡される。エンリは後々、とても重要な存在になる。

 

だが、それをそのまま口に出せない。

 

未来を知っていると疑われるようなことは絶対に避けるべきだ。動くなら自然に。モモンガ様の判断を邪魔しない。村人を怖がらせない。戦闘はできればモモンガ様に任せる。自分は補助と警戒に徹する。

 

そして、血を見ても取り乱さない。

 

最後の項目で、自信が一気になくなった。

 

血の匂いだけで、俺はどうなるのだろう。吸血鬼としての衝動が出るのか。出ないのか。創造主による設定の影響が薄いせいか、今のところ残虐性や異常な嗜好は自然には湧いてこない。だが、吸血鬼としての身体の反応まで完全に消えている保証はない。

 

血の匂いを嗅いだ瞬間、俺が自分でなくなったら。

 

その想像が一番怖かった。

 

「シャルティア」

 

呼ばれて、俺は顔を上げた。

 

モモンガ様がこちらを見ている。

 

「不安か」

 

頭の中が真っ白になった。

 

見抜かれた。

 

一瞬、本気でそう思った。中身が一般人だと。外に出たくないと。血が怖いと。全部見透かされたのかと、喉の奥が凍る。

 

だが、違う。

 

モモンガ様の声音は、未知の世界へ出る部下の状態を確認するものだった。責めるものではない。疑うものでもない。おそらく、俺の慎重な態度を見て、外への警戒を確認しているだけだ。

 

俺は言葉を選んだ。

 

「不安ではござりんせん。ただ、未知を前にして、血が少々騒いでいるだけでありんす」

 

言った直後、内心で悲鳴を上げた。

 

血が騒ぐって何だ。

 

いや、シャルティアなら言いそうだ。たぶん言いそう。だが俺の本音は違う。不安です。めちゃくちゃ不安です。できれば今からでも同行を別の方に代わってほしいです。

 

モモンガ様はしばらく黙ってから、静かに言った。

 

「そうか。ならばよい」

 

短い。

 

けれど、その短さの奥に何かがあった気がした。

 

この人も不安なのだろうか。

 

そんな考えが浮かんだ。新しい世界。知らない法則。動き始めた配下。支配者として振る舞わなければならない自分。きっと、モモンガ様は不安を口にできない。だから短く、重く、支配者らしく言う。

 

ならばよい。

 

その一言で、自分自身にも言い聞かせているように見えた。

 

もちろん、俺の勝手な解釈かもしれない。それでも、そう思うと少しだけ胸が痛かった。

 

部屋を出ると、廊下の先にアルベドがいた。

 

またか。

 

そう思った瞬間、精神が少し削れた。アルベドは今日も完璧に美しく、完璧に怖かった。先ほどほど嫉妬を露わにしているわけではない。だが、静かな微笑みの奥に、圧がある。

 

「シャルティア」

 

「何でありんすか、アルベド」

 

声だけは平静に返す。

 

アルベドは俺の外套と、変装用の装飾品を一瞥した。

 

「準備は整ったようね」

 

「モモンガ様の御命を果たすためでありんすから」

 

「ええ。だからこそ、念を押しておきます」

 

アルベドの声が、少し低くなる。

 

「モモンガ様の御身を、決して危険に晒さぬように」

 

その言葉には、嫉妬だけではない本気があった。

 

俺は一瞬、素直に頷きそうになった。わかっている。そこは本当にわかっている。俺だってモモンガ様に危険が及ぶのは困る。というか、モモンガ様に危険が及ぶような相手が出てきたら、俺は真っ先に精神が死ぬ。

 

だが、シャルティアとしては張り合わなければならない。

 

「言われずとも。モモンガ様の御身に触れようものなら、わらわが許しんせん」

 

声は強く出た。

 

内心では震えていた。

 

実際に何か来たら、俺が一番怖い。だが、身体はシャルティアだ。戦える。たぶん戦える。身体は覚えている。問題は心がついていくかどうかだ。

 

アルベドは俺をしばらく見ていた。

 

「……今日のあなたは、妙に大人しいわね」

 

心臓がまた止まりかけた。

 

「日光の下に出る前だからではありんせんかえ。わらわとて、不快なものは不快でありんす」

 

咄嗟に出た言い訳だった。

 

アルベドはわずかに目を細めたが、納得したのか、それとも一旦置いただけなのか、それ以上は追及しなかった。

 

「そう。ならば、役目を果たしなさい」

 

「当然でありんす」

 

俺は笑って返した。

 

アルベドが去っていく。その背を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。

 

危なかった。

 

今のは本当に危なかった。アルベドの観察眼が怖すぎる。デミウルゴスとは別の方向で怖い。あの人は恋敵としてシャルティアを見ているからこそ、ちょっとした違和感を拾いかねない。

 

外に出る前から、もう疲れている。

 

ナザリックの廊下を歩きながら、俺はふと振り返った。

 

怖い場所だと思っていた。

 

実際、怖い。今でも怖い。けれど、これから外へ出ると思うと、ナザリックの壁が妙に頼もしく見えた。何を考えているのだろう。昨日まで、こんな場所に放り込まれたこと自体が恐怖だったのに、今は外の方がもっと怖い。

 

ナザリックから出るのが怖いと思う日が来るとは思わなかった。

 

そんなことを考えながら、俺は出発の場へ向かった。

 

モモンガ様はすでにそこにいた。支配者としての姿に揺らぎはない。俺もその隣に立つ。フード付きの外套を羽織り、髪と瞳の色を変えた姿で。銀髪赤目の吸血鬼ではなく、灰茶色の髪と青灰色の瞳を持つ、小柄な従者として。

 

これが、外での俺になる。

 

シャルティアでありながら、シャルティアではない。

 

少なくとも現地人の前では、俺はそう振る舞う必要がある。

 

「行くぞ」

 

モモンガ様の声が響く。

 

俺は膝をつきたい衝動を抑え、静かに頭を下げた。

 

「御心のままに」

 

空間が揺らぐ。

 

ナザリックの冷たい空気が遠ざかり、代わりに外の気配が近づいてくる。光。風。土。草。人間の世界の匂い。俺がいたはずの世界とは違うのに、ナザリックよりはずっと生き物の気配に満ちていた。

 

次の瞬間、視界に光が差した。

 

日光が、フード越しに肌へ触れる。

 

不快感がじわりと広がった。動けないほどではない。だが、身体の奥が拒む。嫌だ。ここは自分の場所ではないと、吸血鬼の肉体が訴えているようだった。

 

それでも俺は、モモンガ様の隣に立った。

 

外へ出たのだ。

 

新世界へ。

 

その瞬間、喉の奥が乾いた。

 

血の匂いがする。

 

遠くから、悲鳴が聞こえた。

 

俺はようやく理解した。

 

ここから先は、ただ眺めていた出来事ではない。

 

俺が立っている現実だった。

 

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