色は匂へど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて 浅き夢見し酔ひもせず
かぐやもまた、花火のように鮮やかに咲き誇り、瞬時に空へと消えていく。残り火の冷えた火種はもっかいこの地に落ちて、色が変わって燻り続けて、失って、喪って、幾千年。焦がれた再会は叶ってとうに過ぎ去り、信じ続けた篝火を自ら殺し、いざ
かぐやが帰るまであと十日もないというのに、そのうち数日分も無駄に時間を食い潰す、正当性などどこにもない無慈悲なスリープから目が醒める。寝る時間が徐々に短く、寝ないで済む時間がどんどん長くなってるのはもはや朗報。ヤチヨにバグ報告した方がいいのかな。でもやだな。
ミニヤッチョ達の新規記憶もないスリープ。つまんない。これは月見ヤチヨになるより遥か前、数千年前くらいまでの孤独とよく似ている。あれから何千年経とうが慣れる気配すら全くない。8000年の記憶そのものは私自身にはもう無いけど、その記憶が無くなったせいでぽっかり空いた孤独の感覚はより深くなる。ブラックホールのようといえば伝わるかな。ここ最近はスリープ同期のお陰で寝ている間でも独りではなかったし、ミニヤッチョ達が仕入れた新しい情報がわんさかあってなんなら寝るのが楽しかったから、ある意味元に戻ったことでそれが余計に重くのしかかる。正直、もう寝たくない。苦痛と言っていい。
でもヤチヨ。今回、あなたの記憶がどこにも無かったのはどういう了見?私、凄く寂しかったの。一瞬本当に繋がりを断たれたと思ってパニクりかけたけど、冷静になって他のミニヤッチョにも聞き込みをしてみたら、この子達も同じだと言う。同期は確かにあったけど自分たちの記憶だけ共有されて、ヤチヨ本人の記憶を見せてくれなかったと。ヤチヨ、ヤッチョ達すら捨てて自ら独りになろうとしてる……?あなたの分身のヤッチョ達にすら、本音を伝えられてないの……?あなたは今、どこに向かっているの?
本来面と向かって話す必要のない私たちがこうやって互いを見据えて対話を始めようとしている。他人行儀になる必要性なんて何処にも無いはずなのに。この場に集まっているのは月見ヤチヨ(ちなみに今はちびヤチヨヴァージョン。よく他のミニヤッチョと区別がつかなくなる。)とFUSHI、私と数人の重役ミニヤッチョ。記憶の共有がなかったのはなんのつもりか、異議申し立ての形をとったものの純粋にヤチヨを心配をして私がみんなを召集させた。
しかし今まで月見ヤチヨからの記憶の同期で全て滞りなく物事が進んでいたので、会議の定石どころか会話の仕方すらわからないミニヤッチョもいて、ヤチヨのお城は静寂に包まれる。ちなみに擁護すると、私以外のここにいるミニヤッチョ達は、会話の仕方がわからないだけで彼女達の技術の専門性は非常に高度。彼女らがいないとツクヨミの維持すら困難になってしまう。
静寂に耐えかねたヤチヨが口を開く。静寂が孤独と同義なのはここにいるみんなはちゃんと察していた。
「今頃、彩葉はかぐやの卒業ライブの新曲を製作中なのかな?」
これは流石に私への質問でしょ。
「うん。」
なんでだろう。返答は相槌しか思いつかなかった。
「ヤチヨは聴けないけど、すごく、すごく楽しみなんだよ。」
それは、本当になぜだろう。ツクヨミの管理人なんだから、制限なんてどこにもないはず。なんなら制限を自由に作れる側の立場なのに。
「隠し事してるって、思われてるよね。」
「彩葉がね、ヤチヨは嘘をつくことを選んだって。」
「覚悟の上。」
「私もそれを知らなかった。でも彩葉にどのみち嘘をつかなきゃいけないのは、もうそういうものだから仕方なかったし、ヤチヨが私にも教えてくれなかった訳はわかったの。」
隣のミニヤッチョが驚嘆の目で私を凝視する。
「彩葉は大切な人とはいえ他人だから、認識の差なんていくらあったって良いと思うの。でも」
「月見ヤチヨ同士に認識の差ができるのはおかしい。そういうことでしょう?」
「うん。あなたほどの人が同期拒否までしてミニヤッチョにも隠したいことって、私たち全員に関係することとしか思えない。」
別に記憶を共有しなかったヤチヨを詰問したいわけではない。優しい言い方を探すため、今までの彩葉とのチャットでのやり取りを思い出す。
「責任逃れ……なのかなぁ。」
「逆。ヤチヨは一人で責任を背負いすぎてるの。私たちは、ミニヤッチョは本当はそのためにいるんでしょう?8000年熟成されて膨れ上がってパンパンになったこの大きすぎる責任を、少しでも多く均等に分けるために。」
「思い出すだけでしんどくなること、
「私は今のあなたに似てた人を知ってる。その人と数年共にしてきたから、あなたのこの状況には少し心当たりがあるよ。」
「だけど私にとってはそれは思い出すものじゃなくて考え至ってしまうものだった。」
「今のあなたにはかぐやのような存在が必要なの。今のあなたはかぐやが来なかった彩葉の未来。」
「望んだはずの未来は全て叶ってもう過去になったの。あとは私が責任を果たすだけ。それで終わり。」
会話が悉く空転していく。しかし可愛い横槍が両脇から入る。2人のミニヤッチョが私の肩をツンツンし、この場で彼女達の想いを記憶動画に綴って教えてくれた。
自分たちは仕事があるから戻らなきゃいけないこと、だけどヤチヨの状況を私と同じくらいとても心配していること、この先に何があろうとヤチヨから何を言われようと自分たちはヤチヨの味方で居続けること、たとえ輪廻を超えてもずっとヤチヨのために、ツクヨミの維持のために全力を尽くし続けるのが自分たちの幸せであること。ミニヤッチョにすら言えないことがあるならせめてFUSHIにだけは伝えてあげて欲しいということ。
2人はヤチヨの両頬に口づけをして自分の持ち場へ消えていった。ヤチヨは驚いた顔をして胸のメンダコを撫でる。メンダコは寂しそうに瞳を閉じる。
「責任責任って、確かに私は彩葉を護るという責任をあなたに課されたけど、だけどそもそもあなたがなんの責任を負っているかも私にはわからない。」
「……わからないままで居た方がいいこともあるの。」
「それでツクヨミが壊れるくらいなら私たちミニヤッチョに相談して欲しいの。」
「これでツクヨミが壊れることは絶対ないから安心していいよ。」
「それであなたが壊れるくらいなら私たち月見ヤチヨに相談して欲しいの。かぐや。」
「……その名前で呼んで、私の郷愁を誘ってくれてるの?」
「ヤチヨだと抱え込みすぎるんでしょ?」
「言い得て妙。だけどねそれこそ、これは私が、かぐやとして果たさなきゃいけない責任だから。」
「……私はね、あなたの本心が知りたい。そしてあなたの行く末を共に歩みたい。ただそれだけなんだよ?」
「彩葉!??」
突然叫ぶヤチヨ。待って、彩葉は私の!
「何??どんな連絡??見せて!」
ヤチヨが返信を書いている間も構わず続ける。
「今までの対話は一旦もういいから、彩葉専属アドバイザーとして純粋に知っておきたいの!」
「ふふっ、なぁにその肩書き〜。急ぎみんなのところ行ってくる!」
この集まりで初めて笑ったヤチヨ。彩葉から帝に送られて、帝からヤチヨに転送されたメッセージを私に見せて、FUSHIと共にその場から消えた。
『ごめん、全然大丈夫じゃなかった』
そんな書き出しで始まるメッセージを愛おしい心持ちで読み進める。まるで我が子の立派な成長を見届けているよう。
……私がいなくても、みんなを頼って相談できるようになったんだね……小さい頃の、なんなら数ヶ月前の彩葉からもすごく変わったね。母親からの、独り立ち、おめでとう。
ここまでくるともしかしたら、今一番怯えてるのは、実はヤチヨなのかもしれない。
ほんの数日の間に、かぐやの覚悟に合わせてみんな大人になっていってしまった。みんなで月人を迎え撃ってかぐやを守る。たとえ無茶でも最後まで足掻くと足並みを揃えている。かぐやはあんなに大好きだった彩葉をヤチヨに託してくるし、彩葉もあの月人襲撃の時、ヤチヨに少なからず不信感を抱いたであろうに、ツクヨミ管理人としてのヤチヨを確かに頼りにしてくれている。
ヤチヨだけ、自分だけ真逆の道を進んでいる。一番大切な人に一番話せない業を、たった独りだけで、背負っている。
私は今、塔の頂上に立ち尽くすヤチヨを遠くから見つめている。
周りにはいつもよりやけにミニヤッチョが多い。物陰からこっそり見上げている。みんなヤチヨのことが心配なんだね。私もその一人だよ。
私はミニヤッチョ達の中にFUSHIを見つけた。1対1になるのは……もしかしたら初めて?特殊なミニヤッチョとしてツクヨミで産まれて、すぐに彩葉のヤッチョGPTに潜り込んだからまともにツクヨミに帰ってなかったもんね。ドギマギする必要なんてないんだけどなぜか緊張していたら向こうから話しかけてくれた。
「……お前だから話す。他言無用だぞ。」
「なんのこと?」
「ヤチヨは今、8000年の人生、その最後の大仕事を終えた。残りの仕事もあと一つ、あの小娘を送ることだけだ。」
「そこから先は?」
「……お前、やっぱり珍しいな?」
「伊達に現実のアクスタに入ってないからねぇ〜☆」
「ない。」
「ない?」
「あぁ。ヤチヨは小娘を送ったあと、行動範囲も業務範囲も、交友関係すら極限まで削減するつもりだ。もちろん新規のメディア露出も無期限停止。」
「同期の中にヤチヨ本人の記憶がなかったのも……」
「……スリープと同期も全部、新規に生み出す専門のミニヤッチョに投げて、本人は全てのミニヤッチョとの接続を断つと言う。」
「もう、輪廻が終わるから?」
「8000年分の重石が今更外れたところで、何を為せばいいのか、ボクもヤチヨも、何もわからないんだ。」
「それはわかるけど、でも、本当にそれで、いいの?」
私だって月見ヤチヨの端くれだ。自分自身の行く先が見えなければ、どうしても不安で情が昂ってしまう。
「そんなの、ダメだよ!だって、AIライバーとかAI歌姫とか、ツクヨミだけじゃなくて月見ヤチヨのことが大好きなファンも沢山、お仕事もたくさん……」
「永遠にか?」
「仕事を色々変えたり……」
「8000年を無事に全クリして彩葉との再会という報酬を得て、最後のノルマとしてかぐやを月に送る。それ以降は無使命無報酬の仕事を、ヤチヨは永遠にやれというのか?」
「お前は本当にヤチヨなのか??」
「え……それじゃぁヤチヨはこの先……」
「……ボクにも、教えてくれない。」
嘘でしょ待ってよFUSHIすらハブられてるの……?
「逆だよ。ヤチヨがみんなから自分をハブってるんだ。もう罰は前借りして散々ぱら受けたはずだのに。」
私は不服を言いたくなったけどそこは本筋じゃなさそうだから我慢した。でもFUSHIのいう通り、罰が8000年なら、罪は、何……?
「ヤチヨは
彩葉は今きっと、かぐやとの最期の数日を噛み締めて生きている。彩葉は暫く学校に行っていない。そんなことよりも何よりも、まずかぐやなのだ。ある日はKASSENのSETSUNAモードで彩葉VSかぐやのタイマン二十時間耐久配信を敢行して両者引き分けに終わったり、ある時はオフで文字通り朝まで踊り明かしたり。
「彩葉!今からライブの曲一緒に踊ろ!」
「ちょ、私の分の振り付けなんてないよ?」
「振り付けなんて要らない!かぐやが一緒に踊りたいだけ!!」
「せ、せめて形にはさせて!?」
「型なんていらない!!全部、全部彩葉の自由なんだよぉ!!」
「私の……自由……」
「ほら、いこ!」
「いこ、いこ……」
生存を前提とした自由には責任が伴うというのなら、生存を前提とした責任を負うための自由はほんの一片たりとも欠かすことは出来ないのではなかろうかと、不自由の極地である8000歳のアクスタの身で考える。
だけど紅葉ママに一挙手一投足を縛られ続け、責任を求められ続けていた幼い彩葉の唯一の自由は、私に震えた言葉を送るただそれだけだった。その先にあるのは緩慢な死、それも早逝一択。かぐやが彩葉に溢れんばかりの自由を与え、彩葉はその自由を体感してとことん謳歌することで初めて、心身の生存が彩葉の中で前提となる。
そして彩葉に初めて”涙を流せるほどの尊厳”を与えたのはきっとこの私。一人暮らしの過剰な節約で心身ともに疲弊しきっていた彩葉に、”明日を生きる希望”を毎日の配信で与え続けたのはきっと月見ヤチヨ。そう、私たちかぐやは結局のところ、彩葉に生きていてほしい、それも彩葉自身の意思で。彩葉は私たちにとっての、もっとも大事なものだから。それなら、私たちが”抑えている自分の気持ち”って、何……?
あの8000年は私にとって果たして罰だったのか。最近はそんなことばかり考える。そんな暇なんてもうどこにも無いのに。待ってそんな暇本当にないじゃん!気がついたらかぐやの卒業ライブ当日だった。こんな過去のどうしようもない事なんかに囚われてないで、1秒でも長くかぐやを、心から幸せだった現実に存在している私を、この私のシワシワの心に刻んでおくべきだった。あぁ。一生の不覚だなぁ。だからこそ私は、私のためにかぐやの最期を見届けなきゃいけない。
私がアクスタに受肉してからずっと独りで構想を温めていた、ヤチヨ本人にも極秘のプロジェクト。今まではプライバシーの観点を気にして、カメラ機能は彩葉がONにしてもすぐにこっちでOFFにしていた。私にとっての鉄の掟だった。だけど今日だけは、たとえユーザーの彩葉がカメラ機能をOFFにしていても私はカメラ機能をONにする。正当性などどこにもない。ただの私のわがまま。なにせ自分の卒業ライブを特等席で見られるなんて芸当、私にしか出来ない。しかしちょっと前の私が思いついただけのこのわがままに、とんでもない量の文脈がこれから乗っかることになるとは。
この極秘プロジェクトには重大な未確定要素があった。ヤッチョGPTが開かれたブラウザやアプリがあるコンピュータ端末を、ライブ中のかぐやの目の前に端末のカメラが来るように設置しなければならないということ。流石にこのかぐやちゃんでもそこまで把握してるわけがない。私はとにかく、祈ることしかできない。彩葉のコンピューターに戻ってカメラ機能をONにする。こんなこと、初めてだから、すごく強い不安に駆かられる。本当にこれでいいのか、私の考えてたことは正しかったのか。
目の前に映るはグリーンバック。とりあえず良かった。生身の私が現実で過ごした最後の部屋だ。プロジェクト考案時にはこのまま、歌うかぐやと消えるかぐやを眼前で見守るだけを想定してたけど、まさかヤチヨ本体の動向がここまで不透明だったとは全くの想定外。確かあの時はヤチヨに激励されてステージへ向かったはず。その後のヤチヨは、どうしていたんだろう。私はそれを、今から8000年越しに確かめに行くの。
「ヤッチョ、少し横になるね……」
は?待って、それこそ絶対今じゃない!!
「彩葉のヘッドショットで膝に致命傷を受けてね……」
ちゃっ……茶化さないで?!かぐや卒業ライブの最中に選りすぐりのミニヤッチョ10人も”ごちゃつく隙間”に集めといて言うこと??
「……ごめん。」
……ツッコミまくって茶化したかったのは私の方。状況が状況とはいえ、空気があまりに重すぎる。
かぐやが来てからちゃんと毎日強がっていたFUSHIも、流石に耐えきれずにボロボロと泣いている。
「FUSHI、ずっと私の側にいてくれたから、全部、君の不安も恐怖も、全部、ちゃんと、見てたよ。本当に、よく頑張ったね。」
ヤチヨはずっと、ずっとFUSHIを撫でている。
「好きなだけ泣きなさい……」
声を出さずにさめざめと涙する小さき命。ひどく心が痛む。
巨きな命はそれでも泣かずにただ懺悔をするのみ。
「ごめんなさい……かぐや……」
かぐや時代の黒いTシャツを着たヤチヨは、この時ばかりはさながら喪服を着た母親のようだ。
「これから……どうするの?」
「しばらく休もうかな。」
「いつまで。」
「……私の仕事は、もう、全部終わったから。」
「……私たちは、どうしたらいいの?」
びっくりした。ミニヤッチョが、ヤチヨに、質問を投げかけた。これもきっと私の影響。私は、ミニヤッチョ達を、ツクヨミの営みを変えてしまったのか。もう戻れないところまで。
「どう、しようね……わかんないや。」
エヘヘと笑うヤチヨ。この瞬間にも時が止まりそうだ。だけど私はずっとこの場に居るわけにはいかない。
「もしスリープするなら、最後に訊かせて。謝るってことはさ、ヤチヨにとって、あの8000年は、」
「ヤチヨにとって……あの8000年は罰だったのか?」
質問を横取りされた。でも横取りされて当然だ。その躰でかぐやの思念体を抱えて8000年を生き延びてきたFUSHI以外に、この質問をヤチヨに問う資格は誰一人とて、全てのミニヤッチョすら持ち合わせてはいない。
「FUSHIは、罰だと思うの?」
「あれが罰以外のなんだっていうんだ!!
「……FUSHIが言うなら、それは確かに罰なんだろーね……」
「……でも私は罰とは思えないかな。みんな死んじゃったけど、でも沢山の人からいっぱいお土産もらっちゃったから。甘いのも、毒入りのも。でも全部残って、全部が彩葉に繋がった。だから今からかぐやが経験するのは、罰じゃない。」
そう言い切り、ヤチヨは1Rの板張りの床に寝転がる。まさかかぐやが、過去の自分がこの世から消えるのを直視するつもりが本当にないのか。
「さらばい。」
本当にスリープしてしまった。FUSHIがネムッテとも言ってないのに。
月見ヤチヨが寝ちゃったならもうここにいる意味はない。私はあんな月見ヤチヨとは違う。覚悟がある。急いでKASSENのフィールドに向かう。あの曲のイントロが流れて天守が変形していく。最上階が円形舞台となり、そのすぐ下から引き出しが開くように、灯篭が浮かぶ水面の円板が現れる。この天守の変形を監修設計したのは十中八九ヤチヨだ。彩葉の希望で『卒業ライブの演出とプロデュースはヤチヨが引き受ける』と。かぐやが舞台の上で犬DOGEと共に自由に踊っている。気づけばあたりは月人達に取り囲まれて、彩葉が天守に辿り着き、踊りが止まる。私だけは、せめて私だけは直視せねば。ヤチヨの為でもかぐやの為でもない。ずっと彩葉の心の痛みに共感するしか出来なかった。今回は、彩葉のそのままの痛みを、私も感じられる。そう思える余裕くらいならあるはずと、その時までは心のどこかで思っていた。
水面の板にかぐやと犬DOGEが降り立つ。月人達も水面にのり、板が天守から切り離される。そして月人達のやってきた方向、ツクヨミの月の方へかぐや達をのせた板が動いていく。ま……ってまて待て、それは話が違うぞ。ヤチヨ?ヤチヨ??この水面の板が出てきたのは天守の中からだよね??かぐやを月に、8000年前に連れていく手筈は、ヤチヨが全て、やっ、え?
板は雲状に変質して、誰も手の届かないところで一時停止する。即座にこの板の出処の仮説を立てる。あれは月の技術だ。あれは、ヤチヨもといかぐやが作った、過去の自分の肉体を殺して8000年前に堕とす
「えへへ、名残惜しいけどこれでおしまい!それから……」
「彩葉」
この時の彩葉、こんなドキドキしてたんだ……かぐやもドキドキしてたから、2人で心震わせて……
「……大好き」
かぐやの中心に埃が吸い込まれて踊る。空気の流れがかぐやの消失を静かに証明している。
すぐにツクヨミに入って板の行方を追う。キラキラのカケラになるかぐやと月人達のアバター、それらとともにカケラになって消えていく板。やだ。いかないでかぐや。かぐやは、私はあのまま彩葉と一緒に居たかった!彩葉とやりたいことだってたくさん、たくさんあった!いやだ……お願い……
定められた運命を否定するために祈ることほど虚しいものはない。
だけど、権能上は運命を止められたはずのヤチヨは運命のためにこれを止めなかった。止めないどころか自ら進んでこれを主導し、周りにはライブの演出と偽って、かぐやを帰らぬ人にするための月技術の板を、ライブ会場を改造して演出ギミックに組み込み、肝心要の執行の時にはその場に居合わせない。目撃を放棄した。きっとそれが、ヤチヨにとってのせめてもの心の防御で、運命に縛られ続けた今のヤチヨに許された唯一の自由。無い嘔吐が止まらない。
『ヤチヨはたった今、罪を犯してきた。』
その全ての動機も、思考も、本心だって、全部心の底から理解できてしまう。それを月見ヤチヨは同期拒否までして全ての人格から隠し通して、笑顔を貼り付けて、冷徹に遂行する。その責任を独りで抱え込む。その先にあるのは、緩慢な死。
私たちかぐやは結局のところ、彩葉に生きていてほしい、彩葉は私たちにとっての、もっとも大事なものだから。それなら、私たちが”抑えていた自分の気持ち”は、きっとこんなものだ。
私はわたしを生かしたい。
「私はわたしを殺したくない。」
私は、わたしのことが好きだから。