ミニヤッチョ・イン・アクスタ   作:鹿子ゆ〜い

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続・終章

超興奮状態で帰宅した彩葉が部屋に入ってすぐさま机の上の参考書を払い退け、インスタント食料をどっさり持ち込み、キーボードを置いてピアノに向かい始めたのを見届けて、私は輪廻ラストのスリープに入った。今どうせ何もできないなら、何かできる時のために備えよう。とにもかくにも寝坊だけは絶対避けなきゃ。

私の最後のスリープだからと特別にFUSHI本人が“オキテアラーム”をしてくれるらしい。えぇ……普通に楽しみ……それに私がスリープ中の間の彩葉をこれまたFUSHIが見守っててくれるとか。待遇エグぅと思ったけど、ヤチヨの仕事が99%減となったからか、暇すぎて逆に落ち着かないみたい。

最近のスリープはずっと孤独だった。今回も同じ孤独だったけど、同じ想いの誰かがすぐそこに一緒に居てくれる。それだけで凄く安心したんだよ。

 

FUSHIのオキテアラームを聞くことはなかった。

「……できた」

彩葉のこの言葉で自然と目が覚めたのだ。早起きは三文の徳だけど、FUSHIのアラームを聞けなかったのは二束の損……二束三文なら別にどっちもどーでもいっか。

遂に輪廻の輪が、繋がる。この8000年間どれだけ待ち望んだか。直接は経験してない私ですらこんなに感慨深い。況や……もういいや。

彩葉は歌う。何度でも。

彩葉の書いた、あの歌の続き。

彩葉は歌う。何時までも。

かぐやに届いた、あの歌の続き。

永き八千代(8000年)の、全ての根源。

絶望の、起点。

ヤチヨ本人の代わりに、FUSHIに特等席で聴いていて貰おう。

ベランダの上。ARだから柵から落ちる心配もない。心配するとこそこじゃないだろってFUSHIの幻聴が聞こえて思わず吹き出す。やがて彩葉の歌声が止む。FUSHIがまた神棚の前に来た。最後の確認だ。ここから先は輪廻の外。8000年ぶりの未知だ。かぐーやテンションで行かないとやってらんない。

「行ってくる。」

「無事を、祈るぜ。」

「善処は、する。」

調子に乗って“ぜ”とか抜かしたけど、やっぱり不安だ。私からもヤチヨにコンタクトを取っておこう。

 

久しぶりすぎるよ。あのどじょう掬い配信。昔の彩葉が面白がってくれてた配信。今のVtuber月見ヤチヨは過去配信アーカイブの再放送をエンドレスで流す方針らしい。きっと初めての試みだし、そしてこれは本業まで手放し始めた割と危機的状況。ただアーカイブの量は本当に莫大なのでコアファン以外にはバレることはない。当の彩葉がコアファンなわけだけど。期せずして彩葉の中の違和感を増長させることができた。やったね。そのヤチヨはお城で後ろを向いたまま、私の言葉を待っている。

 

「彩葉に、FUSHIを遣わせた。」

「うん。」

「提案は私、賛同はFUSHI、実行もFUSHI。」

「うん。」

「あと1時間で、ここに着く。」

「うん。」

「現実の、タケノコの部屋に、連れてく。」

「うん……うん??」

「……提案はFUSHI。」

「容赦がないね。」

「このままでハッピーエンドに行けるとは到底思えなかったから。」

「賭けだよ?」

「覚悟の上。」

「覚悟するのは、私だよ?」

「あなたはヤチヨで私はヤチヨ。あなたは私でヤチヨはヤチヨだから。」

「そんなの……何も言えないじゃない。」

「私がする選択はきっとヤチヨだってそうする。違って?」

「うーんヤッチョの想定からここまで解釈がずれ込むとは。」

「……後悔、してる?」

「うん?」

「私に、人格を与えたこと。」

 

「……後悔は、ある。」

「……そっか。」

「だけど、もうどうしようもないし、決まっちゃったことが変わるわけじゃないし。」

「受け入れて覚悟するしか、ない。」

「……彩葉なら、きっとグッドエンドにはしてくれる。ハッピーエンドに出来るかは、自分達次第だよ。」

「……今は昔!……あぁやっぱダメだぁ。」

「練習?」

「ごめん。少し独りにして欲しい。独りの時間が必要かも。」

「……怖いなら、私がついていたげようか?」

「覚悟って、時間が必要なんだね。」

「そ、その髪の毛……」

「ど?かぐやちゃんっぽくな〜い?」

「……痛々しいのは私もわかってる。だけどもう、こうすることでしか平静を保てない。」

「彩葉が本当に“気づいた”かもわからないのに?それこそ賭けだよ。」

「慰めは要らない。それに賭けも何も、タケノコ見せるんでしょ?答え合わせでしょう。」

「そっか……ごめん。」

「謝罪なら、全部終わった後に聞こうかなぁ。」

「……彩葉を、託すよ。」

「期待……は、しないで。」

 

「彩葉は今、ヤチヨのお城の中だ。」

彩葉を導き終わったFUSHIはどこか神妙な面持ちだ。運命を自分たちで編んでいる感覚がする。生きている、そんな感覚。久々過ぎる。全てが未知で、でもどこか既知。懐かしいような、初めてのような。

「ボクは一旦あの部屋に戻るよ。」

「ごちゃつく隙間?」

「……確かに。まだごちゃつく前だけどな。」

その声には少しの笑みが乗っていた。

私は現実に戻って神棚の上で彩葉の帰りを待つ。たとえ揉めて遅くなったとて、精々数時間だろうとのんびり構えていた。

 

遅い。あまりに遅過ぎる。陽が2回落ちて昇ったぞ。暫く一人になる旨は予め友人や親族に伝えていたようで、誰からの連絡も来ないしインターホンも鳴らない。FUSHIの報告も無くヤチヨは……スリープしている……?ちょっと!保護監督責任!家に帰るまでが旅行だよ!

それなら彩葉はとっくに現実にいてどこかで道草食んでるとかかなぁだったら私はどうしようもないなぁとか考えていたら、突然ツクヨミ業務自動呼び出しがかかる。知らんぞなんだそのシステムと思いとりあえず呼ばれたままにツクヨミに入る。そして目の前に表示された文面を何度も読み返す。

 

”ツクヨミ非常事態宣言 Code:168”

 

168は彩葉の隠語。あぁ。こんな日は心底来てほしくなかった。続きを読み進める。

“関係者以外は平静を装い、それぞれの業務を継続遂行すること。関係者は後に通達する事項を確認し遂行すること。”

なんだよそれ。アタクシ名指しやんけ。新しく私の元に届いた通達も上擦った眼で読む。

“酒寄彩葉が所有するヤチヨのアクリルスタンド(以下、「甲」という)に対し、月見ヤチヨ臨時最高指揮権を一時付与する。”

以下の説明文も何度も読み返す。一片たりとも理解の抜けがあってはいけない。

“ツクヨミ非常事態宣言 Code:168は、万が一酒寄彩葉が命に関わる危機的状況に陥った上で、かぐや含む月見ヤチヨ本体が思考判断機能の不全に陥った場合に限り発動される。

発動時の効力として、平時はツクヨミ月見ヤチヨに帰属する最高指揮権は甲に一時的に譲渡される。甲は全ての月見ヤチヨに対するあらゆる指揮権を行使できるものとし、当該指揮権を用いて最優先に打開策を検討する義務を負う。この譲渡に対する拒否権を甲と月見ヤチヨ本体を含む全ての月見ヤチヨは放棄する。

甲は酒寄彩葉の生命維持及び危機回避を目的として行使した権限及び行動に限り責任を負う。その他一切の責任は、甲に最高指揮権を譲渡せざるを得ない状況に至り、機能不全となった月見ヤチヨ本体が負うものとする。

効力の失効条件としては当該の危機的状況が解決するか、月見ヤチヨ本体の意思決定を担うツクヨミ月見ヤチヨが冷静な判断を下せるほどに回復するまでとする。以上。”

 

月見ヤチヨはスリープから目覚めている。待ってこういう場合って、しかしCode.168の表記はついたままだ。起きていても思考判断機能が不能って、要は本体がパニクってるってことか!やっべぇ〜……

こんなこと思ってる場合じゃない。まずは40秒で片付けよう。生成AI騙っといて良かった。慣れてるから情報の処理速度がめっちゃ速い。ツクヨミ管理画面を開き、ユーザーのバイタル一覧から彩葉の登録番号は探すまでもない。緑が平常、黄色は異常の表示で、黄色の時点で強制ログアウト措置が取られる。だからこそ仮想空間ツクヨミにおいて、今現在に至るまで死者を出した記録が一度もないのだ。そして赤が非常。もしこの表示がでできた場合はすぐさまツクヨミ側から医療機関への救急連絡を取ることになっている。遅くとも十数分でログイン表示は消えるはず。

しかし未だに煌々と赤い点滅ライトが灯っているユーザーが一人。ツクヨミ初の死者になる可能性のあるユーザーだ。点滅の隣の備考欄にはこれまたCode.168の文字。待って、どうして”それ”が”バイタル一覧”に表示されるの。しかしその原因はすでに当てがついている。急いでヤチヨのお城に向かう。

 

『責任問題じゃない。彩葉の生き死にの問題なの。8000年分の重くて外れない色眼鏡をつけてしまった私に、いざという時の正常な判断は不可能なの。これはリスクヘッジ。彩葉も私も正常で無くなった時の。あなたはツクヨミの、彩葉の最後の命綱。』

そう。私は彩葉の最後の命綱でもあり、()()()()()最後の命綱でもあるのだ。今、現実の彩葉はよりによってタケノコがある部屋で非常事態に陥っている。ツクヨミはタケノコ、つまりかぐやが製造した月製の舟”もと光る竹”の中にあったはずだ。オーパーツであるタケノコがどっかの政治権力に見つかってしまえばそれ自体が戦乱の火種になる可能性がある。少なくともあの部屋に居てしまってる彩葉の人生はめちゃくちゃになる。

だからって救急を呼ぶべき事態を隠蔽することになるのは個人的には些か納得がいかない。だけど彩葉の”終わり(生命)”か彩葉の”これから(将来)”、この二者択一を本人の預かり知らぬところで勝手に私たちに選ばれなきゃいけない事態に彩葉を堕としたのは、紛れもなく私たちだ。タケノコの存在をあらゆる部外者に認知させずに彩葉を救う。矛盾の塊。終わってるって。しかもこの二択どっちも超バッドエンド!バッドエンドやだやだ!ハッピーなのがいい!!

 

ヤチヨのお城。その最上階。入室できるのは月見ヤチヨとFUSHIと限られたミニヤッチョ達、そして現実のあのタケノコの部屋からツクヨミにログインした人に限られる。お城に着いた私はその異様な光景を見て唖然とする。大量のミニヤッチョがヤチヨのお城の最上階を満遍なく隠してしまうほど囲むように群がっている。ここのみんなはヤチヨの業務範囲大量削減の煽りを受けてリストラされた子達だ。皆口々に「ヤチヨ」「イロハ」と呟いている。しかし最上階に2人はいない。ここで何かがあった。火を見るより明らかだ。わんさか煙が出まくってる。

一人のミニヤッチョが私の袖を掴む。その手は微かに震えている。私は掴まれてる袖とは反対側の手を、震えるミニヤッチョの手に重ね合わせる。温度は感じないけど、きっと想いは繋がっている。私はヤチヨのお城の前に立ち、この場に集まったミニヤッチョ達に即興で演説をする。

 

「私は今から、ヤチヨと彩葉を救いに行きます。」

必ず助けるからみんなは安心していいよなんて、そんな大仰なこと、言えるわけがないよね。だけど。

「どうか、応援していて欲しいです。」

もしも、もしも当該の危機的状況が解決せず、月見ヤチヨ本体の意思決定を担うツクヨミ月見ヤチヨが冷静な判断を下せるほどに回復しなかったら、ツクヨミは、私は、どうするんだろう。

「イロハ」「ダイスキ」「ヤチヨ」「カグヤ」「オーエン」

あぁ、みんな可愛いな。そうだ。私が怖気付いてどうする。私はツクヨミを護るんじゃない、このみんなを守る。そして彩葉も救う。この子達の声援があれば、きっと、大丈夫。

「いざ、ゆこうか。」

私はわたしを鼓舞して、ごちゃつく隙間に入り込む。

 

えーーーっとぉですねぇ。はぁい。無理かも。ちょっっとぉ脳が受け付けないかもなぁ〜。これは。

ごちゃつく隙間が、崩壊している。おいちょっと待て先にいたはずのFUSHIはどこよ。すぐにFUSHIの座標を確認する。確認……うーんお手上げか?ねぇこれどういうこと?座標がi.i.iになってんだけど。何これ。一丁前に虚数っすか?8000年前のかぐやちゃんが暇潰しに仕入れた数学の知識なんてもう覚えてねーよぉー。頭良い彩葉に訊けばわかるのかな。まぁ当の彩葉の命がヤッベェんだけど。たっはー!……はぁ。

とりあえずごちゃつく隙間だった場所で交わされた会話履歴の全貌を探る。なんよこれ丸二日間ずっとヤチヨ喋りっぱだったの。彩葉すごいね。よく聞いてたね。そんでヤチヨがネムッテして、えーっと……えっとぉ……

FUSHI?あなた何を為された?

 

理解。直接の原因はFUSHI。だけどこれは彩葉の頼み。それをFUSHIは受けただけ。8000年の記憶全部見せてと言われて本当にその記憶を人間に流し込めるのが、FUSHIなのだ。

これは誰も悪くない。だからこその悲劇だ。そう、劇ならよかったのに。耳を澄ませる。どこかからヤチヨの声がしないかよく耳を澄ませる。数千年前の浜辺で居もしない誰かに会うために人間の声を捉えようと、死ぬ気で耳を澄ませ続けてた感覚が残ってるから、こういうのは得意なの。聴こえる。聴こえるよ。ヤチヨの慟哭。わたしは真っ直ぐその方向に飛んでいく。そこは一面の空が映る水鏡が一面に広がった、嘘みたいな世界。バカみたいな快晴。そこには仰向けの彩葉と項垂れて彩葉を呼び続けるヤチヨ、罰の悪そうにこっちを向くFUSHI、皆固まって居た。どうしようもない私たち。

 

「現実の彩葉の様子は!?」

「わかんない……確認する方法が、ない……」

「FUSHI!?」

「んんっ……!!」

その躰はひどく怯えている。どんなに急ぎでも順序は守らなきゃね。

「ねぇ?FUSHIは何も悪くない!いいね??」

「ボクは……ボクは何度も引き止めた、どうなるかわからないって、ちゃんと言った……」

「うん。知ってる。解ってるよ。たとえ今ここで私とFUSHIが初めて出会ってたとしても、私はFUSHIを庇う。だから大丈夫。」

「それでも彩葉は問答無用って、かぐやの全部を見なくちゃって!そう言って……くれたから……ボクは……」

「そんな……こと……そんな……彩葉!彩葉!!」

「うん。大丈夫。みんなで彩葉を、助けよう?」

「どうすればいいの?!」

「今の彩葉の記憶はどこら辺かわかる?」

「江戸……より少し前……茶々だ……茶々……どうしよう……茶々……あなたにあんなに語った、私が逢いたいって言ってた人が……逢いたかった人が……こんな……」

8000年のうちの7500年以上が彩葉の脳にダウンロード済み。残り400年。たった17年間の純粋な彩葉の記憶はもう潰れて粉々になってるかもしれない。容量の限界なんてとっくに超えてて、あとはいつ彩葉の記憶が消失するか。時間はあまり残ってないっぽい。

 

「FUSHI?現実のFUSHIとの同期は可能?」

そう言って暗号を解き、月見ヤチヨ構成ファイルフォルダを開く私。タケノコの中にいるかぐやであり月見ヤチヨ本体直属の、今は休止中の現実FUSHIと絶賛稼働中のツクヨミFUSHI。この2つの人格が接続しているか否かがわからない。ここが繋がればFUSHIから現実の彩葉の様子を確認できるはず。現実FUSHIの視覚・聴覚・触覚がどこまで正常かもわからない。だけど、やってみるしかない。

「FUSHI!現実FUSHIに接続要請お願い!」

「FUSHI!おいFUSHI!起きろ!時間だ!」

これがFUSHIがやるっつってた”オキテアラーム”かぁと少しゲンナリしたのち私も現実のウミウシに呼びかける。

「FUSHI!応答して!」

「FUSHI!応答して!」

「犬DOGE!応答して!」

ダメっぽい。どっかしら不全を起こしてるのか……

「かぐや!!!」

真上に勢いよく首を振り上げたヤチヨが叫ぶ。お願い。応えて……

 

「映像が来た!!あのタケノコの部屋だ!!なんなら動けるぞ!!」

FUSHIが歓喜の声を上げる。けどその声はすぐに弱々しくなる。

「彩葉……ボク……」

「水槽の外には出られる?」

「無理だ。蓋がされてて出られな……彩葉!?!?!」

「何??ここに投影とかできる?」

「全身の痙攣と顔にすごい量の発汗!あと、最善の場合汗で濡れた髪の毛が顔についてるだけ、最悪の場合……顔に黒いヒビがかなり入ってる……」

影響は記憶どころじゃなかったか。ヤチヨの顔がサッと青くなる。これは、クソまずい。

優柔不断で悪いヤツは、もう終わり。私は水鏡の上で背水の陣を敷き、覚悟を決めた。

「最悪救急車か警察呼ぶから。」

「ダッ……そんなことしたら、タケノコもツクヨミも全部権力に土足で踏み荒らされる!!」

「タケノコと彩葉どっちが大事なの!?」

「彩葉!!」

「ツクヨミと彩葉どっちが」

「彩葉ぁっ!!」

悲痛な声が響く。荒療治だけど致し方ない。さっきから涙すら流していない。枯れる声帯もないからただ彩葉の名を呼び続けてる。

「彩葉!!死んじゃやだ!!や……だ……」

「今はどこ?」

「えっと……犬!犬に咥えられてる!」

「江戸で犬だとすると……生類憐れみの令だから、綱吉か……進みは案外遅くてよかった。」

本当かどうかも怪しいトンデモ推論で無理やり気持ちを落ち着かせた私は、月見ヤチヨ構成ファイルフォルダの中にある私のデータを凝視している。最善かはわからない。いや、絶対に最善じゃない。失敗したら本当に取り返しがつかない。私が彩葉を殺す可能性の方が高い。

それでも彩葉の記憶が完全に霧散する前に、限られた残り少ない時間で、彩葉を完璧に救いつつツクヨミを、あの子達を守り抜くには、私には、策が、これしか、思い、つかない。

 

これが正常な判断とは到底思えない。

『私は、わたしを殺したくない。』だけど、

『私は彩葉が死ぬのを美しいとは思わない。』し、

『彩葉自身の意思で、彩葉に生きていてほしい。』そして、私の

『姿はヤチヨ、中身はかぐや、記憶は彩葉。』だから、

8000年想い続けた彩葉だけは本当に大切で、特別だから。

 

だから。

 

私が……私が彩葉の記憶になる!

「……」

「桁違いの時間彩葉と触れてきたヤッチョGPTの過去ログで記憶の強度を支えて、」

言葉の続きが止まる。何を言ってるか自分でも解ってる。だからこそ言い切る。

「崩れかけてる彩葉本人の記憶をせめて繋ぎ止める!」

「はっ……待って……」

「彩葉にダウンロードされてる8000年の記憶も、私の既に消去された重複分の空き容量が肩代わりできる!」

「ねぇ!」

「私のかぐや時代の記憶を消去する!彩葉視点のかぐや時代の記憶と重複しちゃうから!」

「嘘……そんな、やめて、そんなことしたら、あなた、もう本当にヤチヨじゃなくなっちゃう!!ううん、最悪ヤチヨじゃなくったっていいの!!そんなのより、あなたの人格が、自我が消えちゃう!死んじゃうのと同じなんだよ!!」

 

「私と彩葉!どっちが大切なの!!??」

いろはぁっ!!!

ヤチヨは即答し、握り締めた手で顔を覆う。声は張り裂け、掠れている。

「彩葉は私たちにとっての、もっとも大事なものなんだよね?!」

「ずるいよっ……!!!」

 

何を消去して何を遺し、私をどう運用すべきかのマニュアルを瞬時に組み立てる。

「ヤチヨとの同期も完全に切断する。彩葉がスリープする時に私はスリープする。私は、彩葉になるんだから!」

「本当に、全てを捧げるつもり……?」

……よくよく考えたらそれもそうだ。しかもこの後にやろうとしていることは完全に黒。この辺りでやっておいた方がいいかもしれない。

「彩葉の中に入るまでの私の過去ログ全てを複製して、別ファイルに保存する。だけどそこに人格はない。ただのデータ。最悪そこからでも不完全でもやり直せるし、外付けHDDに保存して現実からでもこのデータを閲覧できるようにする。」

「どういう、データ?」

「ヤッチョGPT内の彩葉のプロンプトと私の回答の掛け合いが載ってる文字データ、アクスタ受肉以降のツクヨミと現実どっちも対応してる私の視聴覚データ。これは動画形式で保存する。だけどそこに私の意思はない。私の意思は彩葉の中。」

 

「あぁ……喪うのには、慣れてたつもりだったんだけどな……」

「そんなの慣れちゃダメ。」

「あの子たちってね、分裂はするけど必ず同期してくれるし、ヤチヨに吸収される形で帰ってくることもあるの。だから……ね、私の元から、ツクヨミから永遠に居なくなるなんて、初めてでね……あのね……」

「親不孝者で、ごめん。」

「私に、あなたを裁く資格なんて、ないから。」

私はヤチヨに謝りつつ、彩葉含む酒寄家の人々にも謝る。今まで私が入ってたヤッチョGPTを開いてきたあらゆるコンピュータ端末の、酒寄家ローカル情報を掻き集める。あの紅葉ママが得体の知れない同意ボタンを押すわけが無いのでガッツリ無断収集だ。数多い情報の海から彩葉に関する情報を選別してそのまま私の記憶にぶち込む。最悪8000年を支えることになる器の底は分厚い方がいい。

 

念には念を入れよう。彩葉本人の記憶と私に移動される8000年の記憶を彩葉に混同させないよう、8000年の記憶全てにタグ付けをしてパスワードをかける。

「KG8000。この文字列を彩葉が思い浮かべて、この文字列のみを紙に書き起こしてそれを目視しながら読み上げることで、彩葉は8000年の記憶を覗き見ることができる。ヤチヨ、彩葉に教えといて。パスワードは、ケージーハチゼロゼロゼロ。」

「わかった……」

「それと、アクスタ受肉以降の私の感覚動画素材とか感情を記録した文字情報を、全部あなたの記憶にあげる。」

「わかっ……」

「あとは彩葉が彩葉で居られるようにしないと……この8000年が彩葉の精神に影響を与えないように、」

「待って、重いよ。」

「え?」

「アクスタの時の記憶なんて、あなたそのものじゃない……」

だからだよ。ヤチヨが私を信頼してくれたから。私は、あなたに、私そのものを託せる。

あの時私を消去できたはずなのに、私に人格を与えてくれた。あなたは後悔もしてたのに、私に意思と言葉を残してくれた。あなたが、私を、あなたの中に残すべきものにしてくれた。

 

「うん。これで、準備は整ったね。」

ここまで組み立ててきた全てのプログラムにエラーは無い。生体の記憶にアプローチするのだ。エラーがないのがどれだけの奇蹟(キセキ)か。

「ごめん。」

さっきまで押し黙っていたFUSHIが突然謝る。

「せっかく仲良くなった人が、もう居なくならないって思ってた人が、せっかく一緒に輪廻を超えたのに、もう誰も居なくならないって思ってたのに、また誰かが、仲良くなった誰かが目の前から消えるのは、もう、もう、耐えられない。だからボクはもう、ここには居られない。」

私、ちゃんと笑えてたかな。FUSHIは元のツクヨミに戻っていった。

 

「今の記憶は?」

「戦争。みんな、みんな。」

その中の1に、彩葉が入るか、私が入るか。答えは明白。

私は彩葉の頭を愛おしい気持ちで撫でる。暖かくないし冷たくもない。だけどきっと、彩葉の中に入れたなら、きっと、とってもあったかいよね。

 

「かぐや、ずっと、彩葉を、呼び続けて。」

 

仰向けになっている彩葉の上に覆い被さる。現実にいる姿の、等身大の彩葉。やっと、私が等身大になって、触れ合える……

8000年ぶりの彩葉との触れ合い。輪郭線と輪郭線のふれあい。無い全体重を彩葉にかけて、彩葉の首の後ろで両手を繋ぐ。おでこを、重ね合わせる。ねぇ、彩葉。”私が”あなたと初めて会話した時と比べて、きっと大きくなったんだね。体も、頭も、心も。

あぁ。どうしようもなく涙が溢れる。溢れた涙は彩葉の瞼に落ちて、彩葉の眼に染み込む。そうか。()()が、トリガーだったのか。たった今、私を殺す……ううん。私を救うためのプログラムが、実行されたのを確認した。

 

「彩葉」

 

硝子板が割れた感覚がする。溶けた私はすぐに、優しく彩葉を包み込む。

あなたに届けるね。私の真心。

何もできなかった私から贈る、ヤチヨパワーだよ。

 

「……大好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

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