目覚まし時計は鳴らないし、小鳥の囀りも聞こえない。
朝の日差しも差し込まない場所に、今僕はいる。
(夢じゃ...なかったんだな)
目を覚まし、自分の体を包んでいるのが、硬い藁である事を認識し、今の自分の状況を思い出す。
(スマホ...は、ないんだった)
元の世界でのルーティンを始めようとしたけれど、いきなり出鼻をくじかれた。
疲れの抜けきらない体を起こし、壁にかけられた時計を確認する。
時刻は六時、約束の時間までは余裕があった。
(近くには川があるんだったな)
周りを散策しておくのも悪くない。
そう思った僕は、ひとまず、今後洗濯や入浴の代わりに利用しなくちゃならない川を確認するために、小屋を出た。
城壁に沿って歩いていると、裏口のような扉を見つけた。
キィ......
恐る恐る開けてみると、長い階段が現れ、その先に、言われていたとおり川があった。
(毎日これを上り下りしないといけないのは、過酷だな)
我ながらつまらない感想だと思いながら、ゆっくりと階段を降りていく。
真ん中まで来たあたりだろうか、カーテンを通り抜けたような、一瞬、柔らかい感触が僕を包んだ。
何だ?と思うより早く、答えが出た。
空を覆っていた妖しい紫色が、一変少し白みがかった青色へと姿を変えていた。
さっきの違和感は、昨日聞いていた結界に触れた感触だったのだろう。
僕がよく知っている空の色。
雰囲気が変わるだけで、気持ちはもちろん、空気すら変わったと思えた。
早朝の空気を肺いっぱいに取り込み、それを味わうように何度か深く呼吸を繰り返しながら、再び階段を降り始める。
顔をのぞかせ始めた太陽に照らされ、水面はキラキラと輝いていた。
(魔界でも、こんな景色が見られるんだ)
階段を降り終えると、少しの陸地を挟んで、ゆるやかに流れる川が眼前に広がった。
腰をかがめ、触れてみる。
(気持ちいい......)
魔界での生活という、現実感のない出来事。
受け入れたつもりになっていたけれど、水の冷たさが、さらにその輪郭をはっきりさせていく。
しかし、改めてはっきりさせた現状に、そこまでの悲壮感はなかった。
落ち込んだり怯えたりは、昨日散々繰り返した。
(この世界で、やっていくしかないんだな)
諦めではなく、決意のようなものだった。
もう片方の手も水面に突っ込み、両手で水を掬い上げ、勢いよく顔を洗った。
二度三度繰り返し、さらにその決意を固めた。
よし、と振り返ると、長い階段が、登りに姿を変え僕を見下ろす。
せっかくの決意がそがれそうになったけれど、階段に足をかけた。
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週二回(火・木 21時)更新を予定しております。