普段の運動不足がたたり、階段を登り終えるころには、せっかく洗った顔にうっすら汗が浮かぶ。
慣れるしかないと分かっていても、先ほどの決意が揺らぎそうになる。
ともかく、階段もそうだし、こちらの世界に慣れていくしかない。
今日受ける講習も、きっとそのためなのだから。
ネジを巻きなおし、裏口の扉に手をかけた。
「あれ?」
来るときはすんなりと開いた扉が、押しても引いてもビクともしない。
何かに引っかかっているとか、そんな次元じゃなく、全く動かないのだ。
連絡手段はもちろん、時刻を確認する手立てすらない。
城壁は登るには高すぎるし、辺りを見渡しても、川を経由しなければ正門には回れそうにないが、泳ぎに自信はない。
あれこれ考えれば考えるほど、どうしようもない気がしてくる。
じわじわと焦りが膨らみ、額に浮かべた汗が、意味合いを変えていく。
(深さは分からないけれど、ひとまず足の届かなくなるところまで歩いてみるしかないか)
まだそれを試してみるくらいの時間は残されているはず。
扉を開けることを諦め、再び川と向き合う。
ゴンッ!
そんな僕の背中に、強い衝撃が走った。
(えっ…?扉?開いた?なんで?)
バランスを崩した僕は、その勢いのまま階段を転がり落ちそうになったが、倒れかける僕の腕を、何かが掴んだ。
「何をしているんですか?」
慌てて振り返ると、きわめて不思議そうな表情をしたサグレナさんがいた。
「あ、ありがとうございます。何故か扉が開かなくて......」
「…あぁ、魔法のせいですね」
少し思案した後、そういえばといった様子でサグレナさんが答えた。
「外部の者が勝手に入ってこないよう、扉にはこの城の者以外には外から開けられないよう術が施されています。そんな場面は滅多にないので、失念しておりました」
「な、なるほど......」
「安心してください、本日の講習が終われば、正式に契約を交わしていただきます。そうすれば、この扉の開閉も問題なくおこなえるようになりますよ」
「そうですか......」
改めて契約だなんだと言われると身構えてしまうけれど、僕の警戒や疑心など何の役にも立たないことは、とっくに分かっていた。
「小屋の前に朝食を置いてあるので、出発の前に召し上がってください」
「ありがとうございます」
役目を終えたサグレナさんが、くるりと僕に背を向け、城に向かって歩き出した。
「あ、あの...!」
思わず呼び止めてしまった。
昨晩感じた名残惜しさを思い出したからだ。
「まだなにか?」
「えっと...あの、講習って具体的には何をするんでしょう?」
「実際に講義を受けたことはありませんが、ただの座学だと聞いていますよ」
「そうなんですね......」
「では、私は仕事がありますので」
「あ、すみません」
そう言うと、再び城に向かって歩き出した。
そう言われてしまうと、もうそれ以上彼女を引き留めておくことはできなかった。
(ただの座学、かぁ)
こんな世界だ。
戦闘の演習なんかがあったらどうしよう、なんて心配もあったけれど、それは杞憂で済みそうなのは良いニュースだった。
不安がまるっきりなくなったわけじゃなかったが、ほんの少しだけ気が楽になった。
小屋に戻ってくると、サグレナさんが言っていた通り、扉の脇に昨晩と同じトレイが置かれていた。
昨日食べたパンと干し肉の味を思い出し、はしたなく生唾を飲み、喉を鳴らす。
小屋に入り時刻を確認すると、7時を少し回ったところ。
ゆっくり食べる時間はありそうだ。
トレイを机の上に置き
「いただきます」
昨日は忘れていた作法を行い、パンを握った。
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