「あー美味しかった!」
食事を終えたムニさんが満足そうに言った。
「結局何も食べてなかったっすけど、大丈夫っすか?」
「はは…今朝支給された分の食事は済ませてたので」
「ふーん、まぁいいっすけど」
あのお店に、僕の食べられるものがあるかは分からなかったし、なんせメニューの文字が読めないのだ。
なにより、目の前でコウモリをバリバリと食べているムニさんを見て、食欲は失せていた。
「ご飯を食べてるうちにいい時間になっちゃったっすね」
店内の時計を確認しながらムニさんが言った。
「店長さーん、美味しかったっす!」
呼び掛けに応じて奥から再度現れた店長が
「ありがとうございました」
と、短く告げ、ぺこりと頭を下げた。
「あの、お会計とかって……」
「ムニは顔パスっすよ?」
「え?」
そう言いながら、ムニさんはさっさと店を出てしまった。
不安げに店長の方に目をやると、かしこまった立ち姿のままで、ムニさんを見送っていた。
たしかに食い逃げという訳でもなさそうだったので、僕は駆け足でムニさんを追いかけた。
「やっぱり、コウモリは踊り食いが一番っすね!」
「そ、そうなんですか……」
やっぱり、悪魔と人間は違う。
当たり前だけど、そう思った。
食文化もそうだけど、さっき見せたムニさんの豹変。
血が凍るような、ゾクリとする感覚。
こうして今、ニコニコとしながら横を歩くムニさんからは想像もつかない、情もなにもないようなあの目が、脳裏を離れないでいた。
鼻歌を歌いながら呑気に歩くムニさん。
すれ違う生き物は、十人十色という表現が正しいかは分からないけど、ムニさんやグアンのように、悪魔のモチーフを除けば人間と変わらない見た目のような者や、先程の店にいた店長のように、毒々しい色をした鬼のような者。
ファンタジーの世界に出てくるような、獣人のような者など……
どちらかと言えば、百鬼夜行と表現した方が適切かもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、気が付けば街の中心部からは離れたみたいで、お店通りも少なくなり、辺りは少し閑散とした雰囲気になっていた。
(あんまり市街地を離れると、さっき言ってたゾンビなんかが出るんじゃ……)
そんな僕の怯えをよそに、無邪気にムニさんが建物を指さして
「ついたっすよ!」
と、元気よく教えてくれた。
建物の方を見てみると、木造の古い学校のような外観だった。
「じゃ、頑張るっすよ!」
「え?ちょ、ちょっと」
「なんすか?講習はここでやってるみたいっすから」
「手続きとか、なにかそういうのって……」
「知らないっすよ。ムニはここに案内するようにしか命令されてないっすもん」
確かに案内はしてくれたんだけど、急に放り出されたみたいで少し寂しさを覚えた。
さっきまで怯えていたのに、不思議なものだ。
「ドナ家の奴隷ですって言えば伝わるんじゃないっすか?」
「そういうものなんでしょうか」
「しつこいっすね、ムニはまだ予定があるっすから。日が沈むころには迎えに来るっす」
そう言い残して、ムニさんは駆け足で来た道を引き返していった。
僕はどちらかと言うと社交的ではないし、こういった手続きのようなやり取りは苦手だった。
しかしそうも言っていられない。
意を決して建物の扉を押し、中へ足を踏み入れた。
少し薄暗かったけど、学校みたいだと感じた外観から想像が付くいたって普通の造りだった。
窓から差し込む日差しがライトのように、空気中のホコリを照らし、キラキラと輝いている。
想像の範疇というのがこんなに安心するものなんだ…と、ぼんやり感じていると、廊下の曲がり角から、ひょっこりと誰かが姿を現した。
少し距離はあったものの、それがなんなのかは遠目でもハッキリ分かった。
剥き出しの真っ白な骨でのみ形成されたそれは、ホラーゲームなんかで見たスケルトンそのものだった。
「ひぃっ!」
ムニさんに聞いた、街外れにはゾンビが出るという会話がぐるぐる頭の中でループする。
(逃げなきゃ……)
捻りだした答えに、体がすぐには反応してくれなかった。
逃げなきゃいけない、走り出さないといけない。
頭でそう思っていても、蛇に睨まれた蛙のように体が硬直してしまっていた。
命の危機をありありと感じていると
「こっちですよ~」
と、僕に手を振りながら、スケルトンは言った。
さっきまでとは違った意味で動けずにいると、カチャカチャと風変わりな足音を立てながら、スケルトンが近づいてきた。
さっきの言葉を信じていいものか、迷っているうちに距離はどんどん縮まったが
「え~と…ドナ家の方ですよね?」
という問いで、僕の警戒心は少しほぐれたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・木 21時)更新を予定しております。