「さて、皆さんは奴隷と聞いて、どういうものを想像しますか?」
「う〜ん…過酷な環境で、見返りもなく雑用などを任されたり…とかですかね?」
西山さんが、思いつくままに奴隷のイメージを並べる。
「そうですね、現代の日本で暮らしていたなら、そんなとこでしょう。馴染みはないでしょうからこそ、大多数が同じような想像をすると思います」
先生が、うんうんと頭を振る動きに合わせ、骨の動く音が鳴る。
「ですが、現在の魔界ではそこまで酷い環境ではないはずです。と言うのも、先程述べた天魔条約で定められたルール…簡単に言えば、それなりの扱いをしなければならないといった決め事が作られたことと、どの家も1人しか奴隷を迎え入れられないこと、仮にその奴隷がいなくなれば、次の奴隷を迎え入れるまでに、大なり小なり期間を空けなければならない。これらの理由があり、皆さんの想像する奴隷よりは、マシな扱いになると思います」
そう説明され、自分の置かれた環境を思い出してみた。
たしかに恵まれた環境ではないにせよ、イメージよりはマシなのかもしれない。
(ナイフを投げつけられたりはしたけど……)
そういえばグアンがあの時
『お嬢様、殺してしまっては……』
と言っていたのは、このクールタイムが発生しちゃうからってことだったのか。
「あの、確か労働力が不足している…なんて話も聞いた気が」
僕はグアンがそう言っていたことも思い出し、先生に質問をした。
「その通りです。今言ったルールのおかげで、奴隷の待遇はマシになりましたが、1人のみの雇用に加え、それに甘んじて奴隷1人1人の稼働が…有り体に言えば、手を抜くようになってしまってるんですよね。奴隷として天界や魔界に来る者も、基準の見直しによってかなり減っています。出来て間もない条約なので、まだまだ問題点があるようです」
「なるほど……」
「今日の講習も、多い方なんですよ」
「え、3人がですか?」
驚いたように西山さんが言った。
「えぇ、ここはホベリスに配属される人向けですから、まるまる1年講習が行われない、なんてこともありますよ」
「へぇ〜マンツーマンなんて緊張しちゃうし、ラッキーだったんだ」
「ましてや、お知り合いの方と一緒だなんて、初めてのことですよ」
「そりゃあそうだよね。素直に喜んでいいのかはわからないけど」
眉を八の字にして、すこしバツが悪そうに笑う西山さん。
僕も同じように、複雑な気持ちを抱えたまま、困ったように笑うことしかできなかった。
「さぁ、話を戻しますよ。つまり、皆さんは奴隷という身分ではありますが、同時に貴重な存在でもあります。真面目に従事していれば、悪いようにはされないはずですよ」
「……本当に?」
もう1人の生徒の男性が、縋るように、ぽつりと呟いた。
「えぇと…山下さんですね。はい、本当ですよ」
「だったら、どうして俺はこんな目にあっているんだ?」
山下と呼ばれた男は、そう言いながら、自身の袖を深くまくった。
そこには、つい最近付いたであろう生々しい傷が、いくつも並んでいた。
「……」
和やかな雰囲気で進んでいた講義が、ガラリと雰囲気を変え、少しの沈黙が流れた。
「…山下さんはガンドン家に配属されてましたね……」
「知らない、あの家のやつらとまともに会話なんてしたことない」
身体を震わせながら、山下と呼ばれた男は続ける。
「俺は、こっちに来てからずっと暴力にさらされてきた。あんたの言ってることが本当なら、おかしいじゃないか」
沈痛な面持ちと、怯えるように震えている身体が、彼の今置かれている状況の悲惨さを物語っていた。
「……厳しい返答になりますが、先程も言ったように、まだまだこの条約は完璧なものではありません。仮にあなたがこのまま暴行を受け、仮に命を落としても、奴隷1人のために念入りな調査をする者はいないですし、一定期間奴隷を受け入れられなくなる、くらいのペナルティしか与えられません。逆に言えば、奴隷を奴隷本来の用途として必要としていない家にとっては、このままいたぶり、殺してしまったとしても、大した痛手にはならないのです」
申し訳ないような様子で、先生は言った。
(ちょっと待ってくれ)
気の毒に思いながら話を聞いていたけど、僕のいる…ドナ家。
あそこにはメイドもいるし、グアンだってお嬢様のために奔走していたようだった。
(僕がする雑用なんて本当にあるのか?)
(いつか僕もああなるんじゃないのか?)
そんな疑念が僕を支配した。
「冗談じゃない!」
山下さんは、声をうわずらせながら叫んだ。
「あんな所にいたら、本当に殺されてしまう……」
そう言い終わるやいなや、フラフラと立ち上がり、教室の外へ出ていってしまった。
その背中に、自分自身の未来を重ねながら、僕はただ見つめることしかできなかった。
読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・木 21時)更新を予定しております。