西山さんとの再会というイベントだけでも衝撃的だったけど、講義の方も色んな意味で衝撃的という評価が相応しい内容で。
ネジを締めなおしたような先生のセリフに、こちらは身の引き締まる思いだったけど、その後の講義は、一応定められているらしい奴隷の権利。
主な内容は、雇い主は奴隷の衣食住の提供の義務や、医療サービスの利用方法だった。
所詮は雇い主のさじ加減次第らしいし、山下さんの扱いを聞いた後では、心許ない気はしたが、知らないよりは当然いいはずだ。
そしてここ、【ホベリス】の街の話だった。
ムニさんも言っていたけど、この街には様々なサービスがあって、なんなら、人間として生活していた町よりも充実しているかもしれないとすら感じた。
「悪魔って、もっと自堕落なイメージがありました」
そんな僕の気持ちを代弁するように、西山さんが言った。
「それは間違いではないですよ。それこそ、人間として今まで受けたサービスに比べれば、奉仕の心はほぼないでしょうから」
「でも、それじゃあなぜ……」
食堂や雑貨屋、服屋に床屋、病院だってあるらしい。
盗みや強盗、悪魔らしく暮らすなら、そんなことをすればいいんじゃないのか。
当然悪魔について詳しいわけじゃないけど、働くなんて悪魔には似合わないように思えて仕方なかった。
「理由は大きく分けて二つあります」
先生が、ピースサインのように、手で2を表す。
骨の手でするそれは、なんだかミスマッチな気がして印象的だった。
「一つは、彼らの本当にやりたいことをしている、ということです。料理にせよ、裁縫にせよ、ほとんどの方は採算度外視でやってらっしゃいます。ですから、独りよがりのようなものも少なくありません。へんてこな料理や、よくわからないセンスのお洋服など」
そう語る先生は、なぜだかとても嬉しそうで。
「私も何度、酷いサービスを受けたことか」
そんな話をしている時ですら、なんだかイキイキして見えた。
「もう一つは、ドナ家の存在が大きいのです」
「ドナ家って、順くんのとこだね」
「うん。先生、どういうことですか?」
「このあたりの領土はドナ家の管理下に置かれています。きちんと街として機能していないと、いろいろ苦労もあるのでしょう。街の中で暴れたりして、秩序を乱すような方は、ドナ家の方、場合によっては旦那様が直々に制裁に訪れたりしていました。そういった背景もあって、そんな輩はほとんどいなくなりました」
事実上の警察みたいなものなのだろうか。
それに、今の話を聞くと、理不尽な虐待を受けたり…なんてことは起こらなさそうな気がして、少しだけ安堵した。
「もちろん慈善活動なんかじゃなく、お店や病院がないとドナ家の方々も困る…という理由が一番でしょうけど、結果的にとても過ごしやすい街になっています。あ、そうそう。そんな背景のある街ですから、奴隷とはいえ、ドナ家の所有物である田中さんの街での待遇は悪くはならないはずですよ」
「えー!ますます羨ましい!」
羨望の眼差しを僕に向ける西山さん。
「とはいえ、その身分にかまけて横暴な態度をとったりしていると、制裁の対象が自分になる可能性もありますので、ほどほどになさってくださいね」
と、先生が僕に釘を刺した。
「わ、わかりました」
実際、そんな立場にある実感などなかったし、偉そうに振舞うなんてことは、得意じゃなかったので、実感はそんなに湧いていなかった。
「さぁ、以上で講義を終えようと思いますが、改めて質問などはありますか?」
「ありません!」
「僕も、その都度質問させてもらっていたので」
「そうですか、またなにかわからないことがあったら、図書館であったり、今仕えている家の方、常に対応できるわけではないですが、ここに私を尋ねてきてくださってもかまいませんからね」
そう言う先生の手には、いつの間にか二枚の紙が握られていた。
「これは、講義をきちんと終えた証です。ただの紙ではなく、この後お二人が家で契約を結ぶのにも必要な物ですから、大事にしてください」
そう言うと、一枚を西山さん、一枚を僕に手渡した。
「それじゃあ、講義はここまでです。お気をつけてお帰りください。お二人とも、真面目に講義を聞いてくださったので、とてもスムーズに進めることができました。ありがとうございます」
「そんな!とっても楽しかったです!」
西山さんは本当に楽しそうに講義を受けていた。
(やっぱり、こういうオカルト的なものが好きなところは変わってなかったんだ)
西山さんの西山さんらしさに、不思議と胸が温かくなるのを感じた。
読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・木 21時)更新を予定しております。