大学を卒業した私は、憧れの出版社に入社した。
いち読者として愛読していたオカルト雑誌【月刊メメント・モリ】に関われるなんて、夢のようだと感じた。
宇宙人やUMA、陰謀論なんかの記事の中身はもちろん、ライターさんや編集長さんのコンテンツに対する愛を感じる書き口が、好きの気持ちを共有できているようで、それがなんだか心地よく、特にお気に入りだったのだ。
(そんな胡散臭い雑誌の会社なんて……)
(楓も、そろそろそういうのは卒業した方が良いんじゃない?)
両親や友人はこの出版社への就職に否定的だったし、待遇も良いとは言えなかった。
それでも、私にほかの会社の選択肢は考えられなかったし、将来のためとか、お金のためより、やってみたい、関わってみたいという、今思えば確かに、子供っぽい青臭い理由でしかなかった。
入社してからしばらくは、資料の整理やコピー、お茶くみといった絵に描いたような雑用しかやらせてもらえなかったが、私は大満足だった。
あの記事を書いている先生にお茶を淹れてあげられるなんて光栄だと感じたし、資料を触っているだけで、ワクワクした。
オフィスでは怒鳴り声が飛び交い…なんてこともなく、それぞれが黙々と作業を行っており、その光景を見ていると、うずうずしてたまらなかった。
(自分も早く、大きな仕事を任されるようにならなきゃ)
そんな決意をしてしばらく経った頃、編集長に呼ばれた私は
「西山さん、今日から川口くんに付いて、色々教えてもらって」
と、告げられた。
「色々って?」
「取材の流れや、記事の書き方とか」
「それって…!」
「新人編集の担当するコーナーを一つ設けようかなって、元々こういうの好きなんでしょ?」
「は、はい!」
「諸々のことは川口君に任せてあるから、詳しくは彼から話を聞いてね」
「わかりました!」
ついに、夢にまで見た機会がやってきた。
私のコーナー…様々なトピックが頭の中に浮かび、走り出したくなるような気持ちを抑えながら、川口さんのデスクへ向かった。
川口さんももちろん、私の尊敬する編集者の一人だった。
と言っても、ここにいるすべての人を私は尊敬している。
大げさでもなんでもなく、この雑誌に関わっている人たち一人一人が、教科書の中で見る偉人なんかより、私にとってはずっと偉大だった。
「あ、あの……」
「お、編集長から話は聞いた?よろしくね」
「はい!よろしくお願いします!」
「西山さんは、何かやりたいコーナーや、特集はある?」
「えっと……」
「はは、いきなり具体的な案は出せないかな?」
「いえ!むしろやってみたいことが沢山ありすぎて!」
「…こういうの好きなんだ」
「え?」
「ううん、なんでもないよ」
「わかりました!あの、頑張りますね!」
こういう仕事に就いている人は、好きだからこの道を選んだ、という人たちばかりだと思っていた。
しかし、そうではなかった。
記事を任せてもらい、また一歩、オカルト雑誌の記者としてこの世界に踏み込んだ私が見た景色は、想像していたものとは全然違っていた。
私の中のエネルギーは、新たな仕事を任せられた時がピークで。
私を待っていたのは、モチベーションのようなものがどんどん減っていくのを実感する毎日だった。
実際に記事制作に関わっていくうちに、私が夢見ていた、ロマンを感じていたものは、虚構だと思い知らされることになったのだ。
ふたを開けてみると、脚色や捏造はもちろん、読者そのものを見下しているようなやり方が横行していた。
(裏付け?そういうのはいいんだよ。そう書いといた方が盛り上がるから)
(この画像にさ、それっぽい人影でも追加しておいて)
すべてがクリーンだなんて思ってなかったつもりだったけど、生み出される記事のほとんどが、でっちあげによって形成されていたことを知った。
その中でも、決定打になったのが
(バレやしないよ、こんな雑誌読んでる人なんて、みんな馬鹿なんだから)
というものだった。
学生時代、私が愛してやまなかった雑誌の裏側。
大人の世界なんて言葉では片づけられず、せめて、私の書くものだけでもと意気込んでみても、必要経費はなかなか下りないし
(西山さん、こういうのが好きなら、こっちの仕事も頼むよ)
と、都合よく使われ、そんな日々を繰り返していくうちに、私は私の【好き】がどんどん分からなくなっていった。
いつしかモチベーションは底をつき、与えられる仕事をこなすことに精一杯になり、ただ目の前のタスクをこなしていくうちに、自分がどんどん空っぽになっていくような気持ちになった。
(あの時、両親や友人の言う通り、別の道を選んでいたら、まだ私の好きはここにあったのかな)
日に日に増していた胸のモヤモヤすら、今ではもう慣れてしまい、何も感じなくなってしまった。
そんな自分がなんだかとても悲しくて、空っぽになってしまったと思っていた私の中から、涙がどんどんこぼれてきた。
幸いと言ってもいいのだろうか、今日も終電間際での帰宅ということもあり、駅のホームには人はほとんどいなかった。
人目を憚らず、嗚咽を漏らす私の声を、この駅では止まらない電車が、ものすごい勢いで走り抜け、かき消していく。
(もういっそ……)
走り去った電車の通った線路をぼんやり眺めていると、そんな気持ちがどんどん大きくなっていく。
なにかに誘われるように、ふらふらと線路に向かって歩き出した私。
しばらくじっと線路を見つめていると、次の電車が入ってきた。
ヘッドライトが私を照らし、どんどん近づいてくる。
あと一歩進めば、こんな気持ちともおさらばできる。
今の私にとってそれは、あまりにも魅力的で
(明日、仕事に行かなくてもいいんだ)
そんな凡庸なことを考えながら、一歩、足を踏み出そうとした私の手を、何者かがぐっと引っ張った。
「え?」
その衝撃で我に返り、ゾッとした。
(今、私……)
目の前を通過していく電車の勢いを見ていると、今しようとしていたことがどんどん恐ろしくなり、その場にペタンと座り込んでしまった。
「あの……」
その声を聞いてハッとなった私は、慌てて振り返った。
助けてもらったような、邪魔をされたような……
ぐちゃぐちゃな気持ちのまま、見上げたその人は、大きな天使の翼を携えていた。
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