「奴隷のくせに生意気っすね」
少し前を歩くムニさんが、少し不機嫌そうにそう言った。
「え?」
「鼻の下、伸びてたっすよ」
「嘘!?」
「嘘っす、でもやっぱり、下心はあるんすね」
「そういうわけじゃ……」
なんだか朝よりあたりが強い気がするけど、僕なんかに焼き餅を焼くわけはないし……
だけど、どうしたんですか?なんて聞く行為は、それこそ火中に飛び込むようなものな気がした。
「ムニも色々遊びたいのになぁ」
僕がかける言葉を見つける前に、ムニさんがポツリとつぶやいた。
「その…ドナ家は、拘束が厳しかったりするんですか?」
「厳しいなんてもんじゃないっすよ!あんなに大きなお屋敷、掃除だけでも大変だし、お嬢様はわがままだし…あ、今のは内緒っすからね!チクったりしたら、ぶっ殺すっす!」
「わ、わかってますよ」
脅し文句がただの脅しじゃないのはこちらに来て十分思い知らされていた。
口が裂けても言えない、なんて言い回しが、比喩や誇張ではなく、本当にそれくらいの覚悟を伴う日が来るなんて。
「このままじゃ、あっという間におばあちゃんになっちゃうっす」
「その…ムニさんはいつからあそこで働いてるんですか?」
「生まれた時からずっとっすよ」
「え!?」
当然、人間の世界とは違うんだろうけど、あまりにも斜め上な答えが返ってきて、思いがけず大きな声が出てしまった。
「こっちの世界、魔界には学校とかって?」
「あるに決まってるじゃないっすか、というか、今も通ってるっす。でも、授業が終わったらすぐ仕事っすもん」
(労働基準法なんてないよな、多分)
学生が、そもそも生まれた時から働いてたなんて、僕には想像できなかった。
「みんなは学校終わりに遊びに行ったり、彼氏作ったりしてるのに、ムニは直帰してすぐ仕事っすから」
そう言うムニさんからは、これまで感じていた子供っぽさが抜け、達観しているような、諦めの心情がうかがえた。
「でも、生まれた時からなんて、過酷すぎじゃ……」
「仕方ないっす、ムニの親がそういう契約をドナ家のご主人と結んだんすから。いい迷惑っすけどね」
契約…さっき受けた講義でもそんな単語が出てきたっけ。
西山さんの言っていた、悪魔は契約に忠実ってイメージは、あってたんだ。
契約と言ってしまえば聞こえはいいけど、今のムニさんを見ていると、それは呪いと呼び変えても違和感はなかった。
(そっか、だから今朝、あんなにはしゃいでいたのか)
僕はさっきもらった修了の証を見ながら、契約とやらが僕に及ぼす影響力のほどを想像し、また少し恐怖を覚えた。
「それにしても、一緒に講義を受けただけなのにあんなに仲良くなるなんて。なかなか隅に置けないっすね」
振り返ったムニさんが、今度はいたずらっ子のような声色と表情でそう言った。
「いや、実は僕が生きていた時の、元クラスメイトだったんですよ」
「えっ!?」
今度はムニさんが、大きな声で驚愕の表情を浮かべていた。
「やっぱり珍しいことなんですね」
「そりゃそうっすよ。事故死や病死の後ならそういうこともたまーにあるみたいっすけど、あの講義は自殺した人間専用っすもん」
「はは、先生にも言われました」
「二人は元クラスメイトだったんすよね?教え子が二人もその年で自殺なんて、当時の担任はショック受けてるんじゃないっすか?まだ若いし」
「うぐ……」
死んだ後の世界のことは考えないようにしていたから、不意に飛んできた指摘に、無防備に胸を貫かれた。
(そういえば、僕の死体はどうなってるんだろう)
首吊りロープのある部屋に、胴と頭が切り離された遺体なんて、推理小説の題材にでもできそうなくらい、インパクトと謎と狂気に満ちているような気がする。
大騒ぎになっているかもしれないと思うと、少し恥ずかしくなってきた。
「その子は、どうやってこっちに来たんすか?」
「ええと…電車に飛び込もうとしてたところを、天使に止められて、そのまま楽にしてもらったって……」
「え?」
ころころと表情を変えていたムニさんの顔が、今度は訝しげな表情に変わった。
何かおかしいことを言っただろうか……?
「なんでその子は天界に連れてかれなかったんすかね?」
「なんでって……」
そう言われると、確かにおかしい気がする。
僕の時は、たしか天使が天界の労働力を補うために抜け駆けして現れ、そこにグアンがやってきた。
「さっきの子、西山さんを迎えに来た天使が、正規の手順を踏ませたんじゃないんですか?」
「だったらわざわざ迎えに来る必要なんてないっすもん」
「じゃあ、飛び込み自殺はほかの人の迷惑になるから…とか?」
「なくはないっすけど、なんか引っかかるんすよね」
「でも現に、西山さんは僕と同じように魔界で奴隷になってますし」
「う~ん……」
顎に手を当て、思案するムニさんはやがて
「ま、いっか」
と、結論を出すことを放棄した。
「ムニには関係ないし、今日のご飯の方が大事っす」
「はは…お腹空きましたね」
意識してしまうと、途端にお腹の減りが存在感を現してきた。
確か、正午過ぎに講義が終わったから、今は13時くらいだろうか。
「今日のお昼はなっにかな~」
既に頭の中はお昼ご飯のことでいっぱいになったようで、鼻歌混じりのムニさん。
「ちなみに、僕のお昼ご飯って……」
尋ねてはみたけど、答えは分かり切っている気がしたし、案の定
「奴隷はいつものやつっすよ?」
と、想像通りの答えが返ってきた。
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週二回(火・金 21時)更新を予定しております。