昼下がりの暖かな日差し、季節も、僕のいた世界とリンクしているのだろうか。
鮮やかに咲く桜の花がどんどん散っていき、葉桜と呼ぶのも心許ないほど、桃色の景色はほんの僅かになっていたっけ。
花を愛でるようなキャラじゃないけど、なんだかすごく寂しく思ったことを覚えている。
こんなことになるなら、もっとちゃんとあの景色を見ておけばよかった。
穏やかな陽気と、晴れ渡る青空が、ここが魔界であることを忘れさせ、なんてことのない故郷の景観を思い出させた。
そんな心地よい雰囲気は束の間で
「あっ、こんにちは!ムニさん」
「ムニさん!新鮮な野菜が入ってますよ!」
「あら、ムニちゃん。またうちの店にも顔を出してね」
道行く人、いや、魔物に、ひっきりなしに声をかけられているムニさん。
本人は慣れたように、ニコニコしながら対応していた。
「人気者なんですね」
「そうっすか?普通だと思うっす」
この場合、普通というのは魔界での普通を指しているだろうから、僕にはその言葉のニュアンスを汲み取ってあげることができなかった。
だけど、周りの魔物も、ムニさんも笑顔なこの雰囲気は、僕にはやっぱり特別なことのように思えた。
「まぁ、ここは通学にも買い出しにも利用してるっすから、ほとんど顔馴染みにはなってるっすね」
「そういえば、学生さんだって言ってましたね。こっちの学校ってどんな感じなんですか?」
「どんなって…そんな面白いことはなんにもないっすよ?勉強する場所っすから」
「どんな勉強をしてるのかなって」
「みんなバラバラっすけど、ムニは魔術の授業を受けることが多いっす。メイド業の役に立つからって」
「魔術……」
そういえば、サグレナさんもその魔術とやらを使って、お嬢様のために、あの紫色の空を作っているんだったな。
当然これも、僕の知るメイドの役割を逸脱している気がしたけど、ムニさんに言わせればきっと【普通】なのだろう。
「魔術って、例えばメイドさんだと、どんな風に使うんですか?」
「なんにでも使うっすよ。掃除洗濯雑務、あと、門の前にいた魔物は見たっすか?あれ、ムニの召喚獣なんすよね」
「え!?そうだったんですか?」
魔術に覚えはないけど、召喚獣という言葉自体はなんとなくわかる。
そんな設定の作品に触れたこともあるし、何より書いて字の如く、だったから。
「あのサイズを出したままにしておくのは大変なんすよ?侵入者を判別する設定とか、結構高度な魔術を使ってるんすから」
そう言いながらげんなりした様子のムニさん。
「す、すごい…魔術ってそんなこともできるんですね」
僕の知らない魔術というメカニズム。
不安だらけの魔界での生活だけど、ファンタジーな響きには西山さんじゃないけど、ワクワクしてしまう。
「…すごいっすか?」
「え?めちゃくちゃすごいと思います」
「そーっすよね!いや〜こう見えてムニ、結構成績もいいんすよ?この間なんて……」
とても分かりやすくご機嫌になってくれたムニさんだけど、僕の言葉にはお世辞なんてものは一切含まれていなかった。
フィクションの世界でしか見たことのない魔術を使いこなせるなんて本当にすごいし、自慢話のような語り口であっても、得意な魔術や、この間習った魔術の話、学友の魔術の失敗談など。
そのどれもが興味深く、夢中で話を聞いていると、あっという間に城の目の前まで来てしまっていた。
「今度機会があったら、実際に使ってるところを見せてあげるっす!」
「本当ですか?すごく楽しみです」
「特別っすからね?…って、もう着いちゃったすね」
「ムニさんのお話が楽しくて、あっという間でした」
「お前、奴隷のくせに良い奴っすね」
「いえ…そんな……」
唐突にされた評価に、口ごもってしまう。
褒められるということに、僕は慣れていなかった。
「とりあえず、この後この家と正式に契約を結んでもらう段取りっすから、お昼を済ませたらまた迎えに来るっす」
「わ、わかりました」
契約。
講義でも少し触れた、今ムニさんがこの家に仕えている理由。
呪いなんていう風に評した後だと、どうしても、不安な気持ちになってしまう。
先ほどもらった紙を見つめていると、さっき受けた講義の様子が思い出される。
その思い出の中で
『逃げちゃダメなら、奴隷を頑張るしかないじゃん!』
といった、西山さんの残した言葉が、僕の背中を軽く押してくれたような気がした。
僕は決意を固めるように、胸の前で軽く拳を握った。
読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・金 21時)更新を予定しております。