天使と悪魔と人間と   作:虹光ふみ

32 / 34
32話「勘繰り」

「相変わらずのんびりしてるっすね」

僕の中の少ない勇気をかき集めて、やっとの思いで扉を開けた僕に、ムニさんは呆れた様子でそう言った。

「えっと……」

出来るだけ自然に振舞おうとしても、さっき見た怨嗟の声が、僕の喉に絡みついているようで、うまく言葉が出てこない。

何か失言をしたら殺される。

いや、楽に殺されるならまだマシなのかもしれない。

あの痕跡は、酷い苦痛を受け続ける環境の中で生まれたものに違いない。

根拠なんてなかったけど、なぜだか確信できた。できてしまった。

「あれ?」

僕から視線を外し、室内を覗き込んだムニさん。

(あれを見られたらまずい)

僕が書いたわけじゃないし、やましいことなど何もしていないけど、見られちゃダメなもののような気がして、ギクリとさせられた。

「…ダメじゃないっすか」

内心ビクビクとしていた僕に、ムニさんがポツリとつぶやいた。

(そうか……)

きっとあれは、僕の前にここに住まされていた奴隷が書いたもので、きっとこのドナ家でも、面白半分に奴隷をいたぶったりして、おもちゃにしているんだ。

先生は、ドナ家は評判がいいなんてことを言っていたけど、きっと表に出ていないだけで、ガンドン家で山下さんが受けたような待遇と、きっと変わらないんだ。

少なくとも、僕が今その秘密を知ってしまうのは、ここの奴らにとってはイレギュラーで、見ちゃいけないものだったんだ。

一つ一つが確かなつながりを持って、僕の思考を支配した。

(終わった……)

次にムニさんから出る言葉を聞くのが恐ろしくてたまらなかった。

しかし、それはビクビクと身構える僕の肩を透かすような

「パン、残ってるじゃないっすか。もったいないっす」

といった、いたって平和なものだった。

「人間って小食なんすね」

「い、いや…今日はちょっと食欲が……」

「ふ~ん、じゃあムニがもらっていいっすか?」

それで彼女の機嫌を取れるなら安いものだけど……

「あ、後で食べるので……!」

「ちぇ~」

とにかく今は、ムニさんをなるべく早くここから遠ざけなければ、という気持ちでいっぱいだった。

小屋の外に出て、扉をしっかり閉めた僕は

「えっと、今から、契約?ってのをやるんですよね?」

と、尋ねた。

「そうっす!準備は済ませてあるから、早くお城に向かうっす!お嬢様も待ってるっすから」

(お嬢様……)

僕がここにきてすぐに、お嬢様…フェリムさんに会った時のことを思い出した。

誇れるものも何もなく、不幸せだった頃の人間界での僕の話をさせられ、大笑いされたんだよな。

それに、ナイフを投げつけられ、殺されかけた。

向こうが本当に殺すつもりがあったのかは分からないけど、お嬢様と呼ばれているあの子が、僕は一番恐ろしい悪魔のような気がしてならなかった。

なにより、グアンやサグレナさん、このムニさんを従えているわけだし、この大きなお城の持ち主なのだから、きっとなにか、大きな力を持っているはず。

あの子自身に力がなかったとしても、ご両親はきっと恐ろしい悪魔に違いない。

踊り場に飾ってあった肖像画に描かれた、三匹の悪魔。

いずれ、その全員と会うこともあるのかもしれない。

(できれば、ごめんこうむりたいけど)

それはきっと叶わない願いなんだろうと、思えて仕方なかった。




読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・金 21時)更新を予定しております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。