思考というのは不思議なもので、切り離そうとすればするほど、深く刻み込まれていく。
ひとつは、自分の死体のこと。
きっと凄惨な部屋に仕上がっていると思う。
小綺麗にはしていたつもりだけど、生活感が溢れた部屋に、首を切り落とされた死体。
きっと血も、辺りに飛び散っているはずだ。
僕だった首は、どんな表情を浮かべているのだろう。
あっという間のことだったし、悲痛に歪んでいる、なんてことは無さそうだけど……
いや、これ以上考えるのはよそう。
これ以上考えるのはよそう。
これ以上考えるのはよそう。
「…てますか?」
「えっ?」
「はぁ、先が思いやられますね……」
人間界へ訪れる機会がある。
それは、僕にとってとてもインパクトのある出来事だったみたいで、今なお特殊な境遇に置かれているにもかかわらず、自分の世界に入ってしまっていたようだ。
「何を考えていたんですか?」
「その…人間界のことについて」
「具体的には?」
「…僕の、死体について……」
「なるほど」
サグレナさんの声色からは、何を考えているのかが伝わってこなかった。
いつも淡々としていて、声の抑揚も少ない。
今の【なるほど】もそうだ。
僕の気持ちを酌んでくれている…ということはない気がするけど、言葉を探している最中のような気もしたし、言葉通り納得して、今の会話は終わりを告げた気もする。
会話は止まってしまったけど、歩みが止まることはなく、地上への階段を登り終えた。
「少しは落ち着きましたか?」
「え?」
「考える時間も必要かと思いまして、気を利かせたつもりでしたが」
「あ、あぁ!お陰様で、少しは」
「でしたら、業務内容の説明を始めますね。今日は一日の流れを説明します。そして、明日以降はその流れに沿って屋敷で過ごしていただきます」
この世界に、労働基準法のようなものはあるのだろうか。
朝から晩まで働き通しになる予感に、気が重くなる。
(少なくとも、変な項目がなければいいんだけど)
僕が懸念していたのは、やはり物置小屋に残された悲鳴のようなメッセージだった。
例えば、お嬢様の拷問、なんて項目があった日には、人間界に戻れるなんて、ビッグイベントから、些細な出来事に様変わりしてしまうだろう。
(あぁ、神様……)
魔界で神頼みなんて、全く効果を発揮しなさそうだとは思いながらも、祈りをやめられないでいた。
……………………………
「それだけ…ですか?」
「それだけ、と言いますが、敷地は広いですし、あなたは魔法を使えませんから、かなりの労力になると思いますよ。それに、人間なんて体力もないですし」
「いえ、本当に雑用だけなんだなって」
「人間の奴隷に、いきなり込み入ったことをさせるはずがないでしょう」
「それは…そうですね……」
聞かされた業務内容はこうだ。
庭の草むしり、花壇の手入れに城の外壁の清掃や点検。
何か問題があれば、補修自体は、サグレナさんかムニさんに言えば魔法でやってくれるそうだ。
奴隷、というよりは庭師かなにかのようだった。
敷地内全体が、陽の光を通しにくい紫色の空で蔽われているのも、外で作業する僕にはプラスに働きそうだった。
「それともう一つ」
「は、はい」
「城内は、勝手に入らないこと。私たちに用がある場合は、裏口から入り、むやみにうろうろしないこと。これは徹底してください」
どうしてですか、なんて言葉が口から出そうになったけど、閉じ込めておくことにした。
きっと、汚いからとか、目障りだから、なんて答えが返ってくることになるだろうと予測できたからだ。
「今あなたが住んでいる小屋に、お庭を整備する際に必要な道具は大方そろっているはずです。なにか足りなければ、さきほど申し上げたように、裏口からお願いします」
「分かりました」
「こんなところでしょうか、私も定期的に様子を見に来ますので、手を抜くことなどないように」
「えっと…何時から何時まで、みたいな決まりとかって?」
「厳密にはありませんよ。ただ、外壁の清掃は毎日行ってください。お庭に関しては、一日で終わらせられるとは思っていませんし、逆に何日かかけて綺麗にすれば、それ以降はかなり楽になると思いますので、コツコツ進めていってください」
平和だ……
拍子抜けするような業務内容。
たしかに労力は要するかもしれないけど、内容のどれもが平和そのものだった。
「ほかに何か質問は?」
「後は…高所の清掃はどうすれば?」
「それに関しても、届かない範囲に、目立つ汚れやカビやコケ、ひび割れなどを発見したら、私たちに報告をお願いします。一応、高所作業用の踏み台も小屋にありますので、それで届く範囲は、毎日清掃を」
「分かりました」
「でしたら、早速これから取り掛かってください」
「は、はい!」
そう言い残し、サグレナさんは去っていった。
ポツンと取り残された僕はあたりを見渡し、気が遠くなるのを感じた。
(身の危険がなさそうなのはよかったけど、随分大変になりそうだ)
日本ではまず見ないような、立派なお城。
それに見合う広大な庭。
ところどころ草は伸び放題になっているし、パッと見ただけでも、やらなければいけないことは多そうだった。
(やるしかない、か)
最悪の事態を免れたラッキーを原動力に、僕は早速作業に取り掛かった。
読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・金 21時)更新を予定しております。