天使と悪魔と人間と   作:虹光ふみ

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36話「奴隷の務め」

思考というのは不思議なもので、切り離そうとすればするほど、深く刻み込まれていく。

ひとつは、自分の死体のこと。

きっと凄惨な部屋に仕上がっていると思う。

小綺麗にはしていたつもりだけど、生活感が溢れた部屋に、首を切り落とされた死体。

きっと血も、辺りに飛び散っているはずだ。

僕だった首は、どんな表情を浮かべているのだろう。

あっという間のことだったし、悲痛に歪んでいる、なんてことは無さそうだけど……

いや、これ以上考えるのはよそう。

これ以上考えるのはよそう。

これ以上考えるのはよそう。

 

「…てますか?」

「えっ?」

「はぁ、先が思いやられますね……」

人間界へ訪れる機会がある。

それは、僕にとってとてもインパクトのある出来事だったみたいで、今なお特殊な境遇に置かれているにもかかわらず、自分の世界に入ってしまっていたようだ。

「何を考えていたんですか?」

「その…人間界のことについて」

「具体的には?」

「…僕の、死体について……」

「なるほど」

サグレナさんの声色からは、何を考えているのかが伝わってこなかった。

いつも淡々としていて、声の抑揚も少ない。

今の【なるほど】もそうだ。

僕の気持ちを酌んでくれている…ということはない気がするけど、言葉を探している最中のような気もしたし、言葉通り納得して、今の会話は終わりを告げた気もする。

会話は止まってしまったけど、歩みが止まることはなく、地上への階段を登り終えた。

「少しは落ち着きましたか?」

「え?」

「考える時間も必要かと思いまして、気を利かせたつもりでしたが」

「あ、あぁ!お陰様で、少しは」

「でしたら、業務内容の説明を始めますね。今日は一日の流れを説明します。そして、明日以降はその流れに沿って屋敷で過ごしていただきます」

この世界に、労働基準法のようなものはあるのだろうか。

朝から晩まで働き通しになる予感に、気が重くなる。

(少なくとも、変な項目がなければいいんだけど)

僕が懸念していたのは、やはり物置小屋に残された悲鳴のようなメッセージだった。

例えば、お嬢様の拷問、なんて項目があった日には、人間界に戻れるなんて、ビッグイベントから、些細な出来事に様変わりしてしまうだろう。

(あぁ、神様……)

魔界で神頼みなんて、全く効果を発揮しなさそうだとは思いながらも、祈りをやめられないでいた。

 

……………………………

 

「それだけ…ですか?」

「それだけ、と言いますが、敷地は広いですし、あなたは魔法を使えませんから、かなりの労力になると思いますよ。それに、人間なんて体力もないですし」

「いえ、本当に雑用だけなんだなって」

「人間の奴隷に、いきなり込み入ったことをさせるはずがないでしょう」

「それは…そうですね……」

聞かされた業務内容はこうだ。

庭の草むしり、花壇の手入れに城の外壁の清掃や点検。

何か問題があれば、補修自体は、サグレナさんかムニさんに言えば魔法でやってくれるそうだ。

奴隷、というよりは庭師かなにかのようだった。

敷地内全体が、陽の光を通しにくい紫色の空で蔽われているのも、外で作業する僕にはプラスに働きそうだった。

「それともう一つ」

「は、はい」

「城内は、勝手に入らないこと。私たちに用がある場合は、裏口から入り、むやみにうろうろしないこと。これは徹底してください」

どうしてですか、なんて言葉が口から出そうになったけど、閉じ込めておくことにした。

きっと、汚いからとか、目障りだから、なんて答えが返ってくることになるだろうと予測できたからだ。

「今あなたが住んでいる小屋に、お庭を整備する際に必要な道具は大方そろっているはずです。なにか足りなければ、さきほど申し上げたように、裏口からお願いします」

「分かりました」

「こんなところでしょうか、私も定期的に様子を見に来ますので、手を抜くことなどないように」

「えっと…何時から何時まで、みたいな決まりとかって?」

「厳密にはありませんよ。ただ、外壁の清掃は毎日行ってください。お庭に関しては、一日で終わらせられるとは思っていませんし、逆に何日かかけて綺麗にすれば、それ以降はかなり楽になると思いますので、コツコツ進めていってください」

平和だ……

拍子抜けするような業務内容。

たしかに労力は要するかもしれないけど、内容のどれもが平和そのものだった。

「ほかに何か質問は?」

「後は…高所の清掃はどうすれば?」

「それに関しても、届かない範囲に、目立つ汚れやカビやコケ、ひび割れなどを発見したら、私たちに報告をお願いします。一応、高所作業用の踏み台も小屋にありますので、それで届く範囲は、毎日清掃を」

「分かりました」

「でしたら、早速これから取り掛かってください」

「は、はい!」

そう言い残し、サグレナさんは去っていった。

ポツンと取り残された僕はあたりを見渡し、気が遠くなるのを感じた。

(身の危険がなさそうなのはよかったけど、随分大変になりそうだ)

日本ではまず見ないような、立派なお城。

それに見合う広大な庭。

ところどころ草は伸び放題になっているし、パッと見ただけでも、やらなければいけないことは多そうだった。

(やるしかない、か)

最悪の事態を免れたラッキーを原動力に、僕は早速作業に取り掛かった。




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週二回(火・金 21時)更新を予定しております。
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