天使と悪魔と人間と   作:虹光ふみ

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42話「それぞれの暮らし」

こっちの世界にも、相撲があるなんて、なんだか日本人として誇らしいなぁ。

 

ショッキングな話を和ませようと、少し頭を働かせて、やめた。

ここではそんな気休めは何の意味も持たない。

それどころか、変な希望を与えるようなことを言うのは、とても無責任だと思う。

元々喋りが上手なわけでもない僕は、気休めも、場を和ませることもできず、なにも口にできないでいた。

「……ごめんね、こんな話」

「いや、それは全然いいんだけど……」

問題なのは、聞かされたことではなく、選ぶ言葉が見つからないことだったから。

「うん、聞いてもらったらすっきりしたよ」

「本当?」

本当じゃなかったとして、いや、少しは気が晴れたのが本当だったとしても、現状は何も変わってはいなかった。

それに、僕もけっして他人事ではないのだ。

「本当だよ、それにきっと頑張っていれば……」

「頑張っていれば?」

「……きっと、なにかいいことがあるよ」

少し険しい顔をした後、少し微笑んで彼女は答えた。

「じゃあ、またね。話聞いてくれてありがとう」

そう言って、僕に手を振る彼女。

僕も手を振り返すけど、このまま見送ってしまうのは、あまりにも気持ちの悪いものを僕に残すことになる。

かといって、どうすることもできないのはたしかで。

「ね、ねぇ!」

考えるより先に、僕は西山さんを呼び止めてしまった。

「ん?どうしたの?」

数歩歩いた場所で、西山さんが振り返る。

「あ、えっと……」

声をかけてしまった以上、その先を紡がなければ。

急いで頭を働かせた僕は

「雑貨屋さんの場所ってわかる?」

と、自分本位の質問を投げかけていた。

 

西山さんは、すでに何度も街に出て、雑貨屋さんにも足を運んだことがあるらしい。

「そっか、順くんもおつかいだったんだ」

「も……ってことは、西山さんも?」

「うん、お夕飯の食材を買いにね」

「付き合ってもらって大丈夫だったの?」

「そう遠い場所じゃないし、ラゴルン家の人たちは優しいから」

「そっか」

さっきの話を聞く限り、確かに悪魔にしては優しすぎるくらいだと感じた。

問題なのは、倫理観や思いやりのような部分が、根本的に僕たちとは違うことで、裏を返せば、その問題だけでも解決できれば、西山さんは楽しく暮らしていけるはずなんだ。

「雑貨屋さんには、なにを買いに行くの?」

「ドナ家のお嬢様が、面白い本を所望でさ」

「面白い本?」

「うん。なんでも、人間の書く物語が好きなんだって」

「へ~、文学を愛している方なんだね」

「うーん、愛してはいるのかもしれないけど……」

その愛は、歪んでいると思う。

だけど、この歪みは、僕が人間だから感じている歪みであって、悪魔の世界ではまっとうな愛なのかもしれない。

「ねぇ、西山さん。ラゴルン家の人たちは、西山さんのことを好いてくれているんだよね?」

「え?……まぁ、嫌われてはいないと思うけど……」

「悪魔にとってはさ、さっき話してた、鬼ごっこや相撲も、スキンシップなんじゃないかな?」

「そりゃあ、悪気は感じなかったけど……」

「じゃあ、一度ちゃんと話してみた方がいいんじゃない?もしくは、ほかのスキンシップの形を提案してみるとか」

「正直、根本から違いすぎるから、話し合いでどうにかなる気はしないなぁ……でも、別のコミュニケーションを提案してみるのはいいかも!」

「邪険にされてないならさ、色々試してみてもいいんじゃない?」

「そうだね……うん、さっきまでは【もうダメだ】って気持ちに押しつぶされそうだったけど、少しだけ希望が見えたかも」

「それでもダメだったら……」

「ううん!やっぱり、順くんと話せて良かったよ!」

よかった。とりあえずは、元気になってくれたみたいだ。

きっと、無茶でもしない限り、西山さんの場合はこれ以上ひどい目に遭うことは無さそうだし、解決に向かえる可能性を提案できたのは、よかったのかもしれない。

無責任でも、言わないよりはよかったと思う、多分。

別のコミュニケーションについて、あれこれ相談しているうちに、目的の雑貨屋さんに到着した。

パッと見た感じは、その辺りにある建物と大きく変わらず、恐らく一人で辿り着くことはできなかっただろう。

「ありがとう」

「ううん、これくらいお安い御用だよ。じゃあ、私はそろそろ行くね」

「うん、気を付けて。それと、頑張ってね」

「ありがとう、順くんもね」

本当のことを言うと、店の中まで付いてきてほしかったんだけど、これ以上引き留めるのは申し訳なく感じた。

今日二度目の別れを交わし、僕は店のドアに手をかけた。




読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・金 21時)更新を予定しております。
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