こっちの世界にも、相撲があるなんて、なんだか日本人として誇らしいなぁ。
ショッキングな話を和ませようと、少し頭を働かせて、やめた。
ここではそんな気休めは何の意味も持たない。
それどころか、変な希望を与えるようなことを言うのは、とても無責任だと思う。
元々喋りが上手なわけでもない僕は、気休めも、場を和ませることもできず、なにも口にできないでいた。
「……ごめんね、こんな話」
「いや、それは全然いいんだけど……」
問題なのは、聞かされたことではなく、選ぶ言葉が見つからないことだったから。
「うん、聞いてもらったらすっきりしたよ」
「本当?」
本当じゃなかったとして、いや、少しは気が晴れたのが本当だったとしても、現状は何も変わってはいなかった。
それに、僕もけっして他人事ではないのだ。
「本当だよ、それにきっと頑張っていれば……」
「頑張っていれば?」
「……きっと、なにかいいことがあるよ」
少し険しい顔をした後、少し微笑んで彼女は答えた。
「じゃあ、またね。話聞いてくれてありがとう」
そう言って、僕に手を振る彼女。
僕も手を振り返すけど、このまま見送ってしまうのは、あまりにも気持ちの悪いものを僕に残すことになる。
かといって、どうすることもできないのはたしかで。
「ね、ねぇ!」
考えるより先に、僕は西山さんを呼び止めてしまった。
「ん?どうしたの?」
数歩歩いた場所で、西山さんが振り返る。
「あ、えっと……」
声をかけてしまった以上、その先を紡がなければ。
急いで頭を働かせた僕は
「雑貨屋さんの場所ってわかる?」
と、自分本位の質問を投げかけていた。
西山さんは、すでに何度も街に出て、雑貨屋さんにも足を運んだことがあるらしい。
「そっか、順くんもおつかいだったんだ」
「も……ってことは、西山さんも?」
「うん、お夕飯の食材を買いにね」
「付き合ってもらって大丈夫だったの?」
「そう遠い場所じゃないし、ラゴルン家の人たちは優しいから」
「そっか」
さっきの話を聞く限り、確かに悪魔にしては優しすぎるくらいだと感じた。
問題なのは、倫理観や思いやりのような部分が、根本的に僕たちとは違うことで、裏を返せば、その問題だけでも解決できれば、西山さんは楽しく暮らしていけるはずなんだ。
「雑貨屋さんには、なにを買いに行くの?」
「ドナ家のお嬢様が、面白い本を所望でさ」
「面白い本?」
「うん。なんでも、人間の書く物語が好きなんだって」
「へ~、文学を愛している方なんだね」
「うーん、愛してはいるのかもしれないけど……」
その愛は、歪んでいると思う。
だけど、この歪みは、僕が人間だから感じている歪みであって、悪魔の世界ではまっとうな愛なのかもしれない。
「ねぇ、西山さん。ラゴルン家の人たちは、西山さんのことを好いてくれているんだよね?」
「え?……まぁ、嫌われてはいないと思うけど……」
「悪魔にとってはさ、さっき話してた、鬼ごっこや相撲も、スキンシップなんじゃないかな?」
「そりゃあ、悪気は感じなかったけど……」
「じゃあ、一度ちゃんと話してみた方がいいんじゃない?もしくは、ほかのスキンシップの形を提案してみるとか」
「正直、根本から違いすぎるから、話し合いでどうにかなる気はしないなぁ……でも、別のコミュニケーションを提案してみるのはいいかも!」
「邪険にされてないならさ、色々試してみてもいいんじゃない?」
「そうだね……うん、さっきまでは【もうダメだ】って気持ちに押しつぶされそうだったけど、少しだけ希望が見えたかも」
「それでもダメだったら……」
「ううん!やっぱり、順くんと話せて良かったよ!」
よかった。とりあえずは、元気になってくれたみたいだ。
きっと、無茶でもしない限り、西山さんの場合はこれ以上ひどい目に遭うことは無さそうだし、解決に向かえる可能性を提案できたのは、よかったのかもしれない。
無責任でも、言わないよりはよかったと思う、多分。
別のコミュニケーションについて、あれこれ相談しているうちに、目的の雑貨屋さんに到着した。
パッと見た感じは、その辺りにある建物と大きく変わらず、恐らく一人で辿り着くことはできなかっただろう。
「ありがとう」
「ううん、これくらいお安い御用だよ。じゃあ、私はそろそろ行くね」
「うん、気を付けて。それと、頑張ってね」
「ありがとう、順くんもね」
本当のことを言うと、店の中まで付いてきてほしかったんだけど、これ以上引き留めるのは申し訳なく感じた。
今日二度目の別れを交わし、僕は店のドアに手をかけた。
読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・金 21時)更新を予定しております。