いくつかの本を選び、レジに持って行ったところで、僕はこの世界のお金を持っていないことを思い出した。
取り置きを頼もうとしたのだが
『代金は結構ですよ』
返ってきたのはそんな言葉だった。
帰路につきながら、お店での店員さんとのそんなやり取りを思い出していた。
(食事に行った時も、ムニさんは顔パスだなんて言っていたっけ)
ドナ家の力なのだろうか?
この辺では力のある家だということは聞いていたし、僕を見る街の魔物の目なんかで、なんとなくそれを実感してはいたけど、ここまでだったとは。
剥き出しの本を手に持ちながら、見通しが良すぎるくらいの道を歩く。
既に街を出て、だだっ広い道をのんびり歩く。
【やるせなさを打ち消す特効薬は、怒りでした】
【男と女の愛憎劇、憎しみこそが人の持つ一番強い感情】
【私は、愛される能力を、お母さんのお腹の中に忘れてきてしまったみたいです】
(改めて見ても、悪趣味なラインナップだ……)
お嬢様の喜びそうな、という点のみに焦点を当てたチョイスだったが、これらをまとめて本屋で買う勇気は僕にはなかっただろう。
病んでいるのだろうか、なんて思われても仕方がない。
実際、本屋の店員がいちいちあらすじなどを確かめはしないだろうし、すべての本を網羅しているわけはないだろうから、いらない心配だとは思うけど、僕は好みの本や音楽なんかは、そのまま人の価値観なんかを表しているように感じられて仕方ないのだ。
しかし、お嬢様に喜んでいただけそうなものを選べたという自負はあり、足取りは軽かった。
自分で読むわけでもないのだから、僕がこの作品の内容に対して、どう思っているかなんていうのは、どうでもよかった。
(そういえば、誰かに贈り物をするなんて、いつぶりだろう)
一般的な贈り物とは訳が違うのは理解していたが、相手の好みを考え、なにかを選ぶという行為そのものが新鮮だった僕は、自分の記憶をたどってみた。
だけど、思い当たる経験はなく、僕は誰かにプレゼントを贈ったことがなかったことに気づかされた。
(酷い話だ……)
もしかしたら、今のそんな話も、お嬢様に聞かせてあげれば、喜んでもらえるかもしれない。
僕の認識が正しければ、こういうエピソードが大好物のはずだから。
そこまで下手に出る必要はないのかもしれないけど、いざというときのためにストックしておこう。
(なるほど、恐らくクリエイターという生き物は、こういうことを日々繰り返しているんだろう)
情けない経緯と、沢山の人に感動を与えているクリエイターを同列に扱うのは申し訳ない気がしたけど、大真面目にそう思ってしまったのだから仕方ない。
馬鹿げたことを真剣に考えているうちに、城はもう目の前だった。
ムニさんが従えているらしい門番の魔物にも少しは慣れた。
ほんの少しだけだけど。
おぞましい見た目と、なにを考えているか分からない無機質な目は相変わらず怖かったけど、襲ってくることさえなければ、どうということはないはず。
そう言い聞かせながら、小走りで門を通り過ぎ、お嬢様のいる部屋へ向かった。
読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・金 21時)更新を予定しております。