その日の作業を済ませ、小屋に戻った僕は椅子に腰かけ、小さな窓から外を見た。
結界が張っていようと、夜の帳には逆らえないようで、空は黒に染められていた。
月から注がれる柔らかい光に照らされていると、胸のモヤモヤが少しずつ晴れていく気がする。
とはいえ、あれが月かどうかは分からないのだけど、夜空に浮かび、存在感を示しているのだから、月ということにしておこう。
幸い、それは僕のよく知る月と何ら変わらない姿形をしていたし、赤や緑なんてへんてこな色をしてはいないのだから。
(お嬢様のお母様は、どのくらい重い病気なんだろう)
サグレナさんと話した時のことを思い出しながら、物思いに耽る。
他者や、その母親のことを気にしている余裕なんて無いのかもしれないけど、僕には全くの他人事だとは思えなかった。
そりゃあ、母親の死を見送るなんてことは、生きていればいつかは訪れてしまうことなんだろうけど、早すぎると思うから。
悪魔の寿命なんて知らないし、母親が何歳かすらも把握していない。
ただ、人間的な感覚に当てはめるなら、お嬢様はまだ未成年に見える。
遅かれ早かれ、なんて慣用句で片づけられる問題ではないはずだから。
月の光に引っ張られるように、僕が母親を亡くした時の記憶が、スルスルとよみがえっていく。
しかし、それは僕を動揺させるでもなく、ただただ俯瞰して見ているような。
母親の死を、僕は間近で見ていた。
目の前でぐったりしている母さんを必死で呼んだけど、返事もなにも返ってこないあのやるせなさは、ちょっと忘れられそうにない。
それでも、今更そのことで、改めて涙を流すことなんてなくなってしまった。
(もし自分の母親が亡くなってしまったら、悪魔も涙を流して悲しむのだろうか)
お嬢様が泣きじゃくっている姿は、ちょっと想像できなかったけど、足繁く病室に通っているのなら、彼女は母親を愛してはいるのだろう。
【母親を失う痛みを、あいつも味わえばいい】
そんな嫌な考えが、不意に僕の頭に浮かんできた。
僕はブンブンと頭を振り、それをかき消そうと努めたけど、脳裏にべったり張り付いてしまったように、その言葉が僕の中で存在感を増していく。
僕は、そんな風に思ってはいないはずだ。
今の僕のシチュエーションであれば、そう考える人もいるだろうといった、言うなれば、誰かの考えが頭の中に飛び込んできたような、または、僕の中の悪魔に耳元でささやかれたような。
(悪魔……)
魔界の瘴気にでも当てられたのだ。
これといった長所があるわけじゃないけど、僕はそんなことを考えるような人ではないはずだとは思いたい。
「……寝よう」
大抵の嫌な気持ちというのは、一晩寝てしまえば、少なくとも今よりはマシになるものだ。
月光に沈めてもらったはずの胸のモヤモヤは、また僕の心を蔽い、眠りにつくまで離れてくれることはなかった。
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