「それが、面白いことなんですか?」
自分でも驚くくらい、裏表のない疑問符だった。
嫌悪感のようなものをにじませるのが正解なのかもしれなかったけど、純粋に、悪魔にとってはそうなのか気になったのだ。
「当然だろ?……まさかとは思うが、説教しようってのか?」
「いえそんな……ただ、人間の感性とは違うなぁって」
「そうなのか?お前もフェリムにはいいように使われてるんだろ?そんなやつの不幸は人間から見ても、十分面白いと思うがな」
フェリムというのは、文脈から察するに、お嬢様の名前だろう。
しかし、今の僕にとって、それはそんなに大切な情報ではない。
嫌いな相手の不幸を喜ぶ。
たしかにそれは、人間にとってもよくある感情の動きだ。
殺されかけたり、雑に扱われたりしたし、僕はお嬢様を憎んで当然なのかもしれない。
けれど、良くも悪くも、お嬢様に対して何か大きな感情を持っているかというと、そうでもない。
お嬢様はそういうキャラクターなのだと、なんだか俯瞰的にものを見ている僕がいるんだ。
それに、僕自身が奴隷という立場に置かれていることもあり、どこか仕方のないことだと考えていたんだ。
笑われたり、馬鹿にされたりすると、そりゃあムッともするけど、心底恨めるほど、酷い境遇にはなっていないと思う。
少なくとも、今のところはだけど。
「たしかに、そう感じることもありますけど、僕はそこまでお嬢様を恨んではないです。……グアンさんは恨んでるんですか?」
「恨む?そんな言葉じゃ足りねぇよ」
静かに、そして確かに怒りをにじませる声色で、グアンは言った。
威圧する意図はないと思うけど、眉間にしわを寄せ、歯を食いしばった口元からは、牙が顔を覗かせ、その表情からは、お嬢様に対する大きな敵意が感じられ、僕がその怒りの対象になっているわけではないのに、ひるんでしまう。
「その、どうして恨んでいるのかって、聞いてもいいですか?」
「あぁ!?」
大きな声で反応したグアンに、ますますひるんでしまい
「す、すみません!話したくないなら結構です!」
と、慌てて謝罪する。
「……チッ。長いこと召使いやらされてたんだ。むかつきもするだろ」
吐き捨てるようにそれだけを言うと
「じゃ、俺はやることがあるから。お前も今なら逃げられるぜ?」
「え?」
「フェリムの親が死んだんだから、契約も破棄されたはずだ。あの契約はこの家と結ぶものだからな。その証拠に、ほら」
そう言いながら、顎をクイッとやるグアン。
それに促され、僕は自分の手を確認すると
「あっ!」
刺青のように刻まれていた紋章が消えていた。
「な?よかったじゃねえか。あとはまぁ好きに生きろや」
そう言い残したグアンは、翼を大きく動かし、空へと飛んで行った。
僕はその姿を見送った後、自分の気持ちと向き合ってみた。
たとえ今ここで逃げ出したとして、生きていけるのだろうか?
罪にならなかったとしても、働く場所も住む場所もない僕が、見知らぬ世界で一人、生きていけるとは思えなかった。
かといって、ここでずっと安全に暮らしていけるとも限らない。
小屋に残されていた、誰かの悲鳴を書き記したような落書き。
あれは明らかに異常だったし、ここでの生活が危険だと判断するには、十分すぎる気がする。
それに、お嬢様が帰ってきて、両親を亡くしたストレスを、僕にぶつける可能性だってある。
(…………)
ここに残るのも、逃げ出すのも、どちらの選択肢も怖かった。
頑張ってこの世界で生きる。
そう決めたのはいいけど、この場合、頑張って生きるのはどちらを選べばいいのだろう。
お城から逃げ出して、手探りのままどうにか生き延びていくことも、頑張っていると言えるだろうし、ここに残って従事することだって、頑張ってると言えるはずだ。
(お嬢様たちが帰ってきてから、様子を見て判断しよう)
普通なら、両親を亡くしてすぐは、ショックでそれどころじゃないはずだ。
もっとも、悪魔という生き物は、僕の考える普通とは違うってわかってはいたけど、問題を先送りにしてしまう悪い癖が生んだ、逃げるでも残るでもなく、様子を見るといった三つ目の選択肢を選ぶことにした。
読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・金 21時)更新を予定しております。