いつものように、城の庭に茂った雑草と向かい合う。
しかし、内心はいつも通りとはいかないようで、いつ帰ってくるのか分からないお嬢様の帰りを、僕はそわそわしながら待っていた。
そういえば、グアンはお嬢様のご両親が亡くなったって、どうして知っていたんだろう?
さっき城に来ていた悪魔が教えてくれたのだろうか?
僕はてっきり、こちらの世界のことは分からないけど、そういうのって容態が怪しくなった時点で声をかけてくれるものじゃないのか?
もっとおかしいのは、父親の方だ。
僕がサグレナさんに詳しいことを聞いていなかっただけで、こちらも前々から体調を崩していた可能性もなくはないのだろうけど、恐らく一晩で両方が亡くなられたなんて、どう考えてもおかしいと思う。
(……殺された?)
なにやら政治的事情で、ドナ家が邪魔になり、始末した。
暗殺なんて非現実的だとは思うけど、図ったようにふたりともが同じ日に病死という出来事は、もっと非現実的だと思う。
(だとしたら、やっぱり……)
そう、ここは魔界なのだ。
それが最後のピースになり、僕は嫌な答えにたどり着いてしまった。
「あ!サボってる!」
突然の大声に、僕は全身でびっくりしてしまった。
恐る恐る振り返ると、トレイを手に持ったムニさんがいた。
「あれ、寝るって言ってませんでしたっけ?」
「そのつもりだったんすけど、料理長につかまっちゃって、奴隷にご飯を渡してこいって。でも、サボってる奴隷にご飯はあげられないっすね」
いたずらっ子のようにニヒヒと笑うムニさん。
「サボってたんじゃなくて、その、考え事をしてて……」
うん、口に出してみて思う。
お手本のような言い訳だし、サボっていたと捉えられて当然だったな、と。
「なにを考えてたんすか?」
意外にも、ムニさんから出た言葉は、言い訳への追撃ではなく、シンプルな疑問だった。
「その、お嬢様の両親が亡くなられた件について、です」
「えっ!?死んじゃったんすか?」
初耳だといったような反応のムニさんを前にして、はたしてこれは伝えてよかったのだろうかと不安になった。
まぁ、遅かれ早かれ知ることにはなるだろうし、問題はないだろうけど……。
「さっきグアンさんがきて、そう言ってました」
「へぇ~……ん?てことは、ムニは自由ってことっすか?」
「そうなんですかね?そうだ、見てください。僕の手の甲にあった紋章が消えてるんですよ」
「おぉ!じゃあ……」
そう言うと、ムニさんはメイド服のようなお洋服のリボンをほどき、そのままそれを脱いでしまった。
突然の出来事で、呆然としてしまった僕は、気を利かせて目を向けることもできず、その光景をただ見ていた。
あられもない姿……とまではいかず、キャミソールと、部屋着のような短パンへと姿を変えた。
(下着姿ではなくても、これはこれで、掻き立てられるものがあるなぁ)
馬鹿みたいなことを真剣に考えていると
「ほんとだ!紋章が消えてるっす!」
キャミソールを少しめくり、脇腹の辺りを撫でながら、驚き、喜ぶムニさん。
今ここで起こっていることは、僕の未来にもかかわるくらい重要なことだと頭では分かっているけど、僕は、ムニさんのおへそから目が離せないでいた。
こんな時に馬鹿なことを、と思う自分と、プリミティブな欲求に抗えない自分がいた。
ムニさんは、地面に置いてあったメイド服を掴み、勢いよく肩にかけた。
サラリーマンがスーツの上着をそうするのはよく見たことがあるけど、メイド服バージョンは新鮮だった。
「よーし!遊ぶっすよー!」
夏休み初日の小学生にも引けを取らないくらい、元気よく宣言するムニさん。
「ちょ、ちょっと待ってください!……出ていっちゃうんですか?」
「当たり前じゃないっすか。紋章が消えてるってことは、契約が破棄されたってことっすから」
「せめてお嬢様が帰ってくるまで待っても……」
「また契約する羽目になったらどうするんすか!それにムニ、あの子嫌いっすもん」
ぶすっと唇を尖らせるムニさん。
グアンもそうだったけど、お嬢様はこのふたりをどんな風に扱っていたんだろう。
(僕もいつか、こんな風に恨みを募らせる日がくるのかな)
さっき出した結論が、早くも揺らぎ始める。
やはり、ここに残るのは間違いだった気がしてくる。
「じゃ、ムニはもう行くっす!契約が切れた後に受けた命令だったみたいっすけど、そのご飯は食べていいっすよ!ムニの最後の仕事っすから、味わって食うんすよ」
上機嫌なムニさんはそんな言葉を残し、鼻歌を歌いながらお城に戻っていった。
(……出ていく準備をするんだろうな)
寂しいような気もしたけど、引き留める義理もないし、引き留めようとしたとて、それは叶わないだろう。
楽しげな雰囲気をまとわせたムニさんの背中に、決心を揺らがされるのを感じながら、僕は彼女を見送った。
読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・金 21時)更新を予定しております。