(さて、いつもなら食べ終わったトレイは小屋の前に置いておくことになっているけど……)
非常事態と言って差し支えないと思うし、なにより、使用人であるムニさんは城を出る準備のため部屋に戻っちゃったし、あの口ぶりから察するに、もう業務はしないだろうし、サグレナさんはお嬢様と一緒に出かけてしまっている。
それを知りながら、いつものように置きっぱなしにしておくのは、単純に気が引ける。
料理長がどんな方なのか、全くわからないのは少し怖いけど、わからないからこそ、フレンドリーな方である可能性も秘めている。
楽観的かもしれないけど、少なくとも、料理が好きだから、料理長として務めているはず……だよな?
研修の時に、そんな話を聞いた。
今働いている悪魔たちは、本当にやりたいことをやっている者と、街として機能させるべく、ドナ家の旦那様が管理してきて今がある……と。
料理長はどちらだろうか?
しぶしぶここで働かされているのか、料理が好きで雇われることになったのか。
グアンやムニさんを見ていると、どうしても前者のような気がしてならない。
(奥様と旦那様が亡くなられたと知ったら、ふたりのようにここから去ってしまうかもしれない)
そうだ、去ってしまうかもしれないのだ。
短い期間ではあるけど、食事の用意をしてもらったお礼を言えずに、姿すらわからないままにいなくなってしまうかもしれない。
(そういえば、いなくなってしまうという出来事に気を取られ、ムニさんにもグアンにも、今までのお礼、言えなかったな)
ムニさんは、まだ城内にいるかもしれない。
料理長が話の通じそうな相手なら、ムニさんの部屋まで案内してくれるかもしれない。
とにかく、僕の今やるべきことは、料理長に会ってみることだろう。
トレイを持って、なんとなく把握していた調理場の裏口へと向かう。
食事を持ったサグレナさんがここから出てくるのを、何度か見たことがあったのだ。
扉の前に立った僕は、深呼吸をし、ノックをしようとした。
しかし、それをするより前に扉は勢いよく開かれ、僕は思い切り頭を打った。
(こっちにきてから、扉には縁がない気がする……)
死んですぐの部屋では、開けようとした扉はグアンに先に開けられたし、お嬢様の部屋は、お嬢様の合図で開けさせられることがほとんどだったし、川に通じる扉が開かなくなった時も、扉に吹っ飛ばされた。
今頭を襲った痛みより、最近こんなことばっかりな気がするということを、変に冷静に思い出していた。
「なにやってるんすか?」
扉の向こうから現れたのは、ムニさんだった。
街の悪魔も身に着けていたような、恐らくこちらの世界での普段着のような、カジュアルな格好で。
肩に布袋を担ぎ、出ていきますと言わんばかりの装いだった。
「いえ、料理長にトレイを返しに」
打ち据えた部分をさすりながら、僕は答える。
「そっすか。じゃあ、ムニは行くっす!」
「あ!ちょっと待ってください!」
「どうしたんすか?引き留めても無駄っすよ」
「いえ、その……短い間ですが、お世話になりました」
「あぁ……多分っすけど、なんだか今の、人間っぽいっすね!どういたしましてっす!」
ヘンテコな感想を僕に与えたムニさんは、決して大きくはない翼を動かし、そのまま空へ飛び去って行った。
悪魔というのは、みんな空を飛べるのだろうか?
(まぁ、そのための翼なんだろうけど)
慌ただしく変わっていく日常の中で、少ない選択肢の中でもがいている僕には、それがとても羨ましかった。
ムニさんの飛んでいく姿を、そんなことを考えながら眺めていると
「あれ?あなたは……奴隷の方?」
不意に背後から声をかけられた。
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週二回(火・金 21時)更新を予定しております。