悠の朝はあんなやみくると比べて早い。
まず探偵事務所の洗面所で洗顔と歯磨きをし、全員分の朝食を作るのだ。基本的にキュアット探偵事務所の料理は悠が作っているが、堂島家において料理をすることが多かった悠にとって苦ではなく、むしろ手馴れている方だ。
洗顔と歯磨きを終えた悠はプリキットグロスを取り出し、それを自身の唇に塗る。すると光に包まれた悠は次の瞬間、『14歳の鳴上悠司』の姿へと変わっていた。
「…よし!」
こうして今日も、鳴上悠司としての一日が始まるのであった。
「う~ん!今日もはなまる美味しい!」
「うん!いつもありがとうございます、悠司君!」
「どういたしまして」
どうやら悠司の料理はあんなとみくるにも好評のようだ。
「僕の分はいいって言ったのに…」
「ジェット先輩、昨日もそう言って朝食を食べなかっただろ?今日くらいは食べないと身体を壊すぞ」
「そうだよ!それに悠司君の料理って、はなまる美味しいんだから!」
「まぁ、こいつの料理が美味いのは認めてるけどさ…」
どこか照れてはいるが、少なからずジェットも悠司が作る料理を認めているようだ。
『シルクのような口どけ。あーん…私はこれ、シルキーアイス』
すると事務所のテレビから女性の声が聞こえてきた。今テレビに流れているのはアイスのCMで、そこには一人の女性の姿があった。
「あっ!昨日のドラマに出てた人だよね!」
「うん!私この人大好き!」
「この人…」
テレビに映る女性を悠司はジッと見ていた。
「そういえば悠司君、昨日早く寝ちゃったんでしたよね…この人は…」
「知ってる。家入しるくだろ?」
「知ってるんですか!?」
「俺がいた2012年でも活躍してた俳優だからな。俺の後輩も一回共演したことがあるって言ってたよ」
「悠司君って、芸能人の後輩がいるんですか?」
「…あっ!ひょっとして、りせさんの事?」
するとあんながある人物の名を出してきた。
「あんな、りせを知ってるのか?」
「うん。私がいた2027年だと人気の俳優さんだったよ。それに悠司君…鳴上先生が高校時代の後輩だったって教えてくれたんだ」
「そうか…あいつも未来で頑張ってるんだな」
久慈川りせ。悠がいた時代では人気アイドルとして活躍していた少女だ。ところが突如休業し、祖母がいる八十稲羽に住むことにした彼女はそこで悠と出会い、ある事件を解決する為に悠が率いる『自称特別捜査隊』の一員になった。それから色々あり、りせは芸能界に復帰すると決意したのだ。
余談だが、りせも悠に好意を抱く女性の一人だったりする。
「あんなと悠司君がいた時代でも人気の俳優さんっているのね」
「ねぇ、ジェット先輩は家入しるくさんの事をどう思う?」
「えっ!?…ま、まぁまぁじゃないか?」
「…その割には、さっきいの一番にテレビを見てたけどな」
「お、お前!見てたのか!?…あっ」
「フーン…ジェット先輩も案外ミーハーなんだ」
「う、うるさい!それより早く学校に行けよ!遅刻するぞ!」
「それもそうだな」
それから朝食を済ませた三人はポチタンを連れて学校へと向かったのだった。
「あわわ…本物の家入しるくだ…!」
「まさかこの学校に来るなんてな…」
ここはまことみらい学園の敷地内。そこにある植込みの裏に隠れながら悠司達が見ていたのは、先程話題にもなった家入しるく本人だった。しるく以外にも数名のカメラマンやスタッフの姿もあった。
「そもそも、どうして家入さんがここに?」
「番組の撮影なんだって!」
「あっ!ひょっとして、『学校でTRY!』かな?」
「学校でTRY?」
「芸能人が学校へ行って、そこの生徒達と色んなことをする番組の事です」
悠司の疑問にみくるがそう答えた。
「新入生の歓迎会で演劇部が劇をするんだけど、役者のしるくさんが協力して劇を盛り上げるんだって!」
「それじゃあ、しるくさんとお話しできるのは演劇部だけなんだね…」
「そういえば、りえって確か演劇部…大丈夫か?」
悠司の視線の先にはブルブルと震えているりえの姿があった。
「ほ、ほほほ、本物のしるくさんとお話し!ちゃ、ちゃんと出来るかな!?」
「しるくさんって、りえの憧れだもんね…」
「あわわ…!」
『これより、番組の撮影を始めます。演劇部の皆さんは部室に集まってください。繰り返します…』
「とにかく、まずは落ち着け」
「そ、そうだよね!じゃあ行ってくる!」
そう言ってりえは演劇部の部室へ向かっていった。
「凄いよ!あんなに緊張してたりえが笑ってる!」
「…余計な心配だったかもな」
あれからりえが心配になり、演劇部の様子を見に来た悠司達だったが、その心配は杞憂に終わっていた。緊張していたりえを見たしるくが『しるく体操』という自身の緊張をほぐす為の体操を演劇部に教え、それによりりえと他の演劇部員の緊張もほぐれていた。
それから番組の収録が始まった。収録では演劇部が劇の内容を話しており、その内容はシンデレラが魔法使いの間違いで1999年のまことみらい市にタイムスリップしてしまい、そこで出会った女子中学生と力を合わせて舞踏会へ行くために奮闘する、というものらしい。劇に使うドレスもあり、そのドレスは代々演劇部で使われてきたという物だそうだ。
それから休憩時間になり、悠司達はしるくの控室の前まで来ていた。
「今がチャンスじゃない?サイン貰おうよ!」
「でも、休憩中じゃ迷惑じゃないかな?」
「それもそっか…」
「…よし」
そう言って悠司は控室をノックした。
「ゆ、悠司君!?」
「なにしてるんですか!?」
「二人は家入さんのサインが欲しいんだろ?」
「それはそうだけど…」
「サインが欲しいの?」
「まぁ、欲しいですけど…え?」
「みくる?…あっ」
控室を見て固まるみくるが気になって控室を見るあんな。そこにいたのは扉を開けてこちらを見ていたしるくだった。
「…ほら」
「…あの、しるくさん!」
「休憩中にすみません!その…」
「「サインしてもらえませんか?」」
「…喜んで!」
こうして控室に入れてもらった三人。早速あんなとみくるはプリキットブックを取り出し、そこにサインを書いてもらった。
「可愛い手帳だね!」
「プリキットブックって言います」
「探偵をしているときに使ってるんです」
「探偵?」
「私達!」
「こういう者です!」
二人はそれぞれの名刺を取り出してしるくへ渡した。
「キュアット探偵事務所?…探偵さんなの?」
「はい!」
「それから、俺は二人の助手です」
そう言って悠司は自身の名刺をしるくに渡した。
「鳴上悠司君か…カッコイイ助手君だね」
「えへへ~!」
「やっぱりわかっちゃいます?」
あんなとみくるはどこかデレデレしながらそう口にしていた。
「カッコイイのは家入さんですよ。さっきだって、りえや他の演劇部員達の緊張をほぐしてあげたじゃないですか」
「さっきの見てたんだ…私もね、本番前は足がガクガクしちゃうし、カメラの前に立つと頭が真っ白になっちゃうんだ…そういう時は、身体を動かして緊張をほぐすの!さっきやったのはしるく体操第一!勿論第二、第三もあるよ」
「…家入さんもちゃんとプロなんですね。やっぱりあなたはカッコイイです」
「しるくで良いよ!私も悠司君って呼ぶから!あなた達の事もね、あんなさん、みくるさん!」
「わかりました、しるくさん」
「あわわ…しるくさんに名前で呼ばれちゃった…!」
「はなまる嬉しいです!」
「フフッ…ところで、探偵さんへの依頼って沢山来るの?」
「それが…中々依頼は来ないんです…」
「やっぱり、私達が中学生だからかな…?」
「二人とも、そんな事は…」
悠司が意気消沈気味な二人に何か言おうとするが、その前にしるくが二人の前に歩み寄り、人差し指で優しく二人の額を小突いた。
それを見ていた悠司の脳裏には、ある人物との会話が過っていた。
----------
『先輩って、しるくさんの事は知ってるよね?』
悠がいた時代から約一年前の八十稲羽。悠に話しかけていたのは、この時点では休業中の人気アイドルであり、悠にとって可愛い後輩の一人でもある久慈川りせだ。
『家入しるくの事だろ?有名人だからな』
『そ!私も一回CMで共演したんだけど、すっごくカッコよかったんだから!私が芸能界で一番尊敬してる人だったな~』
『りせがそこまで言うなんて、余程凄い人なんだな』
『うん!…私ね、そのCMが初めての撮影だったから緊張しちゃって、ミスばっかりしちゃったの…休憩中にしるくさんが励ましてくれたんだけど、私にCM撮影なんて出来ないって漏らしちゃったんだ…でもしるくさん、私のおでこを軽く突いて、こう言ってくれたの!』
----------
「決めつけちゃダメ!」
しるくはそう言い、ウィンクをしたのであった。