ここまで『館林見晴は、伝説の木まで歩いていく』を読んでくださり、本当にありがとうございました。
今回の『館林見晴は、伝説の木まで歩いていく』は、一言で言うなら「見ているだけだった少女が、自分の足で名前を届けに行く物語」でした。
今作の核は、やはり「歩く」です。
館林見晴というキャラクターは、原作でも“主人公を見ている少女”として非常に強い個性を持っています。けれど、そのまま書くと、どうしても「遠くから見ている」「偶然ぶつかる」「逃げる」という受け身の印象が強くなります。
そこで今回は、彼女の三年間をただの片想いとしてではなく、
見ていた。
名前を知っていた。
でも呼べなかった。
近づきたかった。
でも逃げていた。
という積み重ねとして描き、最後にその全部を抱えたまま、自分の足で伝説の木まで歩いていく形にしました。
この作品で重要だったのは、見晴の恋を綺麗な偶然だけにしないことでした。
一年の春は偶然だった。
でも二年の冬は、会えるかもしれないと思っていた。
三年の秋は、佐伯くんがそこを通ることを知っていた。
この整理はかなり大事でした。
見晴の恋は純粋ですが、完全に綺麗なだけではありません。臆病さもあるし、逃げ癖もあるし、偶然のふりをした接近もある。それを本人が最後に認めるからこそ、「見ているだけでは何も届かない」という言葉に重みが出ます。
そして今作では、主人公側の佐伯達也もかなり慎重に扱いました。
達也は、急に見晴を好きになったわけではありません。
彼は藤崎詩織を特別だと思っていた。
でも、その特別に名前をつけないまま三年間を過ごした。
幼馴染という近さに甘え、関係を変えないまま卒業式を迎えようとしていた。
その達也が見晴に向かう理由は、恋愛の乗り換えではありません。
自分の三年間に確かにいたはずの少女を、名前のないまま卒業で消したくない。
自分が何も見ていなかった三年間を、今度こそちゃんと見たい。
この動機にしたことで、詩織への時間も軽くならず、見晴への接近も唐突にならないようにしました。
達也の返答も、ここはかなり気をつけました。
「俺も好きだ」とすぐに返すのではなく、
今すぐ、同じ言葉を返せるほど、俺は館林さんを知らない。
でも、館林さんのことを知りたい。
という形にしています。
これはかなり誠実な返答だと思っています。
見晴は三年間、達也を見ていました。
でも達也は、ようやく見晴を見始めたばかりです。
だから、同じだけの感情をすぐ返すのは違う。
けれど、見晴が歩いてきたことは受け止めたい。
そして、これから知りたい。
この距離感が、今作のラストには一番合っていると考えました。
また、藤崎詩織の扱いも今作では重要でした。
『藤崎詩織は、伝説の木の外に立つ』を書いた後なので、今回も詩織が伝説の木の外側にいる構図になると、「また詩織さんが外側なのか」と見える可能性がありました。
ただ、今回は詩織を負け役として置いたわけではありません。
詩織と達也は、近すぎたからこそ何も確かめなかった二人です。
幼馴染という関係は安全で、壊れにくく、優しい。
でも、その優しさの中で、二人は関係に名前をつけないまま三年間を過ごしました。
それは罰ではありません。
間違いとも言い切れません。
それもまた一つの選択です。
ただ、その選択の結果として、卒業式の日、伝説の木まで歩いたのは館林見晴だった。
詩織はそれを偶然見てしまう。
そして、見てしまった以上、目を逸らさなかった。
この形にしたことで、詩織は敗北者ではなく、見晴の一歩を否定しない証人になりました。
今作の構造としては、
第1話で、見晴は名前を呼べない。
第2話で、達也はぶつかった少女を思い出す。
第3話で、詩織は視線の行き先を見る。
第4話で、見晴は見つけられるのを怖がる。
第5話で、達也は館林さんと呼ぶ。
第6話で、詩織は特別の名前を知らなかったことを受け止める。
第7話で、見晴は伝説の木まで歩いていく。
エピローグで、見晴は隣を歩く。
という流れになっています。
特に好きなのは、第5話から第7話への段階です。
第4話で見晴は逃げる。
第5話で見晴は立ち止まる。
第7話で見晴は歩く。
この三段階がかなり綺麗に決まったと思っています。
いきなり勇気を出して告白するのではなく、まず名前を呼ばれ、逃げずに返事をし、そして最後に自分から歩く。
この段階があったからこそ、最終話の「佐伯くん」が届いた瞬間に意味が出ました。
そしてエピローグでは、伝説の木まで歩いた見晴が、今度は佐伯達也の隣を歩きます。
ここで二人を完成された恋人同士にはしていません。
まだぎこちないです。
まだ歩幅も合いません。
見晴はまだ緊張していますし、達也も彼女を知り始めたばかりです。
でも、見晴はもう遠くから見ているだけではありません。
隠れずに待ち合わせ場所に立つ。
自分の行きたい場所を言う。
佐伯くんの隣を歩く。
この小さな変化こそ、館林見晴にとっては大きな成長です。
この作品は、伝説の木の下で結ばれる話というより、伝説の木まで歩く話でした。
見ているだけだった少女が。
名前を呼べなかった少女が。
偶然のふりをしていた少女が。
逃げてばかりだった少女が。
最後に、自分の名前で、自分の声で、自分の足で、伝説の木まで歩く。
その姿が見たくて、この話を書きました。
『藤崎詩織は、伝説の木の外に立つ』が、何もしなかった少女が自分の結果を受け止める物語だったとするなら。
『伊集院レイは、伝説の木の下で少女になる』が、隠していた少女が自分として立つ物語だったとするなら。
『館林見晴は、伝説の木まで歩いていく』は、遠くから見ていた少女が、自分の足で関係を始めに行く物語です。
伝説の木は、到着点であり、始まりの場所でもあります。
館林見晴は、そこまで歩いてきました。
そして最後に、隣を歩き始めました。