技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
第1話
後世の歴史家たちは、一年戦争の緒戦におけるルウム戦役を、モビルスーツという新兵器が大艦巨砲主義を過去のものに追いやった決定的な戦い、と一言で片付ける。赤く塗られた機体で五隻の戦艦を沈めた男の伝説や、人型兵器の圧倒的な機動力がもたらした戦術的パラダイムシフト。教科書に踊る言葉はどれも華やかで、耳に心地いい。
だが、その狂騒の影で、どれほどの新兵器がまともな評価も与えられないまま産声を上げ、そして誰の記憶にも残らずに儚く消えていったか。それに関心を寄せる者は、今や物好きな戦史研究家やマニアを覗いてほとんどいない。歴史とは常に、都合よく編纂された結果の網目に過ぎないからだ。
第603技術試験隊。
それが、私がかつて身を置いた部隊の名だ。世間からは失敗作の展示場、欠陥兵器の墓場、あるいは死神の餌場などと揶揄された組織。技術本部以外の軍の上層部からは、まともに使えるか分からない試作品の実験データ回収班だと見なされ、前線の兵士たちからは旧時代の遺物にしがみつく技術屋の集まりだと笑われた。
だが、あそこにいたのは、誰よりも愚直で、誰よりも誇り高い本物の軍人たちだった。
髪に白いものが混じる年齢になった今でも、古い手記を開くたび、あの冷たく、しかし奇妙なほど熱を帯びていた宇宙の記憶が鮮明に蘇る。老いた私の細くなった腕は、もうモビルスーツの重いレバーを引く筋力など残していないというのに、目を閉じれば、超硬スチール合金が放つ金属の匂いや、コックピットを震わせる土星エンジンの狂おしい咆哮が、昨日のことのように耳の奥で鳴り響く。
あの日、私たちは確かに歴史の一番槍を担っていた。連邦の傲慢な艦隊の脇腹に、技術者たちの執念が産んだ大蛇の牙を突き立て、戦場の主役が誰であるかを証明してみせたのだ。たとえその事実が、のちに現れた赤い英雄の輝きによって塗り潰され、公式記録の隅にすら残らなかったとしても、私たちが挙げた戦果と、散っていった老兵の誇りだけは、誰にも汚させはしない。
すべての始まりは、宇宙世紀0079年1月。ルウムの暗黒宙域だった。あの地獄のような戦場へと私の記憶が巻き戻る時、いつも最初に思い出すのは、私自身の不器用な着任の日のことだ。
宇宙世紀0079年1月7日。ルウム宙域の辺境に広がる暗黒の海は、いかなる星々の輝きをも吸い尽くすかのような、絶対的な虚無を湛えていた。
当時、地球連邦政府からの独立を宣言したジオン公国と、それを阻まんとする連邦との間で勃発した未曾有の大戦は、一週間戦争という凄惨な前哨戦を経て、今まさにルウム戦役という後年にまで語られ続ける決定的な激突の瞬間を目前に控えていた。第一次ブリティッシュ作戦が決行され、各地で電撃的奇襲作戦を行ったジオン軍艦隊が、次なる作戦である世紀の大会戦へ向けて着々と集結しつつあった。この時は既に1基のコロニーが制圧され、核パルスエンジンを付けられて地球に向かい加速していることなど殆どのものは知らず、戦前の不気味な静寂が支配するその暗闇の中に、一隻の歪な巨船が潜むように漂っている。
ジオン公国軍宇宙攻撃軍、第603技術試験隊の母艦――試験支援艦『ヨーツンヘイム』
元は民間船籍の地球〜サイド3間の定期航路輸送を請負う連絡貨客船であったその船は、開戦に伴う軍の徴用を受け、突貫工事による兵装化を施されていた。船体のあちこちには、民間の商船であった頃の無骨で機能本位な構造がそのまま残されており、急造された対空機関砲座や通信アンテナの群れが、その急造の軍用艦としての姿をより一層強調している。純粋な軍艦であるムサイ級巡洋艦のような美しい流線型や洗練された戦闘美はどこにもなく、あるのは動く技術研究所、あるいは兵器の実験場という、軍の主流派からは所詮は技術屋共の玩具箱と白眼視される日陰者の佇まいだけだった。
そのヨーツンヘイムの左舷側には、今やジオン公国軍の宇宙輸送を支える大動脈でありながら、その老朽化が隠せなくなりつつある旧式の補給艦パプアが、無数のワイヤーと連絡チューブによって固く接舷されていた。
パプアの巨大な物資格納庫からは、両艦の間に渡された頑丈なクレーンアームと電磁誘導レールを伝って、巨大な金属の塊が次々とヨーツンヘイムの開放型コンテナベイへと運び込まれていた。
それは、ジオン公国軍の上層部が、対連邦軍艦隊戦の切り札として秘密裏に開発を進めていた試作艦隊決戦砲『QCX-76A ヨルムンガンド』のパーツ群であった。
分割された超長大な砲身、莫大なエネルギーを蓄えるための超伝導フライホイール・ジェネレーター、ザク3機分のコストと引き換えに、理論上は一発で連邦軍の戦艦をその装甲ごと蒸発させられる規格外のプラズマ融合弾。どれひとつをとっても、通常のモビルスーツや巡洋艦の規格には到底収まらない怪物の骨格であり、それらを慎重に搬入する作業は、極限の緊張感を伴っていた。
ヨーツンヘイムの広大な格納庫内は、巨大なヨルムンガンドを受け入れるために完全に減圧され、冷徹な真空の空間と化していた。そこでは、ノーマルスーツに身を包んだ技術兵たちが、空間を浮遊しながらインカム越しに慌ただしく指示を飛ばし合っていた。
「おい、右舷側の第三固定クランプの磁気軸を合わせろ! ほんの数ミリでもズレて、荷物に傷が入ったらおやっさんにぶっ殺されると思え!」
「分かっている! だが、パプアから送られてくる燃料ホースの結合部が旧式すぎて、圧力が安定しないから船体が微振動してんだよ! ったく、あんな骨董品の補給艦をいつまで使わせるつもりだ、軍の上層部は!」
技術兵たちの口から漏れるのは、軍の主流派である艦隊派やモビルスーツ部隊への僻みと、自分たちに与えられた不遇な機材への愚痴ばかりだった。公国軍の予算と最新技術は、今やザクと呼ばれる人型兵器の量産へと最優先で投入されており、ヨルムンガンドのような大艦巨砲主義の延長線上にある試作兵器や、それをテストする第603技術試験隊には、前線の使い古しや、旧型の補給艦しか回されてこないのが現実だった。
搬入に携わっている彼らは軍人でありながら、本質的には職人気質の技術屋だった。だからこそ、自分たちが扱っている兵器の価値を、そして割を食わされている不遇な現状を、さらにはそれを認めようとしない軍という組織の冷酷さを、誰よりも理解していた。
その慌ただしく無音の作業が続く格納庫を見下ろす高架連絡通路を、パプア側の連絡艇から移乗してきたばかりの二人の士官が歩んでいた。
一人は、完全密閉されたノーマルスーツに身を包み、真空の通路を確実な足取りで進む女性士官である。モニク・キャディラック特務大尉。彼女は総帥府からこの第603技術試験隊へ、兵器の運用評価とお目付け役として配属されたばかりの、生粋のジオニストでありエリート士官だった。
ヘルメットのバイザー越しに見える彼女の冷徹な美貌には、総帥府の期待を背負った試作兵器を扱うにはオンボロな船と、そこで働く軍人らしからぬ気怠さと妥協が漂う乗組員への不快感が、隠しようもなく刻まれていた。
「これが、公国軍の最新兵器を試験する部隊の有り様か。まるで、うらぶれた民間のスクラップ工場だな」
モニクはスーツ内の無線回線を通じて、同行する若い士官へ向けて吐き捨てるように言った。艦長への着任挨拶に向かう途中であったが、格納庫のあまりの無秩序ぶりに、足を止めずにはいられなかったのだ。音を伝える空気のない真空の通路において、彼女の声はワイヤレスのインカムを通じて冷たく鼓膜を揺らした。
その言葉を同じく無線で受け取ったもう一人の士官は、ヘルメットの透明なバイザーの奥で、緊張に強張った表情のまま、格納庫を埋め尽くす巨大なヨルムンガンドのパーツ群を見上げていた。ヒデト・ワシヤ中尉。技術試験隊のテストパイロットとして、彼女と同時にこの艦へ着任した青年将校だった。
ワシヤは、まだ自分に割り当てられた搭乗機はなく、何故か知らないが総帥府のエリート士官様の副官的な扱いでこの艦へとやって来ていたが、しかしこの時点では、これから始まる大決戦への不安と、特殊すぎる部隊の雰囲気に完全に圧倒されていた。
「は、はあ……。確かに、主力艦隊のドックとはずいぶん雰囲気が違いますね。ですが、あの試作兵器の砲身、近くで見ると凄まじい威圧感です。本当に、あれで連邦の戦艦を遠距離から一撃で仕留められるんでしょうか」
「技術本部の言うことが本当であれば、な」
モニクは冷ややかに応じた。
「だが、どれほど優れた机上の計算であっても、それを扱う人間の規律が緩んでいては意味がない。この艦の連中はダラけていて軍人としての自覚が足りん。艦長への挨拶が済んだら、すぐにでも締め直さねば」
二人が通路を進み、ブリッジへ続く中央エレベーターへ向かおうとした、その時だった。
無音の格納庫を満たしていた作業用の照明が突如として一斉に消灯し、代わりに頭上の非常用赤色灯が獰猛な光を放ちながら回転を始めた。同時に、彼らのノーマルスーツ内に、ブリッジから直通の不快な非常警報音が轟然と鳴り響く。
「な、何だ!? 敵襲か!?」
ワシヤの叫びがインカムに響き、彼は手近なハンドレールに必死にしがみついた。
次の瞬間、凄まじい質量振動がヨーツンヘイムの巨体を襲った。暗黒の宇宙の彼方から放たれた、高エネルギーのメガ粒子砲の至近弾だった。真空ゆえに爆音こそ聞こえないが、船体の骨組みを通じて伝わってきた衝撃は、二人の身体を激しく揺さぶった。
衝撃の凄まじさにモニクは辛うじて足を踏ん張ったが、格納庫内を浮遊していた作業用コンテナや工具が無秩序に壁へと叩きつけられ、技術兵たちの悲鳴がインカム越しに木霊する。通路の窓から外を見遣れば、宇宙の闇を切り裂くメガ粒子の光条が、ヨーツンヘイムの船体の目と鼻の先を猛烈な速度で掠め去っていくのが見えた。
空間が高熱によって歪み、船体の装甲が軋む不気味な振動が、彼らのブーツの底を通じて直接伝わってくる。
その頃、空気の維持されたヨーツンヘイムのブリッジは、パニックの一歩手前にある緊迫感に包まれていた。
「接近する高熱源体! この質量は連邦軍の巡洋艦です! サラミス級二隻、本艦を完全に射程内に捉えています!」
オペレーターの悲鳴のような絶叫が響く。中央の指揮席に座る白髪の艦長、マルティン・プロホノウ中佐相当官は、激しい揺れの中で計器を凝視していた。その隣では、金髪碧眼の青年技術士官、オリヴァー・マイ中尉が、表示された敵艦のデータを見て顔を引きつらせている。
「損害を報告しろ!」
プロホノウ艦長が厳かに命じる。
「至近弾です! 損害軽微、装甲の被害はありません! 本艦の撒いていた高濃度のミノフスキー粒子のおかげで、敵の第一射の照準が狂った模様!」
オペレーターの報告を聞いたプロホノウ艦長は、しかし安堵するどころか、苦渋に満ちた表情で拳を通信コンソールへと叩きつけた。
「……隠密のために散布したミノフスキー粒子だったが、その粒子濃度の高まりから、逆にこちらの位置を逆探されたのではないか?」
艦長のその言葉は、技術的な過渡期にある戦場のリアルを突いていた。姿を隠すための霧が、何もない暗黒宙域においては、不自然極まりない存在証明のビーコンと化してしまったのだ。連邦軍の哨戒艦隊は、その不自然さを見逃さず、油断なく牙を剥いてきたのだった。
「敵艦、尚も高速で接近中! 第二射、来ます!」
連邦軍のパトロール艦隊は、一撃目のミスを即座に挽回すべく、次なる一手を放った。
サラミス級の単装メガ粒子砲が、再び一斉に火を吹く。だが、今度の照準はヨーツンヘイムではなく、その隣で物資を繋いだまま身動きが取れなくなっていた、鈍重な老朽補給艦パプアであった。
格納庫の連絡通路で、慌ただしくなる格納庫を眼下にモニクとワシヤは、その最悪の瞬間を密閉されたヘルメット越しに特等席で目撃することとなった。
通路の大型展望窓の向こう、至近距離に固定されていたパプアの船体中央部に、容赦のないメガ粒子砲の光条が正確に突き刺さった。
直掩の護衛戦闘機も居らず、厚い装甲も持たない古びた補給艦は、その光の帯に容易く貫通された。ビームは内部の核融合炉ブロックを正確に撃ち抜いていた。
だがすぐには爆発しなかったので、まだ乗組員が脱出する時間がある。そうモニクが考えた。
瞬間、息を呑むような大爆発が起きた。
音のない世界。だからこそ、その破壊の規模は視覚的な恐怖となって二人の脳裏に焼き付いた。宇宙の闇の中に、太陽が出現したかのような凄まじい光球が膨れ上がり、パプアの船体は内側から木端微塵に砕け散った。無数の金属片、引きちぎられたコンテナや固定用のワイヤーが、爆炎の激しい圧力に押し流されながら、通路の窓をかすめて四方八方へと吹き飛んでいく。
未だ搬入を終えていない巨大なヨルムンガンドの砲身パーツが、ゆっくりと不規則な回転を始めながら移動を始めた。
ヨーツンヘイムに繋がれていたワイヤーや連絡チューブが、爆発の衝撃で凄まじい張力を伴って引き千切れ、ムチのようにしなって船体を激しく叩いた。窓ガラスに無数のデブリが衝突する鈍い振動が、高架通路全体を小さく震わせる。
「パプアが……一瞬で消えた……」
ワシヤ中尉は、ヘルメットのバイザーを窓に押し当てるようにして、その地獄絵図から目を背けることもできず、ただおののきながら呟いた。さっきまで自分たちが乗っていた連絡艇の母艦が、何十人もの乗組員ごと、跡形もなく消滅したのだ。恐怖で全身の血の気が引いていくのが分かった。
「弱音を吐くな、ワシヤ中尉!」
モニク大尉が、インカムを通じて恐怖をねじ伏せるような鋭い声で叱責した。だが、彼女のノーマルスーツの手袋に包まれた指先もまた、ハンドレールを壊れそうなほど強く握りしめていた。
「護衛のムサイは何をしている! 試験砲の搬入は!」
彼女が通信を通じて状況を把握しようとする中、ヨーツンヘイムを護衛するために随伴していた単艦のムサイ級軽巡洋艦が、決死の覚悟で連邦艦隊の前に割り込んでいくのが見えた。ムサイは連装メガ粒子砲塔を旋回させ、サラミス級に向けて主砲を連射する。
黄緑色の光条が闇を切り裂き、サラミス級の一隻を掠って火花を散らせる。しかし、機敏に動くサラミス級二隻の連携の前に、単艦のムサイは押し切られ、連邦軍のメガ粒子が掠った装甲が赤熱して弾け飛んでいく。
「このままじゃ護衛艦がやられる……。そしたら次はこの艦だ」
ワシヤの絶望的な呟きは、誰の目にも明らかな事実だった。ヨルムンガンドは未だバラバラのパーツで、身動きの取れない貨物船もどきのヨーツンヘイムには、連邦の牙を防ぐ手段など残されていなかった。
だが、その絶望のシナリオは、連邦軍の探知範囲のさらに外側――人間の想像力を遥かに超えた暗黒の深淵から放たれた、目に見えない鉄槌によって、強引かつ暴力的に書き換えられることになる。
連邦軍パトロール艦隊の火器管制レーダーの索敵範囲外。ヨーツンヘイムの高性能な光学センサーですら、ただの虚無としてしか捉えきれない遥か彼方の闇。そこに、一筋の細く、そして凄まじい質量を持った一閃が奔った。
それは、エネルギーの光条ではない。光速には遠く及ばないが、現行の艦艇やモビルスーツの限界推力をもってしても追い付けない視認不可能なほどの超高初速で打ち出された、物理的な実体弾――280mm MS用対艦ライフル ASR-78の特殊徹甲炸裂弾だった。
その巨弾は、ミノフスキー粒子の海の底を正確無比な弾道で突き進み、ムサイを追い詰めていた連邦軍サラミス級巡洋艦のブリッジの頭上から真っ直ぐに突入した。
厚い複合装甲で固められていたはずの巡洋艦の司令部は、その実体弾の持つ圧倒的な運動エネルギーの前には、ただの薄い紙細工に過ぎなかった。ブリッジを跡形もなく粉砕した巨弾は、そのまま船体内を垂直に貫通し、通路や隔壁をズタズタに引き裂きながら、艦体中央の弾薬庫へと達した。
次の瞬間、サラミス級の船体が不自然に膨れ上がった。
爆音なき宇宙において、その巡洋艦は内部からの大爆発を起こし、無数の鋭利な破片を撒き散らしながら、一瞬にして光の泡となって消滅した。
「な……何が起きた!?」
ワシヤ中尉が展望窓に顔を押しつけるようにして外を凝視した。
何が起きたのか、無音の格納庫にいる彼らには理解できなかった。護衛のムサイの主砲ではない。何より、今のはビームによる熱融解ではなく、純粋な物理的破壊による爆沈だった。
驚愕が戦場を支配する。間髪を入れず、二発目の鉄槌が闇を裂いた。
一発目の射撃から、わずか数秒。後続のサラミス級が、先頭艦の突然の消滅に混乱し、回避運動を起こそうとしたまさにその刹那だった。寸分の狂いもない精密さで放たれた二発目の特殊徹甲炸裂弾が、後続艦の右舷側機関部へと突き刺さった。
巨弾はサラミスのバイタルパートを粉砕し、その奥にある最大駆動中の熱核融合炉を直接破壊した。
大穴を開けられエネルギーの均衡を失った炉は、瞬時に臨界を突破する。後続のサラミス級巡洋艦は、反撃の手がかりどころか、自分たちを撃ち抜いた敵の方向すら掴めぬまま、強烈な閃光の中にその姿を消した。
ものの十数秒の間に、ジオンの巡洋艦を圧倒していた連邦軍の最新鋭巡洋艦二隻が、影も形もなく宙域から消滅したのだ。
静まり返る戦場。
ヨーツンヘイムの格納庫には、ただスーツの内側に響く非常警報の音だけが虚しく響いていた。技術兵たちは浮遊したまま作業の手を止め、窓の外の不気味な静寂を見つめている。モニク大尉はヘルメットの奥で、幽霊でも見たかのように硬直していた。
「格納庫各員、警戒せよ! 爆炎の向こう側から、高熱源体が高速接近中!」
全館放送を繋いだインカムから、ブリッジのオペレーターの切迫した声が流れる。
「質量反応はモビルスーツ! だが、このスピードは異常だ! 本艦に接近してくる!」
モニクとワシヤは、展望窓からその接近する熱源の正体を捉えようと目を凝らした。
爆発したサラミス級の残光と、漂うデブリの霧を割って、その怪物は姿を現した。
それは、ジオン公国軍の兵士であれば誰もが知っているザクのシルエットとは、全く似て非なるものだった。背部には、ザクの物に比べると巨大な推力ノズルを持った推進器――土星エンジンが、怪物の心臓のように不気味に鎮座し、そこから強力な青白いプラズマの劫火を激しく噴射している。
機体の全長ほどもある長大な280mm MS用対艦ライフル ASR-78を、細いマニピュレーターで平然と抱え、その銃口からは、まだ発射の余熱による陽炎のような空間の歪みを棚引かせていた。
何よりも異様だったのは、その装甲の質感だった。
軍用機としての塗装は一切施されておらず、下地である無機質なサフグレーと、パッチワークのように継ぎ当てされた剥き出しのチタンシルバーが、宇宙の光を乱反射させている。それは、かつてジオニック社のザクとのコンペティションに敗れ、歴史の闇に葬られたはずのツィマット社の幻の機体だった。
EMS-04、ヅダ指揮官機
欠陥機として呪われたその名を冠する鉄の巨躯が、まるで戦場に舞い降りた死神のように、ヨーツンヘイムの開放型格納庫の前へと静かに滑り込んできた。
格納庫のハッチが開き、機体がゆっくりと進入してくる。その圧倒的な威容に、その場にいた全員が息を呑む中、艦内の一般通信回線に、ザザッというノイズと共に音声が割り込んできた。それは通路にいるモニクやワシヤのノーマルスーツの内声レシーバーにも直接響き渡った。
スピーカーから流れてきたのは、予想に反して、非常にハキハキとした、しかしどこか深い悔しさと、真摯な申し訳なさを滲ませた若い女性の声だった。
「――こちら宇宙攻撃軍所属、アスカ・ナカノミヤ少尉。……申し訳ありません。私の進出がほんの数分遅れたばかりに、そちらの補給艦パプアを救うことができませんでした」
その言葉が響き渡った瞬間、モニクもワシヤも、自らの耳を疑った。
レーダーの探知外から、高速機動で変針する連邦の巡洋艦二隻を一瞬でブチ抜くという、神業に近い狙撃技術を見せつけておきながら、彼女が最初に口にしたのは、自らの武功を誇る言葉ではなく、救えなかった命に対する、心からの謝罪だったのだ。
「ナカノミヤ……少尉……?」
モニク大尉が、その名を呟く。
圧倒的な力を持ちながらも、奢らず、自らの遅れを恥じるその奇妙なパイロットの言葉に、格納庫の空気は、二重の静かな衝撃に包まれていた。ワシヤはただ、眼下に鎮座しつつあるツギハギの怪物を、戦慄と奇妙な高揚の入り混じった目で見つめ返すことしかできなかった。
呆然とする一同を余所に、ヅダの後方の闇から、彼女をここまで運んできたもう一隻のムサイ級軽巡洋艦が、傷ついた護衛艦に代わるようにして、静かに滑り込むように合流してきた。その一連の動きは、これから始まるルウム戦役という巨大な地獄の、ほんのささやかな前奏曲に過ぎなかった。
ザクスキーなのにオリ主の搭乗機はヅダかよっていうツッコミお待ちしてますw
お気に入り登録、高評価いただけると嬉しいです。
そしたら、次話の投稿早くなるかも知れません…(自信はない)