技術試験隊斯ク戦ヘリ   作:ザクスキー2世

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今回から、本格的にキメラ艦の運用試験が始まります。


第9話

 

 

 宇宙世紀0079年2月3日

 

 

 本国からの新たな命令を受け、試験支援艦であるヨーツンヘイムは本来の仕事である技術評価試験を行うために指定された宙域へと移動し、主機関の出力を最低限に絞った状態で静かに停泊していた。

 

 漆黒の宇宙空間には、遠くの恒星が放つ冷ややかな瞬きだけが散りばめられている。ブリッジの分厚いガラスの向こう側に広がるのは、完全なる静寂の世界だ。私たちはその圧倒的な虚無の中で、ただひたすらに、本国から送り込まれてくる新たな「試験対象」の到着を待っていた。

 

 やがて、艦のメインモニターの端に、微小な熱源反応を示す一つの光点が映し出された。

 

「レーダーに感あり。識別信号、友軍です。定刻通り、護衛任務を帯びた我が軍のムサイ級軽巡洋艦が接近中」

 

 オペレーターの冷静な報告がブリッジに響く。私はコンソールの脇に立ち、モニターに映るその光点の拡大映像を注視した。

 

 漆黒の闇を切り裂くように、見慣れたムサイ級の姿が浮かび上がってくる。しかし、問題はそのムサイの後方だった。太い牽引ワイヤーに引かれるようにして、ゆっくりと姿を現した一隻の異形の艦が、ブリッジのメインスクリーンに大写しになる。

 

 光学カメラが自動で倍率を上げ、その全貌が鮮明に映し出された瞬間、私を含め、ブリッジにいた全員が完全に言葉を失った。

 

 先日技術本部より送られてきた、あのデータは嘘では無かった。

 技術本部から送られてきたデータで、既にどう言う形なのかは確かに知ってはいたものの、実際に自分の目で見ると衝撃が凄い。

 改めて言葉を失ってしまうのも無理はない。

 

 ベースとなっている船体は、間違いなく連邦軍の主力であるサラミス級巡洋艦のものだ。ルウムの戦場で嫌というほど見た、あの直線的で無骨な、艦隊戦を行うことに対しての無駄の無い装甲のライン。しかし、その外装は元の白みがかったグレーから、我が軍のムサイと同じ深緑色へと完全に再塗装され、ジオンのマークが複数箇所に描かれている。

 

 だが、問題はそんな塗装の変更などではない。先の戦いにおいて、私がヅダのASR-78対艦ライフルを撃ち込み、正確無比に吹き飛ばしたはずの艦橋部分。その艦橋の付け根から上の構造が綺麗にごっそりと切り取られ、ぽっかりと空いたその空間に、ジオン公国軍特有の滑らかで有機的な流線型を持つムサイ級の艦橋が、まるで子供がブロック玩具を間違えて組み合わせたかのように、半ば強引に溶接して据え付けられている。

 

 はっきり言って、連邦とジオン、両者の長年にわたる設計思想と美学に対する、完全なる尊厳破壊も良いところだった。

 

 本国の技術本部の連中には、純粋な好奇心だけで機械を弄り回すのが大好きな変態が多いとは、士官学校時代から幾度となく耳にしてきた噂だった。しかし、いくらなんでもこれはあまりにもあまりな上、艦船として醜すぎるのではないだろうか。死体を繋ぎ合わせて作られたというフランケンシュタインの怪物でさえ、まだしも少しは愛嬌というものがあるはずだ。

 

 私のすぐ隣でスクリーンを見上げていたマイ中尉でさえ、そのあまりの異形っぷりに言葉を失い、口を半開きにしたまま唖然と立ち尽くしている。

 

 仮称、鹵獲実験艦01号ーー

 

 それが、本国から書類上で与えられたこのキメラ艦の呼び名だった。

 

 その醜悪なキメラ艦を引っ張ってきたムサイ級は、引き続き行われる砲撃試験の際、仮想敵としてデータ収集の支援を行うらしく、しばらくはこの宙域に留まってくれるらしい。

 

 私はそっと視線を巡らせ、ブリッジのクルーたちの顔を窺った。誰もが口を閉ざしているが、その表情からは同じ思考が痛いほどに伝わってくる。仮想敵などと言わず、むしろ最初からあのまともなムサイだけがこの部隊に残って、私たちの護衛をしてくれればいいのに。少なくとも、あんな継ぎ接ぎだらけの不気味な艦よりも、よっぽど頼りになるのではないか。

 

 言葉を交わすまでもなく、この時ばかりは、私たち第603技術試験隊の心は完全に一つにまとまっていたに違いない。

 

 やがて、長い硬直から気を取り直したマイ中尉が、本国から送られてきた改造の設計データを自身のコンソールで開き、目を血走らせながらひきつったような興奮の声を上げた。

 

「信じられない……規格が根本から全く異なる連邦のOSと、我が軍の火器管制システムを、極めて強引なバイパス回線を用いて同期させている!ジェネレーターの出力変換プロセスや、冷却材の循環経路の再構築など、この狂気的なまでの設計は、もはや芸術的です!理論上ではなく、実際に機能するのであれば凄いことだ!」

 

「ふん。敵の死体に味方の首を挿げ替えて喜ぶとは、技術屋というのは本当に良い気なものだな」

 

 手元のデータパッドを食い入るように見つめながらまくし立てるマイ中尉を横目に見つつ、モニク大尉が、ひどく苦い顔をして冷ややかに吐き捨てた。

 

「これが我が軍の、悲惨な台所事情というわけだ。戦争が短期決戦で終わらなかった今、主戦場は必然的に地上が主になる。そうなれば、艦艇を製造する予算も減らされて別に回されるに違いない。背に腹は代えられん。使えるものは何でも拾って使うのが、今の公国の現実だ…忌々しい!」

 

「特務大尉の言う通りだな」

 

 メインコンソールの奥で、プロホノウ艦長が無精髭の生えた顎をゆっくりと撫でながら、重々しい声で頷いた。

 

「だが、武装など有って無いに等しい輸送船に過ぎない我がヨーツンヘイムにとって、直掩となる専属護衛艦の配備は、部隊の生存確率を上げるための願ってもない機会だ。それが得られるのであれば、多少の見て呉れの悪さなど、我々は許容するべきだろう。外見の美醜など、生きるか死ぬかの戦場においては些細な問題に過ぎん」

 

 確かに、艦長の言う通りなのだろう。どんなに醜くとも、母艦の盾となり鉾となってくれるのであれば、それは立派な戦力だ。私はスクリーンに浮かぶ醜いキメラ艦をもう一度見つめ直し、肺の中の空気を静かに吐き出した。

 

 

 翌、宇宙世紀0079年2月4日

 

 

 私たちは、あの日の戦いの痕跡が生々しく残る、無数の艦艇のデブリが漂う宇宙のアイアンボトムサウンドとも言うべきルウムの暗礁宙域へと移動した。ここで、このキメラのような仮称鹵獲実験艦01号の実証試験を開始するためである。

 

 今回の試験にあたり、01号の運用を行う乗組員たちは、私たち技術試験隊から要員を割くのではなく、宇宙攻撃軍の艦隊から出向という形で新たな人員が充当されていた。おかげでヨーツンヘイムは、ただでさえ少ないクルーを減らすことなく、そのままの体制で運用を続けることができる。それは、この部隊にとって唯一の救いかもしれない。

 

 しかし、本国から事前に送られてきた乗組員の名簿と、彼らのこれまでの軍歴や思想的背景を確認した時、私は胃の奥が重くなるような深い憂鬱を抱え込むことになった。

 

 どうやら彼らは、宇宙攻撃軍の中でも上層部から煙たがられ、持て余し気味に扱われていた『旧ダイクン派』の思想を強く持つ者たちを中心に構成されていたのだ。

 

 旧ダイクン派といえば、現在のジオン公国を支配しているザビ家の体制に対して、極めて複雑な、あるいは否定的な感情を抱いている連中である。対して私は、第一世代の宇宙移民第一派から続く名門ナカノミヤ家の令嬢であり、同じく名門のザビ家とは関わりが深く、つい先日ズムシティの公王庁舎において、ギレン総帥から直々に一級ジオン十字勲章を授与され、言葉を交わしたばかりの人間だ。

 それに、私自身は宇宙攻撃軍のドズル派として世間では見られている。

 

 軍の規律上、私は大尉としてこの1隻だけの戦隊指揮官となるわけだが、彼らのような現体制と思想の違う軍人たちが、ザビ家と親しい名家の小娘の命令に、果たして素直に従うだろうか。政治的に非常に扱いが難しく、一歩間違えれば、ただでさえ過酷な現場で不要な摩擦や不服従を生むのではないかと、気が気ではなかった。

 

 だが、そんな私の内なる懸念をよそに、技術評価試験のスケジュールは無情にも淡々と進められていく。

 

 まずは主砲の発射試験だ。マイ中尉がヨーツンヘイムのブリッジから、暗号化された回線を通じて01号の火器管制システムを遠隔で操作し、評価試験を自らの手で直接行う。標的は、この宙域を静かに漂っている、ルウム戦役で撃沈された連邦軍マゼラン級戦艦の巨大な残骸である。

 

 01号は、サラミス級本来の低出力で貧弱な単装メガ粒子砲*1をすべて根元から撤去し、その代わりにムサイ級の主兵装である強力な連装メガ粒子砲を半ば強引に移植されている。艦の側面を標的に向ければ、四基八門もの連装メガ粒子砲を、一斉に指向することが可能だった。実質的に、ベースとなったサラミス級から一撃の火力は倍増している計算になる。

 

 マイ中尉がコンソールのトリガーを押し込む。その操作に呼応し、01号の緑色に染まった砲身の先端から、眩い光を放つ緑色のビームが幾筋も一斉に迸った。

 

 凄まじい熱量が、廃墟の城のように静まり返っていたマゼラン級の残骸へと次々に突き刺さる。連邦軍が採用している分厚い戦艦の装甲が、飴細工のように容易く融解していくのがモニター越しにも分かった。ビームの熱が艦体の奥深くまで到達し、内部の隔壁に残存していた酸素や、配管に溜まっていた推進用燃料に引火する。

 

 暗黒の空間の中で、激しい爆発の閃光が連鎖的に膨れ上がった。瞬く間に、原型を保っていた巨大な艦体が四散し、完全に崩壊していく。

 

 おおっ、とヨーツンヘイムのブリッジに、想像以上の破壊力を目の当たりにしたクルーたちの驚嘆の声が上がった。

 

 連装メガ粒子砲を多数載せる関係で、両舷前方に搭載されていたサラミス級のミサイルランチャーは、艦の重量バランスを保つためにすべて降ろされている。だが、高濃度のミノフスキー粒子が散布された有視界の電波妨害下において、ミサイルは碌な誘導が効かず、命中を期待できる使い所は極めて限られている。

 

 その点、この01号は前方を向けていても、ムサイ級よりも前方投影面積が少ないまま、連装三基というムサイと全く変わらない投射力を発揮できる。さらに後方にも三基が配置されているため、全方位への火力と死角の少なさという点においては、むしろ正規のムサイ級よりも強力かもしれない。

 

「火力の劇的な向上は素晴らしいですね。しかし……」

 

 マイ中尉が、手元のデータパッドに流れる数値を険しい表情で睨み込んだ。

 

「元々の連邦製ジェネレーター出力に対して、メガ粒子砲の門数を大幅に増やしすぎた影響か、トリガーを引いてから実際にメガ粒子が励起され、射撃が行われるまでの立ち上がりに、コンマ数秒の明確なタイムラグが発生しています。さらに、ビーム一門あたりの威力自体も、ムサイ級の規定値より1割ほど低下しているようです」

 

「1割程度の威力低下なら、砲の門数の多さによる面制圧で、全体の打撃力を十分にカバーできます。実戦において、そこまで致命的な問題にはならないのでは?」

 

 私が指揮官としての見解を述べると、マイ中尉は「確かに、戦術次第ではそうかもしれません」と、少し納得したように頷いた。

 

 それから数回ほど、距離や射角を変えての試射を行い、射撃性能試験は大きなトラブルもなく終了した。

 

 問題は、次に護衛のムサイ級と並行して行った、加速・機動性能試験の方だった。

 

 武装の配置としては、単装砲から大型の連装砲に変わったとはいえ、そこそこ重いミサイルランチャーを撤去しているため、艦全体の重量配分としては元のサラミス級から劇的には変わっていないはずだった。

 しかし、サラミスの艦橋よりも大型であるムサイの艦橋をまるごと乗せていること。そして降ろしたミサイルランチャーは前方側面の2基だけだったため、艦の総重量は確実に増加し、重心のバランスも僅かばかり崩れていたのだ。

 

 結果として、艦の出力を表す出力重量比はかなり悪化していた。後方に一基しか存在しないサラミス級のメイン推進器では、加速性が、横を随伴して飛んでいる正規のムサイや、記憶の中にある通常のサラミスに比べて、素人目に見てもはっきりとわかるほど低下してしまっている。

 

「これでは、実戦において敵機からの砲火に対する咄嗟の回避運動もままなりませんね」

 

 マイ中尉が、01号のメインスラスター出力の限界を示す赤いグラフをモニターに映し出しながら、頭を抱えた。

 

「……既にサラミスとムサイの尊厳は、あの醜悪な艦影の時点で完全に破壊されています。これ以上、機動性が足りずにただの的になるというのなら、こちらの現場の判断で更に手を加えてしまっても良いのでは?」

 

 私はメインモニターの端に視線を移した。少し離れた宙域に、前部の艦体の殆どを連邦軍のビームに破壊されて沈んでいる、味方のムサイ級の残骸が浮かんでいるのを見つけ、静かに提案した。

 

「マイ中尉。あの沈んでいるムサイ級の推進ブロックから、小型の推進器だけを切り離して取り外し、01号のメインスラスターの両脇と下部に増設するというのはどうでしょう?」

 

 マイ中尉は目を見開き、すぐさま手元のコンソールを激しく叩き、独自の計算プログラムを走らせた。

 

「なるほど……小型スラスターの強引な増設ですね。シミュレーション上では、出力重量比はそれなりに改善されます。現状が通常のサラミス級の0.8倍にまで落ち込んでいるのに対し、およそ1.2倍ほどにまで増強される計算になります」

 

 実はこの直前、マイ中尉はブリッジのクルー全員の前で、信じられないような超魔改造案を熱弁していたのだ。

 それは、ムサイから支持柱ごと左右の巨大な推進ブロックを取り外し、サラミスの両舷にある副艦橋を取り除いた箇所に丸ごと接合するという、あまりにも冒涜的で悍ましい悪夢のような改造案だった。

 

 確かに彼の計算通り、その案なら本艦の推力は出力重量比で2.3倍ほどにまで跳ね上がる見込みだった。しかし、前方から見た際の投影面積が格段に増加し、敵からの被弾率が大きく跳ね上がる。さらに、左右に大きく突き出したその推進ブロックを撃ち抜かれた場合、艦のバランスが急激に悪化して片側も使用不能になるばかりか、機動性が致命的に悪化して、ただの鉄の棺桶と化してしまう。

 

 そのリスクの高さを理由に、指揮官である私が即座に却下したのだ。なにより、01号に乗っている旧ダイクン派の乗組員たちだけでなく、ヨーツンヘイムのクルー全員からも、あれ以上不格好にするのは勘弁してくれ、ただでさえキメラなのに腕(足)まで増やす気か、と不評を買いすぎたというのも、その案が没になった極めて大きな理由だった。

 

 かくして、私の提案が採用され、宇宙空間での危険な船外作業による突貫工事が開始されることになった。

 

 私はヅダで出撃し、作業班の護衛と、巨大な推進ブロックの運搬支援にあたった。音の一切存在しない真空の世界で、溶接バーナーの青白い光だけが、幾度も闇の中で明滅を繰り返す。

 ムサイの残骸から推進器を切り取る時、私の胸の奥に、死者の骸を切り刻んで漁っているような、言い知れぬ冒涜感と戦争の深い業が渦巻いた。あのルウムの地獄で散っていった味方の兵士たちの魂が、冷たい宇宙の底から私たちを見つめているような気がしてならない。

 

 数時間の作業を終え、01号に小型推進器を3つ増設する工事が完了した。

 

 再び行われた機動試験の結果は、マイ中尉の再計算通り、かなり良好なものとなった。推力が劇的に増したことで、大型推進器一つだけであった元のサラミス級よりも、旋回性能も直進の加速度も大きく上回るという、望外の結果をもたらしたのだ。

 

 このルウムの暗礁宙域には、艦体前部を完全に破壊されながらも、後部の推進器だけは奇跡的に無傷で残されているムサイ級の亡骸が、そこそこ多く漂っている。私たちのこの不気味なキメラ艦に、同じような継ぎ接ぎの改造を施すためには、この宙域はこの上なくもってこいの部品供給庫だったのだ。

 

 死者の骸を拾い集め、それを自分たちの血肉にして生き延びる。その皮肉で残酷な真実を前に、私は誰にも見えないように、薄暗いコックピットの中で小さく唇を噛み締めた。

 

*1
ムサイと比べると、と言う意味である。サラミス級は中口径の単装砲メガ粒子砲で、本来は速射砲なので連装の大口径メガ粒子砲を持つムサイに比べると発射速度が早く弾幕を張りやすい。




はい、と言うわけで武装も単装メガ粒子砲がムサイの連装メガ粒子砲に変わったので、単純に火力が2倍になりました。
一応、ヘンテコMSや大型のモビルアーマーさえも組み立て整備出来てしまうヨーツンヘイム整備兵なら、軍艦の改造もお手のものに違いないと言う考えのもと、スラスターも増設されました。
スラスターの増設自体は後期サラミスやサラミス改もメインスラスターの両脇にサブが追加されているので、あんな感じを想像して頂けたら良いかと思います。
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