技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
こちらが本当の第10話になります。
鹵獲実験艦01号の試験を続けながら、私たちはルウムの暗礁宙域で艦の回収をしていた。
砲撃の間隔を変えて記録を取り、増設した推進器を点検する。その予定の合間へ、いつの間にか別の艦の名前や、回収する部品の番号が書き込まれるようになった。ヨーツンヘイムの格納庫には測定器に混じって、連邦製の機材が並んでいる。
沈んだ艦へ近づいてみると、外から見た印象と内部の状態が合わないことがあった。艦橋を失っていても機関が残り、船体が折れていても砲塔は使える。使えそうに見えたものを開けたら、中が焼けていたこともある。
ヅダで支え、作業艇から出た整備兵が調べる。回収した部品の札には、元の艦と取付位置、点検を終えた箇所が書かれた。その札を取り違えると、次に開けた者が困る。
「大尉、それは隣です。こちらへ置くと、先に運ぶ方が出せなくなります」
作業班から言われ、私は抱えていた冷却モジュールを少し持ち上げた。大きさも外装もよく似ている。番号を読み直し、空けてあった枠へ収めると、整備兵が留め具を掛けに来た。
その部品を待っていたのは、艦尾を損傷したサラミス級だった。別のサラミス級から外したものを繋ぎ、機関を動かすために使うという。
「今度は合いますか」
「配管の位置は同じです。そこは助かりますね」
私の送った映像を見ながら、マイ中尉が答えた。01号の図面を初めて開いた時とは、随分違う声だった。
連邦艦には連邦の部品を、ムサイ級にはムサイ級の部品を使う。継ぎ合わせる手間は掛かるが、別の規格へ変換する装置まで作らずに済む。今回の修復では、どの艦から何を外すかが先に問題になった。
数日後、そのサラミス級の艦内に灯りが戻った。
初めは通路の一部だけだったものが、機関区画、艦橋と広がっていく。回航要員が乗り込む頃には、艦尾の推進器も短い噴射に応じるようになっていた。
私は引き渡しに立ち会い、まだ開けたままの外板を指した。仮の蓋は付けてあるが、近くを通れば色の違いが分かる。
「ここは本国で交換になります。航行中の点検箇所も、資料に入れてあります」
相手の士官は頷き、持っていた端末に印を付けた。乗り込んでからも質問が幾つか届き、そのたびに担当の整備兵が説明へ呼ばれる。
出港を見送った時、私はようやく、あの船体を手放した気がした。最初に見つけた時には、自分で帰るところまで直せるとは思っていなかった。
こうして2週間ほどの間に、ムサイ級2隻とサラミス級3隻を送り出した。
自力で航行できた艦もあれば、迎えの牽引船に曳かれた艦もある。仕上げと検査は本国の工廠に任せる。こちらで直せなかった箇所は、引き継ぎの資料に残した。
戦列へ戻せる見込みが立つたび、本国からの返事は早くなった。次の艦の回航要員をいつ出せるか、どの部品が足りないか。試験結果への問い合わせに、そうした連絡が混じる。
私たちの仕事を待っている者が、向こうにもいるらしかった。
01号の主要な性能試験にも区切りがつき、随伴していたムサイ級イツクシマは数日前に帰還した。以後の警戒と、回収した重い機材の運搬は01号が引き受けている。
正式な編成が決まるまでの暫定措置として、運用の指揮は私が執るよう本国から指示が来ていた。艦も乗員も1隻分しかいないのに、向こうでは私を戦隊長と呼ぶ。艦の名前はまだ01号のままだった。
マッツ・ガネバン中尉との連絡も増えた。作業の予定を送れば、無理なところを直して返してくれる。こちらが頼む前に、次の運搬に必要な索を用意していたこともある。
ただ、用件が済めば通信は終わる。私も仕事以外の話を持ち出しかねて、次の資料へ目を移していた。
宇宙世紀0079年2月19日
そのマゼラン級は、早くから回収候補に入っていた。
ただ、周囲には折れた艦の船体やコロニーの構造材が重なり、近づくための通路が狭い。部品の回収を進めながら邪魔なものを移し、ようやく艦全体を引き出す算段がついたのだった。
私は作業艇の窓から、その艦を見上げた。巡洋艦を何隻も扱った後でも、大きい。艦首から艦橋までの輪郭が、そのまま残っている。
損傷が集中していたのは艦尾だった。主推進器のブロックが潰れ、艦底の第2主砲塔と、第1、第3副砲塔も破壊されている。ほかの砲塔は砲身を残し、外板にも、すぐに塞げそうな小さな穴が目立つ程度だった。
事前に入った調査班によれば、スペースランチの格納場所は全て空になっていた。乗員は艦を捨てて脱出したのだろう。今は応答も灯火もなく、窓の向こうに見えるのは、作業班が置いた目印だけだった。
臨検を行う兵士たちと一緒にエアロックを抜けると、通路の奥へ照明の線が延びていた。仮設電源のケーブルが手すりに留められ、分岐ごとに札が下がっている。
ヘルメットの灯火を振ると、壁の文字が浮かんだ。連邦の艦でも、区画番号や通路の案内がなければ困るのは同じらしい。私は渡された艦内図と見比べ、先を行く兵士についていった。
途中の隔壁は閉じられたままで、開放済みの印がある隣の通路へ回る。破片が浮いているのは、その分岐の先だけだった。
「ここまでの区画で、残されていた者は」
私が尋ねると、兵士は回収の済んだ区画を示した。戦死者の数は、これまで調べた艦よりも少ない。見つかった者の多くは、砲塔へ通じる損傷区画にいたという。
私は頷き、通路の先を見た。推進器を失っても、艦内を移動する時間はあったのだろう。ランチが全て出ていることと合わせて考えると、少しだけ息がしやすくなった。
機関区画では、整備員が点検口から半身を出していた。私たちに気づくと、手元の機器を外し、相手側の作業員へ渡す。
「炉の緊急停止は掛かっています。こちらに直接の損傷はありません」
「再始動できそうですか」
「炉は使えます。ただ、艦尾へ繋がる系統を先に切り離したい。破れた配管まで圧力を戻すわけにはいきませんから」
彼が指した表示では、損傷した推進区画へ向かう線が幾つも赤くなっていた。仮設電源で点検器や端末は動かせても、艦を動かすところまでは戻っていない。
破損箇所を隔離して艦内電源を復旧し、その後で推進器を修理する。手順を聞き、私は端末に残した。曳航の際には、この艦自身の噴射を当てにできないということでもある。
CICへ入ると、マイ中尉から通信が来た。調査班が繋いだ端末の一つを使ってほしいという。
私は座席の背を掴み、表示を覗いた。火器管制、航法、操艦。読み出された項目の横に、確認済みの印が付いていく。
『基幹ソフトが残っています。艦の仕様に合わせた設定も、そのままです』
「書類は処分されていたと聞きましたが」
『艦長室と作戦室では。こちらには交戦中の記録まであります。送られてきた分を、今、照合しています』
促されて開いた記録には、各部署からの損傷報告が並んでいた。その間にアナンケからの退却命令を受けた時刻がある。艦尾の被弾と、砲塔の応答が途絶した時刻を辿ると、記録が残っている範囲だけでも、艦内が忙しかったことは分かった。
最後の方では返答のない部署が増えている。
ここから先、誰が何を言い、どのランチへ乗ったのかまでは出てこなかった。
「消していく余裕がなかったんでしょうか」
『あるいは、処分する部署まで人が戻れなかったのかもしれません。まずは残ったものを保存します。艦内の設備を動かす前に、こちらへ連絡をください』
通信を終え、隣の通信区画へ移ったところで、私は足を止めた。
メイン通信機の正面が割れ、枠ごと内側へ押し込まれている。開けられた機器棚の中も同じだった。ケーブルが引きちぎられ、引き出された装置には、深い傷が何本も重なっていた。
そばの壁に、非常用の斧を収める金具がある。斧はそこへ戻されず、通信席の足元に留められていた。刃の一部が欠けている。
「これで壊したんですか」
「そのようです。暗号関係の装置も潰されています」
兵士の返事を聞きながら、私は斧と機器棚を見比べた。表面を叩いただけでは、こんな奥まで傷は付かない。扉を開け、装置を引き出し、もう一度振り下ろしたのだ。
あの損傷報告を聞きながら、ここで。
私は機器棚へ伸ばしかけた手を引っ込めた。記録を消し忘れた、とだけ言って済ませる気にはなれなかった。
ヨーツンヘイムへ戻る前に、本国へ送った第一報の返事が届いた。
マゼラン級の火器管制と操艦系統、それを実際に使った戦闘記録をまとめて調べたい。艦内のデータを保全し、修復を優先して、一刻も早く本国へ回航するように。技術本部からは、必要な機材についての問い合わせまで続いていた。
マイ中尉は返答を作りながら、機関区画の報告を開いている。
「急げと言われても、先にあそこから出さないといけませんね」
「そこは01号と相談します。運び出せれば、今までの巡洋艦より仕事はしやすくなるでしょう」
「周りへ作業艇を寄せられますからね。では、こちらは回収する推進器を絞っておきます」
中尉が別の図面へ切り替えた。私は自分の端末へ曳航の予定を呼び出したが、その前に、もう一度マゼラン級の全体図を見た。
公国軍の戦艦は、グワジン級10隻と、ムサイ級を大型化したムサイ改級ワルキューレを合わせて11隻。ここに12隻目が加わるかもしれない。
旗艦に使える艦橋も、主砲も、広い船体も残っている。これを中心に戦隊を組むことだってできるはずだ。艦隊を指揮する者に、沈めてしまったという報告の代わりに、この艦を渡せる。
そう思うと、返事を急がせたくなる本国の気持ちも分かった。
ヅダで外へ出た頃には、01号の艦尾からマゼラン級へ曳航索が延ばされていた。
作業員が外板の開口部へ入り、索の取付部を船体のフレームへ固定する。私は艦底側へ回り、残っていた長い構造材を掴んだ。先端が別の破片へ引っかかっている。少し向きを変えると外れたので、予定の進路から離して作業艇へ渡した。
「メテオ01、こちら側は通れます。左舷後方にまだ大きな破片がありますので、艦尾を振る時は注意してください」
『了解。こちらからは見えにくい。そちらで間隔を見ていてください』
ガネバン中尉の返事に続き、01号の推進器が短く光った。弛んでいた索が伸び、マゼラン級の輪郭が、後ろの残骸から僅かにずれる。
全長346.6mの船体を引くには、01号も普段通りには動けない。最初の噴射を終えた後、中尉は次の指示をすぐには出さず、索の張りと艦首の向きが落ち着くのを待っていた。
私はマゼラン級に並び、先ほどの破片との距離を読む。ゆっくりではあるが、近づいてくる。艦尾がこちらへ流れていた。
「左舷後方、間隔が詰まっています」
『確認しました。そのまま見ていてください。まだ押さなくて結構です』
作業艇が反対側の索を調整し、01号が曳く方向を少し変えた。船体の動きが収まるまで、私は機体の位置を保つ。手を出したくなったところで、ようやく隙間が広がり始めた。
こんなものを押し戻すなら、かなりの力が要ったはずだ。私は距離の変化を伝え、画面の先にある次の障害物を探した。
進路は、広い場所を繋ぐように決められていた。曳く時と止める時では、01号の位置も索の使い方も変える必要がある。速度をつけたまま狭い隙間へ入れば、その作業をする余地がなくなる。
何度も止まり、作業艇が先へ出てから進んだ。私はヅダで小さな残骸を避け、必要な時だけ指定された船体の補強部へ手を当てた。
1回の当直では終わらない。作業員が交代する間は曳航を止め、私も一度ヨーツンヘイムへ戻った。食事を済ませて同じ場所へ飛ぶと、索の点検をしていたガネバン中尉から、再開まで少し待ってほしいと連絡が来る。
時計を見たが、急かす返事はしなかった。
宇宙世紀0079年2月20日
マゼラン級が仮設工廠へ収まった時には、引き出しを始めてから丸1日ほどが過ぎていた。
工廠と呼んではいるが、元は長さ1kmほどにわたって並ぶコロニー外壁の残骸である。使う範囲の破片をワイヤーで繋ぎ、ヨーツンヘイムを寄せて作業場所にした。修理する艦をその間へ入れ、外へ張り出す作業区画には、小さな外壁を遮蔽物として置いている。
外からは中を見通しにくい。その代わり、マゼラン級を入れると、作業艇の通り道まで狭くなった。
最後の固定を終えた班が離れ、01号からの曳航索が外された。艦底側には電源と作業用の配管が渡され、ヨーツンヘイムとの間を何本も横切っている。
私はヅダを艦尾へ回し、作業班の退避を待った。マイ中尉から届いた図面には、切断する箇所が色分けされていた。
『残す推進器はこちらです。その隣にある配管を避けて、印の線に沿って切ってください』
「この支持部も残すんですね」
『はい。そこは交換用の推進器を合わせる時に使います。奥の接続は、作業班が外してあります』
私は映像を寄せ、切断位置を指でなぞった。艦尾の4基の推進器は、斜め後方から一筋に抉られている。調査では、ザクのバズーカによる被害と見られていた。
3基は噴射口の奥まで潰れていたが、残る1基は燃焼室が原形を保っている。全て切り落とすより、これを残した方が早い。交換する3基の外周だけを辿り、もう一度、画面の印と見比べた。
「了解しました。切断に入ります」
左大腿部からヒートホークを抜き、刃が赤くなるのを待つ。
刃先を装甲へ押し当てると、接触した部分が明るく光った。腕へ返る力を見ながら機体の噴射を抑え、少しずつ刃を送る。裂けていた外板の端がめくれ、その下から、焼けた支持材が現れた。
溶けた金属が細かな粒になって流れる。私は灯火の向きを変え、残す側の縁を照らした。
『そこで一度止めてください。下の切れ方を見ます』
ヒートホークを離す。赤くなった切断面が、ゆっくり暗くなっていった。
作業艇から伸ばしたカメラが近づき、別の角度から映した画像が届く。表側は抜けていたが、奥にはまだ細い部分が残っている。私はマイ中尉に指定された位置へ刃を戻した。
切り離した部分は索で支え、作業艇が脇へ運ぶ。1基分が空くと、今まで見えなかった機関区画の隔壁がむき出しになった。そこへ整備兵が入り、配管の端を処理していく。
私は次の箇所へ移り、同じように印を確かめた。操縦桿を引くたび、右腕の追従が少し遅れる。作業前の点検でも注意された箇所だった。
「右腕の反応が、少し重くなっています。今の記録を見ていただけますか」
『受信しています。次の切断が終わったら、一度腕を休ませましょう。整備班にも送ります』
私は返事をして、残った線へ刃を当てた。ここで力を加えすぎて歪ませれば、次の部品が入らなくなる。いつもの戦闘より、手元から目を離せなかった。
交換用の推進器は、別のマゼラン級から回収してきたものだった。
ルウムでは30隻以上のマゼラン級が沈んでいるが、後部の推進ブロックを丸ごと使える艦はなかなか見つからない。ザクの攻撃を艦橋や艦尾に受けたものが多く、残骸の記録を送っても、マイ中尉から使えるとの返事が来るのは一部だけだ。
それでも、1基ずつなら揃えられた。
ヅダで持てば、位置を合わせるくらいはできる。ただ、機体の何倍もの質量があるものを抱えて、長い距離を往復するのは骨が折れる。今日の私の腕では、なおさらだった。
01号が、回収した推進器を艦体へ固定して運び込んでくれた。索を何本も巻かれた大きな荷物が、緑色の船体からはみ出している。出迎えた作業艇がその周りへ散り、取付部の固定を引き受けた。
『受け渡しが済み次第、こちらは外側へ戻ります』
「ありがとうございます。警戒の方もお願いします」
『承知しました。大尉の機体は、そろそろ整備に入ると聞いていますが』
「ええ。これを終えたら戻るようにと言われています」
ガネバン中尉は了解と答え、作業艇からの呼びかけへ応じた。私も推進器の据え付け位置を確かめ、最後の誘導に加わった。
先ほど運び出した残骸の代わりに、別の艦で使われていた推進器が収まる。固定具が掛かると、整備兵が私に手を振った。支えていたヅダの手を緩めても、部品の位置は変わらない。
ようやく腕を下ろせたところで、帰投の指示が来た。
格納庫で機体を固定し、コックピットを出ると、整備兵が足場に工具を揃えていた。私が降りるのを待っていたらしい。右肩の外装が開かれ、点検口の中へ灯火が向く。
「どれくらい掛かりそうですか」
「開けてみませんと。腕だけでなく、駆動系を一通り見ます。しばらく預からせてください」
2週間、重い部品を支え、運び、切ってきた。短い点検で済ませていた分まで、今日は手を入れる予定だった。
私は了解と返し、整備兵が通れるよう身体を脇へ寄せる。工具が次々に渡され、外された部品が枠へ留められた。ヅダの右腕は、既に補助具で吊られている。
更衣区画で汗を拭き、飲み物を口にした。ノーマルスーツの首元を開けると、格納庫の風が入ってくる。まだ艦内への資材搬入が続いていたので、着替えは後にして、ヘルメットを持ったままブリッジへ向かった。
マゼラン級のジェネレーターを再始動したという報告は、その途中で聞いた。損傷区画の切り離しを終え、艦内の電源を順に戻している。推進器の接続は、まだ機関員と作業班が続けていた。
ブリッジでは、マイ中尉が修理の進行を確かめていた。私は横へ寄り、最後に支えた部品の受け渡しを記録する。
窓の先に、修復中のマゼラン級が見える。灯りの点いた区画の周りを、作業員の小さな光が移動していた。
「そこまで済んだなら、一度休んでおくといい」
艦長席から声が掛かった。顔を上げると、プロホノウ艦長は私の手元を見ていた。端末を押さえていた指へ、少し力が入りすぎている。
「この記録を送ったら、そうします」
「送ったついでに、次の仕事まで拾わんようにな」
私は笑い、送信の表示を確かめた。端末を閉じかけたところで、通信席の隣から短い警報が鳴る。
当直の兵士が画面を切り替え、続いて椅子を寄せた。
「接近する熱源、2つ。こちらへ向かっています」
「識別は」
「応答ありません。光学で確認します」
プロホノウ艦長が姿勢を起こした。拡大された映像の中で、艦の形が2つ並ぶ。前の艦が傾くと、その側面にある砲塔が見えた。
連邦のサラミス級だった。
「01号へ通報。外の作業班を収容しろ。副長、離脱の準備を」
艦長の声で、クリューガー副長が作業用の回線を開いた。船外にいる者へ帰還を指示し、各班の人数を読み上げさせる。モニク大尉は格納庫を呼び出した。
「ヅダを出せるか。組み戻すのにどれだけ掛かる」
マイ中尉が、整備の表示をこちらへ向けた。
「駆動部を外しています。今は発進できません」
格納庫からも同じ返事が来ると、モニク大尉は一瞬口を結び、それから、組み戻しの見積もりを出すよう伝えた。
私は整備画面を見た。さっき吊られていた右腕だけではない。腰部も開かれ、取り外し中の箇所が表示されている。
敵の針路を示す線が、工廠の近くを通っていた。少なくとも、今見える範囲に戦闘機やレパント級はいない。サラミス級2隻だけで残骸の多い場所へ入ってきている。
哨戒か、こちらの回収作業を妨害しに来たのか。連邦にしてみれば、この宙域には自分たちの艦がいくらでも残っている。私たちだけが欲しがるはずもなかった。
「針路変更。先頭艦、工廠側へ寄せてきます」
ヨーツンヘイムとマゼラン級を覆う外壁は、離れていれば残骸の一部に見える。だが、今も作業艇が戻り、外には索が張られている。近づいて調べられれば、隠し通せるものではない。
副長が艦長席へ顔を向けた。
「収容と接続解除を急がせています。発進まで、最低30分は見てください」
「緊急切断なら」
「作業員を戻すまでは無理です。マゼラン側の固定を残して、本艦だけを離さなくてはなりません。今、全部を切れば、向こうへ押しつけるおそれがあります」
艦長は作業区画の映像を見て、収容を優先するよう指示した。
太い索だけなら切れる。しかし、その間を人が動き、配管が渡り、すぐ隣に動けない戦艦がいる。主機関を動かせても、船体を振る空間から作らなくてはならなかった。
画面の接近予測は、その作業が終わるよりも前に敵が来ることを示している。
01号から、迎撃可能との連絡が入った。
索の受け渡しを終えて、工廠の外側にいる。報告には機関と各砲塔の状態が添えられていた。ガネバン中尉は、こちらの決定を待っている。
私は手にしていたヘルメットを持ち直し、艦長席へ進んだ。
「私が01号へ移ります。あちらで防御戦闘の指揮を執らせてください」
プロホノウ艦長が、私から01号の報告へ目を移した。
「ここからでも指示は出せる。移る理由は」
「本艦を逃がすために、あの1隻へ敵2隻を引き受けてもらうことになります。私も乗っていきます」
「ガネバン中尉には、その命令を受ける用意があるようだが」
言われて、私は一度口を閉じた。報告の文面に、不満や拒否の言葉はない。必要な準備を進め、こちらからの返答を待っている。
それでも、私は画面の向こうへ任せ切ることができなかった。
「中尉たちは、ここまでの仕事をきちんと果たしています。ただ、私を信用しているかどうかは別です。私がこちらに残って迎撃を命じれば、厄介払いだと受け取られるかもしれません」
艦長は黙って聞いていた。背後では副長が、帰還した作業艇の人数を確認している。私は少し声を落とした。
「旧ダイクン派の者だけを前へ出すんです。命令するのは、ザビ家と親しいナカノミヤ家の娘です。それで最後まで戦ってくれるはずだと、私はまだ言い切れません」
少し砲を撃ち、これ以上は無理だと離脱されたら。そんな考えが、01号からの返事を読むより先に浮かんでいた。
ガネバン中尉に何をされたわけでもない。昨日も今日も、頼んだ仕事を引き受けてくれた。その相手に対してさえ、私は自分たちを見捨てるかもしれないと思っている。
口にしてしまうと、その疑いを抱いたまま、ここから命令だけを送り続けることがますます嫌になった。
「私が乗っていても、簡単に勝てるようにはなりません。でも、あちらだけに危険を引き受けさせるつもりがないことは、伝えられます」
プロホノウ艦長は、メインモニターの接近予測を確かめた。モニク大尉が連絡艇の所在を聞き、すぐに顔を上げる。
「戻ったばかりの艇が1隻使えます。01号までは、まだ通れます」
「よし。移乗を許可する。こちらの離脱状況は随時送る」
艦長が私へ向き直った。
「中尉には、こちらも人を収容して逃げる準備をしていると伝えてくれ。最後まで残って撃ち合えという命令ではない」
「承知しました」
敬礼して踵を返すと、モニク大尉が連絡艇の発進場所を示した。通路へ出る前に、私のノーマルスーツの首元へ目を留める。
「乗る前に閉めておきなさい。慌てて乗り込んで、そんなところを見せないように」
私は開けていた襟元を引き上げた。礼を言うと、大尉はもう通信席へ向かっていた。
連絡艇の中でヘルメットを固定し、気密の表示を確かめる。操縦席から発進の声が掛かり、窓の外のヨーツンヘイムが離れた。
マゼラン級の周りにいた作業員の光は減っている。最後まで残った班が配管を外し、作業艇がそれを受け取っていた。私たちの艇は、その上を避けて工廠の外へ出る。
01号へは移乗を連絡してある。エアロックの灯火がこちらを向き、接近の許可が届いた。
窓から見る艦尾には、私が運んだ3基の小型推進器が付いていた。初めて噴かした時に映像を送り続けた取付部も、今は近くを通ればすぐ分かる。
あれを付けた時には、作業の邪魔をしないよう、手を離すまで待つことばかり考えていた。その艦で、今度は戦う。
私は座席の留め具を外し、連絡艇が接続を終えるのを待った。
エアロックを抜けると、案内の兵士が通路の先を指した。身体を押し出し、曲がり角の手すりを掴んで向きを変える。途中の区画から、配置を知らせる声が聞こえた。
ブリッジのハッチが開く。
「戦隊長、入室」
近くの士官が敬礼した。私は答礼し、そのまま続けてくださいと伝える。操艦席の兵は画面から顔を上げかけ、すぐに手元へ戻った。
艦長席の隣まで進み、床へ靴を固定する。ガネバン中尉が振り返った。通信画面で見慣れた口髭も、目の下の皺も、今日はすぐそばにある。
曳航の時と同じように落ち着いた顔をしている。ただ、視線は私のヘルメットから階級章へ移り、そこで少し止まった。
「戦隊長。603は、どのような判断を」
「作業員を収容し、工廠から離脱します。今の報告では、発進まであと25分ほど必要です。それまで本艦で敵を止めます」
私は手元の端末から、ヨーツンヘイムの状況を送った。
「接近中のサラミス級2隻を撃退します。撃破できるなら、それに越したことはありません。ですが、母艦が離れた後まで、本艦だけをここへ残すつもりはありません」
ガネバン中尉は資料を開き、工廠の位置を確かめた。別の席から機関の準備完了が報告されると、短く受けて、次に砲術部署を呼ぶ。
その声が途切れたところで、近くの兵士が息を吐いた。
私の方へ向いた警戒の気配が、細く肌へ触れる。顔を見ようとしたが、その兵士は既に別の表示を開いていた。
「イツクシマが帰ってしまった後なのが痛いですな」
「ええ。ですが、今から呼び戻しても間に合いません」
私は砲の配置図を開いた。何度も試験で見た図だ。片舷へ向ければ、4基8門を使える。
「本艦は、一斉射なら通常のサラミス級の2倍の砲門数を向けられます。前後の射界も広い。対抗する手段がないわけではありません」
「門数はあります。ただ、向こうは単装の速射砲です。試験での射撃間隔なら、こちらが2度撃つ間に、向こうは3度撃ってくると見ておくべきでしょう」
中尉は私の図へ手を伸ばし、艦首側の砲塔を示した。
「続けて撃てば、こちらは電力の回復を待つ。その上、発射の遅れも一定ではありません。相手が1隻ならともかく、2隻が別々に動けば、全部の砲を同じ相手へ向けているわけにもいきません」
私は頷いた。1門あたりの出力が規定より1割ほど低いことも、記録には残っている。門数だけを見れば並べても、こちらには船体が1つしかない。
工廠の陰から出て、どちらを受け持つか。もう1隻がその間に母艦へ向かえば、追うために向きを変えなくてはならない。
ガネバン中尉は砲の配置図から顔を上げた。
「……戦隊長。妙なことを伺いますが、本艦の乗員は、どう聞かされておいでですか」
「古くからダイクン派の者が多い、と」
「そう聞いた上で、我々に殿を命じられた」
責める調子ではなかった。それだけに、返事を選ぶ余地がない。
初めて挨拶した時も、試験で無理を頼んだ時も、彼はこの話をしなかった。今の声も大きくはない。それでも、言葉の奥にあるものが伝わってきた。
操艦席では、兵士が針路の入力を続けている。こちらへ顔を向けた者もいたが、呼びかけられると返事をして、持ち場へ戻った。
私は来る前、この人たちが私たちを捨てるのではないかと疑っていた。
中尉もまた、自分たちが捨てられるのではないかと、私に尋ねている。
返事を急ぐと、用意してきた説明をそのまま並べてしまいそうだ。私は一度息を吐き、艦長席の隣の手すりを掴んだ。
「見捨てるつもりはありません。だから、私もここへ来ました。迎撃が終わるまで、本艦に残ります」
中尉の目が、私の手元へ動いた。返事はまだない。通信席から、新しい敵の位置が報告される。
私はその表示を確かめてから、中尉へ向き直った。
「艦の指揮を執るのは初めてです。昨日の曳航でも、私には分からないところを貴官に任せました。砲戦でも、私が余計な指示を挟んで判断を遅らせるつもりはありません」
ガネバン中尉は手元の画面を消さず、私を見ていた。ここで退いてしまえば、何のために乗り込んだのか分からなくなる。
私は足元の固定を確かめた。
「本艦に迎撃を命じた責任は、私にあります。操艦と砲戦は、艦長である貴官に一任します」
次回は、主人公がMSではなくキメラ艦に乗って戦うことになります。
第2章は、5話+鹵獲実験艦01号の評価報告書という構成ですので、あと残すは3話で第3章の執筆に入ります。
次は地上用モビルスーツの評価試験になるかどうか…
ちなみに著者はフィンガーバルカン要らないよ派です
登場させるとしても大分先になりますが、ジークアクスのキャラを出すのはアリかナシか。(出るならニャアン)
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アリ
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ナシ
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どっちでも良い
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早く書け