技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
第2章最終話です
宇宙世紀0079年2月27日
仮設工廠の出入口で、コロニー外壁の残骸が動き始めた。作業艇が索を曳き、その間を戦艦の艦首がゆっくりと通っていく。
ルウム暗礁宙域から引き出し、私たちの手で修復してきたマゼラン級だ。
艦尾に取り付けた交換用の推進器が光る。噴射は揃い、船体がどちらかへ傾く様子もない。私はヨーツンヘイムのブリッジから、その後ろ姿を見送っていた。ヅダで支えていた時には大きすぎた部品が、今は艦の一部として遠ざかっていく。
護衛のムサイ級3隻が前後へ分かれ、回収作業で確かめた航路へ戦艦を導く。本国へ送り出した巡洋艦の時より、随分と厳重な扱いである。
それも当然だろう。船体に加え、火器管制や航法の基幹ソフトウェア、実際の交戦記録まで揃っている。技術本部から届く問い合わせを見ているだけでも、向こうが何を欲しがっているかは見えてくる。
艦を操る仕組みを調べれば、連邦がどう狙い、どう動かすかを知る手掛かりになる。こちらの艦艇やMSに取り入れられるものもあるかもしれない。船体の仕上げを終えれば、戦艦の少ない我が軍で、主力艦隊の一員にも新たな戦隊の旗艦にもなれる。
もう、次の修理で私があの艦尾へ取り付くことはないのだろう。受領を知らせる通信が終わるまで見届け、手元の引き継ぎ記録を閉じる。
仮設工廠にも、本国から正規の工作部隊が来ていた。固定に使った索、作業用の配管、残骸の間を通る航路。私たちには見慣れたものばかりだが、初めて使う者には説明が要る。整備兵が最後まで残って案内し、使いかけの部品も札を付けたまま渡していた。
3週間余り続いた回収と修繕の仕事は、これで一区切りとなる。
格納庫を埋めていた連邦製の機材が減り、ヅダの周りにもようやく余裕が戻った。右腕の駆動系も整備を終え、操縦桿を動かした分だけ素直に応じてくれる。私は機体と一緒に、しばらく重い荷物を持つ仕事から解放されそうだ。
その一方で、手元には新しい辞令が届いている。
第603技術試験隊専属護衛独立戦隊。
途中で略す場所に困る名前だ。所属艦は相変わらず1隻しかないのに、書類の表題だけは立派になった。
マイ中尉が2月21日付で提出した報告書を受け、鹵獲実験艦01号の技術評価試験は正式に終了。そのまま私の戦隊へ編入されることになったのである。宛先にあったアルベルト・シャハト少将の名も、承認の文面に並んでいる。
所属は宇宙攻撃軍司令部直轄。任務は第603技術試験隊の専属護衛だが、指揮系統は独立する。司令部から別の指示がない限り、戦隊の行動を決めるのは私だ。
プロホノウ艦長にもモニク特務大尉にも、戦隊への直接の指揮権はない。これまで私へ下されていた出撃命令は、今後は戦隊への要請という形になる。
その説明を受けた翌日の打ち合わせにも、私はいつもと同じ席へ座っていた。ヅダの特殊な装備を維持するには、ヨーツンヘイムの設備と整備兵が欠かせない。補給の予定を聞かずに勝手な行動を取れば、困るのは私の方である。
護衛する相手から危険を知らされて、書類の形式が違うからと断るつもりもない。日々の仕事は、そう変わらないだろう。
ただし、試験の都合でどこまで危険を引き受けるかは、自分で判断することになる。
そのための独立だと、ドズル閣下からの極秘通信で聞かされていた。技術本部が実戦の記録を欲しがれば、試験隊の行く先も前線へ近づく。兵器の性能を確かめる立場から出された命令が、護衛部隊をどう消耗させるかまで考えられているとは限らない。閣下は、それを危惧しておられた。
宇宙攻撃軍から出したパイロットも船乗りも、際限なく試験に付き合わせるために育てた者ではない、というわけだ。
ヘンメ大尉の砲を撃たせるために観測を続けたことも、01号の試験でマイ中尉と数値を見比べたことも、私には無駄な仕事ではなかった。それでも、次に何を持ち込まれ、どこで試せと言われるかは分からない。
辞令を読み直すと、自分の名の下に、ガネバン中尉以下の乗員がいる。出撃を決めるにも、退くにも、これからは私が答えを出さなくてはならない。
閣下は私を気に掛け、その判断を任せてくださったのだ。礼の返信を作る時には、文面を何度も直してしまった。
正式編入の通達には、艦名も添えられていた。
オキノトリシマ。
艦級の欄はまだ埋まっていない。これ以上同じものを造るつもりがないのか、今のところ名前を必要とする艦が1隻だけだからか?その辺りの事情は、こちらには知らされていない。
命名したのは技術本部である。艦と指揮権は宇宙攻撃軍へ渡しても、名前を付けるところまでは譲らなかったらしい。
上の方々の意地の張り合いに付き合う気はない。番号で呼ぶよりは艦名があった方がよい。そう思って由来に目を通したところで、私は少し考え直した。
旧日本国の南方にあった、小さな島の名前である。ナカノミヤ家のルーツにも関わる地名なので、聞き覚えがある。
その島は、広大な排他的経済水域を維持する拠点として、長い間、護岸工事を繰り返されてきた。波に削られればコンクリートで固め、海面が上がれば、また壁を継ぎ足す。私が実家の書庫で読んだ文献には、元の島がどこにあるのか探したくなるような写真が載っていた。
宇宙世紀へ移り、地球連邦の成立によって国家間の領海を区切る意味がなくなっても、工事だけは続いたという。昔から守っているものだから、という理由でもあったのだろうか?
コロニー落着前の記録では、島の地面は周囲の海面より3mも低く、そびえ立つコンクリートの壁に囲まれていたらしい。
島というには無理があると思う。
現在のあの海域がどうなっているかは分からない。ただ、修繕のたびに人工物を足され、姿を変えて生き延びたという来歴は、確かに私たちの艦によく似ている。
技術本部*1が造り、改修を重ねた艦を他所へ持っていかれるのが面白くなかったのか?それとも、命名した者にはこれが会心の洒落だったのか?文面には、そこまでは書いていない。
わざわざ私の家に関わる地名を選び、継ぎ足した護岸の話まで載せるあたり、親切心だけとは思いにくい。
だが、その名前を毎日の通信で名乗るのは、ガネバン中尉たちである。上の人間の機嫌を、艦首へ書いて持ち歩かされる身にもなってほしいものだ。
「それで、部隊名の通称は決まったの?ナカノミヤ大尉」
端末から顔を上げると、モニク大尉が隣に立っていた。窓の外には、ヨーツンヘイムへ速度を合わせたオキノトリシマが見える。
大尉は艦橋の付け根へ目を留め、僅かに眉を寄せた。あの形には、まだ慣れないらしい。
「ああ、特務大尉でしたか。はい、昔の日本に伝えられていた妖怪から、ヌエ隊としました」
「ヌエ……それはどんな妖怪だったのかしら?」
「はい、今で言うところのキメラに近いものです」
「キメラ、つまりオキノトリシマと同じか」
「そうです。それと、クルーのことも示唆してますよ」
「あぁ……そう言えばそうだったわね」
「もうここに及んでは、毒を食らわば皿までと言った感じで名付けました」
大尉がこちらを見た。私は肩をすくめ、端末へ表示していた編成表を示す。
旧ダイクン派という共通点はあっても、乗員の元の配属先は揃っていない。私自身も、技術試験隊へ出向してきたパイロットだ。寄せ集めと言われれば、その通りである。
けれど、昨日までの所属が違っても、あの艦を動かす時には皆が自分の仕事をしていた。ガネバン中尉の指示で艦首が沈み、砲術員が給電の回復を告げた時の声は、今も覚えている。
「自虐的なネーミングね。でも、あの艦を指すのであれば良い名前かもしれない。それに、連邦のサラミスを2隻も単艦で食い殺したのだから、妖怪の名を冠するだけの資格は十分にある」
「ええ。共に戦ったあとなら分かります。彼らは私が背中を預けるに足る、最高の猟犬たちになります」
私は窓の向こうの艦橋を指した。
「プロホノウ艦長にも、守ってもらえるかどうかはこれからだ、と言われました。その答えは出せたと思います」
「大尉がそう言うなら、信じることにします。私たちの命も、貴女と猟犬たちに懸かっているのだから」
私は頷き、通称を記入した編成表を送信した。
しばらくして、オキノトリシマから受信確認が届く。艦名と部隊名が揃った最初の通信には、次の航海に必要な補給品の一覧も付いている。
ガネバン中尉は、やはり仕事が早い。私はモニク大尉へその画面を見せ、格納庫の担当者を呼んだ。
宇宙世紀0079年3月1日
地球攻撃軍の第一次降下作戦が始まろうとしていた。
2月に編成されたこの軍は、突撃機動軍第1機動歩兵師団を基幹とし、総司令官にはマ・クベ中将が就いている。侵攻を計画したのはギレン総帥を中心とする軍上層部だったが、本国の報道では、ガルマ・ザビ大佐*2の姿を見ることが多かった。
北米方面軍を率いるザビ家の御曹司である。国民へ新しい軍の発足を知らせるには、あの顔を出すのが一番なのだろう。祝勝会でシャア少佐を探していた時とは違い、画面の中では、どこへ行っても大勢の前へ立っておられた。
地球全体へ送り込む兵と物資をまとめるマ・クベ中将も、北米で指揮を執るガルマ様も、これからは地上で仕事をすることになる。
私たちには、その兵と機材を軌道へ運ぶ仕事が回ってきた。
ヨーツンヘイムの大きな格納庫は、降下用のHLVとその輸送準備に使われている。次の機材を受け取るため、下ろしたばかりの場所へ整備兵が戻っていく。工廠を引き渡せば少しは静かになると思っていたが、皆が使える空間を放っておいてくれるはずもない。
衛星軌道上には、パゾクやパプア、それに護衛の軍艦が集まっている。表示を広げても味方の識別枠が途切れず、その間をHLVが指定された位置へ動いていく。
グラナダのマスドライバーからは、既に質量弾が送り出されている。ヨーロッパ方面の防空陣地や重要拠点へ、降下に先立つ攻撃を加えるのだという。地上の映像が届くたび、作戦図の目標に確認済みの印が増える。
「壮観だな」
プロホノウ艦長が窓の外を見て呟く。
「本当ですね、艦長。計画では、第三次降下作戦まで予定されています。ヨーロッパの資源地帯と北米の穀倉地帯さえ押さえてしまえば、我々はあと10年だって戦える!」
モニク大尉の声は弾んでいた。私は頷きながら、最も近くにいるHLVへ目を向ける。
厚い装甲の内側には、これから降りる兵士がいる。武器を確かめている者も、座席でじっと待っている者もいるのだろう。こちらから見えるのは、もう閉じられたハッチだけだ。
10年。その長さを考えると、返す言葉が見つからない。
軌道から見下ろす地球は青く、雲の切れ目に陸地が覗いている。あそこへ降りた後は、艦へ戻るにも迎えが要る。傷ついた機体を抱えて空へ逃げるわけにもいかず、部品も食糧も、長い道を運ばなくてはならない。
総帥の命令が伝わり、降下が始まった。
HLVやHOTOLが次々と軌道を離れる。追跡画面の高度表示が下がり、やがて光学映像の中でも、機体の周囲が赤く染まっていく。
私は窓の下へ消えていく光を追った。最後の1機が見えなくなっても、通信席には着地を待つ回線が幾つも残っている。
宇宙世紀0079年3月11日
第一次降下作戦の後、地球攻撃軍はオデッサ方面と中東方面へ進出し、資源地帯を占領した。3月4日に降下したマ・クベ中将麾下の資源採掘部隊からは、既に採掘と精錬を始めたとの報告が届いている。
今日は北米の穀倉地帯と工業地帯を押さえるため、第二次降下作戦が実施される。
ヨーツンヘイムは再び輸送任務に就き、私たちヌエ隊には、宇宙攻撃軍司令部から降下部隊の護衛が命じられていた。
オキノトリシマは集団の外側、ルナツーに近い方へ配置されている。臨時に共同護衛を行うムサイ級ケルンも隣に付き、今は同艦のザク2機が前方を哨戒している。残る2機と私のヅダが、後から交代する予定である。
そのヅダは、今日はヨーツンヘイムにいない。
私がコックピットから見下ろすデッキの床には、新しい塗装の線が引かれている。整備兵が工具箱を押し、機体の脇を横向きになって通り抜けた。向こうから別の者が来ると、片方が壁の手すりへ退いて道を空ける。
オキノトリシマに増設されたMSデッキだ。
マゼラン級の修復と並行して始まった改装は、工廠を離れるまで続いた。前方のミサイルランチャーは既に撤去してあったが、今回は残るVLSと関連する設備を外し、前方3基の連装メガ粒子砲を艦首寄りへ移している。
ミノフスキー粒子が濃ければ誘導は頼みにしづらい。それでも、ミサイルをまとめて撃ち出す手段には使い道がある。その武装を手放してでも、MSを乗せる場所を作ろうという改装だ。
艦体中ほどに確保したデッキには、最大で3機を収められる。ただし、3機が並ぶと、整備兵が部品を運ぶだけでも一仕事だ。腕や脚を広げて点検できることまで考えれば、普段は2機が妥当だろう。
艦底の宇宙往還機格納庫も撤去され、広げた開口部がMSの発進ハッチになった。その先から艦首の底面に沿って、100m近い加速距離を持つカタパルトが延びている。
初めて使った時には、視界の端が暗くなりかけた。発進台が動き始めると座席へ押しつけられ、息を継ぎ直す間もなく艦首を越えていたのだ。
何度か訓練し、加速を受ける時の姿勢には慣れた。それでも好きな乗り心地ではない。ただ、艦の設備だけで十分な離艦速度を得られるのはありがたい。機体で同じだけ加速するための推進剤を、帰投や戦闘に回せる。
試験記録はマイ中尉が技術本部へ送っていた。鹵獲艦や既存の艦の改修にも使えるか、向こうで検討するという。もっとも、今の私にとっては、この狭いデッキから確実に出られることの方が先だ。
次の当直まで、まだ2時間ある。
私は計器を待機表示へ戻し、オキノトリシマの給養員から渡されたMSベントウを開いた。真空パウチの中には、小さく作ったイナリ寿司が4つ並んでいる。
私の好物だ。指で1つ摘み、油揚げの端から噛む。甘い汁が口に広がり、思わず残りの大きさまで見比べてしまう。忙しい時に片手で食べられるようにしてくれたのだろうが、今日は急ぐ理由もない。
そう思っていたところへ、別の気配が触れた。
口を動かしたまま、前方のモニターを見る。格納庫の壁しか映っていない。それなのに、こちらへ向かってくる怒りがある。遠くから探られるような感触が強まり、喉を通しかけたものが途中で止まった。
私は飲み込み、通信へ手を伸ばす。その前に艦内の警報が鳴った。
「状況は!?」
『戦隊長、高熱源体多数が高速で接近中。敵小艦隊と思われます』
ガネバン中尉の返事とともに、戦術画面が開く。警戒線の外側に印が増え、降下部隊へ向かう針路が伸びている。
「敵編成は?」
『現在、ケルン隊のザク2機が迎撃に向かい、確認中です』
「わかりました。ヅダの発進準備を急いでください」
残りのイナリ寿司を口へ運び、空いた包材を収納部へ押し込む。もっとゆっくり食べたかったが、3つ目の味はほとんど分からなかった。
飲料で喉を通してからヘルメットを被り、気密を確かめる。主機の始動を告げると、機体に繋がっていた整備用のケーブルが外れる。
ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉の出力が上がり、姿勢制御系と各武装の表示が点く。ヅダの手へ280mmMS用対艦ライフルASR-78が渡される間にも、前方から報告が届いた。
『こちらケルン02!敵はレパント4隻にサラミス3隻!03と共同でレパント2隻は撃沈したが、あとは抜けられた!03は被弾して左腕喪失!!』
哨戒位置へ出ていた2機は、突破した敵の後ろにいる。こちらへ戻るにも、艦列を避けて回らなければならない。敵の残りは5隻。その先には、降下を待つHLVが並んでいる。
「こちらメテオ01、ケルン02と03はそのまま追撃。無理はしないでいい」
あの5隻を自由に進ませるわけにはいかない。後方から攻撃を受け続ければ、こちらへ向けられる砲も減る。私が出るまで、もう少し引きつけていてほしい。そのつもりで指示した。
『ケルン02了解!』
「ケルン01と04は戦隊直掩、迎撃にはヅダ1機で行きます。艦長、武装はいつも通りで」
『こちらケルン管制了解』
『了解しました。御武運を』
「ありがとうございます」
2機を艦のそばへ残し、ガネバン中尉へ発進経路を確かめる。私が敵へ取り付いている間に、別の艦やミサイルを通されるわけにはいかない。
格納庫の作業員が退き、ハッチの向こうに星が見え始める。
『こちらオキノトリシマ管制、発進用意宜し』
「メテオ01、発進許可受諾。ヅダ出ます」
拘束アームが外れ、移送装置に導かれたヅダが艦底へ出る。私は足を発進台へ載せ、固定を確認した。280mmMS用対艦ライフルASR-78の銃身を船体から離し、頭を座席へ預ける。
カタパルトが作動した。
身体が背もたれへ押し込まれ、艦底の装甲が頭上を流れる。歯を噛み合わせ、操縦桿を握る手を保つ。最後の外板が過ぎたところで固定が外れ、正面に宇宙が広がった。
金星エンジンの推力を上げ、敵の進路へ機体を送る。既にオキノトリシマは後ろへ離れつつある。カタパルトから受け取った速度を使いながら進入角を変えると、モニターの中へ小さな噴射光が入る。
その先に艦影があり、後方へ向けた砲塔が光っている。ケルン02と03は、まだ追いつこうとしていた。
『クソッ、02被弾02被弾!!脚部損傷、離脱する!!』
「無理せず後退しなさい!」
02の識別表示が艦列から離れる。私は敵の最後尾へ観測枠を重ね、03の位置を探した。左腕を失ったザクが、サラミス級の船尾近くへ入っている。
『ケルン03、バズーカ残弾なし!や、やった!?……うわぁっ!!』
『ニィィィル!!』
サラミス級の推進器から光が噴き出した。その脇で、ザクへ赤い射線が重なる。機体が肩から傾き、次の1本が胴体を通り抜けると、識別信号が消えた。
私は呼びかけようとして息を詰める。
届かなかった何かを掴もうとする焦りがある。次に来た痛みは、どこが痛いのか分からない。操縦桿を握っている自分の右手が動くのを見て、ようやく機体の表示へ目を戻せた。
03はいない。敵の船尾には、彼が最後に撃ち込んだ跡が残っている。
『クソがぁぁ!!』
「下がりなさい!!」
ケルン02はまだ敵へ銃口を向けている。破損した左脚の噴射口は暗い。残った推進器を噴かし、距離を取ったままMS用バズーカA-2型を撃ち続ける。
推力を失って艦列から遅れ始めたサラミス級へ、弾が続けて入る。船尾から広がった爆発が艦体中央へ達し、砲塔を載せた上部が持ち上がる。
艦が折れた。
また怒りが来る。胸へ入り込む感触に首を振り、私は02の後方へ目を移した。残る敵艦からも、彼を狙う砲火が出ている。
こちらへ向かせなくてはならない。
「そこ!」
先頭を進むレパント級へ、280mmMS用対艦ライフルASR-78を向けた。照準を艦首の進む先へ置き、引き金を引く。反動で機体の向きが変わりかけるのを噴射で支え、そのまま隣のフリゲートも追う。
艦首に開いた穴から光が溢れ、発射管の列に沿って外板を押し上げていく。ミサイルに火が回ったらしい。船尾まで巻き込む爆発の脇から、もう1隻のレパント級が艦首をこちらへ向けた。
発射口が光り、噴射炎を連ねた6発のミサイルが艦から離れる。私は発射を続ける船体へ照準を送り、艦橋と艦首へ2発を撃ち込んだ。
艦橋の根元が崩れ、前部でも破片が噴き出す。艦体を繋いでいた部分が爆発に隠れるまで見届け、射線を外した。
レパント級は全て沈んだ。しかし、放たれたミサイルは止まらない。
私へ向かって進んでくる。その後ろには護衛艦と降下部隊がいる。こちらだけかわして済む位置ではない。
残弾は2発。私は弾倉を抜き、シールドの予備マガジンと交換した。外した方は保持具へ戻し、5発の装填を確かめてから、広がる6つの光へ銃口を向ける。
最初の1発がミサイルを捉えた。爆発へ隣の1発が入り、熱源表示が重なる。もう1発を別の軌跡へ送り、その光が途切れるのを確認する。
3発。まだ半分が残っている。
私は機体を横へ流し、胸を迫ってくる光へ向ける。コックピット右上の30mmバルカン砲が連射を始める。射線を重ねた1発が機体の脇で爆ぜ、シールドへ細かな破片が当たった。
残る2発は、既にヅダの横を抜けている。追って向き直るより先に、後方へ軌跡を送る。
「そちらに2発ミサイルが行きます!」
『了解!こちらで対処する!』
返してきたのはケルン01だ。04と左右へ分かれ、送った進路へザクマシンガンを向けている。私はその2機に任せ、前方へ機体を戻した。
『メテオ01、こちら02。推進剤が残り少ない。これ以上、追えない』
「追撃は終わりです。機体の姿勢を保って、救援を待ってください」
短い了解が返る。
残るサラミス級2隻が間隔を広げ、こちらを挟むように砲塔を振る。私が02の方へ戻れば、その脇を抜けて降下部隊へ向かえる。まだここを空けるわけにはいかない。
単装メガ粒子砲が続けて光った。
足を振って機体の姿勢を変え、金星エンジンの推力を横へ向ける。先ほどまで進んでいた場所をビームが抜け、その先からもう1隻の射撃が来る。私は噴射を短く切り替え、弧を描きながら艦列へ近づいた。
どちらも私を追っている。照準を直そうとする焦りが、片方から強く来る。
あちらが先だ。
280mmMS用対艦ライフルASR-78には3発残っている。手前のサラミス級へ1発を送り、次の光条を避けながら、奥の艦橋にも照準を移す。
手前の艦橋が根元から外れた時、2発目は既に飛んでいた。奥の艦の上部で装甲片が広がり、窓の並んだ部分が船体の陰へ傾いていく。
それでも砲撃は止まらない。
各砲塔から撃っているのだろう。射線の揃わなくなった間へ入り、私は1発を残した280mmMS用対艦ライフルASR-78を背面の保持具へ収める。代わってMS用バズーカA-2型を引き抜いた。
手前の艦の上方へ出ると、船体に並ぶVLSの蓋が目に入る。こちらへ向いた砲塔の射線を越え、MS用バズーカA-2型を撃ち下ろしながら艦底側へ回り込んだ。
上方から破片が流れてくる。後方の映像ではVLSの蓋が次々に跳ね上がり、その下から膨らんだ爆発が艦体中央を裂いていく。
艦橋を失ったもう1隻が、推進器を強く噴かしていた。降下部隊へ進む針路から外れ、戦場を抜けようとしている。その砲は、まだこちらを向いたままだ。
追いついたヅダを船尾の下へ入れ、MS用バズーカA-2型を構える。発射の衝撃を受け流し、すぐに艦の側方へ出た。主推進器の付け根から破片が噴き出し、大きな噴射炎が消える。
艦はそのまま進んでいく。推力を奪っても、ここまで得た速度は残っている。私はその動きに合わせ、船体の少し外側を並んで飛ぶ。
艦橋を撃たれてから前方の砲塔は動かない。後部の砲塔がこちらを追い、船尾側のもう1基も向きを変えている。
MS用バズーカA-2型を右手に持ったまま、左手でヒートホークを抜いた。
砲口の向く先を避けて接近する。赤くなった刃を砲身の根元へ通すと、腕に掛かる抵抗が急に増す。機体を引き剥がすように噴かし、傾いていく砲塔の外へ出る。
次の砲塔から光が飛んだ。今度はその側面へ回り、ヒートホークを旋回部へ叩き込む。刃の抜けたところから破片が浮き、こちらを追っていた砲身が途中で止まる。
私は機体を離した。砲口が動かなくなったことを確かめ、ヒートホークを大腿部へ戻す。MS用バズーカA-2型の銃口は、残った副艦橋へ向けたままだ。
「投降なさい。さもなくばすぐに僚艦の後を追わせる」
呼びかけを繰り返す間、艦の側面を小さな灯火が流れていく。
まだ誰かがいる。艦橋へ弾を送った後も、機関を壊した後も、この中で持ち場を離れなかった者がいるのだろう。こちらを恐れる気配と、なお向けられる怒りを感じながら、私は指を引き金へ掛けずに待った。
ケルン03を撃ったのは、既に沈んだ別の艦だ。そう考えれば気が楽になるというものでもない。同じ部隊の仲間を奪い合い、今は私の方が武器を向けている。
やがて、副艦橋の方から通信が入った。
『……こちら第25分隊……サラミス級サラマンカ、投降する。兵達の安全を保証願いたい』
「わかりました。私の名に於いて保証致します」
武装解除と射撃の停止を命じ、機関の状態を報告させる。南極条約に従って捕虜として扱うと伝えると、相手は了解の後にも、負傷者がいると付け加えた。
私はその人数を聞き、オキノトリシマへ送った。主機関は使えないが、補助推進器の一部は動くという。艦を不用意に回頭させないよう指示し、こちらも同じ速度で監視を続ける。
後方からは、直掩のザクが2発のミサイルを迎撃したとの報告が届いている。降下部隊への被害はない。ケルン02の位置も、両艦が把握している。
それを読み終えたところで、ようやく奥歯を噛み締めていたことに気づいた。顎を緩めると口の中が乾いている。飲料のチューブを探す間も、サラマンカの砲塔からは目を離せない。
オキノトリシマとケルンが到着すると、投降艦の両側へ分かれた。砲を向けた2隻の間を臨検のランチが進み、私が待機していた副艦橋の近くへ取り付く。
各区画の武装解除を終えたサラマンカへ、ケルンの作業班が曳航索を渡していく。私は外側で周囲を見張りながら、最後の固定を待った。
その途中で、ケルン02を収容したとの報告が届く。左脚を損傷し、推進剤を使い切って漂流していた機体を、救援が回収したという。
搭乗員は生存。私はその一文を読み直してから受信を返した。
それ以上の敵襲はなく、第二次降下作戦は成功した。
オキノトリシマのデッキへヅダを固定し、私は武装と推進剤の記録を送る。外では整備兵が装甲を調べ、機体の手からMS用バズーカA-2型を外しに掛かっている。
サラマンカの投降は記録に残り、ケルン02も戻った。救出完了の報告を開くと、私へ礼を伝えてほしいという言葉が添えられている。
だが、03は帰ってこない。
コックピットを開けても、すぐには席を立てない。膝の脇に押し込んだ包材が目に入り、手を伸ばす。油揚げの汁が内側に少し残っている。
ほんの少し前まで、これをゆっくり食べるつもりでいた。その頃には、あの2機が私たちの前で見張りを続けていたのだ。
左腕喪失。報告は聞いていた。それでも、私が追撃を命じた。
2機を退かせれば、敵が降下部隊へ近づくかもしれない。私が出るまで、もう少し引きつけていてほしい。あの時は、そこへばかり気が向いていた。
無理はしないでいい。
付け足した言葉も覚えている。どこで追撃をやめるかは伝えず、02の了解を聞いて、私は発進準備へ戻っていた。
私は包材を畳み、収納部から出した。外にいた整備兵が手を差し出す。礼を言って渡し、ヘルメットを抱えてコックピットから降りた。
ブリッジへ行けば、まだ報告することがある。
通路へ向かう前に端末を開き、ケルンへ送る記録を確かめる。02には受信の確認が付き、03の欄は信号を失った時刻で止まったままだ。
私は追撃を命じた通信も添えて、ガネバン中尉へ送った。
御高覧ありがとうございます。
第二次降下作戦までで第2章は終わりです。
第三次降下作戦と同時か少し後に、第603技術試験隊のメンバーも重力戦線に引き摺り込まれていく感じになると思います。
ヒルドルブの前に、スタッフ達が重力戦線を経験しておくことは、必ずや何かしらの結果をもたらしてくれると確信しています。
あと、この世界のオキノトリシマは江東区砂町とかと同じく海抜マイナスになっています。
国という括りは無くなっても、きっと漁業優先権とかはあるに違いないと考えたからです。
でも、流石にコンクリート壁で固めて島の表面は海抜マイナス3メートルです、は国際社会では通用しないだろ…と思いつつ書いてました笑
ヌエ隊は、本当であればキマイラ隊に肖って…と思ったのですが、キマイラ隊の結成自体が一年戦争後半と言うことが分かったので、オキノトリシマのキメラ艦具合と日系人と言うことから取って、妖怪のヌエにしました。
相変わらず遅筆故に、第3章も書き終わるのに少し時間が掛かると思います。
1ヶ月は掛からないと思いますが、一応7月の後半あたりを目安に見て頂けると幸いです。
引き続き宜しくお願い致します。
最後に、皆様のご感想と評価お待ちしております。
登場させるとしても大分先になりますが、ジークアクスのキャラを出すのはアリかナシか。(出るならニャアン)
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アリ
-
ナシ
-
どっちでも良い
-
早く書け