技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
第3章になります。
この章は今後の布石にするつもりで色々とブチ込みながら執筆したものになります。
なので、一部本来の設定と異なる箇所が複数出て来ますが、それは正史に存在しないはずの主人公が居ることで起きた、バタフライエフェクトのようなものだと思っていただければ幸いです。
第13話
宇宙世紀0079年3月13日
第603技術試験隊の母艦であるヨーツンヘイムと、我々が所属するヌエ隊の旗艦オキノトリシマは、無事に第二次降下作戦の支援と軌道上での防衛任務を遂行し、本国サイド3の軍港へと帰還を果たしていた。
広大な軍用ドックには、私たちの他にも同じく降下作戦の支援を終えたムサイ級軽巡洋艦やチベ級重巡洋艦、さらには地上への補給物資を運び終えて空荷になったパプア級やパゾク級補給艦がひしめき合っている。入港待ちの艦艇が列を成し、ドック周辺の宙域全体が、行き交うランチとMSの熱気で異常なほどの混雑を見せていた。
本来であれば、我々のような特務部隊や寄せ集めのキメラ艦など、入港手続きを後回しにされて1日2日は宙域で待機させられるのが関の山である。
しかし今回ばかりは事情が違った。私が第二次降下作戦時に拿捕し、ワイヤーで曳航してきた連邦軍のサラミス級サラマンカの存在があったからだ。
ジオン公国軍にとって、稼働状態にある軍艦と、多数の生きた捕虜を一挙に手に入れた価値は大きい。軍上層部への顔通しと宇宙攻撃軍への貢ぎ物としてはなかなかの戦果であり、その恩恵により、我々ヨーツンヘイムとオキノトリシマの小艦隊は、並み居る主力艦を押しのけて優先的に入港許可と補給ラインの確保を取り付けることが出来ていた。
ヨーツンヘイムへの補給が行われる中、ヨーツンヘイムのブリッジでは、これで暫くはまた暇を持て余した対空訓練の日々が続くのではないかと、士官たちと和やかに談笑を交わしていた。
「特務大尉。私の記憶違いでなければ、確か地球への降下作戦は第三次まで予定されていると言っていたが……その際、またヌエ隊とは別行動になるのか?」
プロホノウ艦長が、艦長席に深く腰を沈めながら、少し不満気にモニク大尉に尋ねた。
艦長としては、自分たちの作戦行動中に、頼みの綱である我々ヌエ隊が別行動を取り、傍から離れてしまうことがひどく心配らしい。
第603技術試験隊の母艦であるヨーツンヘイムは、ただの旧式の輸送艦ではない。公国軍の命運を握るだろう新型兵器の評価試験を担う、軍事機密の塊である。艦隊司令部もなんだかんだと文句を言いつつも、この艦が撃沈されて技術データを試験評価するプロ集団が喪失したら困るため、作戦中は艦隊のど真ん中辺りの比較的安全な配置にしてくれてはいる。
しかし、戦場において絶対の安全など存在しない。前回のルウム暗礁宙域での防衛戦のように、敵の強襲部隊が飛び込んでくるか分からない状況下において、専属で護衛してもらえるMSが直掩に存在しないと言う事実は、艦長にかなりの精神的ストレスを抱えさせているようだった。
モニク大尉は、気だるげな手つきで手元のタブレット端末をスワイプして軍令を確認し、少し呆れ気味に息を吐いた。
「ええ、そのようですよ艦長。残念ながら、技術試験の予定がない我々は、次回もただの軌道上での輸送・待機任務です。そしてナカノミヤ大尉の独立戦隊は、司令部の指示でまた別の宙域の哨戒に回されることになりそうです」
プロホノウ艦長は深くため息を吐き、広い額に手を当てた。とても憂鬱そうである。
「この降下作戦が終了した頃には、技術本部から新たに厄介な技術試験の指示が来そうではありますね。それまでの骨休めと思えば良いのでは?」
コンソールの前に座っていたオリヴァー・マイ技術中尉が、首だけをこちらに回して慰めるようにそう言った。
「はぁ……。来る日も来る日も実戦ばかりだ。平和に訓練尽くめだったあの頃が恋しいものだ」
「艦長!我々は今、地球連邦という巨大な敵と戦争をしているのですよ?ジオンの軍人がそのような弱腰の体たらくでは困ります!」
「はぁ……」
プロホノウ艦長は、噛み付いてくるモニク大尉のヒステリック気味な叱責に対し、頭が痛そうに再びため息を漏らした。
暫くヨーツンヘイムのブリッジでそのような他愛もない話をしていると、私の個人端末に暗号化された通信が入った。
宛先を確認すると、なんとツィマット社の上層部からだった。
通信の内容を要約すると、現在ツィマット社は、ライバル企業であるジオニック社と共に次期陸上主力MSの研究開発を競合して行っているのだが、自社で組み上がっている試作機のテストパイロットを、是非とも私に務めてほしいと言う熱烈な懇願だった。
文面には、「あの欠陥機扱いされていたヅダと、一品物の金星エンジンのピーキーな推力すらも手足のように操り、連邦の艦隊を単騎で屠った貴女の卓越した操縦技術にこそ、我が社が研究している高機動試作機を託したい。次こそは必ずやジオニックを打ち倒す」という、ツィマット社開発部の血の滲むような執念と熱意が込められていた。
しかし、いくら高く評価されていようと、私には第603技術試験隊の母艦を護衛するという本務がある。それに、私自身は生粋の宇宙生まれであり、コロニー内なら兎も角、地球の重力下での戦闘経験など皆無だ。
いくらなんでも、この申し出に参加するのは難しい。もちろん、ツィマット社の熱意に応えたい、新しい機体に乗ってみたいというパイロットとしての純粋な気持ちは山々ではあるのだが。
私は残念ながら断りの連絡を入れようと端末のキーを叩きかけたが、ふとスクロールさせたその文章の最後には、驚くべき続きが記されていた。
――ジオニック社側が開発した試作機について、軍上層部が第603技術試験隊に技術評価を正式に依頼する手はずになっている、と。
しかも、ツィマット社は既に宇宙攻撃軍のドズル・ザビ中将の司令部にも根回しと協力を要請済みらしく、私の端末には、宇宙攻撃軍から発令された私個人への『命令書』までもが共に添付されていたのである。
私がその事実を飲み込む間もなく、メインコンソールに向かっていたマイ中尉の元に、技術本部からの正式な軍命が飛び込んできた。
「技術本部からです!読み上げます……。3月18日を以て、第603技術試験隊は第一次陸戦用MS開発計画に基づく次期地上主力MS選定にあたり、第603技術試験隊専属護衛独立戦隊と共に技術評価、及び機体開発に協力されたし。尚、本技術評価試験は地球の重力下で行うものである。両隊は速やかに指定宙域にて試作機を受領し、第四地上機動師団と共に、第三次降下作戦で東アジア方面へ降下せよ……との事です!」
マイ中尉が震える声で読み上げを終えると、マイ中尉を含めて、暫くの間ブリッジに深い沈黙が降りた。
宇宙での運用が前提である艦隊のクルーにとって、まさか自分たちが地球の重力下へと直接降下する作戦に組み込まれるなど、微塵も想像していなかったからだ。
「……つまり、降下作戦の期間中、ヨーツンヘイムの直掩にはMSの護衛が居なくなるわけか」
プロホノウ艦長が、通信内容を反芻しながら唸り、顎を摩った。
「……我々も地球行き、ですって?!」
沈黙を破ったのは、モニク大尉の悲鳴のような声だった。彼女は信じられないと言わんばかりにマイ中尉の胸倉を掴むと、力任せに前後に激しく揺さぶり始めた。
重力ブロックの慣性に任せてガクガクとマイ中尉の頭が揺さぶられ、彼の顔が段々と貧血のように青くなっていくのがわかった。
「お、落ち着いて、下さい!特務大尉!私を揺すっても軍の命令は変わりません!」
「技術中尉が吐く前に、良い加減に諦め給え。はぁ……オキノトリシマの護衛が外に居てくれるだけマシと思うべきか、この煩型のお嬢さんが居なくなることを喜ぶべきか…悩むな」
「艦長?何か仰りたいことでもあるなら、ハッキリと仰っては?」
「ううむ……」
プロホノウ艦長の不用意な呟きを聞き逃さなかったモニク大尉は、マイ中尉を突き飛ばすと、今度はギロリと音がしそうな凄まじい視線で艦長のことを睨みつけた。
彼女の怒りに満ちたあまりの迫力に、ブリッジ内の男性クルー達が一斉にたじろぎ、無言で一歩後退りした。
「ふん、情け無い男共!」
モニク大尉は突き飛ばされて尻餅をついているマイ中尉を一瞥すると、両腕を組んで不満げに鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
こうして、私と第603技術試験隊は、次期主力機のコンペティションという企業の思惑に完全に巻き込まれる形で、見知らぬ惑星の大地を踏むことになったのである。
宇宙世紀0079年3月14日
技術本部からの『速やかに受領されたし』との命令に従い、我々ヨーツンヘイムは直ちにサイド3の軍港を出港し、その足でダークコロニーへと赴いた。
コロニー内の極秘搬入口にて、我々はまずジオニック社の社員たちと接触し、彼らが持ち込んできた試作機が厳重に梱包された降下用HLVを回収した。
私側も、同じくコロニーの別のドックで待機していたツィマット社の社員たちから、ツィマットが並行開発した試作機が入ったHLVを引き取り、二機の機体をヨーツンヘイムの広大な格納庫へと収容した。
ジオニック社とツィマット社は、ジオン公国におけるモビルスーツ開発の双璧であり、主力機開発の利権を巡ってお互いに激しく鎬を削っている。正直に言って、両社の仲は絶望的に悪い。
現在のような戦時下の挙国一致体制で、軍上層部からの絶対的な命令がなければ、両社の技術者が同じ艦に乗り込むなど、決して相容れないであろう関係性だ。
彼らの関係がここまで拗れたのは、かつての主力機コンペにおいて、ツィマット社のEMS-04が空中分解事故を起こし、ジオニック社のYMS-05に敗北したという過去の因縁からだけでは無い。ツィマット社は常に政治力に勝るジオニック社に後塵を拝し、辛酸を舐めさせられ続けているのだ。
古語で言うところの「呉越同舟」という言葉にまさに値する状況なのだが、両社のスタッフはヨーツンヘイムに乗り込んだ直後から既に艦内の至る所で啀み合っており、プロホノウ艦長はトラブルを避けるために、コンテナベイをわざわざ左舷と右舷で完全に分けて配置している始末である。
命令書には「共同で研究開発をしている」と綺麗事が書かれていたはずだが、この殺伐とした空気を見る限り、これでは共作では無く「血を見る寸前の競作」と言った方が正しいだろう。
今回の陸上機開発コンペも、次期主力の座と莫大な予算を賭けて、両社が全力で殴り合っているのだ。
「艦長には、ナカノミヤ大尉の左舷格納庫への立ち入りを厳重に禁じて頂きたい。我が社の機密を、ツィマットの息がかかったスパイに盗まれてはたまりませんので」
ヨーツンヘイムのブリッジで、冷ややかな声でそう宣っているのは、今回ジオニック社から評価試験の責任者として派遣されて来た女性技官、アリシア・エメリッヒである。
銀縁の眼鏡の奥で光る神経質そうな双眸と、ひっつめ髪に隙のないタイトなジオニックの制服。彼女のキツそうな第一印象を全く裏切らない、刺々しい性格の女だった。
彼女の視線からは、私に対する強烈な敵視の感情がありありと伝わってくる。私の勘などという曖昧な物がなくても、彼女の猜疑に歪んだ暗い目を見れば、一目瞭然で敵視されていると分かるレベルだ。
エメリッヒ技官からすれば、正式採用されたジオニックのザクを差し置いて、欠陥機でコンペ落ちであるヅダを乗り回して戦果を挙げ、あまつさえツィマット社の試作機のテストパイロットに指名された私など、ジオニックの権威を傷つける目障りなイレギュラーに過ぎないのだろう。
私からすれば、そもそも発端はジオニックの陰謀により、私に支給される筈だったザクが受領出来なかったから自前で用意するしか無かっただけなので、見当違いも甚だしい。
「……うぅん」
プロホノウ艦長が、またしても厄介な文官を抱え込んだことに苦虫を噛み潰したような顔をして、唸りながらも反論できずに黙り込んでしまう。
ジオニックの威光を笠に着た傲慢な態度など、私からすればこちらから願い下げである。私は困り果てている艦長に助け船を出すことにした。
「私は構いません。そもそも他社の機体の整備機構に興味はありませんから。艦長もどうかお気になさらず、彼女の要望通りにしてください」
「しかし……大尉にそのような制限を設けるのは……」
「お客様の厄介ごとには慣れているのでは?艦長?」
艦長が言い訳がましく口籠ったところに、モニク大尉がチクリと刺すような言葉を言う。過去に自分が言われたことを皮肉っているのだ。
「ぐっ……ぬぅ……」
痛いところを突かれた艦長は、それ以上何も言えなくなってしまった。
その後、プロホノウ艦長は3月18日の作戦開始までの間、私に対して左舷格納庫への立ち入り制限を課したが、同時に公平性を保つため、ジオニック社員に対しても右舷格納庫への立ち入りを厳しく制限した。
しかし、問題はそれだけでは収まらなかった。ツィマット側のスタッフたちは、私のヅダの整備実績がある試験隊のメカニックたちと比較的良好な関係を築いていたのだが、ジオニック側のエメリッヒ技官をはじめとするスタッフたちは、どう言うわけかヨーツンヘイムのクルーや試験隊の整備兵たちに対しても、ひどく刺々しく高圧的な態度を取るのだ。
必然的に、冷遇された試験隊やヨーツンヘイムのクルーたちからのジオニック側への待遇は悪くなる一方である。
クルーたちから少しでも無礼な態度を取られたり、要求した作業に遅れが生じたりすると、ジオニック側はエメリッヒ技官がそれについて一々目くじらを立てて、ブリッジに怒鳴り込んでは騒ぎ立てるので、艦内の空気は完全に最悪の悪循環と言って良い状態に陥っていた。
概ね、このヨーツンヘイムという部隊で私の愛機であるヅダが運用され、大戦果を挙げているという事実があるため、ジオニック側はここを「ツィマット派の巣窟」とでも思って警戒しているのだろう。
「ここにいる連中は皆ツィマットに汚染されたスパイかそれに準ずるやつらだ」という意識が透けて見える。
技術評価と試験データ収集を旨とする第603技術試験隊において、企業への肩入れなどそのようなことがあろう筈もないのだが、彼らの凝り固まった頭では理解できないらしい。
ただ、企業間の争いと私への敵対心のとばっちりを受ける形になってしまった試験隊のクルーとメカニック達には、非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
私は彼らの慰労のために、今度ズムシティの有名店のスイーツか、あるいは給養員に頼み込んで特上の肉を使った高級MSベントウでも差し入れしなければならないと、心に強く誓った。
宇宙世紀0079年3月18日
地球の衛星軌道上には、第一次、第二次降下作戦の時と同じように、再びジオンの巨大な輸送艦隊と、それを直掩護衛するMS部隊やムサイ級が群れを成して待機していた。
眼下に広がる青と白の美しいグラデーションを持つ惑星に向けて、次々と降下用のHLVが母艦から切り離されていく。それらはアポジモーターを細かく吹かして軌道を修正し、地球の重力圏に向けての降下体勢を取り始めている。
「ガネバン中尉。私が地球へ降りて留守の間、ヨーツンヘイムの護衛を頼みます」
私はオキノトリシマの艦長席に座るガネバン中尉に向けて、通信回線を開いた。
『お任せ下さい、戦隊長。猟犬としての仕事は、戦隊長がお戻りになるまで一時お休みですが、母艦に近づく連邦のハエがいれば、一匹残らず叩き落としてご覧に入れましょう。……重力に押し潰されぬよう、無事の御帰還をお待ちしております』
「ええ、ありがとう。頼りにしていますよ」
私はオキノトリシマとヌエ隊のクルーたちにヨーツンヘイムの防衛を託し、作戦開始の合図と共にHLVのシートに身を沈めた。
巨大なHLVは地球の強力な重力に引かれ、次々と大気圏へ向けて突入して行く。
結局、ヨーツンヘイム艦内でのジオニック社との居心地があまりにも悪いため、マイ中尉や整備兵を含む第603技術試験隊の面々は、私と共にツィマット側が用意したHLVに相乗りすることになっていた。
ちなみに、ジオニック社が用意したYMS-07Aには、私の同僚であり、信頼するパイロットであるヒデト・ワシヤ中尉がテストパイロットとして割り当てられている。彼もまた企業間の軋轢に巻き込まれた被害者の一人だが、「ナカノミヤ大尉!やっと自分のMSが貰えた!地上での模擬戦負けませんからね!」と、割り当てが発表された際に無邪気に笑いしながら言ってきた。そのため、彼だけは、ジオニック側のHLVに乗り込んで降下している。
私の隣のシートには、モニク大尉がしっかりとシートベルトを締めて座っていた。
我々が今回降下する予定の地球のエリアは、連邦軍の軍事施設が点在する東アジア地域である。事前の環境データによれば、そこはこれからの季節にかけて高温多湿になり、得体の知れない病原菌を持った吸血する虫が大量に生息している密林地帯もあるという。
モニク大尉はエリート軍人故に、上層部の命令に対する直接の文句は決して口にしないものの、貨物庫には大量の除湿剤と殺虫剤*1が入っているらしい個人用コンテナが置かれており、すでにその表情は絶望的なまでに憂鬱そうであった。
やがて、HLVの分厚い底面が地球の大気層と激しく擦れ始め、船体全体が分解するのではないかと思うほど激しく振動し始める。
私を含め、このカプセル内に居る面々は、地球という惑星の大地に降りたことなどこれまでの人生で一度も無いため、大気圏突入も完全に初めての経験だ。
窓が無いため肉眼で直接見る事は叶わないが、大気との摩擦で発生したプラズマの赤熱した光によって、HLVは完全に覆い尽くされているに違いない。ゴォォォォという、宇宙空間では決して聞くことのない大気の震える轟音が船内に響き渡り、降下するに連れて、私の身体に見えない巨大な鉛の塊が乗っかったかのような、強烈な重力がのしかかってきた。
「うっ……ぐっ……」
呼吸が苦しくなり、内臓が押し潰されるような苦痛に、私は思わず呻き声を漏らす。
そして、HLVが分厚い大気圏の層を完全に抜け、灼熱のプラズマの壁が消え去った、その瞬間のことだった。
突然、私の意識から物理的なGの苦痛と、船内の轟音が綺麗に消え去った。
視界が全て七色に輝く強烈な光が瞬く。
次の瞬間、私はHLVのシートに縛り付けられているはずなのに、ルウム戦役の祝勝会でシャア少佐と不可思議な共鳴を果たした時と全く同じような、時間の感覚が消失したキラキラと輝く不思議な空間の中に漂っていた。
何の音もしない、温かく包み込まれるような虚無の空間。
ふと、私の目の前を一羽の美しい白鳥が優雅に羽ばたきながら通り過ぎていく。
私がその幻想的な光景に目を奪われていると、気づけば私の眼前に、翠の瞳と浅黒い肌をした見知らぬ少女が浮かんでおり、不思議そうな顔で私の顔をじっと覗き込んでいた。
『……貴女のことを、私は何も知らない』
少女の唇は動いていなかったが、その声は鈴を転がすような透明な響きを持って、私の脳内に直接語りかけてきた。
「だ、誰なの……」
私は混乱しながら、思念の海の中で彼女に問い返す。
『その内に分かるわ』
少女は哀しそうでもあり、慈愛に満ちているようでもある、複雑で神秘的な微笑みを浮かべた。
――貴女が其れまで生きていれば、必ず逢えるでしょう。
ハッと意識が引き戻された時には、HLVが地表への激突を避けるために強力なロケット逆噴射を行い、落下速度を急減速させているところだった。
内臓が浮き上がるような強烈な浮遊感の後、隣のシートを見ると、モニク大尉は極度の緊張とGの負荷に耐えきれず、完全に気を失って首を項垂れていた。
私自身の身体にのしかかるこの惑星の重力が、コロニーの遠心力で作られた擬似重力とは全く違う、ひどくまとわりつくような、泥のように重いものだと感じた。
ズンッと骨の髄まで響くような重い衝撃と共に、HLVが東アジアの大地に接地した。
途端に船内にけたたましい降下完了の警報サイレンが鳴り響き、整備兵たちが速やかに試作機の始動準備に取り掛かるべく、重い身体を引きずりながら機材の固定を外し始めた。
ここは連邦の勢力圏であり敵地である。我々テストパイロットと試作機の最初の仕事は、降下地点周辺の敵勢力の排除と、安全な拠点構築を行うことにある。
そう言うわけで、ツィマット社が開発したYMS-08Aには私が搭乗し、別地点に降下したジオニック側の試作機・YMS-07Aにはワシヤ中尉が搭乗して、それぞれの機体性能を証明するための実戦評価を行うことになっている。
私も、地球の1Gという見えない鎖に縛られた重い身体を急かし、シートベルトを外して立ち上がった。一歩踏み出すごとに足の裏から伝わる大地の確かな感触に戸惑いながらも、格納庫に固定されている真新しいYMS-08Aのコックピットへと滑り込む。
『発進準備急げ!固定具のロックを外せ!』
『ナカノミヤ大尉、機体のシステムチェックを願います!』
ツィマット社の技術者の声が、通信機から焦燥感を帯びて飛んでくる。
「了解。さあ、起きなさい」
私は慣れない重力下でのコックピットシートの感触を確かめながら、始動キーをコンソールに差し込み、各種のメインスイッチを次々と入れていく。
自動でシステムが立ち上がり、機体の各部に張り巡らされた内部センサーがオートで関節やジェネレーターの状態を精査し、メインモニターにオールグリーンの表示が出た。
それを確認してから、私はミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉の始動スイッチを深く押し込み、試作機に火を入れる。
低い駆動音がコックピットを包み込み、全てのシステムが完全に立ち上がると、YMS-08Aのメインカメラが赤く点灯した。
地上での苛烈な試験のために生み出されたツィマットの新たな剣が、重力下でその目を覚ましたのだ。
『HLV側面ハッチ、開放はじめ!』
『大尉、武装は機体の横にマウントしてあります。外は見晴らしの良い平野部ですが、それは向こうも同じです。お気をつけて』
「了解。メテオ01、YMS-08A発進する」
私は操縦桿を強く握り締め、地球という未知の戦場に向けて、機体の重い脚をゆっくりと踏み出した。
ご高覧ありがとうございます。
ということで、第3章はYMS-07AプロトタイプグフとYMS-08A高起動型試作機のコンペティションがメインとなります。
試作とはいえ、グフ出てくるのが早過ぎないかと思われた方もいらっしゃるかと思いますが、実際は3月18日の第三次降下作戦から実戦配備されているようなので寧ろ遅いです。
ザクJ型のラインはキャリフォルニアベースとグラナダらしいのですが、最新のJ型を第一次か第二次に投入して数日しか経っていないのに、そんなすぐにラインを転用するのか?という疑問と、2月初頭に地上戦が決定したのにひと月でコンペ選定と開発が終わるのかという疑問もあったので、グフ登場の少し時期をずらしました。
この章のためにわざわざ一万円近く費やしてMSVザク編ジオン編、MSV-Rザク編ジオン編を購入したのですが、両方とも微妙に内容が異なっていたり、他の出典を見てみても書いてあることが違かったりと、ガンダムは後付け設定が多過ぎて、もうどれを信じて良いのか分からなくなったので、今作ではこうなのかと思って下さい。
あと、コズミック悪霊(予定)を出しましたが、これも後々なら必要かなと思ったので主人公と関わらせました。
最後に、執筆時間が中々取れなかったので、章全体としては戦闘シーンが少なめになりますが、楽しみにされていた方にはどうぞご勘弁願いたいと思います。
また短い間ですが、どうぞ最後までお付き合い頂けると幸いです。