技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
第3章になります。
この章は今後の布石にするつもりで色々とブチ込みながら執筆したものになります。
なので、一部本来の設定と異なる箇所が複数出て来ますが、それは正史に存在しないはずの主人公が居ることで起きた、バタフライエフェクトのようなものだと思っていただければ幸いです。
第13話
宇宙世紀0079年3月13日
サイド3の軍港へ近づくと、入港を待つ艦の列が見えた。
ムサイ級の向こうにチベ級の艦影があり、その間をランチが横切っていく。地上へ物資を運んだパプアやパゾクも戻ってきているらしい。ヨーツンヘイムの通信席では、割り当てられた航路を読み返す声が続いていた。
私たちも第二次降下作戦の支援を終えて帰ってきたところだ。少し離れた位置には、ヌエ隊の旗艦オキノトリシマがいる。窓からその艦橋を探すより、識別表示を見た方が早いほど、周囲は艦で埋まっていた。
この分では、補給を受けるまでにも待たされるだろう。そう思っていたのだが、ヨーツンヘイムとオキノトリシマには、既に入港の順番が割り当てられている。
サラマンカのおかげだった。
私が投降を受け入れたサラミス級は、主推進器を使えず、今回も索に曳かれて港へ入る。壊した艦橋と砲塔は工廠で直してもらうほかない。それでも、船体を修復する価値はあると判断され、乗員の引き渡しと合わせて受け入れ先が決まっていた。
その手配に伴い、私たちの入港順も繰り上がった。補給まで先に受けられるのだから、上への貢ぎ物としてはなかなかのものだったらしい。
私は回ってきた予定を確かめ、負傷者の搬送についても連絡を入れる。向こうから返ってきた人数をこちらの記録と合わせ、最後にサラマンカ側へ知らせた。収容先の名を聞いた相手は、少し間を置いて了解を返してきた。
やがて港の作業艇が艦の周りへ付き、私たちの曳いてきた索を引き受ける。船尾に残る破断面が、ドックの照明の下へ入っていった。帰り道で何度も確かめた艦影を、今度は工廠の者が見上げている。
引き渡しが済むと、手元に残ったのは受領の通知と補修箇所の問い合わせだった。
補給が始まったところで、私は改めてヨーツンヘイムのブリッジへ上がった。
窓の外では、まだ入港を待つ艦がいる。こちらにも資材を積んだランチが近づき、荷受けをする区画から配置についたとの連絡が入った。副長が受け取りを確認し、次の便の時刻を書き込んでいる。
私も残っていた引き継ぎを片づけ、マイ中尉の席へ寄った。今のところ、新しい試験の予定はないという。格納庫を空けた後は、また対空訓練が始まるのだろうか。
そんな話をしていると、艦長がモニク大尉を呼んだ。
「特務大尉。私の記憶違いでなければ、確か地球への降下作戦は第三次まで予定されていると言っていたが……その際、またヌエ隊とは別行動になるのか?」
艦長の手元には、輸送艦隊の配置が開かれていた。ヨーツンヘイムの印は集団の内側にある。周囲に付く艦の名前を確かめながら、返事を待っている。
試験設備も技術者も、まとめて失ってよいものではない。司令部もそこは考えて配置を決めているのだろう。それでも、どこから援護を受けられるかまで分からなければ、この艦を動かす艦長は困る。
私たちが離れている間、ヨーツンヘイムが使えるのは自分の対空砲と、割り当てられた護衛である。訓練で詰めてきた通報の手順も、その時には役に立たせなくてはならない。
モニク大尉が端末を開き、届いている指示へ目を通す。
「ええ、そのようですよ艦長。残念ながら、技術試験の予定がない我々は、次回もただの軌道上での輸送・待機任務です。そしてナカノミヤ大尉の独立戦隊は、司令部の指示でまた別の宙域の哨戒に回されることになりそうです」
艦長は背もたれへ身体を預けた。指で示していた護衛艦の名前には、まだ仮の印が付いている。
「この降下作戦が終了した頃には、技術本部から新たに厄介な技術試験の指示が来そうではありますね。それまでの骨休めと思えば良いのでは?」
マイ中尉がこちらへ椅子を向けた。艦長はその顔を見て、小さく息を吐く。
「はぁ……。来る日も来る日も実戦ばかりだ。平和に訓練尽くめだったあの頃が恋しいものだ」
「艦長!我々は今、地球連邦という巨大な敵と戦争をしているのですよ?ジオンの軍人がそのような弱腰の体たらくでは困ります!」
「はぁ……」
同じ返事がもう一度出た。モニク大尉が何か言い足す前に、艦長は副長へ配置図を渡し、護衛の割り当てが確定したら知らせるよう頼んでいる。
私は笑いかけた口元を戻した。哨戒の予定が変わらないなら、私もこちらを離れる前にガネバン中尉と話しておかなくてはならない。
その時、個人端末に着信があった。
暗号化された通信の送信元には、ツィマット社の名がある。
ヅダの部品の件だろうかと思って開いたが、最初に出てきたのは新しい試作機の話だった。ジオニックと競合して進めている陸戦用MSの開発で、テストパイロットを引き受けてほしいという。
私は画面を持ち上げ、そこから先を読み直した。
『あの欠陥機扱いされていたヅダと、一品物の金星エンジンのピーキーな推力すらも手足のように操り、連邦の艦隊を単騎で屠った貴女の卓越した操縦技術にこそ、我が社が研究している高機動試作機を託したい。次こそは必ずやジオニックを打ち倒す』
随分と買ってくれたものだ。最後の一文には、私に何をしてほしいのかがよく出ている。
新しい機体には乗ってみたい。どこまで動き、ヅダと何が違うのか、説明だけでも読ませてほしかった。だが、私にはヨーツンヘイムを護衛する仕事がある。次の降下作戦でも、別の配置に就くという話をしたばかりだ。
それに、私は地球で戦ったことがない。コロニー内で機体を動かすのと、地上で戦闘をするのとでは違うだろう。戦果を並べて褒められても、その経験まで増えるわけではなかった。
今は引き受けられない。事情を書いて返そうとしたところで、文面の下に続きがあることに気づく。
ジオニック側の試作機も、第603技術試験隊が評価を担当する予定だという。ツィマットは宇宙攻撃軍へ協力を求め、司令部との調整も済ませていた。
添付されているのは、私への命令書だった。
受領日と降下予定を読む。断りの返事を考えていた指が、画面の上で止まった。こちらの返答を待ってから話を通すつもりではなかったらしい。
私が読み終える前に、マイ中尉の席でも新しい通信が開かれた。
「技術本部からです!」
「読め」
「読み上げます……。3月18日を以て、第603技術試験隊は第一次陸戦用MS開発計画に基づく次期地上主力MS選定にあたり、第603技術試験隊専属護衛独立戦隊と共に技術評価、及び機体開発に協力されたし。尚、本技術評価試験は地球の重力下で行うものである。両隊は速やかに指定宙域にて試作機を受領。第603技術試験隊より編成する地上評価班及びナカノミヤ大尉は、第4地上機動師団と共に、第三次降下作戦で東アジア方面へ降下せよ……との事です!」
中尉は読み終えても、すぐには顔を上げなかった。降下人員の欄へ戻り、表示を拡大している。そこには本人とモニク大尉の名が並び、ワシヤ中尉や、計測と整備を担当する者たちも続いていた。
ヨーツンヘイムは軌道に残り、オキノトリシマが護衛に付く。私の命令書にも、その分担が記されている。
技術本部から試験隊へ、宇宙攻撃軍から私へ。同じ試験を命じる文書が、別々のところから届いたわけだ。独立戦隊だからといって、司令部の命令を断れるわけではない。
私は端末を艦長へ見せた。二つの文面を並べ、受領と降下の日付を確かめても、違う箇所はなかった。
「……つまり、降下作戦の期間中、ヨーツンヘイムの直掩にはMSの護衛が居なくなるわけか」
艦長が顎を摩る。私は頷いた。ヅダを連れて降りる計画はなく、地上では試作機を使う。ワシヤ中尉も降下する以上、機体だけを残しても操縦する者はいなかった。
モニク大尉が、降下人員の欄へ顔を近づけた。
「……我々も地球行き、ですって?!」
マイ中尉の胸元へ手が伸びた。掴まれた中尉は端末を落としかけ、片手で座席の背を押さえる。それでも、大尉が腕を動かすたびに頭が前後へ揺れた。
「お、落ち着いて、下さい!特務大尉!私を揺すっても軍の命令は変わりません!」
「技術中尉が吐く前に、良い加減に諦め給え。はぁ……オキノトリシマの護衛が外に居てくれるだけマシと思うべきか、この煩型のお嬢さんが居なくなることを喜ぶべきか…悩むな」
「艦長?何か仰りたいことでもあるなら、ハッキリと仰っては?」
「ううむ……」
大尉が手を離して艦長へ向き直ると、マイ中尉の身体が後ろへ流れた。座席に肩をぶつけ、ようやく端末を抱え直している。私は受け取りましょうかと手を出したが、中尉はまだ首を振るだけだった。
艦長はモニク大尉から目を外し、降下名簿の次の頁を開いた。残留する人員を数えているようだったが、大尉はまだこちらを見ている。
「ふん、情け無い男共!」
腕を組んだ大尉の脇で、マイ中尉が襟を直す。私へ渡された端末には、先ほどまでの補給予定と、新しく届いた降下の準備が並んでいた。
骨休めの話は、もう誰もしなかった。
私はツィマットへの返信を開き直す。断るために考えていた文面は使えない。命令を受領した旨と、試作機の資料を送ってほしいとだけ書き込んだ。
乗りたいとは思ったが、ここまで手早く願いを叶えてもらうつもりはなかった。
宇宙世紀0079年3月14日
補給を終えたヨーツンヘイムはサイド3の軍港を離れ、指定されたダークコロニーへ向かった。
窓から見える搬入口は暗く、近づいて初めて誘導灯の列が分かる。試作機の受領場所も、搬入時刻も、昨夜届いた指示の通りだった。
先に接触したのはジオニックの社員たちである。降下用のHLVごと機体を引き渡すというので、格納庫側が固定箇所を確かめ、作業艇に位置を合わせてもらった。
ツィマットのHLVは別のドックで待機していた。こちらの社員たちも機体に付き添って乗り込み、搬入が済む前から、点検に必要な場所を尋ねている。
各社の試作機を収めたHLVが1基ずつ。どちらも厳重に梱包され、機体の姿はまだ見えない。それなのに、置き場所を決める段階から話が噛み合わなかった。
ジオニック側が計測機材の移動を求め、ツィマット側はまだ受け取りの確認中だと返す。間に入った整備兵が双方の予定を聞き直し、作業艇は次の指示を待っていた。
主力機を争っている会社同士である。仲良く働くところまでは期待していなかったが、梱包を解く前からこれでは先が思いやられる。
かつてEMS-04が空中分解事故を起こし、YMS-05とのコンペに敗れたことは、今も両社の間に残っている。私の家でも、ツィマットの者からその話を聞いたことがあった。その後の開発や採用の話になると、技術とは別のところでジオニックに負けたという愚痴も混じる。
今回こそは、という依頼文を思い出す。これから同じ試験を受ける相手がすぐ隣にいるのだから、どちらも落ち着かないのだろう。
プロホノウ艦長が左右の作業区画を割り振ると、ようやく搬入が進んだ。ジオニックは左舷、ツィマットは右舷。通り道を空けるため、ヨーツンヘイムの機材も一部移している。
呉越同舟とはいうが、同じ船へ乗せるだけでも手間が掛かるらしい。
両方のHLVを固定し、それぞれの担当者がハッチを開く。中の梱包を解くところから先は、私も自分の担当する右舷へ回るつもりだった。その前に、ブリッジへ来るよう呼び出しが入った。
「艦長には、ナカノミヤ大尉の左舷格納庫への立ち入りを厳重に禁じて頂きたい。我が社の機密を、ツィマットの息がかかったスパイに盗まれてはたまりませんので」
ジオニック側の試験責任者、アリシア・エメリッヒ技官は、私が来てからも言葉を変えなかった。
ひっつめた髪と、身体に合った制服。手にした書類の角まで揃っている。銀縁の眼鏡を押し上げる間も、視線だけはこちらへ向いていた。
私が口を挟む前に、スパイという言葉まで出た。嫌われていることを確かめるのに、妙な感応は要らない。
ヅダで戦果を挙げたことが、そんなに気に入らないのだろうか。今回はツィマットの試作機にも乗る。向こうから見れば、私がどちらを応援しているかなど、聞くまでもないのかもしれない。
だが、ジオニックの妨害でザクを受け取れず、自前でヅダを用意するほかなかったのはこちらだ。今度はその機体で働いたことに文句を言われても、どうしろというのだろう。
艦長は私と技官を見比べた。
「……うぅん」
机の上には、両社から出された機密保持の条件が並んでいる。まだ艦を離れてもいないのに、艦長がこの顔をする回数は増える一方だった。
私は技官へ目を戻す。わざわざ彼女の機嫌を取りながら、機体を見せてもらいたいとも思わない。
「私は構いません。そもそも他社の機体の整備機構に興味はありませんから。艦長もどうかお気になさらず、彼女の要望通りにしてください」
「しかし……大尉にそのような制限を設けるのは……」
「お客様の厄介ごとには慣れているのでは?艦長?」
モニク大尉が口を挟んだ。艦長へ向ける顔には、どこか楽しんでいるようなところがある。昨日の小声を、もう忘れてくださったわけではないらしい。
「ぐっ……ぬぅ……」
艦長は返す言葉を探した後で、手元の書類を引き寄せた。私が了承するなら、と立ち入りを制限する範囲を確かめ、同じ条件をジオニック側にも示す。
作戦開始までの間、私が左舷の試験区画へ入らない代わりに、ジオニックの社員も右舷へは入れない。艦長はその区切りを配置図へ記入させた。
ただし、消火や救難の際に乗員の立ち入りを拒むことは認めない。艦の安全については譲る気がないと分かる説明だった。エメリッヒ技官は図面を確認し、必要な箇所へ署名していく。
私も渡された文面に目を通した。左舷に用事ができたら、マイ中尉かワシヤ中尉へ頼むことになる。その度に事情を話すのは面倒だが、今ここで争う方がよほど手間だった。
区画を分けても、船の設備まで二つにできるわけではない。
両社ともヨーツンヘイムの電源を使い、試験隊の整備兵に手伝ってもらう。工具や測定器が足りなければ借りなくてはならず、次の作業をいつ始めるかも、互いの予定と無関係ではいられなかった。
ツィマットの社員は、ヅダを整備してきた者と話が早い。必要な治具を相談し、機体の履歴を聞いているうちに、以前の補修の話へ移っていく。作業を終えてからも、右舷では何人かが残って図面を覗き込んでいた。
左舷から出てくる整備兵の顔は、それとは違った。
点検箇所を尋ねても、まず閲覧の許可を確かめられる。こちらで扱ってよい部品だと分かるまで手を出せず、ようやく作業を始めると、予定より遅れていると注意されたという。
エメリッヒ技官にとっては必要な手順なのだろう。だが、それを待っていた時間まで、整備兵が怠けていたことにはならない。
頼まれた点検は済ませる。それでも、仕事の後まで話し込む者はいなくなった。追加の用件は上官を通してくれと返され、技官がまたブリッジへ向かう。
その後も似たような往復が続いた。貸し出す測定器を先に持っていった、返却の確認がまだない。互いの予定を端末で照合すれば済む話に、何人も呼ばれている。
私のヅダが運用されている艦だから、全員がツィマット寄りだと思われているのかもしれない。こちらへ向いた警戒を感じるたび、そこまで気にするなら、最初から別の艦を用意してもらえばよかったのにと思う。
もっとも、試験の担当者を自分で選べるわけでもないのだろう。その点だけは、私たちも同じだった。
マイ中尉は左右の記録を受け取り、点検を終えた項目を埋めている。書類に抜けがあれば、どちらの会社にも問い合わせる。私が脇から覗いた時も、ツィマット側の測定条件を確かめ直しているところだった。
好き嫌いはあっても、試験の数値まで変えるわけにはいかない。その仕事へ、要らない手間ばかり増えていた。
右舷へ戻ると、私のヅダを整備している兵士に呼び止められた。地上へ出ている間に手を入れたい箇所があるという。渡された一覧を見ながら、先ほど左舷で足止めされたのも、この人だったと思い出す。
こちらまで黙って手を煩わせるのは気が引けた。次にズムシティへ出られたら、あの有名店で菓子を買ってこようか。それとも、給養員に頼んでMSベントウの肉を少し良くしてもらう方が喜ばれるだろうか。
人数を考えると、菓子の箱も一つや二つでは済まない。私は整備の一覧へ返答を書きながら、まず誰に相談するかを考えていた。
宇宙世紀0079年3月18日
衛星軌道上には、再びジオンの輸送艦隊が集まっていた。
パプアの船体からHLVが離れ、少しずつ間隔を広げていく。姿勢を変える小さな噴射が点き、その向こうを直掩のザクが通り過ぎた。第一次、第二次と見送ってきた光景だが、今日は私もあの中へ入る。
ヨーツンヘイムの格納庫では、降下する機材の最終確認が続いている。私はノーマルスーツの留め具を確かめ、ツィマット側のHLVへ向かった。
少し前に、ワシヤ中尉と別れたところだった。
ジオニックの試作機、YMS-07Aに乗るのは彼である。割り当てを聞いた時には、端末を持ったまま私のところへ来た。
「ナカノミヤ大尉!やっと自分のMSが貰えた!地上での模擬戦負けませんからね!」
試験の間だけですよ、と水を差す気にはなれなかった。自分の乗る機体が決まっただけで、端末を持つ姿までいつもより落ち着かない。
私と2機で護衛へ出る話はまだ先だ。それでも、中尉がまた観測席で待つばかりにならずに済むのは嬉しかった。
先ほど顔を合わせた時にも、中尉は機体の準備が済んだことを真っ先に教えてくれた。エメリッヒ技官に何か注意されたようだったが、その話さえ笑って済ませている。
これから地上へ降りるというのに、私より楽しそうだ。私も負けるつもりはありませんよと返すと、中尉は上機嫌で左舷へ向かっていった。
マイ中尉とモニク大尉、それに試験隊の降下要員の多くは、ツィマット側のHLVへ乗ることになった。
地上へ着くまで、あの社員たちと同じ区画へ詰め込まれるのは御免だという声が先に出ていた。結局、搭乗員数と機材の配置を調整し、ワシヤ中尉はジオニック側、私たちはこちらへ分かれている。
ただ、試験まで別々に済ませるわけにはいかない。マイ中尉はワシヤ中尉との回線を開き、07A側から記録を受け取れることを確かめていた。受信した表示に欠けがあると、もう一度同じ項目を送ってもらう。
私が通りかかった時にも、その確認は続いていた。中尉は声を掛けられる前にこちらへ気づき、先に席へ着いていてくださいと手で示す。
私は乗員区画へ入り、自分の座席の脇でオキノトリシマとの回線を開いた。
「ガネバン中尉。私が地球へ降りて留守の間、ヨーツンヘイムの護衛を頼みます」
画面には、艦長席に着いたガネバン中尉が映っていた。こちらの後ろにある座席を見たのか、視線が一度動き、それから私へ戻る。
『お任せ下さい、戦隊長。猟犬としての仕事は、戦隊長がお戻りになるまで一時お休みですが、母艦に近づく連邦のハエがいれば、一匹残らず叩き落としてご覧に入れましょう。……重力に押し潰されぬよう、無事の御帰還をお待ちしております』
「ええ、ありがとう。頼りにしていますよ」
中尉は頷き、ブリッジの別の席から上がった報告へ応じた。オキノトリシマは、もうヨーツンヘイムの外側へ出ている。
ヅダは母艦に残した。戻った時には、整備を終えたあの機体が待っているはずだ。私はそれを思い浮かべてから回線を閉じ、座席へ身体を収めた。
隣のモニク大尉は、既に固定帯を締めていた。金具を一つずつ引き、最後に腰のあたりの締まりを確かめている。
地上行きにはあれだけ不満を言っていたが、荷物の準備は早かったらしい。個人用のコンテナには、除湿剤と殺虫剤*1を多めに詰めたという。搬入する時、整備兵が品目を二度見していた。
私は座席の表示を作戦地域の資料へ切り替えた。東アジアの降下予定地と、そこから先の移動経路が出る。季節が進めば高温多湿になる地域もあり、湿地や密林での注意事項に続いて、吸血虫への対策まで載っていた。
自分の荷物にも、もう少し入れておけばよかっただろうか。今さら取りに戻れるものでもない。私は頁を閉じ、固定帯の長さを直す。
マイ中尉が後ろの席へ着く頃には、搭乗者の確認が始まっていた。名前を呼ばれるたびに返事があり、機材の固定を終えた班も座席へ戻ってくる。
ハッチを閉じるという通報に、私は入口を見た。
整備兵の手が内側へ引っ込み、開いていた隙間がなくなる。ヨーツンヘイムの格納庫は、もう見えなかった。
作戦開始の合図が届き、HLVが母艦から切り離された。
身体に大きな変化はない。それでも、手元の距離表示は増えていく。船外の映像を開くと、ヨーツンヘイムの外板が画面の端へ流れ、その奥にいたオキノトリシマも小さくなっていた。
姿勢変更の噴射が伝わった。前方の表示が切り替わり、降下のための減速に入る。私は背中を座席へ合わせ、教えられた通りに顎を引く。
隣ではモニク大尉が肘掛けを掴んでいた。何か声を掛けようとしたが、管制から次の通報が入り、私も正面へ向き直った。
高度が下がるにつれて、座席へ細かな振動が来るようになった。初めは背中だけで感じていたものが、やがてヘルメットの中へも響いてくる。
窓はない。船外の様子を見られる映像には、赤い光が広がっていた。その端が明るくなり、地表の形は見えなくなる。
腕を動かして表示を戻そうとしたが、思うように上がらない。私は手を肘掛けへ戻した。身体を押しつける力が増し、息を吸い直すにも時間が掛かる。
ヅダの加速なら、少なくとも自分がどれだけ噴かしているかは分かる。今は船内の通報を聞いて待つほかなく、次にいつ弱まるのかも見当がつかなかった。
「うっ……ぐっ……」
短く呻き、口を閉じる。
座席の振動で計器の文字が読みづらい。見える位置へ顔を寄せようとして、固定帯に押し戻された。私は頭を預け、通報の声を聞き取ることへ集中した。
表示を覆っていた赤い光が、少しずつ薄れていく。身体への負荷はまだ残っているが、船体の揺れ方が変わった。
ようやく抜けるのかと思ったところで、音が消えた。
身体を押さえていた固定帯も、座席の振動も感じない。
目を開けているはずなのに、前の席は見えなかった。ヘルメットの縁もない。手を動かそうとすると、どこへ伸ばせばよいのか分からなくなる。
幾筋もの七色の光が広がっている。
その中を、白い鳥が横切った。長い首を伸ばした白鳥だった。翼が開き、目の前を過ぎても、羽音は聞こえない。
私はその行く先を追った。向こうに少女がいる。
浅黒い肌に、翠の瞳。私の顔を確かめるように覗き込んでいた。見覚えはない。それでも、近くにいてほしくないという気持ちは起きなかった。
先ほどまで身体を固くしていたことさえ、遠く感じる。問いかけようとする間も、少女は目を逸らさなかった。
シャア少佐と手を握った時にも、周囲が見えなくなった。けれど、今度は誰にも触れていない。
『……貴女のことを、私は何も知らない』
少女の唇は動いていなかった。耳元に通信機があるわけでもない。それなのに、何と言われたのかは、はっきり分かる。
こちらを見つめる目に、私まで何かを思い出さなくてはならないような気がした。会ったことがあるのだろうか。顔を見直しても、やはり知らない少女だった。
「だ、誰なの……」
自分の声が出たのかも分からない。少女はこちらへ顔を傾け、僅かに微笑んだ。
『その内に分かるわ』
それでは困る。せめて名前を聞こうとしたが、先に少女の表情が変わった。笑みは残っているのに、その目から離れがたくなる。
私は手を伸ばしかけた。
――貴女が其れまで生きていれば、必ず逢えるでしょう。
身体が座席へ押し込まれた。
耳に轟音が戻り、固定帯が肩へ食い込んでいる。目の前には高度と降下速度の表示があった。HLVは逆噴射を続け、地表へ向かう速度を落としていた。
私は肘掛けを掴んだ。何か聞こえたはずなのに、管制の通報を途中からしか聞き取れない。少女を探して目を動かしても、見えるのは乗員区画の壁だけだった。
隣のモニク大尉は、首を垂れていた。肘掛けを握っていた手が離れ、固定帯に身体を預けている。
名前を呼んでも返事がない。後ろの席へ知らせようとした時、噴射が弱まり、押しつけられていた身体が僅かに浮くように感じた。私は息を吸い、そのまま大尉の肩へ手を伸ばしかける。
着地に備えろという声が入り、手を戻した。
脚の方から突き上げる衝撃が来た。座席が揺れ、止まり、今度は横へ小さく傾く。もう一度身構えたが、それ以上大きな振動はなかった。
降下完了の通知が点く。船内に響いた合図の後、各部署が状況を答え始めた。
私はモニク大尉へ顔を寄せた。後ろで固定帯を外したマイ中尉が、こちらを覗き込む。呼びかけを重ねると、大尉の顎が僅かに動いた。
目が開いた。何か言おうとして口を閉じ、もう一度息を吸っている。マイ中尉が声を掛けながら肩を支え、その向こうでは整備兵が通路へ出る準備をしていた。
私も固定帯を外したが、すぐには腰が上がらなかった。肘掛けを押して立ち、座席の背へ手を添える。床は動いていないのに、膝には降下中の強張りが残っている。
ヘルメットを含めた身体の重さが、両足へ掛かっていた。コロニーでも歩いていたはずなのに、今は一歩目を出すのに妙に気を使う。座席の背から手を離し、先に立った整備兵についていった。
まだ、少女の目を覚えている。
あれもシャア少佐と起きたことと同じなのだろうか。けれど、今ここで誰に何を尋ねればよいのか分からない。後ろを振り返ると、モニク大尉はマイ中尉に手を貸され、座り直しているところだった。
格納庫から、準備を急ぐ声が聞こえた。私は通路の先へ向き直った。
ここはまだ連邦の勢力圏である。
試験場へ運び込んでから、ゆっくり機体を見せてもらえるわけではない。降下地点の周囲を確かめ、敵がいれば排除する。その仕事を終えて、ようやく試験を続ける場所ができる。
私が乗るのは、ツィマットのYMS-08A。別の地点へ降りたワシヤ中尉は、ジオニックのYMS-07Aを動かす。どちらも、まずは自分たちのいる場所を守らなくてはならなかった。
連絡が入ったのか、通信を担当する兵士が07A側の着地を読み上げている。私はワシヤ中尉の機体が無事だと聞いてから、08Aの足元へ向かった。
新しい機体は、まだ固定具に支えられていた。側面ハッチは閉じられ、その前で整備兵が通路に出ている荷物を退けている。点検用の足場へ上がる時も、いつものように身体を押し出すわけにはいかない。
手すりを握り、一段ずつ足を置く。足裏に当たるのはHLVの床と梯子で、まだ地面を踏んだわけでもなかった。
コックピットへ身体を入れると、座席が思ったより低いところにあるように感じた。腰を下ろし、固定帯を引き寄せる。習った時と同じ位置にスイッチが並んでいるのを見て、ようやく次に手を動かす先が決まった。
『発進準備急げ!固定具のロックを外せ!』
『ナカノミヤ大尉、機体のシステムチェックを願います!』
ツィマットの技術者が、機体のすぐ脇からこちらを見ている。私が頷くと、足場を離れながら次の作業員へ合図を出した。
「了解。さあ、起きなさい」
始動キーを差し込み、補助電源で立ち上がった表示を確かめる。始動前の点検に異常はなく、外部との接続を示す欄も順に切り替わっていく。
私はミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉の始動スイッチを押した。
背後から低い振動が来る。出力の表示が上がり、指定された範囲で落ち着くまで見てから、駆動系の確認へ進んだ。
モニターに格納庫が映った。足場の向こうにいた技術者が、もう少し離れるよう周囲へ指示している。手首の固定が解除されたとの報告を受け、私は操縦桿を僅かに動かす。
画面の下で、機体の手が向きを変えた。戻すと、表示も元の位置へ収まる。
足元の荷重を確かめ、脚部の固定を外す許可を出す。支えが離れるたび、機体の状態を示す数値が変わった。最後の一つが外れたところで、私は姿勢が保たれていることを伝える。
肩越しに見えていた支持具が、壁の方へ退いていった。
『HLV側面ハッチ、開放はじめ!』
正面に細い隙間が開き、光が差し込んだ。
ハッチが下がるにつれて見える範囲が広がる。こちらへ向いた地面と、その先に続く平野。艦内の照明で見ていた時とは違う明るさに、カメラが表示を調整していた。
私は一度、船内の人員の位置を確かめた。先ほどまで足元にいた整備兵も、発進のために空けた通路の外へ出ている。
『大尉、武装は機体の横にマウントしてあります。外は見晴らしの良い平野部ですが、それは向こうも同じです。お気をつけて』
「了解。メテオ01、YMS-08A発進する」
操縦桿を握り直し、機体の横へ手を伸ばす。装備を受け取ったことを告げると、最後まで脇にいた作業員も退いた。
開いたハッチの向こうに、降下の噴射で舞い上がった土が流れている。私はその先へ観測画面を向け、ペダルへ足を掛けた。
片脚を上げる。反対の足へ荷重が移るのを確かめながら、YMS-08Aをゆっくりと前へ出した。
ご高覧ありがとうございます。
ということで、第3章はYMS-07AプロトタイプグフとYMS-08A高起動型試作機のコンペティションがメインとなります。
試作とはいえ、グフ出てくるのが早過ぎないかと思われた方もいらっしゃるかと思いますが、実際は3月18日の第三次降下作戦から実戦配備されているようなので寧ろ遅いです。
ザクJ型のラインはキャリフォルニアベースとグラナダらしいのですが、最新のJ型を第一次か第二次に投入して数日しか経っていないのに、そんなすぐにラインを転用するのか?という疑問と、2月初頭に地上戦が決定したのにひと月でコンペ選定と開発が終わるのかという疑問もあったので、グフ登場の少し時期をずらしました。
この章のためにわざわざ一万円近く費やしてMSVザク編ジオン編、MSV-Rザク編ジオン編を購入したのですが、両方とも微妙に内容が異なっていたり、他の出典を見てみても書いてあることが違かったりと、ガンダムは後付け設定が多過ぎて、もうどれを信じて良いのか分からなくなったので、今作ではこうなのかと思って下さい。
あと、コズミック悪霊(予定)を出しましたが、これも後々なら必要かなと思ったので主人公と関わらせました。
最後に、執筆時間が中々取れなかったので、章全体としては戦闘シーンが少なめになりますが、楽しみにされていた方にはどうぞご勘弁願いたいと思います。
また短い間ですが、どうぞ最後までお付き合い頂けると幸いです。
登場させるとしても大分先になりますが、ジークアクスのキャラを出すのはアリかナシか。(出るならニャアン)
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アリ
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ナシ
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どっちでも良い
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早く書け