技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
妖怪の所為という万能の用語に似たものが宇宙世紀にもありまして、それはジオニックの陰謀と言います。
都合が悪くなった場合に使うと、大変デュバル少佐が喜びます。
時は少し遡る。
宇宙世紀0079年3月16日
ヨーツンヘイムのブリーフィングルームで、私はYMS-08Aの三面図を見ていた。地上へ降りるのは2日後だ。マイ中尉も隣に座り、配られた資料を開いている。
説明を担当するツィマットの主任技師は、白衣の前を直すと、モニターの横へ身体を寄せた。恰幅の良い腹のあたりで端末を抱え、私たちの顔を順に見る。
「このYMS-08A、仮称『高機動型試作機』は、現在ジオニック社が開発を進めているYMS-07Aと並行して、我が社が開発している機体です。あちらの07Aにも、軍の要請により我々ツィマット社は一部の駆動系などで技術協力を行ってはおりますが、先方*1の意向もあり、その協力は限定的なものに留まっています。その代わりに、この08Aは我々の持つ独自の技術を惜しみなく注ぎ込んでおります」
主任技師が胸を張り、機体の正面図を大きくした。黒と白に塗られた上半身は、見慣れたザクによく似ている。コックピット周辺の形は少し違うが、肩から腕へ目を移すと、やはりザクだった。
右肩の盾はなく、代わりに左前腕へ取り付けるようになっている。両肩にはスパイクが付いていた。
脚部は、脹脛が随分と太い。外へ膨らんだ装甲の間に噴射口が見え、後ろからの図へ切り替わると、内側にも小さなノズルが並んでいる。
バックパックも一回り以上大きく、主推進器の左右には可動式のスラスターユニットが付いていた。こちらは、あちこちへ噴射口を増やした理由を聞くまでもない。
「……見たところ、良くてザクの派生機。ほとんどザクに毛が生えたようなものにしか見えませんが…?」
マイ中尉も三面図を見比べ、頷いた。主任技師は、そう聞かれることを待っていたらしい。今度は共通部品を色分けした図が出てくる。
「大尉がそう思われるのも無理はありません。それは、軍上層部からのコンペティションに対する要求が、『既存のザクとの部品共有率が、最低5割以上である事』と定められているからです。全くの新規機体では、生産ラインの移行に時間が掛かり過ぎるという理由ですね。それに、現在ツィマットではザクをライセンス生産しておりますので、パーツの調達も容易ですし」
色の付いた箇所は、装甲やマニピュレーターに多い。主任技師が指した内部の図では、機関と駆動系が別の色で示されていた。
「ですので、我々はその要求を逆手に取りました。共有部品のノルマを外装やマニピュレーターなどで満たし、独自の設計はジェネレーターや駆動系に集中させています。要求を守りつつ、中身の性能を大きく上げようというわけです」
考え方は分かった。だが、ザクは装甲そのものが構造を受け持つ機体である。中身を強くしても、それを取り付ける側が保たなければ困る。
私のヅダも、機関を載せ替えただけで今のように動けるようになったわけではない。画面の関節へ目を移すと、マイ中尉も同じ箇所の資料を開いていた。
「素体のベースにはザクIIのF型を使用していますが、ジオニック社が先日地上用に再設計してロールアウトさせたJ型のデータも参考にしましたので、重力下での基本的な作動については確認しています」
渡された記録には、関節の作動と低速歩行の結果がある。速度を上げた時や、続けて方向を変える時の評価は、地上で行う項目に残っていた。
私はそこへ印を付けた。マイ中尉が補強した箇所と作動範囲を尋ねると、主任技師は断面図を呼び出し、説明を加えていく。眺めているだけでは、どこまで動かせる機体なのか分からない。
「外装の話は分かりました。ジェネレーターはどうなっているのですか?」
「はい。実は、大尉が搭乗されているEMS-04Sの金星エンジンから、稼働データとフィードバックを継続的かつ大量に得ております。その恩恵により、新型ジェネレーターの開発が異例の早さで順調に進みました。このYMS-08Aには、その新たに設計された試作品のジェネレーターを搭載しております」
「出力はどれほど出るのですか?」
「定格で1,200kWは確実に出る筈です。機体に組み込む前の、主機単体での出力試験ではそこまでは安定して出ましたから」
マイ中尉の指が止まった。画面に示された数値を確かめ、すぐに主任技師へ向き直る。
「1,200kWですって!?ザクの出力が970kW強ですよ!……まさか、それは大尉のヅダに搭載されている金星エンジンと同じく、量産を度外視した一点物なのですか!?」
中尉が身を乗り出すと、主任技師は端末を少し引いた。驚いたというより、画面を覗き込まれて持ち替えたような動きである。
「落ち着いてください、マイ技術中尉。……まあ、まだ試作品の段階なので、現状はそれに近いというのは否定しません。どうしても現在の生産ラインでは、特殊な耐熱素材を使用しているためコスト面で高額になってしまいますが、次期の主力量産MSに使用することが絶対の目標ですから、廉価に製造できるよう、現在も本社では材質改良と再設計が不眠不休で続けられています」
中尉は使用材料の一覧へ戻った。製造に掛かる手間を尋ねる声は落ち着いているが、数値を書き写す手は止まらない。
高い出力を出せるだけなら、私のヅダでもできている。次の主力機へ積むなら、同じものを必要な数だけ造れなくてはならないのだろう。
EMS-04の木星エンジンは、出力が概ね1,150kW、約57,000馬力。それを基礎に、希少な素材まで使って造られた私の金星エンジンは、1,300kW、65,000馬力を発揮する。
木星エンジンより少し大きいあの機関を支えるため、ヅダの部材も強化されている。駆動系には、流体パルス・アクセラレーターという新しい伝達機構の試作品まで入っていた。
80,000kgを超える推力を使う時にも、機体の向きを保ち、手足を動かさなくてはならない。金星エンジンの出力には、その仕事をさせている。
08Aでも同じことができるとは限らない。私はヅダの比較表を閉じ、再び太い脚部へ目を戻した。
「……その高出力ジェネレーターを積んで、スラスター推力の方はどうなっていますか?」
「はい。バックパックと脚部の増設スラスターを合わせ、概ね総推力は51,000kgに達します。ザクの推力を大きく上回っています。これは、短距離ながらも重力下でのジャンプ飛行を可能にするために、推力が下方向へ向けて強化されているためですね」
「ジャンプ飛行ですか。つまり、モビルスーツが地上で飛べると?」
「重力下での完全なホバリングや長距離の滞空は流石に無理ですが、スラスターの推力に物を言わせて大きく跳躍し、地上を走るよりも遥かに高速で三次元的に移動できる筈です。これで連邦の航空戦力や、地上の砲台などを上空から強襲できます」
また、筈です、と言った。
図には地面から跳び上がり、離れた地点へ着地する軌道が描かれている。上から撃てるのはよいとして、撃った後には戻らなくてはならない。着地点へ砲を向けられていたら、そのまま降りるわけにもいかないだろう。
私は姿勢を変える操作と、着地時に使える噴射について尋ねた。主任技師は可動スラスターの図を拡大する。
背部と脚部は推進剤の系統が分かれ、手動でも別々に操作できる。離陸では合わせて使い、その後は姿勢や必要な推力に応じて切り替えるという。
私はその説明を手元の配置図へ書き込んだ。ヅダと同じつもりでペダルを踏んでも、同じものが働くわけではない。
「あとは、実際に重力下で機体を使用していただき、そこで出た不具合のデータをもとに、現場で随時調整して行ければと思います」
主任技師は、ここまでで説明を終えるつもりらしい。私はまだ開いている着地の図を見た。
新型機を渡される時には、もう少し安心して乗れるものだと思っていた。飛ぶところまでは任せるから、降り方は自分で考えろということにならなければよいが。
隣ではマイ中尉が、地上へ持っていく測定項目を確かめている。私も端末を閉じず、操作画面へ戻った。どうせ乗るのであれば、分からないままにしておきたくはない。
主任技師は次の質問にも、嫌な顔一つせず答えた。その調子のよさが、少し恨めしかった。
宇宙世紀0079年3月18日
YMS-08Aの足がハッチの縁を越え、地面へ下りた。
踏み固めた床とは違い、足の下で土が崩れる。もう片方の脚を前へ送り、両足に荷重が掛かるのを確かめてから、私は顔を上げた。
空が青い。
サイド3の灰色の空*2とも、窓越しに見る宇宙とも違っていた。頭部を上へ向けても、同じ青が続いている。モニターの上端を見ているうちに、自分の顎まで上がってしまう。
機体の影が草の上へ落ちている。その先で、短い草がまとまって倒れ、また起き上がった。風が通った跡を追うと、波のような動きが遠くまで続いていく。
ここへ家の者も連れてきたら、同じように空を見上げるのだろうか。そんなことを考えたところで、味方の通信が入った。先行部隊が移動を始めている。
地球攻撃軍、第4地上機動師団第4大隊。付近へ降下したHLVから、緑色のザクIIJ型が次々と出てくる。
私たちは降下地点の外へ警戒線を広げ、工兵が作業を進める間、敵を近づけないようにする。見える範囲に遮蔽物は少ない。こちらから遠くまで見渡せる分、向こうにも見つけやすい場所だった。
あれだけのHLVが空から下りてきたのだ。ミノフスキー粒子でレーダーを妨害しても、降下そのものを隠せたとは思えない。
私はMS用バズーカA-2型を持ち直し、ザクの後へ続いた。腰の120mmザクマシンガンも固定されている。まずは隊列へ追いつきたかった。
ところが、速度を上げると座席が左右へ振られ始める。
足音だけは早くなるのに、前のザクとの間隔が詰まらない。ペダルを戻すと揺れは小さくなるが、その間にザクはさらに先へ進んでしまう。
私は脚部の動きを表示した。右足を前へ送る直前に股関節が開き、次は左も同じように外へ逃げる。両脚の内側が近づくたびに、補正を示す印が点いていた。
あの太い脹脛だ。内側にまで出ているスラスターカウルを避けるため、機体が勝手に歩き方を変えているらしい。
もう一度、少しずつ速度を上げてみる。歩幅が伸びるより先に脚が開き、短い歩みを繰り返すようになる。左右へ身体を振って進む姿は、スケートでもしているようだった。
これのどこが高機動型なのだろう。まだ飛んでもいないのに、隣を歩くだけで苦労している。
脚の形だけを見れば、宇宙用の高機動型ザクIIR-1に近い。宇宙なら、それでも脚を前へ出して走る必要はない。地上では毎回この補正に付き合うことになるのだろうか。
私は動作の記録を残し、試験用の回線へ送った。形の問題なのか、制御の設定でどこまで直せるのか。ここで歩きながら決められるものではない。
ようやく先行するザクの横へ並ぶと、そちらから通信が入った。
『そちらの機体……ずいぶんと見慣れない形状ですが、本国で開発された新型のMSですか?』
「まだ正式なコンペティションが行われていないから、試作段階の検証機よ」
『なるほど……。いや、失礼ですが、後ろから拝見していて随分と歩き方に違和感があるものでして。もしそれが、俺たちの乗っているこのJ型に代わる次期の陸戦主力MSになったら、少し嫌だなと思いまして……』
通信の末尾に、小さな笑いが混じる。識別表によれば、分隊を預かる下士官だった。随分と正直に物を言う人である。
私も、そちらの脚を借りたいくらいですよと言いかけ、やめた。届いたばかりの機体を、もう交換してほしいと思っている。
ザクの上体は、私の機体ほど揺れない。足を置いて次の脚を出す動作が途切れず、その横を08Aはせわしなく追っている。
低速歩行を確認したという説明は聞いた。だが、実際にザクと並んで走らせていれば、この差には気づくはずだ。主任技師へ聞きたいことが、早くも増えてしまった。
降下地点から5kmほど進んだところで、大隊は周囲へ分かれた。HLVを取り囲む警戒線のうち、私たちは外へ張り出した一角を受け持つ。
指定された場所で片膝をつく。脚部の形が気になり、地面へ触れるまで速度を抑えた。座席の揺れが収まると、ようやく周囲を見回す余裕ができる。
ザクの間隔は広く、隣の機体も映像を拡大しなくてはよく見えない。後方にはHLVの頭が並び、そのそばで作業車両が動いていた。
当直のように座って待てばよいわけではない。空と地面を交互に見ながら、私は持っていたMS用バズーカA-2型の向きを直した。
2時間ほど経つうちに、頭上へ雲が広がってきた。
最初は遠くに白く見えていたものが、いつの間にか青空を塞いでいる。機体の影は薄れ、草の色まで暗くなっていく。隣のザクからは、降り始める前に足場を確かめておけと連絡があった。
雨の時刻を知らせる放送など、ここにはない。地球では天候を決められないと聞いていても、ほんの数時間前とは違う空を見ると妙な気分になる。
水を降らせるために設備を動かす必要もないのだ。故郷で払わされている空気税と水税が、頭に浮かぶ。
あの青空の下で暮らす者が、こちらの空気にまで税を掛ける。雨を待ちながら考えると、やはり腹が立つ。
小さな粒が正面の装甲へ当たった。外部の音を拾う回線に、細かな雨音が混じり始める。
そこで、首筋がひりついた。
上だ。頭部を向けても、見えるのは雲ばかりである。計器に新しい表示はなく、レーダーの画面も先ほどから変わらない。
それでも、こちらへ向けられた敵意がある。私は雨音を聞いたまま、雲の奥を見つめた。
気配は同じところに留まっていない。一度遠ざかり、また横へ動いて戻ってくる。すぐに突っ込んでくるような強さではないが、上空から私たちを探しているように感じる。
まだ雲の下へは出てこない。向こうも見つけられずにいるのだろうか。
隣のザクは、頭部を地平線の方へ向けている。こちらから教えなければ、誰も気づかないまま通してしまうかもしれない。
私はMS用バズーカA-2型を持ち上げた。気配が横へ流れるのに合わせ、砲口を雲の一点へ向ける。
『大尉、何をなさって――』
「敵です。上空に」
『はっ?いや、レーダーには何も……』
私のレーダーにも出ていない。そちらを見る時間が惜しかった。
雲へ向けた砲口を僅かに送り、引き金を引く。280mmロケット弾が白い煙を残して上昇し、灰色の中へ消えていった。
数秒後、雲の奥が光った。
少し遅れて、鈍い音が届く。さらに大きな光が重なり、黒いものが雲の底を突き破った。翼らしい形が回転し、その後から炎を引く胴体が落ちてくる。
私は砲口を下げず、残骸の上を見ていた。先ほどの敵意は途切れ、近くに続く気配もない。
『なっ!て、敵機!?』
『馬鹿な、有視界であんな雲の中の敵を撃ち落としただと……!?』
こちらへ向いていたザクの頭部が、今は揃って空を向いている。分隊長から、ほかにもいるのかと尋ねられた。
まだ分からないと答え、私は後方へ報告するための回線を開く。相手が何を見つけ、どこまで伝えたのかまでは、あの気配から分からない。
「おそらく、連邦軍の偵察機ですね。どこまで見られたかは分かりません。戻らなければ、向こうも様子を確かめに来るでしょう」
雨に煙が混じり、残骸の落ちた場所が見えにくくなる。あの1機を落としたことで、少しでも時間ができればよいのだが。
「次は、攻撃機の編隊が大挙してくる可能性があります。遮蔽物のないここでは空からの攻撃は致命傷になる。対空警戒を厳とした方がいい、と大隊長に伝えてください」
『了解しました!直ちに大隊本部に伝達します!』
分隊長が回線を切り替えた。私は記録した射撃方向と、残骸が見えた位置を送る。
少しして、大隊本部から配置変更の指示が入った。敵機の来た方角を受け持つ機体を増やし、HLVの近くにも直掩を残す。別の方向を見ていた部隊まで、全てこちらへ集めるわけではない。
隣のザクが立ち上がるのを待ち、私も膝を上げた。土に残った窪みへ水が集まり始めている。
移動する間、雨脚はさらに強まった。草の上を白く煙るような雨が流れ、少し離れたザクの輪郭まで薄くなる。近くへ寄りすぎるなという注意が、回線を流れていた。
新しい位置へ着くと、MS用バズーカA-2型の弾倉を外した。残りは2発。それを携行具へ戻し、満装の弾倉を取り付ける。
3発の表示を確かめてから、再び空へ向き直った。次も1機ずつ来てくれるとは限らない。
雨は止まなかった。
機体の前で水が低い方へ流れ、草の間から土の色が見えてくる。時折、風に押された雨が正面の映像を横切った。周囲の地形は覚えたつもりだったが、明るい時には見えた起伏が、今は見分けづらい。
夕方が近づく頃には、空も地面も薄暗くなっていた。
何度目かの対空監視へ頭部を返した時、上空から強い敵意が押し寄せてくる。先ほどの1機とは違う。広がった気配が重なり、真っ直ぐこちらへ近づいていた。
「敵機複数!方位284度!上空から来ます!」
隣のザクがすぐに砲口を上げた。後ろの機体も向きを変えているが、探すように頭部を振っている。
『レーダーには相変わらず何の反応も有りませんが……!』
「良いから武器を空へ構えなさい!」
数を確かめてからでは間に合わない。
私はMS用バズーカA-2型を構え、重なった気配の先へ1発を送った。発射の間隔を詰め、砲口をずらしてもう1発。最後のロケット弾が雲へ消える頃、最初の弾が届く。
雲の中で光が広がり、別の場所でも閃光が走った。2発は当たったらしい。だが、残った気配が一斉に散り、こちらへ向くものも増えている。
機種も撃墜数も、まだ見分けられない。私は空になったMS用バズーカA-2型を足元へ手放し、腰の120mmザクマシンガンを抜いた。今は弾倉を換えている時間がない。
『間違いない、敵襲だ!』
『雲で見えない!ミノフスキー粒子が邪魔だ!!』
『敵の数は不明!繰り返す、敵の数は不明!散開して対空警戒を強めろ!』
大隊長の指示に続き、上空を見つけた者が方角を叫ぶ。
雲の底に黒い影が現れた。両翼の下にロケット弾ポッドを吊ったフライ・マンタが、機首を下げて近づいてくる。その奥からは双発のマングースも続いていた。
フライ・マンタの翼の下が光った。
何本もの煙がこちらへ伸びる。私は機体を横へ送ったが、二歩目を置こうとしたところで、また脚が開く。思った場所へ足が出ない。
「させるか!」
ペダルを戻さず、機体を踏み出させる。すぐ脇でロケット弾が地面を抉り、土が膝へぶつかった。
その向こうから機銃弾が来る。左前腕の盾を上げ、頭部を隠すと、正面に火花が散った。盾へ当たる振動が続き、私は肩を固くしたまま通り過ぎるのを待つ。
射撃が脇へ流れたところで盾を下げる。先頭のフライ・マンタは既にこちらを越え、その後ろではマングースが降下していた。腹の下には爆弾が見える。
隣のザクが撃ち上げると、外側の1機が翼を傾けた。それでも、中央の機体は機首を上げない。
投下される前に撃つ。
両手で120mmザクマシンガンを支え、進んでくる先へ照準を送る。短く引き金を絞ると、胴体に弾が入り、腹の下で大きな炎が開いた。
光の中から翼が飛び、後続の機体がその向こうへ消える。巻き込まれたマングースが何機か炎を引き、平原へ落ちていった。
私は銃口を次へ向ける。煙の上には、まだ別の編隊がいる。地上で1機を追っている間に、ほかの機体が投弾へ入ってしまう。
後方で爆弾が炸裂した。HLVからは離れているが、さっきまで草が続いていた場所が土煙に覆われる。雨水の溜まった窪みまで吹き返され、黒い土が空へ舞った。
回線ではそれぞれのザクが担当する目標を伝え、射撃を続けている。私の前を横切ったフライ・マンタも、別の機体に追われて高度を上げていた。
私は上から来るマングースの進路を見た。こちらの警戒線を越え、後ろのHLVへ向かおうとしている。
あの高さまで出られれば、先頭を横から撃てる。射撃を続けながら待っていては、次の爆弾が落ちる方が早い。
「飛べると言っていたはず。その性能を見せてみなさい!」
跳ぶ方向を確かめ、操縦桿を引く。足元の荷重が変わったところで、背部と脚部の推力を合わせた。
地面を蹴り、噴射を強める。草と土が視界の下へ吹き飛び、50トンを超える機体が浮いた。座席へ押しつけられながら、私は高度の表示を見る。
凄い。上がっている。
さっきまで見上げていた敵機が、画面の中央へ近づいてくる。脚部の噴射を絞り、背部を使って軌道を伸ばすと、平原と味方のザクが一度に視界へ入った。
雨雲の薄い裾を抜けたところで、私と敵の編隊の間に遮るものがなくなった。マングースの翼と胴体が、地上で見ていた時よりはっきり分かる。
だが、進む方向を変えようとしても、機体は航空機のようには曲がらない。噴射の向きを直せば上体は動く。それでも、上昇の勢いは弱まり始めていた。
追い回す時間はない。今、目の前を通る3機を撃つ。
私は上体を返し、120mmザクマシンガンを構えた。近づいたマングースが翼を傾け、こちらから離れようとする。後ろの2機も、それぞれ違う方向へ逃げかけていた。
「ちょこまかと!墜ちろカトンボが!」
先頭の胴体へ撃ち込み、そのまま銃口を送る。1機が折れ、すぐ隣で旋回しかけていた機体にも弾が入った。
残った1機は下へ逃げる。機首を落とした先へ射撃を重ねると、尾の付け根が砕け、胴体が回り始めた。3機の残骸が離れていく間にも、私の高度は下がっている。
左から、鋭い敵意が近づいてくる。
フライ・マンタだった。機首をこちらへ向け、機銃弾を走らせながら、僅かに下の高さへ入ってくる。私は左腕の盾を向け、背部の可動スラスターを振った。
弾が脇を抜けた。流れていく景色の中で、フライ・マンタの機体上面が足の下へ入る。
上体を捻り、片脚を引いた。相手が通り過ぎるのに合わせ、翼の付け根へ足を叩きつける。
脚へ衝撃が返り、足先の下で機体が潰れた。折れた翼が跳ね上がり、フライ・マンタは片側へ傾きながら沈んでいく。
私はその反動を逃さず、背部の推力を上げた。もう一度高さを稼ぎ、次の編隊へ向き直る。まだ、そのくらいは動けるはずだ。
背部の振動が途切れた。
「なにっ…!?」
ペダルを踏み直す。短い警報が鳴るばかりで、期待した押し返しが来ない。もう一度操作する間にも、足の下から敵機が離れていく。
私は推進器の表示へ目を走らせた。
「まさか!!」
背部へ供給する主系統の残量が、ほとんど消えている。赤い表示の隣で、脚部の残量だけがまだ残っていた。
「ッ……!推進剤か!」
出力は落ちていない。ジェネレーターの数値は、跳ぶ前と変わらずに出ている。それなのに背部はもう噴かせない。
「馬鹿な!高々30秒も噴かしていないのに!」
上昇し、姿勢を変え、敵機を避けた。その間にも使っていたことは分かる。だが、ヅダならまだ初期加速を続けているくらいの時間ではないか。
振り返る余裕はそこまでだった。高度の数字が減り、地面が大きくなってくる。
脚部だけで押し戻せる勢いではない。試しに使い続ければ、着地へ回す分までなくなる。
私は足先を下へ向けた。姿勢を直す短い噴射にさえ残量が動く。今はこれを使って降りるしかない。主任技師への文句は、それからだ。
集音マイクが風の音を拾っている。耳元で強くなる音を聞きながら、私は地面を探した。どこへ落ちてもよいわけではない。味方のザクがいる場所だけは避けなくてはならない。
少し横に、爆撃で掘り返された一帯が見える。雨で緩んだ土が黒く広がり、穴の縁から水が流れ込んでいた。
その手前へ、別の爆弾が落ちた。
土が膨れ上がり、光の周りを黒い塊が飛ぶ。私は機体の底をそちらへ向けた。地面へ叩きつけられるまで、もう何もせずにはいられない。
下から突き上げられ、映像が跳ねた。脚が持ち上がりかけ、私は操縦桿を押し返す。
落ち方が変わった。その一瞬へ合わせ、脚部の補助スラスターを全開にする。残量を示す数字が減り続けるのを、今度は止めなかった。
それでも地面は迫ってくる。
土煙を抜けた足が泥へ入った。沈み、膝が曲がり、それから大きな衝撃が座席まで届く。
「ぐぅっっ!!」
固定帯が肩と腹へ食い込んだ。顎が落ち、ヘルメットの内側が一瞬白くなる。息を吐こうとして咳き込み、次の息がすぐには吸えない。
身体がもう一度小さく揺れた。私は歯を食いしばり、握った操縦桿から手を離さずにいた。
映像が戻る。空が斜めに見えたが、それ以上傾いてはいない。
止まったのか。
脚を引こうとすると、機体が僅かに揺れるだけで動かなかった。下方の映像へ切り替える。両脚は膝の近くまで泥に埋まり、その周りへ水が流れ込んでいた。
『大尉!ご無事ですか!』
ザクが1機、こちらへ向きを変えている。もう1機も続こうとしたところで、その奥の空が光った。
まだ来る。
「来なくていい!」
叫ぶと首の付け根が痛んだ。私は顔を前へ戻し、120mmザクマシンガンを持ち上げる。腕は動く。脚さえ抜ければと思ったが、それを試す時間もない。
「私のことは良い!それよりも、上空の敵を撃ち続けなさい!まだ敵は残っている!」
ザクが踏み止まり、銃口を空へ向けた。後方からも射撃が上がる。
私も上体を回す。腰と腕は動かせるが、脚で向きを変えることはできない。こちらへ降りてくるフライ・マンタを画面の中へ捉え、撃てる角度に入るまで待った。
動けないのは、向こうからも見えているのだろう。機首がこちらへ向き、敵意が強くなる。
私は引き金を絞った。120mm弾が翼を砕き、フライ・マンタが脇へ逸れる。落ちた先から泥が跳ね、機体の横へ降り掛かった。
次の1機は、その煙に隠れるように来た。盾を前へ出し、銃口だけを上へ送る。降りてくる機首を追って撃つと、胴体が光り、残骸が二つに分かれた。
まだ腕が動く。それを確かめるように、私は操縦桿を握り直す。
隣のザクに追われた3機目が、こちら側へ旋回してくる。私はその進路へ短く撃った。尾を失ったフライ・マンタが頭を振り、雨の中へ落ちていく。
それ以上、こちらへ機首を向ける機体はなかった。遠くにいた敵影も反転し、雲の方へ離れていく。ザクの射撃が追った後、回線へ次々と報告が入る。
私は銃口を下げずに空を見ていた。戻ってくる気配はない。どこまで逃げたのか、雲の向こうはまた見えなくなっている。
大隊本部から警戒を続けるよう指示があり、近くの分隊長もこちらを呼んでいる。了解と返そうとして、声が出なかった。私は一度喉を鳴らし、聞こえていますと答える。
助かった。
声に出そうとしたが、息だけが漏れる。背中を座席へ預けると、首と肩の痛みがはっきりした。握り締めていた指を一本ずつ緩め、それから再び脚の表示を見る。
泥は抜けない。動かせばその分だけ水が濁り、すぐ元の場所へ戻ってしまう。
あの爆風がなければ。脚部に残っていた分まで使っていたら。どちらを考えても、今こうして座っていられる気がしなかった。
もう一度同じようにやれと言われても、御免だ。今回は運がよかった。それを操縦の手柄にするつもりはない。
空から雨が降り続いている。出てきた時には、あれほど綺麗だと思った空だ。
私は回収を待つと返答し、機体の状態を送った。返ってきた声を聞きながら、主任技師の説明を思い出す。確かに飛んだ。だが、これでは安心して着地もできない。
こんなところで、推進剤を使い切って事故死など御免被る。
首を動かすと、また痛んだ。私は正面へ顔を戻し、雨粒の流れる映像を見つめる。戻ったら、まずあの主任技師を呼んでもらおう。
こちらの話を聞き終えるまでは、次の図面など開かせるものか。
ご高覧ありがとうございます。
早速史実の高機動型試作機と相違点がたくさん出て来ました。
ついでに機体の問題も沢山出てきましたね。
EMS-04Sの金星エンジンのデータから、後々に土星エンジンとなるものの研究がだいぶ進んでおります。
エンジン出力に関しては、遥か昔古事記の時代から言われていますが、クソガバ謎のワット数低過ぎ問題をそのまま継承して表記しています。
なので、ザクは976kw、ガンダムは1380kwの設定でいきたいと思います。
無改造EMS-04の馬力設定は、後々のドムやグフ等の馬力設定からなんとなく予測してつけたものですのでご了承下さい。
はい、この時点でお察しの良い方はピンと来ていると思いますが、ヅダS君の馬力はガンダムと同じです。出力も80kw違うだけですので、たぶんビーム兵器使えます。
という事はつまり、更に出力の低いドムでも使えたビーム兵器が使える…ハッ!
ともあれ、敵ではなく自分の機体に殺されそうになった主人公の怒りはいかほどか…
敵は、戦車では移動に時間が掛かるので、61式戦車の出番は次章に持ち越しで、今回は航空機オンリーの戦闘になりました。
登場させるとしても大分先になりますが、ジークアクスのキャラを出すのはアリかナシか。(出るならニャアン)
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アリ
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ナシ
-
どっちでも良い
-
早く書け