技術試験隊斯ク戦ヘリ   作:ザクスキー2世

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良い感じに皆さんもジオニックへのヘイトを溜めて下さっていますね!
妖怪の所為という万能の用語に似たものが宇宙世紀にもありまして、それはジオニックの陰謀と言います。
都合が悪くなった場合に使うと、大変デュバル少佐が喜びます。


第14話

 

 時は少し遡る。

 

 

 宇宙世紀0079年3月16日

 

 

 私たち第603技術試験隊が、次期主力モビルスーツの評価試験という名目で地球降下作戦に組み込まれることが決定した後のことである。

 ヨーツンヘイム艦内に設けられたブリーフィングルームにおいて、私はツィマット社から派遣されてきた開発担当の社員たちから、今回私がテストパイロットを務めることになる機体、YMS-08Aについての詳細な事前説明を受けていた。

 

「このYMS-08A、仮称『高機動型試作機』は、現在ジオニック社が開発を進めているYMS-07Aと並行して、我が社が開発している機体です。あちらの07Aにも、軍の要請により我々ツィマット社は一部の駆動系などで技術協力を行ってはおりますが、先方*1の意向もあり、その協力は限定的なものに留まっています。その代わりに、この08Aは我々の持つ独自の技術を惜しみなく注ぎ込んでおります」

 

 恰幅の良いツィマット社の主任技師が、自信に満ちた声でそう語りながら、ブリーフィングルームの大型モニターにYMS-08Aの三面図を映し出した。

 私は腕を組みながら、その黒と白に塗装された機体の図面をじっと観察する。

 

 どう贔屓目に見ても、YMS-08Aの上半身はジオニック社の主力機であるザクの上半身そっくりだ。もちろん細やかな差異はある。

 明確な違いがあるとすれば、脚部の形状だ。脹脛の部分がザクよりも異常に太く、装甲が外側へ向けて大きく膨らむように造形されている。その装甲の隙間からは、大型のスラスターが見え隠れしていた。また、背面に背負ったバックパックもザクのものより一回り以上大型化されており、メインスラスターの他に、両サイドに独立して可動するスラスターユニットが一つずつ追加されているようだ。

 そして、本来右肩に固定されているはずの防御用の盾が、肩ではなく左腕の前腕部に直接装着できるように変更されていて、両肩にはショルダースパイクが追加されているのが見て取れた。

 

「……見たところ、良くてザクの派生機。ほとんどザクに毛が生えたようなものにしか見えませんが…?」

 

 私が素直な感想を口にすると、同席していたオリヴァー・マイ技術中尉も手元の資料を見比べながら同意するように頷いた。

 太くなった足回りの推進器群とバックパック、コックピット周辺の僅かな装甲形状の違いを除けば、概ねザクと見た目は同じだといっていいだろう。今のところ提供されたのは三面図と基本スペックの数値だけであり、実際の性能や操作性のところまでは全く分からない。

 

「大尉がそう思われるのも無理はありません。それは、軍上層部からのコンペティションに対する要求が、『既存のザクとの部品共有率が、最低五割以上である事』と定められているからです。全くの新規機体では、生産ラインの移行に時間が掛かり過ぎるという理由ですね。それに、現在ツィマットではザクをライセンス生産しておりますので、パーツの調達も容易ですし」

 

 ツィマット社の技師は、少し悔しそうに肩をすくめた。

 

「ですので、我々はその要求を逆手に取りました。共有部品のノルマを外見の装甲パーツやマニピュレーターなどに多く割り振り、浮いた容量でジェネレーターや駆動系といった内部パーツを、完全にツィマットの新規部品として割り当てる事で、要求を満たしつつも劇的な性能の向上を図った次第です」

 

 なるほど、確かに軍の官僚的な要求をクリアしつつ性能を上げる手法としては、理にかなっている。

 だが、ザクは内部フレームを持たないモノコック構造だ。装甲そのものが機体の骨格を兼ねている以上、機体の外装がかなりザクに近いのであれば、それに耐えうる構造上の強度限界や、関節の可動域の限界も、必然的にザクの性能に準じて頭打ちになってくる筈だ。中身だけを無理にチューンナップしても、外殻が耐えきれなければ意味がない。

 

「素体のベースにはザクⅡのF型を使用していますが、ジオニック社が先日地上用に再設計してロールアウトさせたJ型のデータも参考にしましたので、重力下での地上戦に必要な基本機動性は、十分に担保出来ていると考えています」

 

「外装の話は分かりました。ジェネレーターはどうなっているのですか?」

 

 私の指摘に対し、ツィマット社の社員は待っていましたとばかりに、手元のタブレットを操作してモニターの画面を内部構造図へと切り替えた。

 

「はい。実は、大尉が搭乗されているEMS-04Sの金星エンジンから、稼働データとフィードバックを継続的かつ大量に得ております。その恩恵により、新型ジェネレーターの開発が異例の早さで順調に進みました。このYMS-08Aには、その新たに設計された試作品のジェネレーターを搭載しております」

 

「出力はどれほど出るのですか?」

 

「定格で1,200kWは確実に出る筈です。機体に組み込む前の、主機単体での出力試験ではそこまでは安定して出ましたから」

 

 ツィマットの社員はタブレットを覗き込みながら、何事もなさげにさらりとそう言った。

 その数値を聞いた瞬間、隣でメモを取っていたマイ中尉が、弾かれたように顔を上げて驚愕の声を上げた。

 

「1,200kWですって!?ザクの出力が970kW強ですよ!……まさか、それは大尉のヅダに搭載されている金星エンジンと同じく、量産を度外視した一点物なのですか!?」

 

 マイ中尉が、技術者としての探究心から食い気味にツィマット社員に詰め寄る。あまりの剣幕に、詰め寄られた社員の方は何事もなさげに数歩後ろに下がりながら、タブレットを見続けている。

 

「落ち着いてください、マイ技術中尉。……まあ、まだ試作品の段階なので、現状はそれに近いというのは否定しません。どうしても現在の生産ラインでは、特殊な耐熱素材を使用しているためコスト面で高額になってしまいますが、次期の主力量産MSに使用することが絶対の目標ですから、廉価に製造できるよう、現在も本社では材質改良と再設計が不眠不休で続けられています」

 

 EMS-04に使われていた木星エンジンで、出力は概ね1,150kW、約57,000馬力である。

 対して、私のヅダに搭載されている一点物の金星エンジンは、木星エンジンよりも遥かに高価で、軽量かつ高耐久強度な希少素材をふんだんに使い再設計されている。大きさこそ木星エンジンより気持ち大きめだが、その出力はなんと1,300kW、驚異の65,000馬力を発揮するバケモノだ。

 

 私のヅダがそれほどの出力を発揮出来るのは、偏に過去の空中分解事故の教訓から機体各所の部材が徹底的に刷新、強化されているのと、駆動系が流体パルス・アクセラレーターという、全く新しい技術理論に基づく試作品の伝達機構に置き換えられているからだ。

 しかし、その大馬力の殆どは大推力を発揮した際の、機体制御や姿勢制御のために使用されている。このくらいの馬力が無いと、80,000kgを超えるような暴力的で巨大な推力のせいで、手足を動かすAMBACすら、加速度に負けて覚束なくなってしまうのだ。

 

「……その高出力ジェネレーターを積んで、スラスター推力の方はどうなっていますか?」

 

「はい。バックパックと脚部の増設スラスターを合わせ、概ね総推力は51,000kgに達します。ザクの推力を大きく上回っています。これは、短距離ながらも重力下でのジャンプ飛行を可能にするために、推力が下方向へ向けて強化されているためですね」

 

「ジャンプ飛行ですか。つまり、モビルスーツが地上で飛べると?」

 

「重力下での完全なホバリングや長距離の滞空は流石に無理ですが、スラスターの推力に物を言わせて大きく跳躍し、地上を走るよりも遥かに高速で三次元的に移動できる筈です。これで連邦の航空戦力や、地上の砲台などを上空から強襲できます」

 

 設計上のカタログスペックとしては、非常に魅力的だ。

 しかし、『筈です』という言葉がどうにも引っかかる。計算上は飛べるのだろうが、空気抵抗があり、常に1Gの力で大地へ引きずり降ろそうとする重力が働く地球環境においては、無重力の宇宙空間とは全く勝手が違う。推力のベクトル制御一つ間違えれば、機体ごと地面に叩きつけられることになる。私は、自分がいまだ経験したことのない環境での試験に、大変な不安を覚えずにはいられなかった。

 

「あとは、実際に重力下で機体を使用していただき、そこで出た不具合のデータをもとに、現場で随時調整して行ければと思います」

 

 最後に、ツィマットの社員は悪びれもせずにそう言い締めた。

 つまり、地上での本格的な実働テストと命懸けのデータ取りは、パイロットである私に完全に丸投げということだ。私は深くため息を吐きながら、ツィマット社の執念と無責任さが同居したこの機体に、自分の命を預ける覚悟を決めたのだった。

 

 

 時が戻って。

 

 宇宙世紀0079年3月18日

 

 

 YMS-08Aは、関節の駆動音を重々しく響かせながら、ゆっくりとした足取りでHLVの側面ハッチから歩み出て、私の人生で初めてとなる、地球という惑星の母なる大地へとその巨大な足の裏を降ろした。

 

 ハッチの外に広がっていたのは、視界を遮るものが何一つない、見通しの良い広大な平地であった。

 空は雲一つもない見事な快晴であり、コックピットのメインモニターから見上げる大空は、サイド3の灰色の空*2や宇宙の冷たい暗闇とは全く違い、信じられないほど深く、何処までも真っ青に透き通っていた。

 太陽の光が大気の層で乱反射し、見渡す限りの平原を吹き抜ける風が、青々とした短い草花を波のように揺らしている。宇宙移民である私にとって、その原初的で広大な大地の美しさは、一瞬だけ戦争をしていることすら忘れそうになるほどの衝撃だった。

 

 しかし、戦場の現実は私に感傷に浸る時間を許してはくれなかった。

 私と共にこの平原の各所に降下した、地球方面軍・第四地上機動師団第四大隊のHLV群からは、緑色に塗装された多数のザクⅡJ型が既に発進しており、部隊を横に広げて前進し警戒線を押し上げていた。

 連邦軍の軍事施設が点在するこのエリアにおいて、ミノフスキー粒子が散布されてレーダー探知が不可能になっているとはいえ、上空からあれだけの数のHLVが火球となって降り注ぎ、しかもこれほど開けた見通しの良い平地に降り立てば、降下地点が割れていると見るのが当然だ。

 今のうちに前線を広げて敵の接近を阻む防御陣を構築し、工兵部隊が後方で仮設基地を設営するまでの時間を、我々MS部隊が稼がなければならないらしい。

 

 私は気を取り直し、操縦桿を倒してYMS-08Aを走らせ、先に進んでいる第四大隊のザクたちの戦列まで追いつこうとした。

 しかし、機体を走らせてみて、数秒で致命的な欠陥がわかった。

 この機体は、信じられないほどに走り辛かったのだ。

 

 私はコックピットの中で顔を顰め、ペダルを踏み込む足の力を細かく微調整した。

 YMS-08Aは、ジャンプ飛行用のスラスターが脚部に追加されているため、ザクなどに比べても脹脛の装甲がかなり太く設計されている。しかも、スラスターのノズルが脚の外側だけでなく、小型のものが脹脛の内側にも飛び出すように付いているのだ。

 よって脚部の見た目は、宇宙専用機の高機動型ザクⅡR-1のようにも見える。

 そのせいで足を前に出して歩行する際、外側ではなく内側にも広がっているため、両足内側の繊細なスラスターカウル同士がぶつからないように、機体のオートバランサーが強制的に股関節を開き、まるで逆ハの字のように機体を変な風に歩かせるような補正を掛けてしまっているのである。

 

 結果として、スケートをするような左右に振れる進み方な上にストロークの短いバタバタとした不格好な歩き方になり、歩行速度や走行速度が、ザクよりも低下しているのだ。

 これでは、口が裂けても高機動型とは名乗れるようなものではない。

 

 宇宙空間であれば足は姿勢制御と駐機、蹴りくらいしか使い道が無いが、重力下ではこの二本の足で機体の自重を支え、大地を蹴って進まなければならない。ツィマットの設計者たちは、推力を上げる事や新技術の導入にばかり目を向けて、MSの基本である「歩く」という二足歩行の連動メカニズムのクリアランスを忘却の彼方へと追いやってしまったのではないか?そう思わずにはいられない。

 

 ぎこちなく違和感のある歩き方で漸く先行していたザク達の戦列に加わったところで、平原を横に並んで歩いていた第四大隊のザクから通信が入った。

 

『そちらの機体……ずいぶんと見慣れない形状ですが、本国で開発された新型のMSですか?』

 

「まだ正式なコンペティションが行われていないから、試作段階の検証機よ」

 

『なるほど……。いや、失礼ですが、後ろから拝見していて随分と歩き方に違和感があるものでして。もしそれが、俺たちの乗っているこのJ型に代わる次期の陸戦主力MSになったら、少し嫌だなと思いまして……』

 

 ザクのパイロットは、通信越しに苦笑いを浮かべているようだった。

 随分と他部隊の上官に対して、正直に物を言う下士官だなと思いつつ、彼の言いたいことも理解出来た。

 自分だって、こんな不格好な歩き方をするMSに命を預けたいかと言われたら、否と答えるだろう。

 

 横を歩くザクが、安定した滑らかな足取りで歩いているのに対し、こちら側のYMS-08Aは、重心が定まらず、内股を避けながら少し早歩きをしているようなバタバタとした感じだ。

 一歩の歩幅が既にザクとは少し違い、無駄なエネルギーを消費しているのが機体の振動からも伝わってくる。

 これは、基地に戻り次第、重心の変更と物理的な装甲の干渉部分に手を加えて貰わなくてはならないだろう。

 そもそも、私に実機を引き渡す前に、ツィマットの技術者たちはダークコロニー内の重力ブロックで、基本的な走行試験すら行わなかったのだろうか。あの一丁前な理屈を並べていた開発部に対して、甚だ疑問と不信感が湧いてきた。

 

 私たちは降下地点から5kmほど前進し、見通しの良い平地に円を描くように分散して展開し、そこに前哨となる警戒線を敷いた。

 

 身を隠すような遮蔽物もない平原で、片膝を突き姿勢を低くして周囲の警戒を続けて2時間ほど経った頃だろうか。

 その頃には、あれほど見事だった快晴から一転して打って変わり、空には分厚い雲がだいぶ出てきており、今にも一雨来そうな湿気を帯びた重い空模様になっていた。

 地球の自然環境というものは、コロニーの天候管理システムとは違い、時間通りに計画的に雨が降らないと知ってはいたが、実際に空の機嫌がこれほど急激に変わる様を目の当たりにして、私は少しだけ感心していた。

 

 ここには、人が生きるために必要な水も空気も無尽蔵にあり、プラントで循環させなくとも、こうやって雨も自然に空から降ってくるのだ。

 我々宇宙に住むスペースノイドに対し、連邦政府が長年重税として課し続けている『空気税』や『水税』なんていう馬鹿げたものが、地球に住む彼らには一切必要無いというのは、やはりひどく不公平なことだと、私は重力の下で改めて実感した。

 

 ふと、その時だった。

 

 ポツリと、コックピットの装甲を雨粒が叩き始めたと同時。

 空を覆う、鉛色に重く垂れ込んでいる分厚い雲の奥深くから、ヒリヒリとした明確な敵意の波が、私の肌を粟立たせるように伝わってきた。

 この雲の向こう側に、敵が来ている証拠だ。

 

 降下作戦の完了から然程時間が経っておらず、一帯にはミノフスキー粒子が戦闘濃度で極めて濃密に散布されている。遮蔽物のない平地とはいえ、上空を厚い雲が覆っているため、光学観測も役に立たず、機体の対空レーダーはノイズに埋もれて完全に使い物になっていない。

 そのため、システムからの接近警報も鳴らず、両隣りの平原に伏せている第四大隊のザクたちも、空からの脅威が迫っていることに全く気が付いている様子は見受けられなかった。

 

 幸いなことに、雲の中に潜んでいる相手側も、分厚い雲とミノフスキー粒子のせいで、こちら側の正確な陣地やMSの配置位置を完全には掴んでいないようだった。雲の中で旋回を繰り返し、高度を下げて目視確認を行うべきかどうか、パイロットが焦燥感に駆られて悩んでいる感情が、手に取るように分かった。

 強行偵察のつもりなのだろう。

 私は発見される前に、先手を打つことにした。

 偵察機の音信が途切れたことで気付かれるだろうが、こちらの正確な位置や規模を知られるよりずっと良いし、今少しの時間も稼げるはずだ。

 

 私は自分の中にだけある直感的な勘に従い、YMS-08Aのマニピュレーターを動かし、持っていたMS用バズーカA2を素早く構え、全く視界の通らない厚い雲の一点に向けて砲口を突き上げた。

 

『大尉、何をなさって――』

 

「敵です。上空に」

 

『はっ?いや、レーダーには何も……』

 

 私の不可解な行動に気づいた隣の第四大隊のザクが、通信で制止しようとする。

 しかし私はそれを無視し、制止の言葉が終わる前に引き金を引き絞り、雲の中に向けてバズーカの280mmロケット弾を一発、ためらいなく射撃した。

 

 轟音と共に放たれたロケット弾は、噴進の白い燃焼煙の尾を真っ直ぐに棚引かせながら、鉛色の雲の奥深くへと吸い込まれるように消えていった。

 

 同じ警戒線に配置されていたザク達が、驚いてロケット弾の飛んでいった先の空を見上げていると。

 数秒後、分厚い雲の内部で閃光が走り、くぐもった爆発の音が響いた。直後、それに誘爆するようなさらに大きな爆発が起こり、連邦軍の航空機のものと思われる黒焦げになった機体の残骸が、激しく燃え上がりながら雲の切れ間からバラバラになって落ちてきた。

 

『なっ!て、敵機!?』

 

『馬鹿な、有視界であんな雲の中の敵を撃ち落としただと……!?』

 

 ザクのパイロットたちが、信じられないものを見たというように息を呑む。

 

「おそらく、連邦軍の偵察機ですね。この一機を落としたので、我々の部隊規模や正確な陣形まではバレていないでしょうが、降下してきた方向は大まかに割れているはずです」

 

 私はコックピットの中で周囲の気配を探りながら、冷静に指示を飛ばした。

 

「次は、偵察機からの途絶報告を受けた攻撃機の編隊が大挙してくる可能性があります。遮蔽物のないここでは空からの攻撃は致命傷になる。対空警戒を厳とした方がいい、と大隊長に伝えてください」

 

『了解しました!直ちに大隊本部に伝達します!』

 

 分隊長ザクのパイロットは、弾かれたように通信を繋いだ。

 

 やがて、空から本格的に大粒の雨が降り始めた。

 バラバラと激しい音を立てて、YMS-08Aの装甲を無数の雨粒が叩きつける。大地の熱気と雨の湿度が混ざり合い、視界はさらに悪化していく。

 

 偵察機の飛んできた方向はある程度分かっているので、こちら側のMSの配置を移動させて警戒線を一方向に厚くし、後方の降下地点のHLV周辺にも直掩のザクを数機配置して、空からの襲撃を待ち構える体制を整えた。

 

 周囲が雨雲のせいで薄暗くなって来て、時刻が夕方に差し掛かった頃。

 私の全身の産毛が逆立つほどの、おびただしい数の明確な殺意と敵意の波が、上空から真っ直ぐにこちらへ向かって襲いかかってくるのを感じた。

 

「敵機複数!方位284度!上空から来ます!」

 

『レーダーには相変わらず何の反応も有りませんが……!』

 

「良いから武器を空へ構えなさい!」

 

 私は大隊への警告と同時に、再び先制してMS用バズーカA2を空へ向け、一弾倉分の三発のロケット弾を、殺意の波が最も密集している雲の塊の中へと立て続けに撃ち込んだ。

 

 上空の雲の中で再び複数の爆発が起きるのが見えたが、三発撃って二発しか当たらなかったようだ。相手は編隊を解いて各個回避行動を取り始めたらしい。

 私は撃ち尽くしたバズーカを足元の草むらに乱暴に投げ捨てて、腰部から120mmザクマシンガンを引き抜き、両手でしっかりと構え直した。

 

 雲の中での巨大な爆発の閃光を見て、第四大隊のパイロット達も一斉に、ザクの持つマシンガンやバズーカの砲口を空中に向けた。

 

『間違いない、敵襲だ!』

 

『雲で見えない!ミノフスキー粒子が邪魔だ!!』

 

『敵の数は不明!繰り返す、敵の数は不明!散開して対空警戒を強めろ!』

 

 大隊長の怒号が通信に響いた直後。

 鉛色の厚い雲の底を強引に引き裂くようにして、無数の機影が現れた。両翼にロケット弾ポッドを懸架した連邦軍のフライ・マンタ戦闘爆撃機と、それに護衛されるようにして編隊を組む双発のマングース地上攻撃機が、獲物を狙う猛禽類のように、凄まじいエンジン音を轟かせて次々と急降下してきたのだ。

 

 先陣を切ったフライ・マンタの編隊が、開けた平原に立つ我々MS部隊を視認するなり、翼下のロケット弾を雨霰と撃ちまくりながら、機首の機関砲で激しい機銃掃射を行ってくる。

 

「させるか!」

 

 遮蔽物のない平地では、敵の弾幕をやり過ごす岩陰一つない。私はYMS-08Aの重い脚に鞭を打ち、飛来するロケット弾の軌道を予測して機体を二歩横にズラし爆風を避け、避けきれない機銃弾の雨は、左腕にマウントされた装甲の厚いシールドを顔の前に掲げ、モノアイを守るようにして激しい火花を散らして受け止めた。

 

 フライ・マンタの機銃掃射を凌いだ直後、その後ろから本命であるマングース攻撃機の編隊が、重たいロケットポッドと航空爆弾を腹に抱えて、投弾高度へと向かって真っ直ぐに突っ込んでくるのが見えた。

 

 私はシールドを下ろし、ザクマシンガンの照準を正確に合わせる。

 投弾される数秒前、私は引き金を引き、120mm弾をマングースの胴体ど真ん中に正確に叩き込んだ。抱え込んだ爆弾に被弾したマングースは空中で大きな火球となり、細かい破片は散り散りとなって平原の彼方へと墜落していく。その中には、数機の巻き込まれたマングースも含まれていた。

 

 だが、倒しても倒しても、その後ろにはさらに高い高度から、次々と投弾姿勢に入っている後続のマングースの編隊が控えている。

 見通しの良い平地とはいえ、敵の数も多く重力に縛られた地上からの対空射撃には限界があった。

 

 私は迫り来る航空機群を睨みつけながら、YMS-08Aの最大のウリであり、ツィマットの技術者が誇らしげに語っていたジャンプ飛行の性能を、この実戦で試す事にした。

 

「飛べると言っていたはず。その性能を見せてみなさい!」

 

 私は操縦桿を引き、ペダルを強く踏み込んだ。

 バックパックのメインスラスターと、脚部に増設された補助スラスターを全開にして地面を蹴った。

 

 爆発的な噴射音と共に、YMS-08Aの足元の大地が抉れるように吹き飛び、50トンを超える鋼鉄の巨体が、まるで重力から解き放たれたかのように空中へと一気に踊り出た。

 

(凄い……!)

 

 本当に、ツィマットの謳い文句のように、信じられないほどの推力で機体が軽やかに大空へと飛び上がる。分厚い雨雲を切り裂き、広大な平原を見下ろす高度まで、一瞬にして跳躍したのだ。

 しかし、その軌道はあくまでスラスターの暴力的な推力に任せた直線的なものであり、流石に航空機のように空中で自由自在に旋回や機動ができるわけではない。頂点に達すれば、あとは重力に従って放物線を描いて落ちるだけだ。

 

 それでも、上空から強襲してくる敵機と同じ高度、あるいはそれ以上の高度に立てたことの戦術的優位性は絶大だった。

 

「ちょこまかと!墜ちろカトンボが!」

 

 私は放物線の頂点付近の空中で機体を安定させ、ザクマシンガンを構えて連射した。

 地上からの対空砲火しか警戒しておらず、まさかMSが自分たちと同じ高度まで飛んでくるとは思っていなかったマングース攻撃機たちは、完全に虚を突かれていた。不用意にこちらに無防備な腹を見せて旋回しようとしていたマングースの3機編隊を、私は上空から浴びせかけるようなマシンガンの掃射で、編隊ごと蜂の巣にして空中で粉砕した。

 

 味方の爆撃機が空中で撃墜されたのを見たフライ・マンタのパイロットが、怒りに任せて機首を急角度でこちらへ向け、すれ違いざまに機銃掃射を仕掛けてくる。

 

 私は空中で落下を始めながらも、スラスターの噴射角度を微調整し、両手足を振り回して擬似的なAMBACを行い、機体の姿勢を強制的に捻った。

 そして、不用意に近づいて来たフライ・マンタの機体上部にタイミングを合わせ、すれ違い様にYMS-08Aの巨大な鉄の脚を振り下ろし、渾身の力で蹴り付けた。

 

 装甲のひしゃげる不快な音と共に、フライ・マンタはコントロールを失って錐揉み回転しながら墜落していく。

 私はその沈みゆく敵機を物理的な足場として利用し、蹴りつけた反動と同時に脚部スラスターを再び最大出力で噴かし、空中でさらなる二段ジャンプを行おうと試みた。

 

 だが、機体が再び空へ向けて飛び上がろうとした、まさにその瞬間だった。

 

 突然、バックパックから響いていた力強いスラスターの噴射音が完全に消失し、機体が空中でふっと虚脱したように推力を失ったのだ。

 

「なにっ…!?」

 

 推進力を失ったYMS-08Aは、地球の重力という絶対的な法則に引かれ、まるで巨大な鉄の塊のように、空の彼方から真っ逆さまに落下し始めた。

 

「まさか!!」

 

 私は焦ってペダルを蹴り付けるが、一向に高度が上がらない。ビープ音が鳴るだけだ。

 視線を急いでコンソールの計器類に走らせる。

 

「ッ……!噴進剤か!」

 

 バックパックに供給される、推進剤の残量メーターが、なんとほぼゼロを指して真っ赤な警告ランプを点滅させていたのだ。

 

「馬鹿な!高々30秒も噴かしていないのに!」

 

 宇宙空間の無重力下であれば、機体をトップスピードに乗せるための初期加速を行っている最中くらいの、ごく僅かな時間しかスラスターを使用していないはずだ。

 だが、ここは常に1Gの力で大地へ引かれている地球なのだ。その重力に逆らって50トンの巨体を空へ持ち上げるという行為が、どれほど莫大で非効率な推進剤の消費を強いるのか、私は……いや、ツィマットの設計者たちすらも、完全に計算を見誤っていたのである。

 定格1,200kWのジェネレーター出力があろうと、燃やすための推進剤が空っぽになれば、ただの重しでしかない。

 

 風切り音が集音マイクに拾われてコックピットに響き、眼下の大平原が凄まじい速度で迫ってくる。

 この高度から、推進剤なしで自由落下して地面に激突すれば、強固なMSの装甲の内側で、衝撃を吸収しきれずに乗っている私もミンチになって死んでしまう。

 もちろん、MSだってタダじゃ済まない。

 全くもって冗談でない。こんな欠陥機で、事故死なぞ御免被る。

 

 私は絶望的な状況下で、必死に生存の道を探した。

 落下していく視界の先、私の落ちていく真下の地上付近に、先ほど撃墜し損ねた敵の攻撃機が投下した航空爆弾が地面に突き刺さり、大爆発を起こすのが見えた。

 

 爆発によって生じた強烈な上向きの衝撃波と爆風が、上空へ向けて巻き上がってくる。

 私は落下しながら機体の足先をそちらに向けるよう制御し、その下から突き上げてくる熱風と衝撃波のクッションに、機体の底面を意図的にぶつけた。

 

 物理的な激しい衝撃が機体を揺さぶり、自由落下の速度が爆風の抵抗によって一瞬だけ、ほんの少しだけ相殺され、減速する。

 

 私はその一瞬の減速の隙を逃さず、メインタンクではなく別のタンクになっていた脚部の補助スラスターの推進剤を一気に燃焼させ、最大噴射させて少しでも速度を減速させるように努める。

 

 しかし、50トンを超える金属の塊が、そんな付け焼き刃の抵抗で空中で完全に止まれるはずもない。

 それでもなんとか減速したとはいえ、そこそこの勢いを保ったまま、YMS-08Aは先ほどの爆弾によって深く掘り返され、大量の雨水が溜まって底なしの泥濘のようになった平地に、足から深々と突き刺さった。

 

「ぐぅっっ!!」

 

 地響きと共に、想像を絶する衝撃がコックピットを襲った。

 衝撃吸収シートのベルトが身体に食い込み、全身がバラバラになったのではないかと思うほどの激痛が走る。ヘルメットの中で視界が一瞬真っ白になり、私は激しく咳き込んだ。

 

 機体は倒れることこそ免れたものの、落下の衝撃によって膝下の関節部分まで完全に泥濘の中に埋まり、自力ではピクリとも身動きが取れない状態になってしまっていた。

 

『大尉!ご無事ですか!』

 

 私の落下を見ていた第四大隊のザク数機が、対空射撃を中断して慌てて駆け寄ってくるのがモニターの端に見えた。

 

「来なくていい!」

 

 私は痛みに耐えながら通信機に向かって叫び、彼らを制止した。

 

「私のことは良い!それよりも、上空の敵を撃ち続けなさい!まだ敵は残っている!」

 

 なんとか落下死は免れて生き残れたが、戦闘は依然として継続中なのだ。

 私は泥に埋まって固定砲台と化した状態のまま、痛む腕で操縦桿を握り直し、上空からこちらに殺意を向けて急降下してくる残存の敵機に向けて、執念でザクマシンガンの銃口を向けた。

 

 正確な射撃でさらにフライ・マンタを3機撃墜したところで、上空の敵部隊はほとんど壊滅し、完全に組織的抵抗力を喪失した。運良く生き残った数機は反転し、雨雲の彼方へと逃げ去っていく。

 第四大隊の連携した対空砲火の活躍もあり、敵の強襲航空機群は完全に戦力を喪失し、初日の戦闘は漸く終了した。

 

 雨音だけが響く静寂の平原の中で、私はコックピットのシートに深く背中を預け、荒い息を吐き出した。

 

 今回は、ただ運良く助かっただけだ。爆弾の衝撃波と泥濘という偶然のクッションがなければ、私は今頃、この鉄の棺桶の中で潰れたトマトのようになっていただろう。

 戦士として、実戦の果てに敵に撃たれて戦死するのであればまだ納得できる。

 だが、設計の甘い機体の燃料切れによる事故死など、まっぴら御免被る。

 

 基地に戻ったら、必ずやツィマットの社員に文句を言ってやらねばならぬ…

 私は首の痛みに顔を歪めながら、雨の降る異国の空を見上げ、心に固くそう誓ったのだった。

 

*1
ジオニック

*2
サイド3にあるコロニーは密閉式のため、開放式の他サイドのコロニーとは違い空や逆側の大地が灰色に見える




ご高覧ありがとうございます。
早速史実の高機動型試作機と相違点がたくさん出て来ました。
ついでに機体の問題も沢山出てきましたね。
EMS-04Sの金星エンジンのデータから、後々に土星エンジンとなるものの研究がだいぶ進んでおります。
エンジン出力に関しては、遥か昔古事記の時代から言われていますが、クソガバ謎のワット数低過ぎ問題をそのまま継承して表記しています。
なので、ザクは976kw、ガンダムは1380kwの設定でいきたいと思います。
無改造EMS-04の馬力設定は、後々のドムやグフ等の馬力設定からなんとなく予測してつけたものですのでご了承下さい。
はい、この時点でお察しの良い方はピンと来ていると思いますが、ヅダS君の馬力はガンダムと同じです。出力も80kw違うだけですので、たぶんビーム兵器使えます。
という事はつまり、更に出力の低いドムでも使えたビーム兵器が使える…ハッ!

ともあれ、敵ではなく自分の機体に殺されそうになった主人公の怒りはいかほどか…

敵は、戦車では移動に時間が掛かるので、61式戦車の出番は次章に持ち越しで、今回は航空機オンリーの戦闘になりました。
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