技術試験隊斯ク戦ヘリ   作:ザクスキー2世

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朝の時点で65件になっていて、バーも全部埋まっていました!
ありがとうございます!!


第16話

 

 開始位置で足を止めると、約2キロ先の07Aがこちらへ向き直った。

 間にあるのは、雨水の残った窪みと、試験用に置かれた目印だけだ。機体を隠せるものは何もない。

 ザクマシンガンを持ち直し、装填表示へ目を落とす。

 

 今回使う120mm弾は、塗料を詰めた模擬弾頭を付け、装薬を減らしてある。命中すれば相手を染め、機体側のセンサーが被弾箇所を記録する。装甲を撃ち抜くための弾ではないが、目の前で撃ち合うとなれば、座って眺めているような気楽さはなかった。

 腰には模擬ヒートホークもある。刃を覆うのは硬質ゴムに似た素材で、接触を検出して損傷判定を送る仕組みだ。加熱も切断もしないが、機体同士でぶつかる重さまで消えるわけではない。

 

『第一段階、対MS射撃戦の想定演習を開始します。初回は共通のザクマシンガンのみ。格闘と内蔵火器は使用しないでください』

 

 数キロ離れた中型装甲指揮車両から、マイ中尉の声が届く。07Aも同じザクマシンガンを構え、こちらへ向き直っている。

 武器を揃えた時に、機体がどう動くのかを見るという。まずは相手の足回りを確かめさせてもらおう。

 

『こちらワシヤ。YMS-07A、準備完了ッス!』

 

「YMS-08A、いつでもどうぞ」

 

『ナカノミヤ大尉……お、お手柔らかに頼みますよ〜……』

 

 個別回線の映像で、ワシヤ中尉がこちらの顔を窺っている。

 私は口の端を上げ、返事の代わりにその画面を閉じた。エメリッヒ技官の言ったことは、まだ覚えている。中尉には気の毒だが、ここまで来て負けてやるつもりはない。

 残した指揮車両の回線から、開始の合図が届く。

 

『模擬戦闘、開始!』

 

 地面を蹴ると同時にスラスターを噴かし、後ろへ距離を取る。

 07Aは早くもこちらへ走り始めていた。頭部から少し照準を下げて進路の先へ撃ち込むと、その肩が横へずれる。

 跳んではいない。踏み出す脚の向きを変え、弾の列を避けながら前へ出てくる。

 

 右手のザクマシンガンが持ち上がる。狙いを定めようとする気配に合わせて横へ動くと、さっきまでいた場所に弾が落ち、草の間から塗料が散った。

 続く射撃へ脚部の噴射を合わせ、数メートルだけ跳ぶ。浮いた間にザクマシンガンを向け直して撃ち返すが、07Aも進路を変え、こちらの着地を狙っている。

 私は噴射を絞り、足が地面を捉えると同時に走り出す。踵が沈む感触を確かめる間もなく、次の弾が後ろを抜けていく。

 

 速い。昨日並んで走ったザクIIJ型より、向きを変えてから足を出すまでが短いように見える。

 ワシヤ中尉も、同じ方向へ避け続けるつもりはないらしい。艦艇を狙う時より、細かく照準を直す必要がある。

 さすが、第603技術試験隊で生き残っているだけはある*1。あの気の抜けた声を聞いた直後でなければ、もう少し素直に感心できたのだが。

 

 07Aが正面から来るのをやめ、斜めに走り始める。銃口でその動きを追い、牽制を加えながら間隔を保つ。

 今度は相手も距離を取った。下がる私を追いかけるだけでは、撃つ前に射線を外されると気づいたのだろう。ザクマシンガンをこちらへ向けたまま、横へ広く動いている。

 

 私が最後にこうした対MS戦をやったのは、士官学校のMS課程と、任官直後の原隊での訓練だ。小隊同士で動く時には、隣の機体へ射線を渡すために相手を追い込むこともあった。

 その頃乗っていたのはザクIで、今の08Aほど力も推力もない。地球の上で足を取られながら走る経験も、当然なかった。

 それでも、向こうがどこへ逃げれば撃ちやすくなるのかは分かる。今回は隣に任せず、自分でそこへ弾を送ればよい。

 

 距離表示が、再び2キロほどへ戻る。

 07Aは足を止めず、細かく向きを変えていた。私はその動きを追うのをやめ、今いる場所の少し脇へ数発を放つ。

 画面の左へ逃げる。

 そう感じた時には、まだ向こうの上体は動いていなかった。私はその先へ照準を送り、もう一度引き金を引く。

 

 07Aの脚が踏み替わった。追うように上体も左へ流れ、こちらが先に撃った弾の列から外れる。

 だが、そこには次の射撃を送ってある。

 向きを戻そうとした胸へ、模擬弾が続けて当たった。黄色と黒の装甲に塗料が広がり、追跡枠の脇へ致命判定の表示が出る。

 07Aのザクマシンガンが止まった。機体は数歩掛けて速度を落とし、両足を着いたところで演習上の行動不能となる。

 

『……状況終了。07A、胸部への被弾を確認しました』

 

 一拍遅れたマイ中尉の声を聞き、ザクマシンガンの銃口を下げる。

 07Aは左腕を少し曲げたまま停止していた。盾を持ち上げる途中だったのだろう。あの陰へ胸部が入る前に、こちらの射撃が届いたわけだ。

 

「起伏が無く、遮蔽の無い平原ならこんな物でしょう」

 

 相手が隠れられなければ、動くところを追い続けられる。足の速さや、射線から外れるまでの時間は見やすいだろう。

 それでも、実際には物陰から出てくる敵もいれば、向こうの姿を見失うこともある。これだけで地上の戦闘が分かるものかと思う。

 補給位置へ戻れという指示に、私は周辺の地図を閉じた。

 

 支援車両のそばで足を止め、整備兵へザクマシンガンを渡す。使った模擬弾が補われ、機体に付いた判定記録も試験隊へ送られていく。

 推進剤は、背部と脚部の残量をそれぞれ確認された。私も表示を開き、噴射した回数と見比べる。今日は、途中で残量計を見る余裕をなくすつもりはない。

 

『次は開始距離を縮めます。ジオニック側から、接近時の動きと内蔵火器も確認したいと申し入れがありました』

 

「射撃戦のままで、ですか」

 

『はい。今回は内蔵火器も使用できます。弾薬は演習用へ換装済みです。格闘は引き続き禁止します』

 

 指定された位置を見ると、互いの距離は1キロを切っている。

 向こうは離れたまま撃ち合うより、近づく動きを見せたいらしい。マイ中尉もその条件で記録を取るという。

 私にとっては、当たるまでの時間が短くなるだけだ。07Aの塗料を拭き取っている整備兵には悪いが、また同じ場所を汚してもらうことになるかもしれない。

 

 機体の損傷判定が解除され、弾倉の交換を終えたザクマシンガンが戻ってきた。

 脚部への補給管が外れ、整備兵が手を上げる。私は開始位置へ進み、07Aがこちらを向くのを待った。

 さっきよりも、盾の角がはっきり見える。

 

『両機、配置確認。模擬戦闘、開始!』

 

 機体を屈ませ、横へ走り出しながら引き金を引く。

 07Aも動いた。こちらの射撃を見てさらに身体を捻るが、構えたザクマシンガンまでは逃がしきれない。

 右手の銃へ塗料が弾け、周りの装甲にも飛び散る。射撃武器の破壊判定を確かめ、次の狙いを胸部へ移した。

 

 ところが、向こうは下がらない。

 左前腕の盾を胸の前へ寄せ、頭部もその陰へ入れると、スラスターが光った。止まったザクマシンガンを右手に持ったまま、こちらとの間隔を詰めてくる。

 

「その銃を失っても来るの?」

 

 終了の合図は鳴らない。

 まだ撃てるものがあるのだとすれば、あの左腕か。

 後退しながら盾から出ている脚へ撃ち込むが、07Aは弾が届く前に進路をずらす。頭部を覗かせる時間を短くし、また盾の陰へ戻ってくる。

 

 模擬弾が盾へ当たり、表面の黄色が見えなくなっていく。

 それでも致命判定は出ない。メインカメラもコックピットも、あの菱形の後ろに収めている。脚に何発か当てても、そのまま足を踏み出してくる相手を止めるには足りなかった。

 私も退がり続けるのをやめ、横へ逃げる向きを探した。格闘が使えるなら、あの踏み込みへ模擬ヒートホークを合わせてやるところだが、今はザクマシンガンだけで片づける必要がある。

 

 近づいた07Aの盾が、画面の中で大きくなる。

 その縁から頭部が覗きかける。短く撃ち込むと塗料が跳ね、向こうの腕がまた上がった。

 今だ。私は脚部の噴射量を手動へ切り替え、地面を蹴った。

 

 脚を浮かせるほど長くは噴かさない。踏み出す方へ重さが掛かる間だけ噴射を足し、進んだところで絞る。

 靴底が草を擦り、08Aは07Aの突進する方向から横へ抜けた。前へ出ようとしている相手の肩が、こちらの画面を流れていく。

 私は噴射する側を替え、次の足を着いて向きを回す。盾を正面へ向けた07Aは、そのままもう一歩進んだ。

 

 左の筒状の指が、盾の脇へ突き出される。

 3本の先端が続けて光り、模擬弾が平原へ飛んでいった。さっきまで私がいた場所を、その射撃が追い掛けている。

 やはり、あの指そのものが銃だったのだ。

 私はもう一度だけ短く噴かし、側面から背中が見えるところまで回った。07Aの頭部がこちらを探して回り始める。その動きに機体が追いつく前に、ザクマシンガンを構え直す。

 

 撃ち込んだ模擬弾が、バックパックへ続けて当たる。

 残弾表示が落ちていく間に致命判定が出た。引き金から指を離すと、07Aの左腕の射撃も止まる。

 機体は転びかけた足を踏み直し、こちらへ向き直る途中で停止した。

 

『状況終了。両機、その位置で待機してください』

 

 私は空になった円形弾倉を外し、機体の脇へ落とした。拾いに来る整備兵から見えるよう、足元の位置を送っておく。

 向こうの左腕には、まだ塗料の垂れる盾が付いていた。肘から手首の間へ固定されているため、あの指で握って支えているわけではない。射撃と防御を、腕の向きを変えて使い分けているのだろう。

 ただ、普通の手なら別の銃に持ち替えられる。あそこへ弾を補い、壊れた時には腕ごと調べるとなれば、整備する方も楽ではなさそうだ。あの間合いで弾を浴びせるために、どこまで割り切ったのか。

 考える間にも、次の準備を始めるという通信が聞こえてくる。

 

 補給位置へ戻ってザクマシンガンを預けると、整備兵から機体を止めるよう合図があった。

 彼は足回りを一周し、先ほど滑らせた時に接地した箇所や、脚部のノズルを覗き込んでいく。私は操作の記録を送り、背部と脚部へ補給される推進剤の表示を見守る。

 減った分を戻しても、脚部のタンクが以前の大きさへ戻るわけではない。昨日の試走で決めた範囲は、今日も同じだ。

 

『さっきの横へ抜けた操作、記録は取れています。脚部に異常はありません。次も残量に注意してください』

 

「了解しました。短く使います」

 

 正面では、07Aの胸と背中を洗う水が地面へ落ちている。ワシヤ中尉は機体を動かさずにいるが、頭部だけが時々こちらを向く。

 個別回線へ手を伸ばしかけたところで、マイ中尉の声が入る。白兵戦の説明だった。

 

『第二段階は、白兵格闘戦の想定演習です。演習用に換装した格闘兵装を使い、攻防を繰り返した時の動きと、機体に掛かる負荷を記録します』

 

 表示には携行武装と内蔵兵装の欄があり、07A側にはこちらにない項目も並んでいる。さっきの左腕以外にも、まだ何か積んでいるらしい。

 だが、細かな構造や動き方まで、この一覧からは分からない。試験隊が使用を認めていることだけを確かめ、次の説明へ耳を傾ける。

 

『射撃戦の損傷判定は解除します。ここからの致命判定は別に累積して記録しますので、判定が出たら間合いを取り直してください。再開はこちらから指示します。機体保護の停止条件は、そのまま有効です』

 

「一度決着が付いても、続けるということですね」

 

『はい。機体と搭乗員の状態を確認しながら進めます』

 

『了解ッス……』

 

 初めより少し小さくなったワシヤ中尉の返事を聞き、手元の記録欄へ目をやる。白兵戦の判定数は0。弾を当てた時のように、そのまま機体が使えなくなるわけではないらしい。

 腰のラッチを解除し、右手で模擬ヒートホークを引き抜いた。

 

 向こうの07Aもザクマシンガンを預け、開始位置へ進んでくる。

 同じように腰へ手をやるものと思っていると、その右手は左前腕の盾へ伸びた。盾の中から引き抜かれたのは、マチェットのような形をした模擬実体剣である。

 こちらの模擬ヒートホークよりも、先端が遠くにある。ワシヤ中尉はそれを右手で構え、左の盾を前へ出した。腰の模擬ヒートホークは、そのまま残っている。

 

 少し身を屈め、相手の足を視界へ入れる。

 今度は、あの距離まで入ってくるのを待つ必要がある。左腕の盾と、右手の模擬実体剣。その間から、頭部のカメラがこちらを捉えている。

 

『両機、準備確認。開始!』

 

 07Aの足が、深く前へ出た。

 射撃戦で見せていた歩幅より広い。私は後ろへ噴かして間隔を空けようとするが、向こうは低い姿勢のまま次の足を出し、離れかけた分まで詰めてくる。

 盾の脇から、右手の模擬実体剣が横へ走る。

 

 間へ入れた模擬ヒートホークの刃に、重い衝撃が来た。

 右腕ごと押され、背中が座席へ沈む。上体を支え直そうと脚へ力を掛けるが、その間にも07Aは次の足を着き、押してくる。

 重い。刃を当てたところから押し返そうとしても、こちらの腕が先に引かれる。

 

 左腕の盾を前へ寄せながら、07Aがさらに身体を詰めてくる。

 模擬実体剣の長さだけではない。受けさせた後に、足を止めずに進んでくるのだ。こちらが姿勢を戻す前へ重さを掛けられ、踵が土を削って下がる。

 ザクIIJ型との試走で速く走れたからといって、この押し合いまで勝てるわけではない。

 

 模擬ヒートホークの角度を変え、刃を外そうとすると、ワシヤ中尉から伝わってくる気配が鋭くなった。

 焦っているのに、攻めることには迷いがない。こちらの腕へ押しつけていた模擬実体剣を引き、突き直そうとしている。

 左から来る。

 そう感じるのと、相手の右肘が引かれるのが重なる。

 

 足元の噴射を片側へ寄せ、地面を蹴る。押し合っていたところから機体が横へずれ、さっきまで頭部のあった場所を、模擬実体剣の切っ先が抜けていった。

 画面の端を覆いが横切り、刃の先が見えなくなる。

 接触の判定は出ていない。

 

 私は次の足を着き、07Aの右側へ回りながら模擬ヒートホークを持ち上げた。突き出された右腕の内側に、胸部の装甲が見える。

 これなら届く。

 振り下ろそうとしたところで、向こうの気配が変わった。

 先ほどまでの焦りの中に、こちらを待っていたような喜びが混じる。私が空いた場所へ出たことを、喜んでいる。

 

 07Aが右手の模擬実体剣を脇へ引き、腕の内側をこちらへ向けた。そのスリットから、黒い線が飛び出す。

 振り上げた模擬ヒートホークを引き戻す。

 鞭だ。

 伸び切る前の線がしなり、脚を回り込もうとしている。一本の直線と思って避けたら、その先に巻かれる。

 

 頭で追うより先に、ペダルを踏み替えていた。

 片足で地面を押し、両脚のスラスターを短く噴かす。08Aの上体が後ろへ反り、脚が地面を離れた。

 浮いたまま腰を捻ると、鞭状の兵装の先端が膝の表面を掠めて抜けていく。塗装の小片が画面の下へ散ったが、巻き付かれるところまでは至らない。

 

 噴射を切り、下へ戻した足で地面を捉えると、首の付け根が鈍く痛んだ。

 座席へ背を押しつけたまま、脚部の表示を追う。膝は動く。絡んでいるものもない。

 ようやく息を吐き出す。ヘルメットの中では、その音まで大きい。

 

「こんな隠し玉まで持っているなんて……腐ってもジオニックの底力と言ったところかしら」

 

 剣の届く間合いから外れても、それで終わりではない。あの左腕の射撃といい、離れようとする相手へ次の武器を出すための機体なのだろう。

 こちらが引く場所を選んで、そこへ鞭を送ってきたワシヤ中尉の使い方も悪くない。気配に反応するのが遅れていたら、私は脚を取られていたかもしれない。

 見せられた以上、次は同じようには近づかない。

 

 07Aの右腕は、まだ伸びた兵装を引き戻している。

 模擬実体剣もその手にあるが、すぐには切っ先をこちらへ向けられない。反対側の盾が回ってくるまでには、僅かに間があった。

 私はペダルを踏み込んだ。

 

 地面を蹴ると、08Aが前へ出る。余計なカウルを避ける補正は、もう入らない。

 07Aが左腕を戻し、盾をこちらへ向けようとする。その下で、脚が踏み直されかけていた。

 模擬ヒートホークを短く持ち直し、その膝の裏へ石突を差し込む。

 

「そこっ!」

 

 上体が先へ動くのに合わせ、脚の支えを払う。

 07Aは盾をこちらへ寄せた姿勢のまま傾き、空いた足場へ次の足を着こうとして間に合わなかった。大きな背中が草を押し倒し、泥水が脇へ跳ねる。

 私は追って踏み込み、起こしかけた上体の胸部へ模擬ヒートホークの刃を当てた。

 判定の信号が入り、手元の数が1へ変わる。

 

『致命判定。08A、いったん離れてください。07A、起立できますか』

 

『……できます。ちょっと待ってください』

 

 刃を離して数歩下がると、07Aが起き上がり始めた。

 07Aは右手の模擬実体剣を脇へ向け、左前腕の盾を地面に当てて上体を起こしている。膝を引き寄せ、片足ずつ立て直すところまでは、引っかかる様子もない。

 私の時のように、他人の機体へ抱えられることにはならずに済んだらしい。

 

 こちらへ向き直る頭部から、泥が垂れている。

 首の痛みが薄れるのを待ちながら、次の位置を確かめる。今の一手で決まったからといって、この先も同じにできるとは限らない。

 向こうにはまだ、私を捕まえかけた動きがある。次にどう使ってくるのか、見ておきたい。

 

『両機、負荷は規定内です。07A、準備できましたか』

 

『はい。今度は、もうちょっと何とかします』

 

 再開の合図に、ワシヤ中尉は盾を斜めに構え直した。

 私は模擬ヒートホークを胸の前へ戻す。右腕のスリットも、今度は見失わない。

 あの機体の背後で見ている連中に、修理しても無駄だったとは言わせない。

 

 今度の07Aは、いきなり模擬実体剣を振らない。盾をこちらへ向けたまま距離を詰め、私が下がれば同じ分だけ前へ出てくる。

 正面で受ければ、またあの押し合いになる。

 私は横へ足を出し、07Aの頭部が追って向きを変える前に、短く噴かして反対へ切り返す。こちらを見失うほどではなくとも、盾を向け直す時間は掛かる。

 その縁が開いたところへ、模擬ヒートホークの先を入れた。

 

 

 演習場から数キロ離れた中型装甲指揮車両では、マイが2機の動きと、その脇に並ぶ負荷の表示を追っている。

 隣に座るモニクの前にも、観測モニターが回されていた。後ろには両社の技術者が詰め、通路へ身を乗り出して画面を覗いている者もいる。

 07Aの胸部へ、また判定が入る。

 

「ああっ!まただ!何をしているのですか、あのパイロットは!」

 

 近くのオペレーターが、エメリッヒの声に肩をすくめる。

 彼女はモニターの端へ指を突きつけ、07Aが盾を戻すところを追っていた。そこへ相手が入っている、と言いかけても、08Aの模擬ヒートホークはもう離れている。

 再開位置へ下がる2機の間に、空いた地面が見える。

 

「次も同じ場所を空けるつもりですか……」

 

 エメリッヒが呟く横で、ツィマットの主任技師は黙ったままだ。

 射撃戦が終わった時には、隣の社員の腕を叩き、見ましたか、と何度も声を上げていた男である。今も味方が勝っているのに、振り返って同意を求めることがない。

 見つめているのは手元の端末だ。08Aの脚部を拡大した映像が出ている。

 

「今の切り返しも、噴射の配分を変えていますね」

 

 マイが手元の記録を戻すと、モニクも覗き込んでくる。

 左右の噴射量は、少しずつ時刻をずらして立ち上がっていた。足が地面へ着く頃には一度落ち、次の踏み込みに合わせて、また片側だけが増える。

 

「自動の補正ではないのか」

 

「基本の姿勢制御は働いていますが、この噴射は大尉の操作です。歩行に合わせて噴かす量を、その都度変えています」

 

 マイが操作入力と照合して該当する時刻を選ぶと、08Aの足が地面を擦りながら横へ流れていく。その後を、07Aの模擬実体剣が通り過ぎた。

 反対側から捉えたカメラへ切り替えると、浮き上がった足が、すぐに地面へ戻っているのも見える。

 

「脚が軽くなる間に、次の接地位置を変えているんですね。ずっと浮かせているわけではありません。……よく戦闘中に、あんなペダル操作ができますね」

 

 マイはさらに、次の入力まで追ってみる。

 ただ脚を動かしているだけなら、まだ記録を見ればついていける。だが、大尉は相手の攻撃を避け、模擬ヒートホークを当てるところまで同時に行っているのだ。

 操作が遅れて足を置き損ねれば、08Aの方が姿勢を崩す。その手前で噴射を切り、次の動作へ移っている。

 

 ツィマットの主任技師が身を乗り出した。

 自社の端末へ噴射記録を呼び出し、拡大した映像と時刻を合わせ始める。足元から土が離れるところで映像を止め、少し戻し、今度は推進剤の消費を開く。

 隣の社員が差し出した勝敗の記録には、手を振るばかりで目も向けない。

 

「それがエースパイロットという生きものなのだろうな。ワシヤ中尉も、よく動かしてはいるが」

 

「はい。07Aの攻撃が悪いわけではありません。さっきの右腕の兵装も、退くところへ合わせています。ただ、大尉はその前から動き始めていますから」

 

 再開の合図に、07Aが一度大きく回り込む。

 ワシヤは盾を向けたまま、模擬実体剣の切っ先を下げている。正面から踏み込むのを待っているのか、08Aが近づいても、すぐには振らない。

 だが、アスカの08Aもそこで足を止める。遠いまま模擬ヒートホークを少し持ち上げ、相手が反応して上体を起こしたところへ踏み込んだ。

 

 07Aの模擬実体剣が下から上がった時には、08Aはもう横へ抜けていた。

 胸部への判定が入る。今度は倒れなかったが、ワシヤは振り上げた右腕を戻し、肩を落とすように機体を屈めた。

 エメリッヒが通信機へ手を伸ばす。

 

「良いですか!07Aは格闘性能から見たら、08Aのような出来損ないなんかよりも遥かに上なのですよ!?地上での白兵戦では、ジェネレーター出力の多少の高低差など殆ど意味をなさない!一体なにをやっているのですか!」

 

 返事より先に、ワシヤが大きく息を吸う音がスピーカーから聞こえてくる。

 

『か、勘弁してくださいよ!!こっちだって死に物狂いで精一杯やってるのに!向こうは、こっちが次に何を繰り出すか完全に先読みしているかってくらい、攻撃を全部避けられてボコられてるんすから!!』

 

「でしたら、その動きを見てから――」

 

「エメリッヒ技官。操縦への指示はこちらから出します。通信を空けなさい」

 

 モニクに遮られ、エメリッヒは口を閉じる。通信機を戻す手には、まだ力が入っている。

 マイが機体の状態を尋ねると、呼吸を整える間を置いてから、右腕の戻りが少し重く感じるという返事があった。

 07A側の技術者が記録を開き、該当する動作を一度行わせる。

 

 異常停止の条件には達していない。武装の収納と関節の応答を確かめてから、試験は再開された。

 その間、08Aは模擬ヒートホークを下げて待っている。アスカからも、脚部の残量と、姿勢を変える時の応答に問題はないとの報告があった。

 マイは両機の記録へ、同じ時刻の印を付けた。

 

 繰り返すうち、07Aの装甲には土の筋が増えていった。

 盾で受けた直後に裏へ回られ、模擬ヒートホークを背部へ当てられる。右手の模擬実体剣を引いて近づくと、今度はその腕の戻るところへ柄を差し込まれ、上体を回される。

 足を払われた時には、転倒した機体を起こすまで試験を止め、負荷を確認してから再開する。それでも次の判定を付けられるまでが短い。

 

 07Aが一度の攻防で使った武装と、それが判定に至るまでの動きが、記録の欄へ並んでいく。

 致命判定は既に2桁へ入っていた。頭部、胸部、背部。位置が変わっても、07A側へ付く数字が増えることだけは変わらない。

 08Aにも盾で受けた記録や、鞭状の兵装に触れられた記録はある。それでも、致命判定の数は0のままだ。

 

「パイロットの技量に差がありすぎますね。勝敗だけでは、機体の評価に使えません」

 

 エメリッヒが顔を上げる。マイはそちらを一度見てから、さらに言葉を続けた。

 

「07Aが盾を向け直す時間も、押し合った時の動きも記録できています。そちらを見ないと、何が原因で負けたのか分からなくなります」

 

 マイは最初の白兵戦の記録へ印を付けておき、現在の負荷表示を前へ戻す。

 押されて下がった08Aの足は、はっきり残っている。07Aの攻撃が届く前に避けた回数と、真正面から受けて耐えられたかどうかは、別に見なくてはならない。

 その隣では、主任技師がまた映像を戻していた。見ているのは08Aが押されたところではなく、そこから横へ抜ける足元だ。

 

「主任、今のところも記録してあります」

 

「ええ、分かっています。こちらの方も……」

 

 マイへの返事は途中で途切れた。

 主任技師は端末へ数式を書き込み、消して、今度は別の数値を入れている。足が浮いている間の推力と、地面へ戻るまでの消費を見比べているらしい。

 モニクも一度そちらを見やる。だが何も言わず、演習の続く画面へ目を戻した。

 

 07Aが盾を高く掲げ、08Aへ踏み込む。

 下を狙われるのを警戒したのか、前へ出した脚をすぐに引き戻した。その上を模擬ヒートホークが通り過ぎ、アスカの08Aは止まらず側面へ進む。

 ワシヤも機体を回すが、右手の模擬実体剣を戻す方が遅れる。

 

 その頭部へ、08Aの模擬ヒートホークの峰が当たる。

 鈍い接触音に重なって、判定が一つ増えた。07Aは上体を起こしかけたところで止まり、次に出そうとしていた足を地面へ下ろす。

 マイの前で、主機出力の表示が揺れた。

 

「07A、出力に乱れがあります。保護停止に入りました!」

 

「両機、演習終了。08Aは離れて待機!」

 

 モニクの号令に、08Aが模擬ヒートホークを引いて距離を取る。

 07Aは左前腕の盾を地面へ当て、膝を折ったところで動かなくなった。頭部の赤い光も消え、マイがワシヤの回線へ呼び掛ける。

 

『こちら07A。動きません。補助電源は……入っています』

 

「姿勢はそのままで。再始動は待ってください。怪我はありませんか」

 

『はい。俺は何とか。あちこち痛いですけど……』

 

 モニクがオペレーターへ回収班を呼ぶよう命じる。マイは停止前の記録を保存し、07A側の技術者と表示を確かめた。

 繰り返した打撃と転倒の負荷は残っているが、最後に頭部へ当たった一撃だけで、主機まで不調になったとは言い切れない。どこから乱れたのかは、止めた状態で調べる必要がある。

 

「保護停止は機体側の異常によるものです。模擬の損傷判定とは別ですので、こちらも分けて報告します」

 

 マイが説明する間、エメリッヒは別の画面を見ていた。

 白兵戦の成績欄には、38という数字が残っている。射撃戦2回とは別に数えた、実戦なら致命傷となる攻撃を受けた回数だ。

 命中箇所と時刻を辿れば、どの攻防で付いたものかも分かる。

 

「そんな……まさか、あり得ない!」

 

 エメリッヒは額に掛かった髪を乱暴に払い、判定記録を呼び出した。頁を送っても、07Aの被撃記録ばかりが続く。

 相手の方へ切り替え、また戻す。最後に一覧を開き直しても、そこにあるのは38の数字だ。

 

「38回……?あの出来損ないに、うちの07Aが?」

 

 不意に乾いた笑いが漏れた。誰も笑っていない車内で、彼女だけが肩を揺らしている。

 

「ふ、ふふ……そんなはず、ないでしょう。何かの間違いよ……」

 

 何かの間違い、と繰り返す声は次第に小さくなった。隣の社員が声を掛けても、彼女は端末を握ったまま、もう返事をしなかった。

 回収班が出発したとの報告に、モニクは彼女の横顔から目を離す。

 

「08Aの方に異常は」

 

「今のところ、ありません。大尉からも、歩行可能と返ってきています」

 

 マイは回答を送り、08Aの脚部の記録を閉じる。画面の端には、07Aのそばで待つ姿が残っていた。

 両社の技術者が持ってきた資料を開くと、モニクも椅子を寄せてきた。

 

「さて、勝ったのは08Aだが……マイ中尉は、技術士官としてこれをどう見るか」

 

「出力と、噴射を使った移動は08Aの長所です。昨日の試走でも確認できています。ただ、今日の動きにはナカノミヤ大尉の操作が大きく出ていますから」

 

 マイは最初の押し合いと、その後の回避を並べる。07Aが詰めた距離を、08Aは横へ滑って外している。

 同じ場所に立ったまま押し返したわけではない。その操作を外した時にどちらが勝つのかまでは、今日の記録からは決められない。

 

「07Aの踏み込みと、盾を使って距離を詰める動きには見るべきものがあります。格闘兵装の組み合わせも、近づく側の機体として意味はあります。ただ、固定武装が多い分、他の作業や整備への影響は残ります」

 

「それで、08Aなら誰が乗っても、あのように動かせるか」

 

「それは、まだ言えません。むしろ今のまま、全員へ同じ操作を求めるのは難しいと思います」

 

 モニクに求められ、マイは資料の次の頁を開いた。

 そこに並ぶのは、試作機の製造に使った部材と、量産した場合の見込みだ。08Aの主機に当たる項目を指で示し、話を続ける。

 

「それに、現状では一機あたりの製造コストが高すぎます。量産で部品の価格が下がるとしても、07Aより調達価格を下げられるとは考えにくいです」

 

「あのジェネレーターか」

 

「はい。定格1,200kWは出ていますし、今回も出力自体は安定していました。ですが、それを支える部材が高価です。もっと安く造れるようにならない限り、数を揃える時に響きます」

 

 マイが示したのは、機体を動かして得た数値ではなく、企業側が提出した製造資料だった。

 模擬戦で何回勝っても、その欄の金額が減るわけではない。08Aの欄を追っていたモニクの指が、主機の項目で止まる。

 

「我が軍の財布は有限だし、地球での戦線がこれからどこまで広がるかも分からない。やはり、数を揃えられる即戦力となると……」

 

 モニクはそこで、ツィマットの主任技師へ顔を向けた。

 彼は自分の端末を覗いたまま、噴射の記録へ線を引いている。エメリッヒが黙り込んだことにも、こちらが製造費を話していることにも、今は関心がないようだった。

 隣の社員に袖を引かれ、ようやく顔を上げる。

 

「主任。製造費を下げる見通しについて、報告を出せますね」

 

「ええ、本社へ確認します。こちらの記録も、一緒に送らせてください」

 

 その指が押さえていたのは、08Aが地面すれすれで向きを変えた時刻だった。

 マイは送信する記録の範囲を確かめてから頷き、演習場の映像へ戻った。主任技師はもう次の画面を開いている。

 

 回収班の車両が、07Aのそばへ着いたところだった。

 整備兵が機体へ近づき、膝をついた姿勢と、地面に当てた盾の位置を確かめている。主機の再始動は見合わせ、まず安全に動かせる状態へ戻すという報告が入った。

 モニクはそれを聞き、08Aの回線を開く。

 

「08Aは07Aの回収に協力すること。持つ場所は回収班の指示に従え」

 

『08A、了解しました。お疲れ様でした』

 

 アスカの返事に続き、08Aが模擬ヒートホークを腰へ戻した。

 先ほどまで何度も相手を倒していた右手が、今度は整備兵の示す場所へ伸びる。07Aの右手には、まだ模擬実体剣が握られていた。保持を解除して預けた後、2機の肩が並ぶ。

 

 マイは演習終了の時刻を記録した。

 予定していた現地での比較試験は、これで一通り終わりである。残ったのは、止まった機体の調査と、勝敗だけではまとめられない記録だった。

 車内で回収の報告が続く間も、主任技師の端末では、08Aの足元だけが繰り返し再生されていた。

 

*1:
自分の機体が無いだけ




ご高覧ありがとうございます。

原作でもワシヤ中尉はアバオアクー防衛戦を無傷で生き延びているので、パイロットとしてはかなり優秀なんですよね。
ということで、先読み攻撃されなければ主人公の攻撃を避けれるくらいの回避能力持っている感じにしました。ギレンの野望的だと、反応11〜12とかあたりでしょうかね。
ちなみに、ガトーの反応値が初期で13くらいです。

エメリッヒさんはプライドをかけて設計に携わっていた07Aをケチョンパンにされ、感情が振り切ってしまいました。
まぁ、研究者なんて放っておけば、そのうち治ります。

次回は07Aと08Aの報告書回になりますが、別々に作ったので午前中11時に07A、16時に08Aの報告書を投稿する予定です。
それと、第3章は第17話で最終回になりますので、あと2日ほどお付き合い頂ければと思います。
よろしくお願いします。

登場させるとしても大分先になりますが、ジークアクスのキャラを出すのはアリかナシか。(出るならニャアン)

  • アリ
  • ナシ
  • どっちでも良い
  • 早く書け
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