技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
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金星エンジンの甲高い振動が、少しずつ低くなっていく。
さっきまで背中を細かく揺さぶっていた感触が消え、代わりに待機運転の低い唸りだけがシート越しに残った。
正面の計器を上から順に確認する。推進系、姿勢制御、冷却系。警告灯はない。コンバットからアイドリングへ切り替わった表示を確かめて、私はようやく息を吐いた。
バイザーの内側が一瞬だけ白く曇り、すぐに消える。
ヨーツンヘイムの格納庫へ入ってから、まだ大した時間は経っていない。
それでも、サラミス2隻を相手にしていた時より、機体を着艦架へ収める最後の数十秒の方が妙に長く感じられた。
固定具が脚部を捉える。
音は聞こえない。ただ、噛み合った瞬間の衝撃だけが機体のフレームを伝い、シートとノーマルスーツを通して身体へ届いた。着いたのだ、という実感が来たのはその時だった。
私は操縦桿から手を離し、コンソールを順番に落としていく。主推進器を待機状態へ。姿勢制御系を停止。火器管制を切り、280mm MS用対艦ライフル ASR-78の安全装置が作動していることを最後に確認する。
三面モニターの表示が消えていき、正面スクリーンにはノーマルスーツ姿の自分がぼんやり映った。
「――こちらアスカ・ナカノミヤ少尉。着艦手順、すべて終了しました。乗艦許可願います」
少し間を置いて、艦内から返答が来る。
「ヨーツンヘイムよりナカノミヤ少尉。乗艦を許可します。格納庫は現在も減圧中です。誘導灯に従ってください」
「了解」
通信を切ると、急にコックピットが静かになった。
戦闘中は考える暇がなかったことが、こういう時になって戻ってくる。
頭に浮かんだのは、さっき沈んだパプアだった。
あと数分早ければ、とはどうしても考えてしまう。あの2隻のサラミスを撃てたのだから、もう少し早く進出できていれば、補給艦への最初の砲撃そのものを阻止できたのではないか。
そんなものは結果を知った後だから言える話だということも分かっている。私が到着するまで、敵艦の位置も、パプアの被害状況も、ヨーツンヘイムの荷役がどこまで進んでいたのかも知らなかった。
分かってはいるのだが、だからといって、目の前で船が1隻消えたことまで綺麗に割り切れるほど私は器用ではなかった。
私は一度目を閉じ、それからハッチ解放のスイッチを押した。
コックピットが開く。
減圧された格納庫には非常灯が点いたままで、赤い光が機体や隔壁を薄く染めていた。パプアの爆発で飛び込んだらしい破片が何個か残っており、作業員が回収用の網と固定具を持って移動している。
少し離れたところには、搬入途中だった巨大な砲身が横たわっていた。
QCX-76A 試作艦隊決戦砲 ヨルムンガンド。
話には聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。
モビルスーツ用の火器とは根本的に尺度が違う。砲というより、艦内へ無理やり巨大な設備を持ち込んだように見える。
私はシートの拘束を外し、コックピットから身体を押し出した。
EMS-04Sの胸部を蹴り、手すりを掴む。そこから格納庫脇のエアロックへ移動した。
扉が閉まり、加圧が始まる。
表示が赤から緑へ変わるのを待ってヘルメットのロックを外した。空気が戻ると、機械油と金属、それにどこか焦げたような匂いが鼻についた。
「ふぅ……」
ヘルメットを脇へ抱え、額に張り付いたオリーブグリーンの髪を手袋を外した右手でかき上げる。
内扉が開くと、向こうには何人か待っていた。
最初に目が合った兵が、わずかに視線を上げる。185cmある私には慣れた反応だった。軍に入ってからというもの、初対面の相手には大抵一度は同じ顔をされる。
だが、今回はそれだけではないらしい。
何人かが私の後ろ、エアロックの窓越しにヅダを見て、それからまたこちらを見る。
サラミス2隻を撃沈した機体から、どんな人間が降りてくるのか。
どうやら、それを確かめているらしかった。
「君がナカノミヤ……少尉、で合っているかな」
真っ先に近づいてきたのは、線の細い金髪の青年士官だった。
軍服を着てはいるが、立ち方もこちらを見る目も、前線の戦闘要員というより技術畑の人間に見える。
私はヘルメットを左脇へ抱え直し、敬礼した。
「アスカ・ナカノミヤ少尉であります」
「オリヴァー・マイ技術中尉だ。よろしく」
マイ中尉も敬礼を返す。
そして、挨拶が終わった途端だった。
彼の視線が私から外れ、背後のヅダへ吸い寄せられる。
「先ほどの射撃だが……あの距離から、どうやって偏差を取ったんだ?」
「はい?」
「こちらでも射撃記録を確認した。1発目は艦橋付近、2発目は機関部。どちらも偶然で片付けられる命中ではない。高濃度のミノフスキー粒子が散布されていた以上、通常の索敵情報だけであの精度を出すのは難しいはずだ」
どうやら自己紹介より先に聞きたかったらしい。
マイ中尉は端末を操作し、さっきの戦闘記録を呼び出した。小さな画面にサラミスの推定位置と弾道が表示される。
「それに実体弾だ。280mm MS用対艦ライフル ASR-78で、あの距離から巡洋艦の要所へ2発続けて命中させている。少なくとも、普通の射撃記録じゃない」
「想定されていないだけで、届かないわけではありませんから」
「それはそうだが……」
マイ中尉が顔を上げる。
「見えていたのか?」
一瞬、答えに詰まった。見えてはいた。ただし、光学センサーで見ていたわけではない。
敵がこちらへ殺意を向ける瞬間。艦内にいる人間たちの焦り。砲を撃とうとする者の意識が、輪郭のない塊のようにこちらへ伝わってくることがある。昔からそうだった。人の機嫌が妙に分かる。こちらから見えていない相手がどこにいるのか、理由もなく察する。訓練では、その感覚に戦術と射撃理論を重ねてきた。
だが、それを初対面の技術中尉へ説明したところで困らせるだけだろう。
「勘ですよ」
「勘?」
「勘だけじゃありません。推定位置と相対速度は計算しています。その最後の修正を、勘で」
「最後の修正で艦橋に当てたのか……」
マイ中尉は納得したような、していないような顔をした。
それ以上追及するかと思ったが、今度は別の疑問が勝ったらしい。
「それより、あの機体だ」
やっぱりそちらへ行くか。
「EMS-04……ヅダだな。ツィマット社がザクとの制式採用競争に提出した機体だ。資料で見たことがある。だが、あれとはバックパックの形状が違う。それに先ほどの加速は、記録にあるEMS-04の数値では説明できない」
彼はエアロック越しに機体を見上げた。
「なぜ実戦部隊にいる?採用競争に敗れた後、開発は事実上止まったはずだ」
私は思わず口元を緩めた。
この人は本当に機械のことしか見ていないらしい。
「技術的な話がお望みなら、いくらでもお答えしますよマイ中尉。ただし、あれを普通のEMS-04だと思われると少し困ります」
「普通ではない?」
「EMS-04S。ヅダS型、あるいは指揮官機。ツノ付きなんて呼ぶ技術者もいました」
「S型……そんな型式は技術本部の資料にはないぞ」
「でしょうね。正式採用された機体じゃありませんから」
私は窓越しに愛機を見る。
サフグレーの外装に、チタンシルバーの装甲が混じっている。綺麗に塗装する時間もなかったので、いかにも試作機らしい継ぎはぎ姿のままだ。
「元のEMS-04とは、エンジンも機体側も手が入っています。木星エンジンをそのまま強化したものではありません。試作の金星エンジンです」
「金星エンジン?」
案の定、マイ中尉の眉が上がった。
「聞いたことがない」
「ツィマット社の試作品です。最大推力は元の木星エンジンのおよそ1.5倍。もっとも、エンジンだけ強くしても機体が保ちませんから、主要部分の超硬スチール合金を超硬チタン合金へ換装して、構造にも手を入れています」
マイ中尉はすぐに端末へ何かを書き込んだ。
「では、EMS-04で問題になった機体強度は解決しているのか?」
「改善はしています」
「改善?」
「限界速度そのものはかなり上がりました。ただし、限界がなくなったわけじゃありません。新しい限界を超えれば、今度はこの機体でも保ちません」
「つまり、推進器の性能向上に合わせて機体側の許容範囲も引き上げた。しかし安全域を超えれば、依然として機体崩壊の危険がある」
「その通りです」
マイ中尉は端末とヅダを交互に見たまま黙り込んだ。
さすがに呆れたかと思ったが、数秒もしないうちに端末を持つ手が動き始める。
「……実機の整備記録は残っているか?」
「第一声がそれですか。危ない機体だとは思わないんです?」
「危険なのは今の説明で分かった。それより、金星エンジンへ換装する際にどこまで設計を変更した? 主フレームだけか、それとも推進器の支持構造まで――」
「そこまでにしてもらうわよ、マイ中尉」
後ろから女性の声が飛んできた。
「技術的な雑談は、任務の報告が済んだ後に職務室でやりなさい」
マイ中尉が口を閉じる。
その後ろから歩いてきたのは、赤髪をきっちりとまとめた女性士官だった。
軍服に乱れはなく、こちらを見る目も鋭い。
モニク・キャディラック特務大尉。
総帥府から第603技術試験隊へ派遣された監督官だということは、着任前の資料で知っていた。
私は姿勢を正す。
こちらへ向けられる意識が少し硬い。
敵意、と呼ぶほど刺々しくはない。パプアを失った直後に、予定より遅れて現れた試作機とそのパイロットを前にしているのだから、むしろ当然の反応だろう。
それ以上は考えないことにした。人の感情は分かる時もあるが、何もかも見通せるわけではない。
私は長い脚を揃え、左脇にヘルメットを抱えたまま敬礼した。
「宇宙攻撃軍より正式に出向を命じられました、アスカ・ナカノミヤ少尉です。遅参の程、大変申し訳ありませんでした」
モニク大尉の眉がわずかに動いた。
「遅参?」
「私の到着がもう少し早ければ、パプアを救えた可能性があります」
「それを言っているの?」
「はい」
彼女は私の顔を数秒見た。
やがて、こちらへ向いていた硬さが少しだけ薄れたような気がした。
「……歓迎するわ、ナカノミヤ少尉。モニク・キャディラック特務大尉よ」
「はっ」
「先ほどの狙撃は見事だったわ。けれど、パプアの件まであなたが背負う必要はない。あなたが到着した時には、すでに被弾していたのだから」
私は黙って聞く。
「あの2隻を止めなければ、次に沈められていたのはヨーツンヘイムだったかもしれない。救援行動については、その通り報告するつもりよ」
「恐縮です、キャディラック特務大尉」
「大尉で良い」
「……では、モニク大尉」
「それでいいわ」
どうやら、最初から嫌われることだけは避けられたらしい。
その時、少し後ろにいた青年が口を開いた。
「おいおい……あのサラミス2隻、本当にそのツギハギでやったのか?」
モニク大尉が振り返る。
「ワシヤ中尉」
「いや、大尉、だって気になるでしょう」
「規律を乱さないでちょうだい」
「はいはい……じゃなくて、了解です」
青年はノーマルスーツのヘルメットを抱え直し、こちらへ向き直った。
「ヒデト・ワシヤ中尉。俺も今日からこの艦のテストパイロットだ」
「アスカ・ナカノミヤ少尉です。よろしくお願いします」
敬礼を交わす。
ワシヤ中尉は私を見上げ、それからもう一度ヅダを見た。
「いや……もっと怖い奴が降りてくると思ってたんだよ。あんな撃ち方をするからさ」
「十分怖いかもしれませんよ」
「自分で言うか?」
「機嫌を損ねなければ大丈夫です」
ワシヤ中尉が吹き出した。
「そいつは覚えとくよ」
「同じパイロット同士、仲良くやりましょう。もっとも、私はあのヅダ以外にはしばらく乗る予定はありませんけど」
「俺はまだ自分が何に乗せられるかも聞いてないんだよな」
「この艦ですからね。普通の機体が出てくるとは思わない方がいいかもしれません」
「着任したばっかりでよく言うよ」
その軽さはありがたかった。
パプアを失ったばかりの格納庫には、まだ張り詰めた空気が残っている。こういう時に普段通り喋れる人間は、それだけで周囲を少し楽にする。
「騒がしいな。だが、それほどの活気があるのは良いことだ」
奥の扉が開いた。
白髪の男がこちらへ歩いてくる。
マルティン・プロホノウ中佐相当官。ヨーツンヘイムの艦長。
先ほど戦闘中の通信で声だけは聞いていた。
実際に会ってみると、軍艦の艦長というより、長く1隻の船を預かってきた船乗りという印象の方が強かった。着慣れた軍服も、妙に身体に馴染んで見える。
「艦長」
モニク大尉たちが姿勢を正す。
私も敬礼した。
「ナカノミヤ少尉だな」
「はっ」
「私はマルティン・プロホノウだ。階級は中佐相当官。このヨーツンヘイムを預かっている」
プロホノウ艦長は敬礼を返し、私の後ろにあるヅダを一度見た。
「まずは礼を言わせてくれ。貴官が来なければ、我々もパプアの後を追っていたかもしれん」
「ですが、パプアは救えませんでした」
「そうだな」
否定しなかったのが、かえってありがたかった。
「パプアが沈んだのは事実だ。私も、あれをなかったことにするつもりはないが…」
プロホノウ艦長はそこで言葉を切り、格納庫を見回した。破片を片付けている技術兵も、固定作業を再開した作業員も、時折こちらを気にしている。
「だが少尉。君があの2隻を止めてくれたから、私は今こうして貴官と話していられる。まずはそれで十分じゃないかと思うがね」
「……はい」
「珍妙な兵器を預かることになる艦だが、腕の立つパイロットが増えるのは歓迎だ。よろしく頼むぞ、少尉」
「はっ。全力を尽くします」
艦長は小さく頷いた。
その言葉で、胸の奥に残っていたものが全部消えたわけではない。
たぶん、消してはいけないものなのだろう。
それでも、ここへ来たことを間違いだったとは思わずに済んだ。
そこへ、格納庫の奥から大柄な男が近づいてきた。
年齢はプロホノウ艦長とそう変わらないように見えるが、雰囲気はまるで違う。
太い腕。深く刻まれた皺。こちらを見る目には、さっきのマイ中尉のような好奇心も、ワシヤ中尉のような親しみもない。
アレクサンドロ・ヘンメ大尉。
QCX-76A 試作艦隊決戦砲 ヨルムンガンドの砲術を担当する老砲手。
彼は私の前まで来ると、まず私ではなく、窓の向こうのヅダを見た。
「フン。宇宙攻撃軍のエリート様が来たってえから、どんな奴かと思ってたが」
視線がこちらへ戻る。
「随分とでかい少尉殿だな」
「身長のことであれば、生まれつきです」
「口も回るらしい」
「必要な時には」
ヘンメ大尉の眉がわずかに動いた。
怒ったというより、こちらの出方を測っているように見える。
「さっきの狙撃は見せてもらった。サラミス2隻を、あの距離から2発。大したもんだ」
「ありがとうございます」
「だがな」
来ると思った。
ヘンメ大尉は顎でヅダを指した。
「モビルスーツ1機で戦争が決まると思うなよ。ルウムで艦隊を叩き潰すのは、あんなチョコマカ動く人形じゃねえ」
今度は格納庫中央へ視線を向ける。
そこには、まだ完全な組み立ても終わっていないヨルムンガンドの砲身がある。
「こいつだ」
短い言葉だったが、自信だけは嫌というほど伝わってきた。
私はヨルムンガンドを見る。
格納庫を占領する巨大な砲身を見れば、これが普通の艦砲とはまるで違うことくらいは分かる。
話に聞いている威力が本当なら、戦艦を一撃で葬ることもできる。
なら問題になるのは、あれをどうやって敵へ当てるかだ。
「ヘンメ大尉」
「あん?」
「ヨルムンガンドの有効射程は?」
「何だ、藪から棒に」
「ルウムで使うのでしょう?」
ヘンメ大尉の目が細くなる。
「だったら何だ」
「ミノフスキー粒子が濃くなれば、遠距離の敵艦を直接捕捉するのは難しくなります」
「そんなことは分かってる」
「なら、私が前へ出ます」
周囲が少し静かになった。
私は構わず続ける。
「ヅダで艦隊前方へ進出して、連邦艦隊を探します。私が敵艦の位置と進路を確認して、観測データを送る。ヨルムンガンドは、その座標へ撃つ」
マイ中尉が端末から顔を上げた。
「待ってくれ。観測と言っても、通常のデータリンクが成立する距離には限界がある。それにミノフスキー粒子の濃度次第では――」
「通信が完全に切れるところまでは出ません。中継できる距離を維持します」
「だが、敵艦隊の近くへ単機で進出することになるぞ」
「そのための機体です」
私は背後のヅダを親指で示した。
「逃げ足だけなら、そう簡単には捕まりません」
「逃げ足って……」
ワシヤ中尉が苦笑する。
ヘンメ大尉だけは笑わなかった。
「お前さん」
「はい」
「俺の砲の観測手をやるって言ってんのか?」
「必要なら」
「簡単に言いやがる」
「難しいのは承知しています」
私はヨルムンガンドへ目を向けた。
「ですが、大尉。この砲なら戦艦を一撃で沈められるんでしょう?」
「当たり前だ」
「なら、当てるための目があればいい」
ヘンメ大尉の表情が変わった。
「私が見つけます。大尉が撃つ。それで済む話です」
「ずいぶん俺を信用するじゃねえか」
「信用しているわけではありません」
ワシヤ中尉が小さく「おい」と漏らした。
私は気にせず続けた。
「まだ大尉の射撃を見たことがありませんから」
「ほう」
「だから確認しています。私が送った座標へ、大尉は当てられますか?」
空気が止まり、モニク大尉が何か言いかける。だが、その前にヘンメ大尉が鼻を鳴らした。
「誰に物を言ってやがる」
怒鳴り声ではなかった。
むしろ、さっきまでより低い。
「座標を寄越せ。そこに敵艦がいるってんなら、こいつで消してやる」
「距離が離れていても?」
「砲ってのは遠くの敵を撃つためにあるんだよ」
「ミノフスキー粒子で直接見えなくても?」
「だからお前が見るんだろうが」
思わず笑った。
「話が早くて助かります」
「生意気な少尉だ」
そう言いながら、ヘンメ大尉の口元も少しだけ上がっていた。
彼は右手を差し出した。
「観測を外すなよ、少尉」
私はその手を握る。
硬い手だった。掌にも指にも、長年砲を扱ってきた人間らしい厚いタコがある。
「大尉こそ、外さないでください」
「抜かせ」
握った手に力が込められた。
こちらも負けずに握り返す。
触れた瞬間、妙な感覚が走った。
握られた右手から来たものではない。胸の奥を熱い何かで軽く叩かれたような、いつものあれだ。
ヘンメ大尉が何を考えているのか、言葉として分かったわけではない。ただ、この人がヨルムンガンドを口先だけで持ち上げているわけではないことだけは、嫌になるほど伝わってきた。
私はそれ以上探ろうとせず、手を離した。
「どうした?」
「いえ。思ったより握力が強かったので」
「鍛え方が足りねえんだよ」
「女性パイロットに砲兵と同じ腕力を求めないでください」
今度はヘンメ大尉が声を出して笑った。
少し離れたところで、マイ中尉が端末へ何かを書き込んでいる。
「マイ中尉」
「何だ?」
「今の握力まで試験記録に残さないでくださいね」
「残さないよ」
「一瞬迷いませんでした?」
「気のせいだ」
ワシヤ中尉が吹き出し、モニク大尉が呆れたように息を吐く。
プロホノウ艦長だけは、少し離れたところからこちらを見ていた。
「話がまとまったかな?」
「艦長、勝手に決めてしまい申し訳ありません」
「構わんよ。もっとも、本当に観測任務へ出すかどうかは作戦が決まってからだ」
「承知しています」
「それまでは、まずこの艦に慣れてもらわんとな」
プロホノウ艦長はそう言って、ヨルムンガンドの方を見た。
「こちらも、まだ組み立てすら終わっていない」
「艦長、そいつは今日中に終わらせますよ」
ヘンメ大尉が言う。
「せっかく観測手候補まで来たんだ。寝かせておく理由はねえ」
「誰が候補ですか」
「今さら逃げるな」
「逃げませんよ」
私はもう一度、格納庫の窓越しにヅダを見た。
EMS-04S。
制式採用を逃した機体を引っ張り出し、ツィマット社の技術者たちが手を入れた試作機。
そもそも私がこの機体に乗ることになったのも、まともな経緯ではなかった。
実家がツィマット社と近いというだけで余計な色を付けられ、本来回されるはずだったザクはいつまで待っても届かなかった。
ならば手元にあるもので何とかするしかない。
倉庫に残されていたEMS-04を引っ張り出し、エンジンを換え、装甲材を換え、構造へ手を入れた。
結果として出来上がったのが、今そこにいる。
金星エンジンの推力に合わせて主要部分を超硬チタン合金へ換装したので、元のEMS-04より速度限界はかなり上がっている。それでも無制限に加速できるわけではなく、踏み込みすぎれば壊れるところは変わっていない。
実際に何度も乗っている私には、その方が分かりやすかった。速度計の数字を信じるより、どこから先が危ないのかを身体で覚えておけばいい。欠陥が直った機体だと思って乗ったことは一度もない。
視線を横へ移す。
巨大で、高価で、扱いづらい。敵が見えなければ撃てず、撃つまでにも手間が掛かる。そこだけ並べれば、ヨルムンガンドも似たようなものだ。あれが実際にどこまでやれるのかは、撃ってみないと分からない。
「少尉」
モニク大尉に呼ばれ、私は振り返った。
「艦長への正式な着任報告がまだでしょう。いつまで格納庫にいるつもり?」
「あ」
そうだった。マイ中尉との話から始まって、いつの間にかヘンメ大尉とルウムでの役割まで決めかけている。肝心の手続きが何ひとつ終わっていない。
「申し訳ありません」
「マイ中尉もよ。機体を調べるのは後」
「了解した」
返事をしながらも、マイ中尉の目はまだヅダを追っている。
「本当に分かっています?」
「もちろんだ」
「では行きますよ」
私はヘルメットを抱え直した。
歩き出す前に、一度だけ後ろを振り返る。
赤い非常灯の残る格納庫で、技術兵たちが再び動き始めていた。
ヨルムンガンドの周囲には作業員が集まり、固定具と搬入機材を確認している。
その向こうには、サフグレーとチタンシルバーのヅダが立っている。
ついさっきまで、私はこの艦の外にいた。
今はもう、その中にいる。
第603技術試験隊。
着任命令書で何度も見た名前だが、紙の上で読んでいた時とはだいぶ印象が違う。
後ろでは、さっそくマイ中尉が整備員を捕まえてヅダの搬入手順を聞いていた。
「マイ中尉、後です」
モニク大尉に釘を刺され、彼が渋々端末を下ろす。
その横ではワシヤ中尉が笑いを堪えていた。
「笑ってないで、あなたも来なさい」
「俺もですか?」
「あなたも着任したばかりでしょう!」
「了解、了解」
「返事は一度!」
どうやら、静かな艦ではなさそうだ。
少なくとも着任初日に退屈する心配だけはなかった。
私はモニク大尉たちの後を追って、格納庫を後にした。
数日後のルウムで本当にヨルムンガンドの観測手をやることになるのか、この時点ではまだ分からない。作戦そのものも、私には正式に知らされていなかった。
ただ、ヘンメ大尉があの大砲を撃つ時に敵が見えないのなら、私が前へ出て見つければいい。
今はそれくらいに考えていた。
何しろ、着任報告すらまだ終わっていないのだ。
先のことを考えるのは、その後でいい。
モニクとアスカが会った時には、既にモニクとプロホノウ艦長がバチバチにやり合った後になります。
ヅダの機体性能です。
・型式番号:EMS-04S
・製造元:ツィマット社
・頭頂高:18.2m(ブレードアンテナ込み)
・本体重量:61.0t
・ジェネレーター出力:1,300kW(65,000馬力)
・スラスター総推力:88,050kg
・動力源:改良試作型重元素熱核ロケット『金星エンジン』
登場させるとしても大分先になりますが、ジークアクスのキャラを出すのはアリかナシか。(出るならニャアン)
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アリ
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ナシ
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どっちでも良い
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早く書け