技術試験隊斯ク戦ヘリ   作:ザクスキー2世

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オリヴァー・マイの手記

 今朝の点呼で、ツィマット社の主任技師がいない事が発覚した。
 仮設基地の中は大騒ぎとなり、午前中一杯は基地内の徹底した捜索が行われ、それでも姿が見えなかったので午後からはザクも動員して基地周辺の捜索が開始された。
 小一時間ほど経った頃だったか、遂に発見されて保護されたのだが、見つかった場所は近くの川岸で、川に落ちた後に漂着したらしい。
 発見当初、身体を鉄板に括り付けられていたようで、命だけはなんとか無事だったようだ。
 前日に酒を飲んで変な歌を歌っている姿が目撃されており、直後に形容し難い表情をしたキャディラック特務大尉とエメリッヒ技官が、何処かへ向かって走り去っていく姿を見たと怯えた様子の整備兵が供述していたらしい。…因果関係は不明である。

 ともあれ、無事に保護された主任技師は、取り調べに於いて前日の夜の記憶がほとんど無く、酒を飲んで散歩したことくらいしか分かっていない。多分自分で足を滑らせたのだろうと供述していたものの、何故鉄板に括り付けられていたのかは今でも分かっていない。
 取調官として、キャディラック特務大尉が入室した際に、青ざめて震え出したようだが因果関係は不明である。
 
 私も飲酒には気をつけようと思う。


第17話

 

 

 宇宙世紀0079年3月30日

 

 

 車が速度を落とした。

 窓の向こうで、高架道路の先が途切れている。向かい側に残った橋脚との間には何もなく、その下へ降りる道にも、泥を被った車が何台も寄せられていた。

 運転手は手前の分岐へ曲がり、助手席の軍曹が地図を開く。ヨコハマへ戻るには、また下道を使うしかないらしい。

 

 キョウトを出る時には、もっと早く着くつもりだった。

 迎えのユーコンが来る日に、私だけ取り残されるわけにはいかない。時刻を確かめて窓へ目を戻すと、崩れた道路の端で、作業中のザクがこちらへ片腕を上げている。車はその脇をゆっくりと通り抜けていく。

 

 地球で私たちに与えられていた試験任務は、既に一通り終わっている。

 3月22日の模擬戦を終え、マイ中尉が両機の報告書をまとめている間に、東アジアの戦局も動いた。地球連邦軍の一大拠点であるペキンが、第4地上機動師団の第4大隊と第5大隊による南北からの攻撃を受け、我が軍の制圧下へ入ったのだ。

 降下地点を守りながら試験を続ける必要もなくなり、第603技術試験隊の地上派遣組は、07Aと08Aを伴ってニホンのヨコハマベースへ移っている。

 

 その港も、無事というわけではなかった。

 岸壁の一部は崩れ、海へ落ちた荷役設備の先端が水面から突き出している。湾内で大破した連邦海軍の艦艇には、ザクが太い索を掛け、通り道を塞いでいる船体から順に湾外へ曳き出していた。解体するにも、まず船の通れる幅を空けなくてはならないという。

 使える岸壁が限られる中、私たちはキャリフォルニアベースから来るユーコン級潜水艦を待つことになった。

 

 命令は、試作機を北米へ引き渡し、私たちはHLVで宇宙へ戻るというものだ。

 キャリフォルニアベースでは、MSの製造ラインを整える工事が続いている。その一方で、試作機を受け入れる技術区画は使えるようになり、残りの研究と開発を引き継ぐ準備が進んでいるらしい。

 野戦のHLVで膝を組み直した08Aも、ようやくまともな設備へ入れる。今度は私を乗せたまま、4機のザクに運ばれる必要もない。

 

 ただ、こちらの荷造りが済んでも、迎えの潜水艦はなかなか姿を見せなかった。

 主要な拠点を押さえたとはいえ、連邦軍の航空機まで消えたわけではない。哨戒に回されたデプロッグが散発的に飛んでくる海域もあり、ユーコンは潜航したまま進んでいるという。被害を受けた海岸付近では航路を確かめる必要もあり、全速力で走り続けられるわけではないらしい*1。

 港の受け入れと潜水艦の到着見込み、その両方が揃うまで待機である。荷造りを終えた後は、朝に届く通信を確かめるくらいしか、することがない。

 

 その間に、ナカノミヤ家の遠縁に当たる分家が、キョウトに残っていると分かった。

 数日前の通信でも、迎えはまだ1日か2日は来ないとのことだったので、帰着予定を伝えてから挨拶に出たのだ。地球に残った親族の無事を確かめる機会など、次にいつあるか分からない。

 現地部隊に車両と運転手、護衛を借り、30日には戻る約束で出発した。行きに使った内陸側のハイウェイは、特に問題なく通れている。

 

 そのつもりで沿岸側の道を選んだ帰りが、これだ。

 座席の脇に置いた菓子の包みが、車の揺れに合わせて少しずつ動く。キョウトで手に入れた土産を押さえながら、私はヨコハマを離れる前のことを思い返していた。

 待っている間も、退屈するばかりではなかったのである。

 

 あの模擬戦の後、エメリッヒ技官は丸2日、部屋から出てこなかったという。

 食事を持っていっても返事がなく、何度呼んでも扉が開かない。そのうち、何かよからぬことをしたのではないかとまで噂になり、結局、警衛の兵士が扉を壊す騒ぎになってしまった。

 本人は机の前に座り、薄笑いを浮かべていたそうだ。呼び掛けると顔はこちらへ向くが、ヒヒ、と小さく笑うだけで、また何かを呟き始める。警衛も、どうしたものかと困っていたらしい。

 

 そこへ氷水の入ったバケツを持って現れたのが、モニク大尉である。

 その水を頭からぶっ掛け、平手を数発。大尉はそのまま技官を引っ張って、別の部屋へ連れていったという。

 扉を壊したところまでは警衛から聞いた話だが、水を掛けるところはワシヤ中尉が見ている。説明する手つきが妙に具体的で、平手の音まで真似するので、私の方が自分の頬へ触れそうになった。

 

 後でモニク大尉へ何を話したのか尋ねると、返ってきたのは一言だけだ。

 

「仕事へ戻らせただけだ」

 

 それ以上は聞かないでおこう。

 少なくとも、次に私の前へ現れたエメリッヒ技官は、自分の足で歩き、端末を抱えていた。ヨコハマの作業区画で、移送する08Aの荷物を確かめている時のことだった。

 

 私の名を呼んだ後、技官はすぐには続けない。

 きつく結っていた髪には少し解れが残り、端末を持つ指も、縁を挟んだまま動かない。こちらが向き直るのを待ち、彼女は頭を下げる。

 

「先日は、失礼なことを申し上げました。大尉にも、ツィマットの方々にも」

 

「……もう、大丈夫なのですか」

 

 つい、そちらを先に聞いてしまった。

 顔を上げた技官の口元が強張る。それでも言い返しはせず、息を一つ吐いてから端末を差し出してくる。

 

「ご心配には及びません。それより、07Aについて伺いたいのです。直接相対した相手として、実戦を想定した場合、改良するべき点はどこだとお考えですか」

 

 画面には、模擬戦の記録が開かれている。

 私に意見を求めるために、あれを見返してきたらしい。つい先日までの言い方を思い出すと、簡単に頷いてやるのも面白くないが、黙っている理由もなかった。

 謝罪は受けた。07Aが使える機体になれば、乗るのは同じ公国の兵士である。

 

「押し合いでは、こちらが負けていましたよ。踏み込まれてから正面で受け続けるのは、やりたくありませんでした」

 

 技官の目が上がる。

 意外そうな顔をされても困る。あの機体の力まで、私は否定していないのだから。

 

「その上で、まず左手の話をしても?」

 

「三連装機関砲ですか」

 

「ええ。近くで、武器を持ち替えずに撃たれるのは嫌でした。こちらがヒートホークを振っていても、そちらは右手の実体剣で受けながら撃てるわけですから」

 

 技官は07Aの左腕を拡大した。指の位置に並んだ3本の砲身と、その後ろに収まる給弾部が見える。

 75mmでも、近距離ならザクIIの装甲を貫ける。それはマイ中尉の試験でも確かめられていた。ただ、そのために手を丸ごと置き換える必要があるのかは、別の話である。

 

「でも、撃ち終わった後も、その左手は使えないでしょう。弾を使い切ったら、残るのは物を掴めない手です。補給に戻るまで、ずっと」

 

「再装填については、現場からも作業時間の短縮を求められています」

 

「マシンガンなら、弾倉を替えれば済みます。それに、格闘する腕の先へ砲身が突き出しているのも気になりますよ。あそこを曲げられたら、銃だけ替えて戻るわけにはいかない」

 

 私が指したところへ、技官は短く印を付ける。

 砲身を曲げられるたび、腕ごと整備へ回すのでは困る。格闘を得意とする機体なら、殴り合いで傷つくことも、その後また使うことも考えてもらいたい。

 

「左手は普通のマニピュレーターへ戻して、機関砲は外から着脱する形にできませんか。腕の外側へ、ガトリング砲のようなものを付けるとか。必要なら、もう少し口径を大きくしてもよいでしょうし」

 

「大きくすれば、積める弾数との兼ね合いがあります。盾の裏側なら、多少の余地はありますが……」

 

「そこには実体剣が入っていますよね。右手で抜く時に、邪魔になりませんか」

 

 技官は盾の内側まで図を開き、実体剣の柄の位置を確かめた。

 盾は左腕の肘と手首の間へ取り付けてある。手で握る必要はないのだから、左手を戻しても防御には使える。後は、機関砲と実体剣のどちらも、動かしたい時に動かせる位置へ置いてもらえばよい。

 

「取付部から考え直します。弾薬の交換も、腕を開かずに済むように」

 

「その方が、使う側は助かります。壊れた銃を外した後も、左手が残りますから」

 

 技官は書き込みを終え、ほかにもあるかとこちらを見る。

 まだ聞くつもりらしい。ならば、頭部の話もしておこう。

 

「固定武装を付けるなら、頭にも機関砲が欲しいですね。ガルマ・ザビ大佐のFS型のように。40mm以上を、1門か2門でも」

 

「頭部ですか。対空用に?」

 

「それにも使えるでしょうけれど、私なら相手のカメラを狙います。実体剣で受けて、盾で押さえて、そのまま撃てるなら、相手は嫌でしょう」

 

 先ほどの記録には、盾を前へ出した07Aが映っている。その隣の映像で、私の08Aは身体を傾け、横へ抜けようとしていた。

 機体を壊し切るほどの火力でなくてもよい。格闘の最中、目の前の相手が一瞬見えなくなるだけで、次に振るうヒートホークの行き先は変わってしまう。

 

「メインカメラを潰せれば、別の映像へ切り替えるまでに間ができます。そこへ踏み込めるなら、もっと大きな砲を腕へ積むのとは違う使い道になるはずです」

 

「容量と、射撃時の振動を調べる必要がありますね。頭部の照準が乱れては、こちらの攻撃にも響きます」

 

「前傾して突っ込む時なら、姿勢や推力で押さえられませんか」

 

「その条件も含めて確認します。まず、収められるかどうかからですが」

 

 返事をしながら、技官は頭部の図へ移る。

 少し前なら、うちの設計に口を出すなとでも言われたかもしれない。今は自分で図を拡大し、何を残してどこへ入れるのか、こちらの話を聞きながら考えているようだ。

 図を戻す技官の指を追ううち、右腕の中へ収められた、もう一つの武装が目に入る。

 

「それから、あの鞭です。ヒートロッド、でしたか」

 

「はい」

 

「あれには、私も捕まりかけました。ワシヤ中尉が実体剣を引いた時、こちらも反撃できると思ってしまったので」

 

 脚へ迫った先端を思い出す。あの時、感覚に従って機体を反らしていなければ、今とは随分違う記録が残っていただろう。

 技官は該当する場面を探しかける。私が続けて話し始めると、そのまま指を止め、こちらへ耳を向ける。

 

「ただ、あれだけ長いものを振り回すには、練習が要りますよね。自分の脚も、隣の味方もいる場所で使うわけですから」

 

「操作の補助は入れています。ですが、振り抜く場所を取る点は、こちらでも課題にしています」

 

「でしたら、先に錘になるアンカーを付けて、ワイヤーごと真っ直ぐ射出する形にはできませんか。振るう軌道を考えるより、腕を向けた先へ出る方が狙いやすそうです」

 

 技官の指が止まる。

 断面の中には、右腕へ収められたヒートロッドが見えていた。これをどのように変えるかまで、私には描けない。欲しいのは、相手へ近づいた時に、狙ったところへ素早く届く武器だ。

 

「命中して絡め取れれば、そこへ高電圧を掛けて通電する。そういう使い方ですか」

 

「ええ。相手の動きを止められれば、撃ち壊す前に捕まえられるかもしれません。中の電装が焼けても、機体の形が残るだけ、回収する方は楽でしょう」

 

 いずれ連邦軍のMSが現れた時、手足も主機も残った状態で持ち帰れれば、調べられることは多いはずだ。操縦者まで無事に捕まれば、聞ける話もある。

 何でも切り刻んでしまえば、後で繋ぎ合わせるのに苦労する。こちらは艦を拾ってきた時に、そういう作業を見ているのだ。

 

「回収機構と射出の方法を検討します。今のヒートロッドを、そのまま細くすれば済む話ではありませんが……」

 

「そこは、お任せします。乗る方として、何が使いやすいかを言っているだけですから」

 

 技官は頷き、最後の書き込みを済ませた。

 私が話している間にも、解れた髪が頬へ掛かる。そのたびに片手で払い、また端末へ向き直る。部屋で笑っていたという人が、今は私にまで意見を聞き、07Aを動かすことを考えている。

 

「ありがとうございます。頂いた意見は、キャリフォルニア側へ先に送ります。こちらが着くまでに、部品だけでも試せるように」

 

 深々と頭を下げ、技官は一歩下がる。

 これで話は終わりかと思ったところで、抱え直した端末が、また胸元で止まった。

 

「あの………」

 

「はい」

 

 目が合う。

 気まずい。それでも言わなくては。そんな迷いが行ったり来たりしているのが、こちらにも伝わってくる。何を言いたいのかまでは分からず、私は黙って待つ。

 

「……ナカノミヤ大尉、その……やはり、すみません、忘れて下さい。この度は度重なる無礼、申し訳ありませんでした」

 

 もう一度頭を下げると、技官は今度こそ背を向けた。

 呼び止めるほどの用事は、私の方にはない。作業区画の出口へ向かう背中を見送ってから、08Aの荷物へ目を戻す。さっきまで確かめていた箱の番号を、すっかり忘れてしまっていた。

 

 次期主力機の座をどちらが取るのかは、まだ決まっていない。

 ツィマットが勝てば、実家にとっても都合がよい。ナカノミヤ家が支援した会社の機体が地上軍へ並ぶのだから、私だって嬉しいし、家への説明もしやすくなる。

 競合する相手へあれこれ教えたと知れば、余計なことをと眉を顰める者もいるだろう。それでも、こちらの兵士が使う機体を、わざわざ使いにくいままにしておく理由にはならない。

 

 この戦争に公国が負ければ、企業同士の勝ち負けどころではなくなる。

 ツィマットもジオニックも、今のままで残れるか分からない。会社を解体されるか、連邦側のどこかへ吸収されるか。その時、サイド3で公国を支えてきた家々まで、これまでどおりの暮らしを許されるとは思えなかった。

 家名を奪われるだけで済む保証もない。ナカノミヤの名を守りたいなら、まず公国に残っていてもらわなくては困るのだ。

 

 マイ中尉の話では、07AはザクIIとの部品互換性5割という要求に届いていない。一方、そこを満たした08Aには、量産するには高すぎる主機が載っている。

 完成度と今の費用を考えれば、07Aが選ばれても不思議はない。近づいて戦う時に何を使えばよいか、乗る方にも分かりやすい機体だ。その使い道を広げられるなら、助言を聞きに来た甲斐もあるだろう。

 

 対するツィマットの主任技師は、最近、勝敗の話にあまり乗ってこない。

 私が通り掛かった時も、ほかの社員を呼び集め、08Aの足元ばかりを何度も再生していた。噴射を止める。少し戻す。足裏が地面を離れるところへ印を付け、今度は推進剤の消費と並べる。

 模擬戦で07Aへ何回当てたかなど、画面の端にも出ていない。

 

 食事が来たと整備兵に声を掛けられても、主任は頷くだけだ。呼びに行った別の社員まで隣へ座り、何か計算し始めるので、食器だけがいつまでも作業台の端へ残っている。

 会社として採用されなければ困ると、あれほど騒いでいた人たちである。今度は何を思い付いたのか知らないが、私まで捕まって同じ映像を見せられる前に、その場を離れておいた。

 頭ツィマット、という言葉は、こういう時にも使うのかもしれない。

 

 ザクだけで広大な地球を押さえ続けるのは、容易ではないだろう。

 どちらの案が使われるにせよ、地上で扱いやすく、数を揃えられる機体が早くできればよい。技師たちが自分の仕事へ戻ったのなら、試験に付き合った私たちも、少しは役に立ったはずである。

 

 前の座席から声が掛かり、私は窓へ顔を向けた。

 車の先に、横向きの遮断機と土嚢が見える。道路の脇へ銃を抱えた兵士が立ち、こちらへ停止の合図を送っているところだ。

 

「シズオカの検問です。大尉、お手数ですが、身分証を」

 

「はい」

 

 私は軍曹へ身分証を渡した。開けた窓から、湿った土と、何かを燃やす臭いが入ってくる。

 ここへ来るまでにも、沿岸側のハイウェイは何度も途切れていた。波に削られた土台、斜めに残った防音壁、道の横へ押し上げられた船。地図の上では一本で繋がっている線を、そのまま走れた区間の方が短いくらいだ。

 

 ブリティッシュ作戦で大気圏へ落ちたコロニーは、途中で3つに崩れている。そのうち太平洋へ落着した破片が起こした大津波は、ニホンの太平洋沿岸にも押し寄せたという。

 ヨコハマの港だけが被害を受けたわけではない。崩れた道路を避けるたびに、その当たり前のことを思い出す。キョウトへ向かった時に見た土地と、同じ国の中とは思えない場所さえあった。

 

 身分証の確認を待っていると、窓の下に顔が見えた。

 10歳になるかならないかくらいの子供が、小さな子の手を引き、私の方をじっと見ている。服には乾いた泥が付き、靴の先も擦り切れていた。小さい方は口元へ指を当てたまま、窓の縁から背伸びをしている。

 その向こうへ目を移し、私は初めて、道路脇に並んだテントの数に気づいた。

 

 検問のゲートから奥へ、いくつもの列が延びている。

 鍋を持って並ぶ者、荷台から降ろされた箱を運ぶ者。焚き火の周りに座った大人たちは、車が止まっても顔を上げるだけだ。テントの間を子供が走り抜け、その先にも同じような屋根が続いている。

 軍の野営地にしては、兵士が少なすぎる。

 

「ここは、避難してきた人たちの?」

 

 身分証を返しに来た歩哨へ尋ねると、兵士は道路の向こうを示した。

 

「はい。津波の被害が内陸まで及んだそうで、家を失った民間人が集まっていました。我々が占領した時には、外で寝ている者も多かったので。軍の物資からテントなどを出して、こうなった次第です」

 

「今も増えているのですか」

 

「少しずつですが。付近の集落からも来ています」

 

 兵士は答えながら、車の横へ残った子供たちに気づく。

 退くようにと手を出しかけたので、私は窓からそれを制した。小さい方の子供が、連れの手を掴み直す。私は扉を開けるから少し離れてほしいと告げ、車を降りた。

 

 我々は、連邦から独立するために戦っている。

 その作戦で民間人まで巻き込まれることを、今初めて知ったわけではない。目の前へ現れたからといって、私一人が謝罪して回るつもりもなかった。それで戦争を始めた理由まで取り下げられるものではないのだ。

 だが、我々が為した事*2の結果を、車の窓から見て通り過ぎれば済むとも思えない。

 

 上に立つ家の人間として軍服を着ているのなら、ここに何が残ったのかくらいは、自分の目で見ておくべきだろう。

 軍曹へ少し立ち寄りたいと告げると、彼は車を停める場所を運転手と確かめ、私の横へ回った。小銃の吊り帯を直したその姿を、子供が下から見上げている。

 私は屈み、大きい方の子供へ声を掛けた。

 

「坊や、少しこの中を案内してくれないかしら。そうしたら、御駄賃をあげるわ」

 

「ほんとに!?わかった!」

 

 返事は早かった。

 差し出された手を取ると、小さい方の子供も反対側へ回ってくる。両側から引かれるまま、私はテントの間へ入った。軍曹が、その少し後ろへ続く。

 

 道路からは、一部しか見えていなかったらしい。

 最初の列を抜けても、まだ先にテントがある。大きな布を何枚も繋いだ屋根の下には、寝具と荷物が隙間なく並び、その間を人が横向きで通っている。これでは、ひとつの町だ。

 人数など数えようもないが、1万人ではきかないのではないかと思うほど、奥へ行っても人影が途切れない。

 

 私の軍服へ気づくたび、話していた者の声が低くなる。

 洗い物をしていた女が、近くの子供を自分の脇へ呼び寄せた。木箱に腰を掛けた男はこちらを見据え、その後ろに立つ軍曹の小銃へ目を移すと、何も言わずに顔を背ける。

 悪意、敵意、害意。感覚を探るまでもなく、視線の向け方だけで分かる。案内する子供に引かれ、私は立ち止まらずに進んでいく。

 

 我々にとっては独立のための大義がある戦争でも、彼らにはそんなものは関係ないのだろう。

 空からコロニーを落とし、家を流し、後から軍隊を送り込んできた相手である。今、食料やテントを配っているのが同じ軍だとしても、歓迎する理由にはなるまい。

 こちらへ何か言おうと口を開いた男も、隣の者に袖を引かれると、そのまま黙ってしまった。

 

 近づいてくるのは、やはり子供が多い。

 私の襟の飾りを見た子が、案内している子の横から手を伸ばす。別の子は少し離れてついてきて、こちらが見るとテントの陰へ隠れてしまう。両手が塞がっているので、服を引っ張らないでねと声だけ掛けた。案内役も後ろの子へ言い聞かせ、得意そうに先へ立つ。

 

 配給の列では、鍋へ食べ物が移されている。

 受け取った者が戻ってくるたび、座っていた家族が器を出す。少なくとも、その場では食事が届いているようだ。軍がどれだけ出しているのか、明日も同じ量を配れるのかまでは、歩いて見るだけでは分からない。

 私の手を引く子供の袖は緩く、持ち上がると細い腕が肘まで出てしまう。

 

 それでも、通路は思ったより片付いている。

 水の溜まる場所には板が渡され、使い終わった器を洗う場所と、ごみを集める場所が分けてあった。テントの前で泥を掻き寄せていた老人が、私たちを通すために道具を引く。礼を言っても返事はないが、通り過ぎると、また同じ場所を掃き始める。

 

 サイド3の3バンチ、マハルにも、行き場を失った人々が集まる一角がある。

 そこを思い出すと、これだけの人数で通り道を残していることに驚く。ニホン人同士の決まり事なのか、ここへ来てから役割を決めたのか。水を運ぶ者が一人で苦労していると、近くの者が黙って手を添え、桶の反対側を持っていく。

 桶を置いた2人は、空いた手で腰を伸ばしている。そこでまた私に気づき、目が合うと、片方がそっと顔を背けた。

 

 奥には、赤い十字の印を掲げた大きなテントがある。

 入口の表示は軍のものと違い、民間の医療団体の名が記されていた。薬や包帯を抱えた職員が出入りし、その脇へ小銃を持ったジオン兵が2人立っている。

 こちらの階級章へ気づくと、2人は慌てて背筋を伸ばす。

 

「大尉殿!」

 

「そのまま。ちょっと気になって立ち寄っただけなので、気にせず仕事を続けるように」

 

「はっ!」

 

 返礼して入口へ目を向けると、小さい方の子供が私の手を引いた。

 

「おねえちゃん、えらいの?」

 

「少しだけね」

 

 頭へ手を置くと、乾いた泥が髪に残っている。

 子供は私の手と兵士を交互に見て、何か納得したように頷いた。中では診察をしているから静かにねと伝えると、さっきまで先へ先へと引いていた手が緩む。

 軍曹には入口のそばで待ってもらう。幕の向こうからは、低く話す声と、器を置く音が聞こえる。

 

 簡易ベッドの間に、歩くための細い隙間がある。

 起き上がって器を抱えた老人、その隣で布団の端から包帯を巻いた脚を出す患者。片腕のない男は、こちらへ目を向けた後、残った手で掛け布を引き直していた。

 外の煙とは違う薬品の匂いがして、子供たちも自然と足を止める。

 

 奥の仕切りのそばには、白衣の医師と、少しやつれた女性職員がいた。

 二人で書類を確かめていたらしい。女性がこちらに気づくと、医師へ素早く目を向け、それから書類を置いて歩いてくる。入口にいた軍曹が半歩前へ出たので、私は手で大丈夫だと示した。

 緊張と恐れは感じるが、こちらを害そうとする気配ではない。ただ、医師と目を合わせた一瞬に、ほかのものが混じったような気がした。

 

「あの……ジオン軍の、御視察でしょうか?私共、事前にお聞きしていなかったものですから、なんのおもてなしも出来ず……」

 

「私が通りすがりに急に来たものですから、お気になさらず。ところで、貴女のお名前は?」

 

「は、はい。カマリア・レイと申しますが……なにか?」

 

 女性は、私のそばにいる子供へ目を落としてから、顔を戻す。

 名前を聞かれるほどのことをしたのか、とでも考えているのだろうか。私は患者の方へ目を配り、少し声を落とす。

 

「カマリアさんと呼ばせて貰います。元々のお住まいはどちらに?」

 

「さ、サンイン地方の方です。トットリ、分かりますか?」

 

「ええ、分かりますよ。ご家族は?」

 

 家族という言葉に、彼女の心が小さく揺れる。

 胸元で重ねていた指がずれる。すぐに答えは返ってこず、彼女は一度唇を結んだ。

 

「夫と、息子が一人……」

 

「そうですか。あの奥にいる医師の方が、旦那さんですか?」

 

「い、いいえ、違いますが……今、夫は仕事で宇宙におりますので。息子も一緒に。夫は、技術の方の仕事をしていまして……」

 

 夫の話をしているのに、彼女の目は奥へ向きかける。

 すぐにこちらへ戻ったものの、その時の後ろめたさまでは消えない。なるほど。あの医師とは、そういう間柄なのだろう。

 離れ離れの間に惹かれ合ったのか、もっと前からなのか。そこまでは知らないし、聞いてどうするものでもない。気になるのは、今ここにいない夫の方である。

 

「なるほど、宇宙に……いまも、お元気ですか?」

 

「えぇ……少し前に、息子の写真が送られて来ました。向こうで元気にしているみたいです」

 

 声から、さっきの強張りが少し薄れる。

 夫が宇宙へ働きに出ても、妻は地球で暮らせる家なのだ。地球の居住権を保てるだけの背景はあるのだろう。連邦の政府や軍、あるいはそこへ仕事を持つ企業と関係していてもおかしくない。

 だが、技術の仕事というだけなら、思い当たる勤め先はいくらでもある。私の知るツィマットにしたって、MSだけを造っている会社ではないのだから。

 

「それは良かったですね。これだけ離れていれば、息子さんが恋しいでしょう」

 

「もちろんそうですが……今、向こうでどうやって過ごしているのか……」

 

 カマリアはスカートのポケットへ手を入れ、小さな手帳を取り出した。

 挟んであった写真を抜く時だけは、さっきまでよりも指先が慎重になる。彼女は表を一度自分へ向け、こちらへ差し出した。

 

「息子のアムロです」

 

 私は写真を受け取り、写っている少年の顔を見た。

 隣に立つ子供が、何が写っているのかと背伸びをする。少し下げて見せながら、髪と顔立ちを覚えておく。カマリアは口元を緩め、そんな私たちを見守っている。

 

「利発そうなお子さんですね。貴女に良く似ている。アムロくんでしたね、もし宇宙で会った時は、カマリアさんが会いたがっていたと伝えましょう」

 

「ありがとうございます。もし……もし息子に会うことがあれば、またお前の顔が見たいと伝えて下さると嬉しいですが……」

 

 写真を返すと、カマリアは角を折らないよう、手帳へ戻した。

 しまう前に、もう一度その顔へ目を落とす。息子に会いたいという気持ちまで疑う必要はない。先ほど夫を語った時とは違い、こちらにも、懐かしむ思いが伝わってくる。

 

「必ずお伝えしましょう。ちなみに、どちらにご家族のお二人は行っているのですか?」

 

「……確か、サイド6だったか、サイド7だったか……申し訳ありません、詳しいことはあまり教えて貰えず」

 

 随分と曖昧な答えである。

 息子を案じているのに、どこにいるかははっきりしない。勤務先を聞いているつもりで答えたのか、住んでいる場所を言っているのかも分からなかった。

 知らせる内容を夫が限っているのか、それとも、夫婦の間で話さなくなったことが多いのか。私に言いたくない可能性も含めて、ここでは確かめようがない。

 

 サイド6なら中立地帯、7なら辺境だ。

 どちらかへ技術者が赴任した、それだけで秘密の仕事とは限らない。だが、地球へ家族を残し、息子を連れて出るほどの仕事が何なのかは、少し調べてみたくなった。

 カマリアは手帳をしまい、返事が来ないのを気にするように私を見る。今ここで問い詰めても、聞けることが増えるとは思えない。

 

「いえ、サイド6であれば中立地帯ですからね。縁があれば会うことも有りましょう。さて、お仕事中でしょうから、これ以上お邪魔にならない間に帰ります」

 

 奥で医師が書類を抱え直した。こちらへ来るべきか迷っているようにも見えるが、私が軽く会釈すると、その場から頭を下げる。カマリアも礼を言いかけたので、その前にもう一つ、声を掛けた。

 

「何か医療品等で入り用なものがあれば、外の歩哨に伝えて下さい。避難生活で、何かと足りないでしょうからね」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 礼を返し、私はテントの外へ出た。

 入口の兵士を呼び、医療団体から不足しているものを聞き、融通できるか上官と補給担当へ取り次いでほしいと頼む。その際の費用をこちらへ回すなら、第603技術試験隊専属護衛独立戦隊宛てにしてもらいたいと、部隊名も書いて渡した。

 在庫にないものまで約束はできない。まず何が要るのか、現地で確かめてもらうことになる。

 

 もちろん、下心はある。

 少しでもこちらを信用してもらえれば、次に家族のことを尋ねる者が来た時、話してくれることが増えるかもしれない。先ほどのカマリアは、私が名前を聞いただけで身を固くしていたのだから。

 それに、子供たちが案内する先に医療の場所が残っていることは、ここの暮らしを保つ上でも悪い話ではないだろう。

 

 車へ戻る頃には、ついてくる子供が増えている。

 案内役の子は、約束を忘れてはいないかと言いたげに、何度もこちらの顔を見る。私は運転手に菓子の包みを取ってもらい、まず2人へ礼を言って、御駄賃の軍票を渡した。

 

「案内してくれて、ありがとう。こっちは、キョウトのお菓子です」

 

 小さい方が手を伸ばし、先に受け取った子が、自分の分から一つ渡す。

 ほかの子供にも分けると、包みはすぐに軽くなった。声を上げて走り出す者もいれば、その場で紙を剥き始める者もいる。軍曹が車の前を空けるよう言い、私は最後に手を振って座席へ戻った。

 

 車が検問を離れる。

 窓の外では、テントへ帰っていく子供たちの向こうで、大人がこちらを見ている。医療テントからここまで、私へ直接文句を言った者は一人もいなかった。

 それで、何も思っていないということにはならない。窓を閉め、座席へ背を預けても、さっき道を空けた男の顔を思い出してしまう。

 

「軍曹。少し、調べてもらいたいことがあるのですが」

 

 助手席へ声を掛けると、第4地上機動師団から借りた軍曹がこちらを向く。

 私はカマリア・レイの名と、息子がアムロということ、夫の仕事で宇宙へ出ていると聞いたことを伝えた。出身はサンインのトットリ。今の住まいは、サイド6か7かも定かではない。

 

「そちらの本部を通じて、ご主人の身元を確認してもらえませんか」

 

「何か、彼女に不穏な問題がありましたか?」

 

「いえ、少し気になったことがあっただけです。宇宙にいるというご主人が、どちらで技術の仕事をしているのか、とね」

 

 軍曹は聞いた名前を書き留め、確認する先を本部で探すと答える。

 連邦側の勤務記録まで、すぐに手が届くとは限らない。私が分かる範囲でよいと伝える間も、軍曹は手元の名前を一つずつ確かめている。

 

「なにか分かりましたら、後日暗号通信でお伝えします」

 

「お願いします」

 

 カマリア・レイ。そして、アムロ。

 写真の少年は、今頃どこで何をしているのだろう。母親は会いたいと言い、その母親のそばには、夫とは違う男がいる。

 宇宙の技術者と、地球に残った家族。珍しい話ではないはずなのに、名前を聞いた時から残っている引っ掛かりが消えない。

 

 私は窓の外へ目を戻す。

 テントはもう見えず、車は海沿いの道をヨコハマへ向かっている。先ほどまで子供が握っていた方の手を開き、袖へ付いた小さな泥の跡を払った。

 基地へ戻れたのは、その日の夕刻だった。港ではユーコンへの積み込みが始まっていて、私の菓子の包みが空になったことを、詳しく尋ねる者はいなかった。

 

 

 宇宙世紀0079年4月4日

 

 

 肩へ食い込んでいたベルトが、急に軽くなった。

 私は座席の前で手を開く。指先を動かしても腕が下へ落ちていかない。横の席では、ワシヤ中尉が浮きかけた荷物を押さえ、マイ中尉は固定した端末の表示を確かめている。

 大型HLVは大気圏を抜け、ようやく私たちは宇宙へ戻ってきた。

 

 ヨコハマを出てからは、地図の上で見たほど遠い旅には感じなかった。

 もちろん、数日は海の中で過ごしている。窓から行き先を眺められるわけでもなく、食事の時刻と艦内の報告で、今どの辺りにいるのかを知るような航海だ。

 それでも、航路を確かめるために速度を落としていた区間を抜けると、ユーコンはかなりの速さで海中を進んだらしい。どれほどの速度だったか教えてはもらえなかったが、あの噂を笑う気にはなれなくなっていた。

 

 迎えを待っていた時にはなかなか変わらなかった予定が、今度は次々と先へ進む。

 キャリフォルニアベースへ入り、試作機と機材を降ろし、地上へ残る技術者たちに記録を引き渡す。4月3日にはこちらの手続きもほぼ終わり、今日は朝からHLVへ乗り込むことになった。

 広い基地の中では、まだ荷を運ぶ車や工事用の機械が行き交っている。それでも、07Aと08Aが運び込まれた建屋には、野戦のHLVとは比較にならない設備が揃っていた。

 

 エメリッヒ技官が先に送った資料も、既に届いている。

 彼女が受け入れ側の技術者と話しているそばへ、試作した兵装の部品が運ばれてきた。ツィマットの社員たちも、自分たちの荷物を下ろすとすぐ、現地の者を連れて08Aの周りへ集まっている。

 どちらも、私たちと別れる挨拶より、引き継ぐ仕事の方に忙しそうだった。ここまで運んできたのだから、後は存分に調べてもらえばよい。

 

 HLVの打ち上げ軌道には、ヨーツンヘイムが迎えに来ていた。

 そのそばには、ヌエ戦隊のオキノトリシマもいる。画面へ艦影が映ると、私は思わず身を乗り出しかけ、まだ締めていたベルトに止められた。

 地上の戦車やMSとは違う、見慣れた艦の形だ。キメラ艦という呼び方が似合う継ぎ足しの船体まで、今はひどく懐かしい。

 

 回収の手順が終わり、ヨーツンヘイムへ移ってからも、最初はつい床へ足を着こうとしてしまう。

 手すりを掴み直して通路を進むと、こちらに気づいた乗員が道を空けてくれる。戻りましたと返すたびに、はい、お帰りなさいと声が重なり、地球に降りる前の艦内が戻ってきたような気がした。

 私たちは、そのままブリッジへ向かった。

 

 プロホノウ艦長は、私たちの姿を見ると艦長席を離れた。

 手すりに沿ってこちらへ寄り、私とマイ中尉の顔を順に見てから、珍しく口元を緩める。

 

「ナカノミヤ大尉、マイ中尉。良く無事に帰って来てくれたな。うむ、地上では実によくやってくれた」

 

「ただいま戻りました、艦長」

 

 マイ中尉と並んで敬礼すると、艦長は頷き、続いてモニク大尉にも帰還の挨拶をする。

 その時だけ、艦長の笑顔が少し固くなった。お目付け役まで無事に戻ってきては、留守の間と同じようにはいかないのかもしれない。大尉の方は気にした様子もなく、留守中の支援に礼を述べている。

 ワシヤ中尉にも声を掛け終えたところで、マイ中尉が少し身を乗り出す。

 

「何か、我々に良い報告があるのですか?」

 

「ああ。少し前に、本国の技術本部より通信があってだな」

 

 艦長席へ戻ると、プロホノウ艦長は手元へ通信文を呼び出した。

 近くの乗員も、作業の合間にこちらへ顔を向けている。私たちが入ってくる前から、何か話していたらしい。

 

「次期陸上主力MSの選定が、遂に終わったようだ。我が技術試験隊の開発協力と評価試験への尽力が評価され、地球攻撃軍から感状が届くそうだ」

 

 マイ中尉が目を上げる。

 モニク大尉も、艦長の手元へ視線を向けた。試験を終えただけなら、また報告書を出して次の機材を待つところだが、今回はそれで終わらなかったらしい。

 

「ようやく、上も第603技術試験隊の働きを認めてくれたというわけだ。地上へ降りた君たちだけでなく、こちらで支援を続けた者にも、伝えておかねばな」

 

「整備の者たちにも、聞かせてやりたいですね。向こうでは、修理から試験の準備まで、ずっと動いてもらっていましたから」

 

 私が言うと、艦長はそのつもりだと頷く。

 曲がった膝を調べ、泥を落とし、走って戻った機体をまた点検する。あの人たちがいなければ、私は2日も経たずに、動かない試作機と一緒に送り返されていたはずだ。

 

「それと……ナカノミヤ大尉には少々残念な知らせになるが、君の乗ったYMS-08Aは採用されなかった」

 

 私は、艦長の顔へ目を戻した。

 やはり、という気持ちの方が先に来る。模擬戦で勝ったからといって、あの主機が安くなるわけでも、私と同じ操作を全員ができるようになるわけでもない。

 それでも、実際に告げられると、少しだけ惜しかった。ようやく自分の思った方へ走り、短く跳んで戻ってこられるようになった機体なのだ。

 

「いえ、そのような気はしていました。悔いはありません」

 

 実家へは、試験で何が分かったのかを説明すればよい。

 ツィマットが要求された部品互換性を満たしたことも、改修後にはよく動いたことも消えない。今回は、主力として数を揃えるところまで届かなかった。それまで試したことを、全部なかったことにする必要もないだろう。

 主任技師たちは、もう別のことに取り掛かっている。採用の報告を聞くために、端末から顔を上げるかどうかも怪しいくらいだ。

 

「うむ。だが、大尉の助言は、採用された方にも役に立ったそうだぞ」

 

「07Aの方に、ですか」

 

「ああ。武装を大幅に改めた『YMS-07B』という改修試作機が急造され、そちらを採用の基礎とすることになったそうだ。現地のテストパイロットや地上軍の上層部にも、かなり好評らしい」

 

 キャリフォルニアで、エメリッヒ技官のそばへ運ばれてきた部品を思い出す。

 私たちが着く前から、向こうでは作れるものから試していたのだろう。それにしても、別れたばかりの人たちの仕事を、宇宙に戻ってから先に知らされるとは思わなかった。

 

「まだ初期の評価ですが、先に届いた案をもとに、兵装の試作を進めていたそうです。私たちの運用記録も、そちらへ渡しています」

 

 マイ中尉の補足に、艦長も頷く。

 今から配備する機体なら、武装を替えた後の動きも、補給の手順も調べることになる。選定が済んでも、現地の技術者たちは当分休めそうにない。

 

「ザクとの共通部品が足りない点は、上でも承知している。それは引き続き改善を求めるが、今回は要求に届かぬ分を認め、生産と配備を進める判断になったそうだ」

 

 要求を満たした方が、自動的に通るというわけでもないらしい。

 部品の多くを新しく造っても、それで数を揃えられる見込みがあるなら、あの高価な主機を量産するよりよいということなのだろう。地上の部隊が受け取るまでには、まだ幾つも仕事が残っているはずだが。

 艦長は通信文の続きを開き、今度は少し不思議そうに私を見る。

 

「キャリフォルニアベースに残った、ジオニックのアリシア・エメリッヒ技官からも通信が来ている。『大尉に呉々も宜しくお伝えください』と、随分丁寧な礼が書いてあってな」

 

 技官が私たちの介入を拒んでいたことは、艦長も知っている。

 その相手から、わざわざこちらへ礼が届いたのだから、何かあったと思うのも無理はない。艦長は端末から手を離し、私の方へ向き直る。

 

「ナカノミヤ大尉、君は地上で一体何をしたのかね?」

 

「いえ、特には何も……。少しお話をしただけです」

 

「何もって、自分を何度もボコボコにして、トラウマ植え付けたじゃないっすか!」

 

 横から声が上がり、私はワシヤ中尉を見た。

 中尉は自分の胸を指し、今まさにそこを省かれたのが納得いかないという顔をしている。マイ中尉が口元を押さえ、モニク大尉の方からも、堪えきれなかったらしい笑いが漏れる。

 

「みんなして笑うなんてひどい!!」

 

「中尉には、お疲れ様でしたと言ったでしょう。私が話したのは、その後のことですよ」

 

「その前も含めて、なんか言ってくれてもいいじゃないっすか……」

 

 艦長まで肩を揺らし始め、近くの席からも笑い声が上がる。

 ワシヤ中尉は辺りを見回してから、もういいですと手を下ろした。だが、マイ中尉が二人で取った記録のおかげですと言い添えると、そこは忘れないでくださいよと、ようやく顔を緩める。

 試験中に何度も聞いた抗議の声が、今は母艦のブリッジへ響いている。私も手すりへ身体を預けた。中尉には申し訳ないが、その顔を見ると、また笑ってしまいそうだ。

 

「ああ、もう一つ報告がある」

 

 プロホノウ艦長が姿勢を戻す。

 今度は表示する文面を確かめ、私の方へ顔を向けた。先ほどまでとは違う調子に、私も手すりから背を起こす。

 

「宇宙攻撃軍司令部より、大尉に直接の出頭命令が降っている。よって、我々は本国のサイド3へ向かう前に、ソロモンへ寄港することになった」

 

 ドズル中将の司令部から、私へ直接。

 地上の任務を終え、後は本国へ帰るばかりだと思っていたので、すぐには返事が出なかった。感状の話と関係しているのか、それとも、また別の仕事なのか。

 こちらを見ている艦長の顔からは、何も読み取れない。少なくとも、ここで用件まで教えてもらえる話ではないらしい。

 

「承知しました。ソロモンへ着き次第、出頭します」

 

 姿勢を正し、私は艦長へ頷いた。

 呼ばれた以上は行くしかない。手元へ届いた命令の宛名を確かめる間に、艦長は操艦席へ向き直っている。

 

「進路、ソロモンへ!」

 

 復唱が返り、正面の星がゆっくりと流れ始める。

 並んでいたオキノトリシマも、ヨーツンヘイムに合わせて艦首の向きを変えていた。回頭が終わると主機関の振動が戻り、私は手すりを握り直す。

 窓の端に残った地球が、少しずつ後ろへ離れていった。

 

 

*1:
それでも水中速力60kt近く出ると言う噂も

*2:
ブリティッシュ作戦




ご高覧ありがとうございます。

第3章の最終話です。
冒頭は相変わらず茶番ですが、こちらはあったかもしれないではなく、この世界線のマイの手記になります。
因果関係は不明ですが、お酒は怖いですね。

さて、この世界線ではYMS-07Bは史実のB3型とほとんど変わらない状態で登場することになりました。
違いがあるとすれば、頭部には40mmバルカン砲が二門仕込まれ、外付けの三連装バルカン砲は口径が75mmから90mmに拡大されています。
これにより、対空目標への対処のし易さ、装甲貫徹力と射程距離が上がっています。
果たして、ガンダムは超至近距離から顔面に浴びせかけられる40mm徹甲弾に対して、ツインカメラとセンサー群を守り切れるんでしょうか…
メインカメラは頭頂部なんで平気そう。

それと、以前ご感想で頂いた案の内、カマリア・レイと会わせると言うものがありましたので、今回そちらを採用いたしました。
宇宙に戻るにはバイコヌール宇宙基地へ行くかキャリフォルニアベースに行くしかなく、製造ラインはキャリフォルニアベースにあるのでここに向かう以外の選択肢はない。それなら日本に寄らせてカマリアに会わせてみようと思った次第です。
そしてカマリア経由で、V作戦の足掛かりがなんとなくジオンに漏れてしまいました。
バタフライエフェクトが捗ります。宇宙でアムロと会った時が楽しみですね。(いつの時期なるか不明)
ちなみに、ヨコハマベースのモデルはガンダムが居た例の大黒埠頭です。

第3章もお付き合い頂き有難う御座います。
これで第3章は完結するわけですが、第4章は9月中の投稿になると思います。某オタクの祭典やそれに向けた準備等で8月はかなり忙しくなるので、執筆時間が取れるか不明だからです。
少し長いですが、また9月に皆さんにお会いできるのを楽しみにしております。
ちなみに、第4章は作品内日数の都合上ヒルドルブになると思います。よろしくお願いします!

登場させるとしても大分先になりますが、ジークアクスのキャラを出すのはアリかナシか。(出るならニャアン)

  • アリ
  • ナシ
  • どっちでも良い
  • 早く書け
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