技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
今朝の点呼で、ツィマット社の主任技師がいない事が発覚した。
仮設基地の中は大騒ぎとなり、午前中一杯は基地内の徹底した捜索が行われ、それでも姿が見えなかったので午後からはザクも動員して基地周辺の捜索が開始された。
小一時間ほど経った頃だったか、遂に発見されて保護されたのだが、見つかった場所は近くの川岸で、川に落ちた後に漂着したらしい。
発見当初、身体を鉄板に括り付けられていたようで、命だけはなんとか無事だったようだ。
前日に酒を飲んで変な歌を歌っている姿が目撃されており、直後に形容し難い表情をしたキャディラック特務大尉とエメリッヒ技官が、何処かへ向かって走り去っていく姿を見たと怯えた様子の整備兵が供述していたらしい。…因果関係は不明である。
ともあれ、無事に保護された主任技師は、取り調べに於いて前日の夜の記憶がほとんど無く、酒を飲んで散歩したことくらいしか分かっていない。多分自分で足を滑らせたのだろうと供述していたものの、何故鉄板に括り付けられていたのかは今でも分かっていない。
取調官として、キャディラック特務大尉が入室した際に、青ざめて震え出したようだが因果関係は不明である。
私も飲酒には気をつけようと思う。
宇宙世紀0079年3月30日。
今回我々に与えられていた地球での任務は、事実上の終了を迎えていた。
地球連邦軍の東アジア最大級の拠点であるペキンが、我が軍の第四地上機動師団第四大隊と第五大隊による南北からの猛攻によって、無事に攻略・制圧されたのだ。
それに伴い、我々第603技術試験隊の地上派遣組は、評価試験を終えたYMS-07AとYMS-08Aを伴い、同じく制圧下に入ったニホンのヨコハマベースに駐留し、しばしの休息を取っていた。
しかし、ヨコハマベースに入ったは良いものの、港湾部は津波による被害でそこそこダメージを受けている。
港湾内で大破した連邦海軍の軍艦は、ザクで直接湾外に移動させて解体中であった。
一応船舶の発着が可能になったここに、北米のキャリフォルニアベースから迎えのユーコン級潜水艦が到着し、我々と試作機を回収することになっている。
次期主力モビルスーツの評価試験の全日程が終了した後、我々に降った命令は、試作機をMS製造ラインを抱える巨大な軍事施設として、現在急ピッチで改修が進んでいるキャリフォルニアベースへと移送し、我々自身はHLVで宇宙へと上がり、サイド3へ帰国するというものであった。
平原での苛烈な模擬戦を経て、前線での十分な評価データの取得が完了したため、後々の細かな研究と開発は、完全な設営が終わったキャリフォルニアベースの技術陣へと引き継がれることになったのだ。ペキンが陥落したことで東アジアの制空権および制海権が確立し、道中の安全が確保されたことも、試験終了の大きな要因であった。
思えば、あの模擬戦後のジオニック陣営の変化は、非常に滑稽であり、同時に興味深いものであった。
自社の絶対の自信作であったYMS-07Aを、私と08Aによってボコボコにされてしまってからというもの、エメリッヒ技官はすっかり意気消沈してしまった。
ツィマットの主任技師に相当貶されでもしたのか、丸2日は自室から出て来ず自殺でもしたのではないかと噂が立ち、警衛の兵士が返事の無い扉を破壊するなんて事すら起きたくらいだ。
部屋から引き摺り出されたエメリッヒ技官は、薄ら笑いを浮かべてヒヒヒと小さく笑っているような、さながら魔女や喪女のような有様になっていたらしい。
見兼ねたと言って良いのか、単に不気味で目障りだっただけなのかは分からないが、何処からともなくモニク大尉が氷水の入ったバケツを持って現れ、それを思いっきりぶっ掛けてから平手で数発ぶちかました後に、どこかに彼女を引き摺って行ったようだ。
その後、なにが行われたのか大変気になるところであるが、流石はジオニックを背負う開発者と言ったところか、喝を入れられて正気を取り戻したらしい。彼女は自尊心をへし折られて発狂したにも関わらず、あれだけ目の敵にして煽り散らしていた私の元に一人でやって来ては、数瞬ほど躊躇いがあったものの頭を下げて謝罪をしてきたのだ。その上で「直接相対した相手として、実戦を想定した場合、機体に改良するべき点はどこか」と、真剣な眼差しで教えを乞いに来た。
さしもの私も、数日前までのヒステリックな態度からのあまりの豹変振りに、思わずまだ気を違えているのではないかと心配の言葉を投げ掛けてしまったほどだが、謝罪もあった上に公国の軍益に関わることでもあるので、素直に実戦を想定した模擬戦で敵として相対した時に嫌だなと感じたことを口にした。
私自身、YMS-07Aは優秀な機体であることは純粋に認めている。その上で、左手を丸々三連装機関砲にするという設計は、直ちに止めた方がいいと明確に伝えた。
確かに、至近距離で武器を抜く動作を必要とせず、ヒートホークでの格闘中であっても素早く射撃出来るという点は、白兵戦において大変強いアドバンテージだと思う。
但し、75mmという対MS戦においては決定打に欠ける中途半端な口径であること。そして何より、腕の中がそのまま弾倉になる関係上、ドラムマガジンのような外部交換ができず、野戦中での迅速な給弾が覚束ない。さらに、マニピュレーターとしての機能も兼ねている以上、指が一本でも敵の攻撃で折り曲げられたり破損したりすれば、砲身に干渉して腕全体の射撃が不能になるという致命的なリスクがあることを指摘した。
それならば、同じくもう少し口径を大きくした三連装機関砲を、左腕の盾の裏側に外付けで仕込むか、あるいは腕の外側に着脱出来るガトリング砲のような機関砲を増設した方が、汎用性も継戦能力も遥かに向上するはずだとアドバイスをした。
それと、折角機関砲を固定武装として仕込むのであれば、ガルマ・ザビ大佐の専用機でもあるザクⅡFS型のように、頭部にも40mm以上の機関砲を一門乃至二門取り付けるべきだと伝えた。
そうすれば、航空機に対する対空戦闘や、来るべき連邦軍との対MS戦闘の時に、極めて有効な牽制となる。
40mmも口径があれば、格闘戦の斬り合いの際に至近距離から一連射しただけで、相手の頭部乃至メインカメラを容易に破壊出来るだろう。
瞬きほどの刹那の瞬間で片が付く近接格闘時において、一時的にメインカメラの映像が途切れるのは致命的な隙となる。サブカメラに直ぐ切り替わるとしても、その数瞬の隙を作り出せる武装があるだけで、どれだけ多くのジオン兵の命が助かるかわからない。
前傾姿勢で突撃する格闘時や、鍔迫り合いのような状態であれば、頭部機関砲の反動も機体の推力で相殺出来るに違いない。
そう伝えると、エメリッヒ技官も同じ公国の人間として兵の生還率を第一に考えたのか、食い入るように私の言葉に頷き、所々解れてしまっているひっつめ髪を掻き上げながら持っていた端末に真剣な表情でメモを打ち込んでいた。
さらに、あのヒートロッドと名付けられていた右腕の鞭状の固定武装についても苦言を呈した。
鞭のように振るう攻撃は、初動の隙が大きすぎる上に三次元的な操作が極めて難しく、熟練者でなければ下手を打つと自分自身の脚部を切り落としかねない。一般兵が扱う量産機としては、あまりにも持て余すのではないかという懸念を伝える。
こちらも初見殺しになる上に、至近距離で格闘中に相手の機動を封じるために使えるようにしたいのであれば、いっそのこと先端に錘となるアンカーを付けたワイヤーのような形状にして、腕から直線的に射出する方式にすれば、命中率も高く出来る。
その上で、そこから高圧電流を流し込めるようにすれば、相手のパイロットを感電させて無力化したり、いずれ戦場に出てくるだろう連邦の機体を無傷で鹵獲出来る可能性も出てくるはずだ。
そうなれば、さらにこの機体は格闘戦用の局地機として化けるだろう。
私の個人的な意見をすべて聞き終えたエメリッヒ技官は、深々と頭を下げる。それから、再び逡巡したあとに口を開いた。
「あの………」
「はい」
目の前のエメリッヒ技官からは、気不味いという感情とそれでも言わなくてはという感情がせめぎ合っているのが伝わってくる。なので、急かさずに言葉を待つことにした。
「…ナカノミヤ大尉、その……やはり、すみません、忘れて下さい。この度は度重なる無礼、申し訳ありませんでした」
肝心な言いたいことは、気不味い気持ちが勝ってしまい言えなかったようで、再度深々と頭を下げてからヨコハマベースの施設へと戻っていった。
この次期主力機コンペティションが最終的にどのような結果になるか分からないが、いずれにせよ公国に強い機体が開発されるのは良いことだ。
確かにツィマットが勝ち、ツィマット製のYMS-08Aが主力となれば、実家であるナカノミヤ家への政治的恩恵も大きく、個人的にも嬉しいし家としても歓迎である。
しかし、そもそもジオン公国がこの一年戦争に負けてしまえば、ツィマットやジオニックの企業間抗争など気にしている余裕すら無くなるのだ。
もし敗戦すれば、きっとこの二大企業は連邦によって解体されるか、吸収合併されるかのいずれかの末路を辿るはずだ。
そして、その時には公国を支持した我々サイド3の名家と呼ばれる家々は、悉く排除されているに違いない。比喩ではなく、文字通り物理的にだ。
マイ中尉から聞いた話では、今回のYMS-07Aは軍の上層部が出した「ザクⅡとの互換性五割」という要求項目を満たせていないらしい。
何もなければ、条件を満たしている08Aが通るかもしれないが、兵器としての完成度と現実的なコストと言う面に於いては圧倒的に07Aの方が高い。それに、白兵戦特化という機体設計のコンセプトが明確である分、使用する前線の兵士たちも迷わず使えるだろう。
一方のツィマット陣営はというと、主任技官は模擬戦で私が見せたホバー機動のデータ解析など、最近完全に別のことに集中してしまっており、既にこのコンペティションの勝敗などどうでも良さそうな雰囲気を漂わせている。
地球に降下して08Aの不具合が発覚して青ざめていた時と比べても、何か技術的ブレイクスルーの神髄に触れたかのように、狂気に満ちた別人のようになってしまっている。
共に着いて来ている他のツィマット社員たちも、主任と同じ熱に浮かされたような雰囲気を醸し出しており、企業としての切り替えが早いのか、それとも頭ツィマットという社風がそうさせるのかは分からない。そして、狂気のMADサイエンティストのような雰囲気を漂わせる集団となっているため、誰も近付きたがらない。
ともあれ、コンペティションに受かった機体がそのままキャリフォルニアベースで本格的に量産製造され、地球上の重力戦線全てに供給され始めることになるだろう。
確かにザクは優秀な万能機だが、広大な地球を制圧するには、一日でも早く地上環境に特化した専用機が作られるに越したことはない。
さて、キャリフォルニアベースから迎えに来るユーコンにYMS-07Aと08Aを搭載して、我々ごと北米まで輸送してもらう手筈になっているのだが、我々の待機状態は予想以上に長引いていた。
ブリティッシュ作戦によって引き起こされた地球規模の気象変動と大津波により、ヨコハマベースを見て分かる通り地球連邦海軍の主要艦隊と港湾施設はほぼ壊滅しており、太平洋の制海権は現在ジオンが完全に握っている。だが、いくら制海権があろうとも、悠長に巨大な潜水艦が海面を浮上航行などしているほどの余裕は無い。散発的に飛ばして来るデプロッグ哨戒機に見つかれば、空からの爆撃の的になるからだ。
潜航状態での移動となると、どうしても水上艦に比べて速力が出ないらしく*1、海中も滅茶苦茶になっているため、いつその迎えがヨコハマに到着するのか分からず、手持ち無沙汰な待機状態が続いていたのだ。
数日前、キャリフォルニアベースから入った定期通信で、潜水艦の到着には少なくともあと1日2日は掛かると判明したため、到着予定日の30日に戻って来れるように、私は少し足を伸ばすことにした。
ナカノミヤ家の地球に残して来た遠縁の分家が、現在ニホンのキョウトという古都にまだ存続しているという情報を得たので、無事を確認する意味も含めて挨拶に行って来たのだ。
行きはホンシュウの内陸部を通っているハイウェイを使い、特に問題なく移動できた。だが、帰りは太平洋側沿岸のハイウェイを使ってヨコハマへ戻るルートを選んだのだが、これが良くなかった。
ニホンは、ブリティッシュ作戦によって大気圏で三つに崩壊したコロニー残骸の内、太平洋に落着した破片による巨大な大津波の被害を、太平洋側沿岸全域に渡って直接受けていたのだ。
本来であれば機能していたはずの太平洋側のハイウェイは、波に抉られて途中で幾度も寸断されており、我々は仕方なく荒れ果てた下道を走ることを余儀なくされた。
一応私はジオン軍の将校なので、現地部隊から借り受けた運転手と護衛付きの軍用車両で移動しているのだが、ちょうどシズオカと呼ばれる地域に入ったところで、ジオン軍の野戦検問が存在しており、そこで一旦停車することになった。
歩哨に身分証を提示してチェックを受けている時、ふと視線を感じて車の窓の下を見た。
まだ十歳になるかならないかくらいの年頃の薄汚れた子供が、さらに小さい幼児の手を引いて、車の窓越しに私の顔をじっと見つめていることに気付く。
その検問のゲートの外には、見渡す限りの難民キャンプのような光景が広がっていた。配給待ちの列、走り回る痩せた子供たち、そして暗い表情をして焚き火を囲んでいる大人たちの様子が見えた。
「ああ、ここら辺りは大津波の被害が、少し内陸部まで及んだらしいのですよ。家を失った結構な人数の民間人が、着の身着のままで生活していましたので。それで我々がここを占領した際に、急拵えですが軍の物資を放出して、テント等を提供してこうなった次第です」
ちょうど身分確認を終えた歩哨の兵士が戻って来て、私に身分証を返却しながらそう事情を話した。
車の横で、ジーッと口に指を咥えたまま子供達がこちらを見て去らないので、歩哨が邪魔だと言わんばかりに手で押して退かそうとする。私はそれを手で制し、車から降りて少しだけ難民キャンプに寄ってみることにしたのだ。
我々ジオンは、地球連邦と独立のための戦争をしているのだ。作戦行動に伴う民間人の犠牲は付き物だし、大義のためとはいえ今更彼らに謝罪をしようなどという感傷的な気はさらさら無い。
だが、それでも我々が為した事*2の結果を直に見ることは、決して悪いことでは無い。いや、寧ろ最前線に立つ軍人として、そして上に立つ名門の人間として、その惨状を見届ける責任があるだろう。
「坊や、少しこの中を案内してくれないかしら。そうしたら、御駄賃をあげるわ」
「ほんとに!?わかった!」
小銃を持った護衛を一人連れて、二人の子供に手を引かれながら難民キャンプの中へと入って行く。外の道路からでは分からなかったが、実際に足を踏み入れると、一つの町と言って良いほどのすさまじい人数が暮らしていることが分かった。
かなりの人数だ。ざっと見渡しただけでも、一万人ではきかないかもしれない。
歩を進めるたび、周囲の大人たちからの重い視線が私の軍服に突き刺さってくるのを感じる。
我々スペースノイドにとっては、連邦の圧政からの独立のための大義ある聖戦であるが、地球に住む彼等からしてみれば、空からコロニーを落として日常を奪い、さらに軍隊を送り込んできた侵略者にすぎないのだ。歓迎などされるはずがない。
悪意、敵意、害意。視線で伝わって来る感情の波を直感を通さずとも、肌で感じられるのはざっとこんなものだ。
だが、一人として私に食って掛かる者は居らず、皆遠巻きに暗い目で見てくるだけであった。
銃を持った軍人に実力行使をしたところで、無駄に殺されるだけでなんになるのだという、深い諦観が感じられる。
近付いてくるのは、戦争の意味も深く理解していない子供達ばっかりで、彼等だけが無邪気に笑いながら私の軍服の飾りに興味を示している。
どこまで我が軍が食料を援助しているのか正確には分からないが、少なくとも目に見えて餓死しそうなほど飢えてはいなさそうに見えたのが、唯一の救いだった。
キャンプ全体は、物資が乏しいながらも驚くほど綺麗に保たれていると感じる。サイド3の貧困層が住まう3バンチ、マハルにもスラムや難民キャンプのような一角があるが、それを抜きにしてもマハルの方が圧倒的に淀んでいて汚い雰囲気だろう。地球の重力に縛られているとはいえ、彼らの…いや、ニホン人の持つ独自の規律やコミュニティの強さなのかもしれない。
奥に進むと、赤十字のようなマークを掲げた医療を提供している大きなテントがあり、どうやらジオン軍の施設ではなく、中立のNGOだかNPOが独自で開設したもののようだ。
一応、治安維持の護衛のつもりなのか、入り口に二人ほど小銃を持ったジオン兵が歩哨として立っている。
私の将校の姿を認めた兵隊二人が、慌てて背筋を伸ばし敬礼をして来た。
「大尉殿!」
「そのまま。ちょっと気になって立ち寄っただけなので、気にせず仕事を続けるように」
「はっ!」
兵士たちを下がらせ、医療テントの中を覗き込む。
「おねえちゃん、えらいの?」
案内してくれた小さい方の幼児が、私の手を引っ張りながら不思議そうに聞いてくる。私はふと口元を緩め、少しだけ偉いのだと言って、泥のついたその頭を優しく撫でた。
中に入ると、津波の被害に遭ったと思われる老人や、手足を失っている怪我人がちらほらと簡易ベッドに横になっており、薬品の匂いが漂っていた。
テントの奥の方には、診察室として区切られたスペースがあり、医者と思われる白衣の男と、少しやつれた感じの女性職員が一人、カルテのようなものを整理していた。
女性職員は私の将校服の姿を見ると、ハッとして医者と素早く目配せした後に、小走りでこちらに近づいてきた。
微かな緊張と恐れはあるものの、明らかな悪意は感じ取れない。護衛が間に割って入って止めようとするのを手で制すると、目の前に立った女性がおずおずと言った様子で口を開いた。
「あの……ジオン軍の、御視察でしょうか?私共、事前にお聞きしていなかったものですから、なんのおもてなしも出来ず……」
どうやら、軍の将校の視察がある時は、前以て通告をしてから来るのが通例らしい。
「私が通りすがりに急に来たものですから、お気になさらず。ところで、貴女のお名前は?」
「は、はい。カマリア・レイと申しますが……なにか?」
私が唐突に名前を聞き出したのは、他でもない。
彼女が奥の医師と目配せした瞬間に、私の直感が何らかの強い違和感を感じ取ったからだ。
「カマリアさんと呼ばせて貰います。元々のお住まいはどちらに?」
「さ、サンイン地方の方です。オカヤマ、分かりますか?」
「ええ、分かりますよ。ご家族は?」
家族という単語を出した瞬間、彼女の心がピクリと動揺するのがわかった。
「夫と、息子が一人……」
「そうですか。あの奥にいる医師の方が、旦那さんですか?」
「い、いいえ、違いますが……今、夫と息子は仕事で宇宙におりますので」
その言葉と、彼女から漏れ伝わってくる微かな後ろめたさの感情から、私はすべてを察し、ピンと来た。
なるほど、つまりあの医師とは不倫関係にある相手と言うわけだ。家族と離れ離れの時に戦争が起き、その後の過酷な環境で吊り橋効果のように惹かれ合ったのか、元々そういう関係だったのかは知る由もないが。
「なるほど、宇宙に……いまも、お元気ですか?」
夫と息子が宇宙に働きに行っているにも関わらず、妻であるカマリアが地球に居られると言うことは、少なくとも地球居住特権を持っている裕福な層か知識層であると言うことに他ならない。
まず間違いなく、夫は地球連邦政府かそれに連なる軍の機関、または企業の人間だ。
「えぇ……少し前に、息子の写真が送られて来ました。向こうで元気にしているみたいです」
「それは良かったですね。これだけ離れていれば、息子さんが恋しいでしょう」
「もちろんそうですが……今、向こうでどうやって過ごしているのか……」
そう言って、カマリアはスカートのポケットから大切そうに手帳を取り出して、中から一枚の写真を私に渡して来た。
「息子のアムロです」
「利発そうなお子さんですね。貴女に良く似ている。アムロくんでしたね、もし宇宙で会った時は、カマリアさんが会いたがっていたと伝えましょう」
写真を一瞥して記憶に焼き付け、返却しながらにこやかに息子を褒めそやかす。
予測するに、関係の冷え切っているであろう夫のことはともかく、アムロという息子に関してだけは、母親としての確かな愛情の念があるようだ。
「ありがとうございます。もし……もし息子に会うことがあれば、またお前の顔が見たいと伝えて下さると嬉しいですが……」
「必ずお伝えしましょう。ちなみに、どちらにご家族のお二人は行っているのですか?」
「……確か、サイド6だったか、サイド7だったか……申し訳ありません、詳しいことはあまり教えて貰えず」
流石に夫婦間でも情報統制はされているようだが、サイド6か7のどちらか。
どちらにしても、連邦の関係者が極秘裏に出入りしているというのは、少々問題があるかもしれない。
中立乃至、辺境のコロニーで何が行われているのか私にはわからないが、調べれば色々と厄介な情報が出て来そうではある。
「いえ、サイド6であれば中立地帯ですからね。縁があれば会うことも有りましょう。さて、お仕事中でしょうから、これ以上お邪魔にならない間に帰ります。カマリアさん、何か医療品等で入り用なものがあれば、外の歩哨に伝えて下さい。避難生活で、何かと足りないでしょうからね」
「あ、ありがとうございます……」
カマリアに別れを告げて、NGOの医療テントを後にした。
去る前に、入り口の歩哨に対し、可能な範囲で物資の融通を利かせてあげてほしいと言い含める。その際の費用や経費の請求は、第603技術試験隊専属護衛独立戦隊に宛てて欲しいと、この部隊の現地の上官にも伝えてもらうようにお願いした。
もちろん、下心はある。こちらを信用してくれれば、もっと口が軽くなるかもしれない。
その後、案内をしてくれた子供二人と、途中でワラワラと増えた子供達に、約束の小遣いとしてジオン軍の軍票と、キョウトで手に入れた甘い菓子のお土産を少し渡して、難民キャンプを後にした。
出発した車内で、私は助手席に座る護衛として借りて来ている第四地上機動師団の軍曹に、カマリア・レイという女性の素性を軍のネットワークで調べて貰えないかと尋ねる。
「何か、彼女に不穏な問題がありましたか?」
「いえ、少し気になったことがあっただけです。連邦側にいる夫が、向こうでどのような仕事をしているのか、とね」
「……了解しました。なにか分かりましたら、後日暗号通信でお伝えします」
カマリア・レイ。そして息子のアムロ。
中立のサイド6か辺境のサイド7にいるという連邦の技術者とその家族に、得体の知れない一抹の不安を覚えながら、私はヨコハマベースへと帰還した。
宇宙世紀0079年4月4日。
長い待機とキャリフォルニアベースへの移動を経て、我々は用意された大型のHLVに搭乗し、遂に大気圏を抜けて宇宙へと帰還した。
意外だったのは、本当にユーコン級の水中速力がとても速かったことだ。
あっという間にキャリフォルニアベースへと着き、あれよあれよという間に宇宙へと帰って来てしまったのだから。
HLVの打ち上げ軌道上での出迎えには、母艦であるヨーツンヘイムと、私の部隊であるヌエ戦隊のキメラ艦オキノトリシマがわざわざ出向いて来てくれていた。
無重力空間の懐かしい感覚に身を任せながら、我々を回収したヨーツンヘイムのブリッジへと向かう。すると、いつもは渋い顔をしているプロホノウ艦長が、大変珍しく嬉しそうに私とマイ中尉に近付いてきた。
「ナカノミヤ大尉、マイ中尉。良く無事に帰って来てくれたな。うむうむ、地上では実によくやってくれた」
何やら艦長としては、非常に喜ばしい出来事があったようだ。
隣のモニク大尉のもとにも挨拶に行っていたが、彼女はまたぞろ小煩いのが帰って来たと思っているのか、出迎えの笑顔が少し固い。
「何か、我々に良い報告があるのですか?」
マイ中尉が、プロホノウ艦長の浮き足立った様子からそう聞くと、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに艦長席に座り直したプロホノウ艦長が口を開く。
「少し前に、本国の技術本部より通信があってだな。次期陸上主力MSの選定が遂に終わったようで、我が技術試験隊の開発協力と評価試験への多大なる尽力が評価され、地上侵攻軍から感状が届くそうだ。フフフ……漸く、軍の上層部も我々第603技術試験隊の存在意義と働きを認めつつあるというわけだ。それと……ナカノミヤ大尉には少々残念な知らせになるが、君の乗ったYMS-08Aは採用されなかった」
やはり、要求要件を満たしていたとはいえ、兵器としての根本的なコンセプトと量産性の観点に欠けていた08Aは、コンペティションに負けたらしい。これでまたツィマットはジオニックの後塵に拝してしまったわけだが、今回はどうも仕方ないという気が、実は私もしてきていた。
ただ、ツィマット社としてはとんでもない騒ぎになっているかもしれないが…
あの主任技師のチームは、コンペの結果などもう気にしていなさそうではある。
「いえ、そのような気はしていました。悔いはありません」
「うむ。だが、大尉が去り際に残した助言で07Aの武装を大幅に改良した結果、『YMS-07B』という新たな試作機が急造され、そちらは現地のテストパイロット達や地上軍の上層部からかなりの好評を受けているらしいのだ。キャリフォルニアベースに残っているジオニックのアリシア・エメリッヒ技官から、人が変わったように『大尉に呉々も宜しくお伝えください』などと感謝の通信が届いたが……ナカノミヤ大尉、君は地上で一体何をしたのかね?」
艦長は大変不思議そうである。
私も、現場の軍人として実戦を想定し、思って感じたことを率直に言っただけなので、そんなに感謝されるような大したことをした覚えはないのだが。
「いえ、特には何も……。少しお話をしただけです」
「何もって、自分を何度もボコボコにして、トラウマ植え付けたじゃないっすか!」
横で聞いていたワシヤ中尉が、思わずと言った様子で悲痛な抗議の声を挙げた。
そのあまりに哀れな叫びに、マイ中尉とモニク大尉が堪えきれずに吹き出した。
「みんなして笑うなんてひどい!!」
ワシヤ中尉としたら全く不本意かもしれないが、あの日の情けないやられっぷりを思い出し、ブリッジ全体に和やかな笑いが広がった。
「ああ、もう一つ報告がある」
笑いが収まった後、プロホノウ艦長が声のトーンを落とし、真面目な顔で私の方に顔を向ける。
「宇宙攻撃軍司令部より、大尉に直接の出頭命令が降っている。よって、我々は本国のサイド3へ向かう前に、前線基地であるソロモンへ寄港することになった」
ドズル中将率いる、宇宙攻撃軍司令部への出頭命令。
地上での任務を終えたばかりで、あまり身に覚えのない呼び出しに一抹の不安を覚える。だが、何の用事か分からない以上、軍人として向かうしかない。
私は姿勢を正し、プロホノウ艦長へ力強い頷きを以て応えた。
「進路、ソロモンへ!」
ヨーツンヘイムが、プロホノウ艦長の号令と共にメインエンジンを震わせ、星々の海へ向けてその巨体をゆっくりと回頭させた。
ご高覧ありがとうございます。
第3章の最終話です。
冒頭は相変わらず茶番ですが、こちらはあったかもしれないではなく、この世界線のマイの手記になります。
因果関係は不明ですが、お酒は怖いですね。
さて、この世界線ではYMS-07Bは史実のB3型とほとんど変わらない状態で登場することになりました。
違いがあるとすれば、頭部には40mmバルカン砲が二門仕込まれ、外付けの三連装バルカン砲は口径が75mmから90mmに拡大されています。
これにより、対空目標への対処のし易さ、装甲貫徹力と射程距離が上がっています。
果たして、ガンダムは超至近距離から顔面に浴びせかけられる40mm徹甲弾に対して、ツインカメラとセンサー群を守り切れるんでしょうか…
メインカメラは頭頂部なんで平気そう。
それと、以前ご感想で頂いた案の内、カマリア・レイと会わせると言うものがありましたので、今回そちらを採用いたしました。
宇宙に戻るにはバイコヌール宇宙基地へ行くかキャリフォルニアベースに行くしかなく、製造ラインはキャリフォルニアベースにあるのでここに向かう以外の選択肢はない。それなら日本に寄らせてカマリアに会わせてみようと思った次第です。
そしてカマリア経由で、V作戦の足掛かりがなんとなくジオンに漏れてしまいました。
バタフライエフェクトが捗ります。宇宙でアムロと会った時が楽しみですね。(いつの時期なるか不明)
ちなみに、ヨコハマベースのモデルはガンダムが居た例の大黒埠頭です。
第3章もお付き合い頂き有難う御座います。
これで第3章は完結するわけですが、第4章は9月中の投稿になると思います。某オタクの祭典やそれに向けた準備等で8月はかなり忙しくなるので、執筆時間が取れるか不明だからです。
少し長いですが、また9月に皆さんにお会いできるのを楽しみにしております。
ちなみに、第4章は作品内日数の都合上ヒルドルブになると思います。よろしくお願いします!