技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
ちゃんと名前もつけたので、これからは準レギュラー扱いになると思います。奴はいい感じに、そして便利に使えるとも判断しましたのでね…(フフフ)
あと、今回は昨日より長いです。
宇宙世紀0079年4月15日
「またですか…」
特別義勇兵のパイロット6人を連日扱き上げ、まだ満足してはいないものの、一人前に片足を突っ込んだくらいには育ってきた頃に、再び厄介事が舞い込んできた。
やっと3機が揃って帰投する時に、互いの推進剤残量を確かめるようになったところなのだ。少し前までは、1機が余力を残している横で別の1機が帰るだけで精一杯になっていた。それを見て何度説教したことか。腕前以前に覚えてもらいたいことが多すぎて、私の方が先に喉を潰しそうだった。
それでも、言われたことを次には直そうとする者たちではある。機体が変わったばかりなのも承知しているので、訓練の手応えまでないわけではなかった。
その日は、戦隊旗艦オキノトリシマのブリーフィングルームで、ミナミトリシマの艦長を交えて今後の艦隊運動訓練について打ち合わせをしていた。
同じ艦型だからといって、2隻が指示通りに同じ動きをしてくれるわけではない。乗員が違えば、命令を受けてから舵を取るまでにも差がある。まして、片方は元連邦の艦艇乗組員が大半なのだ。艦長の意図を取り違えていなくても、部署へ伝わる途中で確認が入り、そこで数秒遅れることがあった。
いずれ慣れるにしても、その数秒を実戦で待ってもらえるはずがない。互いの射界を塞がず、ヨーツンヘイムを間に挟んで動くにはどうするかと、航跡図に線を引いていたところだった。
ヨーツンヘイムから急遽呼び出しが入り、何事かと連絡艇で戻ってみれば、軍の秘匿通信回線を使ってまで私を呼んだのは、数週間前に地上で別れたあのツィマットの主任技師だった。
もうこの時点で嫌な予感がしていたのだが、画面の向こうにいる中年の主任技師は、こっちの内心を知ってか知らずかニコニコとしている。
私は彼の顔を見て足を止め、それから近くにいたマイ中尉へ視線を向けた。中尉は気まずそうに目を逸らした。何の話なのか、既に聞いてしまったらしい。
「まさか、こんな近いうちにまた貴方の顔を見ることになるとは思いもしておりませんでしたよ。もう見ることはないと思っていたのですが、ヨーゼフ・アイヒマン主任技師」
『ナカノミヤ少佐、先日はどうも!それと、御昇進されたようで何よりです』
気付いていないのか、全く皮肉にも動じずにこやかなアイヒマン主任技師に、思わず顔が引き攣る。
「…それで、軍用回線まで使って本日は何のご用で?」
『ええ、ええ。それはもちろん他でも無い、ツィマットの新しい試作機が出来ましてね。今度は自信作ですよ!安心して下さい』
全く、これっぽっちも、1ミリたりとも安心出来ない。
あのYMS-08Aをどうにか動くようにするまで、こちらがどれだけ苦労したと思っているのだろうか。マイ中尉も整備兵たちも、試験の後に機体を囲んで問題の出た箇所を確かめ、そのたびに作業を増やされていた。乗っていた私だけが酷い目に遭ったわけではない。
その成果を使って何か造るのは結構だが、なぜ次も私を名指しするのか。ツィマットにも、他のテストパイロットはそこそこ居るというのに。
「何故私なのですか?他にもテストパイロットの方は居るでしょう。…例えばデュバル少佐とかクランベリー大佐*1であるとか、私よりも有名どころですよ?」
脳裏には、EMS-04ヅダをS型に魔改造している時に、大変生き生きとした良い笑顔を浮かべていた、イケてる中年男性*2の顔が思い浮かんだ。
私の機体にあれだけ手を入れておきながら、また別の試作機まで私に任せなくてもよいではないか。少なくともあの方々なら、機体の癖が強いからといって逃げ出すことはないだろう。
『ああ、その御二方は別件で立て込んでおりますよ。それに、ナカノミヤ少佐も本国では大変有名です。御謙遜なさらずとも大丈夫です』
なにがどう大丈夫なのかさっぱりわからない。
私も立て込んでいるのだが、そちらは考慮してもらえないらしい。実家がツィマットを支援しているとはいえ、私まで会社の都合で空けておく人員に数えないでほしい。
「こちらも新たに配属された部隊の訓練中です。前回と同じように、すぐに降りて来いと言われましても…」
最後まで言う前に、通信士が手元の端末へ新しい書類を回してきた。宇宙攻撃軍司令部からの命令書である。
私は一度画面を閉じかけ、差出元を確かめてから読み直した。宛名も階級も間違っていない。地上での試作機評価に従事せよとの命令であり、私が断れるような文面ではなかった。
相変わらず根回しが良い。思わずクラクラと眩暈がしてくる。
『そう言うわけなので、是非キャリフォルニアベースまでお越しください』
そう言うなり、主任技師は通信を切断した。
こっちの都合もマル無視で、そのあまりにも強引な所業にヨーツンヘイムのブリッジには沈黙が降りていた。
私は消えた画面をしばらく見つめた後、端末に残る命令書へ目を落とした。どうやら今度も、機体を見てから考えさせてもらうというわけにはいかないようだ。
「…マイ中尉。何か聞いていますか?」
「いえ、機体の詳細はまだ。前回の試験結果を反映したものだとは聞きましたが」
「それはまた、安心してよいのか困る説明ですね」
マイ中尉は答えに困ったように口を閉じた。彼を責めても仕方がないので、私は手を振って話を終えた。
また地球行きが確定してしまった。よりにもよって、ようやく自分の部隊を動かし始めたところである。これで戻った時に訓練前へ逆戻りしていたら、あの主任技師にも演習に付き合ってもらおうか。
しかし、決まってしまったものは仕方がない。
オキノトリシマへ戻った私は、途中になっていた艦隊運動の打ち合わせを再開する前に、まず自分が地球へ降りることになったと伝えた。
ガネバン中尉が眉を動かし、ミナミトリシマの艦長も手元の予定表を見た。私を含めて組んでいた訓練を、早速書き直さなくてはならない。2人に頭を下げる代わりに、私は命令書を卓上へ置いた。
「ご覧の通りです。降下の日程が決まり次第お伝えしますが、私がいない間も部隊は動かせるようにしておきます」
その日のうちに各種引き継ぎ用の資料をまとめ、特別義勇兵たちのために、やや甘めの訓練予定表*3を作成した。
私が相手をしなければ出来ない訓練は外し、僚機同士で繰り返せる課目を中心にする。射撃の命中率だけを上げても、母艦から離れたところで全機が推進剤を使い切っては困る。帰投分を残して動けるか、交代時に敵の監視を途切れさせていないか。採点する箇所も書き添えておいた。
そして、これまで戦隊の副長的な立場にあったガネバン中尉を、部隊最先任尉官として正式に副隊長へ指名した。私の不在中は彼が戦隊を指揮し、ヨーツンヘイムとの調整も任せることにする。
艦同士の運用については、私より彼の方がよほど頼りになる。これまでオキノトリシマを預けてきたのも、単に古株だからという理由だけではない。私が無茶なことを言っても、それを艦で実行するにはどうすればよいか考えてくれる人なのだ。
ただし、MS小隊の現場での指揮は、ライヒ中尉に持たせることにした。
ガネバン中尉を信用していないわけではない。艦を指揮する経験が、そのままMSを動かす判断に使えるわけではないというだけの話である。彼に慣れない仕事まで全部抱えさせ、間違えた後で私が文句を言うわけにはいかなかった。
その点は本人も理解しているようで、ライヒ中尉を交えた申し送りでも異論は出なかった。
「基本的には、ガネバン中尉が戦隊全体の方針を決めて下さい。ライヒ中尉はそれに沿って小隊を動かすこと。ただし、現場の状況から実行出来ないと判断した命令には、拒否権を認めます」
ライヒ中尉が顔を上げた。書きかけの筆記具を止め、隣のガネバン中尉へ一度視線を向ける。
「私の判断で、ですか?」
「ええ。例えば、推進剤の残りが足りないのに遠方への追撃を命じられた場合です。母艦の表示が更新されていなくても、乗っている貴女たちには分かるでしょう。帰れないと知りながら出て行く必要はありません」
「その場合は、こちらへも理由を知らせてくれ。出られないのであれば、艦の方を動かす必要もある」
ガネバン中尉が口を挟むと、ライヒ中尉は頷いて続きを書き留めた。
判断を任せるのは、彼に黙って好きに動いてよいという意味ではない。命令を変えるのであれば、何が出来ず、代わりにどうするのか伝えてもらう。通信する暇もない時は事後でも構わないが、母艦が知らないところへ小隊ごと消えられてはたまらなかった。
「貴女が見ているものは、艦橋から全部見えるわけではありません。ミノフスキー粒子があるのですから、その逆も然りです。判断に必要なことは、お互いに知らせて下さい」
「了解しました」
ライヒ中尉の返事には、少し力が入っていた。
私が指示を出し、彼女たちが従っている間は、最後に決める役を引き受けなくても済んだ。今度からは自分の判断で僚機を動かし、必要ならば艦長にも意見を言わなくてはならない。操縦が上達するだけでは、小隊長の仕事は終わらないのだ。
出来ることなら、もうしばらく私の目の前で経験を積ませたかった。しかし、地球へ降りる日をこちらの都合で延ばせるわけでもない。
申し送りが終わった後も、2人は訓練予定表を間に置いて話を続けていた。ガネバン中尉が哨戒の交代について尋ね、ライヒ中尉が3機をどう割り振るか説明している。
私は余計な口を出しかけて止めた。今から全部こちらで答えていては、何のために任せたのか分からなくなる。聞かれた時だけ答えることにし、隣で別の書類を片付けた。
とにかくナイナイ尽くしなのだ。工夫するしか無い。
宇宙世紀0079年4月17日
正式に私の地球降下は4月20日と決まった。
残された期間でライヒ中尉にMS士官教育で習う部隊の運用法を叩き込み、ついでに私を相手に実践させて問題点を洗い出しているうちに、2日が経ってしまった。
私を撃ち落とせないのは今のところ仕方がない。それより、目の前の敵に気を取られて護衛対象から離れてしまう方が問題だった。追えば当たりそうな距離までわざと近づいてやると、案の定、僚機を連れて追いかけてくるのである。
そこで反転して母艦へ向かえば、戻るために余計な推進剤を使う羽目になる。なぜ追ったのかと聞けば、少佐を逃がしたくなかったという。私は逃げてもよいからヨーツンヘイムを守れと、同じ話をまた繰り返すことになった。
もっとも、次の訓練ではライヒ中尉が先に僚機を呼び戻した。自分も旋回し、艦から離れすぎない場所へ戻って射撃を続けていたので、一応は覚えてくれたようだ。
その位置では私への命中率が落ちる。だが、私も艦へ近づくために小隊の射界を横切らなくてはならなくなった。これを、私が口を出す前にやれるようになってもらいたい。
帰投後にその話をしていると、ライヒ中尉は疲れた顔のまま熱心に聞いていた。隣で交代要員たちも映像を見ている。次は自分たちが乗る番なのだから、他人事ではないのだろう。
出発まであと3日というところで、マイ中尉が技術本部へ呼び出された。
どうやら、第603技術試験隊にも私がいない間の仕事が舞い込んだようだ。私を地上へ送り出している間に別の試験を済ませるつもりらしく、艦内では積み荷を入れ替えるための作業が始まっていた。
改修を終えたヌエ戦隊のザクⅠQ-2型は、訓練に合わせてオキノトリシマ級2隻の格納庫へ移してある。いつまでもヨーツンヘイムから発進させていては、護衛艦とMSが別々に動く癖が付いてしまう。母艦側の整備設備を借りる時はあっても、通常の発進と収容は自分たちの艦で行うようにしたのだ。
そのため、今ヨーツンヘイムの奥のラックに並んでいるザクは、ライヒ中尉たちの機体ではない。第三地上機動師団へ届ける補給機のザクⅠB型であり、周囲に積まれた弾薬や交換部品と共に地上へ降ろされるものだった。
A型を押しつけられた後でB型を見ると、妙に新しく見えてしまう。こちらも旧式には違いないのだが、少なくとも艦に来た時のライヒ中尉たちの機体より、外装はずっとまともだった。
そのザクの手前に、見慣れない巨大な機体が運び込まれていた。
長い車体の両脇に履帯があり、前方へ太い砲身が突き出している。戦車なのだろうが、普段見かける車両と同じつもりで眺めると大きさの感覚がおかしくなった。奥に立つザクの全高と比べても、砲身を含めた全長は2倍近くありそうだ。
搬入を誘導していた整備兵が車体の脇を移動すると、人間の方が模型のように見えた。機体を固定する作業にも相当手間がかかるらしく、床の係留箇所を確かめている者が何人もいた。
何より目を引くのは、1門だけ備えられた主砲である。
キャットウォークからでも、砲口の縁の厚みが分かった。これに見合う弾頭を撃ち出すのであれば、受け止める側の装甲も並のものでは済まないだろう。どんなMSであっても、まともに当たればひとたまりもない。
私は手摺りに手を掛け、機体の後ろ側を覗こうと少し身体をずらした。そこへ横から近づいてくる気配があったので顔を向けると、見覚えのない男性将校がこちらへ来ていた。
この機体と一緒に乗り込んできた者なのだろうか。整備兵へ道を空けながら近づく彼は、私の前で止まると格納庫へ目を向けた。
「YMT-05試作モビルタンク〝ヒルドルブ〟…コイツの名前だ。良い機体だろう」
キャットウォークの手摺りに寄り掛かりながら、彼はそう問いかけてきた。
私の返事を待つ間も、視線は機体の方にある。主砲から車体へと目を移す横顔は、初めて見る兵器を品定めしているという様子ではなかった。よほど馴染みのある機体らしい。
「ええ、きっと地上では猛威を振るいそうです」
「紹介が遅れたな。デメジエール・ソンネン少佐だ」
「アスカ・ナカノミヤ少佐です」
お互いに姿勢を正して敬礼を交わし、自己紹介をする。
ソンネン少佐は私の名前を聞くと、機体からこちらへ向き直った。顔を確かめるように見た後、得心した様子で頷く。
「おっと、貴官がかの有名な閃光の踊り子だったか。気付かず悪いな」
「いえ、そのような仰々しい二つ名はお気になさらず。あと、二度とその二つ名で呼ばないで下さい」
「お、おう…」
ソンネン少佐がたじろいだ。
何をそんなにたじろぐ事があるのか。私はただ、あの恥ずかしい呼び名を使わないでほしいと言っただけである。少なくとも本人を前にして口にするのは遠慮して頂きたい。
私が黙っていると、彼は何か言いかけてから口を閉じた。話が止まってしまったので、こちらから気を取り直して尋ねる。
「ソンネン少佐が、このヒルドルブのパイロットなのでしょうか」
「そうだ。俺は以前コイツに下された不当な評価を覆すために、もう一度乗りにきたって訳さ」
「…なるほど」
再び機体へ顔を向けた少佐の声には、先ほどまでとは違う力が入っていた。
不当な評価という言い方からして、前の試験結果には随分と不満があるのだろう。一度は量産を見送られた機体を、わざわざ地球へ運んで試す。それだけの手間をかける以上、軍の方も以前とは違う使い道を期待しているのだろうか。
私は砲身の先へ視線を移した。艦内では邪魔になりそうな長さだが、遮るもののない地上で遠方へ撃つのであれば、話は別である。
地球への降下作戦が始まってから、本国では連日のように占領地の拡大が報じられている。だが、補給を担当する者たちの話を聞く限り、前線は宣伝ほど順調ではなさそうだった。
進めば進むほど補給線は延び、占領地へ置いていく兵も必要になる。サイド3の人口だけで地球の広い土地を押さえ続けるのだから、現地の司令官が欲しがるだけの兵を送り込めるはずがない。
MSを1個小隊追加すれば済む仕事ばかりでもなかった。道を守り、橋を直し、物資を運ぶ車列に護衛を付ける。その全部にMSを出していては、今度は敵と戦う時に機体が足りなくなるだろう。
それでも、手持ちの兵器でどうにかしなければならない現場は、ザクに色々な仕事をさせるしかない。
そのための改修を各部隊が始め、地球攻撃軍や突撃機動軍でも必要な兵器を独自に手配していると聞く。似たような要求でも、窓口が違えば別の開発になるのだから厄介だ。私のいる技術試験隊へ次々に仕事が来るのも、その辺りの事情と無関係ではないのだろう。
地球攻撃軍全体の配分はマ・クベ中将の総司令部が考えるとしても、北米を預かるガルマ様のもとへ、必要なものが必要なだけ届くとは限らない。さぞ現地でのやり繰りに御苦労されていることだろう。
このヒルドルブが再び試される理由も、砲撃支援を必要とする前線の声にあるのかもしれない。少なくとも、あの主砲を見れば頼りたくなる気持ちは分かる。
「ですが、このヒルドルブはきっと地上では必要とされると思います。なにせ、遠距離砲撃が可能なMSや兵器が殆どありませんから」
「分かるか!」
ソンネン少佐がこちらへ顔を向けた。先ほど二つ名のことで引いていた様子はどこへやら、今度は身を乗り出さんばかりだった。
「ええ、地球連邦はビッグトレーやRTX-65を始めとして、大型火砲を搭載出来て且つ自力移動が可能な兵器が多数存在しますから。ジオンにもマゼラアタックがありますが…あまり良い噂は聞きません」
前線では、撃破されたりマゼラベースを失ったりしたマゼラトップから175mmの主砲を取り出し、ザクに持たせているという*4。砲そのものが無事ならば、車体を直すよりも手っ取り早く戦場へ戻せる。手持ちの機体を使い回せるのは、確かに便利な方法だろう。
ザクマシンガンだけでは手を出しにくい相手にも、それならば砲弾を撃ち込める。すぐに必要な火力を用意しろと言われれば、私も同じことを考えるかもしれない。
だが、そのためにMSを何機も射撃位置へ並べてしまえば、敵へ接近する部隊や護衛へ回す機体が減る。後方から撃つ専用の兵器があれば、その分ザクを別の仕事に使えるはずだった。
「マゼラアタックは砲塔が旋回しないからな…最初こそ、良い機体だと思ったんだが、市街地戦や遭遇戦ともなると61式相手では一方的だ。地上は我々の想定していた以上に厄介なようだぞ。だがコイツさえ量産されればきっと…」
そこまで酷いのか。
正面を向けて撃つだけならばよくても、横道から敵が現れるたびに車体ごと向きを変えるのは骨が折れそうだ。砲口を向けるまでの間に撃たれてしまうのであれば、どれだけ威力があっても使いづらいだろう。
私はヒルドルブの砲の付け根を見た。こちらも主砲が車体に埋まっているように見え、ここからではどこまで動くのか分からない。少佐があれだけ言う以上、何か違いがあるのだろうが、まだ説明を受けてもいない機体の構造を当てられるほど詳しくはなかった。
それでも、遠距離からビッグトレーを狙える砲があるというだけで、前へ出るパイロットの気分は違う。
相手の射撃を避けながら接近する役は、ザクでも私のヅダでも出来る。だが、こちらを狙って砲口を向けている敵に対して、背後からもっと大きな砲弾を送り込んでもらえれば、その間に詰められる距離は随分と増えるだろう。
私がその使い方を口にすると、ソンネン少佐は再び頷いた。
「MSだけで全部片付けようとしなければ、その方が早い場面もあると思うのです。敵の砲兵陣地へ向かうたびに、こちらが撃たれながら走るのも面白くありませんし」
少佐は短く笑い、ヒルドルブの主砲を顎で示した。私はその先端を見ながら、この艦で最初に使われたヨルムンガンドを思い出していた。
どれほどの威力があっても、敵がいるところへ撃てなくては意味がない。その敵の位置を知らせるために、私は前へ出たのだった。地上でも観測する者と撃つ者が必要になる点は変わらないだろう。
今度は砲の方も自力で動けるのだから、使いようは随分とありそうに思えた。
ただ、格納庫の中で眺めているだけの私が、量産を決められるわけではない。運ぶだけでもこれほど場所を取る機体なのだから、前の評価にも何か理由はあったはずだ。
それを承知で、ソンネン少佐はもう一度乗ると言っている。私は試験の予定を尋ねようとしたが、彼が手の中の小さなケースを開いたので、いったん口を閉じた。
少佐は取り出した粒を幾つか口へ放り込み、豪快に噛み砕いた。こちらの視線に気付いたのか、蓋を閉めかけた手を止める。
「…ドロップだ。食うか?」
「いえ、お気持ちだけ頂きます。私も地球降下なのですが、ソンネン少佐はどちらに?」
「俺か?確か23日に北米大陸のアリゾナだったはずだな」
少し考え込みながら、ソンネン少佐はそう言った。
アリゾナといえば、私が降下するキャリフォルニアベースのある地域の隣だったはずだ。近いとはいっても、宇宙の艦内で通路を渡るような距離ではないのだろうが、試験の内容によっては私もそちらへ行くことがあるかもしれない。
どうせまた無理をさせられるのであれば、地上に知り合いが増えるのはありがたい。少なくともこの人なら、試作機に乗せられる者の苦労も分かってくれそうだった。
「私は20日にキャリフォルニアベースに降下予定ですので、現地でもしお会いしましたら、是非お酒でも一杯奢らせて下さい」
「おお!そいつは良いな!ハハ、楽しみに待ってるぜ」
少佐はケースをしまい、機体へ向かって手を上げた。下にいた整備兵が彼を呼んでいたらしい。これから搬入した機体の確認があるのだろう。
私もいつまでも格納庫で話しているわけにはいかなかった。端末にはライヒ中尉から、次の訓練の準備が出来たという連絡が入っている。
ソンネン少佐とはそこで別れ、私は再度ライヒ中尉たちを扱きに出掛けた。今度は護衛対象を置いて私を追い回さないでくれればよいのだが。
宇宙世紀0079年4月20日
「では、ナカノミヤ少佐、行って参ります」
窓の外に青い地球が見えているヨーツンヘイムのブリッジで、私は出発前の挨拶としてプロホノウ艦長に敬礼した。
地上へ持っていく荷物は既に纏めてある。命令書と身分証、ノーマルスーツに着替え。前回と同じように戻って来るつもりではいるが、何日で済むのかは分からないので、艦に残す仕事は出来るだけ片付けておいた。
最後まで机に残っていたのは、ライヒ中尉たちの訓練記録だった。書き足そうと思えば幾らでも注意点が出てくるので、昨日のうちにガネバン中尉へ渡してしまったのである。
「無事に戻って来れることを祈っているぞ。少佐が居なければ、私の茶飲み相手が副長だけになる」
「むさい中年だけでは華がないですからな」
「フフフ、言うではないか。だがまぁ、そう言うことだ」
プロホノウ艦長の冗談に、クリューガー副長が笑いながら返した。
どちらも私がいなければ困るような人ではないのだが、そう言って送り出してもらえるのは悪い気分ではなかった。帰って来た時に座る場所があると思えば、少しは地上へ降りる気にもなる。
「戻りましたら、またお茶に付き合わせて頂きます。私がいない間に、良い茶葉を飲み尽くさないで下さいね」
「ともあれ、少佐なら何事もなく帰って来ると信じている」
「ありがとうございます」
私はもう一度敬礼し、ブリッジを後にした。
外の通路ではモニク大尉が待っていた。手には小さな包みを持っており、私を見ると差し出してくる。受け取ると、思っていたよりも軽かった。
「持って行きなさい。向こうへ着いてから食べればいいわ」
「わざわざ用意して下さったのですか?」
「貴女、また試験にかかりきりになるのでしょう。食事を抜いて倒れられても困るもの」
私をどういう人間だと思っているのだろうか。反論しようとして、試験前の打ち合わせが長引けば確かに食事を後回しにすることもあると思い直した。
包みを手荷物へ挟もうとすると、モニク大尉がその手を止めた。
「そこへ押し込んだら潰れるわよ」
「…では、大事に持って行きます」
彼女は満足したように頷いた。こちらの襟元を一度見てから、今度は何も直さずに手を下ろす。人事部から借りた軍服で戻ってきた時のことを思い出したのか、口元が少し緩んでいた。
「今度は帰って来る時も、そのくらい身なりを整えてきなさいね」
「私だって、好きであの格好をしていたわけではありませんよ」
笑いながら言い返すと、彼女も笑った。別れ際に無事を祈る言葉をもらい、私は包みを抱え直してハンドレールを掴む。
ところが、その先ではマイ中尉が待っていた。手元のケースを見て、今度は何を渡されるのかと身構えてしまう。
「前回の試験記録です。向こうにも送ってありますが、少佐の手元にもあった方がよいかと思いまして」
「ああ、ありがとうございます。今度も同じところで躓かれたら、これを見せればよいのですね」
「出来れば、そうならないことを願っています」
マイ中尉は真面目な顔で答えた。彼にとっても、苦労して纏めた報告書が読まれていなかったなどということになれば面白くないだろう。
こちらは薄い記録媒体なので、軍服の内側へ収めた。モニク大尉の包みよりは、多少押し込んでも問題がなさそうだ。
「少佐も、機体に不具合があれば早めに伝えて下さい。動かせるからといって、そのまま試験を進められては困りますので」
「分かっています。私が動かせたというだけで、完成したことにされても困りますからね」
それを聞いて、マイ中尉はようやく少し安心した顔になった。こちらのこともだが、技師たちが何を言い出すかまで心配していたらしい。
再会の挨拶を交わして先へ進むと、今度は食堂で顔を合わせる女性クルーたちに呼び止められた。なぜ私の通る場所をそんなに正確に把握しているのかと思えば、出発時刻を聞いて待っていたという。
最近仲良くなったハンナ・カリーナ技術中尉*5が先頭に立ち、小さな袋を差し出してきた。
受け取る前に中身を尋ねると、地上へ持って行って困るものではないとの返事だった。彼女とは食堂で色々と話すようになったが、時折こちらの返答を待たずに熱心な説明が始まることがある。今ここで長話になっては乗り遅れかねない。
「続きは戻ってから、ということでよいですか?」
「ええ。お待ちしていますから、ちゃんと帰ってきて下さいね」
袋の持ち手を指に掛けたところへ、別のクルーがお守りを渡してきた。どこへしまうか迷っていると、横から小さな包みまで追加される。
ありがたいのだが、こちらの手は2本しかない。片手に荷物、もう片手に頂き物を纏めた結果、通路を進むためのハンドレールが掴めなくなってしまった。
見かねたハンナ中尉が荷物の一つを持ってくれ、結局乗り込み口の手前まで付き添ってもらうことになった。降下前からこれほど世話になっていてよいのだろうか。
どうにかHOTOLへ乗り込み、座席のそばへ荷物を固定する。潰すなと言われた包みだけは、他の物の下に入らないよう置き直した。
乗員に確認されながらベルトを締めたところで、ようやく両手が空いた。私は背もたれに身体を預け、出発前なのにひと仕事終えたような息を吐いた。
ライヒ中尉たちにも、ガネバン中尉たちにも挨拶は済ませてある。
今朝の最後の申し送りでは、ライヒ中尉が自分から訓練中の注意点を確認してきた。昨日までに何度も話したことではあったが、私がいなくなる前に聞いておきたかったのだろう。私は一つずつ答え、判断に迷った時にはガネバン中尉にも相談するよう伝えた。
彼女が頷いたところで、口に出しかけた次の注意を飲み込んだ。出発間際に増やしても覚えきれないし、こちらがいつまでも不安そうにしていては、任される側も落ち着かない。
あとは、彼らを信頼して部隊を任せる他ないのである。
やがてHOTOLはヨーツンヘイムを離れ、地球へ向けて降下を始めた。
窓から見えていた艦が遠ざかっていく。あちらには私のヅダも残してきた。地上でまた試作機に乗ることになると思うと、今からでも引き返して自分の機体を持ち出したくなるが、そうもいかない。
私は窓から目を離し、持ち込んだ端末で命令書をもう一度開いた。読んでも新しい情報が増えるわけではなかった。試験予定と現地での連絡先を確かめた後、画面を消して固定具へ戻す。
降下前の注意が機内へ流れた。緩んだ荷物がないか確かめ、私は膝の上で手を組んだ。
しばらくすると、機体の振動が座席へ伝わり始めた。最初は小刻みだった揺れが次第に強くなり、窓の外が赤く染まっていく。大気圏に入ったのだ。
操縦しているパイロットは慣れたもので、姿勢や降下経路の確認にも声が乱れない。その落ち着いた声を聞いていれば大丈夫だろうと思うのだが、身体の方は簡単には納得してくれなかった。
2度目ということもあって、最初の降下に比べれば余裕はある。それでも、機体が揺れるたびにベルトへ力が掛かり、窓の外を見ていると目の前がちらついた。
私は少し顎を引き、背もたれへ頭を預けた。妙な姿勢で耐えて首を痛めるより、その方がよいはずだ。息を吐き直したところで、前方から何か声が聞こえた。
聞き取ろうとしたが、言葉の形になる前に遠ざかってしまう。
次の瞬間、座席に押し付けられていた身体がふっと軽くなった。
窓の赤い光が滲み、機内の壁も計器もその中へ溶けていく。気付けば視界全体に極彩色の光が広がり、私はあの不思議な空間に1人で漂っていた。
手を伸ばしても、先ほどまで触れていたベルトがない。足元を探しても床に届かなかった。しかし、落ちているという感覚もない。
まただ。
そう思ったところで、向こうから近づく影が見えた。褐色の肌をした少女が、前回と同じようにこちらを見ている。
私には名前も分からない相手なのに、彼女の方は私がここにいることを少しも不思議に思っていないようだった。声を掛けようと口を開く前に、その言葉が届く。
『貴女のニュータイプ能力は、前と比べても成長したようね』
「ニュータイプ…?何故ジオン・ズム・ダイクンが提唱した概念がここで…私がそれだと?」
人類の革新。宇宙へ出た人間が変わっていくという話は、私も知っている。
だが、それと今ここにいる私とが、どう結び付くというのだろうか。自分の勘が他人より鋭いことも、人の感情が分かることも、既に否定出来なくなってはいた。それを一言でニュータイプと呼ばれても、何が分かったことになるのか理解出来なかった。
『ニュータイプは存在するわ。ただ、人はそこまで分かり合える生き物ではないだけ。普通の人より感覚が鋭いだけなの』
「言っている意味が分からない。確かに私は人の感情が分かるけど、分かり合えるとは一体…」
戦場で敵の恐怖を感じたからといって、撃たずに済むわけではない。こちらに殺意を向ける者へ何を言えばよいのか、その答えまで一緒に届くこともなかった。
少女は、私が何を知りたいのか分かって話しているのだろうか。そう尋ねようとした時、彼女の姿がぐらりと揺れた。
近づいていたはずなのに、急に距離が開いていく。私は腕を伸ばしたが、指先は何にも触れなかった。
「待って!まだ答えを貰っていない!」
『この世界の私が、あの人に会うのが少し早くても良いかもしれない。前は失敗したけれど、ここには私の知らない貴女がいる』
彼女は一体何を言っているのか。
私に話しかけているはずなのに、その言葉は私を通り越して別の誰かへ向けられているようにも聞こえた。あの人とは誰だ。何に失敗したのだ。聞きたいことが増えるばかりで、何一つ答えを貰えていない。
『私はララァ、インドにいるわ』
ようやく名前を聞けたと思った途端、少女の姿が白くほどけた。
羽ばたきが見えた。先ほどまで人の形をしていたところに白鳥がいて、翼を広げながら虹色の向こうへ遠ざかっていく。
私はその姿を追おうとしたが、どうすれば前へ進めるのかも分からなかった。伸ばした手の先から光が薄れ、代わりに何か硬いものが指へ触れた。
ハッと気付いた時には、HOTOLの座席に座っていた。
指が掴んでいたのはベルトの縁だった。握り込んでいた手を開くと、掌に折り目が残っている。機内には乗員の話す声があり、先ほどまでの激しい振動も収まっていた。
窓の外に目を向けると、雲の切れ間から北米大陸が見えた。私が何をしていたかに関係なく、降下は続いていたらしい。
あの少女はララァと名乗り、インドにいると言っていた。
今、インドはジオンの第四地上機動師団によって制圧されており、デリーはオデッサや北京と並ぶ、ユーラシア大陸の大規模活動拠点の一つとなっている。現地へ問い合わせること自体は、不可能ではないだろう。
私は内ポケットへ手をやり、端末を取り出しかけて止めた。
何と問い合わせればよいのだろうか。
ララァという名前の褐色の少女を探してほしい。年齢も住んでいる都市も分からず、顔について説明しようにも、あるのは私の記憶だけである。画像があるわけでもなければ、所属や家族の名も知らない。
インド亜大陸は広い。人口も多く、戸籍がまともに整備されていない地域もあると聞く。その上、今は戦争中なのだから、以前の住所にそのまま住んでいるとも限らなかった。
軍の窓口へこんな依頼を持ち込んだら、まず私が何のために彼女を探しているのか聞かれるはずだ。その説明の方が、捜索よりも難しいかもしれない。
大気圏突入中に不思議な場所で会った少女だと正直に言えば、医務室へ行くよう勧められても文句は言えなかった。私自身、他人からそんな話を聞かされたら、まずその者が疲れていないか確かめると思う。
だが、あの場所で感じたことを、ただの夢だったと片付ける気にもなれなかった。少女の言葉は、今もはっきりと思い出せる。自分の感覚がおかしいと悩んでいたところへ、彼女はそれを知っているように話しかけてきたのだ。
見つければ、今度こそ何か教えてもらえるのだろうか。それとも、またこちらの質問を置き去りにして、好きなことだけ言っていなくなるのか。
そもそも、仮に探し出せたとして私にどうしろと言うのだろう。
あの人に早く会うかもしれないと言っていたが、私にその手伝いを頼んだわけでもない。名前と居場所だけを残されたところで、受け取ったこちらには判断のしようがなかった。
私は端末を取り出すのをやめ、膝の上に手を戻した。窓の外を眺めても、北米の地面からインドにいる少女の答えが見つかるはずはない。
「少佐、キャリフォルニアベースが見えました」
HOTOLのパイロットの声に、私は顔を上げた。
考え込んでいるうちに、随分と高度が下がっていたらしい。彼が機体を傾けてくれると、窓の外に宇宙港を含む広大な基地施設が見えた。
滑走路の線が幾本も伸び、その脇に格納庫が並んでいる。前回ここから宇宙へ戻った時には、しばらく見ることもないと思っていた景色だった。
また帰ってきてしまったのだ。
ララァのことも分からないままだが、こちらには既に行き先も仕事も決まっている。窓の向こうのどこかで、あの中年主任技師が新しい試作機を用意して待っているのだろう。
私は手元の荷物を確かめ、マイ中尉から渡された記録媒体に触れた。今度こそ、これを取り出して同じ不具合の説明をすることにならなければよいのだが。
あの上機嫌な顔を思い浮かべるだけで、また頭が痛くなってきた。
長文のご高覧ありがとうございます。
長げよホセ…というツッコミは無しでお願いします。
キリが悪いので、ツラツラと書いていたら14500文字ですよ…
たしか、ちょうどコミケの前あたりに書いていたと思います。(寝不足で死ぬかと思ったのは気のせい)
今回は結構長い回が多めですので、読み辛いかも知れませんが残りもどうぞよろしくお願いします。
ようやくヒルドルブとソンネン少佐を登場させられました。
まぁ、本格的に絡むのは章のお尻から三話分なんですが…(ドウシテ)
主役をある意味乗っ取られたと言うかなんと言うか…全部主任技師が悪いんです!本当です!
ちなみに、地上行きの際に沢山荷物を渡されてしまうのは、原作漫画のマイ中尉のオマージュです。
その時のモニクは可愛い。
ヨーツンヘイムでやおい本が流行っているかどうかは、ザクスキーの妄想設定ですので悪しからず…
……でも、狭い艦内にいつも見る顔、一つ艦の中何事も起きないはずも無く…
あとは、これまた前回出演のコズミック悪霊さんですね。
ララァは次の章で関わってくる…はず
また明日もお会いしましょう。
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登場させるとしても大分先になりますが、ジークアクスのキャラを出すのはアリかナシか。(出るならニャアン)
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アリ
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ナシ
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どっちでも良い
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早く書け