技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
宇宙世紀0079年4月某日
何を書いているのか分からないと思う。私も、まだ分かっていない。
だが、これは記録しておかなければならない。私の記憶が風化しない間に…
昼過ぎ、右舷格納庫からの帰りだった。
通路で整備兵2名とすれ違った。名前は伏せる。聞くつもりもなかったが、狭い通路である。声は嫌でも耳に入った。
「今度来た少尉、可愛いよな」
「だよなあ。この艦、まともな女っていないからさ」
「おい、特務大尉も女だろ!」
「アレがぁ?まさか!ハハハ!」
……いや、これは書き方が良くない。
私は何も面白いとは思わなかった。少なくとも、声には出していないつもりだった。
ちょうど曲がり角へ差し掛かったところである。ハンドレールを掴んだまま、ほんの少し、口元が緩んだ。それだけだ。クスリ、という程度の音は出たかもしれないが、あれは息が漏れただけである。
次の瞬間だった。
背後で、ドコッ、という音がした。
続いてバキッと、硬いものが硬いものに当たる音。
人の声は、しなかった。悲鳴も、抗議も、何もない。ただ、二度、重い音がしただけである。
艦内で異常な音がすれば、原因を確認しなくてはならない。断じて好奇心ではない。
私はそっと引き返し、曲がり角から顔を出した。
通路の中ほどに、キャディラック特務大尉の後ろ姿があった。
右手に、パイプレンチを握っていた。整備班の工具箱に入っているものと同じ型のものだ。どこから持ってきたのかは分からない。
その向こうで、先ほどの整備兵2名が重なったまま宙を漂っていた。
何を言っているか分からないと思う。私も分からなかった。
何があったのかはきっと明白なのだろうが、聞きに行かねばならないと思ってはいた。それなのに、掴んだハンドレールから手が離れない。
特務大尉の肩が、ゆっくりと動いた。
振り返ろうとしている。
気がつくと、私は壁を蹴っていた。
そこから先のことは覚えていない。途中で誰かとすれ違った気もするが、顔は見ていない。自室の扉を閉めてから、しばらく息が整わなかった。
その後、あの整備兵たちを見ない気がする。
そんなことはないだろうから、たまたま会えていないのだと自分を説得することにした。
とても怖かった。
宇宙世紀0079年4月20日
「これがそうですか…」
キャリフォルニアベースのツィマット専用格納庫で、私は目の前に置かれたMSを見上げていた。
まず目に入るのは、ヅダにも見れるツィマット特有の十字のモノアイレールを持った頭部である。横に走るレールの中央から上下にも溝が伸びていた。その下に繋がっている胴体は、胸部装甲を見る限りグフのものだろう。
ところが、両腕はザクのものらしい。胸と肩の辺りを見比べると、別の機体から持ってきたことがよく分かる。今回もまた、幾つもの兵器を繋ぎ合わせて1機に仕立てたようだ。
腰にはザクやグフ、私のヅダよりも随分と大きなスカートが取り付けられており、その下から伸びる脚が、さらに妙な形をしていた。
膝から下がフレアー型の大きなカウリングに覆われ、足首に向かって広がっている。遠くからなら、釣鐘を2つ並べて履かせたようにも見えそうだった。両脚の間にどれだけ隙間があるのか気になり、私は少し横へ歩いて覗き込む。
こんなに太くして、まともに歩けるのだろうか。
08Aでも、最初は脚の内側が干渉して歩きづらかったのだ。流石に同じ失敗を繰り返してはいないと思いたいが、あれよりさらに大きく見えるものを前にすると、不安にもなる。
私の隣で、アイヒマン主任技師が両手を広げた。白衣の下で腹が一拍遅れて揺れる。
「ええそうです!今回は自信作ですよ!YMS-08Bです!」
「……YMS-08……Bですって?」
私の隣で両手を広げたままの主任技師が、満面の笑みを浮かべて頷いた。
この男、いま目の前のMSをYMS-08Bと言わなかっただろうか。聞き間違いか?いや、そんな事はない。後ろに控えている技師たちも、当然のような顔をしている。
確かに、私が乗って酷い目にあった08Aとは似ても似つかない。ザクの腕を使っていることを除けば、全く別のMSと言っても差し支えないだろう。
本当にアイヒマン主任技師の言う通り、ツィマットの自信作と信用しても良いのか?あの落下死保証書付きの機体に乗った記憶は、まだ十分に新しい。
「そうですとも!08Aで得られた所見と、少佐が我々の前で披露したあのホバー移動、それらを組み合わせて新規に作成したMSです。これが量産されれば、脚関節の負担がグッと少なくなり移動も早くそして強力な武装を高速移動しながら使えるのですよ!……08Aであそこまで戦って見せた少佐なら、この08Bも必ずや上手に使って頂けるでしょう。そう、私は確信しております」
ニコニコ顔から急に真面目な顔になり、主任技師はそう宣った。隣の技師が口元を押さえたが、何がおかしかったのかは聞かないことにする。
私が上手く使えればよいというものでもないと思うのだが、主任技師はもう説明を続ける気満々だった。
ともあれ、主任技師が言う通りなら、この08Bはホバー機ということになる。
今、地上へ降りているジオンのMSにはない特徴だ。あの太い脚も、歩くためだけに付いているわけではないらしい。機体を浮かせ、そのまま地面を滑るように移動出来るのであれば、見た目ほど鈍重ではないのかもしれない。
敵の襲撃を受けた拠点へ増援を送る時や、離れた部隊同士で戦力を融通する時には、移動の速さがものを言う。地球攻撃軍が広い戦線を抱えていることを考えれば、使いたがる指揮官は幾らでもいるだろう。
もちろん、MSだけ先へ進めても補給が追い付かなくては困る。それでも、いま守っている範囲を同じ機数で素早く移動出来るなら、部隊の運用には余裕が出来るはずだ。
いや、余裕が出来たと思った途端に、もっと遠くまで守れと言われる可能性もある。現に私も、宇宙からここまで呼び戻されたばかりである。
機体が速くなった分、乗っている者が戦場から戦場へ盥回しにされるのかもしれない。善し悪しは紙一重だ。
「上手く使えるかどうかは分かりませんが、まずは乗ってみるしか有りませんね」
「ええ、是非気に入るはずですよ!」
「…はぁ」
何処からそんな自信が湧いて来るのかと思いつつ、私は渡されたノーマルスーツ*1を抱えて更衣室へ向かった。
着替えを済ませてから、機体解説を受けるためにブリーフィングルームへ入る。外の人間に画面を覗かれないよう、扉を閉めると格納庫からの音も随分と遠くなった。
大型モニターには、先ほどのMSの透視図が映し出されていた。腰と脚に詰め込まれた機構を見て、私は座る前にもう一度画面へ顔を向けた。
なるほど、あれだけ膨らむわけである。外から見た時に持て余しそうだと思った空間は、図面の上では随分と窮屈そうだった。
主任技師は私の前へ端末を置き、説明を始めた。
「YMS-08B、仮称ドム試作実験機。ナカノミヤ少佐の08AとYMS-07Aの模擬戦で得られた所見から、ホバー移動を前提として試作されたMSになります。ここは先ほど述べた通りですね。ジェネレータはグフの物を流用し、定格1,034kWを発揮します。推進器は大型バックパックと腰部スカート及び脚部に搭載された複数個の熱核ジェットエンジンによって機体を僅かに浮かばせ、平面に於ける360度の高速移動を実現させております。最高速度は時速250km、計算上は連続10時間の駆動が可能としています。武装は専用に開発されたヒートサーベルとMS用バズーカB2、ザクマシンガンやヒートホークと言った既存兵装も使用可能です」
グフのジェネレータとザクの腕を使い、既存の武装も扱える。それで時速250kmを出しながら10時間も動けるというのだから、聞いているだけのスペックは中々に良い。
08Aでは移動中も推進剤の残量が気になって仕方がなかった。敵のところへ着く前に燃料切れ、などという心配をしなくて済むのであれば、それだけでも随分な進歩である。
主任技師は図面を切り替え、ホバー用の推進器と姿勢制御の説明を続けた。スロットルを戻しても、その場でぴたりと止まるわけではない。向きを変える際も、機体の正面と移動方向を別々に考える必要があるという。
私は減速に使う操作と、通常の歩行へ戻す手順を確かめた。自分で08Aを浮かせて動かした時と違い、今回はそのための操作が用意されている。いちいち推力をやり繰りして姿勢を保たなくても済む部分があるのは助かる。
「実際に乗ってみるまで、本当にそのカタログスペックが発揮出来るのか分かりません。早速やってみましょう」
私は少しだけ期待しつつ、ブリーフィングを切り上げて格納庫へ戻った。整備兵の案内で胸部まで上がり、開いていたハッチから08Bのコックピットへ滑り込む。
胴体ごと流用されているので、中はグフのものだった。ただ、操縦桿や主要なスイッチの位置には、ザクに乗っていた頃の見覚えがある。
グフは機種転換の際にパイロットが混乱しないよう、基本的な操作系をザクⅡから引き継いでいる。私も宇宙にいる間にグフのシミュレーターを使っていたので、手を置く場所に迷うことはなかった。
同じ操作でも、腕の振りや踏み込みの速さは機体によって違う。その応答を知っていることは、胴体や駆動系を流用した08Bでも多少は役に立つだろう。
コンソールの端には、ホバー用に増設されたスイッチが並んでいた。そこだけ手書きのラベルが貼られており、完成品のグフに後から付け足したことがよく分かる。
ハッチを閉じると、格納庫のざわめきが途切れた。
シートとベルトの位置を直し、主電源を入れてシステムを確認する。表示が順に立ち上がり、始動前の点検項目が全て正常になったところでジェネレータを始動させた。
背中越しに低い振動が伝わってくる。ヅダで聞き慣れたものとは違い、胴体の奥から響くような音だった。やがて出力が安定すると、始動時の振動は弱まり、計器の数値も所定の範囲へ収まる。
「機体を出します。離れなさい」
外部スピーカーで告げると、周囲にいた整備兵たちが機体から離れた。接続が解除されたことを確認し、私は操縦桿を静かに倒す。
最初の1歩は、足元のカメラを見ながら踏み出した。
右脚が前へ出る。腰がその上へ移り、続いて左脚が持ち上がった。心配していたカウリング同士の接触はなく、機体は真っ直ぐ進んでいる。膝を曲げた時も内側の装甲が擦る様子はなかった。
少し歩幅を変えても引っ掛かる様子はなく、08Aの時のように機体が左右へ振られることもない。ただし、速くはなかった。重い脚を持ち上げてから次の足を出すまでに、いつもの感覚より間がある。前へ進もうとしても機体がのんびりと応じるので、思わず操縦桿へ余計な力を入れかけた。
私は操縦桿を握り直し、のんびりとした足取りの08Bを格納庫の外へ出した。
『少佐、周辺にはかなりの風が発生しますので、格納庫の扉が閉まるのを待ってから熱核ジェットエンジンを始動してください』
ちょうど、例の手書きラベルが貼られたボタンに指を掛けたところだった。
私は動きを止め、さっと手を引っ込めた。危ないところである。
50t近くある機体を持ち上げるのだから、その排気でどれだけの風が起こるか。後ろにはまだ人も機材もあり、格納庫の扉も開いていた。機体の動かし方ばかり気にして、周囲へ目が回っていなかったらしい。
モニターの中では整備兵が扉の脇へ下がり、ゆっくりと閉鎖が始まっている。その間に、私は少し先の広い舗装面へ目を向けた。垂直離着陸機のための場所らしく、今は機体も置かれていない。
「あちらの空いている離着陸場まで歩きます。そこで始動して構いませんか?」
『ええ、そこなら問題ありません。周辺の立ち入りを止めますので、そのまま進んで下さい』
許可を受け、私は08Bを歩かせた。
周囲に人間も車両もいないことを確かめ、離着陸場の中央で足を止めた。今度は通信で始動を告げてから、スイッチを押す。
少し甲高い駆動音が響き、足元を映すカメラの中で砂埃が外へ走った。
機体が持ち上がる。脚を伸ばしているわけではないのに、床面と足の裏の間が開いていった。私は思わずペダルを踏み直しそうになったが、そのまま様子を見る。
1mほど浮いたところで、上昇は止まった。地面を踏んでいた時の揺れが消え、機体はその場に留まっている。
足元を支えているものが見えないのは、少し落ち着かない。機体を僅かに傾けてみると、それに合わせて各部の噴射が変わり、再び姿勢が戻った。
『では少佐、実験場へ移動して下さい』
軽くスロットルレバーを押し、ペダルをほんの少し踏んだ。
登録されているモーションに従い、08Bが膝を曲げて前傾する。次の瞬間には舗装面が後ろへ流れ始め、私はすぐにペダルを戻した。
思っていたより速い。
歩いていた時の鈍さが頭に残っていたせいか、同じ機体とは思えない反応だった。少し動かすつもりで入れた操作が、こちらの予想以上の移動になっている。
さらに困ったことに、ペダルを戻してもまだ前へ進んでいる。
説明を聞いて分かっていたはずなのに、つい歩行中と同じ感覚で操作してしまった。私は減速側へ入力し、前方に余裕があるうちに速度を落とす。
停止させたところで、離着陸場の端の線が思ったより近くに来ていた。これは基地の中で慣らすには、いささか行儀の悪い機体かもしれない。
今度は小さく入力して、反応を待つ。止まる時も早めに減速し、機首を向けた先へすぐに滑っていくとは思わないようにする。
案内された経路は幅があったが、曲がり角の向こうには格納庫や設備が見える。ここで擦ったりぶつけたりしたくはなかったので、私は慎重に噴射を調整しながら実験場へ向かった。
到着した実験場は、08Aの時に使った草原よりも随分と手が込んでいた。
機体がすっぽり隠れる高さの盛り土に、背の高いコンクリート塀。その間を縫うように通路があり、ところどころに塹壕まで掘られている。開けた場所には撃破された61式戦車などの残骸が置かれ、射撃用の標的になっていた。
地図を表示させると、奥には傾斜の違う坂や、凹凸を付けた区画もある。これなら、真っ直ぐ走って撃つ以外の試し方も出来そうだ。
標的の番号札が手前から奥へ並び、その間を観測機材が向いていた。08Aの時に使ったあの草原よりも、かなりちゃんとした実験場である。
私は機材から離れた場所へ機体を寄せ、管制室からの指示を待った。
『まずは、少佐の好きに動いて下さい。その上で、頂いたフィードバックからブラッシュアップして完全な形にしたいと考えております』
「了解、少し慣らし運転をしましょう」
この手の新機構を備えたMSは、専用のモーションパターンが揃っていないことが多い。基本動作は用意されているものの、足りないところはパイロットがマニュアルで補うしかないのだ。
まずは真っ直ぐ走らせてみよう。
実験場はかなり広い。私は地図上で進路の先に何もないことを確認し、スロットルレバーを思いっきり倒した。
08Bが前傾し、徐々に加速していく。そこでペダルを蹴飛ばしてスラスターを全開にすると、さっきまでとは比べものにならないGが身体に襲いかかってきた。
シートへ背中が押し付けられる。腕を動かそうとしても重く、息を吸うのに少し力が要った。私は顎を引いて姿勢を保ち、流れていく地面と速度計を交互に見た。
速い。
遠くに見えていた標的が、見る間に脇へ迫ってきた。機体の両側へ砂が噴き上がり、その向こうで番号札が次々に後ろへ消えていく。
速度計は、説明で聞いた時速250kmを既に超えていた。まだ上がるのかと思っているうちに、350kmほどで数値の動きが鈍くなる。
私は前方の余裕を確かめてから、通信を開いた。
「アイヒマン主任技師。最高速度は時速250kmではなかったのですか?350km出ていますが」
『ええ、250kmは巡航時の上限です。先ほどの稼働時間も、その条件での数字になります。全速であれば、今出ているくらいは計算しておりますよ』
「それは、先ほど一緒に説明して頂きたかったですね」
大変ややこしい。限界を超えて暴走しているのかと思い、少し肝を冷やしてしまったではないか。
前傾姿勢の深さも速さに関係するようで、上体を少し起こすと速度の伸びが鈍った。私は姿勢を戻し、今度はスロットルを少し絞って反応を確かめた。
推進剤の消費は、08Aの時よりもかなり緩やかだった。
ホバーを維持する熱核ジェットは周囲の大気を使えるので、機体を動かすたびに全てを推進剤の噴射で賄う必要がないらしい。加速用のスラスターを吹かせば残量は減るが、ジャンプしただけでゲージを大きく削られた時とは違う。
あれと比べるのは間違いかもしれないが、ワシヤ中尉の07Aと戦った時より、明らかに長く動けそうだった。
私は進路の先にあった戦車の残骸を目印に、機体を左へ向けた。モノアイの正面では景色が回るが、足元はそれまでの方向へ流れ続けている。そのままでは標的の外側を大回りすることになるので、横へ噴射を加えて進路を曲げた。
シートの側面へ身体が寄せられ、ベルトが肩に食い込む。ようやく標的が一定の位置に留まり、08Bはその周囲を回り始めた。
思っていたより大きな円になってしまった。ザクなら踏み出す足を変えるところだが、地面を踏んでいない08Bにはそれが出来ない。胴体だけ標的へ向けたまま、脚は外へ流れていく。
私は速度を落とさずもう1周し、今度は手前から横へ推力を掛けた。番号札が前より近いところを通り過ぎ、盛り上がった排気の砂煙が戦車を呑み込む。そのまま機体を起こし、回っていた勢いを使って次の通路へ抜けた。
これは、思ったより使いやすいかもしれない。
通路の先へ足元を流しながら、胴体だけを脇の標的へ向ける。さらに反転して後ろ向きに走らせても、脚を踏み替える間は要らなかった。宇宙で機体の向きだけを変え、敵へ銃口を向ける時の感覚に少し似ている。
左右へ機体を振るたびに、標的と塀がモニターの中を入れ替わる。最初は余計に吹かしていたスラスターも、今は短い噴射で進路を変えられるようになっていた。
高速移動の終わりや、武器を構え直す一瞬を狙われても、この横滑りを使えば同じ場所には留まらずに済む。敵の射撃を見ながら下がり、撃ち返したところで別の方向へ抜ける。地上でそれが出来るのは、なかなか面白そうだった。
その代わり、狭い場所で止めるのは面倒だ。
私は塀の切れ目を通り、反対側の影へ機体を収めようとした。手前で速度を落としたつもりだったのに、思った場所を行き過ぎて肩が塀の端から出てしまう。
慌てて反対へ動かすと、今度は必要以上に下がった。これが実戦なら、隠れたつもりで身体を晒している間に撃たれていたかもしれない。
結局、最後はホバーを切って接地し、歩いて塀へ寄せた。細かな位置取りはこの方が早い。あれだけ速く走っておいて、最後の数歩だけノロノロと歩くのも妙なものだが、仕方がないだろう。
急ぐからといって全速走行中に足を着ければ、脚や足元の推進器を傷める恐れがある。試作機を急停止させるために地面を掘り返した、などという報告は今のところ書きたくなかった。
再び浮上すると、今度はそのまま凹凸のある区画を走り抜けた。低い起伏を越えるたびに足元の噴射が変わり、排気に削られた砂が斜面を転がり落ちる。
窪みを抜けた先で機体を左へ流し、すぐに右へ押し戻した。脇腹がシートへ押し付けられ、吐いた息が喉に引っ掛かる。前方の塀が迫ったところで上体を捻り、その端をかすめて開けた場所へ飛び出した。
速度を戻して次の標的へ向かう間に、計器の残量表示へ目をやる。08Aに比べれば随分とましだが、流石にこんな動かし方を続けていては推進剤も減るようだった。
「しかし、想定していた通り最高速度を維持していると、推進剤の消費が著しいですね。このままだと、稼働出来て3時間くらいでしょうか」
計器の推移を見ながら言うと、通信の向こうで少し間が空いた。
私は走り方を変えず、次の標的の外側へ機体を流した。旋回を終える前に上体を向け直すと、今度は余計な揺れもなく次の進路へ入れる。
『…ナカノミヤ少佐、一般兵はそんな連続高G下での高速機動なんてできませんよ。つくづく思うのですが、少佐は昔のサブカルチャーのサイボーグやら改造人間じゃないですよねぇ?普通の人間なら、とうの昔に気絶していると思うのですが…』
「失礼な普通の人間です!」
女性に対してなんと失礼なことを言う男なのだろうか。好きに動いてよいと言ったのはそちらではないか。
一通り内心で憤っていたが、ふと、ここへ来る前にララァとかいう少女が私はニュータイプだと言っていたのを思い出す。
それが私のように勘が鋭く、人の感情が分かる人間を指すのであれば、確かに普通ではないのかもしれない。しかし、あの少女はGのことまで説明してくれなかったし、私は人間をやめたつもりもない。
私はベルトの食い込んだ肩を僅かに動かし、通信機へ顔を向けた。
「全く…それで、機動試験はこれで良いとしても、次は何をしますか?」
『次は武装を使って、射撃及び近接格闘試験です。本来であれば、新型の大型バズーカの開発が間に合う筈だったのですがね。予想以上に我々機体側の開発速度が早く、今回は間に合わなかったのでB2での試験になります』
「分かりました。ただ新しいのは大型というくらいですから、口径が違うのでしょうし、同じように取り回せるのかは其方で確認して下さい」
『ええ、ええ。存じております。それよりも、少佐!早くその人外っぷりを見せて下さい!』
淑女に向かって人外っぷりとは。この男、何処まで失礼なのか。
今に見ていろと黒い感情を腹の底へ押し込め、私は指定された受け渡し場所へ向かった。トレーラーの台車には、細く長い直剣タイプのヒートサーベルとMS用バズーカB2が載せられている。
ホバーを止めてから近づき、周囲の作業員が退いたところで腰を落とした。腕を伸ばし、まずバズーカを掴んで持ち上げる。
やはり宇宙とは違い、武装の重さがそのまま機体へ掛かってきた。
08Aよりジェネレータ出力が低いので、少しもたつくかと思ったが、意外にも腕は滑らかに上がる。グフから流用した流体パルス伝達系がよいのか、武器を保持する動作は08Aより素直だった。
砲身を右肩へ載せても、機体が大きく傾く様子はない。私は左手で支える位置を変え、砲口を左右へ向けてみた。
続いてヒートサーベルを左手で持ち上げた。ヒートホークのつもりで引き寄せると切っ先が台車へ近づき、私は肘を開いて持ち直す。
赤熱する前の刀身は細く、根元から先まで真っ直ぐに伸びていた。手首を返してみると、先端は思ったより遠くを通る。使い慣れた斧の間合いまで近づかなくても、これなら相手に届くだろう。
ここから先は、機体を滑らせながらMSの腕を動かす専用のレバーも扱わなくてはならない。進路を変えつつ武器を振るうのだから、操作は一気に忙しくなる。こちらの動作は基地のコンピュータで記録しているので、後で使える形にしてもらうことになるのだろう。
かつて教導機動大隊がMSの戦い方を作っていた時も、こんなことを繰り返していたのだろうか。
シャア少佐や黒い三連星たちが動かし、その記録から他の者にも使える形を作る。自分が後から覚えた動作にも、誰かが実機で試した順番があったはずだ。
全く、本来なら戦技教導の専門家に任せたい仕事なのだが、ここには私しかいないらしい。私は手元の操作系を確かめ、武器を持ったまま再び機体を浮かせた。
「どれ、これの威力も試してみましょうか」
ザクの残骸が塀の切れ目に立っている。その先には戦車や装甲車の標的が散らばり、場所によっては手前の土塁に半分隠れていた。
私はバズーカを右肩へ落ち着かせ、ヒートサーベルの切っ先を少し外へ向けた。最初の相手はあのザクだ。今にもマシンガンを持ち上げ、こちらを撃ってくるものと見立てる。
私はスラスターを全開にし、最初のザクへ向かって突貫した。
正面から近づくと、標的が手にしている銃の向きがはっきり見える。あれが動くものとして、こちらへ砲口を振るならどちらが早いか。私はその方向へ一度機体を寄せ、すぐに反対へ横滑りさせた。
ザクを正面に捉えたまま、脚部の排気で砂を巻き上げる。視界の端が薄茶色に曇ったが、標的の位置はもう分かっていた。塀の端をかすめて進路を変え、相手の側面へ回り込む。
ヒートサーベルの刀身が赤熱している。
私は左腕を引き、機体の正面をザクへ向けた。そこから脚部の推力を加え、すれ違う際に胸部のコックピットへ切っ先を突き入れる。
刃が装甲へ触れた瞬間、腕の動きに抵抗が掛かった。機体はまだ進んでいるので、そこで腕を固めたままにしておくと標的へ引かれる。私は胴体を捻り、進行方向へ刃を抜くように横へ薙いだ。
切り開かれた胸部から、赤く焼けた装甲片が落ちた。
脇を通過する間に刀身が抜け、標的の胸には横一文字の裂け目が残っている。裂け目の下で外装が折れ曲がり、内部の配管ごと垂れ下がった。機体を止めて刃を押し込まずとも、これだけ深く切れるのか。
『ザクを一瞬で…!』
外野が煩いが無視する。
既に破壊されて回収された残骸なので、切り裂いた胴体から爆発が起きる様子はない。だが、実機ならばコックピットか周辺の駆動系を壊したところで、戦闘を続けられなくなるはずだ。完全に両断するまで刃を押し込む必要はなかった。
私はそのまま横へ滑り、左腕を引き寄せながら右肩のバズーカを次の標的へ向けた。
向こう側に、もう1機のザクの残骸が見えた。
今度は距離がある。私は照準の中心へ胸部を重ね、移動を続けたままB2の引き金を引いた。
肩へ掛かった反動に合わせて腰を支え、噴射を僅かに変える。機体が上を向きかけるのを抑えたところで、飛んでいった弾頭が標的へ吸い込まれるように着弾した。
爆炎がザクを包み、上半身が見えなくなった。
煙の下に残ったのは脚だけだった。元々傷んだ標的とはいえ、これだけ壊れれば命中したかどうかを確かめる手間もない。
私は砲口を下げずに左へ流れ、塀の切れ目から見えた戦車へ続けて撃ち込んだ。弾着の砂煙が上がる頃には、もう次の区画へ向かっている。
土塁の向こうには、砲塔だけが覗いていた。
その手前で機体を沈め、脚を伸ばす動きに補助スラスターを合わせる。土塁を低く飛び越え、開けた視界の中で砲口を下げた。戦車の上面へ弾を叩き込むと同時に左脚側を吹かし、機体を斜めに降ろす。
足が着く前に熱核ジェットの排気が地面を叩き、爆発で舞い上がった砂を押し広げた。08Bはその中を滑り抜け、隣に置かれた車両へ迫る。
私は腰を落としてヒートサーベルを振り下ろし、上から車体を圧し切った。沈んだ装甲の縁が刀身を挟み、左腕へ重さが掛かる。手首を返して引き抜くと、反対側の外板が大きくめくれた。
その先には、肩の装甲を失ったザクが立っている。私は車両の残骸をかすめて回り込み、下から斬り上げた刃を胸部へ通した。左肩の付け根から装甲が割れ、ザクが支えを失って後ろへ傾く。
倒れる機体の陰からバズーカを撃ち、さらに次の標的へ進む。剣を振った上体を戻しながらペダルを踏む足に力が入り、私は足元の噴射を短く切り替えた。
遠い相手にはバズーカ、近い相手にはヒートサーベル。撃っては滑り、斬っては抜けるうちに、モニターの端から端へ景色が流れていく。正面を向いていた標的が脇へ回り、次の瞬間には背後で崩れた。
1か所、ヒートサーベルを抜く際に左腕が残り、次の射撃へ移るのが遅れた。
バズーカの照準が標的の外へ流れる。私は撃つのをやめ、機体を横へ滑らせて刃を引き剥がした。そのまま半周余計に回り、ようやく向け直した砲口から弾を放つ。
面倒なところで引っ掛かってくれたものだ。標的が爆炎に包まれるのを横目に、私は次へ向かった。
残っている標的を地図で確かめ、私は最後の区画へ機体を向けた。
バズーカの弾倉が空になったので、塀の陰を滑り抜ける間にヒートサーベルを背へ戻して交換する。砲身を肩へ寝かせ、塀の端から突き出さないようにして新しい弾倉を押し込んだ。
装填を終え、開けた場所へ出た。
離れた標的を撃ち、残る1つへ向かって加速する。私は左手にヒートサーベルを抜き直し、腕を大きく振りかぶらずに切っ先を前へ向けた。最後は機体の勢いをそのまま乗せた刺突で、標的の中央を貫く。
抜き取った刃を引き寄せ、通り過ぎたところで減速した。
大小合わせて30近くあった標的を全て破壊するまでに、3分掛からなかった。
土煙の向こうに倒れたザクの脚が見え、さらに奥ではバズーカを受けた車両が燃えている。私は武器を持ったまま停止位置へ戻り、ようやく操縦桿を握る手の力を少し抜いた。
「ざっとこんなものですか」
それでも、もう少しタイムは縮められたと思う。
あそこでヒートサーベルが引っ掛からなければ、標的の周りを余計に回らずに済んだ。戻って映像を見る時に、まずそこを確かめておこう。
私は計器へ視線を落とした。推進剤こそ減ったものの、警告は出ていない。さっきから武器を振り回していた左腕も、素直に動いてくれる。
ここまで付き合ってくれたのだから、少なくとも08Aよりは信用してよさそうだった。
『ナカノミヤ少佐!大変素晴らしいデータが取れました!得られたデータから、新しいモーションパターンを幾つも作れそうです。これで兵器としての汎用性は更に上がるでしょう!』
「途中でヒートサーベルを抜くのにもたつきました。あそこは後で、腕の動きと進路を合わせて見ておいて下さい」
『ええ、確認しておきます。少佐の入力も取れていますから』
主任技師は別の技師へ何か指示を出し、それから思い出したように話を続けた。
『ああ、お伝え忘れていましたが、その機体には技術本部で新たに開発されたAAMC*2という装置が組み込まれています。これによって、少佐が様々なモーションを取ることで、より洗練された動きをコンピュータが学習して以降のMSに反映されることになりますから、どんどん人外機動を取ってくださいね!!』
この男…まだ人外とか言うのか…。
抗議しようと口を開きかけたところで、通信の向こうの声が急に小さくなった。
『ククク……これなら第二の連中も……』
最後まで聞き取れない。何かを考え込んでいるようだが、こちらへ話しかけているわけでもなさそうだった。
それよりも、今まで聞いていた説明とは少し違うものが混じっていなかっただろうか。私は通信を切られる前に聞き返した。
「基地側で記録を取っているのとは別に、機体にもその機能があるということですか?」
『そうです。基地との通信が出来ない場所でも、機体側で記録と学習を続けられます。戻ってから取り出せますので、こちらの観測が届く範囲に居続ける必要はありません』
基地へ記録を送っていることは知っていたが、機体単独でもそこまで出来るとは思っていなかった。ミノフスキー粒子下でも記録が残るのであれば、持ち帰って使ってもらえるわけだ。
そんな大それたものが搭載されているとは驚きだが、これが勝利に繋がるのであれば是非に及ばず。たとえこの試験中の短い間だとしても、なるべく乗り続けるしかない。
私は実験場を見回した。倒れた残骸ばかりで、もう動くものは土煙くらいである。
こちらが近づけば逃げ、撃てば避ける相手が欲しい。ヒートサーベルを受け止められたところからどう動くかも、案山子では試せないのだ。
「…であるならば、実際に稼働するMSと戦った方がより良いですね。手配して下さい」
『お任せ下さい!』
通信機の向こうから、随分と機嫌の良さそうな声で返事が来た。
さて、やる事がたくさんあることは良い事である。私は次の相手が来るまでに、もう少しこの横滑りへ慣れておこうと、武器を持ち直した。
ご高覧ありがとうございます。
冒頭、前回入れ忘れた茶番劇からお送りしました。
彼ら2人は無事、紐なし宇宙遊泳をしているところを保護されました。
本人たちは記憶がないと供述しておりーーー
はい、主人公に渡された試作機はYMS-08Bでした。
YMS-07C-5どこに消えたんだと言うお話ですが、そちらは別の設計局がとあるMS開発のために作って技術実証試験をしています。
当作の設定では、アイヒマンはツィマットの第一設計局で、後々にドムを輩出する予定です。EMS-04を作ったのもここです。
あとは第二第三と続き兵装開発局があって、設計局の枠組みを超えたところにある局外でEMS-10を設計中って感じですね。
ちなみに、今回主人公が最高速度を超えて350km出したのを見て、アイヒマン達は裏で「そんな筈なくね…こわっ」ってなってます。
描写はしてませんが、なんか少佐勘違いしてそうだから、そのまま押し切っちゃえ!みたいな話にもなってます。
それと、いろいろ調べて初めて知ったのですが、ジオン版の教育型コンピュータあったんやって事ですね。しかも、量産機に普通に搭載されてたのかよって。まぁ、連邦のものに比べたら性能は幾分低かったのかも知れませんが…
皆さんのご感想等お待ちしております!
登場させるとしても大分先になりますが、ジークアクスのキャラを出すのはアリかナシか。(出るならニャアン)
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アリ
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ナシ
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どっちでも良い
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早く書け