技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
宇宙世紀0079年4月22日 22時30分
キャリフォルニアベースの滑走路には、夜になっても機体を誘導する灯火が途切れることなく並んでいた。
格納庫を出た08Bの前を給油車が横切り、その後ろを整備兵を乗せたエレカが追いかけていく。こちらに気付いた運転手が慌てて速度を落としたので、私は機体を止めて先に通した。足元の誘導員が振る灯火を頼りに歩く間も、管制の回線では出発待ちの航空機が順番を争っている。
ちょうどその中に、アリゾナの物資集積所へ向かう輸送部隊がいた。相次ぐ襲撃を受け、喪われると困る軍需物資から優先して後方へ引き揚げるという話になったらしく、急遽作戦行動中の部隊から再編して輸送部隊を組んだようだ。
そのため、滑走路の片隅では物資引き上げに従事するファット・アンクル数機が既にローターを回し始めていた。
「こちらツィマット出向中のナカノミヤ少佐です。北米方面軍の特務につき、アリゾナ方面へ向かう輸送部隊に繋いでもらえますか」
行き先さえ合えば、これほど都合の良い話はない。私は輸送中隊長に目的地と08Bの重量を伝え、機体ごと相乗りさせてもらえないかと頼んだ。
出発間際に余計な仕事を増やすのだから、多少渋られることは覚悟していたのだが、返答は意外に早かった。往路はどちらにせよ空荷であり、MS一機を載せるくらいはなんでも無いという。
機内格納庫の扉が開き、機内誘導員がこちらへ向けて誘導灯を振る。
私は礼を述べ、誘導灯に従って機体を機内格納庫へ進ませる。
キャリフォルニアベースからアリゾナ州南部まで自走すれば、いくらプロペラントタンクを装備した08Bでも移動した分だけ推進剤を使う。
行った先で補給を無心するのも心苦しいものがあるし、そもそも着いた先に補給拠点が残っている保証すらないのだから、運んでもらえる分だけ戦闘に回せる余裕が増えるのは大きい。
機内格納庫の天井には、MSを立たせたまま保持するための握り手が設けられていた。私は指定された位置へ08Bを進め、腕を伸ばして握らせる。作業員が機体を固定して退くと、すぐにハッチが閉まり始めた。夜の滑走路が細い隙間の向こうへ消えていく。
離陸に備えて機体の関節をロックし、私は補助シートへ目をやった。ミアは膝の上に端末を載せ、画面を見つめたまま肩を固くしている。端末には08Bの機体図が表示されていたが、先程から同じ箇所を開いたままだ。
「ミア、ベルトは苦しくないですか?」
「だ、大丈夫です。ちゃんと締めました」
ミアは留め具を引っ張り、また膝の端末へ目を落とした。
急造の補助シートは、身体の小さいミアを収めるだけなら何とかなる。しかし私が操縦桿を動かすたびに肘を引かせるような配置では、長時間座っているだけでも疲れるだろう。
本来は存在しないものなので座り心地が悪いのは仕方無いが、技官連中に一度この席に座らせて砂漠を横断させてみたいものだ。
そんなことを考えているうちに床から伝わる振動が変わり、背中がシートへ押し付けられた。ファット・アンクルが浮き上がったのだ。
ファット・アンクルの巡航速度はマッハ0.7*1。キャリフォルニアベースから今回の目的地までは約400kmで、飛行時間だけなら30分も掛からない。
私は地図を呼び出して輸送機の向かう第45物資集積所と、ソンネン少佐が降下する予定の第67物資集積所を確認した。両者の直線距離はおよそ50km。ここまで運んでもらえれば、あとは08Bの足で十分だ。
隣ではミアが端末を閉じ、両手で抱えるようにしている。休めるうちに目を閉じなさいと言うと、彼女は頷いて背もたれに頭を預けたが、着陸態勢に入るまで眠った様子はなかった。
私も地図を眺めながら、敵が次にどこを襲うかを考え続けていた。狙われた拠点を線で結んでみたところで、その先に敵がいるとは限らない。
指先で表示を動かしているうちに着陸の連絡が入り、やがて機体を固定した床が重く揺れる。どうやら目的地に着いたらしい。
年間降雨量の少ないアリゾナ州南部にある第45物資集積所は、荒野に設けられた簡易的なVTOL機離着陸場と大気圏降下カプセル、露天集積所に兵舎となる仮設施設を並べた拠点だった。
開いたハッチの向こうで兵士たちが待ち構えている。簡易固定を外してもらい08Bを降ろすと、入れ替わりに輸送車が格納庫へ寄せられた。しかし車上のコンテナを移す段になると人手が足りないようで、誘導役まで荷役を手伝うために走り回っている。
護衛のザクⅠまで荷役に加わろうとしていたので、私はそのパイロットを呼び止め、外周の警戒を続けてもらった。
タダで載せてきてもらった身で、その様子を眺めながら立ち去るのも気が引けた。私は荷役を指揮している兵士へ声を掛け、08Bで積み込みを手伝うことにする。
コンテナを持ち上げるだけなら造作もない。面倒なのは機内の指定位置へ下ろす作業で、機体の足や腕、指先を格納庫の縁にぶつけないよう、私はカメラを切り替えながら少しずつ腕を伸ばした。
兵士が手を上げれば止め、左右を示せば数十cmずつ動かす。こういう時ばかりはAAMCにも頼れない。
最後のコンテナを下ろすと、下から誘導していた兵士が額を拭って大きく腕を振った。私は機体の空いた手を軽く上げて応え、離陸の邪魔にならない場所まで機体を退かせる。
『少佐、助かりました!御武運を!』
「ここまで助かりました。何処に敵が潜んでいるかも分かりません、そちらも気を付けて」
『了解!』
ファット・アンクルは砂を巻き上げて離陸し、回頭するとキャリフォルニアベースへの帰途についた。遠ざかる機影を見送ってから、私はミアを連れて集積所の通信施設へ向かう。
輸送機の音が遠のくにつれ、拠点が急に小さく感じられた。周囲に並ぶ物資の数に対して兵士が少ない。出入口の警備を担うザクⅠは、こちらへ敬礼している間も背後の荒野へ視線を走らせていた。
通信室に入り、衛星を介したレーザー通信でキャリフォルニアベースを呼び出す*2。
元より、我々がアリゾナへ到着した時点で、司令部から全物資集積所へ状況確認の連絡を入れる手筈になっている。私は到着を報告し、通信兵の横で返答を待った。
少し離れた机の上に置かれている地図には物資集積所の番号が振られ、既に襲われた二つには線が引かれていた。
ミアはそれを見ていたが、通信兵が受話器を取り直すたびに顔を向ける。私も平静を装って腕を組んでいたものの、壁時計の針が進む遅さには苛立ちを覚えずにいられなかった。
10分ほどして、通信兵が手元の用紙へ番号を書き付けた。その数字を確かめるように復唱し、こちらを振り返る。
「方面軍司令部より、第38物資集積所の応答が無いとのことです。再呼び出しにも応じないと言っています」
第45から北へ80kmほどの位置だ。
通信機の故障であってくれれば良い。だが、そう願って待っているわけにもいかないので、私は現地へ向かう旨を方面軍司令部へ伝えてもらい、08Bへ戻った。
ミアは無言で後に続いてくる。補助シートに座ると、今度は私に言われる前に端末を固定し、ベルトを締め直した。
「全員殺されちゃってるんですよね…」
集積所の灯火が背後へ消えた頃、ミアが不安気に尋ねてきた。
ホバーの出力を上げるにつれて地面が速く流れ始める。私は前方の起伏を避ける進路を取りながら、声を落として答えた。
「…ええ、これまでに襲われたところでは、今のところ生存者は居ないわね。念入りに抹殺されていますよ」
出撃前に見せられたルッグンの航空偵察写真が頭に浮かぶ。
61式にでも轢き潰されたのか、地面へ押し付けられて人の形を失った兵士。火に巻かれたらしい黒焦げの遺体や、爆発で身体を引き裂かれた者もいた。写真を切り替えても、無事な人間は一人も出てこなかった。
その中に白旗を握ったまま倒れている兵士がいた。布は血に染まり、腕は身体から離れるように伸ばされている。旗を掲げたところを撃たれたのか、それとも倒れた後も手放さなかったのか。私は説明する士官の声を聞きながら、その手ばかりを見ていた。
地球連邦軍は、南極条約をなんだと思っているのだろうか。武器を置いた相手を殺さずに済ませるために交戦規定を結んだのではないのか。
勝ちさえすれば条約違反など揉み消せる。そんなつもりで旗を握った兵士まで撃ったのであれば、とんだ傲慢である。出会った時には、奴ら自身に条約の大切さを身をもって思い知らせてやらねばなるまい。
操縦桿を握る手に力が入り、機体がわずかに進路を変えた。私はすぐに修正したが、隣のミアは小さく息を呑んでいた。
「で、でも、南極条約があるんじゃ…」
「本当であればね…負けている側にとっては、そんなものを後生大事に守って負けるなら、と平気で破る輩もいるという事です」
「そんな!」
とても信じられないという声だった。
進路に障害物がないことを確かめ、私は一度だけミアへ目を向ける。補助シートの上で縮こまった彼女は、私の返事を否定する言葉を探しているように見えた。
「それが戦争、殺し合いという事です。よく覚えておきなさい、ルールを失った殺し合いは畜生にも劣ると」
子供の頃、野生の動物でさえ水場では争いを控えるという話を聞いた。地球の獣をろくに知らない私には、その話の真偽を確かめる術はない。それでも、敵同士が同じ場所で水を飲むという光景は、幼心に不思議なものとして残っていた。
人間には言葉があり、互いに守る条件を取り決めることも出来る。それなのに一度殺し合いが始まれば、自分たちで結んだ約束まで邪魔だと投げ捨てる者が出るのだ。
私は白旗を握った手を思い出し、喉の奥へ込み上げたものを呑み込んだ。
「そうならない為のルールなのです。相手が破ってくるまでは、こちらからは絶対に破ってはなりませんよ」
「は、はい!」
返事をしたミアは、それ以上何も尋ねなかった。
私も前方へ意識を戻す。速度は時速250kmを少し超えていた。
目的地までの距離が縮まるにつれ、暗い地平線の一角に赤い点が見え始める。最初は拠点の灯火かと思ったが、近づいても規則的な並びにはならなかった。
第38物資集積所に着いた。
いや、第38物資集積所だった場所に、と言うべきだろう。仮設兵舎があるはずの位置には柱しかなく、高温に晒されて歪んだ柱の間で崩れた屋根がくすぶっていた。照明塔は途中から折れ、地面に倒れたまま電線を引きずっている。
私は速度を落とし、入口の手前で機体を止めた。炎の上がっている箇所は少ない。それでも残火に照らされた瓦礫の輪郭が揺れ、施設全体がまだ熱を吐いていることが分かる。
「こんな…酷い…」
モノアイをサーマルモードへ切り替えると、画面の広い範囲が白く潰れた。火災の余熱が残りすぎていて、人間や稼働中の兵器の熱を拾おうにも区別がつかない。
通常映像へ戻して拡大率を変える。横倒しになった大気圏降下カプセルの陰で何かが動き、私は咄嗟にバズーカの砲口を向けた。黒いものがカプセルの縁から覗き、また引っ込む。こちらのライトを避けたようにも見える。
照射角を変えても奥までは届かない。私は機体を横へ滑らせ、カプセルの陰が見えるところまで回り込んだ。
引っ掛かった梱包用の覆いが風に煽られているだけだった。裂けた端が光を受けて浮かび上がり、揺れるたびに人の肩のような丸みを作っていたのだ。
砲口を下げると、息を止めていたことに気付いた。画面の隅で別の影が動く。今度は機体のライトに照らされた柱の影だった。まったく、目まで当てにならなくなっては困る。
私はホバーの推力を絞り、集積所の周囲を回りながら外へ意識を向けた。
焼け跡を見るほどに胸の奥がざわついてくる。自分自身の怒りなのか、ここに残った誰かの感情なのか、今は上手く切り分けられない。だが、こちらを狙う時の鋭い気配は感じなかった。
それでも見落としがないよう施設の陰を一つずつ照らし、周辺の起伏まで調べたものの、動く敵は見つからない。既に撤退した後らしかった。
地面には61式戦車のものと思われる履帯の轍と、多数の足跡が残っていた。北東へ向かっている。
私はその先へカメラを向け、轍を辿った。400mほど進んだところで地面の様子が変わり、そこから先は跡が途切れている。何かを引きずって均したようにも見えたが、元の地面を知らない以上、はっきりしたことは言えなかった。
敵が北東へ逃げたなら追えば良い、という話では済まない。わざと跡を残して、追ってきた相手を途中で待ち受けることも出来るのだ。ミアが地図へ方角を書き込むのを見ながら、私は追跡を諦めて機体を集積所へ戻した。
ここまで後始末をしていく相手である。逃げ足を追いかければ捕まえられるような馬鹿ではないだろう。
ホバーを切り、08Bの足を焼け跡へ踏み入れる。
大気圏降下カプセルの残骸が地面に半ば埋まり、その向こうには護衛のザクⅠを運んできたらしいHLVが黒く焼け落ちていた。露天に積んであった物資も散乱し、裂けた袋からこぼれた食糧が砂と灰に混じっている。
避けようとして足元へ目を落とし、私は操縦桿を止めた。
袋だと思ったものの下から、軍靴を履いた足が出ていた。身体は落ちた資材に隠れて見えない。歩幅を変えて踏まないように避けると、次の一歩の先にも別の遺体がある。
どこに足を置けば良いのか、一瞬分からなくなった。
「少佐…」
呼び方が変わったことに気付き、私は息を吐いた。
ミアは私を見ていた。泣きそうな顔をしているのに、目を逸らさず返事を待っている。この娘の前で止まっているわけにはいかない。
私は機体の姿勢を立て直し、まだ人が入れる隙間のありそうな場所を探した。焼け落ちた仮設兵舎の壁の下、崩れた資材の間、破壊されたHLVの機体が影を作っているところ。
外部スピーカーで呼びかけても返事はなく、センサーにも生存者を示す反応は出ない。
だが、機械に拾えないほど弱った者がいないとも限らないのである。私はカメラを低く向け、瓦礫の隙間を覗こうと足を進めた。
その足の下で、ズンッと軽い爆発が起きた。
衝撃は小さかったが、私は即座に機体を止める。足元で砂が跳ね、破片が落ち着くまでの間に損傷表示へ視線を走らせた。
「こ、攻撃ですか?」
「置き土産の対人地雷でしょう。何処までも小癪な…この様子だと、対MS用に対戦車地雷も埋めてありそうね」
敵は去った後のことまで考えていたらしい。生存者を探しに来る者がいることも、遺体を収容しようとする者がいることも。
MSの足なら耐えられる程度でも、人間が踏めばどうなるかは考えるまでもない。私は開きかけていたハッチの操作をやめた。ここに生身で下りるわけにはいかなくなったのだ。
ミアへ通信の確認を頼むと、彼女は端末を操作して首を横に振る。
この周辺には戦闘濃度を超えるミノフスキー粒子が残留しており、08Bのモノアイでも明瞭に見通せるのはせいぜい8km程度*3だった。衛星とのレーザー通信も撹乱され、接続は出来ないという。
通信画面には接続失敗の表示が残ったままだ。私は舌打ちを堪えて後退させようとしたが、そこでミアが身を乗り出した。
「アスカさん!あそこに落ちているもの、ちょっと拾って貰えますか?」
彼女の指が、モニターに映る残骸の一つを示している。
私は腕を伸ばし、マニピュレーターの指先でそっと摘み上げた。灰が落ち、ライトの下に金属の地肌が覗く。
「ザクマシンガンの、薬莢?」
120mm弾の薬莢だ。火に巻かれて変色し、片側には煤がこびりついている。護衛のザクが射撃した時のものだろうと思い、私はミアへ目を向けた。
「これが何か?」
「おかしくありませんか?見て下さい、そこで撃破されているザクⅠB型を」
ミアが指した機体は、HLVから少し離れた位置で倒れていた。私はモノアイを向け、胴体の映像を拡大する。
装甲には大きさの異なる弾痕が残っていた。61式の155mmAPFSDSやHEATによるものと思われる損傷に混じり、もう少し小口径の弾が撃ち込まれたらしい跡がある。その幾つかはバイタルパートへ集まっていた。
ミアは倒れた機体の肩口から腕へ視線を移し、次に地面に落ちた武器を示した。
「その薬莢、火に巻かれて暴発したのではなくきちんと撃発してます」
「そうは言っても、ザクⅠが射撃したものでは?」
「ザクⅠの武器は105mmマシンガンです。ほら、あそこに転がっています」
確かに、機体のそばには旧式の105mmマシンガンが転がっていた。
私は手元の薬莢へカメラを戻す。105mmと120mm。並べてみれば見間違えようもない差なのに、拾った時には気にも留めていなかった。
薬莢の底部を画面いっぱいに映すと、ミアの指が雷管を示した。
「つまり、これは襲撃者が使ったものということですか?信じたくはありませんが」
「薬莢底部の雷管も穿たれていますし、ほぼ間違いないかと思います…」
「敵はザクを使っている……厄介ですね」
武器だけを持ち込んだ可能性もなくはない。だが、敵がザクを鹵獲して使っているという想定を、ここで捨ててしまう理由はなかった。
IFFまで味方のものを出していれば、遠くから見分けるのは難しい。北米で行動している我が軍のMSはまだザクが大半であり、夜にその姿を見た兵士が増援だと思うのも当然だろう。
新しい符牒を決めるにしても、分散した各部隊へ伝達するには時間が掛かる。しかも、情報が届いていない味方が接近した場合まで考えなければならない。確認できない機体を全部撃てなどという命令は出せないのだ。
そもそも、鹵獲した兵器を双方が誤認するような状態で使用すること自体が条約違反である*4。
それを承知で味方を装っているのであれば、この連邦部隊にとって南極条約は随分と軽いものらしい。
私は薬莢と撃破されたザクの映像を記録に残した。これを司令部へ送ろうにも通信が繋がらない。その間に別の拠点で、警備兵が味方のザクを迎え入れようとしているかもしれないのだ。
夜襲を選んでいるのも、機体の色や所属を見分けにくくするためかもしれない。火を放てば炎は見えるにせよ、暗い荒野へ離脱する機体を追うのは難しい。痕跡を消していたことと合わせて考えれば、相手の指揮官はかなりの厄介者だ。
こういう時、闇夜のフィンリル隊のゲラート・シュマイザー少佐やランバ・ラル大尉がいてくれればどれほど心強いことか。だが、無い袖は振れない。私の経験が足りないからといって、敵が手加減してくれるわけでもないのである。
「一先ず、現状を報告できるところまで行きましょうか。この場にいても、ミノフスキー粒子濃度が下がるのは時間がかかりますから」
「わ、分かりました!範囲から出たら、すぐに連絡出来るようにしておきますね!」
私は08Bを慎重に後退させる。地雷を踏んだ位置を地図へ残し、自分が歩いてきた跡を確かめながら瓦礫の外へ出た。動くものがないか、最後にもう一度ライトを回したが、焼け跡からこちらへ応える者はいない。
外へ出るとホバーを再起動した。別の物資集積所へ向かう道にも仕掛けがないとは限らないので、まずは第45へ戻る。往路の記録を辿りながら、私は先程より慎重に進路を選んだ。
やがてミアの端末に通信の接続表示が出た。彼女が背筋を伸ばし、所属と階級を名乗って報告を始める。その声を聞きながら、私は暗い地平線の向こうに味方の灯火を探していた。
宇宙世紀0079年4月23日
第45物資集積所に戻り着いた時、まだ空は暗かった。
機体を停めて下りると、警備兵が私たちの顔を見て駆け寄ってきた。後ろからも数名が続く。既に司令部へ報告は入れていたが、現場の兵士にまで詳細は届いていないようだ。
「第38はどうなってましたか!?」
「無事でしたか!?」
私は首を横に振った。
一人が言いかけた言葉を呑み込み、別の兵士が地面の砂を蹴る。軍靴の先から飛んだ砂が隣の男に掛かったが、誰も咎めなかった。
ここの駐屯部隊は小隊や分隊で分散しているだけで、本来は第二機動師団所属の一つの大隊である。襲われた拠点にも顔見知りがいたのだろう。互いに何かを尋ねかけては口を閉ざす様子を前に、私は慰めの言葉を見つけられなかった。
「生存者は確認できませんでした。ただ、地雷がありましたから、機体を降りての捜索はしていません。収容には準備が必要です」
誰も返事をしない。握り潰された帽子から砂が落ちるのを見ながら、私は次の言葉を継いだ。
「もし、ここにザクが来るようなことがあれば、警戒を解いたりしないで下さい。相手の所属を確かめるまでは、武器も下げてはいけません」
「なぜですか少佐?」
「…敵がザクを鹵獲してそのまま使用している恐れがあります」
「なんだって!?」
兵士たちがざわつき、そのうちの一人が集積所の入口を振り返った。
ライフルを握り直した男の指が引き金へ掛かる。私はその手を見て言い添えた。
「所属が確認できない時は、まず指揮官へ報告して下さい。見た目だけで決めないことです」
駆けつけた少尉も話を聞いていた。私は彼を少し離れたところへ呼び、キャリフォルニアベースと交わした内容を伝える。
司令部は鹵獲機使用の可能性を重く見ており、なるべく早く対策を通達するという。それまでは見慣れた機体でも接近の目的を確認し、警戒を解かないようにするしかない。
少尉は周辺部隊の現在位置を通信兵へ確かめさせる一方で、私の持ち帰った記録に目を通した。薬莢と105mmマシンガンの画像を交互に表示し、傍らのミアへ目を向ける。
「こちらの少尉が見つけました。私だけなら、守備隊の撃ったものだと見過ごしていたでしょう」
少尉は記録の写しを通信兵へ渡し、そのまま入口の警備配置について指示を出し始めた。
私は08Bの冷却剤と推進剤の補給を依頼した。少尉は整備兵を呼び、使える資材を確かめるため機体の方へ連れていく。
そう遅くない時間に、ソンネン少佐がヨーツンヘイムから降下してくる。
物資集積所の位置が偵察で割れているのか、間諜がいるのか、あるいは通信を傍受されているのか…現状ではどれも否定できない。ならば、試作機を降ろして地上で試験するという予定まで知られていると考えた方が良いだろう。
私は第67の位置を地図で確かめ直した。近い。機体への補給さえ終われば、間に合わない距離ではないはずだ。
少尉の好意で、補給を待つ間は簡易ベッドを借りることになった。
仮設テントへ入るとミアは端末を置き、ようやくベルトから解放された肩を撫でた。自分が連れて行くと決めたとはいえ、初めての現場があれでは堪えるだろう。何か声を掛けようとしたが、私が靴を脱ぐ間に彼女は横になり、背を丸めて目を閉じていた。
私は隣のベッドへ腰を下ろす。幕の向こうでは整備兵が工具を運び、時折08Bの状態を読み上げる声が聞こえていた。横になると張っていた腰が痛み、薄い寝具の上で楽な姿勢を探す。
目を閉じると焼け跡が浮かんできた。何度か寝返りを打ち、ようやく周囲の音が遠くなったところで、誰かに名を呼ばれた。
補給が済んだという。
テントの入口が明るくなっている。思ったより眠っていたらしい。
私は身体を起こして礼を述べ、カフェインを多く含む軍用のタブレットを噛み砕いた。口に広がる苦味を水で流し込むと、隣でもミアが同じような顔をしていた。
彼女は水で口を濯ぎ、残ったタブレットの包みを恨めしそうに見る。それがおかしくて少し笑うと、ミアも困ったように口元を緩めた。昨夜から初めて見る表情だった。
08Bの足元には空の補給容器が並び、整備兵がホースを巻き取っていた。受け取った作業記録では冷却剤も推進剤も規定量まで戻っている。
第45の面々に見送られ、コックピットへ乗り込もうとした時だった。下から少尉に呼び止められた。
「ナカノミヤ少佐!向かう先は確か第67物資集積所でしたよね!」
「そうですが!」
「第67物資集積所に少佐が向かう旨の連絡を入れようとしましたが、繋がりません!」
「なんですって?!すぐに向かいます!」
「御武運を!!」
私はハッチを閉じ、ミアの着座を確認すると機体を動かした。集積所の中では速度を抑え、警備兵のいる入口を抜けたところでホバーを全開にする。
機体を前傾させ、スラスター角度を調節する。試験で出した時速350kmを越えても速度計の数字は止まらず、381kmに達した。地面の流れが速まり、遠くの起伏が瞬く間に迫ってくる。
ノズルの温度表示が上がったので冷却剤を噴霧した。一度下がった数値は、推力を掛け続けるうちに再び上昇を始める。私は地形に合わせて出力を調節しながら、冷却剤の残量にも目を配った。
多めに積んであるとはいえ、この使い方では減りが早い。戦闘に回す分まで使ってしまえば本末転倒だが、第67までは直線距離で50km。途中で補給を挟むような距離ではない。今は機体を壊さず、出来る限り速く辿り着くことを考える。
出発から4分ほどで、前方の空に黒煙を認めた。
起伏を避ける分だけ走行距離は伸びており、集積所まではまだ先がある。それでも煙の立つ方角が地図上の位置と重なるのを見て、私は思わず舌打ちした。
モニターの映像が乱れ始める。ミノフスキー粒子の影響だ。出来の悪いモザイク画のような画面を睨んでいると、ミアが遠方の空を指した。
コムサイだった。被弾したのか煙を上げ、姿勢を崩しながら高度を落としている。
カメラを向けた先で、機体から何かが離れた。落下していく大きな影を追おうとしたが、荒野の起伏に遮られて見えなくなる。
ソンネン少佐は降りられたのだろうか。確かめる暇もなく、次の稜線を越えたところで第67の施設が見えてきた。
複数の白いザクと61式戦車が、集積所へ攻撃を加えていた。
積み上げられた物資の箱が砲撃で吹き飛び、砂と破片が舞い上がる。こちらへ背を向けたザクのマシンガンが、なおも降下カプセルの間へ向けられている。
昨夜見た薬莢と、旗を握った兵士の手が頭をよぎった。
「蛆虫共めぇぇ!!」
ヒートサーベルを引き抜き、そのまま突貫する。
敵機がこちらへ頭を回した時には、私は既に間合いの内側へ入っていた。速度を乗せて刃を横薙ぎに振るい、すれ違いざまに胴を圧し切る。操縦桿へ返ってきた抵抗を押し抜き、背後で爆発する機体を置き去りにした。
61式の砲塔が回る。私はサーベルを戻してバズーカを構え、撃ち込むと同時に進路を振った。着弾した車両の向こうから別の砲口が現れる。もう一発を放とうとした瞬間、その車体が後退した。
逃げるのかと思ったが、砲塔はこちらを追い続けている。燃え上がった僚車を盾に使う気だ。
私はホバーの噴射角を変え、横滑りした分だけ射線をずらして引き金を引いた。砲塔の付け根に弾頭が食い込み、車体が爆発して砲塔が天高く舞い上がった。
2両を葬ったところで、残るザクたちがこちらへ射撃を始めた。一機は私の機体を追い、もう一機は進路の先へ弾をばら撒いている。右へ逃げようとしたところでそちらにも土煙が上がり、私はペダルを踏み替えた。
機体はすぐには向きを変えない。残った横滑りに逆向きの推力をぶつけ、腹の底を捻られるような負荷に耐える。
眼前をマシンガンの弾が抜け、遅れて砂がモノアイを叩いた。薄れた視界の向こうに稜線の切れ目を見つけ、私はそこへ機体を滑り込ませる。
まだ近づこうと思えば近づける。だが、その先では戦車がこちらへ砲塔を向け直していた。追従させかけた照準を戻し、斜面を盾にする。先程のザクを斬った勢いのまま押し切れる相手ではなさそうだ。
ミアは歯を食いしばり、両手で補助シートの取っ手を握っていた。
「ミア、通信を!」
呼びかけると彼女は顔を上げ、すぐに端末へ手を伸ばした。その直後、回線に声が割り込んでくる。
『こちらコムサイ、ホバー機のMS聞こえるか!』
マイ中尉の声だった。ノイズが混じっていても聞き違えるはずがない。
「マイ中尉ですね!聞こえております!」
『ナカノミヤ少佐!?助かった!先ほどソンネン少佐とヒルドルブが降下しました!そちらと直協出来ますか?』
「可能です!」
『こっちも聞こえてる!敵機さえ見えれば狙撃出来る。ナカノミヤ少佐、敵を引きつけられるか?』
「お任せを。ソンネン少佐も、撃ち漏らさないで下さい」
『言ってくれるじゃねぇか!』
ソンネン少佐から送られてきた位置情報を地図へ重ねる。
ヒルドルブのいる位置からは、今の敵機が地形に隠れてしまっている。私がここで撃ち合っていても少佐には狙えない。稜線を離れた先の開けた場所まで敵を引き出す必要があった。
こちらを狙わせたまま横へ移動し、あの窪地の出口へ誘う。私は地図上に進路を引き、ソンネン少佐へ送った。
返答を待つ間に、稜線の向こうで戦車のエンジン音が近づいてくる。いつまでも隠れていられるわけではないらしい。
「ソンネン少佐、今から出ます」
私はホバーを吹かし、周囲の砂を巻き上げた。カメラの前を土煙が流れ、稜線の輪郭が薄れる。外へ意識を向けると、斜面の向こうから近づく気配があった。
複数の敵意が近づいてくる。こちらの出方を待つ者と、さらに距離を詰めようとする者。その中で一つ、撃つという感覚が強まった。
私は煙の端へ飛び出した。直前までいた場所を砲弾が抜け、視界の先に61式が現れる。照準を合わせるより先に、その砲身が僅かに下がった。
次の一撃を警戒して機体を沈ませながらバズーカを放つ。車体が爆炎に隠れると、すぐ後ろを走っていたもう1両が姿を見せた。
僚車に進路を塞がれた戦車は急旋回し、車体側面をこちらへ晒す。最後の一発をそこへ撃ち込み、私は煙から抜け出した。
敵の火線が集中してくる。しかし、私は既に横滑りへ移っていた。真っ直ぐ進むと見込んでいたらしい射撃が前方を通り過ぎ、遅れて一機のザクがマシンガンを振り直す。そちらには撃ち返さず、私は機体の向きを浅く保ったまま窪地へ寄せていく。
追って来い。こちらを見失うな。
先頭のザクが足を踏み出すのを確かめ、空の弾倉を外した。新しい弾倉を差し込む間にも敵機は斜面を下り、ソンネン少佐の射線が通る場所へ近づいてくる。もう少しこちらへ引っ張るべく、私は次の射撃へ移ろうとしていた。
その時、機体の背後から鋭い殺気が膨れ上がるのを感じた。
ご高覧ありがとうございます。
今回を執筆するにあたって、実際にベトコンが米軍兵士に対して行ったゲリラ戦やハラスメント攻撃を参考にしました。
あとは旧軍が沖縄戦でやったことと、ウクライナロシア戦争で実際にあったこと(ブービートラップ等)も調べた上で書いてます。
一番卑劣だと思ったのが、銃撃されて両親が殺され、唯一車内で生存しており取り残された赤子を助けようとしたら、その赤子のお包みに手榴弾が括り付けられていたと言うものです。ロシア軍最低最悪だと思いました。
まぁ、旧軍も赤子爆弾は米軍相手にやったような記録があったので、胸糞悪いですね。いずれにしても最悪です。
さて、セモベンテ隊ですが、なんか史実よりも手際良くて被害大きくない?と思った方、正解です。
答え合わせは明日以降になりますか、ジオン側がパワーアップしているのと同じで、連邦側部隊もパワーアップしていると思ってください。
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登場させるとしても大分先になりますが、ジークアクスのキャラを出すのはアリかナシか。(出るならニャアン)
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アリ
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ナシ
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どっちでも良い
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早く書け