技術試験隊斯ク戦ヘリ   作:ザクスキー2世

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第3話

 試験支援艦ヨーツンヘイムのブリッジ。その片隅に設けられたブリーフィング用のスペースで、プロホノウ艦長、モニク大尉、ヘンメ大尉、ワシヤ中尉、そして私という主要メンバーは、肩を寄せ合うようにして壁掛けの中型モニターを見上げていた。

 スクリーンには、分割された巨大なパーツ群が画面上で一つに連結されて、決戦兵器の三次元CGモデルが映し出されている。

 技術士官であるオリヴァー・マイ中尉は、手元の電子ボードへ視線を落としながら、いかにも技術屋らしい、ひどく淡々とした事務的な口調で兵器解説を始めた。

 

「QCX-76A 試作艦隊決戦砲ヨルムンガンド。破壊力の秘密は、核融合プラズマビームです。出力150,000kW、アシスト・インジェクターの設置された200mもの長さの砲身で噴出させるのです。ミノフスキー散布時の最大有効射程はおよそ300km。破壊力は射程ギリギリでも、大型艦砲の10倍以上と予測されております」

 

 乗ってきたムサイの中で、私がこれから「目」となる予定の試作兵器ヨルムンガンドのある程度の詳細を宇宙攻撃軍から聞いていたとは言え、改めてきちんと詳細を伝えられた規格外のバケモノじみたスペックに、肩を寄せ合う士官たちが無言の息を呑む中、アレクサンドロ・ヘンメ大尉の反応だけは異質だった。

 彼はまるで新しく手にしたオモチャが、実は大冒険の鍵となるようなものだったと知った子供のようにウキウキとした様子で、分厚い胸板を逸らし、獰猛な笑みを浮かべる。

 

「なるほど、これなら本国も絶大な期待を持つはずだな。よろしく頼むぜ、技術屋さん達よ!」

 

 そう言うなり、ヘンメ大尉は丸太のように太い腕を振り上げ、マイ中尉の背中をバシーンと無遠慮に引っぱたいた。

 分厚い掌の衝撃をモロに食らった線の細いマイ中尉は、「うわっ」と情けない声を漏らし、床から足が離れて宙を泳ぐように無様につんのめる。

 私はその巨大な大蛇のデータと、目の前で繰り広げられるひどく温度差のあるやり取りを冷静な眼差しで見つめながら、頭の中で実戦における戦術シミュレーションを高速で回転させていた。

 

 その時。ブリッジの空気を切り裂くように、けたたましい緊急アラートの警報音が鳴り響く。

 突然の事態に、中型モニターを囲んでいた私たちは一斉に弾かれたように顔を上げた。

 プロホノウ艦長は素早く身を翻す。壁の支柱を力強く蹴り、一直線に宙を泳いで、本来の指揮区画であるブリッジの中央へと飛ぶように急行していく。

 床に降り立った艦長に気づくと、コンソール席の副長が血相を変えて手元のモニターを見つめながら叫んだ。

 

「至急伝!進路変更勧告です!読みます。発、第2艦隊。宛、ヨーツンヘイム。機動作戦宙域につき、速やかなる変針を望む」

 

 副長の報告を受けたプロホノウ艦長は、そのまま艦長席へと素早く身を移し、力強い声で指示を飛ばした。

 

「取舵、左8点!」

 

 操舵手が即座に復唱し、コンソールを叩く。主推進器の微かな振動が伝わり、ヨーツンヘイムの船体がゆっくりと漆黒の宇宙を滑り、艦隊の進路上から脇へと退避する。

 ブリーフィング用のスペースにいた我々も動き出し、全員がブリッジのメインスクリーンと舷側の窓へと視線を向けた。

 進路を譲った我々のすぐ傍らを、第2艦隊の威容が通り過ぎる。数十隻ものムサイ級軽巡洋艦が、推進器の青白い光の尾を引いて音もなく進んでいる。

 そして、その大艦隊の背後。虚空を埋め尽くすほどの巨大な円筒形の影が、ゆっくりと姿を現した。

 

 スペースコロニー。

 外壁に無骨な巨大ブースターをいくつも溶接されたその人工の大地は、すでに初期加速の噴射を終えて今はただ沈黙し、凄まじい質量を伴い慣性で宇宙空間を滑り続けていた。

 舷側の窓に張り付き、その光景を食い入るように見つめていたマイ中尉が、弾かれたように振り返って大きな声で問い掛ける。

 

「これは…!これはなんですか!これは!!」

 

 モニク大尉は血の気の引いた顔で窓から視線を外し、絞り出すように呟いた。

 

「ブリティッシュ作戦…」

 

「えぇっ?」

 

 マイ中尉が困惑の声を上げる。

 モニク大尉は彼から体ごと背け、メインスクリーンの彼方に浮かぶ青い星を睨みつけた。

 

「地球への落着まで…おそらくあと、72時間」

 

「地球へ!?」

 

 激昂したマイ中尉は宙を蹴り、モニク大尉の肩へ強引につかみかかる。

 

「あのコロニーに暮らしていた住民はどうなったんですか!?2000万人が居たはずだ!…いや、あんなモノを地球に落としたら!!」

 

 細い腕で必死に軍服の襟首を揺さぶるマイ中尉。

 

「離しなさいバカ!!」

 

 鋭く叫んだモニク大尉が身を翻す。床に固定された足元を支点にして強引に投げ飛ばされたマイ中尉は、無重力の宙を舞い、少し離れた床へと背中から激しく叩きつけられた。

 鈍い衝撃音が響き、痛みに呻くマイ中尉を見下ろしながら、モニク大尉は苦悩の色を強く滲ませて声を張り上げる。

 

「奇襲は…戦端を開く際の定石である!」

 

 艦長席のプロホノウ艦長が、冷ややかな視線で彼女を横目に見据える。

 

「特務大尉は、いろいろとご存じのようですな」

 

 その刺すような言葉に、モニク大尉は弾かれたように顔を背け、再び窓外の巨大なコロニーへと視線を投げた。

 

「私も…作戦の詳細など、総帥部から聞かされているはずが無いではないか!」

 

 小さく吐き捨てるようにそう言い放つ彼女の背中を、床に倒れ伏したマイ中尉が強い怒りを込めて睨みつけている。

 

 私は舷側の窓へと近付くと、目の前を通り過ぎていく巨大な円筒形の側面に記された文字が目に入った。

 

「アイランド・イフィッシュ…」

 

 微かに唇を動かしてその名を読み上げる。

 2000万人もの命がそこにあったはずの巨大な都市。だが、私はひどい悪寒に身をすくませた。恐怖も、絶望も、悲鳴も。あの中にいるはずの人々の感情というものが、何一つとして伝わってこないのだ。

 それはまるで、中身を全てくり抜かれた巨大な棺桶そのものだった。

 

「もう…みんな死んでる」

 

 無意識のうちに、私の口からそんな呟きがこぼれ落ちていた。

 重苦しい沈黙に包まれたブリッジに、その微かな声はひどく明瞭に響く。ハッとして顔を上げると、プロホノウ艦長とモニク大尉の鋭い視線が、同時に私を射貫いていた。

 

「それは一体、どういうことだ?」

 

 プロホノウ艦長が、底冷えのするような低い声で問うてくる。

 しまった、と私は内心で激しく舌打ちをした。決して言葉にしてはいけない直感を、うっかり口走ってしまったのだ。

 

「い、いえ……! なんとなく、そんな気がしただけで……」

 

 慌てて視線を泳がせ、必死に取り繕うように早口で言葉を濁す。

 しどろもどろな私の態度に、艦長とモニク大尉は訝しげに眉をひそめたものの、それ以上の追及をしてくることはなかった。彼らの視線はすぐに私から外れ、再び窓の外を無言で流れていく巨大な棺桶へと戻っていく。

 

 私は窓枠に手をかけ、暗黒の宇宙の彼方、青い星へと向かって一直線に進んでいく巨大な円筒の背中をただじっと見つめ続けた。

 質量兵器としてのコロニー落とし。純粋な戦術的観点から言えば、これほど合理的で絶大な威力を誇る作戦はない。一人の軍人として、この作戦を考えたのであろう総帥の、その恐ろしく冷徹な発想と実行力は高く評価せざるを得ない。

 だが、あんな途方もないモノを直接地球に叩き落としてしまえば、我々はもう二度と元の場所へは戻れない。人類として、完全に後戻りのきかない一線を越えてしまうことになる。

 もし、これほどの惨劇を引き起こしておきながら、戦争の決着がつかなかったとしたら。

 その先には、一体どんな地獄が待っているというのか。

 底知れない泥沼の未来が脳裏をよぎり、私の背筋をぞくりと冷たいものが駆け抜けていった。

 

 

 アイランド・イフィッシュの巨大な影がヨーツンヘイムの傍らを通過し、暗黒の宇宙へ姿を消したのが1月7日のことである。

 あの日から、艦内には常に得体の知れない重圧が張り付いていた。我々は待機軌道で息を潜めるようにして、その時が来るのをただ待っている。

 

 翌8日。私はヨーツンヘイム内の機材ラボで、オリヴァー・マイ中尉と向かい合っていた。

 彼はコンソールに無数のウィンドウを展開し、ヨルムンガンドの照準補正プログラムと睨み合っている。私は手元の端末から、送られてくる膨大な環境データを整理し、最適な数値を弾き出しては彼へ送り返す作業を繰り返す。

 

「……計算が速いな」

 

 電子ボードから顔を上げたマイ中尉が、その澄んだ瞳を少し丸めて私を見た。

 

「プラズマビームの減衰率とミノフスキー粒子の干渉係数、もう再計算が終わったのか。まるで君自身が演算装置になったみたいだ」

 

「事前にベースとなるシミュレーションパターンを組んでおいただけです。本番ではもっと不確定要素が増えますから」

 

 私は淡々と返し、次のデータブロックを開いた。

 マイ中尉はコロニー通過の際、誰よりも感情を露わにして取り乱していた。しかし今、数式と設計データに没頭している彼の横顔にあの時の動揺はない。ひどく理性的で、穏やかですらある。

 複雑な数式に意識を埋没させることで、彼はあの巨大な棺桶の記憶から目を背け、心の均衡を保とうとしている。それが痛いほど伝わってきたが、私はあえて何も言わず、ただ黙々とキーを叩いて彼をサポートし続けた。

 

 そして、運命の1月10日が訪れる。

 コロニーが地球へと落着する予定の日。我々は直接その光景を見ることはできなかったが、ブリッジにいた私の身体を、突然、凄まじい怨嗟が突き抜けた。

 音はない。光もない。だが、頭蓋骨の内側を巨大なハンマーで叩き割られたような激痛。数え切れないほどの悲鳴、怒り、絶望、そして無音の閃光が、脳裏を直接焼き焦がしていくような感覚。

 

「あぐっ……」

 

 私は喉の奥から小さな呻き声を漏らし、その場に崩れ落ちそうになる。無重力の空間で足場を失い、あわや空中で一回転してコンソールの角に頭を打ちつけそうになった瞬間、丸太のような太い腕が私の肩を力強く掴み、引き寄せた。

 

「っと、危ねえ」

 

 アレクサンドロ・ヘンメ大尉だった。彼は片手で付近の機器の手摺りを握り、もう片方の手で私の身体を支えている。

 

「どうした、お嬢ちゃん。顔面蒼白じゃねぇか」

 

「い、いえ……少し、目眩が……」

 

 私は荒い息を吐きながら、冷や汗の滲む額を押さえた。視界が明滅し、耳の奥でずっと無数の声が鳴り響いている。直後、ブリッジのメインスクリーンに激しい砂嵐が走り、通信士が慌ただしく声を上げた。

 

「広域の通信障害が発生! 特大の電磁波パルスと推測されます!」

 

 コロニーが落ちたのだ。

 本来の目標であったジャブローから大きく外れ、オーストラリア大陸のシドニーに直撃したという情報が艦内を駆け巡ったのは、それからしばらく後のことだった。

 

「……とんでもねえ花火を打ち上げちまったもんだな、上層部のお歴々は」

 

 ヘンメ大尉はスクリーンを睨みつけながら、低く太い声で呟く。彼の横顔にいつもの豪快な笑みはない。

 

「俺は砲術屋だ。デカい大砲で敵の戦艦をぶち抜くのが仕事だ。だが……あれは兵器じゃねえ。ただの虐殺だ」

 

 彼は支えていた私の肩から、ゆっくりと手を離した。

 

「ま、俺たち下っ端は、目の前の仕事に集中するしかねえさ。お嬢ちゃんも、今はしっかり休んどけ。本番はこれからだからな」

 

 ヘンメ大尉は私の頭に大きな掌をポンと置くと、ブーツで宙を蹴り、砲術システムの調整に向かっていった。私は彼の広い背中を見送りながら、まだ微かに震える両手を強く握りしめる。

 

 1月12日。艦内はルウム宙域への移動準備で慌ただしさを増していた。

 私は食堂スペースの隅で、チューブ式の流動食を無言で吸い出している。正直、味などまったく感じない。胃の中に無理やり詰め込んでいるだけだ。

 

「おや、ヨーツンヘイムのマスコットガールは、ずいぶんと食欲がないみたいだね」

 

 軽口を叩きながら隣にやってきたのは、ワシヤ中尉だった。彼は自分のトレイを私の隣に置き、片手で器用にレトルトパックを開封している。

 

「そんな顔してちゃ、いざって時に頭が回らないぜ? ほら、俺のチョコバーを半分分けてやるよ」

 

「ありがとうございます。でも、今は結構です」

 

「遠慮すんなって。どうせこの先、まともなメシなんか食えなくなるんだからさ」

 

 ワシヤ中尉は飄々とした態度でプラスチック包装を剥き、チョコバーを差し出してくる。その能天気な明るさに、少しだけ張り詰めていた肩の力が抜けた。

 そこへ、鋭い足音が食堂に響く。

 

「ワシヤ中尉。無駄口を叩いている暇があるなら、さっさと食べてヨルムンガンドの最終チェックを手伝ってきなさい」

 

 モニク・キャディラック特務大尉だった。彼女は相変わらず隙のない軍服姿で、冷ややかな視線をワシヤ中尉に投げかけている。

 

「あらら…了解であります、特務大尉殿」

 

 ワシヤ中尉は肩をすくめ、チョコバーを口に放り込むと早々に立ち去っていった。

 残された私とモニク大尉の間に、気まずい沈黙が流れる。彼女は私の向かいにあるバーを掴むと、ふうと微かに息を吐いた。

 その顔には、隠しきれない疲労の色が濃く滲んでいる。コロニー通過の際に彼女が見せた激しい動揺と苦悩。軍人としての冷徹な仮面の下にある、彼女の人間としての脆さを、私は知っていた。

 

「……何か言いたげね」

 

 モニク大尉が鋭い目をこちらに向ける。

 

「いえ…ただ、少しお疲れのようにお見受けしましたので」

 

「下らない推測だ。特務機関の仕事は多い。それだけのことよ」

 

 彼女は冷たく言い放ち、すぐに背を向けて食堂を出ていこうとする。だが、出口のハッチの前で立ち止まり、振り返らずに小さく口を動かした。

 

「……今のうちに、少しでも寝ておけ。これからが本番だ」

 

 それだけを残し、彼女の姿は通路の奥へと消えていく。

 

 翌1月13日。私はヨーツンヘイムの広いカーゴベイの宙を、無重力に身を任せてゆっくりと移動していた。

 照明が半分落とされた巨大な空間には、明日、宇宙空間へと射出されるヨルムンガンドのパーツ群が、幾重もの強固なワイヤーとクランプで壁面や床に固定されている。

 一つひとつのブロックが、まるで小型の宇宙艇ほどの質量を持っていた。艦内で組み立てるなど到底不可能な巨大な鉄の塊たちは、今はまだただのバラバラの部品に過ぎない。

 私はその中の一つ、照準制御とプラズマ誘導を担うコア・ユニットの表面に張り付き、携帯端末のケーブルを外部接続ポートへ直接繋ぐ。

 

「……少尉、そっちの接続はどうだ?」

 

 インカム越しに、機材ラボにいるマイ中尉の声が響いた。

 

「完了しました。現在、中尉のベースプログラムに補正データを上書き中です」

 

「よし。ブリッジからでもできるが、物理結線の方がタイムラグが少なくて確実だからね。手伝わせてすまない」

 

「いえ、大した手間ではありませんから。……自己診断プログラム開始。データリンク、正常です」

 

 「おい、お嬢ちゃん。そんな所で何やってるんだ」

 

 下から別の声がして視線を落とすと、工具箱を抱えた初老の整備兵が、手すりを伝ってこちらへ昇ってくるところだった。

 

「マイ中尉の指示で、ソフトウェアの最終同期を」

 

「なるほどな。俺たちの方は、射出用のスラスターとパージボルトの点検がようやく終わったところだ」

 

 整備兵は息を吐き、巨大なパーツの表面を分厚い手袋で叩く。

 鈍い音が、広いカーゴベイに響き渡る。

 

「明日にはこいつらを全部、外の宇宙に放り出して繋ぎ合わせなきゃならねえ。バカげたデカさだぜ、まったく」

 

「……そうですね」

 

「ま、せいぜい頑張ろうや。俺たち整備班がこいつを外に出すから、あとはマイ中尉たち技術屋と砲術屋の腕の見せ所だ」

 

 整備兵は笑うと、再び手すりを蹴ってカーゴベイの奥へと消えていった。

 私は再び端末の画面に目を落とした。

 青白い光が、パーツの表面と私の顔を微かに照らしている。

 明日、ルウム宙域に到着すれば、この無骨な鉄の塊たちは宇宙空間へ解き放たれ、一つの巨大な大蛇となる。

 その時、我々はどんな景色を見ることになるのだろうか。

 私は作業の完了を告げるインジケーターを確認すると、静かにケーブルを引き抜いた。

 




今回は、なるべく作中で発言されたセリフも交えて書いてみました。
如何だったでしょうか?
これからも新しい要素と元からのものをミックスして行くと思いますので、よろしくお願いします。

次回は、遂にルウム戦役が始まります!

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