技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
第5章開始になります。
今回も17000文字超と長めの話になります。
第29話
ファット・アンクルが機体を沈めると、窓の向こうに赤茶けた地面と低い建物の屋根が近づいてきた。
マンガルールの補給基地は、デリーで見たものと比べれば随分と小さい。着陸場の脇には倉庫が並び、その奥に燃料の貯蔵施設と兵舎らしき建物が見える。輸送機から降りると、湿り気を含んだ暑い空気が顔にまとわりついた。
出迎えた兵士によれば、ここも元は連邦軍の施設だったそうだ。降下した部隊が接収し、使える設備をそのまま利用しているらしい。倉庫の壁には塗り直した部分があり、その上にジオンの標章が描かれていた。
荷下ろしの邪魔にならない場所へ移ると、こちらへ歩いてくる下士官の姿があった。
「ナカノミヤ少佐でいらっしゃいますか。デリーから連絡を受けております」
「ええ、急な話で申し訳ありません。案内をお願いできますか?」
「はい、承知しております。車両も用意してありますので、どうぞこちらへ」
下士官は当地の警務隊分遣隊に所属しているという。基地の警備とは別に、周辺の市街地で治安維持に当たっているそうだ。道案内を頼むには、ありがたい相手である。
兵舎の前には軽機動車PVN.3/2 サウロペルタ*1と、水陸両用装輪偵察警戒車PVN.44/1 ヴィーゼル*2が待っていた。サウロペルタの運転席には既に兵が座り、ヴィーゼルの脇でも数人が乗車の準備をしている。
人を訪ねるだけにしては少し仰々しい気もしたが、土地勘もない私が護衛の人数に口を出すのもおかしな話だ。礼を言って乗り込むと、案内の下士官も隣に腰を下ろした。
基地の門を出てしばらく走ると、道路の両側に店や民家が続くようになった。
昔から補給基地の出入りを相手に商売をしていたのだろう。食料品を並べた店先には兵士の姿もあり、作業着の男たちが荷車を押している。建物の窓から洗濯物が垂れ、軒下では鍋から白い湯気が上がっていた。
デリーほど混み合ってはいないが、人の暮らしは道のすぐそばまで迫っている。
前を横切った荷車を待つために減速したところで、道端にいた子供がこちらへ駆け寄ってきた。何かを言いながら片手を差し出し、その後ろから別の子も追いかけてくる。
初めは見慣れない車両が珍しいのかと思った。
だが、開かれた手のひらと、口元へ指を運ぶ仕草を見れば、彼らが何を求めているかくらいは分かる。
運転兵はさらに速度を落とし、車輪へ近づきすぎないよう声を掛けた。脇にいた警務兵も子供たちを道の端へ促している。怒鳴りつけるほどではないが、その応対には慣れがあった。
私は膝の上へ置いていた手を動かしかけ、止めた。何か渡せるものがあったとしても、走る車を追わせるような真似はできない。
車列が進み始めても、子供たちはしばらくついてきた。やがて1人が立ち止まり、残った子も速度についてこられなくなる。振り返ると、何人かはもう次の車の方へ顔を向けていた。
「ここは、いつもこうなのですか?」
私が尋ねると、下士官は通りの先を見たまま頷いた。
「そのようですね。我々が来る前から、インドではこうした光景が多かったと聞いております」
「戦争で、というわけでもないのですね」
「もちろん、その影響もあるのでしょうが。少なくとも、占領してから急に始まったことではないそうです」
道端では女が小さな子を抱き、通り過ぎる車を眺めている。その傍らにある店には食べ物が並んでいた。同じ通りの、手を伸ばせば届きそうな場所にそれがある。
地球に住む者は、宇宙へ追いやられた者たちより恵まれている。そうした話を、私はこれまで何度となく聞いてきた。
それが誰も彼もに当てはまるとは思っていなかったつもりだ。それでも、実際にここへ来るまでは、目の前の子供たちを思い浮かべたことがなかった。
ニホンで目にした戦災の跡も酷いものだった。だが、こちらでは戦争が始まる前から、このように暮らしていた者がいるという。
もう一度振り返ってみても、子供たちの姿は曲がり角に遮られて見えない。
市街地を離れると民家がまばらになり、やがて道の両側を木々が覆うようになった。
枝の間から差す日が車内を横切り、顔に当たっては消えていく。木陰へ入ったところで暑さがなくなるわけでもなく、私は襟元へ流れた汗をハンカチで押さえた。
「その館は、街から随分と離れているのですね」
「ええ、人目につかない方が、都合がよいのかもしれません」
「貴官は、そこがどういう場所かご存じですか?」
下士官は少し困った顔をした。
「はい少佐……私は下士官ですので、ああいう所には縁がありませんが」
デリーの中佐も似たような前置きをしていた気がする。もっとも、こちらは身分の違いを言っているだけなのだろう。私は頷いて先を待った。
「かなり若い娘もいると聞いております。その……若いと言いましても、我々が普通に想像するより、ずっと幼い娘がですね」
言いにくそうに言葉を選ぶその様子で、意味は通じた。
私は前へ向き直る。
大人が自分の意思でそうした仕事を選ぶことまで、私がどうこう言うつもりはない。だが、選ぶ余地さえ与えられない子供となれば、話は別だ。
ララァもそこにいるのか。
あの七色の光の中で見た少女の顔が浮かぶ。落ち着いた物腰に気を取られていたが、少なくとも成人した女性には見えなかった。
確かめてもいないことを、勝手に決めつけるべきではない。それでも、無事でいてほしいという思いは、先ほどよりずっと切実なものになっていた。
下士官もそれ以上は話を続けず、私の口数も自然と少なくなる。
木々の間を曲がっていた道が、急に明るい場所へ出た。
森が開けた先には広い庭があり、その奥に大きな洋館が建っている。白い壁と深い軒、玄関へ上がる幅の広い階段。車寄せまで続く道はきれいに整えられ、低く刈られた植え込みには枯れた枝も見当たらない。
「……これが、そうなのですか?」
「はい。こちらがカバスの館です」
サウロペルタが玄関の前へ止まり、少し後ろでヴィーゼルも停車した。
私は車を降り、ついてこようとした下士官へ手を向ける。
「皆さんは外で待っていてください。まずは、私が行って話をしてきます」
「了解しました」
こちらから訪問の連絡は入れていない。少し待たされるかもしれないと思いながら玄関前の階段を上がると、玄関の扉が内側から開いた。
出てきたのは、揃いの服を着た幼いメイドたちだった。10から14歳くらいだろうか。私の顔を見上げ、続いて背後の車両へ目を遣った後、ぺこりとお辞儀をする。
「いらっしゃいませ」
「突然の訪問で申し訳ありません。不躾ではありますが、こちらにララァという少女はいますか?もしいるのでしたら、呼んでいただきたいのですが」
少女たちは互いに目を見合わせた。
そのうちの1人が短く頷き、屋敷の奥へ駆けていく。残った子は扉を大きく開き、片手を廊下へ差し向けた。
「お嬢様、こちらへどうぞ」
磨かれた床へ靴音を響かせながら、私は彼女の後を追った。
通された応接室は、庭へ向けて大きな窓が設けられていた。
薄いカーテンを通した光が絨毯へ落ち、その上にソファーと卓が置かれている。壁際には書棚があり、向かいの飾り台には白い壺が載っていた。
メイドが席を勧めてくれたものの、長く車に乗っていたせいか、もう少し立っていたい気分だった。構わず待たせてもらうと伝えると、彼女は茶の用意に取りかかる。
小卓へ置かれたカップに、赤みのある紅茶が注がれた。
「アッサムでございます。どうぞ、お召し上がりください」
「ありがとうございます」
少女はポットを置き、もう一度ぺこりと頭を下げてから退室した。
扉が閉まるのを見送り、私は左手に受け皿を取った。カップを口元へ運ぶと、温かな湯気と共に甘い香りが立ち上る。少量を含み、舌の上で味わってから飲み下した。
そっと息を吐くと、麦芽を思わせる豊かな香りが鼻へ抜けていく。
これは、良い茶葉を使っている。
F&M*3のものだろうか。いや、ここはインドなのだから、茶園から直接取り寄せているのかもしれない。ハルムッティー*4か、それともハルマリ*5か。
ゴールデンティップをふんだんに含んだ上物なのだろう。どっしりとしたコクに、厚みのある甘さ。口当たりもまろやかで、随分と上品な味に仕上がっている。
個人的にはダージリンが好みだが、アッサムにはアッサムの良さがある。
もう1口だけ味わい、カップを受け皿へ戻した。
茶器を小卓へ置いてから、私は壁際の飾り台へ歩み寄った。
遠目にも目を引いた壺は、近くで見るとなお美しい。窓から届く光を白い肌が受け、口縁から胴へ続く曲面に柔らかな陰影が生まれている。
マイセンの白磁だろうか。
実家にも幾つかあったが、そのうちの1つによく似ている。身を少し屈め、口元の薄さと細工を眺めた後、私は指先でそっと弾いてみた。
キィーン*6、と高く澄んだ音が響いた。
指を離したまま、その余韻に耳を傾ける。釉の艶も、細部の仕上げもよい。どうやら、本物を置いているらしい。
やはり、白磁はいい。
口には出さず、もう少しだけその白さを眺めてから、隣の書棚へ視線を移した。
深い色の木材には細かな彫刻が施され、棚には革装の本が並んでいる。背表紙の擦れ具合を見ると、飾るためだけに同じ装丁を揃えたわけでもなさそうだ。卓や椅子も、仕上げのよい品ばかりである。
この部屋だけでも、かなりの金額が掛かっている。
それは調度品に限った話でもない。出された茶葉も、幼いながら躾の行き届いたメイドたちも、客を迎えるために金と手間を費やしていることを窺わせた。
ジオンがインドを占領する前には、連邦の高官や高級将校たちがここを利用していたのだろうか。これだけの館が、占領後の短い間に整えられたとは思えない。
先ほど道端で差し出されていた、小さな手のひらを思い出す。
私は書棚から離れた。
扉が控えめに叩かれたのは、その時だった。
「どうぞ」
開いた扉から、先ほどの幼いメイドが顔を出した。その後ろに、黒いワンピースを着た少女が立っている。
ひと目で分かった。
あの空間で、ララァと名乗った少女。
彼女は部屋へ入ると、翡翠のような美しい眼で、真っ直ぐに私の顔を見つめた。
「何度も、何度も貴女がここへ来ることを夢で見ました」
その声を、私は覚えている。返事をしようとした瞬間、視界の端を淡い光が走り、窓から届く日差しに幾つもの色が重なった。
壁も、書棚も遠ざかっていく。絨毯を踏んでいたはずの靴底には、もう何の感触もない。
三度目になると、驚くより先にララァの顔を探していた。
「今日、貴女がいらっしゃることも知っていました」
耳で聞いているのかも分からない声だった。
「そして、貴女が私をここから連れていこうとしていることも」
用件まで知っているのか。説明の手間が省けたと思う間もなく、胸の中で幾つもの問いが重なった。
ようやく聞ける。名前と顔だけを頼りに捜していた相手が、今は目の前にいる。
「ニュータイプとは、一体何なのですか?」
ララァが僅かに目を見開く。それでも、一度口をついた問いは止まらなかった。
「人が分かり合えるとは、それはどういうことなのですか?貴女は人が分かり合えるとは限らないと仰いましたね。それでは、この力は――
あの七色の光の中で、何を知っているのですか?私に何を伝えようとしていたのですか?」
順序立てて話すつもりだったはずが、肝心の返事を待つことさえできない。
操縦桿を握れば、この力は役に立つ。相手が動くより先に危険を感じ、狙うべき場所が分かる。そのおかげで助かったことも、助けられた者もいる。だが、技師に身体の異常を指摘されて、何も気にせずにいられるほど私は図太くなかった。
どこまでが自分の腕で、どこからがこの力なのか。この先、何が変わるのか。いくら考えても分からないことを、彼女なら知っているのではないか。
「貴女が会ったのは、私ではありません」
「……貴女では、ない?」
思わず聞き返していた。目の前の少女は、あの空間で見た姿と寸分違わない。声も、眼差しも、記憶に残るものと同じだった。それなのに、本人ではないという。
ここまで来て、と口をつきかけた。奥歯を合わせてそれを止める。
相手を確かめたいのか、確かめたいものを相手へ押し付けたいのか、自分でも分からなくなっていた。館の門を入ってからずっと、答えを持っているのはこの少女だと決めていたのである。
「私であって、私ではないのです。少なくとも、今ここにいる私とは。
私も、夢の中で会いました。もう一人の私に。貴女が迎えに来たなら、一緒に行くように、と」
「もう一人の……貴女に?」
その先の問いを、私はかろうじて呑み込んだ。
あの存在は、私をここへ導いたのか。それとも、別の意図をもって向かわせたのか。確かめたいことは、いくらでもあった。
だが、ここで重ねれば、この少女は口を閉ざしてしまうかもしれない。答えが欲しいばかりに、彼女が何を知っていて、何を知らないのかを聞こうともしていない。
私は浮かびかけた言葉を胸の内へ戻し、深く息を吸った。ゆっくりと吐き出してから、一歩下がる。詰めすぎていた距離を戻した。
いつもそうする時のように、肩から力が抜ける。足元は相変わらず頼りないが、声を抑えるくらいのことはできそうだ。
「……失礼しました。聞きたいことが、少々溜まっていたものですから」
ララァは何も言わず、私の次の言葉を待った。
その静けさの奥で、白いものが揺れた。
狭い部屋に、洗った布が幾重にも掛かっている。低い天井と、塗りの剥げた壁。布の隙間から差す光が、屈んだ誰かの肩を照らしていた。土間には鍋が置かれ、その脇に小さな履物が並んでいる。
行ったこともない部屋だった。それなのに、湿った布の匂いまで分かる。
「……ムンバイですか」
「はい」
私が尋ねたのか、彼女が見せたのかも分からない。
布の向こうが暗くなり、代わりに鉄の柵が見えた。
柵の奥には白い壁の建物がある。今日、私が上がってきた階段だ。それを見上げている目線がひどく低い。片手を引かれている。誰の手かは分からないが、自分の手より大きく、乾いていた。
柵の閉まる音がした。振り返っても、もう誰も立っていない。
建物へ向かって歩き出す足が、階段の高さに届かず、両手をついて上がった。
あの階段を、私は先ほど何も考えずに上がってきた。
次に見えたのは、卓の上に並べられた札だった。
向かいに座る男の指が、その一枚を裏返すのを待っている。灯りは低く、札の縁だけが光っていた。男が何かを尋ね、こちらが答える。答えると、男は満足したように頷いた。
自分が何を言ったのかは分からない。ただ、相手の喜ぶ言葉を選ぶ手順だけが、手のひらに残っている。
男の袖には金の刺繍があった。階級を示す位置だが、光の中では模様までしか分からない。顔も、こちらへ向いた顎の線が見えるだけだった。
そして、酒の匂いがした。
誰かの隣に座らされている。瓶を傾け、グラスへ注ぐ。注ぎ終わると、髪へ手が伸びてきた。払えない。膝の上へ置いた手を、上から押さえられる。腰へ回った手が、下へ動いた。
天井の漆喰に模様がある。それを数えている。何度も、同じところを。
廊下の向こうで、ララァお姉様、と呼ぶ小さな声がした。そちらを見ようとして、顔は動かせなかった。
手の甲に、誰かの指の感触が残っている。自分の手ではないのに。
背中からうなじへ、おぞけが走った。私は身体の前でその手を握り直す。
戦場でなら、顔を歪めても構わなかった。ここでは、そうもいかない。
ララァを見た。彼女は同じ場所に立ち、同じ目でこちらを見ている。今のものを私へ渡したという顔ではない。
見ましたとは言えなかった。言えば、この少女は自分が何を漏らしたのかを知ることになる。
私は息を整えるまで、少しの間そこに立っていた。
次に来たのは、待つということだった。
誰かを待っている。名前も知らない人を。
――待っているのは、貴女でしょう。
自分がそう思ったのか、言われたのかが分からなかった。
光の中に、人の顔が浮かんだ。
金色の髪と、青い眼。若い男だった。仮面もなく、軍服も着ていない。どこかの窓辺に立ち、こちらへ顔を向けている。穏やかな目をしているのに、今にも崩れてしまいそうにも見えた。
どこかで見た眼だと思った。
だがどこで見たのか、私はこの青を知っている気がする。記憶を辿ろうとしても、辿る先が無い。
胸の奥が締めつけられた。そばにいてほしい。何も言わず、ただ一緒にいてくれればよい。そう思ったかと思えば、今度はこちらから抱き締めてやりたくなる。
懐かしい、とさえ感じてしまう。
私は戸惑ってララァを見た。会ったこともない相手を、私が懐かしがってどうする。
光に照らされた横顔は、先ほどまでより幼く、そして無防備に見えた。先ほどの卓にも、酒の匂いのする部屋にも、この顔で座っていたのだろう。
「ここで待っていれば、迎えに来てくれる人がいるような気がするのです」
「どなたかと、約束を?」
「いいえ、会ったこともありません。名前すら知らないのというのに…」
もしも今、館の扉が開いてその人が姿を見せたなら、彼女はどんな顔をするのだろう。
そう考えた途端、彼女がここへ残りたいと思うことまで、あまりにもっともな気がしてしまう。知らない相手に、自分まで会いたくなりかけているのである。
私は危うく頷きそうになった顎を引いた。相手の名も知らない私まで、この少女と一緒に待つつもりになってどうする。そう思っても、胸に残ったものはすぐには引かない。
窓辺のカーテンが目に入った時、靴底に絨毯の感触が戻ってきた。
小卓の上には置いたままの茶器があり、扉の脇では幼いメイドがこちらを見ている。ララァは入ってきた時と同じ場所に立っていた。まだ何も言っていない顔だった。
先ほど胸に触れていたものは、もう同じようには届かない。
私はその幼いメイドへ目を向けた。
12歳くらいだろうか。見られたことに気づくと、彼女は慌てて小卓の茶器を片づけ始める。揃いの服と、躾の行き届いた手つき。玄関で私を迎えた時の、あの丁寧なお辞儀。
この子も、その青い果実が熟れるまで順番を待たれているのだろうか。
そう考えかけて、私は視線を戻した。今ここで確かめられることではない。
息を整え、今度は声に出して告げた。
「ララァ、と呼びます。貴女をここから連れていきたいのです」
ララァは胸元で指を組んだ。その指に力がこもるのが見える。
「貴女と行こうとは、思っていました。でも……ムンバイに、家族がいるのです」
「先ほど見た、布を干した部屋ですね」
言ってしまってから、私は自分の口を塞ぎたくなった。彼女が見せたつもりのないものを、こちらから数え上げてどうする。
ララァは小さく頷いただけで、何も尋ねてこなかった。
「あそこへ、毎月お金を送っています。私が占いをしていただいたお金から、少しずつ。ここを出てしまったら、あの人たちは……館の主人が、家族に何か言っていかないかも心配なのです」
「仕送りについては、私が何とかします。ご家族の住まいと、これまでどのように送っていたかを後で教えてもらえますか?」
「でも、そこまでお願いするわけには…」
「こちらからお誘いしたのですから、暮らしが変わる間のことは、私にも考えさせてください」
当座の金なら手持ちで賄える。家の者へ事情を伝えれば、現地で送金を取り次ぐ先も探してもらえるだろう。
ただし、毎月の額と、次に送らなければならない時期は、後で本人に確かめなくてはならない。館を通していた経路が分からないうちに任せてほしいと言っても、それは約束にならない。
どうしても安定した手立てが見つからなければ、軍属としてヌエ戦隊へ迎える方法もある。本人が望み、任用の手続きが通れば、働いた分を家へ送ることもできるはずだ。もっとも、それは最後の手段でよい。私の思いつきで、今ここで彼女の仕事まで決めることもないだろう。
「この館の主人とは、私が話します。ご家族へ話が向かないように、費用のことも含めて決めておきましょう」
ララァが、長く止めていた息を吐いた。
組んでいた指が少し緩む。それでも、完全にはほどけない。
「ほかにも、何か気に掛かることがありますか?」
尋ねると、彼女はしばらく答えなかった。やがて遠くを見るように目を上げる。
「私がいなくなったら、すれ違ってしまうかもしれません。あの人が、私を見つけられなくなったら……」
私に任せてほしいとは、今度は言えなかった。
金を用意し、連絡先を探せば済む話なら、できることを順に挙げられる。この願いには、何を差し出せばよいのかも分からない。
会ったこともないのだから、待つ必要はない。口にしかけたわけでもないその理屈が、今は随分と薄情に思える。私自身、説明のつかない出会いを頼りに、ここまで来ているのだ。
それに、誰かが迎えに来るという希望を支えにしていたのなら、急にそれを捨てろと言われても困るだろう。幼い頃にあの柵をくぐってから、この少女が何を頼りにしてきたのかを、私は今、知ってしまっている。
「貴女をここから連れ出す。その役目は、私が担っているのかもしれません」
翡翠の瞳がこちらへ戻る。私は、自分が何を請け負おうとしているのかを確かめながら続けた。
「もう一人の貴女が、私と一緒に行くようにと言ったのでしょう?それなら、ここを離れることにも、きっと何か理由があるのではありませんか?」
「理由……」
「その方にいつ会えるのか、私には約束できません。でも、ここを出るために、その方を諦める必要はないと思います」
ララァはすぐには答えなかった。私も、続ける言葉を持っていない。
会えると言い切れば、彼女の決心はつくだろう。だが、後でその約束を頼りに待つのは、私ではない。
残れば会えるかもしれない。出ていけば、その機会を失うかもしれない。どちらを取っても、確かなものは何もないのである。それでも、この少女はまだ私の前から動かずにいる。
「ここを出ても、待っていてよいのですね」
「ええ、私にはその気持ちまで手放してもらう理由はありません」
胸元で組んでいた指が、ゆっくりとほどかれた。
「……貴女と、行きます」
私は返事をしようとして、頷く方が先になった。
断られるかもしれないとは考えていたつもりだ。それなのに、彼女がそう言ってくれた途端、もう何も言わずに連れ出したくなる。これほど返事を待ち望んでいたのかと、自分の気持ちに少し呆れてしまう。
ララァも口元を緩めた。2人で同じように気を緩めたことが何だか可笑しくて、私もわずかに笑みを返す。
手を差し伸べる。
ララァはその手へ視線を落とし、一瞬だけ躊躇った。けれど、顔を上げた時には、もう指を伸ばしていた。
私の手を、しっかりと掴む。
その温かさを確かめる間もなく、廊下の向こうから慌ただしい足音が近づいてきた。
バン、と扉が開く。
入ってきた男は、肩で息をしながら私たちを見比べた。整えられた襟元が少し乱れており、その目が、繋いだ手のところで止まる。
「旦那様……」
メイドが身を引いた。
なるほど。この男が館の主人か。
主人は息を呑み込み、私の階級章へ目を走らせてから口を開いた。
「……当館に、どういった御用でしょうか」
「こちらのララァを連れて行こうと考えています。本人には、既に承知して貰いました」
私はララァの手を離さず、男へ向き直った。
「承知、と仰いましても。急においでになって、そのような話をされては困ります」
「ですから、主人である貴方にもお話ししようと思っていたところです。もちろん、身請けに必要な費用はきちんとお支払いします」
「金を払えば済むというものではありません!私はその娘を、9歳の頃から育ててきたのですぞ。衣食住を与えて、作法も覚えさせてきた。その娘が、ようやくこれからという時に」
「これから、とは?」
それまで私に向いていた主人の顔が、ララァの方へ傾く。本人にもよく聞かせたいとでもいうように、次の言葉には力がこもっていた。
「今はまだ16ですが、17になってからの予約は、もう随分と入っているのです。お待ちになっているお客様にも、どう説明すればよいのか」
何の予約かなど、聞き返す必要はない。
ただ、本人が目の前にいるというのに、よくも平然と口にできるものだ。私は返事をする前に、息を吐いた。自分で思っている以上に手へ力が入っていたらしく、ララァの指が動くのに気づいて握りを緩める。
彼女を隣へ寄せても、主人はまだ説明を続けるつもりらしい。その顔を見ているうちに、用意しかけた言葉が幾つか消えた。こちらの気持ちを、この男に分かってもらう必要もないだろう。
「その予約は、無かったことにしてしまえば宜しい」
「ですから、そう簡単には――」
「断る理由が必要でしたら、私が連れて行ったとお伝えください。本人も、ここを出ると決めています」
主人が目を細めるのを見ながら、私は次の返事を待った。こちらが声を荒らげたところで、隣のララァまで怯えさせるだけだ。普段よりゆっくり話している自覚はあったが、声を張る気にはならない。
「これ以上勝手なことをなさるのでしたら、マンガルールの警務隊を呼びますぞ」
「マンガルールの警務隊でしたら、私と一緒に来ておりますよ。今も外で待機しています。必要でしたら、武装した警務隊をこちらへ呼びましょうか?」
私が扉の方を見ると、主人も開きかけた口を閉じて振り返った。廊下には誰も立っていない。外の車両まではここから見えず、男は扉と私の間で視線を迷わせている。
「外の兵は、警務隊の……」
「ええ、こちらまで案内してもらいました」
詳しく説明してやるまでもないだろう。私が黙っていると、主人は唇を湿らせ、少し声を落として話し始めた。
「少佐。貴女は、当館にどのようなお客様がお見えになるか、ご存じではありますまい」
「存じませんね」
「ジオンの高官の方々もいらっしゃいます。将軍と呼ばれる立場の方も。そのような方々のお約束を、貴女の一存で反故にしてよいとお考えですか?」
連邦の将校が座っていたかもしれない椅子に、今ではジオンの将校が座っている。それだけのことなのかもしれない。
私は先ほど眺めた白磁へ、一度だけ視線を向けた。
良い品を置いていることと、主人の品性とは、また別の話であるらしい。
「お客様へのご説明がそれほどお困りなのでしたら、今すぐにドズル閣下とガルマ大佐に連絡を入れて差し上げましょうか」
主人がこちらを見返したまま黙ってしまったので、私は話を続ける。客の名を借りて私を脅すのなら、その客にも知っておいてもらえばよい。
「17歳になってからの予約が多数あるため、身請けには応じられない。そういうお話でしたね。きっと、親身にお話を聞いてくださると思いますよ。ドズル閣下からキシリア閣下にもお話が伝われば、お客様方へのご説明もしやすくなるのではありませんか?」
「い、いや、それは……そこまで大事にするような話では」
「そうですか。では、ご主人と私の間で、お話を済ませられますね。違いますか?」
もう片方の手をララァの手へ添えてから、そっと離す。彼女は隣を動かず、主人の返事を待っている。
男は私の階級章に目を留めた。少佐の階級では、この土地の将官に命令などできない。それくらいは分かっているのだろうが、先ほどのように言い返してはこない。
「失礼ですが……これは、軍の正式な命令なのでしょうか」
「私個人の申し出です。身請けに必要な費用も、私の家で負担します」
「個人で……。では、先ほどの閣下方のお話は」
「必要でしたら、私から事情をお伝えできると申し上げたのです」
主人は何か言おうとしては口を閉じ、私の顔を確かめ直す。軍命でなければ押し返せると思ったのだろうか。そうだとしても、外には警務隊がいて、目の前の女はザビ家へ連絡を取ると言っている。
どうやら、私が説明した以上の何かを、勝手に考え始めているらしい。私はあえて言葉を足さず、その様子を眺めていた。
警務隊が同行しているのも、閣下方へ連絡を取れるのも事実だ。そこからどのような立場や権限を想像するかは、この男の自由である。
勘違いを重ねてくれるなら、こちらとしても都合がいい。
内心でほくそ笑む。社交の席でも、相手が勝手に話を大きくしてくれることはあった。わざわざ自分の権限がどこまで及ぶのか、丁寧に教えて差し上げる義理もない。
「……貴女は、一体」
「お客様には、ナカノミヤ家の長女が連れていったとお伝えすれば宜しい。それで、皆様ご納得くださると思います」
主人の表情が変わった。
そのまま暫く私を見つめ、何かを確かめるように瞬きをする。すぐに頭を下げることも、笑顔を作ることもできないらしい。
「ご不満のある方には、私へ直接お話しいただきましょう。ララァや、ムンバイのご家族へ持ち込む必要はありません」
主人は唇を固く結び、ララァへ視線を移した。眉間に刻まれた皺は深く、まだ何か言い返したいらしい。私は急かさず、その顔がこちらへ戻るのを待つ。
「……承知、いたしました」
絞り出すような声に、不本意だという思いが滲んでいる。これ以上争う方が割に合わない。その辺りで折り合いをつけたのなら、こちらとしてはそれで構わない。
「ありがとうございます。それでは、費用を伺いましょう」
主人は一度咳払いをし、身請けの額を口にした。
私は金額を確かめた。実家へ回すには、理由を一枚添える程度では済まない額である。
構わない。あとで父に何を言われようと、それは私が聞けばよい話だ。9歳から衣食住を世話してきたという話まで、嘘だと決めつけるつもりもない。その年月に掛かった費用を含め、支払うべきものは支払う。
その上で、この支払いをもって館からララァと家族への請求を終えること、今後の予約についてはこちらの申し出を理由に断ることを確認した。
男はそのたびに僅かに口元を歪めたが、最後には頷いた。
「請求書は、後ほど実家へ回してください。こちらからも話を通しておきます」
連絡先を記した紙を渡すと、主人はそれを受け取り、記載された名をもう一度眺めた。
ナカノミヤの名を使うと決めたのは、車を降りる前だった。出る杭は打たれると学んではいても、それとこれとは別の話である。使えるものがあるのなら、今日は全部使って帰る。
私はララァへ向き直った。
「ララァ、急いで荷物をまとめてきてください。必要でしたら、外の兵士たちにも手伝わせますよ」
「ありがとうございます。でも、荷物は少ないですから。私だけで大丈夫です」
ララァは小さく頭を下げ、扉へ向かった。脇に立っていたメイドが慌てて道を空け、その後を追いかけていく。
応接室には、私と主人だけが残された。男は懐へしまった連絡先をもう一度取り出し、黙って眺めている。こちらへ座るよう勧める気は、もうないようだ。
ララァが戻ってくるまで、さほど時間は掛からなかった。
開いた扉の向こうに立つ彼女は、先ほどと同じ黒いワンピースを着ている。その手には、小さな旅行鞄が1つだけ提げられていた。
後ろに荷物を持った使用人が続いてくる様子もない。
「……それだけですか?」
「はい。これで全部です」
片手で持てる、大きくもない鞄だった。
私は何か言いかけたが、やめた。必要なものが足りなければ、これから揃えればよい。
「分かりました。では、参りましょう」
ララァは主人へ向き直り、静かに頭を下げた。
「長い間、お世話になりました」
男は不機嫌な顔のまま、短く頷いた。それ以上の言葉はなく、私たちが扉へ向かうと、ようやく脇へ退く。
私は最後に一礼し、ララァと共に部屋を出た。
玄関へ向かっていると、廊下の脇から幼いメイドたちが数人、小走りにやってきた。
「ララァお姉様」
呼び止められたララァが足を止める。少女たちは彼女の旅行鞄へ目を遣ってから、私へ向き直った。
「ララァお姉様を…よろしくお願いします」
先頭の子が頭を下げると、ほかの子たちも揃ってぺこりとお辞儀をした。
「ええ、任せてください」
私が答えると、ララァは小さな旅行鞄を足元に置き、少女たちへ手を伸ばした。その手を、すぐに1人が握る。
「お姉様、お手紙をくださいますか?」
「ええもちろん。落ち着いたら、必ず書くわ」
「私たちも、お返事を書きます」
ララァは微笑み、握った手にもう片方の手を添えた。
「ありがとう。皆も、元気でね」
「お姉様も、お元気で」
私は玄関の脇に立ち、彼女たちの別れを待った。
やがてララァはゆっくりと手を離し、旅行鞄を持ち直した。私の隣まで来てから、もう一度少女たちを振り返る。
小さく振られた手に、メイドたちも手を振り返した。
私は扉を押さえ、ララァが外へ踏み出すのを待った。
その背へ、廊下の奥から声が掛かった。
「少佐。あの娘がいなくなって困るのは、私だけではありませんよ」
私は鼻を鳴らした。
それから一度だけ振り返る。玄関の脇には、先ほど見送りに出てきた少女たちがまだ並んでいた。
「幼い娘を商いの道具にするのは、そろそろやめておくことです」
返事は聞かずに扉を抜けた。この男が聞き入れるとは思っていない。
ただ、キシリア閣下なら別だろう。軍内での女の扱いを変えたがっている方である。ジオンの将官が16の娘の予約に名を連ねている館がある、と伝えれば、私が何を頼むより早く話が進むのではないか。
あの卓の向かいに座っていた男が誰だったのかも、調べさせればよい。袖の刺繍は覚えている。
そこまで考えて、自分の考え方に少し笑ってしまった。娘たちを助けたいのか、手札を増やしたいのか。どちらでも構わないのかもしれない。動くものが動けば、それで。
車寄せでは、下士官が私たちに気づいて姿勢を正した。
ララァと鞄を見たところで事情は察したらしいが、余計なことは尋ねてこない。
「お待たせしました。この娘も一緒に戻ります」
「了解しました。お荷物を」
兵が差し出した手へ、ララァは旅行鞄を預けた。
乗り込む際に私が手を貸すと、今度は迷わず掴んでくれる。隣へ座ったところで鞄を返してもらい、彼女はそれを膝の上に置いた。
下士官が乗車を確かめ、運転兵へ合図を送る。
サウロペルタがゆっくりと動き出した。玄関の前では、幼いメイドたちがまだこちらを見送っている。ララァは身体を少し捻り、その姿が植え込みに隠れるまで手を振っていた。
館の主人は、扉の陰に立ったまま動かなかった。
森へ戻ると、行きと同じように枝の影が車内を横切った。
ララァは鞄の取っ手を両手で持ち、前を見ている。しばらくしてから、ふとこちらへ顔を向けた。
「……本当に、あの館から出てこられたのですね」
「ええ、そうです。色々と思うところがあると思いますが、まずは基地へ戻りましょう。それから、帰りの便を相談しなければ」
「貴女がいらした所へ?」
「キャリフォルニアベースです。今は、そちらで仕事をしています」
遠いのですね、とララァが呟く。
鞄を抱え直した彼女の横顔を、私は少し窺った。先ほどまでのようには、その胸の内は伝わってこない。寂しくなったのかもしれないし、これから向かう土地を思っているのかもしれない。
私は話しかけるのをやめ、森を抜けるまで隣に座っていた。車輪が路面の窪みを拾うと彼女の肩が触れ、すぐに、ごめんなさい、という声がする。構いませんよと返し、私は座る位置を少しずらした。
基地へ戻ると、下士官は私たちを輸送担当のところまで案内してくれた。そこまで世話になるつもりではなかったのだが、知らない土地で人を捜し回らずに済むのはありがたい。
案内と護衛の礼を述べて軽く付届けをしてから別れ、担当者と帰りの便を相談する。直接北米へ向かう便はなく、まずはデリーへ戻らなければならないそうだ。
出発まで休める場所を借りると、ララァは壁際へ鞄を置き、椅子の端に腰を下ろした。軍の建物に入るのは慣れないのだろう。廊下を兵が通るたび、そちらへ顔を向けている。
「少しここで待っていてください。帰る先にも、連絡を入れておきます」
「はい。お待ちしています」
キャリフォルニアベースには、捜していた少女を伴って帰ることと、民間人として滞在させるための部屋が必要なことを伝えた。帰りの予定も決まり次第知らせるよう言われ、私は手帳へ書き留める。連れていったところで泊まる場所もない、というわけにはいかない。
部屋へ戻り、実家にも連絡する前に、ララァから家族の住所と仕送りの方法を聞いておくことにした。
彼女は鞄から小さな紙包みを取り出し、その中にしまってあった手紙を広げてくれた。幾度も折り畳んだのか、折り目のところが白くなっている。私は宛先を書き写してから、送る額と次の仕送りの時期を確かめた。
当面の分は手持ちで賄える。そう伝えると、ララァは何か言いかけて手紙へ目を落とし、それから私へ礼を述べた。もう、断ろうとはしなかった。
筆記用具と紙を借り、彼女にも家族への手紙を書くよう勧める。向かい合って机につくと、私は実家への連絡をまとめ始めた。
館からの請求書を受け取ってもらい、ムンバイへの仕送りを継続できるよう、現地で取り次ぐ先を探してもらう。費用も事情も書き添えてから読み返してみると、どうにも説明の順序が悪い。最初に娼館の名が出てきては、その後を落ち着いて読んでもらえるか怪しいものだ。
私は冒頭を少し書き直した。家名を出した時には主人の顔色ばかり見ていたが、後始末をするのはこちらである。
ふと顔を上げると、ララァの筆が止まっていた。紙には何行か書かれているが、その先が続かないらしい。
「何か、書きにくいことがありますか?」
「急に遠くへ行くなんて、心配をかけてしまいそうで…」
「でしたら、無事でいることから書いてはいかがですか?それに仕送りも続けられると。詳しいことは、落ち着いてからまた書けばよいでしょう」
ララァは書きかけの文面を読み直し、余白へ何かを書き足した。それからは、ときどき言葉を選ぶように筆を止めながらも、少しずつ紙を埋めていく。
私は自分の連絡を仕上げ、帰路の予定を確かめながら彼女を待った。
マンガルールを発つファット・アンクルには、貨物と共に私たち2人が乗り込んだ。
隣の席で固定帯を締めたララァは、機体が浮き上がると鞄の取っ手を握り直す。何か話した方がよいだろうかと考えているうちに、彼女の肩から力が抜けた。そのまま外の景色へ目を向けているので、私は邪魔をせずに座り直す。
デリーでは、出発前に中佐のところへ顔を出した。
私の後ろにいるララァを見て、中佐が少し目を丸くする。
「本当に見つかったのかね」
「はい中佐。中佐のおかげです。ありがとうございました」
詳しく尋ねたそうな顔ではあったが、中佐はそうか、よかった、とだけ返してくれた。こちらも館でのやり取りを長々と話す気にはならず、改めて礼を述べて辞去する。
預けていたドップは別便でキャリフォルニアへ返送してもらい、私たちは北米方面へ向かう輸送便に乗せてもらうことになった。1人で飛んできた時と、同じようにはいかないのである。
そこからは、幾つもの基地を経由しての帰還だった。
給油だけで済む場所もあれば、荷の積み替えに思いのほか時間を取られることもある。次の便が翌朝になると聞き、借りた宿舎で一泊することにもなった。
その待ち時間に、家からの返事を受け取る。請求と送金先の手配を進めるという文面をララァに伝えると、彼女は封をした手紙を差し出した。私が出かける前にも、膝の上で両手を重ねて押さえていたものだ。
発送の手続きを済ませて戻ると、彼女が真っ先に私の手元を見た。封筒がないことを確かめ、ありがとうございます、と小さく言う。その顔を見て、帰りを急ぐばかりでもいけないのだと、私は少し気持ちを改めた。
ニホンを経由し、太平洋を渡る頃には、ララァも輸送機の中で休むことに慣れ始めていた。
鞄は足元へ置き、借りた毛布を膝に掛けている。次に降りる基地のことを伝えようと隣を見れば、いつの間にか眠っていた。
あの館では随分と落ち着いて見えたが、こうして眠っていると年相応の少女である。
私は声を掛けるのをやめ、手元の書類へ視線を戻した。
ニュータイプとは何なのか。もう一人のララァは、何を知っているのか。顔を見れば、まだ聞きたくなる。それで隣の少女を起こすほど、今すぐ確かめなければならないことでもあるまい。
部屋が決まったら、必要なものを揃えよう。その後は彼女と相談しながらになる。私自身も、基地へ戻れば08Bの試験が待っているのだから、ずっとついていてやれるわけでもない。
そこまで考えたところで、隣の寝息につられるように眠気が差してきた。私は書類を閉じ、背もたれへ身体を預ける。
やがて着陸の案内があり、私はララァの肩へ軽く触れた。
「ララァ、そろそろ着きますよ」
彼女はゆっくりと目を開き、毛布を押さえながら身体を起こした。
窓の向こうには、見覚えのある海岸線が広がっている。機体が高度を下げると、滑走路と格納庫、広い構内を行き来する車両が見えてきた。
車輪が滑走路に触れ、減速に合わせて固定帯が身体を支える。
キャリフォルニアベースへ戻ってきたのだ。
降り口が開くのを待ち、私は荷物を取って立ち上がった。
ララァも鞄を持ち直す。外から入ってきた風に目を細め、降り口へ近づくにつれて歩みがゆっくりになった。
マンガルールの補給基地とは、何もかも規模が違う。遠くではMSが移動し、牽引車が機材を載せた台車を引いている。ララァはその大きさを確かめるように、一度顔を上げた。
「……ここで、お仕事をなさっているのですね」
「そうです。ですが、今日はまず部屋へ行きましょう。基地の案内は、休んでからにします」
輸送機の脇へ来た迎えの車に、ララァを先に乗せる。荷物はこちらへ、と運転兵に言われても鞄を抱えているので、私は、本人が持っていますから、と伝えて隣へ座った。
「長旅で疲れたでしょう?」
「少し。でも、大丈夫です」
ララァはそう答え、窓の外へ目を向けた。
格納庫の前を通る時、私はそちらをちらりと見た。帰ったばかりで捕まれば、そのまま試験の話が始まりかねない。主任技師への挨拶は、彼女を部屋へ案内してからでよいだろう。
車は格納庫の前を通り過ぎ、宿舎へ向かう道へ入った。
ご高覧ありがとうございます。
まず初めに、安心してください。
ララァはお触りされただけで、あっちの方は無事です。
あの手は一体何シア・何ロなんだ…
今回はとにかくララァをメインに据えた回になりました。
このララァはジークアクス世界線に居たララァと同じく、コズミック悪霊ララァとは別次元の同一人物になります。
当作品の人物設定としては、かなりジオリジンに寄せているものの、ララァに関しては原作寄りになっています。
本来であれば、カバスの館自体は富野監督執筆の小説『密会〜アムロとララァ』に初登場した場所で、ララァはそこで既に娼婦として働いていたと言うことになっています。(で、シャアに身請けされる)
が、富野監督の小説、TVアニメ、どちらを正史と取るかは諸説あるので、私は原作寄りと表現しましたが皆さんのお好きな解釈で良いと思います。
私はジークアクスを見てうわー!!ってなったので、17歳から恋人さんを取らされると言う設定を加えて、公式のララァの年齢が17歳になる前に主人公を使って身請けさせました。(フラナガン博士もニッコリ)
今回特に大変だったのは、現物ララァとの感応シーンです。
もう2度と同じ様な感じで書きたくありません。何度書き直したのか…
ちなみに、CVぶりぶりざえもんの人はここに来ましたが、恋人さんになりに来たのではない、とだけ言っておきます。
さて、第29話もお楽しみ頂けたでしょうか?
第5章も14話ほど有りますので、また2週間ほどお付き合い頂けたらと思います。
よろしくお願い致します。
登場させるとしても大分先になりますが、ジークアクスのキャラを出すのはアリかナシか。(出るならニャアン)
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アリ
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ナシ
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どっちでも良い
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早く書け