技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
今回は注釈が無い回になります。
宇宙世紀0079年4月30日
シャトルの窓から見えたヨーツンヘイムは、相変わらず大きかった。
地球を背にした船体へ作業灯が点り、開いた格納庫の奥には誘導員の姿が見える。たった10日ほど留守にしただけなのに、その明かりを見つけると、ようやく帰ってきたという気になった。
窓へ顔を寄せているのはララァだけではない。通路を挟んだ席から、ミアも首を伸ばしている。
「あれが、ヨーツンヘイムですか?」
「ええ、わざわざ地球軌道まで迎えに来てくれました。中も広いですから、初めのうちは迷わないようにしてくださいね」
「格納庫があんなに大きいんですね。あそこなら、かなりの設備が入りそう……」
ミアの目が窓の向こうを忙しく動く。輸送船を見てまず気になるのが格納庫とは、いかにもこの娘らしい。
ララァは船の端から端へゆっくり視線を移し、そのまま黙って見つめていた。
収容を終えて固定帯を外すと、身体がふわりと座席を離れた。
私には馴染みのある感覚でも、ララァにはそうではない。足を下ろそうとしても床へ届かず、座席の背に掴まったまま自分の靴を見ている。
「手摺を使いましょう。強く蹴ると、向こうで止まれなくなりますよ」
隣の手摺へ手を移して見せると、ララァも同じように腕を伸ばした。少し進んでは止まり、次に掴む場所を確かめてから身体を運ぶ。
ミアが先で待って、曲がり角の手摺を指している。2人が通路へ出たのを見届け、私も荷物を抱えて後に続いた。
荷物を預け、軍服へ着替えてから艦橋へ向かう。
先に行ったマイ中尉とモニク大尉は、入口の脇で待っていた。中尉の手には、もう地上から持ち帰った記録の入った鞄がある。居室へ置いてくる時間くらいはあったはずだが、早く渡してしまいたいのだろう。
私は2人の少女を後ろへ伴い、開いた扉を通った。
「ナカノミヤ少佐、ただいま戻りました」
こちらへ振り向いたプロホノウ艦長に敬礼する。艦長は椅子から身体を起こし、私たちを順に見た。
「よく帰ってきてくれた。相変わらず地上では大変だったようだな。皆、ご苦労だった」
「艦長こそ、迎えに来て頂けて助かりました」
「なに、少佐達を置いて我々は何処に行けば良いのか。そんな恐ろしいことは出来んな、フフフ。……あー、ところで、ソンネン少佐はどうした?」
艦長の目が、私たちの後ろへ向く。人数が足りないことには、初めから気づいていたらしい。
モニク大尉が一歩進み答えた。
「ソンネン少佐は、軍命によって地上に残留となりました。我々だけで帰還しています」
「そうか。まぁ、宇宙にいるより仕事は多いだろう」
艦長は短く頷いた。マイ中尉が差し出した書類を受け取り、副長へ回してから、今度は私の肩越しへ目を留める。
「それで、そちらのお嬢さん方は?」
私は少し横へ退き、ミアを促した。
「こちらがミア・ブリンクマン技術少尉です。地球攻撃軍から私の隊へ出向することになりました。機体の整備や試験でも、力を借りることになります」
「ミア・ブリンクマンです!よろしくお願いします!」
勢いよく敬礼した拍子に、ミアの身体が僅かに浮いた。足の固定を確かめてから腕を下ろす様子に、近くの乗員が口元を緩める。
ミアはそれに気づき、少し赤くなった。
「そう固くならなくていい。私は年齢や見た目よりも仕事振りで人を評価したい。頼りにしてよいかな、技術少尉」
「は、はい!」
「それと、こちらはララァ・スンです。故あって、地球で拾ってきました。当分は私が面倒を見ますので、よろしくお願いします」
ララァは艦橋内の手摺を持ち直してから、丁寧に頭を下げた。
「お世話になります」
その声を聞いて、操舵席の乗員まで少しこちらへ顔を向ける。ミアとは違って軍服を着ていない少女が私の後ろに立っているのだから、気になるのも無理はない。
ただ、詳しい事情まで話すつもりはなかった。
マイ中尉とモニク大尉、それにミアは知っている。それで十分だろう。新しく会う者のたびに、ララァが何処で暮らしていたかを説明して回る必要などない。
艦長もそれ以上は尋ねなかった。
「宇宙は初めてなようだな。分からないことがあれば、近くの者に聞きなさい」
「はい、ありがとうございます」
「しかし、随分と可愛らしいお嬢さん方がこの艦にご乗船頂けるとは。雰囲気が華やかになって嬉しいものだな」
艦長が冗談めかして笑うと、何人かの乗員も頷いた。後ろの席からは、ようこそ、と声まで掛かる。
ところが、私の隣でモニク大尉が腕を組んだ。
「あら、私やナカノミヤ少佐には華がないとでも言いたげですね?それはまた随分な仰り様だと、ご自分では思われませんか?」
「まさか!私は少佐が帰って来てくれて嬉しい。もちろん、特務大尉も無事で何よりだ」
艦長は私へ一度顔を向け、それからモニク大尉へ視線を戻した。
華があるかどうかには、とうとう触れない。大尉の片眉が上がり、艦橋の奥で誰かが咳払いをした。副長は受け取ったばかりの書類を開いているが、先ほどから同じ頁のままである。
私まで口を挟めば、話が長くなりそうだった。黙っていると、モニク大尉がこちらを見て、軽く肩を竦める。
その仕草に、私も少し笑った。
艦橋を辞してから、ミアとララァには艦内の案内を受けて貰った。
2人とも、この船で暮らすのは初めてだ。食堂や居室だけでなく、気密扉の扱いと退避経路も覚えなくてはならない。ララァが持っていた荷物のひもが通路へ浮き出すと、ミアが掴んで鞄へ挟み直している。
私はその後ろをついて歩きながら、副長から留守中の報告を聞いた。
後ほどオキノトリシマへも移り、ガネバン中尉をはじめヌエ戦隊の面々に2人を引き合わせた。ここでも、ララァについては同じ説明に留めている。
挨拶を終えたミアは、格納庫へ案内されると、早速ザクⅠQ-2型の背中へ目を向けた。あの改修が気になるらしい。担当の整備兵が説明を始めたので、私は邪魔をせず、ガネバン中尉から訓練記録を受け取る。
留守の間も、予定通り訓練は続けてくれていた。各機の稼働時間と整備の記録に目を通し、明日使える機体を確認しておく。
部屋へ戻った頃には、地上から持ち帰った荷物より、こちらで受け取った書類の方が多くなっていた。
宇宙世紀0079年5月1日
整備架台の上で、ヅダが片腕を下ろしていた。
二人静の深い紫とサフグレーに塗られた装甲は、作業灯を受ける面だけ、紫が明るく浮かび上がって見える。地上で幾つものMSに乗ってきたせいか、腰から下が妙に細く感じられた。
あの釣鐘のような脚を見慣れてしまったのだろう。
私は架台の手摺を伝い、胸のハッチへ向かった。
「少佐、シートの位置は変えていません。右の補助モニターだけ交換しています」
「分かりました。留守の間も、手を掛けてくれてありがとうございます」
整備兵に礼を言い、操縦席へ身体を収める。
背中に触れるシートも、膝の横へ来る操縦桿も、すぐに手足の置き場が決まった。08Bでは肘を動かすたびに隣のミアを気にしていたが、こちらならその心配はない。
主電源を入れると、交換されたモニターがほかより少し明るく光った。表示を調整してから、順に点検を済ませる。
試験機の初始動のように、何が起きるかと身構える必要がないのは有難い。もっとも、こいつも元は相当に癖のある機体なのだが。
発進して船体から離れ、短く推力を掛ける。
足元にも頭上にも地面はない。機体を横へ倒すと、艦の明かりがモニターの端へ回り、そのまま背後へ流れていった。
私は肩の力を抜いた。
地上のホバー移動も面白くはあったが、曲がる先に斜面や建物がないというのは、やはり良い。
『メテオ02、準備完了。03、04も所定位置です』
ライヒ中尉からの報告に、私は艦隊へ目を戻した。
中央にヨーツンヘイム。その前方をオキノトリシマとミナミトリシマが守り、3機のザクⅠQ-2型が互いに間隔を取っている。
特別義勇兵は6人いるが、機体は3機だ。今出ている組と、記録を見ている組を交代させながら、全員の動きを確かめる予定である。
「留守の間に、どれだけ上手くなったか見せて貰いましょう。護衛対象はヨーツンヘイムです。私を追い回すことばかり考えないように」
『了解しました』
回線の向こうで、返事が揃った。
今日の演習も、以前と同じくペイント弾を使う。ザクマシンガンと各艦の機銃は訓練用の弾薬へ換装済みで、命中すれば塗料が弾け、被弾箇所は機体側のセンサーにも記録される。
護衛艦のメガ粒子砲も訓練出力に絞ってある。マイ中尉たちが記録を確認し、危険な接近があれば中止を掛けることになっていた。
私はザクマシンガンの装填を確かめ、開始の合図を待った。
最初は、正面からである。
ヨーツンヘイムへ向けて加速し、前へ出てきたライヒ機へ照準を寄せた。中尉はすぐに機体を傾ける。以前のように長々と噴かし続けず、短い噴射で位置をずらしていた。
その後ろでは、スミス機がこちらへザクマシンガンを向けている。
ライヒ機を追って射線を動かすと、今度は彼のザクマシンガンが火を噴く。私は引き金を引くのをやめ、足の向きを変えて横へ抜けた。ペイント弾が、つい先ほどまで胸のあった位置を通り過ぎていく。
ほう、以前ならこの時点で片方は撃破判定だったはずだ。
ヘルベルト機は2機より少し後ろに残っていた。こちらの正面へ無理に出ず、ヨーツンヘイムへ向かう進路を塞ぐ位置にいる。
その向こうで、オキノトリシマの砲塔が回り始めた。
このまま押せば、MSと艦砲の両方を相手にすることになる。私はヅダの上体を起こし、いったん艦隊から離れる方へ推力を掛けた。
まだ逃がしたくない、とでも思ったのだろうか。
ライヒ機の噴射が伸びた。
私は速度を僅かに落とし、肩越しにザクマシンガンを向ける。
撃ち返してくるライヒ機を横へ避け、もう少し離れる。スミス機も中尉との間隔を保とうとして前へ出た。2機が互いを見ている間に、背後の艦との距離が広がっていく。
そこで私はヅダの向きを変えた。
進んでいた勢いを残したまま主推進器を別の方向へ向け、2機の下を斜めに横切る。追ってきたザクが慌てて頭を回した時には、既にその外側へ出ていた。
『02、戻れ!』
ガネバン中尉の声が入った。
オキノトリシマもこちらへ艦首を振っている。だが、私を追うスミス機が砲口の前へ重なり、射撃が一瞬止まる。
ヘルベルト機が前へ出た。彼だけは、まだ守る場所を間違えていない。
私はその機体へザクマシンガンを短く連射し、回避した側とは反対へ進路を取る。ヘルベルト機が向き直るまでの間に、ヨーツンヘイムの大きな船腹が開いた。
照準を重ねて引き金を引く。弾頭が船腹で弾け、紫色の塗料が外板へ広がった。
判定の声が入ったところで、私は推力を落とした。
『ヨーツンヘイム、被弾判定。演習を中断します』
ライヒ機とスミス機が戻ってくる。
私は2機の間を見比べ、回線を開いた。
「最初の連携は良かったですよ。中尉が避けた後も、スミス少尉の射線が残っていました」
『……ありがとうございます』
「それで、何処まで追うつもりでしたか?」
中尉が答えるまでに、少し間があった。
『仕留められると、思いました』
「ええ、そう思って貰えるように逃げましたから当然です」
スミス少尉が、通信の向こうで小さく息を吐く。
私の機体ばかり見ていれば、逃げる敵に見えただろう。だが、こちらには向きを変える余裕があり、彼らは母艦から引き離されている。追いかけているつもりで、選ばされていたのである。
「私を逃がしても、ヨーツンヘイムは沈みません。中尉たちが留守にした場所を抜かれたら、今のようになります」
『了解しました。次は深追いしません』
「それだけでは困ります。追うのをやめる時は、誰がこちらを見るのか伝えてください。向こうの艦も、貴女の考えまでは分かりませんよ」
ガネバン中尉から、先ほど射撃を止めた際の記録が送られてくる。
ライヒ中尉はそれを確認し、次の配置について短く指示した。言われた位置へ戻るだけでなく、ヘルベルト少尉へ受け持つ範囲を確かめている。
私はそのやり取りが終わるのを待ってから、再び開始位置へ向かった。
2度目には、3機とも追ってこなかった。
その代わり、動かなさすぎる。
私はミナミトリシマの艦尾側へ大きく回った。ザクたちは最初の配置を守ろうとして、こちらが移動した分だけヨーツンヘイムから遠い側へ残ってしまう。
艦を守ることと、決められた場所でじっとしていることは違うのだ。
今度は護衛艦が進路を塞いだので、すぐに母艦へは取りつけなかった。それでも、3機が位置を変え始める前に、私は艦砲の追尾しづらい方へ回り込んでいる。
「ライヒ中尉。私が何処にいるかは、見えていますね?」
『見えています!03は母艦寄りへ、04は私と回り込め!』
動き始めたところへ、私は逆方向の噴射を入れた。
ザクの隊列が一瞬伸びる。そこを抜け、もう一度ヨーツンヘイムへ照準を重ねた。短く撃ち込んだペイント弾が、先ほどとは別の外板を紫に染める。
守る場所を教えた途端に、そこへ縫い付けられてしまう。中尉自身も、いま何が起きたかは分かったようだった。戻ってくる機体の動きが、先ほどより少し荒い。
私は彼女の推進剤残量を確認し、一度帰投するよう伝えた。
『まだ続けられます』
「続けますよ。交代したら、今度は外から見てください」
残る3人に機体を渡すと、似たところで失敗する者もいれば、慎重になりすぎて射撃の機会を逃す者もいた。
操縦そのものは、留守にする前より確実に良くなっている。加速で振り回されず、姿勢を戻すまでの時間も短い。ただ、敵と僚機と艦の位置を一緒に考え始めると、途端に操作まで忙しくなるらしい。
私は進入方向を変え、同じ組にも何度か相手をして貰った。
その日の訓練を終える頃には、私の背中も汗で湿っていた。
格納庫へ戻り、ヘルメットを外すと、足場で待っていたミアが端末を差し出す。
「左脚の姿勢制御、戻りが少し遅くなっています。最後の方で、補正を足していませんでしたか?」
「気づきましたか?整備班に見て貰いましょう。明日も使いますから」
「はい、マイ中尉にも記録を見て貰っています」
ミアは頷き、整備兵の方へ身体を運んでいく。昨日は遠慮がちに見上げていた架台を、今日はもう、自分の仕事場として使い始めていた。
私は濡れた髪を払って、反省会へ向かった。
机に並んだのは、撃墜の数よりも航跡だった。
自分が何処で向きを変え、その時に僚機と母艦が何処にいたのか。操縦席では見えていたつもりのものも、外から記録を流すと随分違って見える。
ライヒ中尉は、私を追って艦から離れたところで再生を止めた。
「この時点で、戻るように言うべきでした」
「ふむ、そうですね。では、スミス少尉は?」
「中尉に追いつくことばかり考えていました。母艦との距離は、見ていませんでした」
私は記録を少し先へ送る。
私の抜けた場所へ、ヘルベルト機が遅れて移ってくる。彼は手元の端末と映像を見比べ、ライヒ中尉へ顔を向けた。
「追うならこちらを残すと先に言って貰えれば…。少なくとも、向きを変えるのは早く出来たと思います」
中尉はしばらく映像を見て、それから頷いた。
私は口を閉じ、6人の話が続くのを聞いていた。
翌日からも出ては戻り、記録を見て、また出る日が続いた。
もちろん、ずっとヅダを飛ばしておけるわけではない。機体を点検している間は操縦シミュレーターを使い、艦の勤務が合わない時には、MSだけで連携を確かめる。
6人の組み合わせも替えた。いつもの相手なら言わずに済んでいたことが、別の者には伝わらない。僚機が動くと思って射線を空けたのに、そちらも同じつもりで待っていた、などということまであった。
その隙を見つけるのは、大して難しい仕事ではない。
数日経つと、回線に流れる言葉が変わってきた。
敵が右へ行ったと叫ぶだけでなく、自分は何処へ移るのか、誰に引き継ぐのかが続く。私が艦隊の上を越えれば、全員で首を上げる代わりに、反対側へ回る機体が出るようにもなった。
それでも、焦れば元へ戻る。
私は逃げる時に使う推力を加減し、時にはわざと射撃を遅らせた。こちらの隙へ食いつき、次の瞬間に母艦との距離を見て戻る。その動きが、少しずつ早くなる。
『少佐、それはさっきと違うじゃないですか!』
ある時、スミス少尉が声を上げた。
私は同じ方へ逃げると見せて、機体だけ反転させ、こちらへ向き直る彼の背後へ照準を置いたところだった。
「だれも同じことをするとは言っていませんよ」
『そうですが!』
「それに、今回はライヒ中尉が間に合いました。少尉が慌てなければ、まだ続けられます」
私の射線へ、中尉のザクが割って入った。盾をこちらへ向け、短く撃ち返してくる。その間にスミス機が姿勢を立て直したので、私は次の射撃を諦めて離れた。
以前なら、彼女も一緒になって私を追ってきただろう。今度の中尉は、後ろの機体が動けることを確認してから、母艦寄りへ位置を戻している。
私は次の進入に備え、艦隊の外側へ回った。
こうなってくると、こちらも多少は考えなくてはならない。
食事の席で眠りかける者が出れば、その日の訓練は切り上げた。
疲れた身体で何とか動かす経験も必要だが、まだ身についていない操作を、眠いまま繰り返しても仕方がない。整備班にも休む時間は要る。ヅダの足首を開いていた兵に、次の発進時刻を告げたら露骨に嫌な顔をされたので、それ以上の無理は言わずにおいた。
私だって、この機体の中で暮らしたいわけではないのだ。
食堂へ遅れて入ると、ララァとミアが向かい合って座っていた。
ララァのトレーには蓋のついた容器が並び、ミアが隣の卓へ飛びかけた匙を拾っている。どうやら、まだ何もかも勝手に浮いていく生活には慣れないらしい。
こちらを見つけたララァが手を上げ、ミアも隣の席に置いていた端末を退けた。
私はその席へ身体を収め、食事の包みを開ける。
温かいうちに口へ運べる。それだけで、その日の夕食は十分に有難かった。
宇宙世紀0079年5月10日
スミス機が、追撃をやめた。
私の背中へ向いていたザクマシンガンは下げず、しかし噴射は短く抑える。その横をライヒ機が抜け、私とヨーツンヘイムの間へ入ってくる。
私はヅダを反転させた。
帰る機体の背中を狙うつもりだったが、照準の先にはライヒ機の盾がある。そこへ時間を掛けている間に、ヘルベルト機も射撃可能な位置まで動いていた。
『オキノトリシマ、目標を引き継ぎます』
短い通報を残し、ライヒ機が斜めに退く。
空いた先から、艦砲がこちらを向いた。訓練出力の光条が進路を横切る。私は上へ抜けようとしたが、そちらではミナミトリシマが艦首を上げ始めている。
撃ち合えば何処かを抜けられるかもしれない。だが、ヨーツンヘイムを狙える姿勢へ持っていく前に、3機と2隻の照準を一つずつ外さなくてはならなかった。
これ以上の接近を諦め、私は艦隊から離れた。
『攻撃機離脱。各機、配置へ戻れ』
ライヒ中尉の指示に、2機が応える。
追ってくる者はいない。こちらが遠ざかっても警戒を解かず、3機は護衛艦との位置関係を戻していった。
その動きを最後まで確かめてから、私は演習の終了を告げる。
交代した組にも、同じように相手をして貰った。
細かな失敗は残っている。回避した後に戻る位置が少し遠かったり、射撃へ移るまでに一呼吸余計に掛かったりもする。それでも、味方が遅れれば、その分だけ先に動く者がいる。
1機がこちらへ向き直るのに手間取った時も、隣の機体が先に撃ってきたので、私はそこへ踏み込めなかった。
以前は、自分の機体を動かすだけで精一杯だったのだ。隣にいる者へ目を配りながら戦えるなら、任せられる仕事も増える。
ようやく、半人前から抜け出したというところか。
ルウム戦役以前のジオン軍MSパイロットの平均技量には、達したと見てよいだろう。私が任官した頃に原隊で見た動きと比べても、もう大きく見劣りはしない。
地上へ降りていた間に続けてくれた訓練も、無駄にはなっていなかった。この10日ほどで詰めたのは、その先の部分である。
私は6人分の記録に目を通し、次の訓練予定を開いた。
午後の打ち合わせには、ガネバン中尉と各艦の担当者にも集まって貰った。
プロホノウ艦長が入ってくると、立ちかけたライヒ中尉たちへそのままでよいと手を振り、空いた席へ腰を落ち着ける。
私は記録を閉じ、6人へ顔を向けた。
「個人の技量については、まず合格です。これからも訓練は続けますが、以前のように、機体に振り回されているとは言いません」
スミス少尉の肩が下がった。ライヒ中尉は姿勢を変えなかったが、机の上で組んでいた手が少し緩む。
その顔を見ていると、私がいつも落第ばかり言い渡しているようではないか。
出来るようになれば、ちゃんと認めるつもりでいる。
「では、次は艦の方にも付き合って貰いましょう」
緩みかけた6人の姿勢が、また戻った。
私は画面に3隻の配置を出し、ヨーツンヘイムの対空機銃が向けられる範囲を重ねる。
艦体上部の4基。上から来る敵には揃って向けられても、片舷へ回られれば使える数が減る。腹の下まで潜り込まれた時には、さらに困ることになる。
「相手が私1機なら、MSが受け持つ場所へ誘えます。ですが、別々の方向から何機も来た時に、同じように出来るとは限りません。艦同士でも、もっと補い合えるようにしておきたいのです」
「こちらの機銃が向かないところは護衛艦とMSに任せる。その代わり、上へ回った相手はうちでも撃つ、ということだな」
「はい、ヨーツンヘイムの皆さんにも見ているだけで済ませて貰うわけにはいきません」
「耳が痛いな。砲員には覚悟をしておくように言っておこう」
艦長が副長へ目を向けると、クリューガー副長は手元の予定を書き直した。
ガネバン中尉も、砲術担当者と顔を寄せている。私のMS小隊だけで決められる話ではないので、各艦の勤務と整備の時間をすり合わせる必要があった。
訓練の相手は、引き続き私のヅダだ。
今度はMS同士で勝ち負けをつけるより、艦へ近づく小型の敵を見つけ、捕捉し、射撃を引き継ぐことに重点を置く。
初めのうちは進入方向を知らせる。そこから段々と予告を減らし、最後には何処から来るか分からない状態で迎えて貰うことにした。
「はたして、少佐の機動を砲員が追いきれるかどうか」
副長が画面を見ながら言った。
私は、彼が何を心配しているか分かったので頷く。
「最初から、MSでなければ出来ない曲がり方ばかりはしません。戦闘機が機銃を撃ちに来る時や、突撃艇が攻撃位置へ入る時を想定します。撃ちに来る相手を、撃つ前に止めてください」
私を一度も照準から外さないことを目標にしても、仕方がない。
逆に、母艦へ十分に狙いをつけた後で撃ち落とせたとしても、それでは遅い。何処まで近づけてよいかを先に決め、その手前で攻撃を妨げる。
ガネバン中尉が配置図へ手を伸ばし、護衛艦の位置を少しずらした。
私はそれを見ながら、最初に試す進入経路を選んだ。
それからは、毎日、艦隊の周囲を飛び回ることになった。
正面から接近し、斜めに横切り、艦尾へ抜ける。帰投して推進剤とペイント弾を補給すれば、次は反対側から。後半には私自身、何度同じ艦の脇を通ったのか分からなくなるほどだった。
見張りの通報だけが早くても、砲口が追いつかなければ撃てない。砲口が向いていても、手前をザクが横切れば撃ってはいけない。
それぞれが働いているのに、合わせると隙間が出来る。記録を見ては順番を変え、また試した。
初日は、ヨーツンヘイムの片舷に見えた私へ砲員の注意が集まり、反対側へ回ったところで通報が途切れた。
次には隣の担当が早めに捕捉したが、護衛艦からの射線と自艦の位置が重なってしまう。プロホノウ艦長はそこで演習を止め、艦の向きを変える時の通報を確かめ直した。
私も待っている間に、頭上の船腹を眺める。
護衛する側から見れば、もう少しそちらへ退いてくれればと思うことがある。だが、船の中では別の砲座がこちらを追い、別の操舵指示が出ているのだ。思った通りに動いてくれない理由は、相手の腕が悪いからとは限らない。
翌日には、私が一方へ回ると、もう一方の護衛艦が僅かに高度を変えるようになった。
艦体に隠れていた砲口が覗く。その手前には、味方の射撃を遮らない位置へ寄ったザクがいた。
私は噴射を切り替え、別の場所を探す。
昨日までは通れたのだが。
宇宙世紀0079年5月13日
その日は先に交代要員の3人を相手にし、補給を挟んでライヒ中尉たちの番になった。
今度は進入方向を知らせていない。私は艦隊から大きく離れ、護衛艦の向こうへ母艦が隠れる位置を選んだ。
ヨーツンヘイムの後方から近づくと、思っていたより早く砲座が動いた。
私は船体上部へ抜ける進路をやめ、左舷へ滑る。向けられる機銃を減らし、そのまま腹の下へ回るつもりだった。
だが、その先にはヘルベルト機がいる。
私を追って上へ出てこなかったのは、最初からそこで待つためか。背後のミナミトリシマも、こちらが見える位置まで移っていた。
『左舷下方、目標を確認。メテオ04、射撃位置を空けろ』
艦からの通報に、ザクが船腹寄りへ動く。
私へ向けたザクマシンガンは、まだ下げていない。撃ってくるなら避けようと身構えたところで、先にミナミトリシマのメガ粒子砲が光った。
出力を絞った光条がヅダの脇を抜け、下へ回ろうとしていた進路を横切る。
私は上へ押し戻された。
そこで一度、艦隊から離れる方へ加速した。
ライヒ機がこちらへ向き、スミス機も距離を詰めてくる。私はヅダの旋回を少し遅らせ、ライヒ機へ背中を見せた。
この姿勢なら、追えば射撃できる。
しかし、中尉の機体はそれ以上前へ出なかった。
『追うな。03、母艦との距離を保て』
ザクマシンガンの銃口だけが、こちらを見送っている。
私は口元を緩め、別の方向からやり直すことにした。
オキノトリシマの艦首側へ回り、大きく弧を描いてヨーツンヘイムへ向かう。
今度は十分に速度をつけた。3機のザクが位置を変える間に護衛艦の脇を通り、そのまま母艦へ接近する。迎え撃つ砲座が遅れれば、照準を合わせる時間は取れるはずだ。
私は艦首へ向けていた機体を少し寝かせた。
オキノトリシマのメガ粒子砲が、ヅダの現在位置より先を薙いでいる。そこを避けるため進路をずらすと、今度はスミス機がその先へザクマシンガンを向けた。
私は右へ動きかけて、やめた。
そちらにはライヒ機がいる。押し通るには、どちらかを撃って退かせなくてはならない。
先に仕掛けたのはスミス少尉だった。
ザクマシンガンが短く火を噴く。私は機体を横へ倒し、飛んでくるペイント弾を避けた。ヅダを立て直した先で、ヨーツンヘイムの上面が広く見える。
艦が、少し傾いていた。
私を追うために大きく回頭したのではない。護衛艦とザクが塞いだ進路の、残る側へ機銃を向けるだけの小さな操艦である。
4基の砲座が、こちらを待っていた。機銃の先が続けて光り、前方へペイント弾を浴びせてくる。
私はペダルを踏み込み、予定していた進路から大きく外れた。
身体がシートへ押され、モニターの中で船体が横へ流れる。避けることは出来たが、ヨーツンヘイムへ照準を向ける余裕は失った。ヅダの腕を返してザクマシンガンを向け直す頃には、船腹の手前へヘルベルト機が入っている。
これでは、攻撃をやり直すしかない。
私は安全な距離まで離れ、息を吐いた。
別の進入を試しても、なかなか隙が見つからない。
一度はライヒ機の横を抜けたものの、その時には既に護衛艦へ通報が渡っている。中尉は慌てて追ってこず、戻る私を迎える位置へ回った。
艦の射撃を避ければ、今度は彼女の射線へ入る。無理に向きを変えたところで、スミス機の放ったペイント弾が肩のすぐ脇を抜けた。
当たったかと思い、私は被弾表示へ目をやる。反応はなく、外部カメラで確かめた肩装甲にも塗料は付いていない。
危ないところだった。
こちらの狙いを、毎回読み切られたわけではない。
最初に動く者が外されても、次に相手をする者が残っている。1機が避けて空いたところには、艦の砲口が向く。私がそれを避けている間に、ザクはもう次の位置へ戻っていた。
面倒な相手になったものだ。
私は最後にもう一度離脱する振りをしたが、やはり誰もついてこなかった。
「そこまで。各艦、各機、訓練終了です」
回線に返事が続く。
ライヒ機がザクマシンガンを下げ、それから改めてヨーツンヘイムとの距離を確かめている。その横では、スミス機が帰投の順番を待っていた。
私は推進剤の残量を確認し、自分も機体を艦へ向けた。
格納庫へ戻ると、ミアがマイ中尉と一緒に記録を見ていた。
私がヘルメットを外すより先に、ミアがこちらへ顔を上げる。
「最後の、肩に当たりそうでしたね」
「ええ、中で見ていてもそう思いましたよ」
「少佐が避けた先へ、もう照準を動かしていましたから」
中尉が画面をこちらへ向けた。スミス機の銃口が、私の向きを変える前から動いている。
見事に先を取られたらしい。私はその箇所をもう一度見て、頷いた。
「これも、後で本人たちに見せてください」
中尉は記録へ印をつける。
私は整備兵へヅダを預け、集まっていた6人のところへ向かった。交代して先に戻った3人も、まだノーマルスーツの上半身を脱いだだけで、ほかの者の記録を見ている。
私に気づくと、全員が姿勢を正した。
「今日はどちらの組も良かったですよ。艦との引き継ぎも、戻る位置も。これなら私がいちいち口を挟む必要はありませんね」
ライヒ中尉が、すぐには返事をしなかった。
隣のスミス少尉へ目をやり、それから私へ向き直る。
「……ありがとうございます」
「スミス少尉。最後の射撃はもう少しで当たるところでした」
「あと少しだったんですが」
「ええ、私にもそのくらいの意地はありますからね。まだやられる訳にはいきません」
少尉が笑った。ほかの者もつられて笑い、ようやく肩の力を抜く。
悔しいのは、むしろ私の方かもしれない。あと半拍遅ければ、あそこで撃破判定を受けていたはずだ。
だが、それを叱るわけにもいかない。上手くなれと散々言い続けたのは、ほかならぬ私なのだから。
艦橋へ報告に上がると、プロホノウ艦長も各砲座からの記録を受け取ったところだった。
端末を副長へ渡し、こちらを見て椅子を回す。
「どうだね。うちの砲員も少しは役に立っただか?」
「少しどころではありませんよ。最後は、あの機銃の方へ追い込まれました」
「それは何よりだ。散々、艦の周りを飛び回って貰った甲斐があった」
「各部署の皆さんにも、そう伝えて貰えますか。私としても、満足できる結果です」
艦長は頷き、近くの乗員へ目を向けた。そちらから小さく拳が上がり、すぐに持ち場へ戻っていく。
私は窓の外を見た。
オキノトリシマとミナミトリシマが、通常の航行位置へ戻りつつある。その手前を、収容を待つ最後のザクがゆっくり横切った。
ライヒ中尉から全機帰投の報告が届く。私はそれに応え、手元に残っていた次の演習予定を閉じた。
今日はもう、終わりにしてよいだろう。
「少佐、茶でも飲んでいくかね」
「ええ、是非。ようやく、ゆっくり頂けそうです」
艦長が副長へ声を掛ける。
私はその間に首元を少し緩め、勧められた席へ腰を落ち着けた。
ご高覧ありがとうございます。
後半は特別義勇兵達をボコボコにしたがら鍛え上げる回でした。
主人公は、軍からしたら正直使い易い駒なので、これからどんどん酷使されるでしょう。その時に、特別義勇兵が護衛戦隊としての機能を果たせ無いようでは困りますからね。
…彼らの体力は大義のために犠牲になったのだ。って感じです。
あまり色々語ると、第五章のネタバレになるのでこの辺で…
次回予告としましては、嵐の前の静けさということで日常回パート2になります。三人称でお送りいたします。
では、宜しければまた明日お会いしましょう。
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登場させるとしても大分先になりますが、ジークアクスのキャラを出すのはアリかナシか。(出るならニャアン)
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アリ
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ナシ
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どっちでも良い
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早く書け