技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
第5章の試作機が何になるかを教えてもらう回です。
まぁ、かなり当たりを付けている方も多いので、たぶん想像通りになると思います。
宇宙世紀0079年5月14日
訓練記録から顔を上げると、プロホノウ艦長が私のカップを見ていた。
中身はまだ半分ほど残っている。映像を止めては話し込んでいたせいですっかり冷めてしまった。
「冷えてしまっただろう。淹れ直そうか?」
「いえ、結構です。こちらから持ち込んだ仕事ですし」
私がカップを取り上げると、艦長も自分の分を一口飲んだ。その隣でクリューガー副長が記録へ書き込みを加える。
昨日の茶席だけでは話が終わらず、今日もまた艦長室へお邪魔している。卓上にはMSと艦砲の動きを重ねた映像が止まっていた。
「最後の接近ではこちらの砲が1基追尾をやめているな」
「スミス少尉の機体が射線へ入りましたから。あのまま撃たれたら私より先に彼が被弾していました」
「砲手の判断は正しかった。問題はその前だな」
副長が映像を少し戻した。
ヨーツンヘイムの船腹を背景に、ザクⅠQ-2型が横へ流れる。ヅダへ銃を向けるために位置を変えたところで、後ろの砲座と重なっていた。
私はその隙間を使った。実戦の相手も見つければ同じことをするだろう。
「彼のところには砲座が追尾しているという連絡が届いていません。自分が退いた場所を艦砲が埋めると思っていたようです」
「砲側はザクが撃つものと思っていたわけか」
「ええ、ただその後は早かったですよ。ヘルベルト少尉がこちらへ銃を向けたので、私もそれ以上は詰められませんでした」
映像の中で別のザクが姿勢を変える。画面の端へ消えかけていた私の機体がもう一度船腹から離れた。
少し前なら援護に入った者まで一緒になって私を追ってきたものだ。今は片方が撃てば、もう片方は艦との間へ残る。離れたふりをしても背中を見せてはくれない。
「随分とこちらの嫌がることを覚えました」
「フフフ、私の記憶が正しければ、それを教え込んだのは少佐では無かったかな?」
「ええ、少し教えすぎたかもしれません*1」
艦長が低く笑う。副長も口元を緩めたが、手元では先ほどの砲座を選び直していた。射撃を中止した時刻とヘルベルト少尉が援護に入った時刻が並ぶ。
射線の連絡を誰が受け、どこへ返すか。そこまで話を戻したところで、艦長室の呼出音が鳴った。
『艦長、宇宙攻撃軍司令部より通信です。ナカノミヤ少佐へ直接お繋ぎするようにとのことです』
私と艦長の目が合った。
「分かった。こちらへ回してくれ」
艦長は通信を切ると、カップを卓上の留め具へ戻した。副長も記録を閉じて立ち上がる。
「どうぞお使い下さい、少佐」
「申し訳ありません」
「茶の代わりに面倒事が来なければいいがな」
そう言い残した艦長を見送り、私は軍服の襟を直す。
司令部から直接とは何の用だろう。報告の催促くらいで済めばよいのだが、画面に現れた大きな顔を見てその望みは捨てた。
「…閣下っ!お待たせして申し訳ありません!」
『おう、お前も息災そうだな』
画面越しにもよく響く声でドズル中将が敬礼に応じる。机上の資料を引き寄せると、太い指でその端を叩いた。
『ガルマから聞いたぞ。アリゾナで随分大暴れしたそうだな』
「はい、物資集積所を襲っていたのは鹵獲したザクで友軍を装った連邦軍の部隊でした」
『うむ、報告は読んだ。ガルマの奴、卑怯卑劣だなんだと随分怒っていたぞ』
中将はそこで一度言葉を切り、机上の資料へ目を落とした。
『……まぁ、向こうにも言い分くらいはあるだろうがな』
資料を伏せるまでの間、私は黙って待った。やがて顔を上げた中将は大きく頷く。
『ともあれ、よくやった少佐。あのままではまたどこかの集積所が襲われるところだったわけだからな。ガルマも助かったと言っていたぞ』
「ありがとうございます。ただ私だけではあれほどの数を相手にはできませんでした。ソンネン少佐の砲撃に随分と助けられました」
あの長い砲身を思い出す。私が稜線から引き出したザクへ砲弾が飛び、敵の銃口が逸れる。その隙にもう一度踏み込めた。
少佐があれだけの敵を引き受けてくれなければ、コムサイを守り切れたかどうか。
『そうだな。ソンネンもよくやったと聞いている。あれだけの敵をたったの2機で相手にしたんだ。大したものだ』
「はい、ただヒルドルブは失ってしまいました」
『型落ちの試作機*21機や2機失われた程度、どうということはない。それよりもお前たちは生きて帰ったのだからな。あとでソンネンにも気にしないで胸を張れと言ってやれ』
背筋を伸ばして改めて頭を下げる。
「ソンネン少佐にもお伝えします」
『頼むぞ』
中将は満足そうに頷き、伏せていた資料を脇へ置く。
『ところで、護衛の連中はどうだ。報告じゃなかなか鍛えられたようだが』
「はい、各艦との連携も改善しております。まだ詰めるところはありますが、私が逐一指示しなくとも動けるようになりました」
『そうか。実はな、少佐』
中将は太い指で頬を掻いた。先ほどまでの勢いが少し鈍る。
『戻ったばかりで悪いが、もう一度地上へ行ってくれ』
いずれ次の試験機の話は来ると思っていた。
だが中将自らの頼みとなれば、試験場を何周か走って帰ってくる仕事では済むまい。
「…今度はどちらでしょうか」
『アフリカだ。近く二方面から中東へ攻め込む。その作戦にお前にも手を貸してもらいたい』
画面の一部が地図へ切り替わった。
北アフリカの海岸線から東へ、地中海の東側まで矢印が延びている。地図の上方ではユーラシア大陸のシベリアから中東のエルサレムへと矢印が延びていた。縮尺を確かめ、私は思わず身を寄せた。随分と遠い。
『ロシア方面からも部隊が動く。お前はアフリカから陸路を進む連中を助けてやれ』
「地上部隊への配属ということでしょうか」
『いや、作戦中だけの一時的なものだ。所属は変えん。詳しい指揮系統は命令書に書かせる。新型の試験もあるが、まずは部隊の前進だ。アリゾナでの働きを見込んで頼んでいるんだぞ』
中将の説明に合わせ、地図上の拠点と道が順に示される。私はその間の何も記されていない場所へ目を向けた。MSなら越えられても、弾薬を運ぶ車両まで同じように進めるとは限らない。
アリゾナでは地形に隠れた戦車と歩兵に足を止められた。今度は陣地を構えて待つ相手へこちらから向かわなくてはならない。
「現地の部隊編制と敵陣地の情報を頂けますか。機体を受領してから支援できる範囲を確認したいと思います」
『分かった、すぐに送らせる。降下は16日だ。先に入って現地の連中と話をつけておいてくれ』
「明後日ですね。承知しました」
返事をしながら頭の中で残っている仕事を並べ直す。
今日中に引き継ぎを始めれば充分間に合う。訓練の予定と護衛の配置はそのまま使えるが、私が判断していたところは担当を決めて渡しておかなくては。
『機体は心配するな。新しいMSを用意させた』
「またツィマットの機体でしょうか」
『うむ、向こうもお前に乗ってもらいたいと言ってきてだな。詳しい説明は後ほどツィマットからさせよう』
それなら話は早い。
アイヒマン主任技師の顔が浮かぶ。地上へ降りる前に試してほしいことを山ほど送りつけてきそうである。
08Bの記録は渡してある。あの機体から何を変えたのか、私も気になっていた。
「分かりました。受領後の確認に必要な時間は取らせて頂きます」
『ああ、もちろんだ。慣れん機体でいきなり戦えとは言わん。そのために先に下ろすんだ』
中将はそこで地図を消した。
『留守は誰に任せるつもりだ?』
「ヌエ戦隊の指揮はガネバン中尉に。MS隊は引き続きライヒ中尉を中心に動かします」
『よし。急な話で悪いが、出発までに引き継いでおいてくれ』
「承知しました」
『それとな、お前も向こうで無茶をするなよ。現地の連中もいるんだ。1人で全部片付けようなどと思うな』
「そこまで引き受けては、帰る頃には戦争が終わってしまいます」
中将は一瞬目を丸くし、それから大きな口を開けて笑った。椅子の背へ預けた肩まで揺れている。
『ハハハッ、それは結構!その時は盛大に祝ってやる。頼んだぞ、少佐!』
「はい、拝命致します」
通信が切れてから私は椅子の背へ身体を預けた。
宇宙へ戻ってまだ半月ほどである。地球の重さにも暑さにも暫くは付き合わずに済むと思っていたのだが。
冷めた茶を飲み干したところで、今度は端末へ命令書の受信通知が入った。
どうやら送るばかりにして待っていたらしい。
艦長へ事情を伝えると、まず尋ねられたのは出発の日だった。
「16日です。現地で新しいMSを受領するようにと」
「今度は何を試すことになるのかね?」
「まだ聞き及んでおりません。ツィマットから説明があるそうですが…」
艦長は少し考えてから副長へ視線を向けた。
「輸送便との連絡を頼む。こちらの移動予定も確認しておいてくれ」
「はい、承知しました。少佐、持ち出す荷物が決まりましたらこちらにも」
「ありがとうございます」
機体が現地にあるなら、運ぶのは私の荷物だけで済む。ヅダも武装もここへ残していくことになる。
留守中、あれをただ格納庫へ固定しておくのも勿体ない。相談する相手を思い浮かべかけたが、先に護衛の引き継ぎを済ませてしまおう。
「ガネバン中尉とMS隊の者を集めたいと思います。こちらの予定が決まり次第、艦長にもご相談させて下さい」
「分かった。艦の方でも少佐がいるつもりで手順を組んでいないか見直しておこう」
艦長が卓上の端末をこちらへ寄せる。画面には昨日の訓練記録が残っていた。
「さっきの続きを先に渡しておいた方がよさそうだな」
「ええ、私が戻るまでにもう少し嫌な相手になって頂きましょう」
今度は艦長も笑わずに頷いた。
引き継ぎの資料を纏め始めた頃、アイヒマン主任技師から通信が入った。
端末を切り替えると、画面いっぱいに見慣れた丸い顔が現れる。
見慣れていないのはその色である。
額から頬まで真っ赤で、唇をきつく結んでいる。挨拶をする前から肩まで上下していたので、私は思わず身を乗り出した。
「アイヒマン主任技師、どうかなさいましたか?」
『……お待たせしました、少佐』
「いえ、それよりお身体の具合でも?」
『身体に問題はありません。ええ、ありませんとも…っ!!』
そう言った途端、今度は顔から血の気が引く。画面から半分外れて何かを見下ろし、眉間の皺をさらに深くして戻ってきた。
『機体は、用意できました』
「伺っています。ドズル中将から16日に降下するよう命令を頂きました」
『ええ、こちらにも連絡が来ています。受領場所と担当者については現地の輸送予定と合わせてお送りします』
そこまで言って主任技師は顎を引いた。鼻から長く息を吐き、もう一度口を開こうとする。唇の端が引き攣っていた。
『……グヌヌ』
今、何と?*3
問い返す前に口を閉じられてしまった。噛み締めた奥歯の音まで聞こえてくる。
さすがに聞き流すわけにもいくまい。
「主任技師、用意した機体に何か問題があるのでしょうか」
『機体ではありません』
「では何に?」
『取られたんです』
私は端末へ伸ばしかけた手を止める。
部品か、試験設備か。また軍から無茶な横槍でも入ったのだろうか。
『08を!第二設計局の連中に!私のものだったはずなのに!!』
「……08?」
『型式番号ですよ!!それ以外にありますか!?』
主任技師の顔が再び赤くなる。
画面へ呼び出されたのは正面、側面、背面から描いた簡単な外観三面図だった。内部構造も詳しい諸元もないが、私が想像していた太い脚の機体とは明らかに違う。
頭部と肩の輪郭を追い、図の上にある文字を読む。
MS-08TX。その横にはイフリートとあった。
「こちらが次に乗る機体ですか」
『フーッフーッ……そうです。忌々しいことに第二設計局が開発した陸戦用MS*4ですよ!今回そちらの試験に参加して頂くことになりました』
「なるほど。08Bをそのまま発展させたものではないのですね」
『違います。まったく別です。何の関係もありません。なのに08ですよ?』
最後のところだけ妙にはっきり聞こえた。
08Aから使ってきた番号を別の設計局に持っていかれた。それでこの顔色か。
「番号が変わると主任技師たちの開発にも支障が出るのでしょうか」
『……出ませんね。仮称ドムの開発は続けます。それは当然です』
「でしたらまずは安心しました」
『少佐、そういう問題だけではないんです!』
ただでさえ大きく映っていた顔がさらに近づいてくる。私は無意識に背を引いたが、主任技師は気付いていない。
『08Aからここまでどれだけ手を入れてきたと思います?反応炉も脚部も推進器もです。少佐に乗って頂いてようやく次へ進めるところまで来た。それなのに出来上がる機体は別の番号で、08はあちらに取られるんですよ?』
「私が乗った機体の記録まで第二設計局のものになるわけではありませんよね」
『それはさせません』
間髪を入れずに返ってきた。私は頷きかけ、余計なことを言う前に口を閉じる。
主任技師は画面の外から書類を引き寄せると、目を走らせてまた青くなった。それを脇へ伏せる頃には耳まで赤くなっている。
忙しい人だ。
「……それで、私はこちらのイフリートに乗ればよろしいのですね」
『はい』
「主任技師たちの次の機体はどうなのですか?」
『もちろんそれなりに進んでいますとも。そう遠くない日に仮称が取れたドムをお披露目できるはずです。きっちり08Bで頂いた記録も使っていますし、以前お話しした反応炉の件も設計へ反映させています。見て下さい』
今度は言葉が淀まない。イフリートの三面図を脇へ移し、主任技師は別の図*5を呼び出した。
細部はまだ決まっていないそうだが、脚の形には08Bの面影がある。
『新造した下半身はやはり優秀な設計でした。あれだけ使って頂いた割には各パーツの消耗が少なかった。上半身の方が先に見直さなくてはならない箇所が出ています』
「あの使い方でも、ですか」
『局所的にはかなり大きな荷重が入っています。ただ歩行で繰り返し掛かる負担とは違う。滑走を続けている間は脚を交互に折って全重量を受け直す必要がありませんから』
装甲と骨組みの違いに補強した関節の話まで続く。気になった箇所を尋ねると、主任技師はすぐに荷重の記録を呼び出した。
先ほどの書類は肘の下へ押しやられている。
「では戻ってきた時にどうなっているか楽しみにしております」
『ええ、そちらは期待して頂いて結構です』
ようやく胸を張った主任技師を見てから、画面の脇に残っているイフリートへ目を戻す。正面図の胴と脚を辿り、横からの姿と見比べた。
「YMS-08Bとは違ってヅダと同じくスマートですね。私の好みです」
顔を上げると、主任技師は目を見開いて青くなっていた。半ば開いた口が小さく震えている。
『なんてことを言うんですか!!少佐まで私を裏切るんですか!?』
さっきまで張っていた胸が引っ込み、椅子の背へ身体が沈んだ。頭の上にガーンと音でも付けたくなるような見事な落ち込み方である。
思わず吹き出しそうになり、私は口元を押さえる。見た目の好みを言っただけで裏切り者にされてしまった。
主任技師はまだこちらの返事を待っている。
可哀想なのでこれ以上いじめるのはやめてあげよう。
「主任技師、見た目の話ですよ。08Bには随分と助けられましたし、ドムがどう仕上がるかも楽しみにしています」
『……本当ですかぁ?』
「ええ、乗りたくないなどと一度も申し上げていませんでしょう?」
主任技師が少し身体を起こす。まだ疑わしそうな目をしていたが、やがて手元の書類を引き寄せた。
『おほん…ではドムにも引き続き乗って頂けるよう、こちらからも軍へ話を通します』
「その時はよろしくお願いします」
『ええ、08Bからどう変わったか少佐に確かめて頂きたいんです。あの機体を実戦で使った方の意見が必要ですから』
頬に赤みが戻り、声にも張りが出てくる。私は口元から手を下ろして頷き、イフリートの図へ視線を移した。
主任技師はまた口を開きかけたが、今度は咳払いだけで済ませてくれた。
「操縦系統などの資料も見せて頂けますか」
『こちらからお見せできるのはこの外観図だけです。開発は第二設計局の担当ですから、第一設計局が詳細に立ち入るわけにはいきません。仕様や操縦については現地で直接説明を受けて下さい』
「担当の方は?」
『ヴァルター・シュペーア。第二設計局の主任技師です』
名前を告げるところで一度詰まったが、その後は受領の手順まで説明してくれた。資料は第二設計局から渡される。操縦系統に調整が必要なら、搭乗前に現地の技術者へ申し出るようにとのことだった。
「主任技師から連絡して頂いて助かりました。知らずに行っていたら、08Bと同じつもりで話をしていたかもしれません」
『そこは混同しないで下さい。向こうにも向こうの設計があります』
私は少しだけ目を上げた。
言った本人は不機嫌そうな顔のまま受領手続きの案内を送っている。
「分かりました。実際に乗って確かめます」
『ええ、記録は残して下さい。できれば操縦した時にどこで迷ったかも』
「勝ったか負けたかだけではなく、ですね」
『そうです。それでは機体の何が良かったのか分かりませんから』
受信した案内を開き、担当者の名前を確かめる。
型式番号の話さえしなければ、このまま無事に打ち合わせを終えられそうだ。
「ありがとうございます。では現地で受領したら改めてご連絡します」
『お願いします、少佐』
通信を終える直前、主任技師の目がまた手元へ落ちた。
画面が消える寸前に聞こえた小さな呻きについては、聞かなかったことにした。
引き継ぎには、オキノトリシマのガネバン中尉と両艦の担当者にも通信で加わってもらった。
ヨーツンヘイムの一室でライヒ中尉たち6人と向かい合い、机上へ訓練結果を広げる。最初に降下の日を伝えると、スミス少尉が顔を上げた。
「16日ですか。随分急ですね」
「はい、ですから私がいない間のことを今日のうちに決めておきましょう」
端末から引き継ぎの予定を送り、ガネバン中尉の受信を待つ。
「留守中、ヌエ戦隊の指揮はガネバン中尉にお願いします。各艦の配置、MSの発進と収容についてもそちらで判断して下さい」
『承知しました。ヨーツンヘイムとの連絡要領は今のものを継続しますか』
「はい、試験のために配置を変える時はその都度確認を。私への照会がなければ動けない項目は残さないようにしましょう」
弾薬の補充、機体の使用、訓練の変更。私が決裁していた欄を順に確かめ、ガネバン中尉へ渡していく。普段は口頭で済ませていたものも書き加えた。
『損傷機が出た場合、3機での配置を維持するために修理を急がせるより、残った機体に合わせて艦の間隔を詰めます』
「それでお願いします。動くというだけで無理に出さないで下さい」
『分かりました』
ガネバン中尉が資料へ書き込む。残った機体の配置まで尋ねかけ、私は口を閉じた。今、任せると言ったばかりだ。
「MS隊は引き続きライヒ中尉を中心にお願いします。交代要員も含めて誰か1人に出撃が偏らないように」
「了解しました。組み合わせは変えず、当面は今の交代で回します」
ライヒ中尉が手元の交代表をこちらへ向ける。その隣からヘルベルト少尉が訓練記録を示した。
「昨日の最後のところですが、艦砲の射線が空くまでこちらは反対側へ残っていていいんですね」
「ええ、ただ艦が向きを変えることもあります。空いていた場所がそのままとは限りませんから見るのは私の機体だけではありませんよ」
「了解です」
そこでスミス少尉が自分の映像を指で戻した。
「ここで俺がもう少し外へ出ていれば、砲も撃てたんでしょうか」
「撃てたでしょうね。ただし私も貴方の内側へ入りやすくなります」
彼は画面の中の距離を見直す。私が話し出す前に、隣の者が艦の位置を指した。そこへ出るなら自分がここを埋める、と相談が始まる。
暫く待っていると、2機の位置をずらした映像がこちらへ向けられた。
「私を追うのに都合のいい場所を先に選ばないことです。艦を守れる場所から相手へ銃を向けて下さい」
「少佐が相手だとそっちを見てる間にいなくなるんですよ」
「ええ、ですからいなくなったと知らせて下さい。1人で探しに行かずに」
スミス少尉が苦笑し、隣の者も小さく頷く。
何度も言ったことだ。私もそれ以上は繰り返さず、次の項目へ進んだ。
通信が途切れた場合の集合位置と収容する艦を変える時の手順。撃てなくなった機体を誰が援護し、どの艦が受け入れるか。
艦側からはMSが射線へ入った際の連絡について質問が出た。砲手からどこへ知らせ、誰が機体を退かせるのか。今朝の艦長室で話していた件だ。
各艦の担当者と話を合わせ、もう一度映像を流す。今度はスミス少尉の機体が移動を始めたところで止め、艦側から連絡を入れてもらった。そこから少尉の返答を待ち、映像を進める。
実際に動かした時にも間に合うか、次の訓練で確かめてもらおう。
『こちらで訓練を組みます。少佐の出発後も記録は残しておきます』
「お願いします。戻ってきた時に見せて頂きます」
『また敵役をやって頂くことになりますが』
「その頃には少し手加減をお願いしたくなるかもしれませんね」
ガネバン中尉の後ろで誰かが笑う。ライヒ中尉たちも顔を見合わせたが、スミス少尉だけは、手加減する余裕なんかありませんよ、と小声で返してきた。
机上の項目にすべて確認が付き、私は端末を閉じて顔を上げた。ライヒ中尉はまだ資料を開いたままこちらを見ていた。
「少佐、お戻りになる予定はいつでしょうか」
「まだ決まっていません。現地の作戦と試験の進み具合によります」
「では長引いた場合の連絡先も頂けますか。こちらから報告を送る先が分かりませんので」
閉じたばかりの端末へ手を戻す。
皆の仕事は散々確かめておきながら、自分の行き先はアフリカとしか伝えていなかった。
「失礼しました。そちらが抜けていましたね」
派遣命令の添付資料を開く。現地での細かな予定は別送だが、司令部側の担当部署は記されている。その連絡先を抜き出し、ガネバン中尉とライヒ中尉へ送った。
「降下後の連絡先が確定するまでは、こちらを窓口にして下さい。現地へ着いたら改めて連絡します。帰還予定が決まった時も同様に」
「了解しました。こちらの補給予定も合わせてお送りします。帰ってこられる時に艦が入れ違いになっても困りますから」
「それは困りますね。お願いします」
ライヒ中尉は受信した資料へ目を通し、ようやく端末を閉じる。私も手元を片付け、皆へ顔を向けた。
「では留守をお願いします」
「お任せ下さい」
答えたライヒ中尉の声は訓練開始を告げる時よりずっと静かだった。
部屋を出る頃には食事の時間を少し過ぎていた。
通路でマイに呼び止められ、格納庫へ向かいながら話を聞く。地上へ持っていく操縦記録のことで確認があるらしい。
「今度は第二設計局の機体だそうですね。操縦系統の資料はもう届いていますか」
「いえ、見せて頂いたのは外観の三面図だけです。詳しい説明も資料の受け取りも現地でということでした」
「比較するなら08Bの時の設定も持っていった方がいいでしょう。変更した箇所が分かるように纏めておきます」
お礼を言うと、マイは小さく頷いた。
08Bの時もどの操作の後に何をしたかったのかと、随分聞かれたものだ。今度は初めから記録を用意しておいた方がマイを困らせずに済む。
「主任技師も操縦していて迷ったところを記録してほしいと仰っていました」
「アイヒマン主任技師がですか」
「ええ、もっとも今日は別のことで大変そうでしたが」
マイがこちらを向いたので、型式番号の件を簡単に話す。彼は黙って聞いていたが、最後に少し眉を寄せた。
「技術資料では取り違えないようにしなければいけませんね」
「そこを先に心配なさるのですね」
「実際に困りますから。08とだけ書かれていたら、どちらか確認する必要があります」
確かにその通りである。
私など主任技師の顔色ばかり見ていたのだが。
格納庫ではヅダの胸部が開き、整備が続いていた。横の作業台に固定された端末へミアが何かを入力している。私たちに気付くと手を止め、こちらへ身体を向けた。
「アスカさん、また地上へ行くんですか?」
「ええ、16日に。もう聞きましたか」
「はい、新しい機体があるって」
ミアがマイの資料へ目を向ける。表紙の文字を確かめようと首を伸ばし、それから期待するように私を見た。
「まだ私も詳しくは見ていませんよ。まずはこちらをお願いします」
ヅダを指すと、ミアはすぐに頷いた。
「昨日の記録、見ています。制御の方はマイ中尉にも確認してもらっていて」
「出発までに現在の状態を一度纏めて頂けますか。私がいなくても、どこまで調整したか分かるように」
「分かりました」
ミアが端末をこちらへ向ける。点検済みの箇所には結果が書き込まれ、残っている作業にも予定が入っていた。思っていたよりずっと進んでいる。
マイの説明を聞きながら、固定架に収まったヅダを見上げる。
「少佐」
声を掛けられて振り向くと、ワシヤが手摺を伝って近づいてきた。私の視線を追い、ヅダを見上げる。
「また新型ですって?忙しいですねえ」
「私ももう暫くこちらにいるつもりだったのですが」
「そりゃ、司令部も放っておかないでしょうけどね。帰ってきたと思ったら、もう次か」
軽い口調のままワシヤはヅダを眺めている。私はその横顔を見てから点検の予定へ目を戻した。
明日なら時間は取れそうだ。
「ワシヤ中尉、明日少しお時間を頂けますか」
「俺ですか?構いませんけど、何かあるんです?」
「留守中のことでご相談を。こちらの点検が済んでから改めてお話しします」
ワシヤは不思議そうに頷いた。
まずは機体の状態を確かめよう。私用に調整したままでは、ワシヤも扱いにくいだろう。
手元の端末にはイフリートの受領案内が残っている。降下は明後日だ。
私は案内を閉じて端末を留め具へ固定し、ミアの示す点検記録へ目を通し始めた。
ご高覧ありがとうございます。
はい、第5章の試作機はイフリートになりました。
まぁ、本来ならイフリート自体はもう少し後に登場するはずなのでしょうが、ドムが前倒しになる関係上MS-08TXの型式番号どうしようかと悩んだ末、ならイフリートも加速させればええやんとなりました。
TXとついている通り、イフリート自体がそもそも試作機扱いなのですが、何故かYがついていないというのは大人の事情なのでしょうね…
もちろん、私がイフリートをそのまま出すはずもなく…MSVって言葉は便利ですよねぇ。
次回は第5章終盤に向けての見え見えな伏線と、地上に再び舞い戻ることになります。
戦闘はもう少しお待ち下さい。
では、明日もまたお付き合い頂けたら幸いです。
登場させるとしても大分先になりますが、ジークアクスのキャラを出すのはアリかナシか。(出るならニャアン)
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アリ
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ナシ
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どっちでも良い
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早く書け