技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
宇宙世紀0079年5月17日
翌日も午前中を使って機体の調整と射撃試験を済ませ、イフリートを格納庫へ戻した。左へ切り返す際の肩の遅れも随分と小さくなり、武器を持ち替えても動きに支障はない。シュペーア技師へ残った所見を伝えていると、司令部から迎えの車が来たという。
急いで着替えたせいで、軍服の襟が湿った首筋へ貼りついてくる。私が車へ乗り込むと、助手席の兵が振り返って敬礼した。膝の上から差し出すのは、薄い書類袋である。
「合同作戦説明会の資料です。会場でも同じものを配布しております」
「ありがとうございます。始まるまでまだ時間はありますか?」
「はい、ですが既にお集まりの方もいらっしゃいます」
袋を開いて最初の頁へ目を落とす。
トライデント、ジャベリン。2つの作戦名に続くのは、地球攻撃軍総司令部と各方面軍の名。ドズル中将から伺った話より、海側の部隊に関する記載がずっと多い。
窓の外ではトラックの列が交差点で止められ、その間を兵員輸送車が横切っていく。昨日から続く積み込みも、私の機体を運ぶためだけではないわけだ。格納庫の区画を抜けた先まで、車両の列は途切れそうにない。
運転兵も空いたところへ無理に入ろうとはせず、誘導する兵の合図を待ってから車を進める。
司令部の廊下も、負けず劣らずの混みようである。将校たちが副官らしい者と話し込み、その脇を資料の束を抱えた兵がすり抜ける。大尉や中尉の階級章が目立ち、通り掛かる私に気付くと話を切って敬礼する者もいる。
案内された扉の前で足を止め、所属と姓名を告げると、名簿を確認していた士官が顔を上げた。私の胸元から顔へ、さらに名簿へと、視線が行き来する。
「宇宙攻撃軍からのナカノミヤ少佐ですね?お席はこちらになります」
「はい、よろしくお願いします」
部屋の中には長い机が幾列も置かれ、正面の壁を地中海とその周辺の大きな地図が占めている。窓の幕の端から差す光だけでも、外の暑さが分かるほどだ。
こちらも尉官の姿が目立つ。机ごとに資料を広げている者の中に佐官はまばらで、部隊の配置を確かめ合う声も、その多くは大尉や中尉のものである。
席へ向かう途中、話していた将校の何人かと目が合った。小さく聞こえたナカノミヤという声に続き、ルウム、アリゾナと知った地名が交じる。ここまで来ても先に名前の方が着いていたらしい。
椅子の背に掛けようとした手を止め、声のした方へ会釈する。
「お初にお目にかかります。アスカ・ナカノミヤです」
「貴官がそうか。ドズル中将から話は聞いている」
応じたのは、私の父くらいの年頃に見える准将である。今回の攻勢に参加する師団の長だと名乗り、隣の席を顎で示して座るよう勧めてくれる。
「ずいぶん若いとは聞いていたがな。地上の暑さには慣れたか?」
「まだ身体が重いですね。階段を上がるだけでも、宇宙との違いを思い出します」
「それで戦車を相手に暴れたというのだから、分からんものだ」
「あちらではソンネン少佐がよく援護して下さいました」
ヒルドルブか、と准将が頷く。報告書には目を通しているらしい。どんな砲だったのかと尋ねられ、私が答える前に、向こうの机からも椅子の軋む音がする。
振り返った別の将校も会話に加わり、いつの間にか話の輪が広がっていた。ドズル中将の名前が出れば、最初は私の階級章を眺めていただけの者までこちらへ顔を向ける。
宇宙攻撃軍から来た私を身内に近いものとして見ているのだろう。
この方面にはドズル中将と繋がりの深い将校が多いと聞いていたが、どうやらその通りらしい。歓迎されるのはありがたい。ただ、私が知っているのは乗った機体と目の前の戦闘であって、中将の胸の内まで尋ねられても困る。
「少佐の方も地面を滑る大型の機体に乗っていたな。今回もあれを使うのか?」
「いえ、今回はツィマットの新型MSを受領しました」
「例の白と黒のヤツだな。車から見えたぞ。ずいぶん立派な肩をしていた」
「見た目に負けない働きをしてくれると期待しております」
そう答えたところで、入口の近くの将校が立ち上がる。続いて周囲の椅子が引かれ、私も席を立って入口へ向き直った。
軍服の裾を払って入ってきたのは、ノイエン・ビッター少将。今回、私が指揮下へ入るアフリカ方面軍の司令官である。
少将は室内を見渡して敬礼に応じると、正面の机で資料を開く。隣の参謀から何事か耳打ちされ、地図の端を指して短く確認を交わしたところで、こちらへ向き直る。
「定時だ。概ね揃ったようだな。着席してくれ」
私たちが座る間にも、壁際の通信兵は受話器を離さない。短いやり取りの後、正面のモニターが明るくなり、細面の男が映し出された。整えられた襟元と、こちらを品定めするような目が画面の中に収まる。
地球攻撃軍総司令官、マ・クベ中将である。
再び敬礼を交わすと、中将は僅かに顎を引いた。
『時間だ。始めようか』
机の上で紙を動かす音が止むと、ビッター少将の隣の参謀が地図を切り替え、ジオン軍の勢力圏を色で示す。アフリカの北岸と、遠く離れた旧ロシア方面。その間に残された地域を埋めるのは、連邦軍の拠点を示す印だった。
『諸官らも承知の通り、我が軍は地上で広い地域を確保した。だが、地図の上をただ塗っただけでは物資は運べん。そこで中東に残る連邦軍を排除し、分かれた占領地域を結ぶ。今回の作戦の目的はそこにある』
西と北から延びた矢印が、地中海の東側へ向かう。
ドズル中将に見せられたものと大筋は変わらない。ただ、今度の地図には進出する部隊と、その後ろに続く補給路まで書き込まれている。矢印の行き先より、元を辿る方に時間が掛かりそうだ。
『陸上の攻勢をジャベリン作戦とする。ビッター少将のアフリカ方面軍は主力をもってアレクサンドリアを攻略。同時に一部を分派し、別働隊をカイロへ向かわせる。両地を押さえた後、スエズを制圧し、シナイ半島を越えてエルサレムへ進出する』
参謀が地図を拡大し、カイロに置かれた敵拠点の印を指す。
『カイロの敵戦力は、まだ全容が掴めていない。これを背後に残したまま進めば、前方の敵と交戦している間に補給路を断たれる恐れがある。中東への進出は、カイロとスエズを押さえてからだ。最終目標は、エルサレムにある中東最大にして最後の連邦軍基地。これに合わせ、ガルシア・ロメオ少将の指揮するロシア方面軍*1が北方より攻勢に出る』
参謀の指す先が北へ移り、こちらとは別の部隊符号を辿っていく。相手を挟み、どちらか一方へ兵力を集める余裕を与えない計画である。
『海上からはトライデント作戦を実施する。地中海の敵艦隊を撃破し、海路からの増援と艦載機による地上部隊への攻撃を封じる。こちらは欧州方面軍から参加する海上部隊が担当する』
続いて海上部隊の指揮系統が示される。その中に、キシリア少将に近い将校の名を見つけた。
隣で准将が資料の頁を捲る。離れた机では2人の将校が顔を見合わせているが、口を開く者はいない。マ・クベ中将の説明は、その間も途切れず続く。
両作戦の開始日は5月21日。
各部隊の進出時期と攻撃目標が読み上げられるのに合わせ、配られた地図へ目印を付けていく。
『注意してもらいたいのは、海上部隊の戦果を待ってから陸上部隊を動かす計画ではないということだ。敵艦隊が健在な間も諸官らには前進してもらう』
前列の大尉が挙手して発言を求める。
「閣下、では当初は陸上からの航空攻撃に加え、敵艦載機の攻撃も受けるものとして準備するという理解でよろしいでしょうか?」
『そうだ。こちらも地上の航空部隊は陸上部隊を援護する。だが、敵機を1機残らず上で止められるとは考えない方がよい』
地図上では、道と海の間に随分と余裕のある場所も見える。もっとも、空から来る相手に、その程度の距離が頼りになるとは思えない。
航空部隊の担当者が立ち、ドップの掩護について説明を始めた。各部隊との連絡方法まで話が進んだところへ、後方の席から質問の声が上がる。
「海上部隊が予定の海域へ進出できなかった場合は、こちらでその分まで引き受けることになるのでしょうか?」
質問した将校の視線は地図を素通りして、モニターへ向けられている。中将が返事をするまでには、少し間があった。
『遅延があれば司令部から通知する。陸上の前進が遅れた場合も、同じように報告してもらう』
「陸上は地形と敵陣地に左右されます。海とは事情が異なりますので」
『海上にも敵はいる。連邦海軍はコロニーの落下で打撃を受けたとは言え、その規模は強大と言って良い。それに、地中海に展開している艦隊は未だ無傷だ。これ以上の陳情や質問は報告書で受け取ろう。今ここでどちらが先に遅れるかを決める必要はない』
中将の言葉に将校が口を閉じると、ビッター少将は資料を机へ置き、航空部隊の担当者へ続きを促した。誰かの弁護にも、言い返した者への加勢にも回らず、もう地図を見ている。
担当者が少し声を張って説明を再開したので、私も資料の端へ掩護を求める連絡先を書き込む。先ほどの将校たちも、自分の部隊の上へ敵機が来れば、この相手を呼ぶことになるはずだ。
続いて示されるのは、地上部隊の編成と集結予定である。MS部隊に戦車、歩兵、工兵。その後ろに補給と修理の車列が続く。名前だけを見ればひとまとまりだが、所属する部隊も普段の仕事も違う。
参謀が先遣部隊の符号へ触れたところで、ビッター少将が説明を引き取った。
「前衛が敵を退かせても、後続が通れなければ進撃は止まる。各隊長は隣接する部隊だけでなく、自分の後ろに何が続くかを確かめておけ。橋を落として敵を追い払ったと報告されても、機甲や歩兵はそこを渡らねばならん」
工兵部隊の将校も頷いて資料を開き、通過予定の道と橋、修復に人手が要る箇所を示す。その印を辿っていくと、幾つもの場所で先遣部隊の進む線と重なり合う。
MSなら越えられる窪みでも、車両の列を通すには道がいる。戦車が通れても、弾薬を満載したトラックが同じように走れるとは限らない。
アリゾナでは、集積所に着いてから戦った。今度は、その集積所へ物を運ぶ側も一緒に連れていくのだ。
やがて地図はアレクサンドリアを中心に拡大され、市街を写した写真へ切り替わる。建物が隙間なく続き、その先に港が見える。線で囲われた幾つかの区画には、拡大した画像も添えられていた。
「強行偵察により得られた情報では、連邦軍は市街外縁で陣地構築を進めています。既存の建物を利用したものに加え、道路沿いでは土塁と掩蔽壕の増設を確認しました」
参謀が指す写真を覗き込むと、建物の陰から2本の砲身が延びているのが分かる。下の車体はほとんど見えないが、添えられた判定はRTX-65 ガンタンクとなっている。
連邦軍が以前から使っている、履帯を備えた大型の戦闘車両だ。
砲身の向いている先を辿れば、前には開けた土地があり、その奥へと道が延びている。こちらから近づく者を相当遠くから撃てる場所に置いているらしい。
「確認できた車両だけでこの数だろうか?」
「はい、建物の中や屋根のある陣地に収容されたものは確認数に含めておりません」
尋ねた将校が写真を見直す。
私も手元の資料を捲ってみる。すべての陣地について同じ程度に分かっているわけではないようだ。車両の姿が見えるものもあれば、掘り返した土だけを根拠に記した場所もある。
「市街地の中へ下がられた場合、追撃をそのまま続けるのでしょうか?」
別の将校の問いには、画面の向こうのマ・クベ中将が自ら答える。
『アレクサンドリアは必ず占領する。敵を郊外から追い払えば終わりという作戦ではない。港と交通路を押さえ、後続の部隊が使える状態にする必要がある』
「承知しました」
『当然、市内に残った敵も排除してもらう。だが、敵のいる建物を撃つことと港の設備まで片端から壊すことは別だ。占領後に何が必要か、優先確保目標を記載している。配布した資料の内容を各部隊の末端に至るまで周知しておけ』
頁を戻し、先ほどは読み飛ばした優先確保目標と表された施設の一覧に目を通す。戦闘の後に使う予定の倉庫、修理の拠点、港の主要部、荷を揚げる場所。ここを押さえれば、前進する部隊に合わせて補給の拠点も東へ移せる。
地図上では一つの通過点でも、ここから先へ進まない部隊もある。占領地に残って道や施設を守る者が必要になるからだ。
写真へ目を戻すと、今度はガンタンクの後ろに並ぶ白っぽい建物が気に掛かる。あの中へ下がられれば、こちらから見える範囲は随分と狭くなる。私の機体だけが建物を越えても、その足元を通る戦車や歩兵には、別の敵が見えているかもしれない。
少なくとも、試験場の標識を順に斬って回るようにはいくまい。
「何かあるか、ナカノミヤ少佐?」
顔を上げると、ビッター少将がこちらを見ている。考え込んでいるのに気付かれたらしい。資料に置いていた指を離し、立ち上がる。
「陣地の写真について伺いたいのですが、各部隊に渡るのはこちらが最新でしょうか?」
「今のところはそうだ。追加の偵察結果は集結地でも配布する。何か気になる点があるか?」
「同じ場所を写した以前の写真も頂けますか?車両が移動しているのか、ずっと同じ陣地にいるのかを見たいと思います」
少将の視線を受け、参謀が手元の資料を確かめる。
「比較できるものを用意させます。ただし、撮影の間隔は揃っておりません」
「それでも構いません。ありがとうございます」
座り直した私へ、隣の准将が小声で話し掛けてくる。
「もう相手を選んでいるのか?」
「できれば、相手に選ばれる前に見つけておきたいものですから」
准将は短く笑い、私が見ていたのとは違う建物を指で押さえた。写真を見つめる目は真剣そのものである。壁があるから中まで見えんぞ、と付け足され、私も頷いてその場所へ印を付ける。
説明が北方軍との連携へ戻り、何人かが椅子へ座り直す。こちらの進撃と歩調を合わせて北から圧力を掛ける。敵が一方へ部隊を動かした場合には、その動きをもう一方へ知らせる手筈だ。
連絡先が読み上げられるのを聞きながら、私は北方の矢印の横へ、ガルシア・ロメオ少将の名を書き留めた。
「両方面軍の間で前線の部隊同士が直接連絡を取るのでしょうか?」
通信を担当する将校の質問に、参謀は首を振って応じる。
「当初は各方面軍司令部を通します。接触が近づいた段階で別途指示しますので、独自の判断で合流位置を変えないように」
『敵の後退方向は随時報告するように。こちらで全体の動きを見て調整する。諸君が目の前の相手を追っている間も、隣の部隊は別の仕事をしていることを忘れんでもらいたい』
各方面軍の進路を順に確かめたマ・クベ中将は、最後にビッター少将へ集結の状況を尋ねる。
『陸上部隊の集結は間に合うか?』
「予定通り進めています。遅れている車両はありますが、先遣隊の出発には影響させません」
『不足分はこの後、担当へ上げてくれ。出発してから言われても、すぐには届かん』
「承知しました」
そのやり取りを最後に、合同の説明は終わった。起立した私たちの敬礼を受け、中将が短く頷いて画面から消える。
通信兵が回線の終了を告げるや、椅子の動く音と共に、幾つもの会話が一度に湧き上がる。
海軍の仕事は海軍にやってもらわねば、と誰かが言う。そのすぐ横では弾薬車の到着予定が尋ねられ、工兵部隊の将校も別の机へ呼ばれていく。
ビッター少将は立ち上がった参謀を押し留め、先ほど話に出た不足分を一つずつ聞いている。私も資料を纏め、席を離れようとしたところで、副官に呼び止められた。
「ナカノミヤ少佐、少しお待ち下さい。司令官がお話を」
頷いて席へ戻る。
空き始めた部屋の中で、少将は報告を聞き終えると、今度は別の机にいた中佐を呼んだ。中佐は地図と手帳を持ち、私の向かいへ腰を下ろす。
少将はその隣に立ったまま、私へ問い掛ける。
「受領した新型の状態はどうだ?」
「午前中に一通りの確認を済ませました。実戦投入は可能と判断しております」
「整備については?」
「ツィマットの技術者と専用部品の手配が必要です。担当のシュペーア技師から司令部へも提出しているはずですが」
「受け取っている。同行する車両の扱いはこちらで決めよう」
少将が向かいの中佐を示し、先遣隊長だと紹介してくれた。改めて敬礼を交わし、宇宙攻撃軍から作戦期間中の派遣を命じられている旨を伝える。
「少佐にはこの先遣部隊に加わってもらう。MS隊と共に前路の敵を排除し、本隊の進路を開くのが任務だ」
「はい」
「アリゾナでの報告は読んだ。戦車と歩兵が陣地を構え、MSまで混じる相手と戦っている。その経験を買っている」
少将はそう言いながら、地図の進路を指でなぞっていく。
「敵の前哨を越えても、後ろの車両が撃たれて止まれば意味がない。作戦行動中は先遣隊長の指示を受けて動いてくれ。必要なら、前から戻して使うこともある」
「はい、どこへ戻るかはその都度ご指示を」
少将は頷き、先遣隊長にも声を掛ける。
「少佐の機体は1機だ。行動しやすい様に、一個MS小隊を臨時編成で配下に付ける。段取りは前以てつけておけ」
「承知しました」
答えた中佐の視線が、手元の編成表へ落ちる。MS隊の欄には既に小隊の符号が並んでいて、そこへ1機をどう書き足すか、まだ決めかねているようにも見えた。
自分の部下を連れてきていないのだから、当たり前の話である。
それでも1機だと言われれば、宇宙に残してきたライヒ中尉たちの顔が浮かぶ。今頃は、ワシヤ中尉の乗るヅダまで交えて訓練をしているだろうか。
こちらでは、隣に立つ機体の癖から覚え直さなくてはならない。
「臨時で編成されるMS小隊との通信確認と、可能であれば短い慣熟をお願いできますか?私の動きを知らないまま隣に立たれても、向こうが困るでしょうから」
その頼みに、先遣隊長は少し表情を緩めた。
「そうしてもらえるなら、ありがたい。正直なところ、部下には噂ばかり先に入っていてな。新型が1機来ると聞いて、何を任されるのかと身構えている」
「あまり大きな期待はなさらないで下さい。私も砲弾を受け止めたりはできませんので」
「そこまで頼むつもりはない。この後、君の隊になる者に会わせよう」
中佐が手帳へ予定を書き加える横で、ビッター少将が口を開く。
「ドズル中将からは、貴官を1人で走らせるなと言われている。命令としては妥当だ。こちらもそのつもりで使う」
「……お手数をお掛けしております」
どこまで話を通して下さったのだろう。
私が返事に困っているのを見てか、少将はそれ以上その話を続けず、先遣隊長と出発までの予定を確かめ始める。中将の名を出したのはその一度きりで、先ほどの将校たちのように、話を中将との繋がりへ広げることもない。中将の言葉も、少将にとっては受け取った命令の一つなのだろう。後に続くのは、持っている兵力と、間に合う車両の話ばかりだ。
手元の命令書にある所属は、宇宙攻撃軍のまま。作戦中は、ここにいる者たちの指揮下へ入る。その方が、私にとっても分かりやすい。
会議室を出てからも、先遣隊長には次々と用事が持ち込まれる。集結する車両の数と出発の順序について、廊下で短いやり取りが続く間に、私は渡された編成表へ目を通し、同行するMS隊と戦車隊の欄を確かめた。
中佐に連れられて隣の部屋へ入ると、数人の将校が地図を囲んでいる。紹介を受けて名乗る私の前に、MS小隊の大尉*2が立ち上がって手を差し出す。その手を握り返すと、指の付け根に硬い感触があった。
「小隊長のフォレスです。うちはザクだけですので、新型の足にはついていけません。どうぞお手柔らかに」
握った手を離すのも早い。言葉遣いは丁寧だが、噂の佐官に振り回されるのは御免だと、顔に書いてある。
「ザクには私も乗っていたことがあります。置いていくような動き方はしません」
「そう願います。出発前に一緒に動かすと、中佐から聞きました」
「ええ、合わないところがあればその場で直します」
フォレス大尉は短く頷いただけだった。その横から、今度は戦車隊の将校が自分の椅子を引き、場所を作ってくれる。
「ここに残った我々は、小隊を束ねた同じ中隊として行動する面々だ。敵に取りついた時は、どこを撃ってよいか分かるようにしてもらえるとありがたい」
「はい、取りつく前にこちらから知らせます」
「新型の背中を撃ったとなれば、修理代だけでは済まんだろうからな」
「ええ、造った技師がとても悲しい顔をすると思います」
周囲の将校たちの笑いに、私の口元も緩む。シュペーア技師なら、本当にそんな顔をするだろう。フォレス大尉も、少しだけ口の端を上げていた。
空けてもらった席へ座り、机に地図を広げると、自然と皆の顔が近づいた。フォレス小隊のコールサインはレティ、大尉の機体はレティ01。編成表の余白へ書き留め、こちらのメテオ01も伝える。
今度は一緒に進む者たちと、同じ場所を指しながら話を詰めていく。
格納庫では、シュペーア技師が機体の足元で積み荷を確かめている。戻った私が先遣部隊への配属を伝えると、端末から顔を上げた。目が細いせいで険しく見えるが、口元には困惑がありありと浮かんでいる。
「先遣部隊、ですか?」
「ええ、整備車両をどう付けるかはビッター少将が決めて下さるそうです。正式な連絡は司令部から入ります」
「分かりました。では、部品を取り出しやすい順に積み直します。最初に必要なものを奥へ入れてしまうところでした」
言いながら、技師は隣の作業員へ木箱を指し示す。邪魔にならないよう脇へ退くと、整備架台の中のイフリートがよく見えた。脚の白い装甲には、試験区画で付いた砂がまだ残っている。
「少佐、走行中に気になるところが出たら、そのままにせず教えて下さい。試験場を出てから分かることもありますので」
「ええ、何かあればすぐに知らせます」
「はい、記録装置の確認が済んだら搭乗前にもう一度ご説明します」
箱を動かす作業員に技師が手を貸し始めたので、私も足元の通路を離れる。宿舎へ戻る前には、先遣隊の連絡先を端末へ登録し、マイ中尉へ送る受領報告にも、作戦中の連絡窓口を書き添えておいた。
今度こそ、ライヒ中尉に指摘されずに済むはずだ。
出発までにフォレス小隊と通信を合わせ、短いながらも一緒に機体を動かす時間は取れた。互いの動きを確かめた後はイフリートを運搬車へ載せ、整備車両と共に東へ向かう車列に加わる。
移動中、目に入るのは先を行く車両の背中と道の脇の乾いた土地ばかりである。停車すれば順番を待って給油し、その間だけは少ない日陰で休める。私も兵たちに混じって食事の包みを膝へ載せ、風に飛ばされそうになる地図を押さえながら、集結地までの残りを確かめる毎日だった。
待機する車両が増え、見覚えのある部隊標識が並び始める頃には、説明会でもらった資料の角もすっかり丸くなっている。
宇宙世紀0079年5月21日
まだ日が高くなる前から、車列の向こうには土煙が上がっている。イフリートの操縦席へ入り、起動した画面を順に確かめる間にも、通信には各機の準備完了を知らせる声が続く。
整備兵が外部の接続を外して退き、その後ろのシュペーア技師がこちらを見上げて手を挙げた。
『記録は正常です。足回りも昨日の点検から異常は出ていません』
「こちらでも確認しました。出ます」
正面のカメラを少し下げ、機体の手を上げて応じる。白い指が開くのを見届けて技師も通路を離れ、その姿が見えなくなってから、私はハッチを閉じた。
MS用バズーカC1型を受け取って肩へ担ぎ、ヒートソードの固定も確かめる。待機しているフォレス大尉のザクの隣へ進み出れば、あとは命令を待つばかりだ。
「こちらメテオ01、準備完了です」
『こちらレティ01。了解、先導します。続いて下さい』
フォレス大尉のザクが歩き始めると、足元の車両から兵が手を振ってくる。その向こうではマゼラ・アタックも次々と向きを変え、司令部で顔を合わせた戦車隊の将校から発進の連絡が入る。
了解を返し、ザクに歩幅を合わせて進むうち、偵察に出ていた車両が前方に見えてきた。脇へ寄って道を空けるその横を通り過ぎる頃、先遣隊長の声が回線へ入る。
『作戦開始。各隊、所定の進路へ前進せよ』
時計の数字を確かめ、地図から前方の映像へ目を移す。紙の上では何度も辿った線の先に、低い起伏が続いている。建物らしいものはまだ見えない。
朝の光で明るい地面を眺めていると、肩の後ろを細い指で触れられたような感覚が走った。ペダルへ掛けていた力を緩め、通信を開く。
「前方、何かいます。少し間隔を取って下さい」
フォレス大尉の返事とほとんど同時に、遠くの地面で光が瞬く。機体を横へ踏み出させると、少し遅れて、進もうとしていた場所に土柱が立った。
砕けた石が脚の装甲を叩き、後ろの車両からも被射撃の報告が上がる。隣のザクも足を止め、光の見えた方へザクマシンガンを向ける。
『敵前哨と接触!各隊、戦闘配置!』
先遣隊長の命令を聞きながら正面の映像を拡大すると、土色の地面から砲身らしい細い影が覗いている。その脇を走った人影は、すぐに土塁の陰へ消えた。
砲口をそちらへ向け、照準を重ねる。
「こちらメテオ01、交戦を開始します」
敵の砲口が、ゆっくりとこちらを追ってくる。
私は引き金を引いた。
ご高覧ありがとうございます。
はい、という事で今回は大半が作戦会議室内で終わってしまいました。
第5章のテーマはジャベリン・トライデント作戦になります。
こちらは、バイオハザード2で言うところのレオン編、と言ったところでしょうか。
あとでクレア編に相当するものもあるとだけお伝えします。
さて、今回ジャベリン・トライデント作戦を書くにあたり、かなり調べました。調べ過ぎて、もうこれ以上人力で調べるのが面倒になり、生成AIも活用して調べたくらいです。
そこで分かったのが、まずジャベリン・トライデント作戦と言うものが世に出たのは、『機動戦士ガンダム 戦略戦術大図鑑―1年戦争全記録』〈Entertainment Bible 39〉に作戦名が出たのが最初という事。しかし、これには名前のみで作戦の詳細は載っていなかった?らしく、その後にホビージャパンが1997年に出版した『機動戦士ガンダム RPG エキスパンション一年戦争史』という『機動戦士ガンダム RPG』というTRPGの追加設定資料集に詳しく書かれたそうで、今回日本語版の資料としてはこちらを参照しました。
また、日本で本作戦を解説しているサイトも複数あるが、書籍と少し違う事を書いているサイトがあったり、海外に向けてファン翻訳をしている英訳サイトもあり、そちらではまた別のことが書いてありました。
特に、英訳版ではジオンのロシア方面軍が参加予定との記載があったり、海側のトライデント作戦はキシリア派だのなんだか日本語版の詳細サイトも含めて滅茶苦茶だったので、今回はそれを上手くミックスして使うことにしました。
とりあえず、本作では陸=ジャベリン、海=トライデントとします。
別のところでは北方から陸路で攻めてくるロシア方面軍(欧州方面軍)をトライデントとしているところもあり、ガンダムは後付けが多いので、私が追えていないだけで本当はこっちが正しいのか?と疑心暗鬼に駆られたからというのも理由の一つです。
一応、アスカが派遣されていることから、ジャベリン主力を担当するアフリカ方面軍はドズル派が多いとし、トライデント&ロシア方面軍はキシリア派が多い(そもそも地球攻撃軍は突撃機動軍のほぼ傘下組織)と言うことにしました。
実際に二次小説なりで、キチンとジャベリン・トライデント作戦を書いた人は居ないと思うので、楽しんで頂けるかどうか分かりませんが、お付き合い頂けたらと思います。
次回から約四話程はこの作戦についてになります。